兄妹の終業式風景 ~危うく……ちょん切られる所でした~
空は高く青く澄み渡り、初夏とは思えない程の暑さ太陽が照り返す。
涼やかな風邪すら吹き込まず、朝だというのに教室は現在しうな状態が続いていた。
それでも登校した学生達は元気なもので、彼等は明日からの解放された時間をいかに有効に使うかを友人同士で話し合う。
夏の定番であり、一つの区切りとも言うべき行事が後数分で始まるのだ。
その行事と言うのが終業式である。
学生なら季節ごとに迎える恒例集会であり、誰もが一度は体験するイベントとも言える。
まぁ、大半が長い話で眠気を覚えるか、明日からの予定を心待ちにしているかの何方かだろう。
中には長時間立ち続け、貧血を起こして保健室のお世話に為るものも少なからずいる。
その恒例行事が始まるまで、学生達は他愛も無い時間潰しに勤しんでいた。
その中で二人の学生に焦点を合わせてみたい。
先ずは、一人目の学生を見てみよう。
此処は某市立中学。
彼女は教室の席に座りながらも、顔に浮かぶ笑みを必死に押し隠している。
彼女の名は瀬良真奈。
ご存じ瀬良優樹の妹であり、ややつり目な所以外はそっくりな中学三年生の少女である。
今年は高校受験を控えているが、今の彼女の成績なら志望校は合格できるであろう。
だが、今の彼女には別の選択肢が降って湧いた状況にある。
事の起こりは2週間ほど前、母親の要請で某業界写真撮影に参加した事による。
当初はこの辺りの夏祭り宣伝ポスターの撮影の臨時モデルであった。
しかし、その撮影のメインカメラマン、伊静氏のの強烈なインスピレーションにより急遽路線変更して売り出された写真集は、異例の売り上げを誇る事になった。
販売初日で全て完売し、更に重版で再度販売される事が決まった。
この写真集のモデルが、彼女自身と母親の幸恵、そして兄の優樹である。
問題は三人が揃うと三姉妹の様に見え、更に優樹が女装した事が多大な影響を及ぼす事になる。
見た目だけなら女子大生、母性的でありながらも幼さを残すの初々しい幸恵、活動的で天真爛漫な真奈、清楚で悲恋の表情を見せる優樹と三者三様である。
この写真集【Summer】が販売してからと云うもの、彼女はある夢が現実的になりそうな期待を膨らませていた。
そう、芸能界デビューである。
カメラマンの【Shino】はファッション業界では有名であり、彼女がモデルにした女性達は芸能界入りを果たす事がほぼ確実と言われていた。
実の母親である幸恵もその手の業界から誘いを受けているらしいが、彼女は主婦が仕事だと割り切り、オファー全て断っている。
テレビに出る気が毛頭ないのだ。
だが、多感な年頃である真奈は違う。
彼女は芸能界にもそれなりの興味があり、アイドル活動にも夢を見る程に普通の感性を持っていた。
そして今回のモデルによる写真集は、彼女の夢を実現するための切っ掛けになる可能性が高い。
それだけに彼女は気分が浮かれていた。
「真奈……。言いたくないんだけど、一人でニヤケている顔を見てると凄く不気味よ?」
「杏華ぁ~……、いきなり不気味は無いと思うわ……? アタシだって物思いに耽る時があるんだけどぉ~?」
「いや……実際不気味よ? 出来る事なら近付きたくない程に……」
「・・・・・・・・・マジで?」
「うん、マジで・・・」
実際口元にだらしない笑みを浮かべ、挙動不審な態度をしていれば引かれるだろう。
真奈はそんな事すら気付かずに、周囲に変な空気を撒き散らしていた。
同様に、クラスメイトであり友人でもある杏華以外、友人達は異常なまでに距離を取って此方を見てはひそひそと小声で話しをしていた。
「そんなに変?! アタシ、考え事をしたりすると不気味なのっ?!」
「いや……単に変な笑い方をしているのが気味悪いだけだと思うわよ? 頭、大丈夫? これも地球の温暖化が深刻な所為かしら?」
「暑さでやられた訳じゃないからね!? 考え事をしてただけだからっ!!」
如何やら変人扱いをされたようである。
「アタシは兄貴とは違うわよ。失礼しちゃうわ!」
「あぁ~……天使さんね。可愛いお兄さんじゃない? この間で公園のベンチでレースを編んでたわよ?」
