ハートを撃ち抜いて
「恋と戦争においては、あらゆる戦術が許される」
フレッチャー
私は寂れたミリタリーショップの経営者である。経営が順風満帆とは行かないこの店で生活していくために、ある仕事を副業としている。
依頼者から指定されたターゲットを狙撃する、少し法律に反するような仕事だ。大抵依頼者は女で、ターゲットは男。今回の依頼もいつもと変わらない。
カウンターの下には、副業用の道具が置いてある。
組み立て式で発砲音の少ないスナイパーライフルと、強力な惚れ薬の入った弾丸の二つだ。
巷では「現代のキューピッド」だか「恋を叶えるスナイパー」などと呼ばれてはいるが、悩める乙女から数千円を搾取し、なんの罪もない青年に惚れ薬を撃つ姿は天使とは程遠い。
こんな仕事をする自分にも問題はあるが、依頼するほうにも問題はある。
最近はそう思うようにしている。
平日の昼間、誰一人として客の来ない店のカウンターで、私は暇を持て余していた。
一応この店の仕事をする気はあるが、客が来ていないなら元も子もない。
商品であるエアガンを改造して暇を潰していると、突然乱暴な音を立ててドアが開き、見るからにミリタリーに興味のなさそうな女子生徒が入ってきた。
私を見るなりカウンターに駆け寄ると、彼女は私を睨みながら訊ねた。
「あなたが『惚れさせ屋』ですか?」
「人に尋ねるときは自分から名乗るものじゃない?」
「…………一週間前に仕事の依頼をした沙織です」
彼女の名前と依頼の時期から、おおまかな依頼の内容を思い出した。
いつもとたいして変わらぬ依頼で、目立ったミスもなく終わったはずだ。
「先週の君か。依頼も達成はしたし、なんの用だ」
私がそう言うと、沙織は激昂し始めた。
「達成はした……?だったらなんで隼人はアタシに惚れてないんですか!?ちゃんとお金も払って依頼したのに!依頼料返してください!!」
「……まぁ、落ち着いてくれ。状況を整理しようじゃないか。話はそれからだ」
沙織は不満げな顔をしながらも、今回の依頼とその後の状況を説明し始めた。
今回の依頼のターゲットである隼人は彼女の幼馴染らしく、いくらアプローチをしても気づいてくれないところに「惚れさせ屋」の噂を聞いた。さっそく依頼をし、依頼達成の連絡が来たが、いつものように隼人は振り向かない。不審に思った彼女は、私のもとにわざわざ出向き、こうして文句をつけている。
彼女の説明を聞き、私は疑問を感じた。
弾丸で打ち抜いても薬が効かないことはある。ターゲットに少なからず依頼者への恋愛感情がないと効かないようになっている。
しかし、今回の事例はターゲットが幼馴染なので、一切恋愛感情がないということは、そうそうないはずだ。
これはターゲットに問題があるのかもしれない。
そんな憶測が私には浮かんだ。
「なるほど……これはもしかしたら彼のほうに問題があるのかもしれないな……」
「え?隼人にですか?そりゃあ、毎日アプローチかけてるのに気づかない時点で、問題はありますけど……」
「どんなアプローチをかけている?」
「お昼のお弁当作ってあげたり……それとなく好きって言ったり……色々やってます」
確かにそれくらいされたら、普通は惚れてもおかしくないはずだ。
いつもの二人の動向を探る必要がありそうだ。
「分かった。少し君達について調査を行いたいのだが、協力してくれるか?」
そして数日後、私はミリタリーショップの近くにある自宅で、バッジに仕込んだ盗聴器を外していた。
私が彼女に提案した方法は、至ってシンプルなもの。
彼女の同意の下で、盗聴させてもらうのだ。
いつも学校で使ってるというカバンに、盗聴器付きのバッジをつけて、数日間会話を保存してもらい、終わったら渡してもらうよう指示した。
こうすれば出来るだけ自然な会話を聞き出せるだろう。
一応彼女のプライバシーに配慮し、機能を停止出来る盗聴器を使っている。
盗聴器を外し終わったので、さっそく私は保存された会話を再生し始めた。
『ちょっと隼人!遅いじゃない!学校、遅刻するわよ!』
『お前っていつもここで待ってるよな。オレより早く起きてるって、おばさんから聞いたぞ』
『な!?幼馴染だから一緒に行ってあげてるだけじゃない。勘違いしないでよね!』
『あ、ヤバイ。弁当忘れた』
『隼人!お弁当あるけど』
『別に購買のパンでもいいんだけどな。あれ?お前の弁当もあるじゃん。わざわざオレの分の弁当も作っててくれたのか?』
『そ、そんな訳ないでしょ。たまたま作り過ぎちゃっただけよ』
『そうか。ならいいんだけど』
『その……一緒に昼食食べてもいいかしら』
『ん?なんか言ったか?』
『なんでもない!!』
………………私は絶句した。
