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 防衛戦は続く ~変態さんは気楽でいいよねぇ~?~

 五度目のディストラクション・バーストが強烈な猛威となって周辺を包み込む。

 爆心地に居たヴェノムオーガストもその直撃を受けただけでなく、背中ら貫通した一撃が会心の攻撃となる。

 傷口が塞がり切る前に痛烈な爆撃に包まれたため、尋常では無い破壊力を発揮した衝撃波が体内へと逆流。

 結果として見れば致命傷となった。


 恐らく体内は衝撃波によってズタズタにダメージを受けた事は想定できるが、それで安心出来るほどこの魔獣は弱くは無い。

 自身が耐えきれない攻撃を受けたと悟ると、膨大な魔力を消費して再生を始める。

 災厄級と呼ばれる程の魔獣はこうした強力な回復能力がある為、いざ討伐をしようとすると、どうしても長期戦へと発展するのである。

 だが、この再生能力を使用すると魔力を大量に消費するため、攻撃や防御に転用した魔力を大幅に消費させる事に成功させたとも言える。


 しかしながら問題は此処からであり、全身の傷を癒す事は破損させた部位も同時に再生し、更に再び地味な攻撃を繰り返さなければならなかった。

 幸いスタミナも再生と共に奪われるのだが、こうなると何時逃げ出すか分からない状況になる。

 災厄級指定魔獣を撃退する事が出来たとすれば、それは評価に値すべき偉業とも言える。

 だが、セラが目指しているのは討伐であり、ヴェノムオーガストを撤退させる事では無い。

 追い払ったとしても何時出現するか分からない以上、この場でどうしても倒さねばならない事態なのである。

 もしセラ達がロカス村に戻った後、再びヴェノムオーガストが姿を現そうものなら、エルフの里は今度こそ間違いなく消滅する事になる。

 此処の憂いを断つためにも、何が何でもこの場で倒さねばならないのだ。


 そのセラが如何しているかと云えば……木に引っかかっていた。

 自分が放ったディストラクション・バーストにより吹き飛ばされ、丁度良い場所にあった大木の枝に引っかかったのだ。

 蒼い戦乙女の如く美しい防具の姿で醜態をさらす様は、何とも言えない情けなさが滲み出ていた。


「参ったね……。まさか、また吹き飛ばされるなんて…飛行魔法が仇になった……」


 飛行魔法【レビテーション】や【レビュート・フェザー】は自信に重量を操作する事で空を舞う魔法である。

 その代わり物理法則から掛け離れた魔法なので魔力消費も激しいのが難点である。

 体重が一時的に軽くなると、その分衝撃波で吹き飛ばされ易くなるのだ。

 更に持続時間も短く、時間経過によって何度も掛け直す必要があった。


「先ずは魔力を大量に消費させたことは上出来かな? 多分3分の2くらいは使わせたはず……」


 ゲーム内の情報を基に現実と見比べ、その都度攻撃の仕方を変えていた。

 レイド級魔獣が自己再生をする場合、例え亜種でも再生回数は決まって一度きりなのだ。

 破壊された体組織を治療するには、細胞を活性化させる魔力と細胞分裂を促す栄養素が絶対に必要となる。

 その為魔力とスタミナを奪った訳だが、同時に再び最初からやり直しとなるので、その苦労は嫌でも長引く事になるのである。


