英雄転生編 11
俺がやっと屋敷から出れることと、この件に関わらずに済むと安堵していると
「お兄ちゃーん!」
部屋の扉が開き、そこから入って来たエリーに腰に飛びつかれる。どうしてエリーがここに?
エリーを頭の上から見ると、髪が若干濡れていることに気付く。どうやら風呂から上がって直ぐにこっちに来たらしい。
扉の方に視線を向けると、そこにはリュイも居る。だが、その扉にはエリーと同じくらいの子が立っているのが目に入る。
その見た目は公爵と同じくすんだ金髪に夫人を幼くしたような顔立ちの子供がいて、服装からして男の子だと判る。あぁー、あれは絶対イケメンになるな……
「父上、母上」
「おぉ、エリックか」
「あら、エリーちゃんにリュイちゃんも。どうしたの、あなた達?」
「母上、もう夕食が出来ております。何やら大事なお客人が来ておられると使用人たちから聞き、それで代わりにエリーと共にお伝えに来たのです」
「そうだったか。すまないな、エリック」
「ありがとう、エリック。せっかくのお料理が冷めてしまうのは勿体ないものね」
そんな和やかな家族の会話をしていると、公爵の息子エリックくんが俺の方に視線を向けて首を傾げる。
「父上。そこの男の方がお客人ですか?」
「あぁ、そうだ。彼は冒険者のタイキ君。エリー達を賊から救ってくれた恩人だ」
「えっ?! こ、この方たが……?」
公爵の説明を聞いて驚いたエリックくんは、俺の頭からつま先まで見た後に不思議そうに首を傾げる。どうしてそんな反応になるんだ?
俺がそんな少年の反応に疑問を持っていると、後ろからオックスさんがこっそり反応の理由を教えてくれた。なんでも、エリーを助けたのが冒険者だってことは伝わっている様なんだけど、その人物が「鋼のような肉体で、大男すら簡単に倒してしまうくらいの猛者」だと聞かされたらしい。いや、誰だよそいつ?!
心の中でツッコミをしていると、公爵がさっき俺が渡した剣をテーブルから持ち上げ、それをエリックくんの前に差し出す。それを見たエリックくんは差し出されたそれを少し重そうにしながら手に持ち、鞘から剣の刃を見ると「わぁ~……」っという声が自然に口から漏れ出す。
「その剣はな、先程タイキ君から私が友好の証に受け取った物なのだ」
「こ、これ程の物をですか?」
「あぁ。実はこれをお前の騎士学園に留学する際に、お前に持たせようと考えている」
「ほ、本当ですか、父上!?」
その公爵からの言葉に、エリック少年は父親と俺の顔を交互に期待を込めて見てくる。
ここで素直に頷かないのは、それが父親に贈られた物であって自分が持っていていい物ではないと思っているのかな? そんな息子の様子がおかしいのか、優しい笑みを浮かべながら俺の方に視線を向け、片目をつぶる公爵。意図は分からいなけど、了承するように返事をすればいいのかな?
「エリック様。そちらは既に公爵様にお渡しした物です。それをあなた様にお預けになることに俺からは言うことはありません。ですから気にせずお持ちください」
「っ!あ、ありがとうございます!」
俺がそう言うと、エリックくんは剣を嬉しそうに抱きしめる。
そんなに嬉しかったんだろうか? そんな少年の反応を黙って見ていると、着ていた外套を下に引っ張られる。俺は視線を下に落とすと
「むぅ~……」
あからさまに「私、不機嫌です!」と言いたげに頬を膨らませているエリーがそこにいた。
あぁー、そういえば入ってくると直ぐに俺にしがみ付いてたんだった……しかも、その後は無視して他の人と話してたから子供からすれば不機嫌にもなるわな。
「ご、ごめんよエリー。別にエリーを無視してたわけじゃないから、ね?」
「……本当?」
「うん、本当だよ。それにしても、随分と綺麗になったね? まるでお姫様みたいだ!」
「っ?」
あ、あれ? 何故か反応が悪いな?
