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第十三話(担当:佐東鳴狐)

「……ははっ。……ヴァーカ」


 突然笑い出した俺を、耳ありの女と他の武装集団共が驚愕の眼差しで見ている。これだ。これだよ。相手が自分は上だと錯覚しているところで意表をついてやった時の奴らの顔。その間抜けさ。

 ちなみにこの高笑いは、何も自分が不利過ぎて壊れたとかじゃあない。むしろ逆だ。俺は最初から何も変わっちゃいないんだぜ。


「何がおかしい」

「おかしいさ。何勝った気になってドヤ顔キメてんだよ、劣等種。は、耳ありだかなんだか知らねえが天使様に勝てるとでも思ったのか」

「……お前はどこまでも愚かなんだな、ハル。この状況下でよくそんな口が……」

「愚か? 愚かっつうのはこういうやつのことを言うんだぜ、なあ劣等種。押していた相手に高らかに笑われたくらいでビクビクしやがって。何か隠してんだろ」

「……っ!?」

「ま、何隠してようが知らねえけどな。本当の勝ちってやつを教えてやるぜ」


 そういうと俺は思い切り自身の頭を殴った。もちろん全力である。痛い。当たり前だ、全力で振りかぶって全力で殴ったのだから。そういう暗示を『自身にかけた』。俺の創った魔法の一つ、『バーサク』。耳ありの女たちはこれが欲しいようだが、そうは問屋……つうか俺が許さない。

 逃げるが勝ちってな。

 卑怯だと嘲笑うか? 狡いと罵るか? はっ、そりゃお門違いって奴だ。俺はたった今脅迫されていた。そこから逃げるのに狡いも何もない。勝ちってのとは違うかもしれねえけど。

 薄れゆく意識の中で、はっきりと見た。うさ耳の女は泣いていた。


 ◇


 目が覚めると、目の前でラロックが不機嫌そうに顔を膨らませていた。目元が赤い。

 こういう時男は何をしてやればよいのだろうか。分からないからとりあえずそっと抱いてみた。殴られた。


「いっそのこともう一度お前をボコボコに殴ればハルが……っ」

「お嬢様落ち着いてください。深呼吸です。ひっひっふー」

「やめろエーテル。私に何を産ませる気だ」


 ラロックが振りかざしていた拳を力なく戻す。

 あたりを見渡してみると、小奇麗というか、可愛らしい部屋の大きなベッドに寝かされていたことに気が付く。絨毯も敷いてあり、家具も白や桃色の物が多い。隣に目をやると化粧台が見えた。どうやら女性、それも比較的幼い──年端のいかぬような少女の寝室の様だと目星をつける。

 ただ一つ、場違いな金属の扉を除けば、そこは心休まる空間であった。

 エーテルと共に奇妙な深呼吸を繰り返していたラロックが俺を見る。

 その眼には明らかな憤りと、ほんの少しの心配の色が見えた。


「……おいエーテル。例のは呼んであるか?」

「ええ、間もなく来ると思いますが」

「そうか、おい奴隷。……なぜ顔を逸らす。ここにはお前以外奴隷なんていないだろう……なぜそこで心外だという顔をするッ!?」

「いや、なんとなく?」

「どうしようエーテル、こいつちょっと見ない間にものすごく失礼になってる」

「バーカバーカ」

「どうしようエーテル、子供みたいになってる」


 俺の記憶にはところどころ抜け落ちてしまっている部分がある。なんとなく察しがついているので気にはならなかったけれど、やっぱり俺はただの人間とは違うようだ。それだけは、はっきりと分かった。頭の奥から訴えかけてくる。ニゲロ、ニゲロ、お前は俺で、俺はお前なんだ、と。

 そしてぼんやりと見えるのだ。あの時両目を失ってなお、俺の脳裏にはもう一人の俺がいて、そいつは背中に羽を生やしていて、まるで天使のようで……。

 少しずつ、俺が剝がれていく感覚があって、それはとても気持ちの悪いものだった。


「お、お邪魔しますラロック様」


 そんな風に感傷に浸っていると、重たそうな金属の扉を開いて一人の人間の少女が顔を出した。手足にも首にも枷はついていない。奴隷ではないようだが、一体何なのだろうか。


「む、来たか。悪いがここにいるバカをこれから給仕係として指導してやってくれ。その間お前の仕事は別の奴に回そう。頼めるか?」

「ラロック様のご命令とあらば……。ところでその、どなたでしょうか?」

「俺はしがない奴隷さ。今日からは君の後輩だな。よろしく先輩ッ!」

「悪いが訳あってこいつの素性は明かせないが、よろしく頼む」

「え、えぇ~……」


 思いっきり嫌な顔をされた。



 夢を見た。

 酷く腐った夢だった。


 ウサギのような耳をした少女と、人間の少年が仲良く遊ぶ夢。

 そこに一発の銃声が鳴り響く。それは少年の胸を貫き、一つの生命を無情にも刈り取っていく。

 少女は泣いていた。溢れかえる人間たち。皆武装していた。

 迎え撃つは動物のような耳を持つ通称『耳あり』たち。両者はぶつかり合い、数多の血が流された。

 うさ耳の少女は人間軍の捕虜となっていた……いいや、正しくは違う。


 『奴隷』になっていたのだ。


 彼女は死にそうだった。空腹で眩暈がしたのか、道端に倒れる。腹を蹴られた。足を怪我していたのかよろめき人間にぶつかる。腕を切られた。ついには動かなくなる。両目を抉られた。

