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田舎暮らし始めました ~寂れた宿屋とエルフの事情~

 日も傾き始め、家屋の影が村道をに長く伸びてくる。

 村の入り口より続くこの道を、二人の少女が歩いてゆく。

 淡い紫の髪の幼さを残す少女と、銀髪の純白の衣服をまとう少女である。

 フィオは浮かれたようにクルクルと回り、セラは転ばないかハラハラしていた。

 もはや保護者状態である。


「それにしてもこの時間は本当に誰もいないんだね、殆どが畑に出向いているし、何割かが生産職なんでしょ? 泥棒とか大丈夫なのかな」

「大丈夫ですよ、この村に泥棒をする人はいません」

「泥棒する人が居ないんじゃなくて、泥棒が外から来るとは考えないの?」

「大丈夫です! この村にお金を持っている人なんて、だれ一人いませんから」

「フィオちゃん、それって割と深刻だよね?」

「泥棒さんが来ても何も盗まずに帰るほどの極貧な村から、いったい何を盗むんですか?」

「泥棒にすら見向きもされないのも、それはそれで深刻な状態だよねぇ!?」


 何か、ものすごく悲しい現実を、力一杯に笑顔で断言するフィオ。

 金が在れば幸せなのか、金が無くても心が豊かであれば幸せなのか、人生で最大の難問だ。

 だが少なくともこの少女にとっては、今が一番幸せなのかもしれない。

 さらりと酷い事を言った気がするが・・・・




「お~~~い、そこの二人待ってくれ、聞こえてるかぁ~~~と、聞こえたな、聞こえたと決めた」


 何やら間抜けな呼び声が聞こえる。

 後ろを振り返ると、灰褐色の武具に身を固めた冒険者が手を振っていた。

 人数は三人、赤毛の少年と青い髪の少女、金色の髪をしたエルフの少女のパーティーである。


 少年は歩きながら手を振り近づいてくる。

 

「いやぁ~~~あ、良かった人がいて、助かったぜ! ちょっとお前らに聞きたいことが在るんだが」

「聞きたい事ですか? 何でしょう」

「待ってフィオちゃん!!」


 少年に応対しようとしたフィオを、セラが制止する。

 

「まず先に警告します、この村での窃盗、並びに強盗目的の方は、命が惜しければいま直ぐにお帰り下さい。いま帰れば僭越ながら、『ディストラクション・バースト』のお土産をもれなくプレゼントします」

「しねぇからな、そんな事!? てゆうか死ぬだろそれ!!」

「次に、ナンパ目的の場合、今すぐここで殲滅します。死体は残さないのでご安心ください」

「だから、やらねぇて!! ツゥか死体を残さないってどうする気だ!!」

「最後に、この村を占拠し、ご自分の楽園を作ろうとした場合、生まれて来た事を後悔いさせますので、ふるってご参加してください。死体は残しませんのであしからず」

「だからやらねぇよ!! てゆうか、俺をどうしたいんだ!?」

「・・・・・・・チッ!!」

「舌打ちしたな!? 舌打ちしたよなぁ、今!! てか、参加しろって言わなかったか!?」


 息を切らせ疲れ果てた少年を満足そうに眺め、良い笑顔で親指を立てた手を突き出す。

 眩しい位の良い顔だった。


「はぁ、何か疲れたわ、俺もうここで寝て良いか?」

「お休みですね? じゃあ、今から良い薬を出しますので飲んでください」

「どんな薬だよ」

「飲むと気持ちよくなって楽になりますよ? 副作用で息も止まるけど」

「毒じゃねぇか!!」

「・・・・・・セラさん・・・・何がしたいんですか?」


 フィオのツッコミも尤もである。

 セラのしている事は嫌がらせであり、お世辞にも旅をしてきた人間に接する態度ではない。

 僅かな時間ではあるがセラがこういった態度をとるのは、ブッチの時以来である。


「フィオちゃん、冒険者と云うのはね、良い人ばかりじゃ無いんだよ。他人を襲って金品を強奪したり、

他人の武器を奪ったり、一般人を襲ったり、いろいろといるんだ」

「ええぇ!? そうなんですか?」

「他にも、大して実力も無いのに上級者に寄生して、お金と素材をせしめる奴とかもいる」

「俺達は、んな事しねぇよ!」

「だろうね、基本的に僕はボケ倒して、ノッテくれた人は良い人と決めている」

「・・・俺は合格って事か?」

「君はね、一人凄い顔で僕を睨んでいる人がいるけど・・・・」


 セラの言う通り、一人だけセラを睨みつけていた者がそこにはいた。

 エルフの少女である。

 彼女の見る目はまるで、不俱戴天の仇を見る目である。

 もちろんセラは彼女に恨みを買うような真似をした事が無い、と言うより不可能である。

 セラは昨日この世界に来たばかりなのだから。


「セラさん、あの人に何かしたんですか? 凄く睨んでますねぇ」

「心当たりは無くは無いかな? 今、彼女の彼氏にちょっかい掛けたから、それで睨んでるんだよ」

「はあぁ!? 誰が彼氏よ、勝手に決めないで! 迷惑よこんなバカ!!」

「お顔を赤くして否定しても、説得力が無いですねぇ」

「フィオちゃん、ああ云うのをツンデレと言うんだよ。素直になれば楽なのに・・・」

「違うって、いってるでしょ! しつこいわよ!!」


 本人は否定しているのだが、どうも脈ありのように思える。

 ついにはそっぽを向いて、顔を合わせないようにしているが、耳まで赤くなってるのは隠しようのない。

 

