防衛戦は辛いよ ~僕が真面目に戦っている時に、何してんの?~
ヴェノムオーガストは基本的に動きが遅い。
その代わり周囲の放出する猛毒によって獲物を弱らせ、動きが鈍くなった所を捕食する。
それは麻痺・猛毒・筋力の弛緩・発狂と、何ともタチの悪い効果を齎す。
全身を鋭角的な棘上の甲殻に覆われ、二足歩行なのだが動きは緩慢。
あまりの巨体な為、全力で行動すると直ぐにスタミナ切れを起こす。
だが、それを補って余りあるほどの魔力を保有し、大規模な破壊魔法と強力なブレスで敵を粉砕するのである。
元はグリ-ドレクスと同種の魔獣だが、系統が異なる仲間すら捕食するほどに飢えていた。
これはグリードレクスと良く酷似した性質であり、まるで満たされる事が無い空腹感に襲われているかのように捕食行動を繰り返すのだ。
恐らくは、再び地中で眠り続ける為の栄養を貯える為の行動なのだろうが、その食欲は広範囲の動植物を根こそぎ絶滅させるような暴食ぶりを見せるのである。
長い時には数十年は眠り続ける事が可能であり、目覚めると再び暴食行動を再開する。
図らずも、今回の魔獣の暴走はヴェノムオーガストの目覚める周期と重なった様である。
エルフの里は未曽有の災害に見舞われたと言っても過言では無かった。
「……と、まぁ~大まかな説明はこんな所なんだけど、幸運にも小型サイズで助かったとも言えるかな?」
セラがいるのはヴェノムオーガストの上空。
エルフの里に近付く前に出来るだけダメージを与える為に来たのだが、地上は魔獣が暴走しており、どうしても空から攻めるより手段が無かった。
魔力を消費するのであまりやりたくは無い手だったが、仮にも相手は災厄級。
多少の無茶でもせねば無傷のまま里を襲う事になり兼ねない。
「さて……では先制攻撃のディストラクション・バースト二連撃ち!!」
両手に砲剣を持ち、一気に魔力を開放してディストラクション・バーストが炸裂する。
真下では今だ魔獣を捕食しているヴェノムオーガストが破壊の本流に呑み込まれ、圧倒的な破壊の力が周囲の木々を薙ぎ倒し、毒によって倒れた魔獣は巻き添えで吹き飛ばされた。
気分はもう、どこぞの羽の生えた機動兵器である。
砲撃を加えたセラは手早く無限バックに砲剣をしまうと、別の砲剣を取り出して構える。
この程度では死んだとは思えず、同時に反撃に備えたのだ。
その予感は正しく、地上からセラに向けて極太の光が襲い掛かる。
「ちっ、やっぱりね……」
辛くもブレスを避け、その隙に懐に飛び込むとそのまま一気に斬りつける。
飛行魔法の制限時間は約15分。
地上型の魔獣なので優位性はあるが、それでも災厄級なだけに防御力が高い。
「パワーブースト!」
攻撃力を高める補助魔法御行使し、足に狙いを定め攻撃を加える。
だが、鈍い手応えしか伝わらず、浅い傷口しか出来ない。予想外に鱗が固く弾き返されたようである。
ヴェノムオーガストは足を上げ、セラを踏み潰そうと重量のある足を落す。
大地に衝撃が伝わり、反動で舞い上がった小石がセラを襲う。
めげずに魔法を撃ち込むセラ。
しかし、威力は有ろうともこの魔獣にあまり効いている様子は無い。
返礼とばかりに凄まじい勢いで小石が無数に飛んできた、寧ろ散弾に近い。
慌てて退避するセラを追う様に、痛烈な尻尾による薙ぎ払いを繰り出す。
「おぉおっとぉ!?」
しゃがみこんだセラを翳めるように、猛烈な勢いで尻尾が通過して行く。
一瞬の判断が生死を分ける危険な場面だった。
