英雄転生編 12
包帯お化けで実は女の子だった襲撃者の暗殺未遂があった翌日。公爵の屋敷の中は多くの使用人さんや騎士達が走り回り、昨夜の後始末に追われている。
それは公爵も同じで、昨夜からずっと襲撃があったことを揉み消そうと必死に書類仕事に追われてしまっている。オックスさんも傷の手当てが終わると、そのお手伝いと周囲への指示だしやまとめ役などを兼任しているので一向に休める気配がない。
この襲撃で暗殺の対象になっていたエリーは、襲撃の際に眠らせれていたリュイとエリックくんの部屋で大人しくしているらしい。あんな怖い思いをした後に、周囲に人が居ると落ち着かないだろうという公爵の計らいで扉に騎士を張りつかせているだけにしているそうだ。
これらは、俺が昨夜やらかした出来事に頭を抱えながら部屋で大人しくしている時に訪れた騎士の人から聞いた内容だ。そして、今現在の俺はと言うと__
「公爵様。ご指示通り、タイキ殿をお連れいたしました!」
「入ってくれ」
「はっ!失礼いたします!」
部屋に来た騎士の人が公爵が俺を読んでいる言われ、彼に公爵が居る執務室まで案内された。
その執務室の前で入室の許可を貰うと、扉を開けて騎士の人から部屋に入るよう諭され中に入る。
部屋の中は左右に大きな本棚と棚が並び、そこには本や巻かれた書類のようなものが整理された状態で入っている。正面には昨日通された応接室よりも落ち着いたソファーとテーブル、その奥には立派な机に山の様に積まれた書類を疲れた表情で処理している公爵の姿があった。その後ろにある大きなガラス窓から差し込む朝日が部屋を照らし、部屋の中では書類を書いているペンの音だけが響いている。
そんな公爵の後ろには、忙しいはずのオックスさんも居て、公爵の後ろで黙って立っている。昨夜襲われて彼方此方切られていた服装は、最初に見た時の様にキッチリとした新品に変わっていた。見た感じでは時に傷と言ったものは残っていないようだけど、公爵と同じで目の下に隈が色濃く浮かんでいる。そりゃ、まともに休めずにいたらそうなるよな。
それから一分くらい扉の前で待っていると、公爵は書類を書く手を止めてから顔を上げ、こっちに笑顔を向けてくる。ただその笑顔も徹夜のせいで元気には見えないが……
待っている間に後ろの扉は閉められている。どうやら俺に用があって呼んだらしい。
「やぁ、タイキ君。昨夜は大変だったね」
「ええ、確かに大変でした……」
公爵の言葉に、特に反論せずに素直に頷く。それを聞いた公爵は可笑しそうに苦笑いで返す。
「……タイキ君、昨日から今回のことまで君には色々と助けてもらってばかりだ。君には頭が上がらないよ」
「公爵様、昨夜のことも前日ことも俺が勝手にやったことです。そう無理に恩を感じる必要はありません」
「そうか。だが、これだけは謝らなければならない……」
そう言うと、公爵は机の上に両手をついて頭をこっちに深々と下げてきた。
おいおいおい!流石にそれはマズいだろ?!
この街で一番偉い人物が、俺なんかに頭を下げるとか、こんなところを他の人に見られたら絶対問題になるよこれ!?オックスさんも、見てないで何とか言って下さいよ!
「タイキ様。実は__」
俺の考えが伝わったのかと思ったら、何故か説明し始めるオックスさん。
その内容は、やはりと言うか昨夜の襲撃者のことだ。
俺が介抱してから逃げ出した相手をその後直ぐに探し出そうと動いたらしいのだが、街中に居る兵士を総動員して探したけど見つけることが出来なかったという。
そのことで、俺が相手を撃退してくれたのだからと思い違いをし、公爵たちはそれに応えて襲撃者を捉えようと動いてはいいが成果が出なかったことに対しての謝罪だそうだ。いや、逃げられた原因をつくったのは俺なので、何とも言えない……
ミストキャットのポンチョには隠蔽効果が付与されているから、それのせいで逃げられたのだろう。俺もまさかアレを出して、持って行かれるとは思いもよらなかった。このことは、俺の心の中だけにしまっておこう。知られたらどんな目に合うか………
説明し終えたオックスさんも、公爵様と同じように俺に頭を下げてくる。
「お二人とも、頭をあげてください。そのことは気にしてませんから」
「だが、こちらの失態で……」
「そのことは仕方がなかっただけです。公爵様達が気になさる必要は一切ありませんよ」
「……すまない」
俺が非難しないことが判ると、公爵はまだ納得していないようだったが、オックスさんの方は安堵したのかほっと息を漏らしている。あの場で襲撃者に背を向けて逃走したことでも気にしていたのかな?