「じゃあ、こちらが本命の彼女さんですか?」

「んなぁ!?」

「・・・・えっ!?」


 エルフの少女と、蒼い髪の少女が同時に声を上げた。


「私が、レイルの恋人・・・そんな、困ります・・・」

「ちょっと、あんた!! 何言ってんのよ、そんな訳無いでしょ!!」


 照れながらもまんざらでもない髪の青い少女と、しきりに否定するエルフの少女。

 人間関係が把握できてしまった。

 セラはゴミを見るような目でレイルを見据えて、吐き捨てるように言った。


「・・・・チッ、二股かよ、このリア充がぁ! 死ねっ!!」

「なんでだよ!? 俺が何をした、何でそんな蔑んだ目で見られなけりゃなんねぇんだ!!」

「無自覚か、これは苦労するね・・・可哀想に・・・・・」

「「何故か、哀れんでる!?(ます!?)」」


  こんなにも彼女たちの心が行動に如実に表れているというのに、当の本人が全く全然完璧な位に気付いていない。元の世界では、彼女いない歴十五年のセラにも判ったというのにだ。

 彼は筋金入りの朴念仁であった。


「まぁ、いいや、ところでセラっつうたか、この辺に宿は無いのか? 正直もう休みたいんだが」

「宿って、この村の宿は、開店休業状態じゃなかったかな? ねぇ、フィオちゃん?」

「はい、滅多にお客が来ないので、皆さんと一緒に副業に励んでいますよ」


 二人の少女たちの顔が青ざめる。

 小さな村とはいえ宿くらいは在ると思っていたのだろう、しかしまさか開店休業状態であるとは、予想外事態であった。

 彼女たちはその場にへたり込んでしまう。


「でも、もしかしたら人が居るかも知れません。今日はシーツを珍しく干していましたから」

「僕もどこに宿が在るのか知らないけどね、一度見て置くのも良いのかも知れないなぁ」

「お前、この村のもんじゃ、無いのか?」

「昨日来たばかりの宿なしです、今はフィオちゃんの家に間借りしていますけど」

「何であんただけ良い思いをしてるのよ、納得いかないわ!!」

「良い事は、常にしておくモノなんですよ? それより宿に行きませんか?」



 一行はフィオに率いられ一路、宿を目指す。


 ロカス村の宿の場所はとてもではないが、立地条件の良い場所ではない。

 左右を民家に挟まれ、しかも狭い土地に縦長に造られている。

 一階は酒場に為ってはいるが、やたらと適当な作りのカウンターとテーブルが五つに、何故か椅子がたくさん壁際に重ねてある。何のためにあるのだろうか?

 棚には埃の被った酒瓶が数十本、酒場としてやって行けるのかが不安だ。


「見事に寂れてるね、ここ」

「ジョブさん、いるでしょうか?」


 ジョブと言うのがここの宿主らしい。


「大丈夫なのでしょうか、何か凄く寂れているのですが・・・・」

「・・・・なんか、変なものが出そうな不陰気なんだけど・・・・・」

「大丈夫だろ、それよりミシェル、お前の方こそ大丈夫なのかよ? 顔色悪いぞ?」

「こんな宿に来たら、育ちのいいミシェルには耐えられないでしょ」

「ファイ、そんな言い方失礼ですよ・・・限られた中で懸命に生活をしているのですから・・」


 ―――――青い髪の子がミシェル、エルフの子がファイか、そしてレイル。これはまた、繋がりの見えないパーティーだなぁ・・・? 

 見た所、中堅クラスみたいだけど、何でこの村に来たのやら・・・


 セラは彼ら遠巻き観察し、ある程度の情報を収集している。

 鍛冶場で自分とこの世界との齟齬に気付いたため、急遽情報の収集に切り替えた。

 しかしながら、異世界生活二日目では少々遅い行動にも思える。


「ジョブさ~~ん、いませんか~~ぁ、おきゃくさんですよぉ~~~っ!」


 だが人の気配がしない。

 フィオの可愛らしい呼び声が、寂れた宿屋に虚しく響く。


「いないのか? 参ったな、俺はともかく二人は休ませたいんだが・・・」

「う~~ん、もしかして余にも客が来なくて、奥で首を・・・・・・」

「嫌な事言うなよ!? この状態じゃぁ洒落にもにならん!」


 見渡せど誰も来ず、薄暗い店内に店主はおろか人の姿も無いのは、些か不気味である。

 しかし、見ず知らずの他人がこうも勝手に侵入しているのに、戸締りをしないのは開放的と言うか自堕落と言うか、危機感が無いというか・・・本当に危ないんじゃないだろうか。


