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三人は今日も廻る  作者: さなぎ
第一章 『鈴と鐘』
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第二話 『お茶目老人』

 ユウたちが到着した炭鉱の町、ピエールは、かつて製鉄と採掘で栄えていた。が、栄華を支えていた鉱脈はもうすでに尽き、今はその名残があるだけだ。


 今では昼夜を問わずに鉄の叩く音、親方の叱咤が飛び交っていたが、今ではもうすっかり静かだ。黒煙を吐いていた煙突が、寂しく空へと伸びている。ピエールはゆっくりとだが、衰退の一途を辿っている。


 そんな街でも、酒場は賑やかであった。その声は、店の前で佇んでいるユウたちにも聞こえてくる。


「『鉱夫の休憩所』……か」


「なんだか、暑苦しそうな名前ね」


「嫌ならついて来なくても良いんだよ?」


「ユウだけじゃ不安だからね」


 ピエール唯一の酒場、『鉱夫の休憩所』は豪傑な男たちで賑わっていた。鉱石が尽きた山から早々に見切りをつけ、鉱夫達はそれぞれ別の仕事を始めていた。それでも、こうして元鉱夫同士、夜な夜な酒場に集まって酒宴を開いている。


「それはありがたいけど、喋るのはやめなよ」


 酒場の扉に手をかけて、ユウは無駄だと知りつつも注意を促す。いつも大勢の前に出るときは、こうして言うのだが、気まぐれであるベルは聞き入れようとはしない。


 ベルは、精霊である。シャーフィと呼ばれる、猫の姿をしている精霊だ。普通は孤島などで独自の文明を築いて、外に出ていくこともせず、閉鎖した暮らしを送っている。だから、島の外で生きている彼女は、種族の中でも変わり種である。


「えぇ、善処するわ」


「苦労するのはいつもこっちなんだから、本当に気を付けなよ……」


 ベルの種族は外に出ることはない。それゆえに、希少性が高く、蒐集家に狙われる。


 これまでにも何度か、誰かと話しているとことを見られ、連れ去られるなんてことはあった。その度にユウは奔走し、奪還している。その都度、彼は釘を刺すのだが、ベルは懲りることなく隠そうとしない。


 そもそも気まぐれな精霊に言うことをきかせるなんて無理だ。ユウはそう割り切ってはいるが、気苦労が絶えない。


「寒いから早く入りましょうよ」


 夕闇の空は、重たい雲で閉ざされている。今にも雪が降り出しそうだ。


「……それもそうだね」


 ユウは、勢いよく扉を開ける。開けたと同時に、中から男達のバカ笑いと熱気が伝わってくる。男達は、黒猫を引き連れた珍しい客人に視線を向けた。その視線を一身に受けながら、ユウはカウンターへと足早に向かう。


「いらっしゃいませ。何かお飲みになりますか?」


 落ち着いた様子の老人は、ビールを注ぎながらユウへ注文を取る。


「ここら辺の事情に明るい人はいませんか?」


「そのような飲み物は取り扱っておりませんが」


「取り扱ってる方がビックリですよ……」


「お茶目ですよ。老骨の悪戯くらい見逃してくだされ」


 老人は片目を瞑ったまま、片手で二つずつジョッキを持って、赤い顔をした男達の机の上へと置く。再び戻ってくると、ユウの前にジョッキを置く。ビールが並々注がれている。


「一番ここ一帯に精通しているのは、私でしょうな」


 ジョッキを洗いながら、老人は自信満々の顔で言う。


「して、何を聞きたいので?」


「北部のある街への行き方と現状ですけど」


「ものすごく寒いですねぇ」


「いや、知ってますけど……」


「あと、雪がすごいです」


「道中で分かってますけど……」


「街には、道を辿れば着くんじゃないですか」


「それはそうでしょう」


「以上です」


「以上!?」


 老人は得意げな顔で言い、ユウは面食らってしまう。ユウの脳裏には、自分の師匠の顔が浮かんできた。人で遊ぼうとするところが、とても良く似ている。それでこちらの反応を見て笑うのだ、本当にタチが悪い。