「もっとも……ゲームじゃ無いのが救いだね。弱点を突けば確実に倒せる分やりやすいか……」


 ゲーム内のこうした敵はHPが0となるまで攻撃を続けなければ倒す事は出来ない。

 しかし、現実には心臓を破壊すれば殺せるし、頭を吹き飛ばせれば確実に息の根を止める事が可能。

 出血多量で死ぬ事もあれば、何かの拍子で事故死する事も十分にあり得る。

 ある意味ではゲームより戦い易いと言えよう。

 その分、危険度は現実の方が格段に高いのも事実だが……。


 なまじデジタルなユニットでは無く完全な生物なだけに、倒す方法は幾らでも思いつくのである。


「とは言え……逃げられてはもともこうも無い。確実に此処で仕留めないと……」


 この魔獣はグリードレクス並みに暴食である。

 周囲の魔獣を自ら放出する毒ガスで倒し、或いは神経ガスで混乱させ捕食する。

 ブレスの威力も凄まじく、魔法による攻撃は地属性で圧倒的な質量による破壊を齎す。

 仮に此処で逃せば、地面に潜り隠れたこの魔獣を探す事は困難であった。

 故にこの場で確実に倒すと決めた。


 セラは飛行魔法【レビテーション】を使用し宙へと舞い上がる。


「コキュースト!」


 瞬間的に絶対零度にまで温度を下げる獄寒氷結広範囲魔法。

 その一撃を受けヴェノムオーガストは一気に純白に染まる。

 

 元よりこの地方は一年中温暖な気候であり、こうした冷却系の魔法には耐性が無い。

 炎系統の魔法を使うよりは氷結系統を使った方が理に適ってはいるが、この辺りの動植物も寒さには弱いのである。

 迂闊に攻撃すると生態系が完全い破壊され兼ねないだろう。

 そんな危険を冒しても使わねば為らない事態である。


 ―――GYOAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 氷結魔法は暫くの間体温を奪い、同時に内側の細胞を死滅させる。

 ましてや絶対零度では直ぐに凍傷以上の効果が表れる事だろう。

 幾ら頑丈な甲殻を持ち得ていたとしても、こうした急激な温度変化には対応できない様であった。


「アイスランス・ファランクス!」


 連続投射による氷の槍を存分に叩き込む。

 ヴェノムオーガストも反撃を試みるが、氷結により思ったよりも動きが鈍い。

 セラは周囲を飛び交いながらも、同じ魔法を連続して撃ち放つ。


 攻撃は地味だが、こうした細かい攻撃を幾度も繰り返す事により、相手の体力や能力を奪い封じるのである。

 毒ガスなどの攻撃は鱗の内側にある臭腺や汗腺が変質したものであり、汗などの分泌物を外気に触れさせる事で気化し周囲に拡散するのだ。

 それが広範囲に広がる事で周囲にいる生物に状態異常を引き起こさせる。

 氷結系の魔法はこうした能力と相性が良く、広範囲に凍結させる事により毒攻撃を封じたのだ。

 無論体を覆う甲殻も細胞である事に間違いは無く、氷結魔法はヴェノムオーガストの防御力を著しく低下させていた。


 だが、体力は未だに健在であり、そう簡単に弱るほど軟弱では無かった。


 ヴェノムオーガストの周囲に緑色の粉塵が舞う。


「毒? いや、毒は封じた筈……あっ?!」


 ―――ZUGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!