妹がこのぐらいの時にはこういえば機嫌が直ってたのに……
俺は救援を願おうと、部屋にいる人達に視線を向けると
「「「「……」」」」
エリック以外の面々から信じられない者を見るような視線が向けられていた。
あれ? 何故にこっちからもこんな反応が?
俺がそんな公爵たちの反応を訝しんでいると、公爵が一つ大きく咳ばらいをしてから浮かれ気味のエリックと首を傾げているエリーに話しかける。
「ゴッホン!エリック、その剣は一度オックスに預け、タイキ君を食堂にお連れしなさい。エリーも一緒に彼を案内しておくれ。私達も直ぐに向かうから」
「はい、父上!」
「うん!わかった!」
二人は公爵の言葉に素直に頷き、エリックくんはオックスさんに剣を渡すと俺の右手を、反対をエリーが引いて部屋から出る。ここで無理に引きはがすわけにもいかない俺は、後ろから聴こえるリュイの慌ててついて来る足音を背に、二人の案内する食堂に向うことになった。
どうやら、まだ俺は開放してもらえないらしい。トホホ……
△ ▼ △
タイキ君の案内を頼んだ息子のエリックと姪をエリーが部屋を出ていき、その後を慌ててリュイが追いかけていく。あの子達に任せても問題あるまい。
私は妻のエルザに視線であの子達のことを頼むと、妻も彼らを追って部屋を後にする。
部屋に残った私はソファーに深く座り込み、先程のタイキ君の言葉を思い出す。
『まるでお姫様みたいだ!』
彼は気付いているのか……?
だが、ここに連れてきていることや私達に情報を提示している時点でその可能性は薄いと思える。
それに、あのような力を持った人物が“表”にも“裏”にも知られていないのもおかしい……以前、ギルマスのウォルフからも彼の存在やその粗暴についても報告ある。
それでも……
「旦那様」
私が思考に没頭していると、後ろから執事のオックスから声を掛けられる。
「どうした。お前から話しかけるとは、随分と珍しいじゃないか?」
「申し訳ございません。ですが、あの青年は問題ないかと思われます」
「……理由を聞こうか」
まさかのオックスからの言葉に、私は話の先をさとす。
「僭越ながら、私の意見を述べさせていただきます。まず一つ目ですが、彼はエリザベート様の素性をこちらと同じ貴族と認識していると思われます」
「その明確な理由は?」
「あの青年、どうやらあまり貴族階級に関心を持っておらぬようで、先程から旦那様のことを“閣下”ではなく、“様”と敬称しておりました。これはこちらのことを知らないか、あえてそう言っているものと思いますが、言動と仕草、その他細かなところに注意を向けても前者の可能性があると愚考いたします」
「なるほど……」
確かに。私のことを知っているのであれば、あのような呼び方をするはずもない。
報告書にも、他大陸から連れて来られた可能性があるとも言っていたな。あの青年はいったい何所から来たのだ? 黒い髪と瞳、そんな特徴的な外見などそれこそ……
「もしや、聖女の関係者か?」
彼の大陸に住まう聖女の髪と瞳の色も、青年と同じような色だと聞いたことがある。
もしそうなれば、間違いなく我が大陸に攻め込む正当性を相手に与えたも同然になる。彼の大陸は魔国大陸とも通じている。このままでは拙いな……
このことも不安要素ではあるが、まずは彼のことだ。
「オックス。他の理由も言ってみろ」
「はい。先程の発言、察しますに幼い娘を褒める時のようなそれに思いました。ですので、エリザベート様をそう褒めることで機嫌を取ろうとしたと思われます」
「では、彼は感づいていない、と?」
「恐らく……」
「そうか……」
