採取に行こう ~三日目 僕とお風呂とKの悲劇?~
「おれ、無事に村へ帰れたら、ネリーに結婚を申し込もうと思う・・・」
「おっ、ようやく覚悟を決めたのか? あいつ泣いて喜ぶぜぇ」
「そうかな?、正直まだ怖いんだけどね」
若い冒険者が、人生を決める一大決心を口にすると、仲間の冒険者は苦笑いをしながらも、心の底から祝福する。
彼等のいる場所はうっそうと茂る森のさらに奥、日の光もまばらにしか差し込まないそんな場所だった。彼等の目的は、この湿り気のある薄暗い場所にしかない。
村で受けた依頼を果たすべく、彼等は全ての仲間と共にこの地に足を踏み入れた。
だがその間にも仲間が一人、また一人と倒れていった。
彼等は憔悴していた、精神的にもかなりの疲労を抱えている。
だが受けた依頼を果たさねばならないのが冒険者である。
村のため、依頼をしてきた商人の信頼に応えるため、村に残してきた皆のためにもこの依頼は果たさねば為らない。
たとえどれだけの犠牲を出そうとも。
彼等はもう覚悟していた。
自分たちがこの森から、無事に帰る事は無いことを。
「・・・大丈夫さ、あいつはお前に気が在るからな・・・」
「けどいいのか?、俺なんかで・・・・」
「ばぁ~かっ! お前だから安心なんだろ! もっと自信を持てよっ、親友!」
「すまない・・・・必ず幸せにするよ・・・絶対にだ」
「ああ、だからこんな場所でなんか、死ぬんじゃねぇぞ!」
「ああ、必ず生きて帰ろ・・・・・!?」
彼は最後まで話す事は出来なかった。
突如、流れてきた紫色の霧が、辺りを包み込み始めたのだ。
「くそっ!! アイツ等へましやがったなあぁっ!!」
「走れえっ!! ここも危険だっ、この霧からなるべく早く!!」
彼等の周りにいた冒険者たちは、急いでこの霧から逃れようと走り出す。
「全力ではしれぇ!! 何としてもこの場から離れるんだァッ!!」
「いやぁっ!! わたし、死にたくなぁいっ!!」
「泣き事言うなぁ!! あたしだって死にたくないわよ!!」
最早混乱状態であった。
どこへ逃げたらいいのかもわからず、ただ闇雲に走り出す。
紫の霧は濃度を増して行き、次第にあたりの景色を覆い尽くしてゆく。
最早何も見えない、彼等の背後は怖ろしく濃度の濃い霧に覆われ尽くしていった。
「・・・・ウグッ・・・・・・ウゴォォ・・・・・ヲウワオエェエエエェェェェ・・・!!」
「ひいっ!?」
「立ち止まるなぁ!! 走り続けろおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
霧に飲まれた冒険者は、突如もだえ苦しみ、咽喉を掻きむしり始める。
中には嘔吐や、顔が倍以上に腫れ上がる者達もいる。
「ちくしょおおおおおおっ!! 風向きが変わりやがった!!」
「こっちだ早くしろ!! まだ何とか逃げ切れる!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! あんな死に方は嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「川が在るぞ!! そこまでいけば何とかなる!!」
前方には確かに緩やかな流れの川が在る。
彼等は全力で走り続けるも、風で流れてくる紫の霧の方が早い。
―――――あと少し、も少しは知れば助かる。
彼等は生き残る為に全てを費やす。
川に到達した者は、真っ先に飛び込んでいった。
「くそっ!! 間に合わねぇ!!」
あと数歩その距離がやけに遠く感じる。
「!?」
その時誰かに背中を押された。
川に落下する最中、身をひるがえして見たものは、紫の霧に包まれてゆく親友の姿だった。
彼は笑っていた。
笑顔を向けたまま、霧に包まれてゆく。
「ばっ!! ばっかやろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
彼の悲痛の叫びが、霧に包まれてゆく森に響いていった。
時は少し前に戻る。
早朝のロカス村の片隅、適当に建てられた作業小屋の前に、武装をした男たちが集まっている。
彼等はこの村の住人からなる冒険者であり、この村の収入の三割を稼ぎ出す精鋭たちである。
彼等は魔獣を狩り、採取をし、鉱物を採掘し、遺跡に潜りお宝を得る。
常に危険と隣り合わせの仕事であり、命を落とす覚悟を決めた精鋭たちであった。
もっともその何割かは、二日酔いで顔色が悪いのだが・・・・
「おう、お前ら集まったな、昨日飲みまくる前に言っていたが、イモンジャ商会からの頼まれ事だ」
「おい、ボイル! 時間が惜しいから前置きは良い、要件を言え!」
「何かを採取するって聞いたぞ!」
「うっ、ぷ…気持ち悪い・・・飲み過ぎた・・・・」
「まぁ、待て! 今、現物を出すから待ってろ・・・・・」
そう言いながら袋を漁り、ボイルが手にした物は歪な円形の焦げ茶色の物体であった。
「こいつが依頼された『マジェクサダケ』を乾燥させたもんだ、高級食材らしくてな、こいつを少なくとも五十個仕入れてほしいと来た。
問題は乾燥させたために模様が消えて、どんな茸ナンダか分からねぇ」
「『マジェクサダケ』ですか? スープに使用すると風味が良くなるんですよね、実物を観た事はありませんが」