現実にこんな連中が存在することに、ある意味感動すら覚えた。
難聴鈍感男に、ツンデレ幼馴染。どこのライトノベルだろうか。
色々言いたいことがあるので、私は彼女に連絡し、近日中に会う約束をとりつけた。
数日後、沙織は私の店に来た。
「それで、どうでしたか?」
「……色々と言いたいことはあるけど、両方悪いな」
そう言うと、彼女は聞き返した。
「私も?なにか悪いところありました?」
「ある。あるというか、ほとんど悪い。わざとやってるんじゃないんだよな」
「わざと?なんのことですか?」
「自覚なしか……」
わざとツンデレをやる子も、私が受けてきた仕事の依頼人にはいた。しかし、どうやら彼女のツンデレは素の ようだ。
「それとなくアプローチをかけていると言っていたが、このアプローチで気づく訳ないな。自分で好意を否定するアプローチがどこにあるんだ」
「それはその…………なんだか気恥ずかしくて……」
「もっと素直になれば、彼だって気づ……それでも気づかない可能性があるな」
そもそも異性に興味がないんじゃなかろうか。
そう思わせる彼の言動を思い出す。
「彼はなにか聴覚に問題があったり、言葉の意味を読み取れない病気ではないよな?」
「そんなことはないと思います。体の丈夫さだけが取り柄らしいので」
「いや、むしろ頭のほうを気にしてるんだが……」
生粋の難聴鈍感男とテンプレ的ツンデレ女。この二人を付き合わせるには、並の手段じゃ到底不可能なように思えた。
「君達はデートとかには行ったことはあるか?」
「休日に二人で出かけたりするときもありますけど、アイツは一切意識してませんね」
もはや私には彼が修行僧としか思えない。
「一応二人で出かけることはあるのか…………なるほど。じゃあ、こうしよう。君達二人が出かけてるときを狙って私は彼を撃つ。こうすれば、なんとかなるかもしれない」
私の使っている惚れ薬は、元々好意がないと効果が出ない。好意を増大させるような薬だ。
すなわち、最悪でも弾丸が当たった瞬間までに好意を持っていれば、薬の効果は発揮する。
二人でいるときに一切好意がないとは思えない。そのときを狙えば、もしかしたら成功するかもしれない。
「確実に成功するかは分からないが、これくらいしか出来そうにない。それでもいいか?」
「少しの可能性でもあるなら…………」
彼女は私の提案をすんなりと受け入れた。
「デートの場所とかは、君のほうで決めていい。さすがに狙撃の問題になりそうなところは困るが」
「分かりました。詳しく決まったら連絡します」
こうして、今回の集会はお開きとなった。
私はある遊園地の、近くの使われなくなったビルに来ていた。
前日に観覧車を狙える場所を探し、最も狙いやすいであろう場所だ
デートは遊園地でやることに決まり、観覧車に乗っているときに、薬を打ち込むことになった。
観覧車に乗るのは、デートの終盤。それまでは、彼女と連絡を取り合い、デートのアドバイスを行う予定だ。
観覧車で隼人に薬を撃つまでに、いかにそれまでのデートで、彼女に好意を向けさせるか。これも重要なポイントになる。
さっそく彼女への連絡を試みた。
「もしもし、沙織聞こえるか?」
『はい。聞こえます…………独り言っぽく見えますよね これ……』
通信機の調子はすこぶる良いようだ。
彼女には、片耳にはイヤホンをつけてもらい、第1ボタンはマイクのついたものに変えてもらっている。
確かに私と話すときは、端から見れば独り言に見えるかもしれない。
「近づかれなければ聞こえないぐらいの声量なら、マイクは拾ってくれるから、そこまで気にしないでいい」
『なるほど。ホントにぼそぼそ言う感じでいいんですね』
「さてと、集合時間はそろそろだよな」
『はい。あと数分ってところです』
「彼が来たら緊張すると思うが、堂々とふるまったほうがいい。デート中なにが起こるかは分からないが、連絡 を入れてくれればアドバイスくらいは出来る。自信を持って、デートを進めるように」
『分かりました…………頑張ります!』
「君の幸運を祈る」
こうして彼女のデートは始まった。
事前にデートプランは聞いており、プランの内容としては悪くはない。
イヤホンから聞こえる二人のデートは、とても和やかで順当に進んでいた。
…………彼女のツンデレを除いては。
おそらく意識してデートしているため、こうなってしまうのは分かるが、このままでは隼人の彼女への好意が、 まともにないまま終わってしまう。
緊急会議を行うことにした。
「沙織……少し話がしたい。彼から一旦離れられるか?」
『今ですか?』
「今話しておかないと、計画が失敗するかもしれない」
『分かりました。少し待っててください……』