オックス言う通り、もし彼があの子の正体に気付いているのであれば、あのような物を友好の証にと我々に渡すはずがない。だが、もしものこともある。ここは慎重にし過ぎても足りないだろう。
「それと旦那様。先程エリザベート様に着けた屋敷の医師によると、こちらでご用意していた薬を服用する前に、既に体調が全快していたとの報告もございました」
「そのことも信じられんが……」
そう、このこともおかしいのだ。王都でも治せなかったエリーの病状が、ここに来る前に既に完治していたのだ。産まれてから見てきたから判るが、あのように元気に走り回ったことすらなかった子があんな笑顔を振り撒いていることがまるで奇跡に思えてならない。
それももしかするとタイキ君のお陰なのかもしれないと思うと……
「オックス、分かっているな?」
「はい。もしもの際、私が……」
「嫌な仕事を押し付けてすまない」
「滅相もございません。私は旦那様に使える使用人。如何様なことでも為してみせましょう」
「そうだな、頼んだぞ」
「御意に」
もう数十年以上を共にしたこの傍使いの表情からは、使命感と少しの後悔と愁いを見て取れる。
私も、あの幼い二人を見る青年の瞳に、兄の面影を見てしまうと何とも言えない焦燥感を感じずにはいられなかった。出来る事なら、あの青年がこちらに敵意のないこと願うばかりだ。
心に影を差しながら、私とオックスは妻たちのもとに向った。
△ ▼ △
エリー達に連れられ後、俺は公爵一家と一緒に食事をした。
途中で【無限収納】に装備品なんかをしまいながら連れていかれた部屋には、既に色とりどりの料理が並べられた長いテーブルがある部屋に入り、上座に座る公爵の右隣りにエリーが座り、俺はその隣だった。エリーの正面にはエルザ夫人が、俺の正面にはエリック少年が対面した形で座った。
まさか流れで貴族と一緒に食事をすることになるとは思わなかったよ……
それから普通に食事が始まり、経験したことのないテーブルマナーに悪戦苦闘し、終始正面と隣から絶え間んなく話しかけられて料理の味なんか全く分からなかったよ。
リュイは使用人と言うとことで、エリーと俺の後ろで甲斐甲斐しく給仕に徹してました。試しにこの状況をどうにかできないか?と視線で確認してみるが、全く反応してもらえなかった。
そんなこんなで、俺は子供たちからの質問攻めを受けながら食事を終え、やっとここで解放されると安堵しかけた時……
「お兄ちゃん、今日はいっしょにいてくれるよね?」
「あ、それなら、僕は賊と戦ったお話を聞きたいです!いいですよね、父上?」
「もちろんだとも。タイキ君、今日はもう遅い。是非家に泊まっていきなさい」
この言葉により、俺はまだこの状況から解放されることは無かった。
もうこれ、諦めた方がいいのかな?
食事の終わった後、俺は公爵に頼まれた馬車と御者の遺体を屋敷の裏にある広い敷地で引き渡し、オックスさんに今晩泊まらせてもらう部屋に案内してもらってようやく一息つくことが出来た。
因みに部屋だが、どう考えても場違い感溢れた高級感ある部屋を宛がわれた。
もうね、どう表現していいか分からないくらいの豪華さで、十人くらい余裕で入れそうな部屋とか、仔豚の尻尾亭で寝泊まりしていた俺には広すぎませんかね?
何だか落ち着かないでいると、ふと視線と薄いが気配も感じた。
俺は視線を感じた先……部屋の天井に視線を向ける。
広い天井なので何処からは分からないが、今までの経験からこちらを見ていることは直ぐに解った。
その視線のもとを探ろうとしていると、視線を感じなくなると同時に気配が遠のいて行く。鼠かなにかだったのかな?