「アレは美味しかったわね、もう一度食べてみたいわ」
「依頼を受けた事が無いからな、俺も見たこたねぇ。セラはあんのか・・・・・セラ?」
話を振ったレイルだが、セラの様子がおかしことに怪訝な表情をみせる。
「『マジェクサダケ』・・・寄りにもよって・・・・なんてモノを・・・」
「実物を知っているのか!? いったいどんなモンなんだ!?」
「・・・・その前に聞きますが・・・・この中に『オールガード(防毒防塵防臭)マスク』を持っている人はいますか?」
「・・・何でそんなもん・・・・まさか、それを使わないと手に入れる事が出来ないのか!?」
セラは青い顔をして、静かにうなずく。
「『マジェクサダケ』は別名『死の茸』、どぎつい紫の傘に白い斑点が特徴の『如何にも毒が有りますよ』、みたいな茸なんですが、実際には毒は有りません」
「何が問題なのよ、簡単な仕事じゃない!」
「問題なのは匂いなんですよ、この茸は採取しようとすると大量の胞子を散布します。この胞子が途轍もなく臭い! 心臓の弱い方はお勧めしません、マジ死にます!!」
「死ぬほど臭いって、どんなもんだよ・・・・?」
「ほんの数分でその匂いは消えますが、その数分が地獄です。刺激によって目が腫れ上がり、頭痛と倦怠感に見舞われ、悪臭と吐き気によりのたうち回り、咽喉を掻きむしり・・・・・」
「・・・・・・それのどこが毒じゃねぇんだ!?」
「途轍もなく臭いだけで、命に影響が無いんですよ? 刺激臭ですけれど、数分経てば悪臭が良い香りになりますし・・・・」
『『『『『『・・・・・・・その数分が地獄って言わなかったか!?・・・・・・・』』』』』』
村人冒険者全員が絶句する。
この村始まって以来の最大の難関であった。
たかがキノコと思ってみれば、それが命の危険を含んだ最悪のミッションである。
全員がボイルを睨みつける。
「ふっざけんなぁっ!? とんでもない依頼を持ってきやがって!」
「最悪じゃねぇか!! マスクなんて持ってねぇぞ!!」
「俺は持っているが、数が足りないぞ? どうすんだ?」
「分担するしかないんじゃないか? マスクを持ってるやつが採取して、残りが護衛に着く」
『『『『『『『それだぁ!!』』』』』』』
村の冒険者達は、直ぐに作戦方針を決め、準備にかかる。
だが、セラだけは浮かない顔をして考え込んでいた。
「どうしたのよセラちゃん、なんだか浮かない顔だねぇ? まだ何かあるのかい?」
「ええ、まぁ、『マジェクサダケ』はともかく、それを主食にする魔獣がいまして・・・」
「けどあの人数なら、対応できるんじゃないのかい?」
「違います、問題はその魔獣を主食にする魔獣が居るんです。これが厄介な奴でして」
「あんた、何でそれを早く言わないのよ! みんな準備を始めているじゃない!!」
「厄介と言いましても、ただめちゃくちゃ固いだけなんですけどね。対応できない訳じゃ無いですし、僕やレイルさんで何とか出来るでしょう」
「いいわね、お強い『半神族』様は、余裕がおありで・・・」
イーネのとの会話中にファイが口を挟んでくる。
どうにも彼女にとって、セラは噛みつかねばならない存在のようだ。
無論それにも理由が在る。
彼女たちエルフ族にとって、『半神族』は隷属させるべき下等種族であった。
たとえ同族の中から生まれようとも、『半神族』に生を受けた者達は強制的に従属させられ、その一生を終える。そんな存在であった・・・
だが、ファイはその常識を、物の見事に完膚なきまでに打ち砕く存在に出会ってしまった。
それがセラである。
ここ十数年で時代の変化に飲まれ、エルフの族長たちの考え方が変化した。
その上で若いエルフたちが集められ、外の世界の情報を収集の任を与えられたのだ。
ファイはその内の一人である。
彼女が外の世界で見たものは、自分達がいかに狭い場所でくすぶっていたのかを、この外の世界で嫌というほど思い知らされた。
しかも、セラの存在は、その極め付けと言っても過言ではない。
今まで隷属させるべき対象であった『半神族』が、高等種族を自認しているエルフ族よりも遥かに優れた能力を持っていたのだ。 この現実はとてもではないが、彼女に受け入れられるものではなかった。
昨夜その事で一悶着あったが、ファイの仲間であるレイルとミシェルの仲裁が入り、事なきを得た。
彼女もセラを責めるのは筋違いだと判ってはいても、長い間染みついた習慣は早々抜けるモノではない。
カルト集団の中で生まれ育った者が、中々社会に適合出来ないのと似ている。
事情が分かっている分、セラにとっても頭の痛い問題であった。
「生まれた時から染みついた常識や倫理観て、中々変えるのが難しいんですよねぇ・・・ハァ」
「何で溜息を吐くのよ、ひょっとしてバカにしてるの!?」
「いいえ、歴史とは時として残酷なものだとねぇ・・・」
「何よ! 私たちの歴史が間違ってるとでもいう気!?」
「ある意味で間違っているし、起きてしまったモノは変えようがない、問題はコレからですけどね」
「本当に知った風に言うのね、十数年しか生きてないのに」
「知識を知るのと時間は関係ないですよ? 現在までに知りえる出来事を纏め、後は真実を突き詰める事で歴史は見えてくるし、それをどうこう言うのは百年ぐらい先ですよ」
