英雄転生編 10
「それじゃ、そろそろ移動しよう。いいかな、二人とも?」
「うん!大丈夫だよ!」
「はい、よろしくお願いいたします、タイキさん」
エリー様が目を覚まし、意識がハッキリして2時間。俺から二人にそれぞれ着替え(無限収納にしまった馬車の荷物から)を渡し、その際に着替え場所の用意とか色々としていたら大分時間を喰ってしまった。今は二人とも綺麗な姿で移動出来るようにしている。
それと、何故かエリー様から敬語で話すことを止めるように言われ、リュイと同じように接している。どうもリュイと違う態様に不満があったのだろう。仲間外れにされた様なものかな?
「じゃ、二人にはこれを付けてもらうね」
「わぁー!きれい!」
「タイキさん、この服は……?」
「それは俺が街で作って貰った装備の一つだよ。確か、ポイズンモスって魔物の糸で出来た服らしいよ」
「そ、それって……」
あれ? リュイの顔色が悪くなってる。エリー様は「カワイイ~♪」と言って燥いでるのに、どうしたんだ?
『ポイズンモス』は大型犬くらいの大きさの幻覚作用のある毒を吐き出す芋虫だけど、そんなに強くないし、以外に糸が高価でかなりいい物が作れたんだけど……
因みに、二人に渡した服はマントに仕立てた物で、エリー様には水色、リュイには若草色を渡している。エリー様の金色髪におとなしめな水色がよく合い、リュイの方もよく似合っている。それなのに、彼女はマントを手にしながら「これ、私の御給金何年分だろう……」なんて小声で言っている。それ、実質タダで作って貰ったって言ったら、どうなるのかな?
おっと、そんなことより、アレをエリー様に渡さないとな。
「エリー様」
「……エリー!」
「いや、その__」
「エ・リ・ー!」
「……エリー、ちょっといいかな?」
「うん。なに、お兄ちゃん?」
俺が様付けすると、頬を膨らませて呼び捨てを強要するのはどうにかして欲しい……
仕方なくエリー様……エリーに根負けして名前を呼ぶと、花が咲いた様な笑顔で返事を返してくれる。そんなに様呼びが嫌なのか? それと、出会ってからずっと俺のこと「お兄ちゃん」と呼ぶのもどうなんだろう。そのことを聞いた上で、名前で呼んでもらおうとしても、暖簾に腕押しでまったく訂正してくれる気配がない。そこまで好かれるようなことはしていないんだけど?
もうそのことを割り切った俺は右手にある物を取り出し、それをエリーに差し出す。
「お兄ちゃん、これなに?」
「これはゴーグルだよ。これからすることに必要だから」
「ふぅ~ん……」
そう、俺が取り出したのはゴーグルだ。そのデザインは、大きなレンズにバンドで頭に固定するタイプん物だ。これは以前イココから報酬で貰ったガラクタの中に入っていた物の一つで、本来ならこれを付けると遠くの物を見ることの出来る物になるはずだったらしい。だが、その効果を付けることが出来ずただのゴーグルになってしまった失敗作だそうだ。
だが普通のゴーグルと違い、それ自体は頑丈に作っているらしく、そう簡単には壊れたりしないというある意味でいい品だったのが救いだ。
俺はそのゴーグルをエリーに付けてやると、子供らしくその場で飛び跳ねて喜んでいる。どうやら気に入って貰えてようだな。
それからまだ唸ってるリュイに無理矢理マントを着させ、この後の行動について確認する。
「再度確認するよ。今からアーバインまで俺達は歩いて向う。俺のせいで馬が全部逃げてしまったから、移動中はエリーを負ぶって移動することになる。ここまではいいか?」
「はい、問題ありません。ある意味でタイキさんが護衛をして下さるので、私達からすれば大変ありがたいです」
「お兄ちゃんといっしょー!」
「それとあの盗賊達だが、街に付いてから兵士の人達に頼んで回収してもらう。あのまま放置して、また誰かが襲われたらいけないからな。これもいいか?」
「「はい(うん!)」」
「よし。それじゃ、移動を始めるか。ほら、エリー」
「わーい!」
今後のことを確認し終えた俺はエリーに背を向けてから屈み、その背にエリーが飛びつく。
飛びつかれたが、流石に異常なLevelとStatusのお陰でまったく重たくない。
さっき確認した通り、俺達は徒歩でアーバインに向うつもりだ。ま、実はリュイには伝えていない方法で移動はするが、問題はないだろ。
盗賊達も連れて行くとなると、移動速度が落ちつ上に逃げないように警戒をしなくちゃいけない。それ以前に、こいつら今は麻痺して一日は確実に動けなくしてある。それを考えると、街で兵士の人達に捕らえてもらったほうがこっちが楽ができる!