思わず冷や汗を掻いたほどである。
『まいったね……これは予想以上に難敵だよ。ゲームとは違うからHPゲージは無いし、長期戦になると危険かな?』
ゲームであるならどれだけダメージを叩き込めば良いのか分かるが、リアルだとそうは旨く行かない。
相手にどれだけの攻撃を加え、どれだけ効果が有ったのか判断が出来ないからだ。
言わばゲージ無しでレイドボスを倒す状況なのだが、正直難易度が高く厄介である。
少しでも焦れば判断ミスを起こしかねず、それが命取りにもなるのだ。
そんな事を考えながらも、弱点である腹と足元、時には首を重点的に執拗に狙い斬りつける。
細かい鱗が剥がれ鮮血が飛び散る中、至近距離からの攻撃魔法も忘れない。
―――GYAOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
ヴェノムオーガストが吼える。
セラは嫌な予感を感じ、迷わず距離を取る。
すると、ヴェノムオーガストの躰から濃い紫色のが鵜が一気に噴き出し、辺りを禍々しい色に染めた。
しかもガスの臭いがあまりに臭いが酷い。
『紫?! コレ、精神ガスじゃん!!』
セラは装備のお陰で影響はないが、周囲を逃げ惑う魔獣は違う。
ガスを吸い込んだ魔獣達は状態異常となり、近場な魔獣に襲い掛かったり、意味も無くは尻だ指揮に激突したりと様々影響が現れた。
更に問題なのがヴェノムオーガストがガスを放出しながら走り出し、その範囲を広げている事だろう。
セラは必死の風属性攻撃を加え、ダメージを与えると同時にがガスの拡散を狙う。
しかし、巨体を覆いつくす様なガスを全て拡散させるなど不可能であり、同時に状態異常を起こし混乱する魔獣の処理も出来ない。
混乱を起こした魔獣の群れの一部は、里に向けて走り出していた。
「ヤバ! けど、コイツをある程度弱めておかないと不味いし、向こうには善戦して貰う事を期待するしかないか……」
すかさずセラは、ディストラクション・バーストを撃ち込んだ。
この砲撃の連続攻撃がセラの常套手段であり、こうした超大型の魔獣に対して連続して攻撃を加える戦闘を得意としていた。
無論全ての砲剣を使用したとしても災厄級や災害級は倒す事は出来ない。
そこでこまめに部分破壊を起こしたヶ所を徹底的に狙うのだ。
体を覆う外殻がどれほど硬かろうと、強力な破壊攻撃を加えられれば脆くなってくる。
その攻撃の合間に自身の魔法や斬撃を加える事で弱らせ、長期的な戦闘を可能としていた。
「三発喰らわせて、やっと怪我を負わせたか……。今後のペース配分を考えると、ここは接近戦を挑むしかないね」
そして、その長期戦を可能としているのが、自身すらも制御する強靭な精神力である。
勿論ゲームと実戦は違う。
しかし、セラは元の世界で格闘技を幼い頃から叩き込まれ、同時に狩りの経験もあるのだ。
獲物に対しての対処や状況判断を行う精神は充分に養われている。
『部位破損は背中と脇腹、地上では攻撃は届かないし、魔力は温存したい。飛行魔法もそろそろ切れそうだし……改めてかけ直すとして、問題はどれだけ食い下がれるかかな?』
攻撃を加えつつも、巧みな飛行制御でヴェノムオーガストの攻撃を避けていたが、セラはフッとある違和感を覚えた。
攻撃する状況次第では地上スレスレから狙う事もある。
しかし、高度を地上までに落とすと小型や中型の魔獣が襲い掛かって来るのだ。
『おかしい……これほどの巨体の魔獣なのに、何で回りの小型魔獣が逃げないんだ?