 突如発生した爆発により、セラは一時的に飛ばされ距離が離された。

 固有能力による粉塵爆発である。


 セラはこの能力をすっかり見落としていた。

 この緑色の粉塵はヴェノムオーガストが自身で精製し口から吐き出す。

 体内に入れば毒に変わり、少しの衝撃で爆発を引き起こす発火性を持ち合わせていた。


 ヴェノムオーガストは、突進しながらも長い首を自在に動かしセラを喰らおうと攻めて来る。

 その動きを見極めながら、セラは斬撃をカウンターで斬り込みながすり抜けた。


「しつこい男は嫌われるよっ!」


 再生したばかりの背部部位破損個所に、セラは砲剣を叩きつける。

 ビキッと鈍い音が響き、背中の甲殻に再び亀裂が入った。


 ヴェノムオーガストは暴れまわり、纏わりつくセラを何とか引き剥がそうともがき続けた。

 だが、一定の距離を保ちながら自在に攻撃してくるセラを引き剥がせず、次第に苛立ち始めている。

 その苛立ちがピークに達したのか、ロック・ウォールを周囲に無数に展開し、高速回転を加えながらも岩塊を問答無用で投げつけ始める。

 しかも出鱈目である為に攻撃が読み辛い。

 とても標的に目掛けて投げているようではない様だ。


「なっ?! あぶっ!? おっとぉ?! ちょいやぁ!!」


 空中で変なポージングになりつつも、何とか飛んでくる岩を避けるセラ。

 傍目から見ると滑稽な光景である。

 一撃でも食らえば大惨事になり兼ねないのだが、見た目には十分余裕がありそうに思える。


 しかしながらヴェノムオーガストの攻撃は当たらず、苛立ちから咆哮を上げた。

 一方で余裕そうに見えても、セラ自身はそれ程余裕がある訳じゃない。

 内心ではヴェノムオーガストが里に近付きつつあり、何とか里の防衛が成功するまでの時間を稼がなくては為らない。

 懸命に食い下がってはいるのだが、その巨体の動きは止める事は能わず、次第に里との距離は縮まってきていた。

 焦ってはいないが状況は芳しく無い。


「如何したもんかね……このままじゃ、ヤバいよ」


 全砲剣を使い、全てを消し飛ばす積もりでディストラクション・バーストを撃ちまくる訳にも行かず、こうしてへばり付いて進行を邪魔し続けるしかない。

 

 ヴェノムオーガストが里に到達するのも時間の問題であった。



 その頃、里では派手な防衛戦が続いていた。

 飛び交う魔法、吹き飛ぶ魔獣、辺り一面屍の山。

 何とか安定した状況に持ち込んではいるが、以前として油断の出来ない状況下であった。


「東エリアからも侵入されてるぞ!! 防衛班はまだか!!」

「東南の侵入してきた魔獣で手が回らん!!」

「バリスタの矢はまだかっ!!」

「とても手が足りん!! カタパルトに人員が行ってる」

「西南から魔獣侵入!!」

「筋肉エルフはどうした!!」

「男同士で抱き合ってるぞ!! 正直声を掛けづらい!!」

「えっ? マジッ?!」

「何で嬉しそうなんだよっ!?」


 一部変な物があるが、とても人手が足りない状況下に怒声が飛び交う。

 現在迎撃を担当しているのは数多い中級冒険者達であり、彼等は必死になって戦線を維持していた。

 物資搬送と内部に侵入した魔獣は低級の冒険者達が担当し、補佐としてエルフの勇士が手を貸してくれている。

 その中に、魔法砲撃を担当する低級冒険者の姿もあった。


「セニア! 左に群れている奴をお願い!!」

「任せて! ファイアーボール!!」

「中距離は私に任せろ、ガイアランス!!」


 彼等半神族はエルフよりも遥かに高い魔力を持っており、砲撃担当には適任であった。

 何度も回復薬を飲み続け、限界まで片っ端から魔法を叩き込んでいたのだ。


「上から魔法の援護が来るぞ! 巻き添えは喰らうなよ!」


 誰かの警告に咄嗟に反応し、板材で作られた矢避けの盾に身を隠した。

 爆炎が辺りを包み込み、熱せられた空気が爆風と共に吹き込んで来る。

 時折肉片らしきものも吹き飛んで来るが、この状況下で気にしている余裕は無い。

 ましてや眼下に広がる魔獣の屍地獄絵図など見ている暇も無いのだ。


 そこに在るのは生きるか死ぬかの生存競争だけである。


「救護班! 飛んできた骨が刺さった奴が!!」

「呆けてる暇が有ったら攻撃を続けろ!!」


 最初からこんな調子がずっと続いている。

 最早、戦場と見ても間違いでは無いだろう。


 彼等は必死になって防衛ラインを維持し、その甲斐もあってか魔獣の数も減ってきていた。

 それでも今だに動き続ける魔獣もおり、その魔獣を狙って魔法やバリスタの矢が撃ち込まれる。

 目の前で動く魔獣は殲滅対象としてしか見ていなかった。

 彼等は生き延びた後の始末の事なども考えず、ただひたすらに屍を生み出しているのだ。

 その死に物狂いの努力が実ったのか、それとも単に運が良かっただけなのか、里を押し寄せていた魔獣の数に限りが見え始めていた。


「もう少しで魔獣共を制圧できるぞ!! 全員、気張れや!!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」


 ある程度攻め寄せる魔獣を倒すと、当然ながらその終着は見えて来る。

 終わり無き戦いに挑んでいるように見えたとしても、相対する相手が生物である限り終わりは必ずやって来るのだ。

 今回に於いては冒険者とエルフ達の奮闘が実を結んだ結果に他ならない。

 しかし、戦いはまだ終わってなどいなかった。


 ―――GYUGOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOO!!


