第八話(担当:榊 唯月)
まあ、そんなご大層な決意をしたところで、所詮俺は俺であり、俺でしかない。
左腕を失い、やっとみつけた『温かさ』も冷たい死体となり、記憶も戻らぬまま、『復讐』という言葉だけが残された。俺でしかーーーーないのだ。
何処までも
果てしないくらいに
気がついたら。薄暗い洞窟の中。周りにあるのは物騒な武器ばかり。……また、見知らぬ場所で一人か。
「お前……何者だっ!? まさか、あの獣どもの回し者か!?」
俺が何者かなんて、俺自身が聞きたいことだ。
いきなり何も無い空間から現れた不審人物など、360度どこを見回しても怪しいことは自覚している。だが、剣を突きつけられようが槍を首元に当てられようが、答えられないものは答えられなかった。
「答えろ! さもなくば……殺すぞ」
静かに呟かれた言葉に、ああこの人は本当に人を殺めたことがあるのだな、とわかった。
ピリッとした痛みに、首の皮が少し切られたのがわかった。
別に死のうが構わないが、復讐ができないのは嫌だ、と只只漠然とそう思った。
「待って、トーマ。彼、左腕が無い。たぶん、奴隷にさせられた上、何かの拍子に左腕を奪われ捨てられた哀れな同族じゃないか?」
「だが……だとしたら、なぜ『転移』してきたんだ? あの獣どもが、奴隷にそんな高等魔法を使うなんてありえん。それにそもそも、獣どもは魔法は使えないしな」
2人が何やら会話をしているが、知ったこっちゃない。とりあえず、今の状況を整理しよう。
まず、俺が今、何をすべきか。
ーーーーそんなことは決まっている。白衣の男を倒す。そして殺す。それだけだ
その為にはどうすべきか。
ーーーー魔法。これを極めるしかない。
「だけど、彼は僕たちに殺意もない。そんな相手を殺したら、あの獣どもと同じになってしまうだろ?」
それにはどうすればいいか。
ーーーー魔法を、教わる。これしかないだろう。
「……チッ、わかった。それもそうだ、仕方ない。獣どもと同程度の存在にまで堕ちるのはごめんだ。おい、お前!」
だが、誰に教わるか。デビル族はあのセレナ(偽)の様子からすると魔法を教わる前に捕まって終了。エンジェル族も、女王とセレナが死んでしまったのだし、もしかすると俺が犯人と思われているかもしれないので却下。アニマル族は問答無用で却下。となると……
「聞いているのか!!」
胸元を掴まれ、思考の海から現実に戻ってきた。俺への対応は素手になっている。ということは、俺は殺される心配をしばらくしなくていいのだろう。
「すみません。記憶が混乱してて……」
記憶喪失で、全ての記憶がないことにしよう。そうした方が都合がいいし、ボロもでなさそうだ。
「んーと、とりあえず、君はヒト族かい? それと、名前は?」
「種族は……思い出せないんです。名前もーーーー」
ハル。その名が本物かはわからないし、あの白衣の男に呼ばれた名を使いたくなどなかった。
「……チッ、翼も耳もなけりゃ、同族だろ。ーーーーーーナムル」
「はい?」
なんか今、料理の名前を言ったような……
「名前が無いと不便だから、君をナムルって呼ぶって。あ、言い忘れてたね。この口が悪いのがトーマ。僕はラン。よろしくね」
「勝手に言うな……チッ、オレはお前を認めたわけではない。裏切ったら殺す。以上だ」
「ア、ハイ、ヨロシクオネガイシマス」
……こうして俺の名は料理名となったのであった。ガッデム!
「……えっとぉ、あの、つかぬことをおうかがいしますが」
「うん、なんだい? ナムルくん」
ずっと聞きたかったことだけど……
「ここってどこですか?」
「チッ、そんなこともわからんのか」
すんません、わかりません。洞窟で……ヒト族のいるところだから、地界かな?ということぐらいしか。
「トーマ。彼は記憶がないんだから。……ナムルくん。ここは、コミューン。一般的に、レジスタンスと呼ばれている人達の集う場所だよ」
コミューン。レジスタンス。どっかで聞いたことがあった気がする。あれは……そうだ! 奴隷のおっさんが、そんな話をしていた、はず。なるほどなるほど。
「ありがとうございます。あと、魔法を使える人っていますか? できれば、お会いしたいんですけど……」
魔法を教えてくれると、好都合なんだけど……断られたら、自己流でやるしかないか、もう。魔力は扱えるんだし、できる、はず。たぶん。
「魔法!? いることにはいるけど……」
「駄目だ。魔法使いはヒト族の中でもほんの少ししかいない。お前に殺されでもしたら、大変なことになる」
「殺すなんてこと、しませんよ!」
必死に言ったが、聞き入れてはもらえなかった。まあ、仕方ない。とりあえず、信用を得るところから始めよう。
大丈夫、復讐まではまだ時間がある。焦っても仕方ない。今はただ、ただーーーー強くなれば、いいのだから。
「……チッ、口答えするな! 命が助かっただけでもありがたく思え!! ラン、牢屋へ連れてっとけ」
「うん、わかったよ、トーマ。……じゃ、行こっか、ナムルくん」
こうしてとりあえずの居場所と目標と仮の名前を得た俺は、洞窟の奥へと進むランにおとなしくついて行ったのだった。
「……ごめんね、ナムルくん」
静かに歩いていたランが、いきなり喋ったと思ったら、謎に謝罪された。なぜなのか、さっぱりわからなかった。こういうことは、フツーに聞いた方がいいんだろう。
「え? 何がです?」
「牢屋に入んなくちゃ行けないし」
いや、当然だろ。むしろ、俺のために牢屋の場所をとって悪いし、ランの手を煩わせて申し訳ない。……ま、俺の復讐のためには、誰をも利用するけど。きっと。
「いや、こんな怪しかったら当然ですって」
「魔法使いに会わせてあげられないし」
ダメ元だったし、別に構わないんだけど。俺の命を助けてくれたことといい、ランはお人好しだなあ。そのうち詐欺にでもあいそうで心配だよ、うん。
「いや、貴重な存在なら仕方ないですよ」
「左腕、治して欲しかったんだよね?」
俺が魔法を使えるから教わりたい、という考えには行き着いていなかったらしい。ま、そうだろう。ヒト族では激レアな魔法使いだったなら捨てられるはずがない、という当然の思考だろう。
「いや、まあ……」
言葉を続けようとしてーーーー大きな音に遮られた。
ドガッという音は
洞窟の天井を簡単にぶち破り
目の前には
崩落した天井と
紅い、紅い…………
「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
飛び散った紅いナニカが、否が応にも現実を認識させてくる。ヌルりとしたその感触は、果たして何だったのか。頭が理解を拒否して。
落ちてくる瓦礫をはじくために。狂った現実を拒否するために。ほとばしる魔力は、指向性を持たず、爆発した。
所詮、復讐なんてイキがったことを言っても
血を見るのに多少は慣れても
結局俺は、俺でしかなく
少し前まで仲良く話していた人との
突然の別れにも対応できず
自分はなんなのか
周りに不幸をもたらすだけの災厄なのか
復讐なんて忘れて
周りの惨状など見ないで
只只そう、考えていた
魔力の暴走は止まらず。狂った世界は時を刻み続けて。新たなる物語を生みだす。
「ふむ、やっと第二段階に入ったか」
どこかでそう、男は満足気に呟いたーーーーーー
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