最初は混乱しているものかと思ったけど、まるで周りで護衛しているみたいだ……まさか!?』
セラはヴェノムオーガストを良く見る為に、閃光の魔法を使った。
強烈な光に照らされ、暗闇の中からその姿を曝け出す。
その姿はセラの良く知っている物であった。しかし……
『黒じゃない……黒赤色?! コイツ、亜種だ!!』
良く見ると頭部には短くも太い角がある。
通常種のヴェノムオーガストには無い物であった。
黒赤色の角持ち、それはセラの相手にした事の無い未知の魔獣であった。
通常種とは異なり、角から特殊な波動を流す事により混乱した他の魔獣を操るのである。
更に通常種よりも動きが早く、攻撃力も格段に高い。
何故この様な情報を知り得ているかと言うと、『ミッドガルド・フロンティア』が最近アップデートされた時、新たに実装配備されたレイド魔獣だからだ。
夏休みはゲーム三昧を決め込むつもりであったセラは、予め情報を収集して詳細を調べ上げていたのである。
『ヤバいよ……こいつは通常種よりもタフだ! どおりで、三発撃ち込んでしか手傷を負わせられなかった訳だよ』
通常のヴェノムオーガストであるなら問題は無かった。
だが、亜種ともなると他にどんな特殊能力があるか分かったものでは無い。
危険度は格段に跳ね上がる。
そんな事を考えていた時、ヴェノムオーガストの周囲に巨大な岩が無数に構築され、周囲を高速で飛び回る。
『ゲッ!? ロック・ウォール!?』
高速で周囲を飛び交う岩は、接近戦を挑もうとするセラを阻み、同時に手痛い攻撃となった。
何しろ接近が出来ないのだから、なまじヴェノムオーガストの周囲を飛んでいるだけでも飛来する岩に脅かされる。
何度か小さい岩が直撃し、その痛みに顔を顰める。
更に問題があった。
周囲を防衛させている魔獣を邪魔に思ったのか、ヴェノムオーガストは魔獣をある方向へ前進させたのだ。
その方向はエルフの里。
暴走を起こした魔獣を最初に撃破した時よりも明らかに数が多い。
「ちょ、待って!! 嘘でしょっ!?」
セラは慌てて砲剣をを構え、移動を始めた魔獣とヴェノムオーガストを巻き込む形で四度目の砲撃をぶっ放した。
周囲が凄まじい破壊の猛威に包まれる。
里の被害を最小限にする為に魔獣の数を減らす目的であったのだが、なまじ地上に近い場所で撃ち放ったために、セラは爆風で吹き飛ばされた。
完全に自爆である。
だが、ディストラクション・バーストを逃れた魔獣の一団は、エルフの里へと殺到する事態は免れなかった。
状況が混戦へと向かって行く。
里の防衛をしていた白百合旅団を含む冒険者達は、森の奥で引き起こされた爆発に開いた口が塞がらない。
「三回だったな……それ程ヤバい奴なのか…」
「その程度で仕留められる様な奴では無いじゃろ」
「ですが、セラさんはアムナグアを倒しているのでは? ならばヴェノムオーガストも倒せるのではないでしょうか?」
「アムナグアの奴は死に場所を求めておった。そして、偶然にもセラの精神内に封印された我の存在に気付き、戦いを挑んで来たのじゃ。
瀕死のあ奴と五体満足のヴェノムオーガストでは話が違う。
恐らくじゃが、かなり長期戦になると思うぞ? アムナグアの時よりも派手なのぅ」
ヴェルさんの回答に白百合旅団のメンバーは顔は青褪める。
「あの惨状で短期決戦でしたの?」
「恐ろしいな……いったい、どれほどの被害が出るか分からん」
「洒落に為らへんやん……。悪夢再びやないか」
「しかも長期戦、周囲が根こそぎ灰燼と化しますね……」
現在ロカス村の周辺には、アムナグアとの戦闘の爪痕が未だに残されたままであった。
巨大なクレーターが幾つも作られるような戦闘が短期決戦なら、長期戦となった場合にどの様な惨状となるか想像もつかない。
しかも今回は災害級と同等の災厄級である。
更には相手は五体満足であり、一から手傷を与えて行かねばならないのだ。
その状況を考えるだけでも頭が痛い。
「幸い、ある程度のダメージはセラが与えてくれるじゃろう。問題は、その後の戦闘指揮如何によっては、この里も危ういのぅ」
「一つの失敗すら許されないという事か……」
「防衛戦をした事が無いのじゃろ? 一つのミスが連鎖的瓦解に繋がるのじゃ」
こうした背水の陣的防衛戦は、少しの判断ミスが最悪の命取りに繋がる。
その指摘をするヴェルさんは、まるで歴戦の将に思えた。
だが、この姿を見た一同は、その時ようやくある事に気付いた。
「「「「「ヴェルさんがマトモな事を言ってるぅ―――――――――――――っ!!」」」」」
「お前等も失礼なのじゃあぁ――――――――――――――っ!!」
普段がセクハラエロ幼女なだけに、偶に真面目な事を言うだけで驚天動地の騒ぎになる。
自業自得なのだが、あまりにも情けない。
普段の変態行動が、緊急時のこうした状況下に波紋を齎すのは如何なものだろうか?