 時折聞こえた獣の咆哮。

 その声の主は森の木々を薙ぎ倒し、周囲の物をブレスでたやすく焼き尽しながら姿を現した。

 大きさだけなら大型魔獣の更に大型の物に匹敵するだろう。

 しかし、その魔物から放たれる圧倒的存在感は大型魔獣には無いものであった。


「なっ……何だ………アレは・・・・・・・」

「見た事も無い魔獣だぞ?! グリードレクスよりもデカい……」


 ヴェノムオーガストに気付いたのか、はたまた精神支配を逃れ本能に従ったのかは知らないが、小型や中型の魔獣は一斉に逃げ出したのである。

 呆然とする冒険者の目に、ひと際巨大な魔獣にまとわりつき攻撃を加えている存在に気付く。


「あ、あれ……先生じゃないかしら?」


 セニアには、巨大な魔獣に攻撃を仕掛ける様な非常識な人物に心当たりが有った。

 それは同様に、アベル、イクスも同じ事を考えていた様である。


「あんなのに挑むのって……先生しか居ないよね?」

「私もそう思う……凄まじいな、アレ覚醒した半神族。私達の到達点か……」


 時折見える光は爆発によるものであろう。

 しかし、その強力な魔法攻撃も然程ダメージを追っている様には見えない。

 実際に於いては体力の半分以上を奪っているのだが、見ている者達にはそんな事が判る筈も無かった。

 その戦闘は凡そ常人では出来ない様な極致にいる事が嫌でもわかる。


「凄い……あんな大きな魔獣に真っ向勝負だよ?」

「あの人、正気なの? とても勝てそうには見えないんだけど……」

「私もそう思う。どう考えても無茶としか思えない。何があの人を其処までさせるんだ?」


 無論、アイテムのコンプリートだろう。

 セラは確かのエルフの里の為に戦っているのは間違いでは無い。

 しかし、その裏には間違いなく物欲が80パーセントほど含まれているのだ。

 其処に知らない素材やアイテムが有れば、どんな手を使ってでも手に入れようとするのがセラである。

 溢れんばかりの情熱を持って、素材などを収集する事に命を燃やしているのだ。


 だが、彼等はその様な事など知る筈も無く、ただ憧憬の熱い視線を送っていた。

 知らない事は幸せである。


「・・・・・・あれ?」

「どうしたの? イクス…」

「今、其処の柱を全裸の女性が、もの凄い勢いで昇って行ったような……」

「イクス……君は疲れているんだ。このような戦闘に初めて加わったのだから無理も無い」

「何で、そんな可哀そうな人を見る目で僕に言うの?! いや、幻覚だと思いたいけど事実だから!!

