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異世界物語  作者: 成成成
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英雄転生編 09



太陽が天辺に登ろうかという時間。俺はアーバイルの街から出て現在は次の街を目指し、踏み固められた道を軽快に走っている。


 早朝からネイツ達から見送りをしてもらってからの道中はとれといった騒動や面倒事もなく、少し強い日差しのなかを澄んだ空気を堪能しながら旅を楽しんでいる。

 因みに、この世界の曜日の概念はほぼ地球のそれと一緒だった。


 暦はその大陸や国で変わってくるので省くが、月日は1月から12月とあり、月30日の360日で一年という数えているそうだ。

 俺があの森に居たのは3月の初旬で、街に来たのが5月。そして、今は7月の中旬で、初夏といった時期なので気温が上がり出している時期だ。旅に出るには若干きついかもしれなけど、思い立ったが吉日と言うし、行動に移さないとね!



 そして曜日に関してだけど、これは面白いくらいに地球の考えにほぼ同じのうな読み方だったことには驚いた。

 その読み方が



月曜日→闇霊の日

火曜日→炎霊の日

水曜日→水霊の日

木曜日→風霊の日

金曜日→土霊の日

土曜日→光霊の日

日曜日→王霊の日



 このような感じで、曜日も決まっているらしい。実はこれも魔族が……ではなく、また別の大陸で考案されたものらしい。何でも精霊と呼ばれる者達の存在を流用して、日付の概念を作り出した『聖女』と呼ばれる人が広めたって教えてもらった。これ、完全に日本人ですよね?


 まさかここにも日本人が居るとは思いもしなかった……

 もしかして、この手の異世界に行くのって日本人が高確率で発生するのだろうか?



 そんなくだらないことを考えながらも、道中ですれ違う商人や冒険者、近くの村から出てきた人達と挨拶をしたり物々交換を提示されたりしながらも、特に問題もなく度は順調そのものだ。


 ま、たまに依頼終わりで疲れていた冒険者に食べ物やポーションを分けたり、長旅で疲れていそうな子供やお年寄りにも同じようなことをして感謝されたりしたけど、あったことといえばそれくらいだ。

 そんなこんなで、日が完全に天辺に登ったころ、俺の腹の虫が昼飯を要求してくる。

 流石に昨晩の宴会で大量の料理を喰ったが、休みなく走り続ければそりゃ腹も空くよな。走りながら水分補給はしていたけど、それじゃもたないか……


 俺は走りながら休憩ができそうな場所を探していると、道の途中に休憩できそうな開いた場所を見つけた。そこにはこの道を通った人達が休憩していたことを窺わせる様に、焚火や馬車の車輪跡が残っている。その開けた場所に近づき、周囲に誰もいないことを確認してから背負っていたリュックを【無限収納】にしまい、丸太の椅子を取り出して座る。さて、早食事にしようかな。


 直ぐに【無限収納】からグレイツさんが作ってくれたオークのブロック肉を柔らかく煮込んだ物をパンで挟んだサンドイッチを取り出す。パンに挟まれた肉からは香辛料と肉の脂とが混じった胃を刺激する匂いと、パン自体から香る焼き立ての匂いが同時に俺の鼻腔を擽ってくる。

 そんなパンには肉だけではなく、玉葱に似た根菜とレタスに似た葉野菜が挟んであり、食べる際に肉だけだと単調になる食感を考えて挟まれている。もうこれ一つで立派な料理だ。周囲はこんな感じの料理をジャンクフードと一括りにしてしまうけど、これを見るとそんなことはないと断言できるな。


 そのサンドイッチを見ていると、腹から早く食えと腹の虫が催促してくる。俺も口の中にたまっていた唾液を飲み込み、大きく口を開けて齧り付く。


 最初に香ばしく焼かれたパンの弾力に続き、挟まれていた柔らかい肉と新鮮な野菜に歯が通る。

 肉はまるで角煮の様に柔らかい。どうやら軽く表面を焼いたうえで、その上から塩と乾燥させて作った香辛料をまぶしていて、口の中で肉の旨味を十分に引き出している。

 それと同時に、玉葱ような野菜の辛味にレタスのような葉野菜から出る仄かな甘みが混ざって更にその味を引き立てている。そんな美味いサンドイッチをあっという間に食べきってしまい、それから合計で三つを軽く平らげてしまった。グレイツさんが料理が美味いのは理解してたつもりだったけど、これほどとはな……


