第九話(担当:只の鯨)
そして俺はまた立ち尽くすしかなかった。
何がどうなったとか、次の行動はどうとか、自分が何をすればいいのかさえ。一切の事を忘れて只呆然とその惨状を眺めていた。勿論受け止められやしないが。
そして次に気づいた感覚は、痛み。
自分の太ももから抜き出た鋼の刀身が、再び俺の脳を刺激した。
「……ぁくッ!?」
刺さっていたのは剣。後ろにはいつの間にかトーマという男がいた。
「おい……。これはどういう状況だ?」
膝から崩れ落ちる。下半身に入る筈の力がどこかに消え去った。
「どういう状況だって聞いてんだよ答えろッ!」
トーマの怒号が暗い洞窟の中に反響する。俺の極度の緊張と恐怖と苦痛が答えるための声を掠れさせる。
「お、……俺も何がなんだか分からない」
「おいおいフザケてんのか? お前は見たんだろ! ランが潰されて死ぬところをよォ!」
殴られる。受け身もとれずに俯せのまま地面に叩きつけられる。
「……何か言えよ? 命乞いでも遺言でも言い訳でもいいぜ。でもテメェは絶対殺す」
背中に靴の感触、踏みつけられているらしい。
惨めだ、そう思った。
何も分からない状況で生き残ろうとしても、白衣の男を殺すって決めても、そのために方法も考えてできる限り最善の行動をとっても。左腕はない、頼みの綱は死んだ、そして信頼も失った。
そんなことを考えている暇もないのに、生きようが死のうがもっと考えることがあるはずなのに、自分のことを真っ先に考えていた。
そうか、こんな思いも死ねば……。
「……長いからそんくらいにしてくんないかなぁ? 低俗」
その声は、突然上から響いてきた。
大きな衝撃と共に瓦礫が粉々に割れ、砂塵が辺りに吹きつけられる。
聞き覚えのある声だ。ある時は厳格な、ある時は心からの叫びを吐き出した、ある時は諭すような、俺がもう一生聞きたくなかった声。
「わざわざ汚い『劣等種』の巣窟まで私が足運んでるんだから返事の一つでもしたらどうなんだよ、『添い寝奴隷』」
俺の視力を奪ったウサミミ主人のメイド、エーテルの声だった。
姿を見たのはほんの短い時間だったが、その分声を覚えている。間違いない。
トーマが後ずさって足を取られこける。心からの恐怖が感じ取れる。
「おい、どうなってんだよ。耳ありがなんでこんなところに、兵は何して――」
「あぁ? うるせえなぁお前。私はこいつと話してんだよ黙ってろ。」
トーマは押し黙ってしまった。
「……左腕損失、右足負傷、満身創痍。うわぁ、ラロック様が見たら怒るよなぁ。どうしよっかな……」
エーテルは無視して俺の体を品定めする。
「結局私が運ぶしかないよなぁ……。とりあえず抱えてやる、後で全力の感謝を言うんだな」
足に突き刺さった剣を引っこ抜き、俺を肩で担ぐ。
「あ、そうだ。一つだけ教えてやるよ低俗」
そう言ってエーテルは侮辱的な目でトーマを見下し、言った。
「あんたらポテンシャル低すぎ。だから私がお前以外の全員にもう一度恵まれた体に生まれるチャンスをやったから感謝しろよ?」
一瞬、コイツが何を言ったか分からなかった。
コイツは今、一人で全員殺したって……?
「あ、あ、……あ!?」
トーマの悲鳴が聞こえる前に、エーテルが跳躍する。
遠ざかる洞窟の景色、グッと自分の体に負荷がかかる。
そして俺はやっと、理解した。
コイツらの前で俺達人間は紛れもなく『劣等種』だった。
越えられない性能の差がそこに存在していた。魔法とかの可能性を考える暇もなく負けを確信してしまうような差が。
そして俺は気を失った。
……衝撃ってもんは強ければ強いほど心に刺激を与えるものだ。だから一度大きな衝撃を受けるとそれ程負担がかからないらしい。
だから今回俺が跳躍の衝撃から立ち直るのが多少早かった訳だが……。
それにしても……うん……。
着地寸前で目が覚めるってのは如何なもんでしょうねェェェェェェ!?
グワン、と自分の体が反るのが分かる。
人間の背中はくの字方向に曲がる様には出来てないぃぃぃぃ!
「さて。またここからラロック様のとこまで行かなきゃ……」
素早く立ち直ったエーテルがそのまま俺の事を抱えて移動する。景色がものすごい勢いで移動する。これがケモノ族の全力ってことか?