「・・・・・・何してんのよ、あの馬鹿兄貴……女子力が増々高くなってんじゃない!」
「その前は、金物店でチェーンソーを購入してたわよ? エンジン式の……何に使うのかしら?」
「知らないわよっ!! 兄貴が何を考えているのか何て、謎過ぎて分かんないっ!!」
「アイスホッケーのマスクも見ていたかしら? 本当に謎ね?」
「・・・・・・・まさか、猟奇殺人でもするんじゃ……?」
真奈の脳裏に浮かぶのは十三日の金曜日に現れる不死身の化け物では無く、何故か不気味な人形が包丁を振りかざしている姿だった。
この辺りの思考が兄妹である事を充分に理解させられる。
「夜中に水を与えたら増えるんじゃない? 可愛いし……」
「やめてよ、兄貴が増えたら精神が持たないからっ!!」
「アンタも充分変なんだけどね」
「何処がよ! アタシは立派な常識人だからね?!」
「変な味のポテチをいつも食べてるじゃない……。石山の奴が食べて、特殊な車両で運ばれたのは記憶に新しいわ……」
「あの味が判らない奴が変なのよ! 美味しいのに……」
「【臨界突破某原発風、極北の風薫るメルトダウン味】が? 石山……髪の毛が抜けて吐血してたわよ?」
「・・・・・・・・・・・」
何やらヤバい物を食べたようである。
「白い特殊防護服を着た検査官が、放射性物質の反応を調べているのなんて初めて見た」
「ポテチから何も出なかったじゃない。安全が保障されたって事でしょ?」
「何重にも金属製の箱で封印されたのが安全だと言うなら、そうなんでしょうね?」
「ピリ辛で美味しいのに……」
「箱にはヤバいマークがついていたんですけど……?」
「気の所為よ……たぶん・・・」
どう見ても危険な物質が混入されていたとしか思えない。
普段から彼女は何を食べているのだろうか?
「そ、それにしても……最近男子が騒がしいわね?」
「無理矢理話題を変えたわね? まぁ、良いけど……多分、例の写真集でしょ」
「あぁ……【Summer】ね。あたしは購入できなかったわ……ファッション誌を買っちゃったから」
無論、嘘である。
真奈は既に写真集を無料で貰っていた。
ついでにアルバイト料もかなりの額であり、暫くは小遣いをもらう必要が無いほどだ。
だが、敢えてその事は言わず平然と嘘を並べ立てる。
やはり優樹とは血が繋がっている事が解る。
「あのモデルが芸能界デビューするかどうかが気になるらしいわよ? 特に二人目の美少女が…」
「二人目? 三人いるけど……誰?」
「さぁ? アタシは興味ないし」
友人は淡泊だった。
気になる処だが男子には聞きづらい。
真奈は仕方なく聞き耳を立てる事にした。
『なぁ……やっぱりこの子だろ! 【Yuki】間違いねぇ~て』
『だよなぁ~。こんな美少女、今時いないだろ。清純な所がむしろ新鮮だな』
『儚い感じが良いよなぁ~……彼女にしてぇ』
『同感、【Mana】も良いけど……胸が…』
(……【Yuki】て…兄貴?! 何で兄貴の人気が高いのよ!?)
『ネットでも話題になってるぜ? どこかの事務所が問い合わせもしてるとか』
『マジ?! もしデビューしたらファンにになるぞ!』
『ならない野郎がいるのか? 可成り熾烈な会員争いになるな』
『できるなら嫁に欲しい・・・』
『【mana】は胸が……子供っぽくて、大人の色気つ―もんがねぇ』
(悪かったわねっ!! 日下っ、後で殺す!!)
『カキコも凄ぇ~らしいからな、彼女の人気は急速に高まってるのは確かだ』
『是非ともデビューして欲しい!!』
(アタシ……兄貴に色気で負けるの……? 女子力は最底辺?)
瀬良真奈……兄に色気で負けた少女。
さらに追い打ちが掛かる。
『清楚、可憐、神秘的! 正に妖精と言ってもいいだろう』
『他の二人もレベルは高いが、おっとりお姉さまは出来れば身近にいて欲しい』
『元気っ娘てのも需要はあるけど、ありがち過ぎるしなぁ~』
『芸能界じゃ直ぐに消えるな。あそこは魔窟だ』
『見た目だけで行けるほど甘い世界じゃない』
(アンタら何者よっ!! 何で芸能界の世界を知ったような口で言うのよっ!!)