セラの言う事はエルフの最長老たちの言いそうな事であった。
彼等は最高で三百年は生きるのだ。
長い時間を生きたエルフの考え方は、『半神族』のセラと考えと余にも被るのである。
これは何という皮肉なのか。
時折年配同族と話している気分にさせられることが、ファイには信じられなかった。
「あんた本当に何者よ! 私よりエルフじゃない、狡い!!」
「まぁ、僕の考え方は老齢のエルフに近いですけどねぇ。でも現状が今のままでは、取り残されるのも必然になりそうですね」
「あんたは、エルフが孤立するって言いたいの?」
「このままだとそうなりますね。知ってますか『半神族』を迫害しているのはエルフだけなんですよ?」
「『半魔族』はどうなのよ! あいつらも手ひどく迫害していたわよ?」
「彼等は五十年ほど前に民主主義に代わりまして、その最初の政策が『半神族』の開放でした」
「んな!?」
「当時の『半魔族』の王様がとんでもない独裁者で、民衆の怒りを買って断頭台に送られたとか」
「・・・・・・・・・」
セラの情報は怖ろしく正確で、ファイが必死で集めた情報よりも確かなのだ。
例えば『半魔族』の情報がそうだ。
ファイの調べでは政権が交代したらしい、と云うだけのモノであったが、セラの話では政治そのものが変わってしまったらしい。
しかも民衆の蜂起によってだ。
ここまでの情報を把握している者はまずはいない。
正直空恐ろしい、いにしえの『神族』と思われても遜色のない優秀さだ。
ならばエルフがどう有るべきかを、聞いてみるのも良いかもしれないと思い始める。
「同族の最長老に弾圧されて、『半神族』にして来たことが間違いだと気が付いたんでしょうね。
彼等は弾圧される立場になって初めて、自由の素晴らしさを知ったんです。それが『半神族』の同情と謝罪も含めて、よりよい政治を行うと『半神族』の前で誓いを立てたのです」
「私たちはどうすればいいのよ・・・・」
「このままですと孤立は必然、昔の古臭い因習を捨てて、他の種族と友好を結ぶのが良いんじゃないですか? マジで野蛮な種族の烙印を押されますよ?」
「それが出来ないから聞いているんじゃない!!」
「それは僕でなく、エルフの族長が決めるモノじゃないんですか? 迂闊な事言えませんよ、立場的に」
「ハァ、レイルに出会って色んな所を見て来たけど、それしか無いのよねぇ・・・けど長老連中、頭が固いから・・・・・ハァ・・・」
「ご苦労されてるようで・・・・」
「まったくよ、行き成り呼び出されたと思ったら・・・『外の世界に行って、他種族の情勢を探ってこい!』 なんていったのよあいつら! どうすれば優位になるかしか頭にないのよ、他の種族は手を取り始めているのに・・・・ハァ」
どうやら彼女は、相当に鬱憤をため込んでいたようだ。
何の訓練も積んでいない若い世代に、諜報活動はさすがに無理が在った。
知れば知るほどに、自分たちの里が不毛な事をしている事に気付いていたのだろう。
だがそれを伝えたとしても相手にされず、寧ろ余計な重荷を背負わされるのだ。
ファイの意気消沈した姿がそれを物語っている。
そんな時に、セラの様な非常識に出会えば爆発もするだろう。
結局彼女も被害者であった。
「まるで、どこかの人民国家ですねぇ・・・上の命令は絶対、反論はさせない、しかも強硬姿勢。今迄、偏見を植え付けて来たのでしょ? そうなると、意識改革に相当の時間がかかりますよ?
ただせさえ長生きなのに、ここで思い切った政策を打ち出さないと、ズルズルと泥沼になりますね」
「その思い切った政策でよくなると思う? 中には反抗的になるのも出てくるんじゃないの?」
「でるでしょうねぇ。多分、穏健派と強硬派に別れると思いますね、ファイさんも巻き込まれます」
「いやよ! 身内のごたごたに巻き込まれるの、あたしは自由に生きたぁい!」
「完全に巻き込まれますよ? 外の情報を詳しく知っているんですから、どちらの派閥も見逃さないよ?」
「あんまりよおおぉぉっ!! 世知辛いシビアな世界に放り込まれて何とか頑張っているのに、身内の勢力争いに巻き込まれるなんて、絶対に嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ファイさん可哀想、残念ながら僕には同情しかできません・・・・」
「同情だけでもありがたいわ・・・うぅっ・・・」
どれだけ優秀でも『半神族』である限り、エルフ族はセラを受け入れない。
真っ先に出会ったファイがそうであったのだ、他のエルフ族の仲間も同じだろう。
たとえ自分たちを救う政策をセラが打ち出しても、決してエルフたちは聞く耳を持たない。
いっそセラを里に連れて行けばとも思ったが、セラを巻き込む訳にはいかない。
これはエルフの問題なのだ。
正直全てを放り投げたい気分であった。
「そう言えばファイさん、良く初見で僕の実力を計れましたね。レイルさんは場数を踏んでいるから分かりますけど」
「忘れてない? 私達は魔獣の巣窟の中で暮らしているのよ、危機察知能力は他の種族よりも高いのよ」
「あぁ、そう言えばそうでしたね、すっかり忘れてました」
