落語小説「怖い比べ」
終いには、他人の話をぱくってさも自分の話のように言い出すから始末が悪い。
まぁ、でもこんなことをするのは何も今の人だけに限ったことじゃないようで。
昔あるところに意地っ張りな二人が同じ長屋にすんでいたそうな。
意地は張り合うが、不思議と馬も合う。ということでよく集まって酒を飲んでいたそうです。
その日もいつものように長屋仲間と酒盛りをしていると、意地っ張りの一人、ハチベエがこんなことを言い出しました。
(ハチベエ 以下ハ)おい、又吉、そんなどこの娘が可愛いだとか、つまんない話をしてないで、男なら怪談しないかい。
(又吉 以下又)怪談だって?くだらないねぇ。そんなくだらない話、したくもされたくもねぇな。
(ハ)……お前さん、怖いのかい?
(又)怖かねぇ。怖かあねぇけどよ。
(ハ)なら、しようじゃないかい。ま、お前さんの肝っ玉が鼻くそみてぇなもんだってんなら、やめてやってもいいけどよ。
(又)なんだと?よし、やってやろうじゃないか。
(ハ)そうかいそうかい。それじゃあ行くぞ。
これはつい先日の話なんだがよ、その日は昼寝をしすぎたせいか、夜、全然寝付けなかったわけよ。
寝付けない、する事ないってんで、しょうがないから家を出てふらふら道を歩いてたんだ。
すると、いつも歩いているはずの道が、どうにも気味が悪い。
それでも気にせず歩いていると、橋の上に若い女がうずくまっていたんだ。
ほうっておけねぇから、「もし」と声をかけた。
そしたらその女がこっちを振り返ったんだが、驚いたねぇ。
顔がなかったんだよ。
俺はもう肝を冷やして、そのまま走って長屋へ戻って布団にこもっちまったね。
(長屋連中 以下長)それは怖ぇな。
(長)怖ぇ怖ぇ。
(又)お前ら何を言ってんだ。
今の話が怖いってんなら、今すぐ自分の部屋へ帰んな。
俺の話を聞いたら腰が抜けちまうよ。
(ハ)へぇ、又吉。それなら言ってみなさいな、怖い話を。
(又)おう、聞いて腰を抜かしやがれ。
これはつい先日ってどころの話じゃねぇ。一昨日の話だ。その日は、夜まで寝ていたから、夜全く眠れねぇ。
寝付けない、する事ないってんだから、家を出て道を歩いてたんだ。
すると、毎日通っている道が、おかしい。
まぁ気にしないで歩いていると、橋の上に子供女が倒れていたんだ。
ほうっておけねぇから「おい、大丈夫かい」って声をかけた。
そうしたらその女、起き上がってこっちを見たんだが、たまげたねぇ。
顔がないどころの話じゃない。首さえもなかったんだよ。
俺は肝が口から飛び出そうになりながら、走って長屋へ戻って、押入れにこもっちまったね。
(長)おう、さっきより怖ぇじゃねぇか。
(長)そうださっきより怖ぇ。
(ハ)お、お前ら何を言ってやがる。
さっきの話が怖いってんなら、今すぐ鼓膜をつぶして布団をかぶりな。
俺の話を聞いたら、心臓が止まっちまうよ。
(又)へぇ、それなら言ってみろってんだ。
(ハ)聞いて、顎を外しやがれ。
これは昨日の話だ。一昨日なんて比じゃねぇ。その日は、起きたらすでに夜中で、全く眠れない。
寝付けない、する事ないってんだから、家を出て道を歩いてたんだ。
すると、いつも働いている場所なんだが、その場所が、おかしい。
気にしないで歩いていると、橋の上に赤ん坊の女が埋まっていたんだ。
ほうっておけねぇから「おい、おい!お前さん、大丈夫かい」って声をかけた。
そうしたら、地面から出てきて、こっちを見たんだが、たまげたねぇ。
首がないなんて、ちんけなもんだ。胴体がある。今度のは首しかなかったんだよ。
俺は心臓が止まりそうになりながら、走って長屋へ戻って、自分の部屋に鍵をかけて、押入れの中で布団をかぶっちまったね。
(長)さっきの又吉のより怖ぇな。
(長)おう、怖ぇ怖ぇ。
(又)お、お、お、お前ら!な、何を言ってやがんでぇ!
さっきの話が怖いってんなら、今すぐ十字架を自分の心臓にぶっ刺しな!
俺の話を聞いたら、お前らはもちろんのこと、家族、親戚、ともども末代に至るまで呪われちまうよ!
(ハ)そんな、話、お前さんが持ってるのかねぇ。
(又)聞いて、地獄に落ちやがれ。
これは昨日の話ってもんじゃねぇ。今日の話だ。ついさっきだ。その日は起きたらすでに夜中通り越して、朝になっていて、全く眠れない、
寝付けない、する事ないってんだから、家を出て道を歩いてたんだ、
すると、いつも住んでいる場所なんだが、その場所がおかしい。
気にしないで歩いていると、橋の上に生まれる前の女が地中深くに埋められてやがんだ。
ほうっておけねぇから「おい、おい!おい!お前さぁん!!大丈夫かあい!!」って声をかけた。
そうしたら、地中深くから出てきて、こっちを見たんだが、たまげたねぇ。
首しかないなんてちゃんちゃらおかしい。首があるじゃねぇか。今度のは違う。何もねぇ。顔、首、胴体はもちろんのこと、気配すら感じられねぇ。
俺は心臓は止まり、肝は口から出て、全身が金縛りにあったけども、走って長屋へ戻って、自分の部屋の金庫の中に閉じこもっちまったね。
(長)それは、怖ぇな。
(長)ハチベエのなんか、比べ物にならねぇ。
(又)どうだいどうだい、ハチベエ。お前さん、びびっちまっただろう?
(ハ)あっはっはっは、くだらないねぇ。
(又)何がくだらねぇんだ。
(ハ)だって、お前さん
何もねぇんなら、何も見えねぇじゃねぁか
おあとがよろしいようで