 内心で感嘆と称賛をグレイツさんに送りながら、【無限収納】から今度はイココに作って貰った魔道具、小型冷蔵庫を地面に出す。同時に金属性のコップを取り出しながら、冷蔵庫の扉を開ける。

 開けると、中から冷たい空気が流れてくる。俺はその中に手をいれ、そこに入れておいた飲み物が入っているガラス製の入れ物(これはダルガスの知り合いのガラス職人さんの物らしい)を取り出す。

 手に持った容器の冷たさを確認してから、俺は手に持っていたコップに容器の中に入れていた果実水を注いでいく。溢れない程度に注だそれを一口飲む。


「うん、冷たくて美味い」


 その果実水が十分に冷えていることに、俺は自然と口の端が上がってしまった。

 この冷蔵庫が出来た時、こんな風に何か冷やしたら美味しくなるだろう飲み物から果物を入れたくてイココの奴に無理難題を吹っかけて作って貰った俺一押しの品だ。

 ま、今はこれのお陰で仕事が来ているんだから、ある意味でギブアンドテイクってやつかな?


 コップの中の冷えた果実水を堪能し、まだ果実水が入っている容器を冷蔵庫の中に戻してからコップと一緒に【無限収納】の中に収納する。コップは夜に野営する時にまとめて洗ってしまうから、今無理して一々洗う必要もない。その分、夜に洗い物が増えるのが問題だけどな。


 続けて先程座っていた丸太の椅子も収納してから、俺は何も敷いていない地面に直接寝転がる。

 地面には焚火をした辺りには草は生えていなかったけど、そこ以外は普通に草が伸びていてある意味で草の絨毯がある。その上で白い雲が流れている空を見ながら、食後休みをすることにした。

 急ぐ旅でもないし、のんびり色々なことをしながら楽しもうかな。こんな一人旅なんてしたこと無いけど、食事は出来合いの物が軽く見積もっても五ヶ月くらい余裕で食えそうだし、道中で魔物に遭遇しても何とくなるくらいに強いことはアーバイルの街で自覚している。

 だから特に現段階で俺が旅を急ぐ必要は全くない。


 そういうことで、俺は初夏の空をボケーと観ながら、満腹感からくる満足感と涼やかな風を感じながら船を漕ぎ始める。この間も、近くにある森の中から魔物が襲ってこないか警戒してるから、もし襲ってきても即座に撃退できる。そんな若干警戒が緩んでいることを自覚しながら眠りそうになっていると



「……ん? なんだ、この音?」



 それは顔に当たっていた風に乗って俺の耳に入って来た。まだはっきりとは聞き取れないが、これは馬の蹄の音(馬や鹿の魔物で何度も聞いたから覚えてしまった)に荷馬車のような車輪が回転している音だ。それも複数。その音に混じって、何だか人の声が聞こえる。どうやらその音の発生源はこっちに向って来ているようだった。

 即座に俺は地面に耳を押し当て、その近づいて来る馬車の位置を予測する。


 これは森の中で休憩しながら警戒する際に、横になって休みたい時に考えた方法で、近づいて来る魔物がいたら音でそれが判るからこれのお陰で何度もヤバそうな魔物から逃げ延びてきた経験がある。本当、あの森での経験がこんなところで役に立つとか、これもある意味でSkillの影響なのか?


 地面に耳を当てている間抜けな状態でそんな益体も無いことを考えていると、音に変化があった。


 地面からではなく、風に乗って馬のいななきが聴こえ、その後に何かが地面に転倒するような音が……


「って!これはマズイたろ!?」



 先程まで聞こえていた車輪の回転していた音が転倒した音の後から消えなくなった。これはつまり、馬車か馬に何かあったんだろう。俺はすぐさま地面から飛び上がり、音の発生源がいると思う方に迅速に走り出した。もし馬車が転倒していたら、乗っていた人達に何かあるはずだ。

 俺は走りながら【無限収納】から数本のヒールポーションが入った試験管のような容器を取り出し、腰に巻いていたベルトにある固定部分にそれを納める。これはもしもの時、戦闘中でもスムーズに回復するためにする為にゴーズに頼んで付けてもらった。これで、もしあっちで怪我人が居てもすぐさまにポーションを使って治すことが出来る。


 最悪の場合に備えながら、足を止めことなく走り続けると__



「見えた!」



 視界の先、そこには既に息絶えてしまっている馬と、その近くで横転してしまっている元が豪華な造りだったと窺わせる箱馬車があちこちに矢が刺さっていたり、車輪が壊れていたりと見るも無残な状態でそこに転がっている。