不思議に思ったが、特に何かあったわけじゃないし、まぁいいかな。
俺は何となく部屋に付いたガラス窓かた陽が完全に落ちた外の様子を見る。外は暗く、空も大きな雲に覆われて月明かりさえない状態だ。
この後にあのお子様たちと話さなければならないと思うと、何だかどっと疲れてくるな。
そんな風に考えながら部屋で呼ばれることを待っているのだが、全く呼びに来る気配がない。
それどころか、屋敷から人の動いている物音も聞こえていないことに気が付いた。これはどういうことだ?
その異常な現状に不信感を持ち、部屋から出る。
すると、扉の前には、気を失った状態のメイドさんが一人倒れていた。それだけじゃない。よく見ると屋敷の中に煙が充満しているじゃないか。
俺はすぐさま口元を服の袖で覆い、倒れておるメイドさんの状態を確認する。呼吸は正常。脈も問題ない……これ、もしかして寝てるのか?
それで結論に行きつき、俺は更に周囲を見渡すと何人かの使用人らしき人達が同じように廊下で倒れていた。その中には鎧を着た兵士の姿も見られた。マジで何があったんだ?
異様なその現象に、困惑していると
ガシャーン!
屋敷にガラスが割れる音が鳴り響いた。
それを聞くと同時に、俺は条件反射でその音のした方に走り出す。本来は逆に逃げる筈なんだが、今は音のした方に走らないといけないと感覚で判断した。
それから何度か金属がぶつかり合う音……ゲームやこっちに来て聞きなれてしまった戦闘が行われている音の方に向って入り組んだ屋敷を走り回る。そして__
「オックスさん!」
視線の先には綺麗に着こなしていた燕尾服が至る所を斬られ、そこから血を流しているオックスさんが破壊された扉の前で剣を構えていた。
そんな彼の後ろには、気を失ったリュイとエリック。そんな彼らにしがみ付き、オックスさんが対峙している存在に視線を向けて怯えてしまっている。まだ結構離れているここからでも判るくらいに顔から血の気が失せてしまっている。
「タイキ様!どうか、エリザベート様達を!」
オックスさんは俺に視線を向けることなく、エリー達のことを頼んでくる。
そうしていると、壊れた扉から対峙していた相手が姿を現した。
視界に現れたそれは、一言で言ってしまえば「包帯のお化け」だった。
ボロボロになった顔を隠すくらいの襤褸切れを頭から羽織、その布から覗く手足には包帯が隙間なく巻かれている。それだけなら別に良かったんだが__
そいつの巻いている包帯が、生き物みたいに動いていることに驚いた。
しかも、その包帯の端に血糊がべったりとついている。アレでオックスさんをあそこまで追いつめてのだろう。
確かに、アレを相手にするならエリー達を担いでここから離脱した方が賢明だろう。
でも、それが出来そうにないんだよなぁ……
こいつは何でこのタイミングで屋敷を襲った?
それは今日、この屋敷に来た者を襲う為じゃないのか?
その人物とは誰だ?
オックスさんが護っているのは?
彼が俺に頼んだのは?
あの布が向けられているのは、果たしてオックスさんだけなのか?