「・・・・・い・・・・いらっしゃ~~~い・・」


 生も根も尽き果てて、生きる事すら絶望したようなか細い声が聞こえた。

 声のする方に視線を向けると、やせ細った、スキンヘッドで長身の男が、まるで幽鬼のようにふら付きながら奥から現れる。


「ジョブさん、こんにちは、今日はお客さんが来てますよ」

「・・・客?・・・・馬鹿なことを・・・・来るはずないんだ・・・」

「来てますよ、三人も」

「・・・・幻覚だよ・・・フィオ・・・・来るはずないんだ・・・こんなとこ・・・フフフッ・・」


 どうやら余にも客が来ず、現実すら受け入れられなくなっている。


「しっかりしてください! 来てますってば、失礼ですよ!」

「おい、大丈夫なのかこの人? かなりヤバい所までいってないか!?」

「一思いに止めを刺してあげた方が良いのかも知れませんね・・・・僕が殺りますか?」

「フフフ・・・幻聴と・・幻覚が見えるよ・・・・もう駄目かもしれないよ・・オクレ兄さん・・」

「しかりしてくださ~~~いぃ!! ジョブさんにお兄さんはいませんよぉ!?」


 本気で幻覚が見えているらしい。

 ジョブは存在しない兄弟に話しかけている。


「・・・大丈夫・・・騙されないよ・・・今そっちに行くから・・・」

「この方、お医者様に見て貰った方がよろしいのでは? 危険な兆候に思えるのですけど・・・」

「・・・・危険なんてモノじゃ済まないわよ!! 深刻なレベルよこれぇ!!」

「・・・分かってるよ・・・兄さん・・・ケモミミ魔女っ娘人形だろ・・・・持っていくから・・」

「これはマズイなぁ、仕方が無い! これを使うか・・・」


 セラお得意の不思議バックより、小瓶を取り出し封を切る。

 そして虚ろな目で宙を見上げて薄ら笑いを浮かべているジョブに近づき・・・


「!!・・・・!!!??・・」


 それを無理やりジョブの口に押し込み、強制的に飲ませた。

 吐き出さないように手で押さえ、『捕縛魔法』で動きを封じたうえでだ。

 そして彼は何も言わなくなった。

 ジョブは壁を背に倒れこみ、座り込むような形で項垂れていた。


「・・・まさか毒殺か!?」

「・・・・・・ひっ・・酷い事を・・」

「・・・あんた・・・何て事を・・・・」

「セラさん・・・」


 突然目の間で起きた惨劇に、四人は青ざめ驚愕の表情をセラに向かる。

 セラはどこか寂しげに、天助を見上げるように上を向き、静かな口調で語り始める。


「・・・・仕方が無かったんだ。・・このまま彼を放っておいたら、取り返しのつかない事になっていた」

「だからって、お前・・・こんなことが許さる訳がない!」

「分かっているよ、こんなことをしても何にもならない事は・・・・けど、ヤルしかなかったんだ」 

「・・・いくら・・この方を助けるためとはいえ、こんな・・・・・」

「・・・・そうだね・・・・・酷い話だ・・・」

「だっ、だからって、あんたが取り返しのつかない事をしてどうすんのよ!!」

「覚悟はしているよ、僕は酷い事をしてしまった」


 そう語るセラの背後で、死んだと思われていたジョブがゆっくりと立ち上がる。


「ジョブさんが立った!?」


 まるでゾンビの如く立ち上がり、下を向いたままの顔からは表情を読み取ることはできず、両腕を無造作に下げたまま彼の血管だけが浮き上がり、ビクンビクンと力強く脈打っている。

 次第に脈動は血管だけにはとどまらず、彼の全身へと廻ってゆく。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 彼は吼えた。

 みなぎる力が筋肉を膨張させ、服を破り、まるで新たに生まれ変わるように、やせ細っていた体が見る間に変化してゆく。

 信じられないものを見た四人は、驚愕に口を開けたまま何も言う事は出来なかった。


「筋肉、最高!!」


 キレていた、今の彼は誰よりも最高にキレていた。

 奇跡の復活を遂げたとき、彼の姿は筋骨隆々のガチムチ色黒ムキムキマッチョマンに変身していた。


「ジョブさんが、いつも通りに戻りました!!」

「「「いつもの通り!? アレがぁ!?(ですか!?)」」」


 宿の主人と言うより、寧ろ武器屋の主人と言われればしっくりくる肉体を曝しながら、彼は上機嫌に

筋肉を鏡で見ながらうっとりしている。


「お前、毒殺したんじゃ無いのかよ!?」

「あれ、いつ僕が毒を飲ませたと言いましたか?」

「じゃぁ、さっきまでの神妙な態度は何だったのよ!?」

「正気に戻すために、もの凄くマズイ精力剤を飲ませたからだけど?」

「一度服用しただけで元に戻るなんて・・・・何を飲ませたのですか?」

「超強力精強剤『サイケヒップバッド』ですけど?」

「・・・・アレかよ」


 超強力精強剤『サイケヒップバッド』。

 それは、一度服用しただけで体力、状態異常、疲労などのバッド・ステータスを回復する強力アイテムである。しかしこれを飲むと狂ったように踊り出したり、変な幻覚を見たり、幻聴に苛まれたりと厄介な副作用が在る。

 オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』でも、使用したアバターが三時間制御不可能になり、勝手に異様な行動をするお遊びアイテムであった。

 闇商人にかなりの高額で売れたりするので、錬金術師の副職業を持つプレイヤーは大量に作り売り捌いていたりする。

 セラもその一人であった。

 因みに物凄く不味いらしい。 


「何でアレ取締りしないんだろうな?」

「少しづつ使うなら良薬だからじゃないんですか?」

「アレ使った後の記憶が無いんだよな・・・俺いったい何したんだろ?」


 レイルは使った事が有るらしい。


「確かに、あの薬は危険かもしれませんね・・・・ぽっ!」

「そうね、確かにある意味危険だわ・・・・ぽぽっ!!」

「俺はいったい何やらかしたんだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 宿に響くレイルの絶叫。

 仲間二人が頬を赤らめ、何かを思い出している所を見ると、かなり恥ずかしい事だろう。

 何にしろ、知らない事が幸せと言う事もある。


 しばらく鏡を見てポーズを決めていたジョブは、ようやくこちらに気付いて良い笑顔を向けてこういった。


「お前ら、プロテイン摂っているか!」

「「「「摂ってねぇよ!!(ません!!)」」」」


 フィオを除く総ツッコミ。


「それはいかん! 冒険者たるもの最後にモノを云うのは体力!! そう、筋肉だ!!」

「僕は経験だと思うな」

「俺は武器の威力だ!」

「私は魔力よ絶対!!」

「仲間との連携だと思います」

「まだ判りません・・・」


 ジョブは呆れ顔で首を振ると、仕方が無いといった態度で彼らの前にやってくる。


「いいか、最後にモノを云うのは筋肉だ、筋肉こそが至高の強さ、筋肉こそが究極の世界を切り開くのだ。見ろこの美しき上腕二頭筋、見ろこの逞しき大胸筋、筋肉こそが冒険者の最も必要な要素である。

 何だお前たちの貧弱な筋肉は、それで凶悪な筋肉(魔獣)に勝てるのか?

 筋肉(魔獣)には筋肉で対抗せよ! 筋肉を制したものが筋肉を制すのだ! 抱け神の筋肉!!」


 なんだか分からない暴論を吐きながら、熱く筋肉を語るジョブ。

 彼の筋肉論は、この村において決して聞いてはならない最悪の理論であった。

ボイルのスピ-ド狂、ジョブの筋肉論、ロカスの三大禁忌である。


 ジョブの暴走が止まる頃、五人の冒険者は死にかけだった。

 彼等は何度も逃げようとした、そのたびに捕まり熱い筋肉の話を延々と聞かされ続けられたのだ。

 絶え間なく続く地獄に、彼らの精神は限界寸前である。

 

「で、お前ら結局何の様なんだ?」


 言いたい事を言い尽くし、ジョブはスッキリした様子で聞いてくる。

 殺意を覚える気力すら出ない。


「ううっ・・・ジョブさん、お客さんが来たって言ったのにぃ・・・」

「客ぅ!? マジか!! 一年振りじゃないか!! 済まない、妙に気分爽快になって気付かんかった! でっ、何人だ!? 五十人でも対応できるぜ、今の俺は!!」

「三人です。どれくらい滞在するかは分かりませんけど・・・・・」

「・・・・三人か・・・・まぁいい! 久しぶりの客だ、歓迎するぜ!!」


 そう言いながらカウンターの裏に回り、下場に備え付けられた名簿を久しぶりに出す。

 うっすらと埃を被った、黄ばんだ名簿帳である。

 薄暗い宿に黄ばんだ名簿帳、埃にまみれた下部の酒場、これだけでもこの村に如何に客足が無い事がうかがえる。ジョブが生きる気力を無くし、現実逃避するのも頷けるだろう。

 だが彼は持ち直した、四人の多大なる犠牲をもって。


「・・・来るな!! 僕は、そっちの気は無いんだぁ!!・・・」

「嫌だ!! 辞めろっ!! 俺に近づくな!! 何故に下を脱ぐんだ・・・・」

「・・・・・うぅ、筋肉が・・・お肉が来ます・・・止めて・・・そんなもの飲みたくない・・・」

「いやぁ~~~~っ!! ガチムチになんか、なりたくなぁぁぁぁいっ!!」


 彼らが正気を取り戻すのは、もう少し先の事であった。




 日も落ち世界が闇に包まれれる頃、ここロカスの村の宿は久しぶりに賑わいを見せていた。

 村の衆がテーブルと料理や酒を持ち込み、誰もが浮かれている。

 その理由が、先程帰ってきたボイル達の報告にある。


 セラのおかげで判明したボルタク商会の阿漕あこぎな不正に対し、村の衆は一丸となって対抗策を実行したのだ。ボルタク商会のライバル、イモンジャ商会に繋ぎを付け、不正行為はもう通じない事を突きつけ、更にはライバル商会とも繋がった事を報告した。