「・・・・・意外に抜けているのね。最初にアンタを見たとき背筋が凍りついたわ、まるで巨大な魔獣の前に身をさらしている気分だったわよ」
「そんなにぃ!? 酷い・・・・」
「酷くないわよ! それだけ格の違いを見せつけられたわけ・・」
「そんな大した事ないと思っていたんですけど・・・・・」
「里に行くことになれば、里の年寄連中こぞって死ぬわね! それだけヤバいのよアンタは・・」
へこんだ、まさか自分がそれ程の化け物だったとは、夢にも思わなかった。
せいぜい上級クラス程度だと思ったのに、よもやレイドクラスの魔獣とは。
段々と人間離れしている自分が自覚されていく分、その衝撃も大きい。
チートというのはこれで結構大変なのかもしれない。
「難しい話は終わったかい? あたしには何の話だかさっぱりだったけど?」
「・・・ハイ終わりました・・・」
「セラちゃん何で落ち込んでるのさ? ところで魔獣の話をしていなかったかい?」
「『グラーケロン』の事でしたね、こいつは大型の魔獣で全身が強硬な甲殻で覆われていて、この村の装備ではきついですね。僕達フリーハンターで対処します」
「私も含まれているの!? まぁ、いいけど・・・」
「頼りにしているよ、何せこの村の冒険者はあまり魔獣とやり合っていないからねぇ、ちょいと不安なのよ」
「「わかります」」
イーネの言っている事は良く分かる。
この村の冒険者の装備は、駆け出しよりはマシの、ようやく一人で仕事が熟せる様になったばかりの冒険者が使う初期のモノだった」
もう少し腕が上がると、その装備に他の素材で強化していき、最終的にはセラの持つ最高のモノに姿を変えるのだ。
だが生活に困窮している今の彼等は、装備に資金を賭ける余裕が無い。
これから変わって行ければいいのだが・・・・
そうしなければ、どこぞの鍛冶師が木造製美少女フィギュアを造りまくる事になる。
「取り敢えずこちらも準備をしますか? 装備以外、僕は必要ありませんけど」
「そうね、取り敢えずポーションを買わないと・・・あんた道具や知らない?」
「えっ!?」
「だから、道具屋よ! もう直ぐ無くなりそうなのよ」
「知ってはいますけどあそこは・・・・」
この村の道具屋は人格的に問題が在る。
そんなところにファイやミシェルが行けばどうなるか、想像するに恐ろしい。
ただこの事実だけは伝えなければならない。
セラは真剣な表情でそれを伝えた。
「何なのよその変態は、どうして捕まらないのよ!」
「変態なんですけど、実害が無いんですよ・・・・売るのも不完全なポーションですし苦いだけだし」
「存在自体が危険じゃない! 今すぐ殲滅するべきよ、その犯罪者!!」
「そうなると困るのがこの村の人達なんです・・・」
「卑怯な奴なのね・・・・」
「卑劣な奴なんです・・・・」
その時二人の脳裏にある危機感がよぎる。
ファイが道具屋を必要としたということは、後の二人も必要として居るかも知れない。
そしてそのうちの一人が、世間知らずの美少女である。
((ミシェルが危ない!!))
セラとファイは全力で走る。
目指すはロカス村ブッチ道具屋、狙うは店主のブッチただ一人。
必要なら首を狙う覚悟で、彼女たちは村道を駆け抜ける。
一陣の風になり、二体の木製メイドさんがおかれた怪しげな店に突入すると。
そこには青ざめた顔のブッチが放心していた。
「あっ、セラさん!」「ファイ、あなたもポーションを仕入れに来たのですね」
「「・・・・これ・・・・どゆこと!?・・」」
「これをセラさんが作ったと言ったら、ブッチさんが急に頭を抱えだして、何度かカウンターに頭をぶつけて、狂ったように笑いだしたらその後こうなりました」
「『ハイマナ・ブロシア液』ですね、初めて見ました。透き通る青い色できれいですね」
「あんた、これ、作ったの? エルフ族の秘薬の一つよこれ・・・・」
「作りました・・・『エテルナの霊薬』と一緒に・・・・」
「それも、エルフ族の秘薬なんですけど・・・門外不出の・・・何で作れるの・・・・」
「・・・・・前に・・・遺跡探査でレシピを見つけました」
ファイは崩れ落ちる。
エルフの秘薬がこうもあっさりと出回っている事に頭を抱えたくなる。
なんだか遣る瀬無い気分だった。
「それ以前にアンタ・・・錬金術師?・・・」
「済みません、そうです・・・・」
「ポーション、売ってる?」
「必要だったから錬金術を学んだので、商売はしてないですよ・・・たまにしか」
「この店要るの? あんた一人いればこの村繁盛するんじゃない?」
「そっちに興味はありません、僕はアイテム収集専門なので」
「人生楽しそうね」
「楽しいですよ?」
「「・・・・・・・・・・」」
何かもう、どうでもよくなっていた。
規格外は考えた所で理解不能な存在なのだという事を、改めて思い知ったのだ。
「セラさん、ポーションを売ってはくれませんか? こちらの方はその・・・あまり腕の良い職人には思えなくって・・・ちゃんとお支払いしますから」
「いいですよ、どれがよいですか?『ポーション』『ミドルポーション』『ハイポーション』『グレートポーション』四種類ありますけど?」
「商売はしていないって言わなかった?」
「僕はたまにしかって、言いましたよ?」
「・・・・・わたしにも売って、キショイ奴から仕入れたくないから」