 その馬車を囲う様に、多くの馬に乗った四十人前後の男達の中心、馬車のすぐ傍に二人の女の子の姿を確認できた。

 だが、その体には馬車の転倒時に負ったのか、一人は片足があらぬ方向に曲がり、もう一人はそんな彼女の腕の中で頭からうっすらと血を流して意識を失っているようだ。それぞれが軽傷ではない傷を負っている。そんな彼女達を取り囲んでいる男達の顔は、腹立たしい程に酷く醜い欲望に染まっているのが解る。どうやら、あいつらがあの馬車を襲ったみたいだな。


 その現状を見ていると、馬に乗った一人の男が馬上から腰に下げていた剣を引き抜く。

 そんな男はその剣を振り上げ、男を親の仇の様に睨んでいる女の子目掛け振り下ろ__



「馬鹿野郎!!」



 完全に女の子とその腕に抱かれた女の子に振り降ろされた剣と女の子達の間に滑り込み、俺は思いっきり腰から剣を引き抜いて男の剣を粉々に砕く。


 剣を振った男は、いきなり俺が現れたことと自分の持っていた剣が砕け散ったことに困惑している。それを見ていた周囲の男達も同様に驚いてたが、すぐさま異常なことが起きたことを知り各自が己の得物を取ってこちらを警戒しだす。

 だが、今は野郎どもの相手をしてる場合じゃない!


「おい!あんた、大丈夫か?!」

「え、あ、え…………」


 俺は男と対峙しながら肩越しに後ろにいる女の子に声を掛けるが、今まさに斬られそうになったと同時に現れた俺を見て大きく目を見開いたまま固まっている。そのせいで返答もろくに出来ないようだ。

 そんな返答に困っている女の子の腕に抱かれている女の子に目を向けると、頭から血は出ていたみたいだけど、苦しそうだが呼吸はしっかりしているので一安心だ。


 少し冷静になってその二人の格好を見てみる。


 足が折れている女の子は中学生くらいの愛嬌のある顔をした色の薄い茶髪をセミロングにしている女の子で、彼女はクラシカルなメイド服を着ている。この子、もしかしてメイドさんなのか?

 そんなメイドの女の子の腕に抱かれている女の子……いや、その見た目からまだ少女と言った方がしっくりする外見の可愛らしい子だ。髪は綺麗な腰までありそうな長い金髪で、土で汚れているがまだ幼いこの子にあったフリルが付いた黄色い洋服を着せられており、苦しそうな表情じゃなければ御伽噺ででてくる出てくるようなお姫様にも見えなくもない。


 視線を彼女達から外し、更に後ろにある馬車、その御者が座る場所に視線を向ける。

 そこに居たのは、首に矢が刺さって息絶え絶えな足が折れてしまっている馬と、そこからそう離れていないところに首があらぬ方向に折れ曲がってしまっている御者だろう老人の遺体が地面に転がっている。

 クソッ……



 始めて間近で見た人の死に、吐き気や恐怖はそれ程では無かったが、胸の中に滲みだす険悪感が湧き上がってくる。その原因を生み出した元凶、さっきから馬の上でこっちを惚けた面で見ている男の方に視線を戻し、ほんの少し威圧を含んだ視線で睨み付ける。


 男は俺の睨みか威圧によって肩を震わせると、やっと今の現状について考えることが出来るようになったようだ。


「て、テメエ!いったい、どっから現れやがった!?」


 こちらを威嚇するように吼える男と、そんな男の声に反応して周囲の男達から更に警戒するような気配と視線が向けられる。これくらいなら、森の中で感じた魔物のものと比べれば何ともない。

 そんな連中に、俺は出来るだけ冷静に目の前の男に話しかける。


「……おい。あんた、なんでこの子達を剣で斬ろうとした?」

「はぁ?」


 俺の問いかけに、男や周囲の連中から困惑と呆れの混じった声がでる。


「おいおい、テメエ正気か? 俺らは盗賊だ。金を持ってそうな奴を襲って、そいつらから金品や女を奪って犯すのが普通だろうがよぉ?」


 男の言葉に同調する者や、俺をバカにする言葉や笑い声を周囲の盗賊達から上がり、その声に俺の後ろでメイドの女の子の口から悲鳴が漏れる。

 どうやらこの世界でも小説や前の世界に居たらしい盗賊の概念は一緒らしい。出来れば、盗賊でも善良な職業の一つとしてだったら良かったんだけど……


 周囲の声を聞いても反応しない俺を見た男は、俺がこの人数に恐れを覚えて声も出ないのだと勘違いしたのか、こっちを小馬鹿にした風に話し出した。


「なぁ~、黒髪の坊ちゃーん。おじさん達はそこのガキに用があるんだよぉ。このまま大人しくしてれば、身包み剥ぐだけで勘弁してやるからよ? そこどいてくれねぇか?なぁ?」