 ボルタク商会の会長ゲイスは、苦し紛れの切り札である偽造契約書を突きつけたが、契約書の存在の穴を利用し、ついに勝利を掴んだのである。

 もうお分かりだろう。

 彼等は勝利と今日の売り上げに浮かれ、こぞってお祭り騒ぎの準備を始めたのだ。

 ジョブの宿屋にある酒場を集会所にして。


「くははははははははっ! たく、見せてやりたかったぜ、ゲイスのあのツラぁ!!」

「くっくくくっ! あの時、笑いを堪えるの大変だったぞ? いや、マジで!」

「最高の気分だ、胸のつかえがとれたよホント」


今迄の恨みが張らせた事が余程嬉しいのだろう、彼等は酒を煽り随時浮かれながら武勇伝を話している。


「僕は契約書の事は、知らなかったんですけどね」

「イモンジャ商会で聞いたんだよ、ゲイスの奴同じ事を他でもやっていたらしいよ?」

「んで、そこの会長の入れ知恵でな、お前さんの作戦に急遽取り入れたんだよ!」

「いやぁ~~ぁ、これでスッキリしたわね! 収入も増えた事だし、良い事尽くめだねぇ」


 イーネも上機嫌で酒を飲みながら、これからも増える収入に期待している。


「どうでも良いが、俺たちも参加して良いのか? あんた等の祭だろ、コレ?」

「かまわねぇよ、馬鹿騒ぎって奴は皆で騒ぐから楽しいんじゃねぇか!」

「済みません、では、お言葉に甘えさせていただきます」

「気にしすぎだよ、本当に育ちのいい子だねぇ、うちの莫迦な連中が変な気起こさなきゃいいけど」

「はい?」


 どうもこのミシェルというは、浮世離れしている気がしていた。

 物腰も柔らかく、言葉遣いも丁寧で、とても冒険者になる様な育ちではない。

 世間知らずの所が時折見え隠れし、悪い大人に騙されないかが心配だった。

 浮世離れしているのはセラも同じだが、セラは妙に歳に合わないしたたかさが在る。

 セラとミシェルは、対極の位置にあるのではとイーネは睨んでいた。


「ねぇ、フィオ、あんたに聞きたい事が在るんだけどいい?」

「なんですかぁ? 私に解る事ならいいんですけど?」

「あのセラって娘の事よ、あんたの知っている事だけでも良いから教えてくれない?」

「セラさんの事ですか? 私に解る事でいいなら」

「お願い!」


 ファイはセラの事をフィオに聞いていた。

 身振り手振りでセラの事を話すフィオはとても可愛らしく、ファイも危うく落ちそうになり掛けたが、何とか堪え真剣に彼女の話を聞いている。

 その話を聞く限りでは、およそ信じられない程の実力者である事が判る。

 いわく、単独でも凄腕の冒険者であり、その知識も底知れないものが在る。

 曰く、錬金術師としても優れており、高額のアイテムを作り出すことができる。

 曰く、凄腕の武具職人にも認められるほどの人物で、かなりの数の最高装備を保有している。

 何から何まで規格外であった。

 とてもではないが、彼女の知る『半神族』とは一致しないのだ。

 いな、もしこれが本当の『半神族』の姿だとしたら、ファイの背中に冷たい物が流れた。


 馬鹿騒ぎはまだまだ続いていた。

 その陽気で楽しげな様子に、セラは自分の行動が正しかったと知る。

 内心は不安だったのだ。

 そん場の勢いに流されて、彼らに余計な事を吹き込んでしまったのではないかと。

 少しでもボタンの掛け違いが在れば、今こうして楽しげな宴が開かれてなどいなかった。

 そのことを思うと、今でも腹の辺りに重い物が圧し掛かる。

 だが現実にこうして要られる事が嬉しく、かと言って過信するわけにもいかない。

 今日はたまたま運が良かっただけと、そう思う事にした。


「ところでよう、お前らに頼みたいことが在るんだがいいか?」


 今まで酒を煽り陽気に騒いでいたボイルが、セラとレイルに真剣な口調で話しかけてきた。


「頼みですか? それは僕たちと言うより、冒険者にって事ですか?」

「まぁな、ちっと、イモンジャ商会で頼みごとをされてな」

「依頼なら良いぜ、どうせ暫くここで行動するつもりだからな」

「悪いな、この村の奴らにも明日伝えるつもりなんだが、お前らにも手伝ってもらいたくてな」

「ふむ、てことは何かの素材を数多くそろえなければならない。そんな感じの依頼ですか?」

「鋭いな、まぁ、数は五十個ぐらいなんだが、いかんせん俺たちはどんなモンだか分からねぇんだ」


 どうやら依頼を請け負って帰って来たらしい。

 それが何だか分からないが、断る理由は二人には無かった。


「村人冒険者の人達にも伝えるのであれば、その時に依頼内容を聞いてもいいですね」

「だな、俺もまずはここの連中と信頼を気付きたいんでな」

「すまねぇ、恩にきる。んじゃ、明日解体場まで来てくれ」