ただ、このまま放置してると確実に森にいる魔物に襲われてしまう。あんな人でなし共でも人は人。見殺しにするのは寝覚めが悪いから、一応は対処はしておくかな。
俺はあいつらに善意である魔装具を【無限収納】から右手に取り出す。取り出したのは、野球ボールサイズの薄いガラス玉に緑色の液体が入った物だ。
その魔道具を見たリュイが不思議そうに手のそれを見ている。
「タイキさん。その手に持っている物はいったい何ですか?」
「これはあいつらを魔物から護るための道具だよ。所謂、魔物除けだな」
「……あの連中を、ですか?」
俺の言った内容が嫌だったのか、かなり不満そうだ。ま、最後には俺の意思を尊重して引いてくれてよかった。さて、そろそろ行くかな。
俺の背にしがみ付いているエリーを左手でしっかり支え、右手に持ったガラス玉を高い山なりに盗賊達の方に放る。盗賊達とリュイはその放り投げたガラス玉を惚けた表情をし、視線でそれを追う。
そうしたらすぐさまリュイの腰に手を回し、彼女を担ぎ走り出す。この後にある最悪の現象を回避するために……
「え、ちょっ……?!」
「喋ると舌を噛むぞ?」
「アハハ!はやーい!」
いきなりのことに顔を赤らめて抗議するリュイと、背負っているエリーからは楽し気な笑い声が耳元で聞こえる。そんな彼女達の声に混ざり、後方からガラスが割れる音が聴こえると__
「「「「ギャァァァァ!!!」」」」
むさくるしい男達の悲鳴が背後から響く。
ふふふ、お前らは助けてやる。だが!ただ善意で助けてやるわけないだろ、阿呆め!
俺は知らぬうちに口角が上がっているのを自覚していると、後方から聴こえた悲鳴で何かを感じたリュイがこっちに恐る恐る質問を投げかけてくる。
「あ、あの、タイキさん。先程の魔道具で何をなさったのです?」
「アレ? アレは魔物が嫌う臭いを発生させる魔導具で、人間にもキツイそれを通常の物の十倍する強烈な悪臭を発生させる物なんだ。それをあいつらを助けてやる代わりに、一月は取れない臭いを代償にして護ってやったのさ。ククク……」
「う、うわぁ~……」
あの魔道具で発生する現象を聞いたリュイの顔が引き攣ってしまう。そりゃ、そんな悪臭を魔物から護らる代償がデカすぎるもんな。これを聞いたらどんな奴でも同情しちまうか。
アレを作る際に周囲に悪影響をもたらし、三日間豚箱に放り込まれた錬金バカのことは街では有名な話だ。
「んじゃ、このまま街まで走る。もう少し速度を上げるから、口閉じとけよ?」
「え!ま、い、イヤアァァァァァァァ!!?」
俺は後方から聴こえる盗賊達の悲鳴と、脇に抱えたリュイの早さによる恐怖からくる悲鳴。最後に背負っているエリーから楽しそうな声を聞きながら来た道を戻り、アーバインに向けて走る。
あー、みんなからなんて言われるかな……
それから夕方になる前に、俺の視界の先にアーバインの街の外壁と門が見えてくる。
門には既にネイツとジードさんはおらず、他の警備兵二人が検問している。
その警備兵の一人が近づいて来る俺に気付いたようで、こっちに声を掛けてくる。
「おい、止まれ……って、タイキじゃないか」
「あ、マジだ。なんで戻ってきてんだ?」
この二人、実は昨夜の宴会で警備兵の中に居たので俺のことは知っている。なので俺が今日旅に出ることも知っているので、俺が出て一日も経たないうちに戻って来たことに首を傾げ、更に背負っている少女に脇にメイドさんを抱えている状況に更に首を傾げてしまっていた。うん、多分立場が逆なら俺も同じように不思議がるよな、きっと。
「タイキ、そのお嬢ちゃん達はいったいどうしたんだ?」
「……攫って来たのか?」
「ちげーよ!」
そんな失礼な二人に言い返してから、脇に抱えていたリュイと背負っていたエリーを地面に降ろす。エリーは走っている間流れていく風景を大いに楽しんでいて今も楽しそうに燥ぎ、それとは対照的にリュイは足が震えて立つのがやっといった状態だ。その顔からは疲弊の色がハッキリ見て取れる。
女の子二人の様子に、警備兵の二人はエリーには優しそうに、リュイには憐れみの籠った視線を向け、俺に対しては呆れを多分に含んだ顔で溜息を吐かれた。おい、それは酷くないか?
