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田舎暮らし始めました ~変な鍛冶場と来訪者~

 街道外れの森の中、鬱蒼と茂る草木と獣たちの鳴声の響くこの場所に、彼らはいた。

 魔獣の躯より採取される素材で作りこまれた武具を身に付け、腰に下げられた武器『ガジェット・ロット』を吊さげれている事から、彼らが冒険者である事は間違いない。

 彼らは荷馬車より荷物を下ろし、地面に叩き付けては中身を物色している。

 その荷馬車の奥深くに、一人の幼い少女が身を震わせて隠れていた。

 彼女の両親はこの冒険者たちに殺された。

 コルカの先にあるナカの街より、少女の兄のいるコルカに向けて旅をしている途中で、この男たち『冒険者』に襲撃されたのである。

 少女にできる事など何もなかった。

 ただ震え、隠れているのが精一杯であった。

 このまま見つかれば、自分も両親と同じように殺される。

 いくら幼くてもその位の事は分かってしまう。

 少女は、見つからない事を祈りながら、目を閉じて両手を握りしめていた。


「たく、しけてんなぁ、商人かと思えば只の引っ越しかよ!」

「まったくだ! こんな家財道具どうしようてんだぁ、ああぁん!!」

「お前らも乗り気だったじゃねぇか!! ザケンなっ!」

「テメェら! ちったぁ手を動かせっ、金目のモンさっさと見つけろ!!」


 冒険者。

 それは魔獣討伐や遺跡探査、商団の警護を請け負う、武装した個人主義戦士達の総称である。

 誰かに仕えるでもましてや国に雇われて居るでもない、自由奔放なロクデナシ。

 そこに明確な意思も信念も無い、ただ依頼斡旋所ギルドから依頼を受けてその日の糧を得る、ゴロツキ共なのである。

 大抵は依頼を受けて命がけの仕事をこなすのだが、中には彼らの様に犯罪に手を染める者も決して少なくない。

 大成して国に仕える者もいるが、その様な人間はごく少数であった。


 彼等は冒険者の中では底辺中の底辺であり、他人の成功を横目に不条理なひがみの目で眺めていた。

 そんな人間が犯罪に手を出すのに何の牏著が在っただろう。

 僅かばかりの金を得るために、たまたま通りかかった一般人の馬車を襲撃した。

 後は馬車を奪い、森に逃げ込んで金目の物を物色していたのである。

 そこに危険が在るとも知らずに。


 森の奥より彼らを眺める目が在った。

 目の主は、獰猛なアギトの隙間より唾液を滴らせ、彼らに気付かれる事の無いよう、風下から回り込むように接近していた。

 彼等はまだ気付いていない。

 自分たちが、魔獣を狩る者達が、今や哀れな獲物となっている事など。

 彼等は忘れるべきではなかったのだ。

 森が魔獣の楽園である事を。


 赤い目が獲物を捕らえた。

 

「おい、何かいいモン在ったか?」

「いいやぁ、そっちはどうよ? ろくでもねぇモンしかねぇんだが」

「女房の方でも生かしといた方が良かったんじゃねぇか? ちと歳いってたが、良い女だったぜぇ」

「だな、そうすりゃ今頃お楽しみだったろうに」


 彼は全身の力を最初の一撃に込めるため、巨体を縮め、その鋭い爪を大地に食い込ませる。

 狙う獲物は四匹の内の一匹、決して逃さぬように細心の注意を払う。

 そして・・・・・


 ―――――――ザザッ!!


 何か大きなモノが茂みを揺らす、音が響く。


「なぁっ、何の音だ!!」

「判らねぇ、何かが動いたような・・・・・」

「何かってなんだよ! 適当な事言ってんじゃねぇぞ!!」


 彼等は周囲を見渡す、しかし何も異常はない。

 少なくとも、森に異常はないのだ。


「お、おいっ! あいつは・・・・どこ行ったんだ?」

「なっ、冗談はよせよ! どこかに隠れてんだろぉ!?」

「ザケンなっ!! こんな冗談、笑え・・ヒュブッ!!」


 また一人、狩人に狩られる。

 ここは魔獣達の領域である。

 そんな当たり前のことを忘れ、強盗の逃げ場として選んだのが運の尽きであった。

 彼らにもう逃げ場はない。

 最後の一人が見たもの、それは振り上げられた鋭利な爪を持つ黒い腕。

 皮肉な事に彼等の最後を見届けたのは、彼らによって両親を殺された少女であった。

 