全力は見たことないから分からないが。
止まるような動作もなく気づけばエーテルは屋敷の中に入り、ズンズンと屋敷の奥に向かう。絨毯は前に踏んだことがあるがやはり豪華な装飾だった。
でもどう見てもジェットコースター逆再生。
そしてたどり着くと同時にエーテルは急停止。俺はその反動ですっぽ抜けそうになったがエーテルの握力は俺を離さなかった。……というかその性で俺の体全身が突き指した感じなんだけど。
「ラロック様ーッ! 連れて帰りましたーッ! 約束の給料と部屋、忘れたとは言わせませんよーッ!」
エーテルが声を張り上げる。そういえばこの人部屋と給料にコンプレックスがあったな。
そして見るからに豪華な寝室っぽいところからラロックが現れる。あいつが目を奪った。……だがまだ復讐の時じゃない。まだ待つんだ……。
ちらりと目を開ける。寝巻きらしき服装。今が何時かは知らないがたぶん夜だったのだろう。明かりもなかったし。
それにしても眠そうだ。
「あ、あぁん……? エーテルか。添い寝奴隷は?」
「この通りです」
エーテルが投げ捨てるように俺を放る。
勿論ラロックもキャッチせず、結果俺が地面に打ちつけられる羽目になった。そしてそのまま仰向けに倒れる。
……痛い。
でも良かった。エーテルの奴、恐らく俺の狸寝入りに気づいてないと思……。
「コイツ心臓の音で失神のフリしてんのバレバレ何ですけど。ムカついたのでもう賭けとか添い寝とかどうでもいいんでコイツマジ殺したいです」
「分かったエーテル。今日は特別に一緒に寝よう」
アウトォォォォォォ!
「演技はいいから起きろ」
「グエッ!?」
腹を踏まれる。エビ反りしてしまった。
瞼を開けてシッカリと見据える。眼前には2つのウサミミがあった。
二人とも露骨に不快そうな目で俺を見つめている。まぁラロックの方はちょっと楽しみにしていた『物』が届いて嬉しそうだが。
「……本当に勉強しないな。いくら劣等種でも鳩だか鶏だかよりは頭がいいと思ってたわ」
そう言ったのはラロックだ。懐刀を手で弄んでいる。
それを聞いてエーテルが素早く詰問する。
「おい奴隷、ラロック様に言われたよね? なんて言われたかもう忘れた? もう一回切るぞコラ!」
俺は素早く目を閉じた。流石にこれで目を失うのは辛い。
「……それで、エーテル。なんでコイツの目は復活しててその代わりに左腕が無いわけ?」
「さぁ。恐らく私達が見失ったあの時から今の間に直してもらい、その代償として左腕を差し出したとか」
怖い想像だな……。
「なんでもいいけど左腕が素材として無いのは悲しいわ」
「たしか奴隷に術師がいませんでした? 甦生させますか?」
「うーん。別にいっか」
そこは是非とも直して欲しかった。
「それよりもだエーテル。こいつ、数えさせたら実は333体目の添い寝奴隷だったのだ。だから代わりを用意せずに取っといたんだから、早く殺ろう」
333体目……じゃあ、これまでにも……。
恐怖と怒気が心中で争う。落ち着け、まだだ。今じゃない。今は悟られずに、待つ。そして……。
「そうでしたか……。私の給料の分はこんな所から引かれていたのですね」
「落ち着けエーテル、刃はこっちに向けるものじゃないぞ! 状態悪く遣ってたのは悪かったからまずは標的をこっちにしよう。な?」
さり気なく俺に殺意を向けさせられた。ヤバい……。
「……とりあえずノエル先生に宿題を増やさせますね?」
「待った待った待って!? この奴隷がいない間私はずっと欲求不満のままノエル先生の地獄の宿題を消化していたのだぞ!? その性で頭が良くなってしまったじゃないか!? これ以上はテロの次元を超越してしまうだろ! あぁもう何微笑んでるんだエーテル! もういいこの奴隷許さないわ!」
ラロックの自滅だった上に更に俺への殺気が高まってしまった。なんなんだもう……。
そして騒がしかった話も終わって静寂が流れた。
そして、エーテルがポツリと言った。
「もういい時間です。寝ますか」
「そうだな」
来た。俺への死の宣告。
このままなら俺は体をグチャグチャに弄られ意味の分からないまま死を迎え、そこのウサミミ共に芸術的だと死体を絶賛されるようだ。
……嫌だ。
どんなに、何度臨死体験しても、死は怖い。
だから俺はまだ生きたい。コミューンで一瞬でも考えた死のことはナシだ。生き延びる、決めた。
「最後に確認です、ラロック様」
「あぁ分かってる。」
そして2人は口を揃え、言葉を発した。
「「私は寝てるだけ。だから『無意識』なんだ」」
毎度毎度。飽きもせず考えている。
一瞬一瞬が長い終わらない1日でずっと、常時考えている気がする。
力強く歩きだしてもこうやって危機に晒されて、もう何回考えたことか。
だから、今回は……。
「「さて、今回はどう殺そうかな?」」
俺は今、死にそうです。
……でも絶対生き残ってやるからな!
圧倒的危機の中、俺は心の中でそう吼えた。
2周目突入の先陣を切らせていただきました。只の鯨です。
今回は丁度よく天井が崩落していたのでもう一度ケモノ族の奴隷にして見ました。一周目では話の都合上書けなかったエーテルとラロックを書くことが出来て嬉しいです。
ではまた3周目でお会いしましょう。
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↑只の鯨さんのマイペ