「それで? このお嬢ちゃん達はいったいどうしたんだ? 一人はどう見てもメイドみたいだが」
「あぁ、それなんだが__」
俺は街から出て、この二人が盗賊に襲われたことからこれまであったことを話した。ただ、エリーが狙われたことについては伏せておいた。これに関しては、この二人に話しても意味ないだろからな。
「……なるほどな。それでお前が助けて、そのお嬢ちゃん達を街まで連れてきた訳か」
「盗賊達も、こっちで対処すりゃいいんだよな?」
「あぁ、頼む。それと……」
俺はまだ足元がおぼつか無いリュイに視線を向けると、彼女もそれを感じたのか、頑張って姿勢を正すと服から一通の封筒を取り出し、それを警備兵の二人に差し出す。
「こちらをアーバイン公爵様に届けてください」
「なっ!? そ、それじゃ、あの少女は……」
「はい、御察しの通りです」
「……分かりました。責任を持ってこちらを公爵の屋敷にお届けします。おい、残ってる連中で一番足の速い奴に向かわせろ!それと、街道にいる盗賊達の回収に向かう為に隊を編成させろ!」
「おう!」
一人がリュイから封筒を受け取ると、それをもう一人に渡し、渡された方はすぐさま門を潜って宿舎の方に向って行った。どうやらこれで俺の役目は終わりみたいだな。
「良かったな、二人とも。これでもう安心だな」
「はい、ここまで運んで来ていただき、本当にありがとうございます」
若干運んでもらったところを強調されたが、その顔は笑顔だ。……だが残念、目が笑っていませんでした。ごめんなさい。
「タイキ、流石にもう日も暮れる。今日は街で休んでいくだろ? とりあえず、ギルドカードを提示してくれ」
「あ、あぁ、そうだな」
その後、俺はギルドカードを提示して問題ないこと言われてそのまま街に入ろうとしたが、エリーから一緒にいて欲しいと駄々こねられて門の前で彼女達の迎えが来るまで待つことになったのだった……
それから大体一時間。
門の前で他の人達が門を通っていくのを、俺とエリー達は端によってそんな人達を見ながら迎えが来るのを待っていた。
待ち始めてから数分は良かったが、十分くらいでエリーとリュイの腹が鳴り、その二人に昼に食べた物と同じサンドイッチを食べさせ、喉が渇いたと言い出したので冷蔵庫を出して果実水を飲ませ、立つのが疲れたといって椅子を出して座らせたりとしながらしていると、門の向こうから豪華の馬車を引き攣れながら騎士の人達がこっちに向って来ていた。
騎士たちが来たので、俺達は椅子から立ち上がり、出していた椅子を収納しておく。
そうこうしているうちに、俺達の方に一人の厳格そうな騎士が近づいて来た。
「失礼だが、貴殿たちが王都から来れれたという方々で間違いはないか?」
「はい。私はあちらに居らすエリザベート様就きのメイド、リュイと申します。ついて早々、アーバイン公爵様のお手を煩わせたこと、ご容赦下さい」
「公爵様もエリザベート様のご訪問を心待ちにしておられた。そなたが気にする必要はない」
「寛大な言葉に感謝いたします、騎士様」
そんな堅苦しい挨拶を交わすリュイと騎士。どうやらこれで、俺はお役御免みたいだ。話の内容が聞こえたが、どうやら俺の服の裾を握っているエリーは愛称で、本当はエリザベートが正しいらしい。
それから何か話している二人を見ているエリーに、俺は彼女の背丈に目線を合わせる.