これが原因で致命的失態を起こされたら目も当てられない事だろう。
ヴェルさんには普段の態度を改める事をお勧めしたい。
「お主等もセラと同じ事を言うのじゃな……」
「いや、だってよぉ~」
「てっきり、お姉様と同類と思っておりましたから……」
「せや、状況御構い無しに胸を狙う変態なんやと思ってた」
「私もそういう認識だった……スマン」
ヴェルさんは涙目で恨みがましく、この場にいる連中を睨んでいる。
―――DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!
「四回目のディストラクション・バーストですね……」
「ちょ、魔獣共がこっちに押しかけて来るわよ!?」
だが、再び変わる戦況に、ヴェルさんの無言の抗議は無視された。
まるで狂ったかのように前進してくる魔獣達の群れ。
「第二陣が来ましたか……総員戦闘準備!!」
ミラルカの号令で再び慌ただしく周囲が動き出した。
中型以上の魔獣はバリスタで狙い、小型魔獣は魔法の一斉掃射で駆逐する。
しかし、第二陣の数は最初の時よりもあまりに多かった。
「一階層の連中に連絡!! 内部に入り込まれた時の為に迎撃準備をさせろ!!」
「魔力が無くなるまで撃ち続けろ!! 此処が落ちたら死ぬ事になるぞ!!」
「カタパルトの用意もしろ!! 出し惜しみはもう必要ない」
各部隊長が檄を飛ばす。
第一陣とは異なり、異常な行動を繰り返しながら猛然と里へ迫ってきている。
何しろ前に要る魔獣を別の魔獣が襲い、ある魔獣は酔っ払いの様な千鳥足であったりと行動が異様なのだ。
分かる事は自分達の知る魔獣とあまりに生態が異なり、何が起きてるか判断がつかないのである。
それでも為すべき事は変わらない。
防衛指定ラインを超えた時、全兵力が一斉に攻撃を開始した。
全属性による魔法が容赦無しに魔獣の群れに叩き込まれる。
「くそっ!! 防ぎきれねぇ!!」
「数が多いわ!! カタパルトとバリスタは何してんのよ!!」
「カタパルトは石を詰め込むのに時間が掛かる。どうしても二撃目は遅くなるんだよ!!」
「威力はあるのに面倒な……」
「バリスタも矢をセッティングするのに手間が掛かるからなぁ~」
現場は急激に忙しくなり、先ほどあった余裕は嘘のように消え去った。
既に小型の魔獣の接近を許し、里を覆う外環の防壁前に密集して来ていた。
この外環の防壁に設置された扉が破壊されると、一斉に内部まで入り込まれる事になる。
予めバリケードも設置してはいるが、それでも完全に防げるわけでは無い。
里はそれ程に広いのだ。冒険者達は苦戦を強いられる。
「マナ・ポーション運んできましたぁ~」
「ありがてぇ、良いタイミングだお嬢ちゃん!」
「これで後三年は戦える」
「そんなわけないでしょ、馬鹿言ってないでさっさと蹴散らすわよ!!」
フィオが運んできた魔法薬に、魔力切れの冒険者が殺到する。