すると、公爵が何かを覚悟したかのような面持ちでこっちに視線を向けてくる。
「……タイキ君、恩人の君に頼みがある」
「頼み、ですか?」
公爵の真剣な表情と眼差しからして、かなり重要なことのような気がするけど、そんなのを俺に頼むわけなか。
「君にはエリーとエリックの二人を、王都にいる兄の元までの護衛を頼みたい。これは私から君個人に対する依頼だと思ってくれ」
「護衛依頼ですか……」
これまた何の変哲もない依頼の内容に、俺は肩透かしを食らった気分だ。
その護衛依頼なんかは、初めてギルドで依頼を受ける際に掲示板に張り出されていた。内容的にはこの街から周辺の村や町、もしくは港までの護衛など色々なところに向けて長期間の間拘束される代わりに割のいい仕事として他の冒険者達がよく受けていた。
まぁ、その時には何をするか考えて無かったし、旅をするのを決めてからも頼んだ装備の受け取りから旅に必要な物を揃えるなどして街から離れられなかったし、それ以前に依頼を受けられなかったから関係ないけどな。
そういうことで、俺個人としては旅のついでに二人とリュイを入れた三人を連れて王都と言うところに向うのは別に問題がない。これくらい受けても問題ないかな?
「分かりました。その御依頼、受けさせていただきます」
「おぉ!引き受けてくれるか!」
「タイキ様、依頼を受けていただき感謝いたします」
こっちが依頼を受けることを了承すると、二人は安堵したように笑顔を向けてくる。あれ?なんだろ、若干不安になって来たぞ?
「ところで、詳しい依頼の内容を教えていただけますか? 流石に、王都までの距離とか同行する人たちのこととか聞いておかないといけませんから」
「あぁ、そうだったね。依頼の内容だが__」
とりあえず、公爵から依頼内容を詳しく聞こうと話を振ると
「依頼の内容は息子のエリック、姪のエリーとその侍女のリュイの身分を隠し、王都まで護衛すること。
この街から王都までは約4か月ほど掛かるが、その道中に必要な経費と依頼料はこちらで準備し、君のギルドにある口座に預けておくので安心して欲しい。移動に必要な馬車と馬はこちらで用意するの。
道中あの子達に必要な偽の身分証もこちらで用意し、それを検問の際に兵士に見せてくれ。三人には君の指示に従う様に言い聞かせておくから、勝手な行動をしたら叱りつけてくれて構わない。
それと最後になるが、今回の護衛は君一人で行ってもらう。これで以上だ」
「…………はい?」
あ、あれれ? なんだかいきなりこの依頼が不穏な物になっているぞ?
身分を隠す? 偽の身分証? 叱りつけて構わない? これ、どう考えてもおかし過ぎるよな?
それに、護衛が俺だけってのも怪し過ぎないか?
そんな俺が聞かされた内容に訝しんでいると、公爵は先程までのおおらかな笑顔が消え、真剣な表情に変化した。
「タイキ君、これにはやむを得ない理由があるんだ」
「は、はぁ……」
「タイキ君。君は昨夜戦った相手のことを覚えているね?」
「はい。それはもちろん覚えていますよ」
「実は、その襲撃してきた者の正体が判明してね」
「えっ?」
マジかよ!? あの包帯お化け(実は女の子だった?)がどこの誰とか分かるのか?
「オックスからの話を聞いた時には信じられなかったが、外見と動く布と聞いてある暗殺者の存在が浮上した……」
話し出した公爵は俺の反応を確認しながら、襲撃してきた相手のことについて説明を続けた。
「全身を包帯のような布で覆われ、間から覗く焼け爛れた皮膚。自在に動く布で対象を殺害する……これに該当するのは私の知る中でただ一人、とある貴族の集団が雇い入れている暗殺を専門としている『操布』という人物だけだ」
「そうふ?」
「あぁ。その者は自在に、そして無尽蔵に布を生み出して操り、証拠のみならず遺体すら残さずに対象を消すことに長けた暗殺者に付けらえた二つ名だ。だが、今回のことでその操布がエリーを狙ったことでこちらもある程度のことは憶測がついている。その為、操布からの襲撃に備え、君にはエリー達を操布や他の刺客から護って貰うのが目的だ。あれを撃退した君のその実力を是非ともあの子達の為に貸してもらいたい」
「なるほど……」
あの女の子がそんなに物騒な相手だったとはな。それなら俺にこの依頼を頼むのも納得できるか。
「でも、なんでその護衛対象にご子息のエリック様まで入っているんですか? 彼はこの件には関係ないのでは?」
「それがそうでもない。あの子もエリーの襲撃の際に一緒に居たことから、もしかすると同じように狙われる可能性がある。それと、来年には王都にある騎士学園に入学するからどちらにしろ王都に赴かなければならない。その二つが重なって、エリーと同行して貰うことにしたんだ」
「それだと、ご自身のことは__」
「なに、私が死んでも息子が生きてさえいれば問題ない。それに、私には頼りになる部下や使用人たちがいる。君が私のことを心配してくれるのは嬉しいが、君はあの子達の事を頼みたい。どうか、あの子達を護ってくれ」
達観した言葉の後、彼はまた俺の方に頭を下げてくる。
公爵からそこまで言われたら流石に断れないか…………
「公爵様。その大役、できうる限り務めさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はい」
そう言って、公爵は椅子から立ち上がり、俺と握手を交わす。それ程にあの二人のことが心配だったんだろうな。
先程までの堅苦しい空気が和んでいく。そんな雰囲気に乗じて、俺はあることを確認してみることにした。
「ところで公爵様。もしこの話を聞いても俺が依頼を受けなかったら、いったいどうするつもりだったんですか?」
俺がそう公爵に質問してみると、彼は口元をニヤリと意地の悪そうな笑みを返してくる。
「ふむ。この話を聞いていなければ問題なかったが、聞いた後となれば話が違うな。そうなっていたのなら、君を消さなくてはならなかっただろうね」
怖っ!? この人、見かけによらずかなり腹黒いんじゃないのか?