「エリー、俺とはここでお別れだ」
「えぇ?!」
俺が離れることを告げると、驚いた顔から徐々に泣き顔に変わっていく。その顔を見るとこっちも心苦しいが、これ以上関わると碌なことにならないような気がするんだよな。
今にも泣きだしそうなエリーの目の端に溜まった涙を手で拭い、この少女を不安がらせないように笑顔で話しかける。昔は泣いてた妹によくこうして泣き止ませてたなぁ……
「大丈夫、エリーがお利口さんにしてたらまた会えるさ。だから、一度ここでお別れしよう、ね?」
「うぅ~……」
なんとか言い聞かせようとしてみるが、唸るばかりで一向に頷いてくれない。困ったなぁ。
俺がエリーの反応に困っていると、リュイと先程まで話していた騎士の二人がこっちに向って7歩いて来ていた。よし、あの二人にもエリーの説得を頼もう。仲のいいリュイに説得力のありそうな騎士の人から説得されれば、エリーも納得する筈だ!
「リュイ、あの__」
「エリー様、タイキさん。迎えの馬車が来ておりますから、それで公爵様の元に向いましょう」
「…………はい?」
リュイは今なんて言った? 公爵の元に向う?
それも、何故か自然な形で俺まで一緒に同行することになってるよ? おかしくないかな?
俺は確認と最後の希望をかけ、リュイの隣にいる騎士の方に視線を向けるが
「貴殿がエリザベート様を賊から救ってくれたと、先程リュイ殿から伺った。貴殿は数十の超える悪漢共から一人でお二人を救いここまで連れてきた、その経緯を公爵様にも話して欲しい。同行してもらえるな?」
「は、はい……」
完全に退路を断たれた俺は放心状態から生返事を返し、それを聞いた騎士は俺の肩に手を置いて「よくやった!」と一言いうと、門に来ていた他の騎士たちに指示を出し始めた。
その後は同行が決まったことで泣きそうだった顔から明るい笑顔に変わったエリーに引っ張られながら豪華な馬車に乗り込み、夕焼けに染まった街の通りを窓から見ながら公爵様の屋敷に向って動き出した。あぁ~、なんでこんなことなってしまったのだろうか……これ、完全にラノベの展開で面倒事に巻き込まれる典型的なテンプレだろ。
そんな今後の展開に、暗澹たる思いをしている隣で座るエリーから明るい笑顔を向けられながら、公爵様の元に向う馬車は進んでいくのだった。
それから街並みを座って楽しそうに窓から見るエリーと、そんな少女を微笑ましそうに見ているメイドのリュイを乗せた馬車は三十分程進み、目的地に着いたのか動きを止めた。
「エリザベート様、公爵様の御屋敷に到着いたしました」
外からリュイと話していた騎士から到着を告げられると、馬車の扉が開く。
リュイが先に馬車から降り、その後からエリーが彼女に手を支えられながら降りる。最後に降りた俺は、直ぐに視界に入って来たその建物の大きさに驚く。
その大きさは父さんから見せてもらった写真で見た古いイギリスの砦のような武骨な外観で、夕焼けが当たって出来た影がその建物からの威圧感を増しているように感じる。
俺はその外観に委縮していると、屋敷の扉が開きそこから二人の人物が姿を現した。