ここまでヒントがあって、分からない程俺も呑気なわけじゃない……
俺は態勢を低く取り、廊下に敷かれた絨毯とその下の床を踏み砕く勢いで一気に前に出る。
そのままの勢いで包帯の化物の懐に入り、右の拳で腹を殴り、部屋の中にぶっ飛ばす。
「タ、タイキ様?!」
「お兄ちゃん!」
俺が相手に突っ込んだことで困惑しているオックスさんと、ここで俺が現れて目を輝かせるエリー。
そんな二人に向って十数本の包帯が襲い掛かろうと襲撃者から放たれる。だが
「通さねえよ……」
すぐさまリストから二振りの藍色をした剣を両手に取り出し、襲い掛かろうとしていた包帯を全て切払う。大分夜目に慣れてくると、暗い部屋の中で口元から血を吐いている奴の姿が確認できた。
背丈は俺より低く、包帯の上からでも華奢なのが確認できる。だが、それだけじゃない。
こいつの頭部に巻かれている包帯の一部が解れていて、そこから火傷のような跡が生々しく覗いている。そんな奴の腰辺りから包帯が無尽蔵に湧き出してくる。
俺は正面の襲撃者から視線を外さずに、片手の剣を床に突き立て、リストから取り出した二種類のポーションを取り出すと同時にオックスさんの方に投げて渡す。彼はそれを難なく受け取り、こっちにこの経緯を話してくれる。
「タイキ様。そこの狼藉者の狙いはエリザベート様です。この現状も、屋敷に催眠効果のある煙を充満させ、無力化してから襲うつもりだったと思われます。
私がこちらにいるのは、エリック坊ちゃまとエリザベート様の身の回りのお世話をしていたことで今現在もお二方とも存命にございます。ですが、このままではジリ貧……
ここはこの老骨が退路を開きます。ですので、どうかタイキ様は__」
「オックスさん。渡したポーションを飲んで、直ぐにそこの三人を担いでここから離れてくれ。それと、ここに外から救援も頼むよ」
「そ、それではタイキ様が?!」
「いいから、さっさと行け!ここに居ても足手まといだ!」
「っ!」
俺は語気を強め、オックスさんにここからの退避を諭す。このまま問答を続けても意味が無いし、実際に俺が動こうと思うとオックスさんもだけど、その後ろに三人も居たら護りきれる自信がない。
なら、ここでまだ体力が十分にあり、戦闘力がある俺が残って負傷した人や戦闘が出来ない人を逃がす方が得策だ。
それが嫌と言う程分かっていたのだろう。オックスさんは直ぐに決断をしてくれた。
「……わかりました。タイキ様、ご武運を!」
そう返事が返ると、背後からポーションを飲んだ音が聴こえ、その後からここから離れて行く気配を感じる。そんな彼らを大人しく見ているほど、相手さんも馬鹿ではない。
走り出したオックスさん達を狙いために、先程の倍以上の包帯がこっちに向って押し寄せてくる。こいつは俺ごと四人を排除しようとしているようだ。
俺はすぐさま床に突き立てていた剣を引き抜き、また二振りの剣でそれらを全て叩き切っていく。
最初は一本ずつで攻めていた包帯も、今は数本を束ねて出来た槍や剣の形状の物が混じり、四方八方から押しつぶそうと襲い掛かってくる。が、俺はそれを腕がブレる勢いで振り回し、全てを細切れにしていく。
その異様な光景に、流石の相手も怯んでいるようだ。俺が強めに威圧と殺気を含んだ視線を向けると、ピタリと包帯での攻撃が止まる。
「おい、あんた。なんでエリーを狙う?」
「……」
「あんたも昼間の連中と同じで、誰かに雇われたのか?」
「……」
「……だんまりかよ」
相手の反応に、俺は大きめの溜息を吐き、両手に持っていた剣を収納する。
俺の急な意味のない行動に意味が解らず、襲撃者は首を傾げている。
そんな奴の反応を無視し、俺は全身から威圧行いながら息を吸い込む。そして__
「Guraaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
「っ??!!」
咆えた。
それもただ咆えたのではなくて、威圧を含んでいて建物を揺らす程の音量を持ったそれで、だ。
これを聞いた相手は、その場から数歩後ろに下がり、包帯を前面に展開して音から逃れようとしている。こんな近距離からこの音量はキツイよな。
それからキッチリ三十秒程続け、咆えるの止めてからもう一度相手を見ると、肩が震えているのが解る。
俺は両手に今度は鋭利性を追求した短剣を二本取り出し、ゆっくりとした足取りで襲撃者の方に近づいて行く。
その行動が相手にとってどう映ったのかは知らないけど、さっきの比じゃないくらいの量の包帯が俺を殺そうと押し寄せてくる。だが残念。そんな濁流のような包帯も、高速で振り回す短剣に虚しく切り刻まれ行く。その間も、俺自身の歩みは止まらない。
それを見ている方からすれば、恐怖体験以外の何物でもなさそうだよな、コレ。
徐々に近づいて来る俺に、相手はむやみやたらに攻撃をしてくるが、それは悪手だよ。
その攻撃で出来た隙を縫い、俺は一気に相手の懐に入って両の手足を斬り飛ばした。
本当なら、人の四肢を斬り落とすことなんかしたくはなかったが、これ以上の被害を避けるために已む無くだった。だが、その手ごたえが可笑しいこれでは、先程まで切っていた包帯まるで__
「ちっ!」
俺はすぐさまその場から後方に跳ぶと同時、四肢にまだ残っていた包帯が一斉にこっちに向って襲い掛かって来やがった!