「そうそう。命が惜しけりゃ、身包み全部置いてきな」

「ゲヒャヒャヒャッ!」


 男の言葉に同調するように、男達は囃し立てるように言いながら笑い出す。

 俺は内心でどんどん感情が無くなっていくような感覚を覚えながら顔を俯かせ、手に持っていた剣を腰に吊るしている鞘に納める。それを後ろで見ていた女の子から希望が無くなったことへの絶望した言葉が零れ落ち、男は俺の行動が従順になったと思い更に声が大きくなる。


 だが……



「……胸くそ悪い」

「あぁ?」



 俺の口から出た言葉に、盗賊の男が胡散臭そうな顔で俺を見てくる。

 そんな男の前で、俺は両足の太ももに巻いたベルトに刺していたナイフを両手で掴むと、何の躊躇いもなく抜き、腕をだらりとした状態のままで構える。


 そんな俺の行動に盗賊達から笑いが消え去り、こちらにハッキリとした怒りと殺意が向けられる。


「な、なんで……」


 俺は後ろに視線を向けると、盗賊達からの悪意に満ちた視線に晒され中、先程絶望して死を覚悟した女の子から困惑した声でそんな疑問を投げかけてくる。

 彼女の顔を見た後、その腕に抱かれている少女に目を向け、凍りつきかけていた感情を何とか和らげることに成功させる。あのまま話しても、変に警戒されるだろうからな。

 まだ返事を返さない俺に不安げな表情をする女の子に、俺は出来るだけおちゃらけて見せる。


「別に? ただ、あんたらを助けたら何かしらのお礼を貰えるかもと思って助けに入っただけさ。だから、その腕に抱きしめてる子は君が守ってくれる?」

「は、はい……」

「よし、決まりだ」


 彼女からの返事に俺が悪戯っ子ような笑顔で返してから正面の男に視線を戻すと、顔を真っ赤にして怒り心頭になっているようだ。


「あんた、沸点低くないか?」

「っ!? テメエら!さっさとこの生意気な野郎とガキ共を殺せ!」

「「「オオォォォォ!!」」」


 こっちの殺傷を指示した男の声に応じ、盗賊達が武器を持って襲い掛かってくる。

 さてと、早く終わらせますか。


 俺は一度軽く目を閉じ、その状態から周囲に殺気を広範囲で飛ばす。

 後ろから「ひぃっ?!」と短い悲鳴が漏れ、襲い掛かろうとしていた男達は自分達に向けられた殺気に怯えてたたらを踏み、巻き込まれた馬や森の動物達が俺から離れようと四方に逃げ出していく。

 馬に乗っていた男達は振り落とされ、落馬の際に手足を骨折するか、踏まれたりした運の悪い連中もいる中で、剣を砕かれた男は直ぐに立ち上がって俺から距離を取る。

 どうやらこの男は他の連中とは一味違うようだな。周囲に命令していたし、こいつがこの盗賊達の頭目で間違いないかな?