「いいですよ? 後で補充するのに採取、手伝ってくださいね?」
「別に良いわよ、そのくらい」
「まいどあり~~!」
人の店の中で商売を始めるセラ。
そして、そのセラとの格の違いを身をもって知ったブッチは、その光景を黙って見ているしかできなかった。
日もまばらに差し込む森の中を、異様な集団が歩いていた。
全員がまるでどこぞの宇宙戦争に出てきそうな、ヘルメット型マスクを装着している。
集団を率いるのが、やはりどこかの暗黒卿を思わせるマスクをしており、その指示で森の奥深くまで進んでいるのだ。
マスク以外の装備を見るなら、この暗黒卿が最も良い装備をしており、背後に三人も似たようなマスクをしていた。
「護衛部隊はついてきてる? 迷わないように目印は付けてきてるけど」
「何とかついてきているようだ」
「セラの説明は覚えてるのか、『マジェクサダケ』以外にも厄介なキノコが在るのを忘れるなよ」
「任せろ、『ブレスマッシュ』だろ、赤い小さな茸だよな」
「魔獣を忘れてるぞ、『ドモス』だろ? 頼むぜおい!」
「そっちは、護衛の役割だろうが」
彼等はこの『マジェクサダケ』の採取において、危険な状況のいくつかをセラに教えて貰っていた。
一つが『マジェクサダケ』そのものが危険である事、特に匂いがである。
次に魔獣『ドモス』ブタに似た姿で『マジェクサダケ』を主食にしている。
さらに縄張り意識が強く、近づくだけで突進してくるのだ。
続いて『ブレスマッシュ』、赤い小さな茸だが、わずかに触れただけでも人を吹き飛ばす衝撃を放つ。
死にはしないが、『マジェクサダケ』のコンボがきつい。
最後が『ドモス』を主食としている魔獣『グラーケロン』である。
大型の魔獣で、亀のような姿、更には蛙かカメレオンの様な長い舌を持っている。
しかも重厚な甲殻で覆われており、生半可な攻撃は通じないのだ。
この事から、彼等は慎重に行動し、目的の『マジェクサダケ』を採取しようと進軍する。
彼等はこの時までは余裕が在ったのだ。そう、この時までは・・・・・
「『マジェクサダケ』は、木の根元や草むらの中に群生しています。巧くゆけば魔獣に合わずに済みますので、見つけ次第速やかに採取してください! 『フィールド・サーチ』を使える人は使う事!」
『『『『『了解、速攻で採取します!! サー!!』』』』』
彼等は黙々と採取に取り掛かる。
『マジェクサダケ』の発見事態は余裕でできる。
問題はその後であった。
「『マジェクサダケ』発見!! 周囲を確認、『ドモス』の気配なし! 『ブレスマッシュ』無し!採取します!!」
「こちらも発見!! こりゃ、大量だ!! 『ブレスマッシュ』無し!! 採取します!!」
「こちらも発見!! 油断するな!! 護衛の方でヘマする事もある」
冒険者たちは油断なく声を掛け合いながら、『マジェクサダケ』を採取してゆく
意外にもわずかな時間で、目的の個数を到達していた。
だが採取に夢中になっていた彼等は気付かない、護衛の方に異変が近づいてることを。
「・・・・暇だな、やる事が無いってぇのは・・・」
「気を抜くなよ、いつ魔獣が出るか分かんねぇんだぜ?」
「『オールガード・マスク』作っておけばよかったな」
「でもあれ、可愛くないから・・・・・」
「そうよねぇ~~! こんな仕事は男がやればいいのよ!」
彼等は油断していた。
その油断が最初の悲劇をもたらす。
「ちょいと、そこらへん様子見てくんぜぇ!」
一人がそう言いながら、足を向けた所にそれは在った。
「!?」
突然大の大人が宙を舞い、採取班の方行へと飛ばされる。
地面に落ちた彼は再び宙を舞い、落ちては飛び、落ちては飛びを繰り返す。
『ブレスマッシュ』である。 最悪なのは一緒に群生していた『マジェクサダケ』も飛ばされ、その衝撃で胞子を大量にまき散らして行く。
紫の胞子に包まれ、そこは刺激臭の漂うデッドエリアへと変貌していった。
その強烈な刺激臭は風に乗り、護衛班の方向に流れて来た。
「に、逃げろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「あのバカ!! やりやがったなああああああああああっ!!」
彼等は走り出す。
『オールガード・マスク』を持っていない彼等は、この胞子の放つ刺激臭に耐えられないのだ。
全力で逃げるより、彼らに手段は残されていない。
だが当然ながら逃げきれないものも出てくる。
「グギョロ!!・・・ペフゲリョ・・ヘナギョミヨリョシュギョリェ・・・・・・」
「ギョゴ!! ミグッリョ・・・・ジョフオウ・・・・・」
一人また一人と、強烈な刺激臭の前に、彼等は倒れてゆく。
さらに追い討ちとばかりに、『ドモス』が集団で突進してきて、彼等は連鎖的に瓦解していった。
たった一つの油断が招いた悲劇の始まりである。
「ヒデェなこれは、辺り一面紫に染まって前が見えん・・・・」
「あたしたちはマスクしているからいいけど・・・・護衛班は大丈夫なの?」
「あちらこちらから悲鳴が聞こえてくるのですけど・・・無事なのでしょうか?」
「これが有るから・・・この依頼、誰も受けないんですよ。その分、破格の報酬なのですけど・・・」
「地獄って本当に在るんですね・・・酷い事になってますよぉ・・・」
