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第二話(担当:七沢ゆきの)

 ガチャガチャとした金属音と、ギギ、と出来の悪い蝶番が動いたような音が聞こえた。


「入れ」

 

 簡潔で冷たい声。


 だが、ここにいるのはたかが少女一人だ。

 今ならばなんとか……!


「馬鹿なことを考えるな。次は舌だ」


 その少女らしい嫋やかな声からは予想もできない残酷な言葉。

 そして、同じく予想もできないほど強い力の指が俺の首をつかむ。


「頸動脈を取った。このまま抑えたままでいれば貴様は死ぬ。

……おまえら劣等種なぞが私たちの力にかなうとでも思ったのか?思い上がるな、汚らわしい」

少女が鼻で笑う気配がした。

「ほら、返事をしろ、汚物。劣等種のくせにお手を煩わせ、そのうえ指まで汚して申し訳ありません、と」


 その言葉とともに、後頭部にカッと血が集まってはじけそうな感触がした。そして、見えないはずの目の奥を飛び回る点々とした光。


 これだけはわかる。俺は今、確実に死に近づいている。


「れ……劣等種のくせに……お手を煩わせ……指まで汚し……申し訳……ありません……」


 悔しかった。一言音にするたびに俺の誇りが一つずつ砕けていく気がした。

 だが、俺は生き延びたい。いや、生き延びなければいけない。

 生きていなければどんな希望も消え去るのだから。


「よし。まあ許してやろう」


 首から手が離れる。

 どくどくとすごい勢いで頭に血が流れていくのがわかった。

 その衝撃に俺は倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。

 これ以上に無様な姿を見せれば、俺は俺の尊厳まで失ってしまう気がしたからだ。


「馬鹿な動物の躾は最初が肝心だからな。お嬢様の前で無礼を働かれたら私まで恥をかく」


 不意に少女が俺を突き飛ばした。

 その強さにこらえきれず俺の体は勢いよく前へと進む。

 すると、背後から間髪入れずにまた蝶番の軋む音と金属音が聞こえた。

 二度目ならばさすがに見当はつく。


 少女は『懲罰房』とやらに俺を押し込めたうえで、扉を閉め、鍵をかけたのだ。


「貴様ら、新入りによく教えてやれ。こいつは特別馬鹿なようだからな」


 高らかな嘲笑を残し、少女の足音が遠ざかっていく。

 貴様ら?

 じゃあここにはほかに誰かいるのか?


「よお新入り。まあ座れよ。俺たちはおまえに何もしない。仲間だからな」


 俺の肩にとん、と手が置かれ、ガサついた男の声がその場に座るように促す。

 まるで敵意のないその声に俺は素直に従った。薄い布越しに冷たく固い石の感触がした。

 ……一枚板の石牢か。組石ならともかく、これでは逃げるのは難しそうだ。


「災難だったな。目をやられるのはきつい」


 肩に手を置いた奴のものとは違う、甲高い声がした。


「おまえは何をやったんだ?耳ありの方々に無礼でも働いたのか?」

「耳あり様たちは気まぐれだからな。あまり気にするなよ。俺たちは耳あり様の動産だ。本気で殺したりはしない」

「だな。馬が嘶いたから飯抜きにするようなもんだ。俺は耳ありの方々の前で転んで見苦しいところを見せたから懲罰だよ。ほら。……ああ、見えないのか、俺は足の指を切り取られたんだ」

 

 それはまるで笑うような嘆くような声たちだった。


 声色の違いから判断すると、ここには3人の先住者がいるようだ。

 口ぶりからして、彼らはあの耳やここのついてよく知っているに違いない。

 そして俺を仲間と呼んだ。


 よし、聞いてみよう、今の俺にはさっぱり意味の分からないこの状況について。

 彼らならこれ以上俺を痛めつけることもないだろう。


「なあ、教えてくれ。さっきから何を話してるんだ?耳あり様ってなんだ?ここはどこなんだ?」

「おまえ、頭は大丈夫か?耳あり様は耳あり様だろ。俺たちにはない、高貴な大きな耳をお持ちになる方々だ」


 高貴?!

 あのうさみみが?!


「じゃあおまえたちの耳は俺と同じ形をしてるのか?」

「ああ。奴隷はみな劣等種だからな。……おまえ、本当に大丈夫か?耳あり様の前でそんな口をきくんじゃないぞ。俺たちは奴隷。耳あり様はご主人様。そこをわきまえないと、俺たちがいくら耳あり様の動産でも命をなくす。奴隷はいくらでも売ってるんだから」


 俺は頭を抱えた。

 わからない。俺がいたところはこんなところではなかった気がする。

 うさみみの生えた人間なんていなかった気がする。

 そもそも奴隷なんてものも……。


「おまえ、もしかして親がレジスタンスだったのか?コミューンで産まれた子供には耳あり様のことを正しく教えないと聞いたからな」

「しかし、この世界はもともと耳ありの方々の者だ。レジスタンスなんて反逆者は俺はごめんだな。気が狂ってるとしか思えない」

「ああ。劣等種が権利を主張するなんておこがましい」


 矢継ぎ早に聞こえる男たちの声。

 そこから次々と繰り出されるうさみみどもへの賛辞に頭がくらくらする。


 こいつらはおかしい。

 この世界はおかしい。


 俺の沈黙をどうとったのか、一人の男が俺に問うた。


「そう言えば、おまえ、名前はなんていうんだ?」

「俺は……」

http://mypage.syosetu.com/567284/

↑七沢ゆきの氏のマイペ

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