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第1話(担当:静寂燕)

 第一話を担当させていただきました、静寂燕です。

 自分の作品、というものを未だなろうでは投稿していない状態にも関わらず、リレー小説の企画者にお声をかけていただきました。いやぁ、私の将来の可能性を見込んで勧誘してくださるなんて、さすがは企画者。これからもお世話になりますよ。

 拙い文章ですが、リレー小説なのできっと、あとに続くベテランさん達が奇想天外な物語を書いてくれることでしょう。

 それではまた、私の順番になったときにお会いしましょう。

 気がつくと俺はどこかに横たわり、その体勢のまま乗り物に揺られていた。しばらく目が見えなかったので、布でも被せられているのかと思ったが、単に暗い場所にいるだけみたいだ。頭はまだもやの掛かったように冴えず、やけに遠くの方から話し声が聞こえる。


(俺は今、どこにいるんだ?)


 とりあえず身を起こそうと床に手をつくが、失敗する。見ると、両手両足に枷のようなものが取り付けられている。

 両足のものは、足首につけられている輪っかを太目の紐で繋いでおり、若干ではあるが足を動かすゆとりがあった。しかし両手の方は対称的に、手首が直接木の枠で固定されていた。そのため思ったようにバランスが取れない。

 そしてなんだか体が重く、力も充分に出ていなかった。暗くて輪郭がはっきりしないが、手足が黒ずんで骨ばっている。腹が空いた感じはしないものの、そろそろ何かを口にしないとまずいかもしれない。一体どれだけの間、俺は意識を失ったままだったのか。検討もつかない。


 外を見ようと首を捻ったが、自分の見える範囲には窓はなかった。ただ、たてつけが悪いのか、壁と天井の間にところどころ隙間ができていた。外は風が強いようで、俺のいるところまで冷たい風が吹き込んでくる。じっとしている分には、ここはいささか肌寒かった。

 なんとか外の様子を確認しようと目を凝らしている内に、だんだんと意識がはっきりしてきた。先程よりも耳がよく聴こえる。

 舗装されていない道をゆっくりと車輪が転がる。その雑音に紛れて、とぎれとぎれに会話が耳に届いた。先に色々と訊きたいことはあったものの、自分の立場がよく分かっていなかったので、俺は会話を盗み聞きしようと、心持ち壁の方にすり寄った。

「……神経質すぎるよな、ほんと」

「ここら辺は魔物も出ねぇし、私有地だから盗賊もいねぇってのに」

「護衛なんか必要かよ、俺たちゃ一週間後に大蛇討伐しなきゃなんねぇのにさ」

「おい、依頼人の旦那に聞こえるぞ。口を慎め」

「聞こえてますよ。今回の相手はお得意様なので、体裁だけでもきちんとしなければなりません。あと三町程ですので、よろしくお願いしますよ」

「はぁ、失礼したな、旦那」

「いえいえ」

 若く落ち着きのない護衛に対し、悠然としているのが依頼人だと俺は推測した。依頼人は、言葉遣いからだいたい商人あたりではないか。

 魔物もいないという場所で商隊に護衛をつけるというのだから、きっと裕福なのだろう。

 それにしても、何を売っているのだろうか。貴族相手の商売というと、香辛料や絹などが人気ではあるが、「お得意様」が貴族だとも限らない。スラムや繁華街に蔓延る柄の悪い奴等との裏取引ということだってあるやも知れないのだ。 もっとも、護衛を見栄でつけているというから可能性は低いだろうが。


 考え事をしたまま天井の隙間から外を覗いていると、ちらちらと緑色が視界に入った。商隊が発する金属や車輪の音以外には、鳥がさえずっているくらいだ。人がいるような気配はしない。こんなところに住んでいる人なんて、はたしているのか。


 知らず、俺は身を震わせた。

 ずっと考え事をしていたが、寒さが我慢できなくなってきていた。そういえば、俺は長い間物を食べていなかったようだし、もともと体温が低くなっていたというのもあるだろう。

 また、そこかしこから漏れ入ってくる冷風が、俺を通りすぎる毎に少しずつ熱を奪っていた。外で雪が降っていることはなさそうだが、油断できない。ひょっとすると、標高がそれなりある山の尾根を進んでいたりするのだろうか。

 遂に耐えかねた俺は、これ以上寒くならないよう、身を丸めた。

 ふと、肌の感覚で気づいた。俺は今、何を着ているのだ?