暗黒卿・・・もといセラ達は『フィールド・サーチ』で状況を確認していた。
目の前が紫に染まっている状況で、視認をするのは難しい。
急速に接近してくる『ドモス』を一撃し、冷静に観測する。
「お前らぁ!! 無事かあぁ!? 『フィールド・サーチ』を使って、仲間を確認しろ!!」
「『ドモス』にも気をつけなければいけませんね。想像以上に厄介です」
「風系統の魔法で吹き飛ばしたら良いんじゃないの? 胞子を飛ばせて視界が開けるわよ?」
「それだと、返って見えなくなりますよ? 『ブレスマッシュ』でこの有様なんですから」
「マジで厄介だな! 採取班! 一度集まれ、胞子が晴れるまで一か所に待機する!!」
『『『『『サー!! イエッサー!!』』』』
レイルの指示により、採取班は一か所に集まり待機する。
その間、周囲の『マジェクサダケ』を採取することを忘れない。
採取した『マジェクサダケ』の数は、当初の依頼個数の二百倍を超えるものになったが、払った犠牲も大きすぎた。
紫の霧が晴れた時、眼下に広がっていたのは凄惨な地獄絵図であった。
装備に金を賭けない事が、命の危険を晒すという教訓を村人冒険者は学んだのである。
その身をもって・・・・・
「大量大量、調合にも使えますからね、この茸」
「あんた本当に楽しそうね・・・・・」
「楽しいですよ? それに、『マジェクサダケ』は『グレート・ポーション』の素材ですからね、今のうちに大量に仕入れておかないと」
「うそ!? ホントにぃ!? あたしも採取する!!」
「本当に物知りなんですねセラさん、私もやります!!」
「んじゃ、俺も。素材が有るのと、直接買うのじゃ値段が段違いだからな」
「ついでに、『メディカル・ウィード』も仕入れますか? これも『グレポ』に使う素材ですので」
「セラさんは本当に博識なのですね。もっと色々な素材の事をお聞きしたいですね」
彼ら中堅クラスと化け物クラスの冒険者は、この日、太陽が沈むまで採取を続ける。
彼等の行く所には、強烈な刺激臭と紫の霧が立ち込める。
余談だが、セラ達の会話を聞いていた他の冒険者たちも同行し、大量の調合アイテムが村に運ばれる事になった。イモンジャ商会にこれらの商品が納品された時、高額の売値で取引されたのであった。
『ギャァァァァァァァァァァァァァァッ!!』
忘れ去られた護衛班は、刺激臭が晴れるまで苦しみ続けたのだった・・・・・合掌。
「風呂が使えない? なんでだよ、宿だろここは!」
「悪いな、筋肉に惚れ惚れしていたらすっかり暗くなっていてな」
「理由になってねぇだろ・・・どうすんだよ・・・体中胞子だらけだぜ・・・」
「ううっ、何か粉っぽい、早く洗い落としたい・・・・・」
「少し調子に乗り過ぎましたね、あの後大量に採取していましたから・・・」
森から帰還したレイル達は、体中にまとわりついた胞子を洗い流したかったのだが、宿の主人であるジョブがその準備をしていなかったために、こうして難儀な状態になっていた。
その理由が、『自分の筋肉に見とれていただけ』というのだから、頭を抱えたくなる。
「お前らなんかいい匂いするな? 実にうまそうな」
「茸の胞子を大量に浴びてるんだよ、だからさっさと洗いなおしたいんだが」
「無理だな、実はまだ洗っていないんだ。朝から見とれていたんでな、筋肉に!」
「嘘でしょ・・・・最悪・・・・」
「これは困りましたね・・・・」
「ついでに食事の用意もしていない! 悪いが外で食ってきてくれ」
「あんた・・・仕事さぼり過ぎだろ・・・・・」
こんな調子で宿を出る嵌めなったレイル達は、村を歩き回る事になった。
「外で食ってこいはいいが、食堂あるのかこの村?」
「考えたくは無いですが・・・・無いのかも知れません・・・・」
「おなかすいた~~っ、お風呂入りたぁ~~い! ひもじいぃ~~~~い!」
「皆さんどうしたんですか? 何か深刻なようですが・・・・・」
「「「!?」」」
振り向くとそこには荷物を抱えたセラとフィオの姿が在った。
「実はちょっと深刻な事になってな・・・・・・」
レイルはセラとフィオに今の状況を掻い摘んで話した。
「筋肉に見とれてたって・・・・朝からですか・・・・?」
「今朝見た時には、もう鏡の前にいたぞ?」
「何をしているんですか、ジョブさん・・・・宿を続ける気が無いんですか・・・」
「どうでもいいわよ、あんな筋肉狂い! 問題はあたし達の食事とお風呂よ!!」
「そうですね・・・この村にお食事できるお店はあるのでしょうか?」
「・・・・残念ながら、あまりにも人が来ないので潰れちゃいました・・・・」
「・・・・・・うそでしょ・・・」
ファイはもう強がりを言う気力が無い。
レイルもミシェルも、絶望的な表情で天を仰ぐ。
だがその迷える子羊を、救斉する天使がここには存在した。
「お風呂と、ご飯は家でどうですか?」
「えっ!?」
「そんな、ご迷惑じゃないんですか?」
フィオの善意に、レイル達は神の存在を観た。
「いいですよ、ご飯は皆で食べた方が美味しいですから」
「・・・く、フィオ、あんたって子は本当に良い子なのね・・・・・・」
「天使だ、天使は本当にいたんだ・・・・」
「ありがとうございますフィオさん、おかげで助かります」