 そんなことを考えながら、俺は周囲のザコをまずは一掃するために動き出す。




「なっ!? や、野郎!どこ行きやがった!?」



 俺が行動を起こすと同時に、頭目の男から怒りに困惑が入り混じったような声を出すと、目の前に居たはずの俺を探すように周囲に視線を回す。

 それは女の子も同じで、自分達を助けると言った男がいきなり目の前から消え、不安げに頭目を警戒しながら周囲を見ている。


「テメエら!あの野郎を探せ!まだどこかに居るは__」


 俺が消えたことで、部下の盗賊達に八つ当たり気味に怒声を上げながら指示を出すが……




 …………頭目以外の盗賊達が次々に地面に倒れ、呻き声を上げ始めたのだ。




 その光景を見た頭目と女の子は、その異常な現象を見て恐怖状態になっている。

 頭目は何か思いついたのか、服の裾で自身の口元を覆う。その行動に疑問を持ったが、直ぐに頭目は俺が毒か何かをばら撒いたと勘違いしたらしい。

 女の子も真似して自身と抱きかかえている少女の口元にハンカチを押し当てる。


 ま、そんな必要もないんだけどね。



「動くな……」

「っ?!」



 背後から頭目の首筋に片方に持ったナイフの腹を押し当てる。流石の頭目の男も、この状況で無理に動くとマズイと自覚したのか、視線だけ後ろにいる俺に向けてくる。

 いきなり姿が消え、またいきなり現れた俺を見た女の子も同様かそれ以上に驚いているようだな。


「お、おい。俺の手下どもに、いったい何しやがった?」

「ん? そんなの、このナイフで浅く斬りつけただけさ」

「「はぁ?」」


 頭目の男からの疑問に俺は素直に返答したのだが、その返答を聞いた二人から懐疑的な声が出る。

 そりゃ、目の前で姿を消した男から、ナイフで斬りつけただけで無力化されたと言われて信じるはずないか。


「簡単に教えると、俺は周囲が感知できない速さで地面に転がってる連中にあんたと同じように後ろに回り込んでから、手に持ってる『斬りつけた生き物を麻痺させるナイフ』で腕や太もも辺りを斬っただけだよ。ほら、簡単だろ?」

「……」


 種明かししてしまえば、酷いくらいの力技に武器の性能だけだ。

 足の速さはほんの少し本気を出したことで他の奴らが視認できないくらい素早く動いただけだし、武器に関しては完全にこのナイフを作ったダルガスの手柄だ。

 このナイフや他のナイフ類を注文する際に、「最小限で敵を無力化できるような使用で」と注文した結果、相手を無力化するのに有用な麻痺、睡眠、気絶の効力を持った毒や魔法が付与された代物になったのだ。これ、使用方法間違えたら間違いなく暗器なりかねないよな、絶対。


 そんな俺の説明を聞いた二人は、女の子の方は理解出来ないようで目と口を開けたまま固まり、盗賊の頭目はというと__



「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!」



 大声を上げ、怒りのままに俺に向って殴り掛かってきたよ。いや、もし事情知らない奴が聞けば、十中八九全員がこの頭目と同じ反応するだろうな……


 そんな自分が非常識な存在のような扱いを自身でしていることにげんなりし、振り抜かれたかなりいいパンチを難なく避けながら頭目の両の腕と足の付け根部分にナイフを差し込む。

 すると頭目は自分の体重を支えられなくなり、そのまま周囲の連中と同じように地面にうつ伏せて倒れる。


「ぐっ、クソが!体が動かねぇ……テメエ、俺に何をしやがった?!」

「あんたの手足の付け根あたりを斬った。これでしばらくは手足どころか、指一本動かせないだろうな」

「ふざけんな!こんなことして、ただで済むとおもうなよ!?」


 なんだか喚きだした盗賊の頭目をあえて無視し、俺はまだ呆然としている女の子の方に向って歩き出す。後ろから罵声が飛ぶが、無視だ無視。



 徐々に俺が近づくと、居住まいを正そうとするが足が折れたことを思い出し、その額から痛みによる脂汗をかきだす。そりゃ、右足の膝から下が外側に向ってるし、つま先が明後日の方向に向いている。スカートで隠れていない部分は紫色に腫れあがってしまっている。痛いに決まいる。

 俺はここに来る間に腰に納めておいたポーションを一本取り出し、メイドの女の子に差し出す。


「ほら、このポーションを飲むといい。もし疑うなら、俺が飲んで安全かどうか証明してもいいけど?」


 言ってしまってはなんだか、よく考えたら俺は【状態異常完全無効】があるから、万が一毒を飲んでも問題ないんだよな。これ、間違いなく毒殺に有用すぎる……しないけど!