今置かれている状況は、どんな手段を用いても里を守る事にあるのだ。
冒険者達はすぐさま攻撃に戻り、地上に向けて魔法攻撃を撃ちまくっていた。
「皆さん、お腹がタプンタプンにならないんですかねぇ~?」
危機的状況化の中で、フィオの呑気な疑問を覚える。
「フィオ、ここはまだ大丈夫だから、二階にも魔法薬をお願い」
「うん、分かったぁ~。一生懸命運ぶね、お母さん」
「気をつけて行きなさいよ? 何処から魔獣が入り込むか分からないからね?」
「はぁ~い♡」
忙しく防衛に勤しむ中、やけにアットホームな会話が飛ぶ。
状況が逼迫しているというのに、一部では余裕綽々である。
フィオは元気に台車を転がし、別の場所に支給品運搬に向かうのであった。
『ぶぅ~ん♡』と暢気で元気に走りながら……。
彼女は台車を転がす事が楽しかった。
一方マイアも支給品の搬送に忙しく走り回っていた。
中にはバリケードも邪魔をし迂回せねばならなかったが、概ね自分の役割は果たしている。
そして、最後の搬送を終えようとした時にそれは起こった。
―――ギョァ、ギョア、ギキョキョキョキョ!
けたたましく鳴き叫びながら、数匹の二足歩行小型魔獣【ヴェノラプター】であった。
「困ったわね……何処から侵入したのかしら…」
クールにそう呟きながら、手にハンマーを持ち替え構える。
この魔獣口から毒液を吐き出し、敵を弱らせてから集団で襲う。
ヴェイグラプターと異なり腕が長く、相手を取り押さえてから鋭い牙で喰らい付くのだ。
逆に言えばそれだけの魔獣で、然程苦戦する様な相手でも無い。
マイアに向かって走って来るのを確認すると、彼女自身も走り出し間合いを詰め、ハンマーを一気に横薙ぎに叩き込む。
ヴェノラプターは弾き飛ばされ、後から来た二匹目に直撃。
その隙を逃さずに上段から痛烈な一撃を叩き込み、更に三匹目を下から上に振り上げる形で叩き飛ばす。
口から鮮血を吐きながら三匹を始末し、あっさりと制圧を完了した。
「さて、遅れてしまいましたがコレを運ばないと……」
その時マイアが感じた全身を嘗め回す様な、それでいて獲物を襲う野獣のような視線に背筋が凍る。
こんな視線を送る者など数が知れており、同時にこんな状況下で馬鹿な真似をするとは思えない。
いや、正確には思いたくも無かった。
だが……残念な事に、ソレは居た。
「ふふふ……♡ ようやく見つけたよ、マイア……」
「・・・・・・・・・・・・」
天井の梁にしがみつき、まるでホラー映画に出て来るような悍ましい笑みを浮かべ、ぶら下がっている。
完全い目つきがヤバイ……病んでいた。
「状況を弁えないのかしら、この変態は……」
「変態なんて酷いじゃないかぁ~……。私はこんなにィイィ~君を愛してるのにぃ~……うふふふ…♡」
「今は貴女に構っている暇は無いんだけど?」
「そんなにつれない事言うと……増々濡れちゃうじゃないかぁ~♡」
これをヤンデレと言うのであろうか?