どうにか回避しながら、その全てを切払うと、視線の先には腰から出ている包帯から支えられた状態でそこに立っている四肢の無くなった襲撃者の姿があった。どうやら元から四肢が無かったらしいな……
相手の後方には割れた窓があるから、そこから逃げることも出来るだろうに、こいつは逃げる素振りがまったくない。もしかして、反撃を狙っているのか?
腰から伸びている包帯の量は見ている範囲ではもう俺に抵抗するのも難しいそうな程しか動いていないのに……何考えてんだ、こいつ?
それに、出来ればこいつは生け捕りにしておきたい。
昼間の連中の仲間、あるいは同じ依頼を受けているなら何かしらの情報を持っているはずだ。その為にはどうにかしてあの邪魔な包帯を全て刈り取る!
そう決断すつと、俺は一気に相手に向って突き進む。
相手は俺の急な行動に動揺したのか、支えにしていた包帯までもこっちに向けて襲い掛かって来た。支えが無くなって自由落下しているが、そんなことは知ったこっちゃない。
襲って来る緩急をつけた包帯を難なく捌き、相手との距離が後二散歩程の距離になると、包帯が襲ってこなくなる。どうやら打ち止めみたいだ。
俺は左手に持っていた短剣をしまい、その手で空いている首元を掴もうと伸ばす。よし、勝った!
心の中で勝利を確信すると__
ガブッ!
「イテェェェェェェ!?」
こいつ、噛みつきやがった?!
包帯が巻かれてた口元が開いたと思ったと同時に、俺の左手の親指と人差し指の間を口から覗いて見えたギザギザの歯で噛みつかれたのだ。それもかなりの強い力で噛んいて、骨にはたっしていなさそうだけど、完全に肉に食い込んでるよ!
痛い!マジで痛い!死ぬほど痛い!
「は、放せえぇぇぇ!」
「……」
俺はまだ右手に持っていた短剣をその辺に放り投げ、噛みついているこいつの口をこじ開けようと顔に手をかけるが、ここで無理に力を加えると手に刺さった歯が動いて痛い!
こいつをどうやって手から剥がそうか考えていると、相手の喉元から何かを飲み込むような音が鳴る。こいつ、俺の手から流れてる血を飲み込んだようだ。……ん?俺の血を飲んだ?
いきなりの事と痛みで思考が纏まらないなか、そのことに疑問を覚えると、その現象が起こったのはほぼ同時だった。
俺の手に噛みついていた襲撃者の体が一度ビクッとしてから口が手から離れ__
「イギャアァァァァァァァ!!」
「うおっ!?」
口が離れると、そこから苦痛な、どこか断末魔と思えるような甲高い叫び声が部屋中に響き渡る。
俺もいきなりのことに動揺し、その場で後方に跳んでしまった。俺が離れると、襲撃者は床に倒れて絶叫しながら手足の無い体でのたうち回る。その光景は、芋虫が殺虫剤を噴きかけられて苦しんでいるようにも見える。
俺がそんなまさかの光景に困惑していると、さっきまで噛まれていたところに痛みを感じる。その手を見ると、噛まれていたところが抉られている。うげぇー、勘弁してくれよ。
そのあんまりな状態に顔が引き攣り、【無限収納】からポーションを取り出してその噛まれていた部分に振りかける。そうすると、さっきまで酷い状態だった手が何事も無かったように綺麗な状態に治る。うん、流石はジザ爺さんのお弟子さん達だ。いい仕事してるぜ!