『毎日スケジュールに追われ、やれ歌唱力のレッスンだ、やれ演技の指導だだの、夢だけで何とか出来る世界じゃない』
『そうそう、やる気だけでどうにかなる世界じゃないしな。どうしても才能が最後にモノを言うさ』
『何か一つでも強力な武器が無いと、直ぐに消える世界だしな』
『事務所でも契約がある以上は自由には出来んし、事実上は自由が無い。休暇もイメージを壊さないようにする努力が必要で、人目を気にし続けねばならん』
『もって2~3年てとこだな。数年後には脱いでる事だろう』
『若いだけではどうにもならんよ。モデル一本で行く方が健全だ、【Sachi】の様にな』
(母さんの事まで知ってるぅ~っ?! アンタ等何者よっ!!)
容赦なかった。
それ以前に彼等は業界に詳しすぎる。
とても中学生のする会話では無い。
「真奈……アンタ、顔が悪いわよ?」
「それ、どっちの意味―――――――――――っ!?」
涙目で慟哭する真奈、彼女は絶望した。
特に男子に対してだが……。
「ねぇ、まさかとは思うけど……あの写真集の一人って……」
「聞かないで……アタシ、立ち直れそうにないから…」
「髪が……あぁ、ウィッグか…で? デビューするの?」
「したいと思ってた……。でも、無理そう……」
「お姉さん達のインパクトが高いからね。あんたに色気とかないし、打たれ弱いから厳しい芸能界は止めた方が良いわよ?」
親友にまで止められる始末。
『けどよ、A○B48なら何とかなんじゃね?』
(里内、それよ!! 個人では無理でも、グループでなら……)
『駄目だろ、恋愛は禁止だし……主力争いが厳しい。センターになるにしたとして、どれほど人を惹きつける付ける事が出来るかが問題だ。TVに出て性格が明るみになり、ファンが減る可能性が高い』
『写真集を見た感じ、どう見ても普通の子だろ? 他の二人の様な魅力が薄すぎる』
『天然お馬鹿路線は間に合ってるからな。クール系はどうしてもあのグループでは埋もれそうだし、ロコドルで何とか知名度を上げる事が出来ればいい所じゃね?』
(アタシ……人妻と女装男より魅力が落ちるの?! 其処まで魅力ないのっ?!)
「……アンタに芸能界は無理よ。見た目は肉食、中身は草食だから」
「そんなにっ?! あたし、そんなに影が薄いのっ?!」
「見た目だけで芸能界に入っても、歌って踊れるだけじゃダメなのよ? ライバルを隙あらば蹴落とす様なしたたかさが無いと」
「そ、それ位あたしだって……」
「無理。あのグループの予備戦力がどれくらいいるか知ってるでしょ? のし上がるのは並大抵の事じゃないわよ」
夢だけでは食べてはいけない、それが芸能界である。
見た目が良くても、歌やダンスがどれだけできても、それだけでどうにかなる為る世界では無い。
周囲には一流は数多く存在し、数年で活動を止める者も後を絶たない。
自然界以上に生存競争が厳しい弱肉強食な世界なのだ。
「まぁ、アンタの人生だし、応援はするわよ? 数年後にいかがわしいショップの店頭にDVDが並ばない事を祈るわ」
「敗者確定!? そんなにあたしは弱い存在なのっ?!」
「だって……アンタ、基本的に兎さんだから」
強引に前に出るような事が出来ない真奈。
基本的に人が好過ぎて影の薄い、某ゆるゆりな主人公と同じである。
周りが濃すぎて日陰に追いやられる運命なのだ。
彼女の夢は潰えた。
「アンタに悪女は無理だからねぇ~。諦めなさいな、個性が弱いのよ」
「泣きたい……」
「そんな事より、そろそろ体育館へ移動するわよ?」
「アタシの未来って、そんな事で済ませられる程度だったんだ……」
「他人事だもの、当然じゃない」
「友情て何だろうね……?」
そんな事を話しつつ、終業式の時間が来る。
杏華は鼻歌交じりで堂々と教室を出、真奈は意気消沈のまま体育館へと向かう。
(兄貴……後で絶対に捥ぎる!)