と、とりあえずこの依頼を受けて正解だったと内心で安堵した。
そんな話が終わった後。
公爵は俺とオックスさんを伴い、エリー達のいる部屋に行って今後のことについて話をした。
話を聞いた三人はそれぞれの反応をし、エリーは俺と離れなくてよくなったことに喜び、エリックくんは自身の身分を隠しながら王都に向うことを楽しみにし、リュイに関しては二人の安全が確保されたと感じ胸を撫でおろしている。
因みに、身分を隠す際に三人は俺を含めて血の繋がっていない兄妹として行動することになったのだが、まったく反論がなかった。
「お外でも一緒だね、お兄ちゃん!」
「王都までよろしくお願いいたします、タイキ兄さん!」
「その………兄、さん?」
うん、最後のはいいとして、二人のそれでいいのか? いや、もうエリーに関しては会ってからずっとその呼び方だったからいいけど、エリックくんはそれでいいのか?
そのことについて聞いても、「そっちの方が面白そう」というお返事をいただきました。そうですか………
説明も終わり、出発を三日後に決めるとみんなそれぞれ準備に動き回ることになった。
荷物などは俺がSkillで全て収納し、公爵から上等そうな紙で出来た便箋を預かったり、出発するまでの間に馬車の操作を覚えるなど俺自身もドタバタしながら準備に追われ、あっという間に三日が経過した。
そんなこんなで俺は公爵が用意した平凡な形の幌馬車の御者席に座り、馬車の荷台には村人風の服装に変装したエリー達が公爵たちと別れの挨拶をしている。
「エリック。エリーのことを頼んだぞ。それと、彼にあまり迷惑はかけるなよ?」
「父上、もう私も一人の男児です。ご迷惑になることなんかしませんよ」
「エリーちゃん、また何時でも遊びに来てね? 約束よ?」
「はい、おばさま! エリーは必ずあそびに来ます!」
「リュイさん。道中のお二方のお世話をお願い致します」
「はい、お任せ下さいオックスさん」
三人の公爵たちとの挨拶が終わるのを黙って待つ。
その間、俺は自身の装備をもう一度確認しておく。とは言っても、屋敷に来た時のままの服装にナイフ類を外しただけなのだが。
装備や服装を確信していると、どうやらもう別れの挨拶が済んだらしい。公爵がこっちに近づいて来る。
「タイキ君。重ね重ねで悪いが、どうかあの子達のことをくれぐれもよろしく頼むよ」
「はい、あの子達は必ず護ります。安心して下さい」
「あぁ……また会おう、タイキ君」
「えぇ、またお会いしましょう公爵様」
俺が公爵と言葉を交わし、エリー達を乗せた馬車を引く馬を前進させる。
後ろで公爵たちに手を振る三人の声を聞きながら、門の方に向って進んでいく。
公爵からの指示で、俺達は門につくと検問されることもなく、そのまま門を通ることが出来た。
まだ朝早い時間で人もまだいなかったこともあり、目立たつこともなく知り合いの警備兵に片手を上げて挨拶を交わしながら街の外に向って馬車を進める。だが……
「あれ?」
何故か馬が門を出ると同時に、その場から動かなくなってしまった。
俺がそれを不思議に思い、原因を考えると
「……あ」
もしかして………
「どうかしましたか、兄さん?」
急に馬車が止まったことに不思議そうな顔で俺にそう聞いて来るエリックくん。うん、これはどういったものか……
「じ、実は__」
その後、どうやっても動かない馬を諦め、俺が代わりに馬車を引いて街を出ることになったのはそれから三十分後のことだった。
幸先悪すぎやしないか……?