「了解」「分かった」


 一先ず依頼の事は明日に棚上げされ、そのあとはもう収集の付かない事態になってゆく。

 ボイルと村長が樽酒を煽り、ジョブが筋肉を御開帳し、村の若い衆がファイとミシェルに群がり、女性陣がその若い衆をシバキ倒す。

 セラに至っては、昼間に『ディストラクション・バースト』をぶちかました事が響いて難を逃れた。

 こうしてロカス村の夜は更けていった。



 夜も更け馬鹿騒ぎがまだまだ続く酒場を後に、セラは眠り扱けるフィオを背に暗い村道を歩いていた。

 途中からフィオはうっかり酒を飲んでしまい、その場で眠ってしまったのだ。

 当然ながら彼女を運ぶのはセラになる。

 でもそれはそれで、セラにとっては楽しい出来事でもある。

 セラは不意に足を止め、振り向かずに背後に言葉を投げかけた。


「僕に、なにかようですか、ファイさん?」

「いつから気付いてたのよアンタ?」

「宿を出て来た時からですけど?」

「とんでもないわね、フィオが言った通りだわ」

「それで、僕に何か用なんですか? 僕としては早くフィオちゃんをベットに運んで、可愛い寝顔を堪能したいんですけどね」

「しれっと、犯罪者くさい事言わないでよ! まぁ、いいわ、あんたに聞きたいことが在るんだけど」

「聞きたい事ですか? 何でしょう」


 ファイは息を吐き真剣な顔で切り出す。


「セラ、あんたいったい何者なのよ!」

「見ての通りの変り種の冒険者ですよ?」

「茶化さないで、有りえないのよ、あんたの存在が!」


 セラは内心ギクリとする。

 まさか異世界から来たことがばれた?

 もしくはそうで無くても、何か非常識の事をやらかしていた?

 だがそれが判らない。

 分からないなら聞くしかない。

 慎重に、言葉を選んで出方を窺う。


「ありえないって、何がですか? 僕は僕の存在を否定されるような事はしていない筈ですけどね」

「フィオの話を聞く限り、あんたは強すぎるのよ!」

「それのどこが拙いのかは知りませんけど、何か問題でも?」

「大有りよ!! あんたの存在は、私の里を滅ぼしかねない危険なものよ!!」

「多分、それはエルフの里の問題でしょ? 僕には関係ないと思いますけどね」


 セラの言っている事は正論である。

 しかしファイにとって、いや、エルフにとってはとても看過できない問題であった。

 そしてセラの存在が里の『半神族』に知れたらどうなるか、考えたくない状況が目に浮かんでくる。


「『半神族』は力も体力も、どの種族にも劣った存在よ、でもあんたは違う! 他の種族を圧倒的に上回る力を持っている。おそらく、あんたと互角に渡り合えるのは『半魔族』でしょうね」

「それは正解ですよ? ですが、それが何だというんです?」

「里にも『半神族』はいるけど、そのどれもがアンタよりも弱い。それに、あいつらは他の種族にとって奴隷みたいなものなのよ。その中で、あんたみたいな桁外れの化け物が現れたらどうなるのよ!?

 ほかの『半神族』があんたみたいに強くなったら、私たちの立場が危険に曝されるじゃない!!」

「ああっ! 成程、そう云う事でしたか」


 セラはこの時、全ての事を理解した。

 ファイの言動からこの世界の情勢もだ。


 神代の時代が終わりをつげ、この世界に魔獣がはびこり始めた時代。

 混乱を鎮めるために残った種族がした過ち。

 混血種の大量虐殺。

 混乱する世界の安定を図ろうとした彼等は、『神族』の犯した世界戦争の罪を被せ、混血種を根絶やしにしようとした。

 その間魔獣は世界を侵食するかのように増え続け、他の種族も絶滅の危機に瀕したのだ。

 彼等は魔獣の手の及ばない限られた場所で生活せざるを得ず、その狭い空間で文明を発展させてきた。

 だが当然ながら狭い領域でのサバイバル生活は、様々なストレスを抱え込んだ。

 そのはけ口が『半神族』である。


 彼等は力も体力も他の種族より劣り、奴隷にしたり公開処刑などをして不満を解消してきたのだ。

 その行為が最も苛烈だったのがエルフ族である。

 彼等は安全な土地を確保することができず、魔獣の存在と常に隣りあわせであった。

 そのため、民族思想を強め他種族を見下す事で自分たちの種族を守ってきた。

 要するに外に敵を作る事により、全ての不満の目を外に向けたのだ。

 そして発散する事の出来ない不満を、エルフの中から生まれた『半神族』に押し付けたのだ。

 奴隷として扱い、蔑むことで自分達を高等種族と思い込ませることで、現状を維持してきた。

 否、今も続いている。


 だがそこに自分たちを遥かに上回る『半神族』が現れればどうなるか?