イヤホンから彼に、お手洗いの申し出をする沙織の声が聞こえる。
数分後、トイレについたであろう沙織が、話しかけてきた。
『ここなら問題ないです。話ってなんですか?』
「ところどころで君のツンデレ癖が出ているからな。一応忠告だ」
『…………今日は抑えようと思ってたんですけど、治ってませんか……』
「とても抑えてるようには見えない。平常運行だ。今回の計画は、薬を打ち込めれば成功するわけではない。君がいかに少しでも彼に、好意を抱かせるかに懸かっているんだ」
『はい…………その、素直になるにはどうしたらいいんでしょうか』
「そうだな……君の場合は、余計なことは考えないほうがいいかもしれない。自分の気持ちに偽りなく行動すればいい」
『自分の気持ちに偽りなく……』
「まだ狙撃の時間まで時間はあるさ。健闘を祈る」
緊急会議が功を奏したのか、ツンデレ癖は直りつつある。しかし、とてもじゃないが計画は順調には進まなかった。
いまだ残る彼女のツンデレも原因だが、彼のほうが問題があるように思えた。
彼女が素直にデレても、聞いていなかっただとか、勘違いだとかでまともに伝わらない。
本当に、耳か脳に異常があるようにしか思えない。こんな奴に惚れた彼女が、どうにも不憫だと感じてしまう。
隼人の好意がまともに彼女に向いているとは思えないが、予定ではデートの終盤である、観覧車に乗る時間が 刻々と近づいてきていた。
私はビルの屋上に登り、いつも使うスナイパーライフルを組みたて、観覧車のある方向に銃を構えた。銃のスコープを覗き、彼女たちの乗っているゴンドラの確認を行う。
彼女には、ゴンドラの窓を開けておくことと、向かい合って座るように連絡してある。
薬を撃ち込むタイミングは、乗っているゴンドラが頂点に登ったときだ。息を整えつつ、そのときが来るのを待っていた。
ゴンドラが頂点まで4分の1というところで、イヤホンから彼女の不安そうな声が聞こえてきた。
『……成功する見込みはありますか?』
「はっきり言って低い。だが、君はやれるだけのことはやった。あとは賭けるしかないさ」
『……そうですか』
「失敗したときはそのときだ。君はまだ若い。いくらでも新しい恋なんて見つかるものだ」
『……………………』
「あとは私に任せてほしい。効果が出るかは分からないけど、必ず薬は彼に当ててみせる」
そう言うと彼女の声は聞こえなくなった。
会話の最中にも、ゴンドラは登っていき、観覧車の頂点にさしかかっていた。
引き金に指をかけ、彼の頭に狙いを定めた。
そのときだった。
『隼人……ちょっと動かないで』
スコープの中の沙織は立ち上がって言った。
『なんだよ。さっきもなんか言ってたし』
『いいから。あと目瞑って』
『いきなりどうしたんだよ……ほら、瞑ったぞ』
隼人が目を瞑ると、沙織はゆっくりと彼の座る席に歩み寄り、彼の唇に顔を近づけると。
『ん…………』
沙織はキスをした。
突然スコープに映し出せれ光景に、私は驚きを隠せなかった。
彼も同じように驚いているらしい。
『今のって……キス……?』
『……隼人はホンット鈍感よね。たまに信じられないような勘違いもするし、アタシの気持ちにも気づかないし ……でも、そんな隼人がアタシは好き。いつから好きになったとかは覚えてないけど、幼馴染としてでも友達としてでもなく、隼人のことが好き』
畳み掛けるように、沙織は思いを伝えた。
彼女の思いを聞いて隼人は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
私はスコープを覗くのをやめると、銃を仕舞い始めた。
彼女の告白の結果は、だいたい予想がついた。
私にはもうやることなどない。
せめて私に出来ることと言えば、
「お幸せに。二人とも」
彼女たちの恋が、長く続くことを祈ることだけだろう。
「それでですねー。これからデートに行くんですよ。珍しくあっちから誘ってきてー……」
あのあと隼人は告白を受理し、晴れて付き合うことになった。
付き合い始めて3週間ほど、沙織は私の店に来て惚気話をしてくるようになった。
「そういえば、告白のときなにがあったんだ。突然キスしはじめて驚いたぞ」
「あのときも……『惚れさせ屋』さんのおかげですよ。『自分の気持ちに偽りなく行動すればいい』って言葉通りにしたら、自然に体が動いてて……」
恋と戦争においては、あらゆる戦術が許されると言ったのはどこの誰だったか。結局のところ、小細工しないほうがいいらしい。
「それじゃあ、そろそろ待ち合わせの時間なんで行きますね」
「そうか、気をつけてな」
沙織は楽しげに店から出て行った。
残された私は店の銃をいじりながら、恋に悩める新たな依頼人を待つことにした。