心に何か決意を込めて……
何処をだ?
さて、次の学生を見てみよう。
時間は少し戻り、某県立高校の教室の一室。
瀬良優樹は安藤俊之と共に、熱い教室内でだべっていた。
「なぁ……優樹……」
「何?」
「それ……何だ?」
「鏃だよ? 黒曜石を削って作った」
俊之が眉間に指を抑えて頭痛を堪える。
「何時の時代の原住民だ? 大体、何でそんな物を教室で研いでる?」
「お盆に田舎に戻った時、猟友会のおじさんと狩りに行くんだ。その準備?」
「・・・・・・頼むから、クマの手は持って来るなよ? どう料理して良いのか分からん」
「え~? 結構おいしいのに……」
何処の世界に教室で矢じりを研ぐ学生がいるのか……まぁ、ここに居るが。
見た目は美少女の優樹は、内面はとても野性的であった。
アグレッシブ過ぎる。
「散弾銃じゃないのか? 取扱免許、持っていなかったか?」
「持って無いよ? 持っているのは銃刀所持許可書」
「刀か……持ってるのか?」
「あるよ? 無名だけど、やけに変な気配を放つ刀。一目で気に入ったんだ」
「……それ、村正じゃないのか?」
「見た感じじゃ、童子斬り安綱みたいなんだけど…製作された年数が合わないんだよ。レプリカだと思う」
「何に使うんだ?」
「居合斬り。偶に知り合いの道場で使ってる」
長い付き合いの幼馴染だが、今だ交友関係が謎の人であった。
俊之は少し不安を抱きながらも、『まぁ、コイツだから』で納得した。
「偶にお前の部屋に行くと、変な視線を感じる時があるんだが、アレは?」
「多分、父さんがお土産で買ってきたビィスクドールだと思う。偶に一人で動き出すんだ」
「・・・・・それ、大丈夫なのか?」
「殴り付けたら大人しくなったよ? 聞き分けが良くて助かった。あはははは」
デンジャーだった。
どう考えても怪奇現象のソレなのに、それを拳で大人しくさせる。
正気の沙汰とは思えない。
「何か僕を怖がっちゃって、時折脱走しようとするんだ。僕の所有物の癖に生意気な…」
「そんな不気味な人形、無い方が良いんじゃないか?」
「お金を出して買って来たんだよ? それなのに勝手に逃げ出すんだ、酷い奴だよ」
「悪霊が逃げ出すほどに、お前は何をしたんだ……?」
「周囲を塩で囲って、聖書の一説を延々と聞かせてあげただけ。『いっそ、殺せぇ―――っ!!』て叫んでたっけ」
「悪霊では無く、悪魔が憑りついていたのか……強いな」
普段の私生活が怖い。
日常の直ぐ傍には、狂気的なアウターワールドが広がっているようだ。
しかもその世界を平然と攻略している優樹。
「ところで、男子全員が角で固まっているけど……何してんの?」
「あぁ……例の写真集の事だな。お前……かなり人気が出てるらしいぞ?」
「・・・・・・・・・・・・」
優樹の目が再び死んだ。
ただでさえ女装していると言うのに、その上人気急上昇。
果ては芸能界デビューの話も出て来る始末。
当然の事ながら優樹にその気は無い。
『これは絶対にデビューするんじゃね?』
『けどよ、こんな表情なんか出せるモノなのか? これが本気で演技だと言うなら世界を狙えるぞ』
『大手の事務所が挙って接触を試みているが、未だに誰なのか判明していないそうだ』
『ミステリアス! 是非とも業界には頑張ってもらいたい』
当人の気持ちを知らず、赤の他人は実に勝手だった。
『確かに可愛いけど……何か、瀬良君に似てない?』
『そうよねぇ~? でも、胸があるから女の子?』
『意外に瀬良君本人だったりして』
『まっさかぁ~! アハハハハハ、それは無いって』
(ゴメン。それ、マジで僕です……つーか、バレたら変態確定?!)
