第九話 『酒に水』
地下道は、東西に長く伸びていた。東はモンターニュ山の麓、西は村の端まで続いている。この地下道を使っている者達は、この地下道が本来どのような役割を果たしていたか知らない。王家の隠居先だとか、鉱物搬入のための裏ルートだとかの噂はあるものの、真偽の程は分からない。そんなことが本当だろうが嘘だろうが、彼らにとってはどうでも良かった。
彼らが重視したのは、使えるのか使えないのか、の単純な二択だった。そのまま使えるものは置いて、使えないであろうものは放置した。それは、村の光景が物語っている。畜産、畑作に向いている土地ではないので、家畜小屋と畑を放置して、外からの来訪者を誤魔化すために宿は修繕して使う。そうして彼らは、この廃村で生活してきていた。
「乾杯!」
地下道に、十数の声がこだまする。大捕り物が有った日には、決まって地下で祝杯を上げていた。なぜ地下かといえば、単純に暖かいからである。薪も無尽蔵にあるわけではないのだ。節約するところは節約して、なんとか生活している。だが、そんな貧乏生活も今日できっとお別れだろうと思うと、彼らは笑わずにいられなかった。
世にも珍しい、聖霊。一体、いくらで売れるのか彼らには未知数のモノ。分かっていることといえば、今までとはケタ違いの利益が入ってくるということ。今すぐにでも売りに出したいが、足がなければ時間も時間なので今日は大人しく酒に溺れている。
「しっかし、姉さんさすがっす」
「あの聖霊を無傷で捕まえるなんて、そうできるもんじゃないと思うっす」
「まぁな。私の早業に、聖霊も手出しできなかったんだろ」
今日の酒の肴は、姉さんと呼ばれている宿屋の女性の話。取り囲む全員が赤い顔をしながら、女性の話を聞いている。
「にしても、あいつら遅いな」
「直に来るだろ。四人もいるんだ、負けることはねぇだろ」
たしかにな、と豪快に男達は笑う。
「それに、だ。念の為に一人やったんだから余裕だろ。多分、野ションでもやってんだろ」
「ちげぇねぇや」
ジョッキの酒を、そのまま一気に煽る。更に赤くなった顔で爆笑しながら、彼らの夜は更けていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その光景を見ながら、ユウは息を潜めていた。
「せっかくの酒に、水を指すのも野暮かな……」
地下道に入り、ユウは大声がする方を目指して歩いてきた。その道中にベルがいないか探しながら歩き、ここまで辿り着いていた。乱入して、場を引っ掻き回すのも手だろうかと思ったが、特に意味はなさそうなのでジッと彼らを見ていた。
「あと探していないのは、ここだけか」
彼らが酒宴を開いているところは、地下道の一番奥、行き止まりだった。ユウがパッと見たところ、ベル達がいる様子もない。
壁の灯籠が照らす道を、ユウは淡々と進んでいく。もちろん背後への警戒も怠ってはいないが、あの様子では油断しきっている、露にもユウがここにいるとは思っていないことだろう。やがて、横道の終わりが見えてくる。
「遅かったわね、ユウ」
「無茶を言わないでくれないか、ベル」
どこかハツラツとした様子で待っていたベルに、ユウは呆れ果ててしまう。常人なら突破できないであろう状況を打破してきたのだから、少しくらい労って欲しかった。
「早くこの首輪をとってくれないかしら。窮屈でかなわないのよ」
「はいはい」
持ってきていた蝋燭台で、ベルが入っている牢屋を照らす。扉はしっかりと施錠されていて、力任せに破ることはできないだろう。
「鍵は……っと」
「ユウから右の壁にかかっているのよ」
ユウがそちらに目を向けると、何本もの鍵がジャラジャラと掛かっていた。手当たり次第に鍵穴に挿していき、正解の鍵を探す。何度か試すと、ガチャという音がなり、軋んだ音を立てながら扉がゆっくりと開いていく。
「首輪の鍵も探さないといけないのか……」
「ま、頑張って頂戴」
あくまで他人ごとのように言うベルに、やれやれと思いながら鍵を探す。三回目でようやく首輪が取れ、ベルは四つん這いで伸びをする。
「全く、窮屈だったわ。もうこりごりだわ」
「そのセリフは、もう聞き飽きたよ。この前も同じことを言っていたよ」
「あら、そうだったかしら。忘れたわ」
「いつも通りだね」
一仕事終えたユウは、撤収する段取りを付ける。夜に出発するのは危険ではあるが、ここから早く去ってしまうのがいいだろう。そう判断して、ベルに声をかけようとする。と、その前にベル先に話しかけてきた。
「あの子も出してあげて」
「あの子?」
「ほら、この牢屋の隣にいる子よ」
近づいていくと、次第に輪郭がはっきりとしてきた。そこには、確かに一人の少女がいた。
今は身じろぎ一つせず、安らかな寝息を立てていた。
「どういう風の吹き回しだい?」
「そうね、強いて言うなら、面白そうな子、だからかしらね」
ユウは四苦八苦しながら牢屋、首輪の鍵を解錠する。その間その少女は起きず、ユウが背負って地上の小屋まで上がってきた。
ユウ達が外に出ると、どんよりとした雲は消え、空には月が浮かんでいた。
次回更新は、四月二日(木)を予定しています。