「アンタ……休んだ方が良いわよ? 幻覚を見るほど疲れが溜まっていると思うわ」

「少し、休んだ方が良い。後の事は私達に任せて於け」

「お願いだから信じてよ!! 本当なんだから」


 イクスの心の叫びは受け入れられなかった。

 その事実はあまりに非常識であり、決してあり得る筈の無いものであったからだ。

 その後、彼はこの戦いが終わるまで可哀そうな奴扱いを受けるのだった。




 ヴェノムオーガストにのブレスは射程が長い。

 通常種と同等に考えたらまず直撃は避けられなかった。

 その強烈な攻撃を紙一重で避けると、セラは再び背後に回り込み氷結系魔法を連発する。

 セラは自分の役割を体力を削る要因として見ていた。


 執拗に攻撃を加えて来るヴェノムオーガストを捌き、カウンターを狙って地味に体力を削る根気のいる作業だ。

 攻撃範囲を頭部・腕・腹・足・背中に分けて的確にダメージを与えて行く。

 ヴェノムオーガストも、まさか此処まで追い込まれるとは思っても居ないだろう。

 しかしながら実際は体力と魔力を消耗させているのだから、順調にシナリオ通り事が進んでいる。

 油断をすれば即死しそうな攻撃を、セラは辛うじて見切りを付けて避けるのだが、その猛威は一時的にだが行動を緩慢にさせる。


 例えば尻尾による攻撃でも、超重量の質量が通過すれば風圧は凄い事になる。

 体重が軽いセラでは簡単に飛ばされそうになり、それは下手をすると自分が殺される隙に繋がる可能性が出る。

 その攻撃の合間を潜り抜けるのには可成りの勇気が必要となり、同時に相手の隙を逃さない狡猾な一面を覗かせる。

 相手の攻撃した瞬間が、最も攻撃を加えやすい最高の好機だからだ。

 まぁ、こんな真似をすれば命知らずと思われるだろうが、それでも戦闘を他者に委ねる訳にはいかない。

 何しろここに集っている戦闘は防衛戦が初めてである為、背中を預けるには信用が置けないのだ。

 それ故にセラはソロで戦っている。


「ヴェルさんの装備が、状態異常耐性を持っていれば楽だったんだけどね……」


 見た目が幼児の装備は、残念ながらノーマルなので耐性改造は施されておらず、相棒が役に立たない以上は結局一人で耐え続けるしかない。

 セラだけが孤独な戦いを強いられていた。


 ヴェノムオーガストが幾度目かのブレスを吐く。

 セラはそれを避けたが、避けた方向から尻尾が迫って来ていた。


 ―――ぺしっ!


「へうぅうっ!?」


 一瞬の判断で尻尾が迫ってきた事に気付き高逆方向へと飛んだが、結局間に合わずにこの一撃を喰らい飛ばされる。

 そんな状況に追い打ちをかけるかのように、炎の槍が無数に出現しセラを襲う。


「ちょっとぉ―――――――っ!?」


 防御障壁魔法を展開し辛くも避けたが、その対空迎撃の様な威力に流石に手傷を負ってしまう。

 慌てて回復薬を取り出し、一気に飲み干した。

 その間にもヴェノムオーガストは此方に向かって鋭い咢を開く。

 それを砲剣を盾にして何とか防ぐ。

 咬まれる事は無かったが、途轍もない重量の衝撃がセラを地上へ叩き落した。


「いたた……うえぇ?!」


 地上に落とされた衝撃で全身に痛みが走り、その痛みが消える間もなくヴェノムオーガストは尻尾を高々と振り上げ、セラに目掛けて振り下ろす。

 鈍重が振動が大地に響き渡り、更に念入りに全身を回転させる事で鬱陶しい外敵を薙ぎ払う。

 まだ飛行魔法効果が健在であったため、僅かに宙に浮いた状態で咄嗟に懐に飛び込み難を逃れ、攻撃に転じる。

 再び広がる緑色の粉塵。


「急速離脱ぅ―――――――――っ!!」


 強力な爆発がヴェノムオーガストの周囲で巻き起こった。

 安全策第一に行動していたセラは逸早く退去に成功したが、周りは紅蓮の炎に包まれていた。

 今まで以上に破壊力が増加していたのである。


「アレ……? ひょっとして、怒っちゃった?」


 セラの呟きに応えた訳では無いが、ヴェノムオーガストの咆哮は月の無い闇夜に響き渡る。

 同時に身体中の甲殻が一斉に逆立ち、莫大な量のガスが噴き出す。

 完全に我を忘れた怒り状態に突入していた。




 里の円周外郭で戦闘指揮を執っていたミラルカは、ヴェノムオーガストを見て恐怖に震えるのを堪えていた。

 今まで見てきた魔獣が可愛らしく思える位、圧倒的な威圧感を放つ災厄級の魔獣。

 同時にそんな馬鹿げた魔獣に真っ向から戦いを挑んでいるセラに対して、畏怖の念すら覚えていた。


「何故、アレと闘えるのですか……。あのような化け物と……」


 一般常識からは掛離れた非常識を超える現実。

 ヴェノムオーガストを確認した今、セラが如何に凶悪で強力な冒険者である事をまざまざと痛感した。


 まるで神話の戦いの女神の様に宙を舞い、凶悪な魔獣に対して怯む事無く攻撃を加えている。

 蒼く美しい装備はセラを女神の如き幻想的な印象を与え、周囲の者達は神話の戦いを目の当たりにしたような錯覚すら覚えた。

 それはエルフ達も同様であり、差別のヒエラルキー最底辺にいる半神族の姿は完全消滅し、彼等に残っていた種族的常識を呆気無く破壊する。 

 