 特に冷たかった腹や下半身の方に目を向けると、俺は薄汚れてぼろぼろに破けた、厚みを持たない一枚の布を体に巻き付けているだけだった。太ももや脇腹がむき出しになっている。

 なるほど、これでは寒いわけである。

 俺は胸や腕で布の余っていた部分を手繰り寄せ、素肌があらわになっているところを隠した。これで気休め程度にはなるだろう。


 不規則に揺れていた乗り物が、急に停止した。

 後方から何か物音がした。おそらく、重い荷物とかを降ろしているのだろう。

 だがそれにしては妙だった。降ろす度に木の板でできた床が何度も軋み、大きく揺れる。ときおり、どさりと転がり落ちるような鈍い音がする。荷物、とくに商品にしては、扱いが雑すぎるのだ。

 そして、断続的に上がる呻き声と、怒気を多分に含んだ罵声。

 ここまできて俺は、今の自分の状況に察しがついた。本当は、商人に気づいた時点で薄々疑ってはいたのだが。

 俺は奴隷として売られているのだ。


 ぎぃっと扉が軋んで、背後から光が差した。

「おいお前、さっさと出てこい!立て!」

 護衛たちと話しているときは穏やかだった商人が、俺に対しては剣呑な雰囲気で怒鳴った。しかし俺は弱っており、体を動かしたくても力がうまく伝わらない。

 それに俺は混乱していた。

 なぜ俺が奴隷になっているのか、全く思い出せない。こうなってしまう以前のことはおろか、自分の名前さえ、今の俺は知らなかった。

 俺は焦っていて、商人の言葉がまったく頭に入ってこなかった。


「お前だ、お前!こっちへ来い!」

 商人が苛立った様子で叫び、鞭を取り出した。

 俺は身構えることもできず、ただ怒れる商人の圧力に背中越しに怯えた。

 そのときだった。

「あれ、私が頼んだ奴隷は言葉すら解さないのですか?それじゃあ役に立たないじゃないですか」

 可愛らしく、それでいて俺を見下していることが容易に想像のつく冷酷な声が、辺りに響き渡った。商人の怒鳴り声よりも遥かに小さい声だったが、あっという間にこの場を制した。

 俺は胸の奥が縮こまるのを感じた。

「い、いえ。そのようなことはありません。事前にテストも行いましたので」

 商人は慌ててその声の主に弁解した。

 混乱から立ち直った俺は、光の方に這うようにして進んだ。ささくれだった床が腹をかすった。

「まあいいわ。その代わり、労働力にならなかったらこの奴隷のために払った金を返してもらうわよ」

 美しいドレスを纏った少女が、こちらを指差しているのが目に入った。その背後には雄大な森林に囲まれた、落ち着いた色の館が建っていた。強烈な日の光に、徐々に目が慣れていく。

「私が今からお前の主人だ。棄てられたくなかったら、文句を言わずに働け。分かったな?汚ならしいクソ人間」

 日光の眩しさがそこそこ緩和されて、俺はやっと顔を上げることができた。

 そうして俺が目撃したこの光景に、開いた口が塞がらなかった。一瞬、自分は記憶と共に正気すら失ったのかと勘違いした。

 俺の眼前では、蔑んだ目線を隠そうともしない少女、冷や汗をかいて少女に媚びる商人、木陰で鎧を脱いで休んでいる護衛たち、その全員が兎の耳を頭から生やしていた。

 慌てて俺は枷のつけられた手で自分の頭を撫で回したが、当然そんなものは付いてなかった。


 俺が呆然として佇んでいると、ウサミミ少女はこちらを一瞥して言った。

「分かったかって聞いてんだよ!返事しろ、奴隷」

 俺はあまりのことに一瞬、間を空けてから掠れた声を絞り出した。

「……はい」

 少女の剣幕に怖じ気づいて、俺は抵抗する気すら起きなかった。俺はさっきまで自分のいた荷台から、なんとか地面に降り立った。足に力が入らず、ともすればすぐに地面に崩れ落ちそうなのを堪えて、必死に直立し続けた。

「問題ないようですね。アニジア殿、これが今回の代金です。次も頼りにしていますよ」

 少女は商人の方へと向き直ると、少し前の少女からは想像もつかないような気持ちのいい微笑を顔にたたえ、懐から袋を取り出した。それが揺れる度にじゃらじゃらと金属のぶつかる音がする。