薬をかけた手の具合を確認していると、先程まで聞こえていた襲撃者の叫び声が消えていることに気付く。俺は視線を襲撃者に向けると、床の上で横たわって動かないでいる。
そんな襲撃者に警戒しながら近づくと、胸の辺りが上下して呼吸はしていることは分かるが動く気配がない。
それ以外にも、包帯の隙間から見えていた焼け爛れていたいたはずの皮膚が綺麗な白い肌になっていたり、胸部に若干の膨らみがあったり、頭部の辺りから青い髪らしき物が出ているとか色々とツッコミどころが満載のそれが横たわっている。
……なんだか、やーな予感がしてきたぞ?
俺は内心で物凄く予想が外れていて欲しいことを祈りながら、倒れている襲撃者を右腕で抱きかかえ、左手でまだ顔に巻き付いている包帯を剥がすと
「……」
当たって欲しくない予想が的中しやがったよ……
今俺の腕に抱えられている襲撃者は、どうやら女……それも、リュイと同じくらいの歳の可愛らしい女の子だった。顔は整ってるし、透き通った青い髪は半分が顔に掛かるくらいに長い。これ、俺の血を飲んだからこうなったのか?
そんな俺の予想が最悪な形で目の前に存在していると、その子の口から咳き込みながら血を吐いた。ヤバイ?!
出会い頭に俺はこの子の腹にかなり強めの一撃を喰らわせてしまっている。それが今になって効いて来たんだろう。呼吸の方も徐々に弱まっている。これはマジで拙いぞ!
俺は【無限収納】から直ぐさまジザ爺さん特性のギガヒールポーションを取り出し、容器の栓を口で開ける。ちんたらしてたらこの子が死ぬ!
栓を開けたポーションを女の子の口に近づけて飲ませようとしたけど、もう飲む力もないのか口の端から零れ落ちてしまっている。その間も呼吸は弱まっていく。
このままじゃ……クソッ。こうなったら自棄だ!
俺は手に持っていたポーションを口に含み、そのまま女の子の唇と自身の唇を重ねる。
そうして口の中に含んだポーションを女の子にどうにか飲ませることに成功した。ポーションを飲んでいる音が耳に聞こえる。
口に含んでいたポーションが無くなったと同時に、俺は女の子から顔を離す。これは人命救助であって、絶対に初キスにはカウントされない……そうに違いない!お願いだからそうであって!
無事に?峠を越えたことに安堵しながら部屋の現状を見渡すと、そこには酷い惨状だった。
もとの物が何だった判別できないくらいにバラバラだったり粉砕された調度品から、豪華で寝心地が良かっただろうと思うベッドの残骸などがあり以外で無事な物が一切ない。
これ、損害で総額幾らよ? もしこれらを弁償しろとか言われたら余裕で夜逃げできるレベルだな。
「……ん……」
部屋に視線を巡らせていると、腕の中で呻き声がした。俺はそっちに視線を向けると、薄っすらと瞼を開けた女の子の姿が目に入る。だがどうやらまだ意識がハッキリしないのか、寝ぼけているようで俺の顔をボケーっと見ている。
そんな女の子は、腰からまた包帯を一本出してこちらに伸ばしてくる。俺はそれを警戒してナイフを左手に取り出して構えたが、その意味は無かったようだ。
女の子はその包帯で顔にかかっていた髪を掴んで払い、視界が開けると大きく目を見開く。
その反応に俺に襲い掛かると思いきや、さっき払ったはずの髪の毛をもう一度包帯で掴み、自身の目の前まで持ち上げてまじまじと見つめている。
その薄い緑色の瞳で髪を見た後、今度は首を動かして周囲を見渡しだす。それからそれ程時間をかけずに目的の物を見つけたのか、それを……床に散らばっているガラスの破片に視界が固定される。
俺もつられて視線をそっちに向け、丁度雲の切れ間から出た月に反射して映る俺と襲撃者の女の子の姿が映り込む。それを通して見えた女の子の顔が、まるでお化けでも見るような目で見ている様だった。
それから女の子は顔をこっち、正確には自身の身体の方に向けると体に巻き付いていた包帯が解けていき、そこには傷一つない綺麗な肌と小ぶりの小山が………って?!