「い、いえ。私達はあなた様に助けられた身。恩人からのご厚意を無下になどいたしません。ですが、私よりもお嬢様に……」


 そういって、彼女は痛みで辛いはずなのに、腕に抱いている少女に先に薬を使って欲しいと言う。

 お嬢様と言うからには、どうやらこの大陸に住む貴族とかかな? ま、そんなことは今はどうでもいいか。


「分かった。ほら、早くその子に飲ませてやりなよ」

「はい。本当に、ありがとうございます。さあ、お嬢様」


 俺からポーションを受け取ると、彼女はまだ容器の蓋を開けると目を覚まさない少女の口元にそれを近づける。すると、少女は口の中に流れ込んできたポーションをゆっくりと飲んでいく。口にした際に、眉間に皺が寄るが、それは我慢してもらうしかない。俺は一度もポーションを飲む機会が無かったが、どうやらかなり苦いのかもしれないな。


 子供からすれば十分に拷問に等しいようなポーションを飲んでいくと、苦しげだった表情が若干和らいでいく。それを見ていたメイドの女の子が嬉しそうに眼の端に涙を溜めている。

 そんな彼女に、俺はすかさず二本目のポーションを差し出す。


「次はあんたが飲みなよ? 流石にそのままじゃ辛いだろ?」

「そ、その……」

「ん? どうした?」

「い、いえ……このような高価な物を頂いても、私ではどうやってもお礼をすることが__」

「あ、そういうの別にいいから。ほら、口開けて」

「そ、そんなモゴッ?!」


 ポーションに対するお礼に関して考えていたみたいだけど、別にコレはそんなに高価な(俺の主観)物でもなんでもないんだけどね。だってコレとかジザ爺さんのお弟子さん達がくれた物だし、一銭も払ってないから値段とか気にしたところでどうしようもないし。


 俺が身もふたもないことを考えているうちに、彼女の足がポーションの効果でか徐々に元の状態に戻り、腫れ以外は通常の状態にまで戻った。流石ファンタジー。マジで便利だな、この薬。


「し、信じられない……」

「よし、後はその腫れを治せばいいな。んじゃ、ポーションかけるぞ?」

「ちょ、ちょっとまっ?!」

「はい、ドバドバー」

「あ、あぁ~……」


 女の子は自分の足が治る程に高価な物を使ってまらえたことに恐縮しきりだったのだが、そんなこと俺の知ったこっちゃない。

 俺はもう一本ポーションを問答無用で剥き出しになっていた足の腫れた部分に容器の中身をかける。その急なことに女の子は意気消沈気味だが、俺としては女の子の足に傷が残らなくてよかった程度の感覚しかないんだけどなぁ。


 さて、少女の顔色も最初に比べれば十分に良くなったし、この子の足も綺麗に治った。後はジザ爺さんから貰った“例のアレ”を試してみるか。



「ちょっとそのまま待ってて貰っていいかな? 代わりにこの剣を預けていくから、これでその子と自分の身を守ってくれ」

「は、はい!」


 もう恐縮しっぱなしな女の子に剣帯にかけていた剣を鞘ごと抜いてから彼女に手渡す。

 その際も、剣の鞘と柄を見て何故か震え出したが……ま、いいか。



 もう一度軽く声を掛け、俺は女の子達の傍から離れ、先程からずっと騒がしい盗賊の頭目の方に近づく。


「て、テメエ!早くこの毒をげ__」

「はいはい、ちょっと黙っててねぇ?」


 俺は動けなくなった男を足でうつ伏せから仰向けに転がす。それに対しても抗議の声がしたが、一切合切無視することにした。次に俺は【無限収納】から金属の容器を取り出し、厳重に密封された蓋を開ける。それはジザ爺さんが俺への選別に渡してくれた物だが、ハッキリ言って面倒な物を押し付けられたようでならない。


「お、おい。な、何だそりゃ……?」

「ん、これか? コレは…………………………………『自白剤』らしいぞ?」

「……はあぁぁ?!」


 そう、実はコレはこの世界で出来た自白剤なのだ。正直こんな物を俺が使うことはないと高を括っていたのだが、まさか貰った翌日に使う羽目になるとは思いもしなかったさ。


 俺の持っている物の正体を知るや、頭目が今まで以上に騒ぎ出したかた黙らせる意味で頭目の口を開くように掴み、その開いた口に金属の容器の中身の自白剤を垂らすように傾ける。そして中から出てきたのは、ドロドロの真っ黒な無臭の液体?だった。うげぇー、コレを飲ませるとか、初めて作った奴は頭がどうかしてるんじゃないか?

 ま、そんなことはいいとして。その液体を少量だけ頭目に無理矢理飲ませたところ、頭目は一気に顔中から大量の汗をかいたと思えば、顔色が赤、白、赤紫、土気色と目まぐるしく変化を繰り返すと最後に、白目を剥いて気絶した。……コレ、自白剤じゃなくて、「自殺剤」じゃないよな?