 見下してきた者が、とんでもない化け物だったとしたら?

 彼等の築き上げてきた者が崩壊し、立場が逆転したとしたらどうなるか?

 ファイは恐れているのだ、目の前にいるセラを。


「と、まぁ、僕の推論はこんな所ですけど・・・何か間違っている所が有りますか?」

「何で・・・あんたが里の内情をそんなに詳しいのよ」

「いろんな所を歩き回ってますからね、差し詰めファイさんは、里の密命で世界の情勢を探る役割と云った所ですか?」

「なっ、なんで・・・!?」

「駄目ですよファイさん? いくら推論を並べた所で、確証が掴めなければただの推論に過ぎないんですから。馬鹿正直に相手にしたら、自分がそうだと言っている様なモノですよ?」

「なぁ!!」


 ファイは戦慄する。

 目の前にいる『半神族』の少女は、化け物なんてモノじゃない。

 それ以上の得体の知れない何かである。

 強大な力と、知性を持ち、わずかなスキから情報を探り、並べ推測し、結論に達する。

 更にはそれを突き付けこちらの誤爆を指そう。

 怖ろしいまでの狡猾さであった。


「先程言ったように、あなた達の里の問題はあなた達のモノですので、僕の知った事ではありません」

「だから、あんたの存在が・・・」

「それが如何したというんですか?」

「!?」

「別にあなた達が困る事はあっても、僕には関係ないですよね? それに、力を持って他者を虐げるのであれば、それ以上の力を持つものに虐げられても文句は言えない筈ですよ? 自分たちが、それを行っていたのだから」