内心、穏やかではない優樹であった。
「何で、バレないんだろうな? 俺でも一目でわかったぞ?」
「知らないよ。でも、お願いだから知らん顔していて」
「あぁ……所で、デビューするのか?」
「しないから。僕は芸能界の様な忙しい世界は性に合わないよ……」
「だな。お前なら絶対にサボるだろうし」
基本的に、優樹は芸能界の様な世界にはさして興味は無い。
あるとしても精々芸人位であるし、そもそも最近の流行歌など全く知らない。
趣味に全力で取り組む愉快な暇人なのである。
また、俊之も優樹の事を充分に理解してた。
『まて、【Yuki】が瀬良に似てるとすると……』
『あぁ……女装したらこうなる訳か……』
『よし、この写真集を全力で買い占めるぞ!!』
「何でっ?!」
自分の人気がどれほどの物か知らない優樹は、写真集を買い占めると言う話に思わずツッコんだ。
買い占めた所で再版されたら意味は無いだろうし、何より一学生の資金では限界がある。
やっている事は、売り上げによる印税の一部が優樹に転がり込む程度だろう。
ある意味、優樹に貢いでいると言っても過言では無い。
「何でこんな事に……只のアルバイトが、とんでもない事態に発展してる」
「写真集を出す為の仕事じゃ無かったのか?」
「夏祭り用の宣伝ポスターの筈だったんだよ……それがいつの間にか……。バレたら死ぬしかないね…」
「案外、簡単に受け入れられるんじゃないか? イカレタ奴等が多いし」
酷い言い草だが、合っているだけに何も言えない。
「僕の精神が持たないよ……。アハハ……死んだら線香の一本くらいは上げて欲しいな…」
「自殺するほど嫌なのか……」
異世界では完全に女性化しているのに、此方の世界でも女装なんて精神的にきついだろう。
向こうの世界で何かあれば【暇神】を殴れば済むが、此方の世界では殴れる相手が存在しない。
それ以前に優樹が殴れば本気で死人が出るだろう。
ストレスが溜まるばかりである。
「だが、結局は学園祭で女装する事になるんだぞ?」
「・・・・・・・ヤバイ…バレるかも……」
「今更だろ? 寧ろ喜ばれるだけだと思うが?」
「嘘でしょ?!」
「マジだ。お前のファンクラブが写真を撮りまくるだろうな」
「神は既に死んでいる……この世界は邪神に穢されてるよ」
その邪神が自分自身である事に気付いていない。
「もぅ……良いよ。絶望した……」
「何故に絶望しながらリリアンを編む? 鏃は良いのか?」
「駄菓子屋で売ってたから懐かしくなって……落ち着くよ?」
「俺はそうした作業が苦手だ。昔の接着剤仕様のプラモには腹が立つほどにな」
「昔のガ○プラ、関節が曲がらなかったもんねぇ~」
「改造できるモデラーは凄いよな。俺も一時は憧れた」
昔のガン○ラは特に関節部が悪い。
少し高価なものであれば多少なりとも融通が利いたが、安いタイプは腕の動きが限定され、腰のパーツに至っては股関節の可動部が恐ろしく悪かった。
腹部のコア○ァイターは今よりも不格好で、更に胴長になりがちな体型の為、お世辞にもかっこいいとは言い難い。
それを改造して完全にリニューアルしたのがモデラーであり、プラ板でスタイルを矯正したり、可動範囲を独自に作り変える事で限りなくリアルに近づけたのだ。
また、ポリキャップが普及し始めた時には、接着剤で溶解する事もあり、今現在の形になるまでには可成りの年月が費やされた。
ガレージキットに至っては、接着剤は必要不可欠だけでは無く、プラパテを使用しないと綺麗に仕上がらないからタチが悪い。
しかもかなり脆弱なので、【ガオ○イガー】では肩のパーツや関節が弱すぎて実に情けない姿を晒すほどだ。
高いだけのガレージキットを買うくらいなら、今のプラモを買う方がよっぽど安上がりである。
ついでにガレージキットを買える値段で、完全フル稼働の【ジェネシック】が買えるのだから、実に良い時代になったものだ。
完全変形合体の【コ○バトラーⅤ】は惚れ惚れする程だ。
昔の超合金は……最早何も言うまい。
【ダ○クーガー】に至っては、最早神と言うべき出来具合である。【ゲ○ター】は微妙だが……。
どうでも良いが、リリアンは無いのではないか?