「本当に天使だねフィオちゃん、君はそのまま純粋に育ってね・・・」
「どうして、セラさんも涙ぐんでいるんですか?」
フィオには分からないであろう。
穢れのない純粋さというのは、時として人に感動を与える事を。
ましてやそれが、何らかの理由によって困窮している者なら、その威力は絶大である。
なにはともあれ、レイル達は今日の疲れを癒やす時間と場所を獲得したのであった。
「・・・こうなる事は、予想しておくべきだった・・・」
セラは己の迂闊さを呪わずにはいられなかった。
今現在、セラのいる場所は湯煙の立ち込める風呂の中である。
そしてそこには、自分以外の三人の乙女たちが温かいお湯にその身をゆだねている。
フィオ、ファイ、ミシェルの三人である。
セラが風呂にいるという事は、当然裸であり、残りの三人も云わずモノかなであった。
レイルだけが外に待機し、彼女たちの次に入浴する事になっているのだが、風呂の場所とリビングの場所が近いため彼女たちの会話は筒抜けであったりする。
ここからは、時折入るレイルの心境を交えてお楽しみください。
「ふう、気持ちいい、やっぱりお風呂が一番くつろげるわ。嫌な事も全部忘れられる」
「そうですね、無事に胞子も洗い流す事が出来ましたし、ゆっくりお湯を楽しむこともできます。フィオさん、本当に助かりました」
「いいえ、困っている人が居れば助け合うのが当たり前、そう両親が言ってましたから」
「素晴らしいご両親ですね、どこかの人にも見習ってもらいたいものです」
「そうよねぇ、おかげで、あたしたちもこうしてお風呂に入れるし、幸せえぇ~~~~」
ファイは相当の風呂好きで、きつめの目じりが満面の笑みに代わっている。
「ゆっくりしていってくださいね、今日は本当に疲れましたから」
「はい、ありがとうございます。フィオさん」
「本当に良い子だわ、お嫁に欲しい位ね」
「ひょえぇ!? そんな事無いですよ? 私はどちらかというと、皆さんみたいになりたいです」
「本当に天使さんなのですね」
「そうよねぇ、見た目も性格も可愛い、抱きしめたくなっちゃうわ」
「ひゅい!? そ、そんな事無いですよぉ」
可愛らしいフィオの反応に、二人はどこか癒されたような温かい笑みを向けている。
「ところでセラ、あんた何でそんな隅っこで体洗っているのよ?」
「こちらに来て、お話しませんか? セラさんの知っている素材とかのお話も聞いてみたいですし」
「い、いえ、お構いなく、早めに出て夕食の準備もしたいですし・・・・・」
「それなら、私たちもお手伝いいたしますから」
「レイルさんもいるんですよ? 余り待たせる訳にもいかないですよ」
「いいのよ、あのバカは待たせるだけ待たせとけば」
(おいおい、俺も風呂に早く入りたいんだが・・・・)
レイルの事を無視して、言いたい放題のファイ。
「セラさん、ああ見えて恥ずかしがり屋さんなんです」
「ふぅ~~ん、それはいいこと聞いたわね」
「なぁ、何ですか? 物凄く嫌な予感がするんですけど・・・・・」
「あたり! フィオ、ミシェル! 手伝って、女子会に参加しない不届きモノを、湯船に強制連行するわよ!!」
「「了解!!」」
「ちょっ、ちょっと待って、ひゃあっ、どこ触って、フィオちゃん!? どさくさに紛れて胸を揉むのは止めてえええぇぇぇぇっ!!」
(あいつら、何をやって・・・・・ムネェ!?)
セラを強制的に湯船の中に引きずり込む三人は、実に楽しそうであった。
だがやられた本人は、かなりヤバい状況である。
セラは元々男である。いくら見た目が女の子でも、精神的にこの状況はかなりの負担であった。
それに、開き直りでもしたら、それは人として駄目な方向に足を踏み込みかねない。
これはあまりにも危険な試練であった。
「まぁ、本当に恥ずかしがり屋さんなのですね、お顔が真っ赤です」
「女の子同士で何を恥ずかしがっているのよ? ミシェルを見なさい、平然としてるでしょ」
「それとこれとは・・・・こういうのは環境に左右されるものだし・・・」
「セラさんの、こういう所が可愛いです」
「フィオちゃん? 何故にさっきから胸を揉んでいるんですか?」
「えっ? う~~~~ん、なんとなく?」
「見ていて微笑ましいですね。まるで姉妹のようです」
「・・・・・・なんか、納得できないわ」
ファイは険しい目でセラを凝視している。
特に胸のあたりを重点的に。
「・・・・・な、何がです?」
「なんで、背丈はあたしと同じくらいなのに! そんなに胸が大きいのよ!! 狡いわっ!!」
「ひにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何するんですか!?」
(・・・・なんだ、何が起こっているんだ!?)
ファイは何かに取りつかれたかのように、セラの胸を鷲掴みにする。
「狡いわよ!! あたしなんてそんなに大きくないのに、何でそんなに大きいのよ!!」
「ひらいれふ、わひすはみにひないれくらはい!!」
「ファイさんダメです!! セラさんの胸を触っていいのは私だけです!!」
(なにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! そんな関係だったのか!?)