「あ……あんな化け物と、たった一人で戦っているのか?」

「あの娘、半神族でしょ?! 何なのよ、あの強さはっ!!」

「化け物と化け物……。アレが半神族の真の姿だとしたら……」

「我等は不味い状況になるな……勝てる気がしない……」


 今も半神族に対して根付いた差別意識は消えてはいない。

 しかし、この場に集ったエルフ達には自分達の常識が完全に覆されたのだ。


 セラ達がこの里に来た当初、彼等の認識は扱う武器が自分達より強力なだけで、種族的差は自分達が最も優れていると思っていた。

 これは他の集落のエルフ達も同様であり、セラやセニア達新弟子も冷たい視線を向けられていたのである。


 常識が壊れたのは、新弟子が魔獣【ティルクパ】を12頭も倒した時からであろう。

 其処から立て続けにグリードレクスが持ち込まれ、差別意識は未知への恐怖に取って代わった。

 そして極め付けが、目の前で繰り広げられている災厄級の魔獣とのガチバトルである。


 武器が強力なだけでは勝てない様な理不尽の権化。

 そんな桁外れな魔獣に対して怯む事無く挑み、そして翻弄しつつも攻撃を仕掛けている。

 彼等の知る半神族とは到底思えない、強力な戦士と化していたのである。

 目の前で繰り広げられてる戦闘は、彼等に僅かに残った古臭い固定概念とプライドを圧し折り、木っ端微塵に消し飛ばしたのだった。

 故に彼等は驚愕し、状況を忘れ呆然となっている。


「オイオイ……セラの奴、派手に戦ってるなぁ~」

「改めて規格外よね。レイ、応援に行く?」

「私達では足手纏いですね。寧ろ巻き込まれて怪我をすると思います」

「だな、俺達は最後まで援護に回った方が良いだろ」


 レイルも出来る事なら戦闘に加わりたい。

 しかし、秘境から戻った彼等は自分達の未熟さを痛感し、経験を積む事を最優先していた。

 無謀な戦いに挑むのは出来るだけ避け、確実に実力を付ける為に日夜狩りとミーティングを入念に行っている。


「ふむ、どうやらあれが暴走の原因か……君達、今の状況を簡潔に教えて貰えないかな?」


 突如声がしてレイル達が顔を向けるが、其処には誰も居なかった。


「い、今、こっちから声が聞こえたよな?」

「うん……でも、誰も居ないし……」

「幻聴でしょうか?」


 声がした方向には落下防止の柵が有り、そこから先は小型魔獣の屍が無数に転がる広大な平野が広がっている。

 とても人が立てる場所では無い。


「そこでは無い。下だ……」

「下?」


 レイル達が策の下を覗くと、其処には消えた筈のエーデルワイスが柱にしがみついていた。


「あんた……そんな所で何してんだ?」

「ふっ、少し下で魔獣共と戯れていただけさ。それよりも引き上げてくれないかい?」

「それは構いませんが……」

「それよりも聞きたい事があるんだけど……」

「何かね?」


 レイル達は今、心の中で思っている事を躊躇いながら、それでも聞かねばならない疑問をぶつける。


「「「アンタ……何で裸なの?」」」

「野暮な事を聞かないでくれるかな? それ以前に、こうしているのも辛いんだが……」


 そう、今のエーデルワイスは下着すら着ていない全裸を惜しみなく晒しているのだ。

 おおよその事は現状から理解できる。

 しかし、時と場所を弁えない彼女の行動は些か問題があるだろう。

 レイル達は頭を抱えたくなるような頭痛を覚える。


「コレ……引き上げて良いのか?」

「正直、此の侭あの魔獣の餌になってくれるとありがたいわね」

「言い過ぎですよ、ファイ……ミラルカさんに意見を聞いて来ましょう」

「ちょ、流石に腕が痺れて来たんだけどぉ~?! 早く引き上げてくれないかなぁ~っ!!」

「「其の儘、落ちちまえば良いんだ!!」」


 レイルとファイは辛辣だった。

 この非常時に己の性欲を優先するような変態である。

 寧ろ死んでくれた方がありがたいと、二人はマジで考えていた。

 そんな二人とは別に、ミシェルはミラルカを呼びに走る。

 