「そろそろ朝礼に出なくていいの?」
「終業式だろ? まぁ、これで明日からは自由の身だ」
これからの時間は彼等にとって地獄となる。
何しろめんどくさい話を聞かされ続けるのだから……。
「行くか? 長い修行の旅路に……」
「…だね、校長の話は特に長いから……」
こうして一学期最後のお勤めに出陣した二人。
恐らくは誰もが身に覚えあるだろうが、何処の教育機関でも上の人間の長話は辛いものだ。
特に興味も無い事を延々と話す校長の話は、ある意味で学生には苦行でしかない。
それは優樹達も同様であり、案の定体育館に向かって三時間余り、校長はかなり長話に花を咲かせる事になる。
「であるからして、男子は特に避妊具は常に所持し、女子はイケメンだからと言って軽い気持ちで付いて行ってはいけません。
ひと夏の経験の積りが、想像以上に厄介な問題に発展しかねないんです」
『『『『『高校生に避妊具を推奨する校長てどうよ?』』』』』
懐は広いが、教育者としては間違っていた。
「皆さんは若い! ですが、若さに任せて勢いで行動した結果、取り返しのつかない罪を犯しかねないのです。
麻薬だの乱交だの、今の時代は何処に危険が潜んでいるか分かったものでは無いのですよ?
君達は好奇心に任せて行動し、その結果の如何に於いては最悪、親を泣かせる事に繋がりかねません。
我が子の死を悲しまない親がいるでしょうか? また、犯罪の片棒を担がされ拘置所送りになった子供をどう思うでしょうか?
危険は直ぐ傍にあるのです!!」
『『『『『いや、何で全員が犯罪に巻き込まれると断言するような言い方なんだ?』』』』』
まるで咎人に説法する聖職者の如く、校長は恐ろしく長い話を延々と語っていた。
既に一四名、熱中症に倒れ保健室送りになり、貧血が二六名と言う異例の事態である。
「つまり、何が言いたいかと言うと……先月妻が妊娠しました♡」
『『『『『結局はテメェの自慢かぁ――――――――――――――――っ!!』』』』』』
此処の校長はいい歳をしたバーコード頭のオッサンなのだが、高校生の幼な妻が居たりする。
何やらプライベートで紆余曲折在り、最近になって結婚したばかりである。
「因みに、私が少しでも帰りが遅いと『浮気はしてないよね? 他に女なんか作ってないよね? もし作ったら……うふふふ……アナタを殺して、私もお腹の子と共に……』なんて言ったりしてきます」
『『『『『まさかのヤンデレ!? こわっ!!』』』』』
「こんなオッサンの何処が良いんでしょうかね? まぁ、其処が可愛いのですが……」
『『『『『『知るかっ!! いっそ、刺されちまえっ!!』』』』』
「この間も夜勤で遅くなったら、その夜は何時になく激しかったです。全く、私の歳を考えて欲しいのですが、思わずハッスルしてしまいましたよ」
『『『『『捥げちまえよ、この腐れ教職者!!』』』』』
三時間もの間延々と話を聞かされ続け、最後に惚気話を聞かされたら軽く殺意も湧くものであろう。
この高校は色々な意味でおかしい連中が集っていた。
教職員も含めて……。
危うく暴動になり兼ねなかったところへ教職員が仲裁に入り、この終業式は終わりを告げたのである。
ある意味で学生達にも同情はするが、別の意味では同類にしか思えず、この高校の先行きが不安になる処だ。
なぜ未だに問題にあがらないのか不思議である。
終業式も終わり自宅に帰宅した優樹は、リビングで~変な笑みを浮かべている妹に~出会ったぁ~。
無表情でテレビ画面を見ながら、かなりイッちゃってる不気味な笑みで一人ブツブツと何かを呟いていた。
何故か背筋が寒くなったので、見なかった事にしようと部屋に足を進める事にする。
(ヤバイ……今、関わったら、間違いなく面倒に巻き込まれそうな気がする)
最近、危機察知能力が高くなった優樹。
だが、そうも上手く行かないのが世の常である。
『あぁ~にぃ~きぃ~~……何処へ行くのかなぁ~~~?』
後ろを振り向くと、何故かドアの陰からこちらを覗き見るヤバい真奈の姿が目に映る。