 レジスタンスと呼ばれる人間軍は、その他の耳ありの奴隷にも等しく、罰を与えた。

 犬耳の少年には焼き印を、猫耳の少女は裏に回され、性奴隷として調教されていた。様々な耳ありの奴隷たちの中には、エーテルの面影を持つ少女もいた。彼女たちは皆、同じように泣いていた。

 死にそうです、助けてください。今にも死にそうです、お願いします。

 その声に救いの手を差し伸べる者など、いなかった。


 やがて二種族の抗争は、天使と悪魔を交えた戦争になる。

 そして辛くも勝利した耳あり軍は、長い長い時間をかけ人間たちにつけられた傷を癒していったのだ。


 俺はそれをただ見ているだけだった。


 ほどなくして目が覚める。いつの間にか寝てしまっていたのだろう、隣にはラロックが俺の腕を掴んで眠りこけていた。黙っていれば可愛らしいのに勿体ない。そんな文句の一つでも垂れながら起き上がる。

 初めて、添い寝奴隷らしいことをした。結局俺は死ななかったから、今回はエーテルの一人勝ちか。


 ふと考える。ここは誰の部屋だったのだろうか。ラロックの寝室は無機質な白い部屋だったのを記憶している。エーテルの部屋は懲罰房の近くだと聞いた。両目が見えるのでわかるのだがここは屋敷の中でもかなり奥の方、奴隷たちの懲罰房からは一番遠く離れた場所にある。先輩もあの後「また後日」と言い残してここを出て行ったのでここは先輩の部屋でもないだろう。

 考えていてもきりがないので、ひとまず奴隷服から新しく貰った給仕係の制服に着替える。

 ラロックが「うぅん」と唸りながら寝返りをうつ。

 俺は先輩の元へと向かった



「お皿はこっち、コップとナイフやフォークなんかはこっちにまとめてね」

「イエッサ!」

「洗濯物は一度よく叩いて、ちゃんとしわを伸ばしてから干してね」

「了解です先輩!」


 あれから俺は馬車馬のように働いた。あれからといったが実際には一日も経っていない。起きてから先輩に挨拶し、そこから給仕のいろはを叩きこまれた。

 ただあの後から妙に自分という存在が曖昧になってしまったようで、なんとも気持ちが悪い。

 俺にはあんなうさ耳少女と遊んだ記憶なんてないし、あんな戦争だって記憶にない。

 それが妙に引っかかって、結局先輩から教わったことは何一つ学べていないままお昼休憩に入ってしまったのであった。


「君ってさ、面白いマナしてるよね」

「え、俺がっすか?」

「うんうん。私小さい頃から人のマナの流れが分かるんだけど、君のはちょっと特殊。ぐるぐる渦巻いているのが一般的な人間のマナなんだけどね? 君のはなんていうか、まるで二つの蛇が絡み合っているみたいに、二つの輪っかが渦巻いているの」


 そういう話をどこかで聞いたことがある。ウロボロスだったか。

 どこで聞いたのかはわからないけれど。


「私、出身はコミューンなんだよね」

「コミューン……」


 これも、どこかで聞いた言葉だ。


「そう。親から耳ありは敵だって教わって、何度も戦う訓練をさせられたの。私も私で、『耳ありは敵なんだー。この世界から抹殺しなきゃー』って思いこんでてね? で、実際に戦場に出てみると今まで見たこともないような魔法がビュンビュン飛んでくるんだもん、勝てっこないよ」

「それで先輩は奴隷になって、ここの鬼畜うさ耳娘に買われた、と」

「ううん。最初に買われたのは犬の耳をしたおじさんかな。隣に猫耳の奥さんがいて、二人で私を痛めつけるんだ。自分が奴隷の時は焼き印を押されただの、性処理の道具だっただの。実際にそういうこともさせられちゃったし」


 だから私はもう中古だよ。先輩はどこか乾いたような笑顔で俺にそう告げた。

 告げられても困るだけだったけれど、とりあえず曖昧な笑顔を返した。


「そんな時に、ラロック様とエーテルさんに助けてもらったんだ。あの時のラロック様は両目とも抉られていてね、それも人間にやられたらしいんだけど、『私は自分たちがやられたからと言って同じことをやり返そうとは思わない』って言って、すごい量のお金と引き換えに私を引き取ってくれたんだよ」