 程なくして、ミシェルはミラルカを連れてこの場に戻って来た。

 いや、他の白百合旅団のメンバーも一緒のようだ。


 エーデルワイスの姿を見て、彼女達は一発で状況を察した。

『こいつ……この状況でマイアを襲いに行って返り討ちになったんだな…』と……。

 ある意味充分に理解し合っていると言っても良い。

 嫌な方面にだが……。


「お姉様……此処まで分別の無い愚かな人だとは思いませんでしたわ……」

「何で、そんな蔑んだ目で私を見る?!」

「こんな状況だというのに貴女と云う人は……そのまま魔獣に美味しく食べられてくだされば宜しいのに」

「ふっ、そう簡単い魔獣などにこの身を与える気にはならんさ。それより、実の姉に向かって酷くない?!」

「自業自得やろ……まさか、此処までアホやとは……」

「私としては、ここで始末した方が良いと思う。エーデルは恥以外の何者でもない」

「セティ?! フレイ?! 何で侮蔑の籠った目で私を見るかな?! それよりも早く引き上げてくれないと落ちるんですけどぉ?!」


 全員が落ちてくれる事を期待していた。

 誰も助ける気には為れなかったのである。

 約一名を除いてはだが……。


「お姉さま、ロープを降ろします!」

「助かったよ、レニー……全く、酷い連中だな。これも銀色悪魔に染まったせいか……」

「「「「アンタの行動が原因だよ!! 人の所為にすんな、変態めっ!!」」」」


 何処までも自分の都合の良い事に解釈する変態、エーデルワイス。

 一人を除いた全員が武器に手を掛けようとして、必死に堪えていた。

 此処で無駄な体力を消耗する訳には行かなかったのである。

 感情を理性が抑えた瞬間だった。


「で? 現在の状況は?」

「……現在セラさんがヴェノムオーガストと交戦中。同時に私達は内部に侵入した魔獣の撃退に従事しています。

 程なく制圧が完了すると思いますが、ヴェノムオーガストが居るとなると、バリスタの矢の消費を抑えなくてはなりません」

「中級以上の魔獣の制圧状況は?」

「バリスタの射撃により、ほぼ無力化に成功。一分は逃走を開始し、後はヴェノムオーガストをどこまで弱める事が出来るかに掛かっていますわ」

「銀色悪魔の奮闘次第か……忌々しいけど、頼る他ないのが現状だね」


 幸か不幸か、ヴェノムオーガストの接近により他の魔獣が逃げ出している。

 内部に入り込んだ魔獣の制圧を優先しているので、程なく騒ぎは沈静化すると思われた。

 だが、此処にいる者達にとって、これからが正念場なのである。


「災厄級の魔獣か……ふふふ…狩り甲斐があるじゃないか」


 不敵な笑みを浮かべてヴェノムオーガストを見る彼女は、今までの変態的行動から信じられないほど精悍な表情である。

 宛ら戦いを望む驚喜的愉悦の笑みと言っても良いだろう。

 これが普段の彼女なのだ。


「お姉様……強敵に高揚するのも宜しいのですが、一言申し上げさて貰いますわ……」

「何だい? ミラルカ……」

「「「「「アンタ、いい加減に服を着ろよっ!!」」」」」


 だが、今の彼女は全裸で仁王立ちしている。

 傍目からは、どう見ても立派な痴女にしか見えなかった。

 

 最後まで彼女は変態のままである。





 そんなグダグダなやり取りをしてる最中、セラは必死に孤独な戦いに身を置いている。

 この暴走騒ぎも佳境を迎えたと感じながら……。


「さて……それじゃ、そろそろ本気で引導を渡してあげようかな?」


 セラの顔に普段、決して見せない様な獰猛な笑みが浮かぶ。

 そして持てる全てを駆使して、ヴェノムオーガストを倒す宣言をした。

 

 災厄級魔獣を葬る最終プロセスに突入したのである。


 あれ? 意外に長い……予定より話が伸びてる。

 何で何時もこうなるんでしょう? 不思議です。

 次で防衛戦は終局を迎えると思います。

 最後までグダグダになると思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。

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