一人は大柄な四十代くらいに見える、上品な服を着こなしたエリーとは違ったくすんだ金髪の温厚そうな男性。その隣には壮年の白髪を撫でつける様に整えた正に執事といったお爺さんが男性の後ろに控えている。どうやら、金髪の男性の方がこの街の公爵であるアーバイン公爵だろうな。あんな上等な服、普通は着ないし。
そんなことを考えながら公爵たちを見ていると、公爵が馬車の方、そこにいるエリーを見るや否や、馬車に向って駆け出す。
「エ、エリー!」
「あ、おじ様!」
エリーは公爵がこちらに向って来ているのを見ると、公爵に向って飛びつく。それを公爵は難なく受け止めると、優しく抱きしめながら安堵の声を漏らしていた。
「あぁ、エリー。本当に無事で良かった……会えて嬉しいよ、エリー」
「はい、私もおじ様にお会いできて嬉しいです!」
そう言ってエリーは公爵の首に腕を回して抱きつき、そんな彼女の頭を優しく撫でる公爵。そんな公爵の後に付いてきた執事のお爺さんも、ハンカチで目元を拭いながら二人の様子を見ていた。
そんな感動的な再開をしているところにリュイが近づき、恭しく公爵たちにお辞儀をする。
「アーバイン公爵様。またお会いできたこと、光栄に存じます」
「おぉ、リュイか。そなたも無事で良かった」
「はい、それもあちらに居らすタイキさんのお陰でございます」
「ほぉ、あの者が……」
リュイは恭しくお辞儀をしてから俺の方に視線を向けると、その視線の先にいる俺に公爵と執事の二人もこっちに視線を向けてきた。いやこれ、どう反応すればいいの?
どう見てもお偉いさんを目の前にし、俺がどう返事を返そうか悩んでいると
「おじ様、お兄ちゃんはエリーとリュイをこわいおじさん達から助けてくれたの!」
「おぉ、そうかそうか。それではあの青年はお前たちの恩人という訳だな?」
「うん!それに、このマントやゴーグル?も、お兄ちゃんから貰ったの」
「ほぉ、そのマントを、か……」
いやまあ、そのマントもゴーグルも別にあげてもいいけどさ……それを聞いた公爵の目が鋭くなったのは勘弁してくれないかな? あれ、もう何度もギルマスや職人連中から何度も向けられてるから、物凄く嫌な予感しかしないんだけど……
心の中で不安に駆られつつ、そんなやり取りを見ていると、公爵がこちらに向って笑顔を向けてくる。あの目を見た後だと、表情の裏に何かあるとしか思えないんだが……
「君は確か、タイキ君と言ったね? ありがとう。私の姪を助けてくれたこと、本当に心から感謝する」
「い、いえ。俺……いや、私はそんな__」
「あぁ、無理に畏まる必要はない。君はこの子の恩人だ。その恩人なら、私にとっても恩人と同義。普段道理に話してくれて構わない」
「は、はぁ……」
「さぁ、外で話すのもなんだ。屋敷でゆっくりはなそうじゃないか。すまないが、エリーとリュイに沐浴の準備と、彼を応接室にお連れしてくれ。決して、粗相のないようにな」
「はい。承りました、旦那様」
完全に場の空気に流され、エリー達は屋敷から出てきたメイドさん達に連れられ何処かに向い、公爵も騎士を何人か連れて屋敷に戻っていく。
最後に残された俺は、一緒に残っていた執事のお爺さんの案内に従い、屋敷の中に足を踏み入れることになった。お願いだから、どうか面倒なことに巻き込まれませんように!