「わっ、私たちが滅びればいいと! そう言いたいわけぇ!!」

「別にそうは言いませんけど、どうでも良い話ですからね」


 セラの言っている事は、とてもではないがファイには受け入れがたい話であった。

 しかし、セラにとっては本当に関係のない話である事もまた事実。

 これはエルフ族の問題なのだから。


 だが、今のファイにはそんな話は通じなかった。


「どうでも良い訳ないでしょ!! あんたが里を滅ぼすって言ってんのよ!!」

「それのどこに問題が在るんです?」

「あんた一人のために、里の皆が危険に曝されるって言ってんのよ!!」

「そんなの、今更じゃないですか」

「このっ!!」


 感情的になったファイは腰の可変型『ガジェット・ロット』【トランスゲイザー】に手をかける。


「それ止めた方が良いですよ? もし抜いたら死ぬのはあなたですから」

「どこまでも見下して・・・『半神族』のクセに!!」

「やめときなファイ!! お前本当に死ぬぞ!!」

「!?」


 急に声をかけられ振り向くと、そこにはレイルとミシェルが立っていた。


「なっ、何でレイがここにいるのよ・・・」

「ファイさんの後をつけて、さっきからソコの角にいましたけど?」

「気づいていたのかよ、人が悪いぜ」

「人の会話を立ち聞きしているのも人が悪いと言いませんか?」

「ごめんなさい、ファイの様子が気になったものですから・・・・」

「別にいいですけどね」


 ファイにとって、仲間の二人がこの場にいる事が予想外であったのだろう。

 顔は蒼褪め手が震えている。

 恐らくエルフの里の密命を帯びていた事は、彼女にとって隠しておきたい事であったのだろう。

 だがセラは気付いていた。

 気づいておきながら放置し、逆にファイを追い詰める手駒にした。

 そう考えに至ったファイは逆上する。


「卑怯よ、知っていながらレイ達を手駒に使ったわね!!」

「言い掛かりですよ。知ってはいたけど、ファイさんが何の用が在るかなんて分からないのに」

「嘘よ!! あんた、里から逃げ出した『半神族』なんでしょ!? でなければ、里の内情に詳し理由に説明がつかないわ!!」

「僕は、両親ともに人間ですよ?」

「信じられるわけないでしょ!!」

「いい加減にしろ!! ファイ!!」


 声を荒げレイルはファイを恫喝する。


「う・・・うぁ・・」

「さっきから聞いていたが、セラの言っている事が全面的に正しい。エルフの里の問題は、エルフだけのモンだ!! セラには何の関係も無い!!」

「でも・・・里が滅びてもいいって・・・・」

「結果的にエルフの里が滅んだとしても、セラに何の関係が在んだ!?」

「そうですよファイ、セラさんは自分の力でここまで来ているんです、彼女を否定する要因にはなりません。 それにエルフの里に関しても、彼女には関係の無い事は事実です」

「寧ろ、お前の行動の結果、エルフの里が滅びるかも知れないとは思わなかったのか?」

「・・・どういうこと?」

「お前の口から同族の内情を知ったセラが、義憤に駆られて里に乗り込むと考えなかったのかって事だ」

「あっ!?」


 感情任せに行動して、その後の事を何も思い付いていなかった事に、今更ながらに気付く。


「別にそんな事はしませんよ、後の事を考えると面倒ですし」

「・・・・どういう意味よ・・」

「仮に里に乗り込んでクーデターを成功させたとして、その後は? 僕が王様になってエルフと同族を纏めて面倒見るの? 嫌ですよそんな自由のない生活」

「確かに・・・・自由のない生活は嫌だよなぁ」

「私は良い女王様になると思いますが?」

「止めてください! いつ寝首をかかれるような生活なんて、死んでもごめんです!」

「まだ、納得してないわよ! 何であんたそんなに強いのよ!? おかしいじゃない!!」


 ファイの疑問はもっともだった。

 今までにこんな桁外れの力を持つ『半神族』などいなかったからだ。

 エルフ族以外にも他の種族の間に『半神族』は生まれてくる。

 今現在において、『半神族』を迫害しているのはエルフ族だけだが、それでもセラの様な規格外は存在しないのだ。

 疑問に思うのも当然である。


「それはですねぇ、僕たち『半神族』は一定の領域まで経験を積むと、覚醒して力や能力が格段に上がるんですよ。僕は完全体って所ですかねぇ」

「それは知りませんでした。すごいんですね、セラさんて」

「それに、親が他種族だとその特性も受け継がれるんです。エルフだったら魔力とか」

「何でそんなことまで知ってんのよ!!」

「他にも覚醒した奴らがいるんだろ? でなきゃ、この歳でこの強さは有りえないだろ」


 ファイが黙り込む。

 よくよく考えれば、セラの強さはともかく知識の方はおかしい。

 誰かがセラに教えなければ、こんな規格外に成長するはずがない。

 そしてこの世界には覚醒を果たした『半神族』がまだまだいる可能性が高い。

 セラにだけ目が向いていたが、何故一人しかいないと決めつけていたのだろうか。

 今になってその事実に気づく事が出来たのは、仲間のおかげかもしれない。

 そう、結局は早いか遅いかの違いであり、エルフの問題は無くなりはしないのだ。

 里が変わらない限りは。


「悪かったな、仲間が面倒をかけた」

「別に良いですよ、同族を思うのは何もエルフだけではありませんし」

「ほら、ファイも謝って」

「・・・・・・悪かったわよ・・・」

 

 顔を背けながらファイは謝罪をしてくる、暗くて判らないが顔を赤く染めているのかも知れない。


「僕はてっきり、レイルさんには近づくなと、言ってくるものかと思っていたんですけどね」

「なぁ、そんな訳無いじゃない!? なな、何を言ってんのよ! バッカじゃないの!?」

「もう、見抜かれているんですね・・・・ハァ」

「それはそうと、レイルさん、手合せもしていないのによく僕が強いって判りますね?」

「そりゃ、動きとか見ればな、僅かな動作でも気づくもんだぜ」

「さすが中堅クラス冒険者、だてに場数は踏んでないか」

「そう云う事だ」


 どうにか丸く収まり、ふと自分のやるべき事をセラは思い出した。


「それじゃ、僕はこの辺で、フィオちゃんをベットに寝かせて、可愛い寝顔を満喫したいので」

「おう、悪かったな・・・・・今なんか変な事言わなかったか?」

「いえ、いえ、では皆さんお休みなさい。筋肉の夢を見ないといいですね、お互い!」

「思い出させるなよ、じゃあ、明日な!」


 こうしてセラとレイル達はそれぞれ別れてゆく。


「ちょっとレイ、明日何かあるの? あのセラと!!」

「飲んでる最中に依頼を頼まれてな、どんな依頼かは明日聞く事になってる」

「聞いてませんよそんな事、どうしていつも勝手に決めるのですか!」 

「いいじゃないか、何かを採取する簡単なものらしいぞ?」

「だから、何でいつも勝手にきめるのよ!!」


 ロカス村の村道を、賑やかに冒険者たちがやどへと返っててゆく。



 セラはフィオの家に足を進めていた。

 徐々に遠ざかるレイル達の騒ぎ声を聞きながら。

 先程のファイとの会話で気付いた事。

 それは、この世界の時代の情勢であった。

 オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』は、何度かのシステムのアップ・デートを繰り返し、そのたびに細かい設定が変わっていった。

 その為に時代背景に合わせた装備や、イベントの内容も一新されるのだ。

 そしてこの世界の情勢は、ゲーム内でのある時期の設定に酷似していた。


 『半神族』を隷属させているエルフたちのいる世界観。

 国や他種族の共存の道を歩みだし始めた世界。

 それは、オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』が初めて一般に普及し始めた、最初の設定であった。

 当然ながらギルドも仕事の斡旋所でしか無く、犯罪を犯した冒険者を取り締まる権限を持たない。

 ここはそんな時代の世界であると確信した。

 だからどうしたという訳では無いが、情報が在る事と無いのではだいぶ違う。


「やれやれ、面倒な世界に来ちゃったもんだ・・・・」


 セラはそう呟きながら、空を見上げて嘆息を吐く。

 その背中で、フィオが幸せそうに寝息を立てていた。



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