第五話 『摺り合わせ』
空に雲は隙間なく蔓延り、月の光は一切降り注いでこない。窓から見える村の様子は静かで、一軒の家からしか光は漏れだしていない。もう寝静まってしまったのだろうか。
ユウは村の様子を観察しながら、最初に感じた違和感について考えていた。
「ベル、君はこの村に何か違和感がなかったかい?」
「さぁ? 村に、違和感はないわよ。そもそもワタシ、宿に着くまで寝ていたのだけれど」
そう言われればそうだったと納得して、ユウは違和感を探るように窓の向こうに目を向ける。目に見える景色は何一つ変わらず、だからこそ違和感の正体が気になって仕方がない。
とりあえず、この村に来た時のことを思い浮かべる。夕方頃に到着した謎の村。出迎えたのは自警団らしき髭面の男。
「……騎士がいない?」
ふと、思い当たった節を言ってみる。普通なら、村などの防衛に騎士が駆り出される。それは、どんなに小さな村も例外ではない。
「戦争中だから、じゃないのかしら。大きな街で三人しか配備されていないのだから、こんなところまで手を回さないと思うけれど」
それに、とベルは得意気な顔のまま、
「ピエールでも騎士なんてもの、見なかったじゃないの」
たしかに、と得心がいってユウは再び考えこむ。脳裏に蘇るのは、閑散とした村の様子。潰れた家畜小屋、荒れ果てた畑、人気のない民家。そして、宿屋にいた男たち。
「女性がやけに少ない、それに子供も……」
ユウがこの村に着いてから見た女性は一人、そして、子供は見かけていない。
「家に篭っているだけじゃないかしら?」
「それだったら、家に光がないとおかしい」
今日は一日中、空は雲に閉ざされていた。外に光源がないのだから、ロウソクでも点けなければ不便だろう。なのに、今もだが明かりが灯っているのは一軒だけ。これは不審だ。
「それに、食料はどうしているんだろう。畑は荒れているし、家畜がいる様子もない。狩りをしてるって線もあるけど、畑作をしていないのはやっぱりおかしい」
この大陸で一番よく栽培されている麦は、二毛作されている。暖の刻、寒の刻、中頃に収穫され、畑に種を撒き、また収穫、このサイクルを繰り返している。だから、今の時期に畑が荒れているということはないはずだ。
「お酒の類もあって、食料が不足している様子もない」
ユウは村人たちの様子を思い浮かべるが、皆一様に健康体であった。食料は十分に行き渡っているのだろう。栽培がされていないのにもかかわらず、だ。
「それで、結論は?」
ベルは退屈そうな目を向け、言葉を急かす。ユウは顎に手をやりながら、口を開く。
「ちぐはぐなんだ、この村は。あるものがなくて、ないものがある」
「結局は、おかしいってことね」
ベルが欠伸を噛み殺しながら言う。ユウはそれに同意して、大きく頷いた。
「おかしいってことが分かったけれど、これからどうするの? あなた達の村はおかしい! とでも言いに行くの?」
「いや、そんなことはしないけど……」
厄介事に巻き込まれそうだし、と言ってユウはベッドに体を投げ出す。
「ただ、暇だったし、気になってたからね。喉の奥の小骨がとれて、スッキリしたよ」
「へぇ、そう」
ベルは興味なさげに言い、窓の前に移動する。窓枠に飛び乗ると、前足で窓を開ける。埃っぽい部屋に、夜風が吹き込んでくる。
「ユウ、アナタは大きな見落としをしているわ」
ユウは疑問符を浮かべながら、外を眺めているベルを見やる。
「何をだい?」
「ユウ、この村の名前は、なに?」
「それは……聞いてないね。それがどうかしたの?」
「ピエールの街なら、入り口に名前が書いてあった。それじゃあ、この村は? どこにも書いてないわよね」
「……そうだね」
「だったら、この村って、何なのかしらね。そもそも、村なのかしら? 彼らの、ワタシ達を見る目はどうだったかしら?」
クスクスと笑いながら、ベルは振り返る。思案顔のユウが目に映る。
「とても、興味が惹かれないかしら?」
「ッ!! 待って!」
ユウの静止する声よりも早く、ベルは夜闇に消えていった。
興味が惹かれれば、すぐに知ろうとする。彼女の悪癖だ。それを知っていながら、疑問を投げ掛けてしまったことを、ユウは後悔していた。彼女がこうなると、深くまで突っ込み、そして、それに巻き込まれるのが常だからだ。
「待つしかないか……」
この夜闇を歩きまわるのは危険だと判断して、ユウはベッドに腰掛ける。死ぬことはないと分かってはいるのだが、心配だった。
そんな心境の彼だけが残された部屋に、ノックの音が転がってきた。
ユウは扉に手をかけ――。
次回更新は、三月十七日(火)を予定しています。