第七話 『少女の事情』
ベルがようやく開放されたのは、土で囲まれた牢屋の中でだった。無抵抗のまま、されるがままにしていると、鉄で出来た首輪が嵌められる。首輪からは鎖が伸び、その先は壁に埋め込まれている。試しに引っ張ってみると、壁に埋め込まれた鎖は全くびくともしない。
「ケット・シーは魔術を使えるとか聞いてたけど、なんだか拍子抜けだねぇ」
宿の女が鉄格子の向こう側で、ニヤニヤと笑っている。その鼻っ面に炎でも叩き込んでやればどんな顔をするのかと気になったが、面倒なのでやろうとはしない。ベルはそのまま地面に伏せて、女を無視する。
「もうすぐあの男もやってくるから、大人しく待ってな」
女は勝ち誇ったように、それだけを言い残して去っていく。
そこでようやく、ベルは辺りを見渡した。彼女が入っている牢屋の横に、三つの牢屋が並んでいる。周囲は土で囲まれ、窓のようなものはない。女が去っていった通路は、崩れないように木枠で補強され、両脇には足元を照らすために松明が焚かれている。地下か、坑道の中か、いずれにせよ人目にはつかないような場所であることが伺える。
どんな形にしろ、ユウがやってくることは分かっているので、その時を大人しく待とうと思ったが、ベルは興味を惹かれるものを見つけた。
ベルが入っている牢屋の隣、そこにベルと同じように首輪を付けられた黒髪の少女がいた。年歳は十四、五才くらいだろう。壁を背にして座り込み、四肢を投げ出している。投げ出された肢体は白く細く、まるで陶器のような脆さが醸しだされている。黒眼は虚空を眺めていて、ベルが来たことに全く気づいていない様子だった。
「アナタは、どうしてここにいるのかしら」
分かりきった問を少女に投げかけて、反応を伺う。少女は状態を少し起こして、ゆっくりと周りを見る。牢屋の近くには光源となるものが置かれていないので、少女からベルの姿を確認することはできない。
「捕まったからだよ。お姉さんは?」
「アナタと一緒よ。捕まった物同士、仲良くしましょ」
声だけ聞けば、ベルは妙齢の女性だと思われる。だからこそ、お互いの姿を見れる場所に出た時に、どんな反応が返ってくるのか楽しみであった。
「暇だから、少し話をしましょうよ。アナタはこうして捕まるまで、どうしていたのかしら」
少女は思い出すかのように目を閉じて、
「私は、お父さんとお母さんと一緒に、ここからずっと北の村で暮らしていました。けれど、村での暮らしがキツくなって、南の街に移り住もうとしてました」
少女の家族のように、南の街へと移住するものは少なくはなかった。北は、寒さに加えて物資不足にも悩まされている。だから暖かくて、少しでも豊かな南へと移っていくのだ。その結果、荒廃してしまう村もある。
「その途中で、捕まったのかしら?」
「はい……。ここで泊まっていたら、いきなり襲われて……。気がつけば、ここにいました」
少女は、俯きながら続ける。
「ここに来た時、大人たちの眼が怖くて……。すぐにでも出よう、って言ったのに聞いてもらえなくて……」
少女はまた、さっきと同じ眼で虚空を見る。それは幸せだった時間を眺めているような、諦めきった眼だった。
「私、もうすぐ売られるんです。馬車が戻ってきたらすぐに、どこかの貴族に買われるらしいです。そのお金で、豪遊するって、自慢気に大人たちが言ってました」
「そう」
「私達、何も悪いことしていないのに、なんででしょうね」
少女は疲れきった笑みを浮かべる。対してベルは、いつもと同じ調子で続ける。
「そんな暗い話よりも、もっと明るい話をしましょう」
ベルの提案に、少女はポカンとした顔をする。
「例えば、どんなのですか?」
「そうね、ここから出たら何をしたい、とかかしらね」
「ここから出られたら……」
少女は少し考えてから、
「お父さんとお母さんを探したいです。それから、また一緒に暮らしたいです」
「それは、とてもいいことね。きっと叶うわよ」
「……そうだと、いいですけどね」
乾いた笑みを浮かべる少女に、ベルは優しげな調子で話しかける。
「ワタシが保証するわ。アナタとワタシは絶対にここから出られて、アナタは親を見つけられるわよ」
ベルは自信満々に言い切り、少女は少し戸惑ったような顔をする。こんな状況に陥っているのに、どうして明るく振る舞えるか分からないからだ。そんな少女を気にせず、ベルは思い出したかのように言う。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。ワタシの名前は、ベル。アナタは、なんてお名前なのかしら?」
急な話の転換についていけず、少し間が空いてから、
「私は、スズって言います」
黒髪の少女――スズと、ベル、二人はいつ来るかわからない助けを、どこかとも知れぬ場所で、待ち続ける。
次回更新は三月二十七日(金)を予定。プロローグ差し替え作業終了。