 俺は両目を切られたんですけど。そんな文句は飲み込んでおいた。



 午後の仕事は全く身に入らなかった。先輩から聞いた話のせいで、ラロックという少女がだんだんと分からなくなる。

 俺と同じように輪郭があやふやになって、濃い靄に包まれて、分からなくなる。

 そんな俺の気分と同調するように、天気は次第に悪くなっていった。空は分厚く暗い雲に覆われ、一雨来そうな雰囲気を醸し出している。俺は先輩を呼んで、干してあった洗濯物を取り込むことにした。取り込んでいる途中でラロックがなぜか様子を見にやってきた。ちょうど持っていたのがアイツの下着だったのがいけなかった。頭が痛い。

 その後ラロックはおっとりした雰囲気の女性に引きずられるようにして戻っていった。半べそをかいていたのを俺は見逃さなかった。


「嫌な天気だねえ」


 そんなのんきなことを、先輩は言う。

 だが確かに不気味だ。

 あたりは物凄く静かで、鳥でさえも鳴いていなかった。

 周りではまだお手伝いに来てくれた人たちが、大量にある洗濯物を一緒に取り込んでくれていた。


 突然、庭の一部が大きく盛り上がった。

 そして中から、この世のものではないおぞましい何かが大量に出てきた。


 その姿、まさしく『悪魔』


「うそ……なんで悪魔がッ!?」

「先輩ッ、危ないッ!」


 悪魔の一匹が先輩の首めがけて鎌を振り下ろす。寸でのところで先輩を押し倒し、それを回避する。

 見てみるとあたりが血の海になっていた。

 彼らは一緒に洗濯物を取り込んでいた給仕の人たちである。中には耳ありの人たちまでいた。気が付かなかったが、彼らは楽しそうに談笑していたようだ。種族の間を超えて。

 それを一振りで刈り取っていった悪魔。


「くそっ、だれかラロックに知らせろっ!」

「知らせるって、もう私と後輩君しか残ってないよ! それに囲まれちゃったし……!」


 じりじりと距離を詰める悪魔たち。目は虚ろで、口がだらしなく開き、体は黒一色。怪物以外の何物でもない。俺が出会った悪魔はまだ人の形を保っていた。だとするとこいつらは手下か何かだろう。


 運が悪かったのか?

『違うね』

 俺が悪いのか?

『そんなわけねえだろ』

 どうすればよかった!

『すべてはあのうさ耳女が甘かったせいで起きた惨劇だッ!』


「黙ってろ偽物がッ!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

 そしてやるべきことも見えた。


 悪魔が飛び掛かってくる。先輩が両腕を広げて俺の前に立った。庇ってくれようとしているらしいが、これ以上俺のために誰かが血を流すわけにはいかない。この悪魔モドキたちは俺を狙ってきている。ならば俺が囮になればいいのだ。

 先輩を突き飛ばし、再び悪魔の鎌から逃れる。そのおかげで開いた隙をついて包囲陣から脱出し、物陰に身を隠す。


「先輩、ラロックにちゃんと報告出来ますか?」

「む、無理だよ……。こんな一杯の悪魔に囲まれてちゃ逃げられないし……」

「大丈夫です、先輩、戦う訓練してたんでしょ?」

「そんなの役に立たないよ!」

「大丈夫、俺が今からとっておきの『おまじない』をかけてあげます。世界が喉から手が出るほど欲しがっているおまじないです」

「え、う……?」


 指で先輩の白くてきれいなおでこを小突く。その瞬間、先輩は目を回して倒れこんだ。

 しばらくは起きない。だが少しだけ意識を上書きしただけだ、すぐに先輩は起き上がった。


「……でぇ? 私はいつまで遊んでいればいいのぉ?」


 洗脳魔法『バーサク』。俺が俺から奪った唯一の魔法。

 人間の奴隷である俺が唯一使える、意識を上書きし性格を変え、目的を達成させるだけの意識ある操り人形にする魔法。


「命令だ、先輩。ここにいる悪魔を全部切り殺せ」

「うーん……。ハルちんの命令だから聞くけどさぁ。ちょっと物足りないかなぁ……」

「じゃあ分かった」


 俺は上を見上げる。


「今から人間と耳あり以外のすべてを切ってくれ。例外なくな」

「おっけぇ」


 空からは数えきれないほどの天使が降りてきていた。

 俺の洗脳魔法。ラロックのウイルス兵器。おそらくはその二つを今更ながらに脅威と認識したのだろう。

 おせーよ、ヴァーカ。

 あれ、俺ってこんな喋り方してたっけ。なんだかもうよく分からなくなってきた。

 遠くでは先輩が、悪魔モドキの一匹から奪い取ったのか大きな鎌を振り回して遊んでいた。とても無邪気な笑顔だった。

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