 ジザ爺さんがそんな物を渡すとは思えないが、とりあえず確認してみるか。

 俺は仕方なく頭目を起こす為に何度か頬を叩くと、薄っすらと目を覚ました。が、完全に目の焦点が合ってないことは気にしたら負けだろう……


「おい、お前の名前はなんだ?」

「ベルダ」

「お前の仲間は、ここにいる連中で全員か?」

「そうです」


 うん。本当に自白剤だったらしい。ジザ爺さん、何て恐ろしい人!

 んじゃ、早速本題に入るかな。


「それじゃ、今から質問していくが、嘘偽りなく答えろよ?」

「はい」




 それから壊れてしまったのではと思ってしまうくらいに機械的に答える盗賊の頭目ベルダから、何故あの二人の乗った馬車を襲ったのか聞いてみた。

 だって、金品を狙うなら普通は行商人なんかが乗った荷馬車のはず。それなのに何処からどう見ても地位が高そうな貴族が乗っていそうな馬車を狙ったのか。もし襲ってその貴族から金品や女性を奪ったり、最悪貴族を殺したりすれば、確実に面倒になる上に犯罪者として国中から狙われる羽目になる。

 そんなリスクの高いことを度外視してあの二人を狙った理由を聞き出そうと、あの怪しい自白剤を使うっことにしたのだ。それと実験も兼ねてだが……


 その後、この盗賊の頭目に普段潜んでいる場所から始まり、今回なんであの子達を襲ってたのか質問し、特に問題なく全て聞き出すことが出来た。



 この盗賊達は俺がいたアーバイルの街とは別の街周辺で活動している集団らしく、二ヶ月前にある男から依頼を受けてここにいるらしい。

 依頼内容は、数人の護衛の付いた貴族用の馬車を襲い、それに乗っている女子供を始末……殺して欲しいと前金に白金貨を3枚も渡され、成功報酬に更に3枚も貰えると言われ、それを引き受けたそうだ。


 勿論、ただ依頼を受けるだけではなく、依頼人の素性も手下たちに調べさせたらしいのだが何人もの仲介人を挟んでいたらしく、途中で断念して依頼を始めたそうだ。

 ここに来てから依頼にあった馬車が来るのを待ち、そして今日、その依頼に合致する馬車と護衛の集団に襲い掛かった。奇襲で護衛たちを始末し、逃げ出した馬車を護衛が乗っていた馬と自分達で用意していた馬とを走らせて追い、手下達が馬上から撃った矢が馬に当たってそのまま転倒。それに引いていた馬車も巻き込まれてあのような惨状になったという。


 どうやら、最初からあの子達を狙って襲ってきたようだな。この世界では、あんな子供でも迷いなく手にかけるのかよ……


 俺は頭目からある程度の情報を得ると、先程倒した他の盗賊達に視線を巡らせる。


 倒れていた盗賊達は顔だけを待ち上げていて、先程までことを見ていたようだ。一様に俺へ向けているのは恐怖。多分、自分達も頭目のような目に遭うのではないかと怯えているんだろ。

 こいつら、さっきまで子供を殺そうとしたくせに、自分達が危険な状況になると怯えだすとか……はぁ~、もうこいつらどうでもいいや。それよりも、早くあの子達を安全なところに連れていってあげないとな。


 周囲からの畏怖の視線を向けられながら立ち上がり、二人の方に振り替える。

 メイドの女の子は片手に少女を抱きしめ、もう片方の手で渡した剣の鞘を握り締めていた。あの、それだと直ぐに剣を抜いて構えられないよね?

 抱きしめられている少女の方はまだ目を覚まさないようだ。

 俺は二人に近づいて今後のことを確認してみる。


「なのさ、君__」

「あ、私はリュイと申します。この方はエリ……ー様です。この度は、主と私を助けていただき、心から感謝いたします」

「あぁ、そういえば名乗ってなかったね。俺はタイキ。この先にあるアーバイルの街から出て旅を始めたばかりの冒険者だ。それとお礼は別にいいから、安心して」

「い、いえ!そのようなことは!」

「いいから、いいから。それより、リュイさん達はアーバイルに向ってたの?」

「はい、そうでございます。それと、私のことはリュイとお呼びください、タイキ様」

「様なっていらないよ。なら、リュイって呼ばせてもらうね。それじゃ、俺が二人を街まで送ってあげるよ。助けておいてこのまま放置するのも無責任だから」

「本当に、何から何までありがとうございますタイキさ……さん」

「あははは……」


 今「様」って言いかけたよね?ま、そんなことはいいか。


 俺はその後、倒れている盗賊達を一か所に集めてから縄(これはこっそり【無限収納】から取り出した)で木に縛り付け、転倒した馬車の近くに倒れていた御者のお爺さんの遺体を大きめの布で包んでから【無限収納】にしまう。流石にここに放置しておくのはダメな気がしたからだ。