この異常なまでの執着心は脱帽ものである。
「魔獣の侵入を許してるんですよ? 迎撃するのが仕事じゃないんですか?」
マイアも言っても無駄だとはわかっている。
だが、こんな状況なのだからもしかしてと思うのも間違いでは無い筈だ。
「こんな状況なのだからぁ~……増々……MO・E・RU♡ フヒヒヒヒ……」
しかし、間違いだった。
筋金入りどころか、完全いヤバい方向へ進化した変態になっていた。
マイアが頭を抱える。
「邪魔だから何処かへ消えてくれないかしら? 迷惑なんですけど……」
「うふふふ……良いよぉ~♡ その蔑んだ目が……私の心に熱い滾りを与えてくれるぅ~~~~っ♡」
ウザかった。果てしなくウザかった。
正直に言えばマイアも関わり合いになりたくは無い。
しかしながら、この変態は何処にいても追いかけて来るのだ。
悪夢の如き粘着質のストーカー体質なのである。
「君が悪いんだよぉ~~ハァハァ♡ 私を蔑ろにして……あんな悪魔に体を許すからぁ~……」
「人聞きの悪い事を言わないでください! 一緒にお風呂に入っただけじゃない。貴女に姉さんをとやかく言われる筋合いはないわ!!」
「姉さん……その言葉は私だけの物だったはずだぁ~……許すまじ……銀色悪魔……くぉろしてYARUUUUぅ!!」
酷い逆恨みである。
セラも恨まれる覚えは無いのだが、事が頭のおかしい人物なだけに常識が通用しない。
同じ変態でも、ヴェルさんが可愛く見える。
「……ここで、始末をつけた方が良いですね」
「ああぁ~♡ これで私の愛が成就されるぅ~~……さぁ、行こう!! 愛の楽園へ♡」
「断る!」
「大丈夫BUぅ~~……最初はYa、優しくするからぁ~~~~っ♡ 痛くしないよぉ~~~~~~ん」
次第に言動がおかしくなってきている。
まるでヤバい薬で最高にキマッているみたいである。
「嫌よ嫌よも好きの内ぃ~~~~~っ!! 私の愛を受けとめるんDaぁ~マイアぁああああああAAAAAっ!!」
マイアは咄嗟に状況判断をする。
上からどこかの脱獄ヒーローの如く、全装備をキャストオフして突っ込んでくる変態。
更に後方から新たに侵入してきた小型魔獣の集団。計7匹。
すかさずマイアはハンマーを下段の構えにし、飛んできたエーデルワイスを迎撃する形で振り上げる。
ハンマーはエーデルワイスに腹に突き刺さり、更に背負い投げの要領で彼女を魔獣の元へと投げ飛ばした。
『ぐふぉ!?』と何かくぐもった声が聞こえたが、マイアにはどうでも良かった。
ただ、手に感じた感触は会心の一撃であったと理解する。
吹き飛ばされたエーデルワイスは小型魔獣を巻き込み、派手に転がりながら壁に激突した。
怒り狂った魔獣は彼女を敵と認識する。
「ファイアーボール・・・・・」
マイアは天上に炎系統の魔法を撃ち込むと、崩れた天上の上から瓦礫が落下し完全に前方を塞いだ。
結果的に見れば、エーデルワイスは魔獣と共に隔離された事になる。
『ちょ、マイア?! これは酷いんじゃ! うわっ、噛みつくな!! やめ……』
「さて、最後の支給品は迂回しないといけないわね」
既に変態の事を頭の中から排除していた。
気の所為か、彼女の背後に良い笑顔を浮かべ、サムズアップをしているセラの姿が見える。
『武器は…あぁっ!? さっき脱ぎ捨て…マイアっ! ちょ、助けて……おねが・・・・・・』
エーデルワイスが魔獣に襲われている頃、マイアは既に台車を転がして立ち去っていた。
