サンタさん
やがて、僕は父さんがケーキ屋さんに入っていくのを見たのです。
産まれてこの方、お父さんはケーキなんて買ってくれた事は一度もありません。
「なんだよ。さては、遊ぶ女の為にケーキ買ってるんじゃねぇの?あの好色男め。」と、お兄ちゃんが吐き捨てるように言いました。
「でも、お父さんはお金が無いんだよ。お金がないってことはさぁ。
つまり、女の人もついてきてくれないんじゃないの?
そうやって、お母さんが言ってたよ。」と、僕は言いました。
「じゃあ、父さん。何でケーキなんか買いに行くんだよ!」お兄ちゃんの声が荒くなってきました。
「もしかしたら、試食してるんじゃないのかな?空腹に耐え兼ねて。
やっぱり、僕の家貧乏だからさぁ・・・。」と、僕が言うと
「何処まで恥さらしな父さんなんだよぉぉぉ!」と、お兄ちゃんが本気で怒り出したのです。こうなってくると、僕も正直めんどくさいので放置プレイしたくなってきます。
とりあえず「まあまあまあ…」とお兄ちゃんを宥めました。
しばらくすると、店の奥からサンタクロースの格好をした男が現れました。
「もうすぐ、クリスマス!
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父さんだ。
あのサンタクロース、父さんだ…。
父さんは、僕らに内緒でこっそりクリスマス期間限定のアルバイトをしていました。そういえば、短期集中のイベント時のアルバイトは時給も高額と聞いた事があります。お父さんが、寝言で言っていたから覚えてるんです。
父さんは、3年前にリストラにあいました。
「もう、アンタの居場所は全部機械がやるようになるから。」と、一言言われただけだったそうです。
父さんは、当時42歳。
再就職しようと、何度も職安に通いつめました。
しかし、父さんと同じような立場の人たちがひっきりなしにごった返していたそうです。
父さんより、ずっと若くて有能な人も沢山いたのです。
そんな中で、父さんが太刀打ちできるのは不可能だったのです。
やがて、父さんはパチンコに明け暮れました。
母さんが、見かねてスーパーにパートにいったのですが。
そこの店長さんと不倫して、家を出ていきました。
そして、父さんと僕たちは捨てられたのです。
お兄ちゃんは「僕らが不幸なのは、父さんのせいだ」と、ずっと父さんのせいにしていました。
でも、そんな父さんは必死に何とか僕たちの為に働こうとしていたのです。
「おい、ワタル・・・。帰ろうぜ・・・。」
お兄ちゃんの目には、涙が浮かんでいました。
だけど、お兄ちゃんは恥ずかしいのか絶対に僕の目を見ませんでした。
あれから、お兄ちゃんがお父さんの悪口を言う事は無くなりました。
クリスマスの日の夜。
去年と同じように、僕たちの枕元にはプレゼントが置いてありました。
「よかったなぁ。サンタさん今日も来てくれて。
普段は、うちは貧乏だから。なんにも買ってやれないけど。
サンタさんだけは、年に一回プレゼントくれるから。」
そういって、お父さんは僕らの頭を撫でてくれました。
僕は「サンタさんありがとう!」と喜びました。
お兄ちゃんは、ボソッと「ありがとな…」と言いました。
終わり
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