それから豪華だけど、品のある調度品が飾られている通路を歩いている最中、執事のお爺さんに幾つか確認をしている。
先程、公爵からの話し方についてとか、俺の今現在装備したままの装備を預けなくていいのかなど、この後で問題になりそうなことを一つ一つ確認してみたのだが……
「そのことでしたら問題ございません。旦那様はあなた様にそのような気遣いは無用であるとおっしゃった以上、私共がそれに異議を唱えることはございません。
武装のことですが、そちらも旦那様から何もご支持は頂いておりませんし、エリザベート様をお助けした優しき御方が蛮行を行いうとは思えません。もし何かご不満がおあり出したら、屋敷の厳重な宝物庫でお預かりいたしますので、どうぞ周囲にいる使用人にお気軽お申し付けください。
そして、この度のエリザベート様をお救い下さったこと、屋敷の者を代表し、心より感謝いたします。
遅ればせながら、私はこのアーバイン公爵様の御屋敷で執事長を務めております、オックスと申します。どうぞ、お見知り置き下さいませ、タイキ様」
もうね、かなりこっちを優遇するような言動なんですよ。それを聞いていた俺はもう乾いた愛想笑いを返すので精一杯でしたよ、マジで。
そんなやり取りをしながら歩き、ある部屋に案内されて中に入ると、これまた上品な装飾品で飾られた部屋だった。その部屋の中央にはゆったりできそうな大きめのソファーが向かい合わせで置かれ、その間には高級感を感じさせるテーブルも置かれている。
部屋の隅の壁際には数名のメイドさん達が立っており、俺が入るといそいそとお茶の用意をし始める。
「ではタイキ様、旦那様がお見えなりますまでこちらでお待ちください。その間、何かご要望がありましたらそちらの者達にお声がけくださいませ。お前たち、タイキ様に失礼のないようにおもてなしをするのだぞ?」
「「「はい、オックス執事長」」」
「それでは、私は旦那様をお呼びしてきますので、どうぞごゆるりと」
「あ、はい……」
俺があまりの光景に愕然としている間に、オックスさんは部屋を出ていく。残された俺は部屋にいたメイドさん達にソファーを勧められ、座ると同時に紅茶らしき飲み物が入った陶器のカップと軽く食べるようにだろう果実の入ったお皿をテーブル上に置かれる。
その後も恭しく俺の周囲のお世話をする彼女達の行動に委縮しながらも、準備して貰った紅茶を一口飲む。……うん、緊張してまったく味がしない。
俺が紅茶を飲んで反応が無いことに若干彼女達からも緊張しているのを感じ、俺は慌てて出された物に対する感想を言う。
「……これ、凄く美味しいですね」
「お褒めいただきありがとうございます、タイキ様」
何とか感想を口にすると、彼女達の緊張が無くなった。
その後、特に話すこともなく、黙ってメイドさん達が用意してくれた紅茶を五杯くらい飲んだころだろうか。部屋の扉がノックされる。
「タイキ様、旦那様方をお連れいたしました。入ってもよろしかったでしょうか」
「は、はい!どうぞ!」
「それでは、失礼いたしましす」
扉越しにオックスさんの声に反射的に答えると、扉からさっき会った公爵が入り、その隣にはこちらも温厚そうな雰囲気で落ち着いたドレスを着た腰まである長い茶髪の貴婦人を伴っていた。
そんな二人の男女の後ろからオックスさんが入ると、部屋にいたメイドさん達が公爵たちに一礼してから部屋を出ていくと、扉をそっと閉める。
俺は慌ててソファーから立ち上がろうとしたが、公爵からその必要はないと言われてしまう。
「すまない、タイキ君。待たせてしまったかね?」
「い、いえ!そんなことは!」
「うふふ。そんなに畏まらないで下さいな」
「は、はい……」
この優し気な笑顔を向けている人は確実に公爵の嫁、公爵夫人といったところだろ。
二人は再度俺にソファーに座ることをさとし、それに対して頭を下げてから腰を下ろす。公爵夫婦も俺の体面に座るとすぐさまオックスさんが動き出し、淀みのない動作で三人分の紅茶の準備をしていく。
「ありがとうございます、オックスさん」
「いえいえ。これが私の務めですので。それと、私のことはオックスとお呼びください」
「い、いや、それは……」
「オックス。それ以上、タイキ君を困らせてやるでない」
「は、申し訳ございません、タイキ様」
「き、気にしてませんから、頭をあげてください」
「寛大なお言葉、痛み入ります」
頭を下げて謝って来たオックスさんに頭を上げてもらうと、オックスさんはそのまま公爵たちの座るソファーの後ろに回ると背筋を伸ばして気配を消していく。その全く隙のない動作に驚いていると
「タイキ君。まずはお互いに自己紹介から始めたいのだが、いいかな?」
「あ、はい。問題ありません」
「では、まずは私からだな。もう知っているだろうが、陛下から家名と爵位を賜り、領地を預かり収めるアーバイン公爵領が領主、ローギス・アーバイン公爵だ。此度は姪を救ってもらい、本当に感謝している。ありがとう」