彼女はもう、銀色悪魔の二代目となっていたのである。
さらば、エーデルワイス。
また逢う日まで……
『ああああああああああああああああああああああっ!!』
誰も居ない回廊に、変態の叫びが響いた。
侵入を許したのは何もマイアのいた場所だけでは無い。
他にも手薄な場所が有り、其処を破られたが為に小型魔獣が猛然と進撃して来ていた。
其処に立塞がるのは一際巨体を誇る筋肉エルフ。
「ふん!!」
彼の鉄板すらぶち抜きそうな拳はヴェイグラプターに突き刺さり、大量の血が撒き散らされている。
返り血を浴びた彼の姿は、宛ら鬼か悪魔のごとく周囲に畏怖を覚えさせる。
その彼に付き従うのは、やはり筋肉のエルフたちであった。
マッスル・メイトはこの里でも順調に増えていた。
「ロークス……一つ、聞いても良いかしら?」
「なんでしょうか? エルカさん……今…ふんぬ!! 忙しいのですが? おりゃぁ!!」
「何故、貴方の様な筋肉エルフが増えているのかしら……? いつの間に……仲間を増やしたの?」
「ふふふ、それは秘密です♡ 貴女もこちら側に来ればお教えしますよ?」
「・・・・・・・・・遠慮するわ」
正直聞きたくも無いが、ある意味でエルフの里が壊滅しかねない状況だった。
里のエルフが全員マッスルになるのかと思うと、彼女は恐怖で眠れなくなるだろう。
『第一……私があんな筋肉ダルマに為ったら、あの方に嫌われてしまうじゃない……』
恋する乙女であるエルカは、レイルに嫌われる様な姿には死んでもなりたくは無い。
ましてや彼女の目の前には悍ましい一団がポージングし、情け容赦なく魔獣を葬っている。
こんな化け物になるなど、死んでも御免であろう。
「どうですか皆さん。筋肉は素晴らしいでしょう?」
「ハイ、コーチ!! マッスルは偉大です!!」
「魔獣を一撃……筋肉パワー……素晴らしい♡」
「滾る血潮と廻るアドレナリン……はち切れんばかりに迸るパワァあああああああああああっ!!」
「これが筋肉……これが我等の真なる力! 之こそが隠された我等の可能性!!」
「「「「素晴らしいです!!」」」」
血に染まった回廊で、血塗れの筋肉達がポージングしている……。
実に恐ろしい光景である。
彼等は既にエルフと云う種族を止めていた。
鍛えられた筋肉に酔い痴れ、群がる魔獣を一網打尽にして行く。
ある意味合いでは半神族を上回る脅威である。
「何でこんな所に来てしまったの……? 早く彼に会いたい……」
恋する彼女の癒しはレイルだけである。
元々英才教育でガチガチに育てられた彼女は、精神面では非常に純情であった。
しかも種族を越えた恋愛と云うスパイスにより、その思いは上昇傾向にある。
恋に恋しているだけなのでは? とも思わなくはないが、エルカにしてみれば真剣であった。
「此方は片付きましたが、まだ侵入されている場所はある筈です」
「そ、そうね……みんなが避難している広場も気になるし、行ってみましょう」
逸早く筋肉から逃れたいエルカは、住民が集まっている中央広場に向かう。
小型の魔獣とは言えど、戦う力の無い者達には充分脅威だからだ。
案の定、走る彼女達の前方には無数の魔獣が蔓延っていた。
「これはいけませんね。この先に広場があるのですが……」
「皆は大丈夫なの? これでは進む事が出来ないし……」
エルカ達を確認した魔獣達は威嚇の声を上げる。
―――ドゴォ――――――――――ン!!