「・・・・・あんたたちそうゆう関係だったの!?」
「セラさんの胸は、私専用です!!」
「いつの間にそんな事に!? 天使さんに何があったの!? しかも僕の知らないうちに!?」
(断言したぞ!! マジでか!? マジでそんな事が・・・・・)
セラはフィオのカミングアウトに驚愕する。
おかしな連中の多いこの村唯一の良心に、いったい何が起こったのか、このままではフィオが間違った道を進んでしまう。
なぜにこんな事になったのか、心当たりが・・・・・ちょっとだけ在った。
「フィオちゃん・・・まさか・・・・・目覚めちゃったの?・・・」
「何がですか?」
小首を傾げるフィオに少しだけ安心した。
どうやら勘違いのようだった。
「セラさんは私のモノです!! 誰にもあげません!!」
「勘違いじゃなかったああああああああああつ!! しかも所有物宣言!?」
(マジモンだったんか!? まさかのそういう関係、百合ってやつですかぁ!?)
「お二人は、仲が良いんですね。羨ましいです」
「ミシェルっ、羨ましがっちゃ駄目だからっ、踏み込んじゃいけない道だから!!」
「違いますから、そんな関係になった覚えは、まだ無いからね僕は!?」
(まだって事は、今後そうなる事もあるって事か!?)
段々と混沌としてくる風呂場の様子に、レイルは生唾を飲み込む。
いろんな意味でだが・・・・
「いえ、そう言う事ではなくてですね、ファイとはそれなりの付き合いになりますのに、抱き付かれたりした事等在りませんでしたから」
「あぇえっ、や、何かミシェルにそういう事するのは、恐れ多いと云うか何と云うか・・・・」
「僕よりもミシェルさんの方がスタイルも良いのに、何故に僕を狙ったんですか?」
「そうですねぇ、この中で一番胸も大きいです。それに凄く綺麗です」
(・・・・・なにぃ!? それほどなのか!!)
「・・・・・それを、あたしの口から言わせるの?」
(それを言ってはダメだ!! それは地雷だ!!)
確かにミシェルはこの中でスタイルが良い、ただファイにとっては踏み込んではならない領域だった。
というより、踏み込めないが正しいか。
見た目で言えばどちらも魅力的な美少女だ。
かたやスレンダーな美少女、かたやナイスバディ―の美少女。
レイルにとっても、世の男達にとっても悩ましい問題である。
だがそれは男の視点であり、同じ女同士では複雑な思いが絡み合っている。
ファイの一言にはその全てが込められていた。
「・・・・・・あんまり長く入っているのも、レイルに悪いわね」
「・・・・そうですね、僕達は夕食の準備もありますから」
(・・・・・ファイの奴、気にしていたのか・・・男から見れば結構・・・何言ってんだ俺?)
そそくさと浴場から出ようとする二人。
しかしそれを逃さないハンターがここにはいた。
「えい!」
「ひゃああああああああっ!? ちょ、ミシェル!? 何してんのよアンタ!?」
「言ったじゃないですか、うらやましいって、ファイがやらないなら私から出るしかないですよね?」
「だからってこんな、てぇ、ちょっと!? そこは洒落にならないからあぁっ!?」
「思っていたとおり、すべすべしているのですね、こちらはどんな感じなのでしょう?」
「ふぁアッ!? ちょっと!? だめだってばぁ、そこ・・・・ンンッ・・・・」
(まさか・・・ミシェルが動いた!? いったい何をやっている!?)
「・・・・・僕はもう出ますので・・・ごゆっくりどうぞ・・・」
「わたしも出ます。今夜は何にしましょうか?」
「ちょっとおぉ! たすけてえぇ、あたしが悪かったから・・・・フゥンッ・・」
(・・・・・俺このまま出くわしたら不味くね!?)
レイルはそのまま静かに家の外に出ると、少し距離を取った所から全力で走り出す。
気を利かせて外を歩いてきたふりをするためである。
姑息と言われても仕方が無いが、あの二人は大事な仲間である。
実は聞こえてましたなんて言ったら、あの二人はどうなるか。
取り敢えず時間をつぶして、それから戻ると決めた。
「あれ、レイルさんいないね? どしたんだろ?」
「本当ですねぇ? どこにでかけたんでしょうか?」
『みしぇるぅ、もう・・だめぇ、お願い・・・だからもう・・・・』
「「・・・・・・・・・・・」」
レイルがいなくなった訳が分かった。
「レイルさん、気を使ってくれたのかな?」
「きっとそうですよ、良い人ですね」
二人は騙された。
実はつい先ほどまでを聞いていたのだが、そんな事を知らない二人は、レイルの善意を信じた。
後から出てきた二人もレイルがいない事に首をかしげていたが、セラの説明により納得する。
こうしてレイルは自分の犯罪を消し去り、そして男の株を上げたのだった。
レイルはある程度時間をつぶした後、再びフィオの家に戻ってくる。
その時には女性陣は夕食の準備をしており、フィオに風呂を進められた。
レイルにとっては複雑だった。
「・・・・・・・・・・・・」
つい先ほどまで、この場所には四人の乙女達が入浴していたのだ。
そして異性である限りその本能と機能は正常に働く。
風呂場に残る柑橘系のような香り、一部始終聞いていた先程の会話。
乙女達の戯れ、その場所に今自分がいる。
「・・・・・これじゃ俺、変態じゃね?」
レイルの心に、後ろめたい罪悪感が冷たい風となって吹き抜けていた。