「私はエルザ。公爵夫人です。あなたのお陰でエリーちゃんとまた生きて会うことが出来たわ。ありがとう、タイキ君」
二人から素直なお礼を言われ、無性に気恥ずかしさを覚えながらも名前と冒険者であること、実はこの街で二ヶ月程の間住んでいたことなどを話して自己紹介を終える。
俺の話が終えると同時に、先程まで笑顔だった公爵の表情が真剣な、どちらかと言えば緊迫したような表情に変化する。
「早速ですまないが、タイキ君。君があの子達を助けた経緯について、詳しく話してはくれないか?」
なるほど。俺を直ぐに帰らせず、ここに待たせていたのはそのことを聞くためだったか。あの騎士の人が言っていた通り、ここは包み隠さずにあったことを話した方がいいな。
「分かりました、彼女達を助けた時のことをお話します」
それから俺はこの街から旅に出るとかろから、エリー達をここまで連れてきた一連のことを話した。
聞いている間、夫人は馬車が転倒していたことに蒼白にし、公爵とオックスさんは俺が一人で数十人の盗賊達を殺さずに行動不能にしたことと、エリー達に渡したマントやゴーグルの出所にここまで連れてきた方法に関して反応を示していた。そりゃ、こんな見た目の男がどうやって大人数の男達を無力化できると思わないような、普通。
更に俺は自白剤のことを隠しながら盗賊の頭目から、実は偶然襲ったのではなく正体不明な相手からエリー達を襲い、殺す様に依頼を受けていたことについても話す。
それを聞いた三人は、信じられないと言いたげに目を大きく見開いている。
「そんな、いったい何所から情報が……」
「旦那様。これは拙いかもしれません」
「あなた……」
公爵たちは深刻そうにしている。これ、俺が関わっちゃいけない案件ですようね? だから早くここから出してくれませんか、ねぇ?
「……ふぅー。貴重な情報を提供してくれて感謝するよ、タイキ君」
「い、いえ。お役に立てて良かったです」
「本当に、この情報は何よりも手に入れておきたかったものだ。これにはそれ相応の報酬を支払わねばな」
「そ、そんなのいいですよ!俺はただ、あの二人を助けた助けただけなんですから!」
「これも貴族としての礼だと思って、気負わず受け取ってくれ。報酬はギルドにある君の口座に振り込んでおくよ」
「す、すみません……」
俺はそう絞り出すように答えるしかできなかった。多寡が情報だし、そんなにお金を振り込まない……よな?
「ところで、タイキ君。もう少し君には聞いてみたいことがあるのだが、いいかな?」
「あ、はい。俺が答えられることなら」
「そうか、それでは幾つか質問させてくれ」
それから聞かれたことは、盗賊達を倒した際に使った腰や太ももに刺してある剣と短剣のこと。エリー達に渡したマントとゴーグルの出所に、ここまで来る間に乗って来た馬車をどうしたかのことについてだった。
一つ目は単に好奇心で、二つ目と三つ目は荷物も持っていない俺が何処からアレらを渡したのかと、馬車を動かしていた御者と荷物について聞きたいんだと思う。
「では、まず武器からですね。確認でしたら……どうぞ」
俺は座る際に剣帯から外し、鞘に入った状態の剣を両手で持って公爵に差し出す。
公爵は後ろに立っていたオックスさんに視線を向け、それを一つ頷いたオックスさんが俺に一言断りを入れてから剣を受け取る。
彼は俺の渡した剣を持った状態で鍔の部分を確認すると、鞘から少し抜き__
「おぉ……」
口から感嘆の声が零れ落ちる。直ぐに剣を鞘に戻し、それを公爵に渡し、公爵も直ぐ同じように剣を抜くと短い言葉を出して刀身をジッと見入っている。
この剣もダルガスが作ったもので、兎に角硬くて壊れにくい剣で地味な物にしてくれと頼んだ一振りだったが、何をどう間違えたのか鍔と刀身に分かるか分からないくらいに薄っすらと彫り物がされていて、それをした理由が「だって、つまらないじゃいなか」という理由から付けられた俺からすればいらん使用を施された物だったりする。ただ、鞘だけは普通の物にしてもらっただけマシといった感じだな。
そんなある意味で思い出深い剣を見ていた公爵は満足げに剣を鞘に納める。
「うむ、良い品だ。これ程の業物を持っているとは、君は本当に面白い青年だな」
「お褒めいただき、光栄です。では、今度はこちらの__」
「いや、もうこれだけで十分だ。いい物を見せてくれてありがとう」
公爵は俺に持っていた剣を返そうとこちらにそれを差し出し、俺もそれを取ろうとして、ふとあることを思いついた。
「……公爵様。もしその剣がお気に召したのでしたら、それはお譲りします」
「「へっ?」」
俺の言葉の意味が理解できないといったところか、公爵とオックスさんの剣を確認した二人から信じられないと言いたげな顔で俺の顔を見返した来る。
ふふふ……これには理由があるのだよ。
あの剣を差し出す代わりに、俺をこの件に関わらないようにしてもらうためだ!