大音響と共に魔獣達が吹き飛ばされた。
エルカ達が視線を向けると、一人の男が悠然と歩いていた。
フィオの父親であり、ルーチェの夫でもある行商人。
戦う武闘派商人、クレイルである。
彼の放った蹴りは数匹の魔獣を巻き込み、攻撃を加えようとした魔獣は彼に触れるまえに一瞬にして倒れる。
何が起きたのか分からない現象に、エルカ達は呆然とした。
まるで無人の野を行くが如く、クレイルは一歩、また一歩と静かに歩いていた。
恐怖に身がすくむ魔獣達、だが野生の獣がその緊張に耐えられる筈も無い。
脅えた魔獣の一匹が襲い掛かると、集団で同じ行動に移した。
「フゥオォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
特殊な呼吸法と、体を廻る魔力が彼の肉体のポテンシャルを最大限に引き上げる。
膨張する筋肉と体から放出される強力な波動により、彼の着ていた上着が弾け飛んだ。
「ホォオォ~アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!」
繰り出される尋常では無い速さの拳が、四方八方から襲い掛かる魔獣達を殴り飛ばす。
しかも彼の動きはまるで流水の如く静かに流れ、如何なる方向からも攻撃を避け続けていた。
此処にセラがいたら、『本当に商人?! どこかの伝承者じゃないですよねぇ?!』と言う所だろう。
クレイルの強さは半端では無かった。
「な、何という……引き締められ絞り抜かれた筋肉……美しい……」
「ロークス?!」
筋肉達は別の意味で衝撃を受けた。
まるで最高の芸術を見たとばかりに、ロークスの瞳から涙が大量に溢れている。
「あの、あの筋肉は紛れも無い一つの芸術……美しい…。私もまだまだ鍛え方が足りない…」
「何という躍動感! 何と云う境地!!」
「アレが我等の目指すべき形の一つなのですね!」
筋肉共にはこの状況を別の視点で見ているようだ。
最早彼等の目に魔獣の脅威など頭に無い。
「ただ筋肉を鍛えればよいと云う訳では無いのですね。マッスルの道とはなんと奥深い……」
「目指しましょう、コーチっ!! 果て無き筋肉への極致へ!!」
「そうですね……諦める必要はありません。私達はまだ、始まったばかりなのですから!!」
「・・・・・・・・・・・・もう・・・・嫌ぁ~・・・・」
むさ苦しい筋肉達が集団で抱き合う。
見たくも無い光景に泣きたいエルカであった。
里の防衛は色んな意味で混迷を極めるのだった。
「何でだぁあああああああああああああああああああああっ!!」
ヴェノムオーガストの戦闘中、セラは意味も無く叫んでいた。
「はっ?! 今、何か突っ込み所が満載な事態が起きたような……?」
離れていても、ツッコミ体質から逃れられないのかもしれない。
そんなセラの状況を見逃す程、災厄級の魔獣は甘くは無い。
長い首を伸ばし、鋭い牙が生えそろった咢で喰らい付いてきた。
「マズッ!?」
間一髪で攻撃を避け、同時に背筋に冷たい汗が流れる。
「どうしたものかねぇ~……いっそ、致命的な一撃でもぶち込んでみようか?」
セラが目を付けたのは背中に出来た部位破損個所である。
ゲームでは無いのだから、内側にディストラクション・バーストを撃ち込んでも問題無い様に思えたのだ。
無論この世界の大型魔獣には強力な再生能力がある。
だが、この再生を行えば莫大な魔力が消費され、上手く行けばこちら側が有利となる。
問題を上げれば、自分の攻撃の威力に自身が巻き込まれる事になるという事なのだが……。
「試してみるか♪」
決断は早かった。
まるで地表を攻撃する戦闘機並みの速度で間合いを詰める。
ロック・ウォールを掻い潜りヴェノムオーガストの背中に降りると、砲剣を背中の傷口にねじ込み魔力を開放。
「いっけぇ――――――――――――――――――――――っ!!」
本日五度目のディストラクション・バーストが炸裂する。
強力な一撃はヴェノムオーガストの体内を貫通し、地表に到達した瞬間に莫大な破壊力に転嫁。
尋常では無い破壊力の込められた光が、辺りを一瞬に白色へと染め上げた。
色々問題あり。
強烈な変態がいると主要キャラが霞む……バトルが苦手だからなぁ~…。
表現がムズイ……変態ばかりが目立つ。
変態が…変態が…変態が…変態が…ハッ? もしかして病んでる?!
翌々読み返してみると、タイトルが『変態への道』でも良い気がしてきています。
末期でしょうか?
こんな話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。