手には何故か鋏を用意して……
「うん♡ 気の所為だよね? まさか真奈ちゃんがヤンデレになるなんて……いや、サイコさん?」
「逃がさないわよぉ~~~? 何処までも私の邪魔をして……ウククク……♡」
気の所為では無かった。
彼女は幽鬼の如く覚束ない足取りで、それでも危険な笑みを浮かべて近付いて来る。
「何で兄貴みたいな変態が人気があるのよぉ~~? おかしいわよねぇ~~?」
「お、おかしいのは……今の真奈ちゃんなんだけど…?」
「私は正気よ? それはもう、すこぶる程にねぇ~ヒッ、ヒヘへへ♡」
「全然、正気じゃない!? ヤバい薬に手を染めたのっ?!」
優樹の脳裏に浮かぶのはあの危険な薬だが、この世界には存在してはいない。
一部、裏のルートで流れているのに限りでは、とても手の出せる様な物では無いだろう。
何故、実の妹がこんな状況になっているのか、優樹には皆目見当がつかなかった。
「そうよ……兄貴が男だからこんな目に遭うんだ……いっそのこと……」
「い、いっそのこと?」
嫌な予感しかない。
「いっそのこと……ちょんぎっちゃえば良いのよぉ――――――――――――――っ!!」
「何処をぉ―――――――――――っ?! て、何してんのッ?!」
狂気に捉われた真奈は優樹を押し倒し、素早くベルトを引き抜いた。
更にその手はズボンにまで手を伸ばし、無理やり脱がそうとする。
「ちょ?! なに?! 何してんのぉ―――――――――――っ?!」
「うふふふ……兄貴は今から姉さんになるのよ♡ 邪魔な物をちょん切って……」
「何でそんな事になるのっ?! まさか、そっちに目覚めたのっ?!」
「変な所で乙女な兄貴が悪いのよ……だから、アタシが女にして、あ・げ・る♡」
「へ、変態になってるぅ~~~~~~~~~っ?!」
傍目から見れば実の兄を押し倒してるようにしか見えない。
しかし、この場を治める者が居ない以上、優樹はちょん切られる事は確定である。
其れ位常軌を逸した表情を真奈はしていた。
そして、混乱を招く者はもう一人居た。
「優ちゃん、帰ったの……あらぁ~~~?♡」
二人の母親である幸恵である。
彼女はこの異常な光景を目撃すると、実に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「もう、そう云う事は夜にやらないと駄目よ? 二人とも若いわねぇ~♡」
「「何で嬉しそう? それ以前に勘違いしてる?!」」
「お父さんにも報告しなきゃ♡ もう少しすれば、私もお婆ちゃんかしらねぇ~♪」
瀬良家の常識は異常なまでに緩い。
寧ろかなり懐が深いとも言える。
「ち、違うからっ!! アタシは兄貴を女に……」
「まぁ♡ 其れじゃ真奈ちゃんが旦那さん? でも……お似合いよね♪」
「そういう意味じゃないからっ!! 馬鹿兄貴も何とか言ってよ!!」
「いきなり真奈ちゃんに押し倒されて、突然ベルトを引き抜かれたよ。……性欲を持て余してるのかなぁ~?」
優樹、爆弾投下。
効果は抜群だ!
「真奈ちゃんてば、溢れる情欲と肉欲が抑えきれなかったのね? 若いって良いわぁ~♡」
「ち~がぁ~~うぅ~~~~~っ!! そういう意味じゃないから!!」
「え? まさか、肉欲だけなの?! 真奈ちゃんてば、ケ・ダ・モ・ノさん♡」
「違うからっ、お願いだから話を聞いてぇ――――――――――――――っ!!」
芸能界の夢が破れ、図らずも凶行に及んだ真奈。
だがその結果、滾らんばかりの肉欲を求める変人に格付けされた。
考え無しの行動が命取りになる。それが瀬良家であった……。
明日から夏休みを迎える瀬良家は、概ねいつも通りに時が流れていた。
進め、真奈。
頑張れ、真奈。
いつか夢が叶うまで……。
彼女の受難は続く。
今回はノリが悪い。
行き成り出力10パーセントに落ちた気分です。
あぁ……他の話も書かなきゃ。
あれ? 何処まで書いたっけ? 忙しくて記憶が……
こんな話になりましたが、楽しんで頂ければ幸いです。