「早く隠せ!」
「うわっぷ?!」
いきなり脱ぎだした女の子に、俺は手に持っていたナイフをしまい、リストの中から適当に服を取り出してから女の子の上から被せる。この流れる作業のタイムは僅か2秒!
俺から服を被せられた女の子は__
「……グスッ………」
服越しから、何故かすすり泣く声が聞こえてくる。それと同時に、顔に被せていた部分が徐々に濡れてシミが出来ていく。え、マジで何で泣いてるんですかあなた?
俺が困惑しながら理由を聞こうと口を開きかけた時__
「タイキ様!救援に参りました!」
「タイキ君、無事か!?」
俺と女の子がその声に驚いて体が強張る。おいおい、驚かさないでくれよ……
俺は肩越しに後ろを見ると、壊された扉の向こう側に十人の騎士を連れ立ったオックスさんと武装した公爵の姿があった。オックスさんは逃げた時のままの姿で、公爵は騎士よりも軽そうだが、十分に実用性のありそうな軽鎧と俺の渡した剣を抜き身の状態で構えていた。
そんな彼らの到着に俺が安堵していると、急に俺の腕から重みが無くなり、それに合わせて布がはためくような音が窓の方から聴こえてくる。俺は視線をすぐさま窓の方に向けると、既に視界の先には暗闇だけしか存在していなかった。あの女の子、ほんの少し目を離しているうちに逃げ出したらしい。
その光景を見ていた公爵が、すぐさま騎士達に行動の指示を始める。
「くっ!二名はこの場に残り、彼の治療と現場に残っている敵の手掛かりを探せ!
私はこのことをギルドマスターに伝えに向う、貴様と貴様、私に同行しろ。
他の者達は街の警備兵と連携し、逃げた賊を捕らえよ!オックス、お前に指揮の全権を委ねる。必ずや賊を捕らえてみせろ」
「はっ!では皆さん、直ぐに街に向いますよ?」
「「「「了解!」」」」
ある程度の指示を出し終えると、直ぐに彼らは動き出す。二人の騎士を残し、公爵たちは屋敷の中を走って行ってしまった。
そんな彼らの行動の速さに関心と驚きを覚えていると、こっちに一人の騎士が近づいて来る。
「君、怪我無いかい?」
「あ、あぁ、大丈夫です」
心配そうに話しかけてくる騎士に問題ないこと告げると、彼は一本のポーションを渡すと部屋を調べているもう一人の騎士と一緒に作業を始めだした。
とりあえず、貰ったポーションを【無限収納】にしまって服や他の怪我の有無を確認してみるが問題なさそうだ。さて、女の子に貸してた服を回収するかな……ん?
あ、あれ? 俺が貸した服が、ない?
そういえば、俺はいったいどの服を取り出したんだ……?
急に不安になった俺は、頭の中でリストを洗いざらい調べまくる。その中で服だけを調べたが減っていない。そのことで更に服系の防具を調べると…………な、ない………
ミストキャットのポンチョが、何処にもない…………
騎士二人が部屋を調べている間、俺は部屋の外に出てから内心で大いに頭を抱えることになったのだった。