無論、あっちにその気が無かったとしても、万が一に巻き込まれる可能性も否定できない。こういったストーリー物の主人公だったら確実に面倒事になる可能性があるからな、ここで手を打っておいて損はないはずだ!その布石の為に、友好と敵意が無いことを示す為に剣をプレゼントすることにした。
「ほ、本当に、よろしかったでしょうかタイキ様?」
「はい、オックスさん。それは俺からの公爵への友好の証として差し上げます」
「そうか……では、これは有難く受け取らせて貰うよタイキ君」
「はい、どうぞどうぞ」
公爵は嬉しそうにそれをテーブルの上に置くと、逸れていた話を戻す。
「話が逸れたが、次の質問だ。君は今持っている物以外に何も持ってはいないように見えるが、あの二人が身に付けていた物はいったい何所から持ってきた物なんだい?」
「そのことですか……言葉で説明するよりも見てもらった方がいいでしょう。皆さん、俺の手を見ていてください」
「「「?」」」
俺は両手を掌を上にするように三人に差し出し、三人はその手をジッと見ている。それを確認し、俺がリストからある物を取り出すと
「「「っ?!」」」
何もなかったはずの手の上に、綺麗で手触りの良さそうな紅葉色のショールが現れ、その出来事と出てきた品自体に対して驚愕の表情を浮かべている。
このショールは双子のお嫁さん達が「いつか好きな子にプレゼントしてあげて」っという理由で作って持たせてくれた物で、金糸で妖精をイメージして刺繍がされた一点ものだ。その出来に、夫人が食い入るように俺の手にあるショールに釘付けになっていた。
「エルザ夫人、こちらをどうぞ」
「い、いいのですか!?」
「はい。公爵様に剣を贈りましたから、夫人にはこちらを贈らせていただきます」
「まぁ。ありがとう、タイキ君」
夫人は相当嬉しかったのか、俺の手にあるショールを手に取ってからソファーから立ち上がると、直ぐに肩にかけ頬を緩ませている。年齢は分からないが、その仕草がどこかおもちゃを貰った子供のようで微笑ましいな。
「あの程の品を貰ってもよかったのかい?」
「はい、問題ありません。先程のを見て理解していただけと思いますが、俺のSkillで物を出し入れすることが出来ます」
「なるほど。確かにそれならば……」
「それと、馬車と御者の方についてですが__」
俺はソファーから腰を浮かせ、テーブル越しに小声で公爵に話しかけると、それに公爵とオックスさんが顔を近づけ聞く態勢をとる。
そんな二人に、転倒した馬車を収納してあること、助けに行った時にはもう亡くなっていた御者を布で包んでから収納していることを伝える。
「そうか……君には幾ら礼を言ってもし足りないな」
「タイキ様、そのお心遣いにこのオックス、感服したしました」
「や、やめて下さい。俺はそんなつもりは無いんですから……」
気恥ずかしく返事を返す俺に、二人はその馬車と御者を屋敷の裏に出してもらうことを頼まれる。
どうやらこれで俺はやっと解放されるようだ。