 途中から面倒になって横転した馬車を【無限収納】にしまってしまった時は、やってしまった感があったが……


 そんなこんなで既に太陽が真上に昇っている間、リュイに抱かれたエリー様(一応お偉いさんなので様付けだ)は一向に目を覚まさない。

 どうして目を覚まさないのかリュイに聞いてみると、何でもアーバイルには療養と治療のために向っていたらしい。もとから体調が悪かったエリー様は馬車の転倒時に頭を打ってしまったが、俺のポーションを飲んで普段よりも状態がこれでもいいらしいのだ。

 これでいいとか、普段はどれ程苦しい思いしてるんだろう……


 ん? 待てよ……



「なぁ、リュイ。もしかすると、エリー様のこの症状を改善できるかもしれな__」

「ほ、本当なんですか?!」

「あ、あぁ……」


 俺がエリー様の現状を回復できる方法があると言ってみると、リュイは俺の顔に期待の籠った眼差しを向て顔を近づけてくる。か、顔が近い!

 彼女を落ち着かせるために、彼女の肩に手を置いて顔を距離を取る。


「まずは落ち着いて、な?」

「はい。それで、どのようにすればエリーお嬢様をお助けできるのですか?」

「それは……」


 全然落ち着かないリュイに、俺は少し声のトーンを落としてから話し出す。


「……いいかい? いまから話すことは、絶対に他言無用だ。それが出来ないなら__」

「分かりました、創世の女神に誓って、タイキさんのことは口外いたしません」


 俺が最後まで言い切る前に、彼女は真剣な眼差しでハッキリと同意の意思を示してくる。

 それにしても、創世の女神、ね……


 この女神はこの世界の一から創り上げた存在で、俺をこの世界に転生させた存在だ。

 この世界では最も信仰されている存在らしい。どうにも信用できないが、そんなことを言ったら前の世界でもそんな変わらないか。


「それじゃ、今からすることは俺達だけの秘密ね? いいかな?」

「はい」

「よし。んじゃ……」


 リュイの承諾も得たし、早速やってみるか。

 俺は足のベルトに刺していたナイフを一本取り出し、それで右手の人差し指を軽く斬りつける。斬ったところから血が出てくると



 ……その指をエリー様の口に突っ込んだ。



 そんなまさかの行動の連続に、リュイは完全に混乱している。

 これにはちゃんとした理由がある。それは俺の持つSkillの副次的な効果だ。


 俺の持つ【状態異常完全無効】の効果に、体液……即ち血液を取り込ませることで効果は若干落ちるが、同じように状態を回復させることが出来るらしい。それを試しているのだが……


 リュイに抱かれているエリー様の喉が動いたことを確かめ、俺は彼女の口から指を引き抜く。

 そんな俺に、ジト目のリュイがハンカチを差し出してくれる。わ、悪かったよ。説明もせずにこんなことして……

 その責めるような視線から逃げるべく俺は先程斬りつけた指に目を向ると、もう既に傷は痕すら残さずに消えていた。これ、絶対異常だろ。



「……ん」

「お、お嬢様!?」



 自分の指に視線を向けていると、リュイの腕の中で可愛らしい声が聞こえたのでそっちに視線を向ける。そこには寝起きの様にぼんやりとした意識で周囲を見渡すエリー様の姿があった。ふー、目を覚ましてくれて良かった。


「リュイ? ……お兄ちゃん、だれ?」

「あ、俺……いえ、私は冒険者のタイキと言います」

「お嬢様。このタイキさんは私達を盗賊からお救いして下さったのです。それだけではなく、私達をアーバインまで送ってくださるそうです」

「ほんとう……?」


 まだ寝ぼけているようで、寝惚け眼で小首を傾げながら聞いて来る。


「はい。お二人を必ずアーバインまでお連れします。ご安心ください」

「……ありがとう」


 そう言って、エリー様は俺に愛らしい笑顔を向けてくれる。

 その時、俺は脳裏には幼い頃一緒に遊んでいた妹の笑顔を思い出してしまっていた。

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