「ありがとうございます、ラロック様。今後ともご贔屓に」

 商人は少女に慇懃にお辞儀をすると、ゆったりとした服を翻し、ポケットにそれを仕舞い込んだ。そしてほくほく顔で護衛たちの方を見やると、小さな手振りで手招きした。


「取引は終わりました。後は、街までの護衛もお願いします。残りの賃金はそこでお支払致しますよ」

 商人も、高圧的な態度をとるのは俺に対してだけだった。俺が奴隷だからだろうが、そういうのとは違う心の底からの嫌悪感みたいなものを、あのとき俺は感じていた。

「引き受けた。よっし、お前ら。街までの護衛だ。くれぐれも気ぃ抜くなよ」

 護衛のなかで、一番腕が立ちそうな体つきのいい青年がはきはきと応えた。休んでいたときにはぺたりと折れていた兎の耳が、仕事となるとぴんと垂直に伸びている。


 言葉を交わしている最中も、彼らはお互いの耳のことについて、全く気にしているそぶりはなかった。極めて自然なやり取りだった。

 どういうことだ?と訝しげな目線を送っていると、突然後頭部に鈍い衝撃が伝わった。咄嗟に振り向くと、少女が口元をひん曲げて侮蔑的に表情を歪めていた。

「ぐっ」

 俺が少女の顔を見たと判ると、片手に持った木の棒でもう一度俺を殴り付けた。

「ぁぐぅっ」

「てめぇ、下等生物の分際で、不躾な目で私たちを見てんじゃねぇよ!失礼だろうが?次やったら目潰すからな!」

「……」

「返事」

「……はい」

 俺は再び掠れた声で返事をした。恐怖のせいか、声が震えている。

 そんな俺を気にかけもせず、少女は館に隣接する小さな小屋の方に向けて叫んだ。

「エーテル、他の奴隷の誘導が終わったらこっちへ来い」

 すると、そこから少女よりも一回り大人びたふうのウサミミお姉さんが、駆け足で現れた。

「ただいま、お嬢様」

「来たか。これも同じところへ連れていけ」

「かしこまりました」

 ウサミミお姉さんは丁寧に頭を下げる。あ、ウサミミも垂れるのか。随分と従順な侍女である。しかしその耳の間からは、明らかに不満そうな表情を覗かせていた。

「おい、こっちだ。ついてこい」

 ウサミミお姉さんは俺を横目で睨めつけてから、すたすたと歩き出した。俺はよろけつつ、それについていく。


 俺はウサミミお姉さん、もといエーテルの背を追いながら、ウサミミ少女の脅迫を思い出していた。事情を何も知らないとはいえ、やはり初対面の相手をじっと眺めることは失礼だったか。俺は少しだけ反省した。

 それにしても、この見た目麗しいウサミミ少女から、あのような醜悪な暴言が飛び出すとは。館の玄関らしきところへ楽しげに耳を振りながらスキップしていく少女を、俺は一度だけかえり見た。

 それがいけなかった。

 少女は、俺が見ていることに瞬時に気づくと殺気をたぎらせてこちらとの距離を詰め、俺の目尻に懐刀を突きつけた。

「ひっ、ごめ……」

 俺は全霊をかけて謝ろうとした。しかしそれよりも早く、少女は一息に俺の両眼を一閃した。

「っぁあ!?」

 俺は反射的に目を覆うように手を動かした。枷がそれを邪魔して、結果的には許しを乞うように頭の近くまで両手をあげる形になった。

「使えない人間だ。エーテル、懲罰房まで連れていけ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「はっ、かしこまりました」

 それが見えずとも、エーテルが愉快そうにまなじりを細めているのが想像できた。

 無意識にその場に崩れ伏していた俺の足枷の紐を引っ張って、エーテルは俺を何処かへ引きずっていく。

 俺はこれから殺されるのだろう。さんざん痛め付けられた挙げ句。それを想像して背筋に悪寒が走った。ただし、このままいけばの話だ。

 まだ俺は希望を捨ててはいなかった。

 俺が両目を失う直前、視界の端、館の裏手の森に光輝く羽を持った小さな妖精が俺を誘うかのごとく闇の中へ消えていったのを、俺はしっかりと捉えていた。

http://mypage.syosetu.com/746338/

↑静寂燕氏のマイペ

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