「出すものを出せば、こちらも相応なものを出しますよ?」


 黙々と作業を続ける老人の前に、ディグオ銀貨を一枚差し出す。老人はそれを受け取り、懐に収める。


「銅貨でも十分ですのに、銀貨とは太っ腹ですね。将来は大物になりますぞ」


 ニンマリとした顔で言う老人に、ユウは反応する気も失せていた。ベルは珍しく言いつけを守っているのか、それともただ単にこの状況を楽しんでいるのか――きっと後者だ――口を挟んでくることはない。ユウの隣の席で丸くなり、時折ピクピクと耳を動かしている。


「そんなことより、早く教えてくませんか」


「いいですよ、もちろん。まずは現状からでしょうか」


 老人は作業する手を止め、カウンターの向こう側で腰を下ろす。真剣そうな雰囲気に、ユウも背筋が伸びる。


「その前に、あなたは北部に関してどれほど把握しているのですか?」


「南部からの物資援助がほとんど途絶えていること、それに伴う物価の上昇。この二つくらいですね」


「その二つを知っているのなら、話すことはあまりないですね。強いて付け足すのなら、北部の治安の悪さでしょうか」


「治安……?」


 老人は神妙に頷きながら、


「現在、北部に置かれている騎士は、一つの街につき三人ほど。当然、人数不足です。特に大きな街となると、それは深刻でして、盗みや拉致、殺人が横行しているようです」


 国の文官も頭を悩ませているのだが、戦争中ということもあり、そちらに人員を割けずにいる。


「それは、大変ですね」


「全くもってそうです。国は何を考えているのやら、市井の我々には皆目検討がつきませぬ」


 これが、帝国国民の総意である。王は目先の欲に眩んでいる、王は民の心がわからない、王は戦争狂だ。そのような声が、どこからも噴出している。それでも、見て見ぬふりをして、王は戦争を続けている。それは勝敗が決するまで続くのだろう。


「要するに、身の回りには気をつけろ、ということですな。何やら目的があって辺鄙なところまでやってきたようですが、簡単に死なないようにしてくださいな」


「はは、なんとか頑張ります」


「街道でも盗賊に襲われた、なんてことも耳にしますし、気を抜かないようにしてくだされ」


 その言葉に、ユウはため息混じりの返事をする。彼が考えていたよりも、状況はひどかった。生来、楽観的な彼は、いくらなんでも治安の維持ぐらいは国がやっているだろうと思っていたが、見事に裏切られた。


「それで、お次は道に関してですな。なにか悩んでいるようですが、大丈夫ですかな」


「ええ、まぁ、慣れてますし」


「それで、どこまでの行き方で?」


「港町ポール、までのですね。大体の位置しか分からないので」


「それはそれは、なかなかに治安が悪いところに」


 その言葉に、ユウは疲れた笑みを浮かべて、そのままは続きを促す。


「モンターニュ山を、西回りに迂回するのが一番の近道でしょうね。ここからだと、途中の村で休憩を挟んで、二日半ほどで着くでしょうな」


「そんなに、かからないんですね」


「雪が降ればどうなるかは分かりませんが、おおよそはこれくらいですな」


 老人は席を立ち、また作業に戻る。これ以上、言うことはないようだ。ユウはビールを一気に流し込み、席を立つ。


「ありがとうございます。役立たせてもらいます」


「いいんですよ、貰うものは貰いましたからな」


 朗らかに笑う老人への礼を済ませて、ユウは出ていく。


 これからの算段は、おおよそ付いた。あとは無事到着するだけだ。そう意気込んで、彼らは今日の宿へと戻る。


 夜空は未だ、重厚な雲に閉ざされたままだった。

次回更新は、三月四日(水)を予定しています。

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