 それから三日後、コルカの街の探索チームが街道で倒れていた一人の少女を発見する。

 少女の証言から強盗の捜査が始まるが、犯人たちは見つからなかった。

 事情聴取で少女は言っていた。

 強盗は黒い魔獣に食べられたと。

 だがその証言は大人達には信じて貰う事などなかった。

 何故ならば、この辺りに黒い巨大な魔獣など存在していないからだ。

 結局この事件は有耶無耶のうちに終わりを告げる。

 少女が目撃した凄惨な真実とともに。





「こ、ここが防具屋? ここが鍛冶場? 嘘だろ・・・・」


 そう呻くのは、銀の髪、蒼い瞳の少女セラであった。

 彼女は現在同居中の少女フィオと共に防具を作るべく、ロカス村唯一の鍛冶場に来ていた。

 だが彼女の見たものは、鍛冶場とは思えぬ程の異様なモノである。


「嘘じゃありませんよ? 正真正銘ここがロカス村の防具屋さんです」

「フィオちゃんを信じていない訳じゃ無いけど、明らかにオカシイ物が在るよね?」


 セラが指摘しながらも指をしたその先には、確かにオカシナ物が陳列されていた。


「他の村や町は知りませんが、この村では常識ですよ?」

「なんて嫌な常識なんだ・・・・」


 セラは額に手を当て、天を仰ぎ見る。

 おかしな村だとは思っていたが、まさかここまでとは予想を上回る異常さである。

 これが常識と言うのであれば、その常識を作った連中の正気を疑う。


「常識か・・・・何て虚しい言葉だろう・・・・ああ、神よ・・」

「神様に祈るほどにおかしいんですか?」

「オカシイよ!? 明らかに常識的に、アレばかりは変だよ!?」


 この村で生まれ、この村で育ったフィオには理解できないようだ。セラが何故ここまで頭を抱えて動揺し、現実と一般常識の間で悶絶しているのかを。


「何で鍛冶場に、木造製美少女ケモミミメイドフィギュアが在るのさ!? しかも他の種類まであるよ!? 明らかにオカシイでしょこれ!!」

「鍛冶師のロックさんが作っているからですよ?」

「作ってるのぉ!? 鍛冶師がぁっ!? 明らかに専門外だよねぇ!?」


 鍛冶場の入り口から規則的に陳列している木製美少女フィギュアの数々、それも怖ろしく精巧で着色までしているのだ。

 これが鍛冶場と言われても誰も信じない処か、正気を疑う。

 ――――――あのブタ、ここで仕入れていたのか!


 それは昨日、道具屋まで足を運んだ時だった。

 その入り口で出迎えるように飾ってあった美少女フィギュア、それを見たとき正直ドン引きしたものであったが、諸悪の根源がそこにあった。

 セラは『無限バック』から『聖魔砲剣』を取り出すと、その砲身を店に向ける。

 それを目撃したフィオが全力で止めようとセラにしがみ付いた。


「セラさん、何をしているんですか!! ソレで何をする気なんですか!?」

「離してフィオちゃん!! この世には、滅ぼさなければならない物が在るんです!!」   

「ダメです!! ここが無くなったら、村の人達が困っちゃいます!!」

「離してえぇっ、後生だから、この世界から諸悪の根源を排除させてぇ!! あの性犯罪者が増徴するモノを消し去るだけだからぁ!!」


 道具屋のブッチは歪んだ嗜好をフィオに向けていた。

 そのブッチがお得意様にしているこの店を、セラはどうしても見過ごせない。

 純粋なフィオを守るためには、どうしてもこの店を破壊しなければならない。そんな危険思考に取りつかれていた。

 

「サワガシイゾ・・・ナンダ・・・セラ・・・カ」

「離し・・て・・・ノーム!? 何でここにいるの?」

「ココノ・・・テンシュニ・・・・タ・ノマレ・・ゴトダ」

「頼まれ事?」


 ノームの話によると、ここの親方に金属鉱石の採取を頼まれていたらしい。

 彼等は地中を自在に移動でき、また地下にある鉱石を採取してはここの親方と取引していた。

 さいきんその親方が仕事を放棄するようになり、聞いてみると、もっと良い武具を作れるのに誰も依頼してこないのが不満げだという。

 誰も創ろうとしないなら、いっそ自分で作ってしまえと言い出し、同じ大地属性繋がりで依頼されたという、何とも救いようのない話である。

 そして今その親方はというと、鍛冶場で木製美少女フィギュア彫っている。


「何て言うか・・・ご苦労様だね・・・ノーム・・・」

「・・・トキドキ・・・ジンセイガ・・・フアンニ・ナル」

「鍛冶師じゃなく原型師なんじゃないの、ここの親方」

「原型師って何ですか?」


 フィオの質問は普通にスルーして、ノームと話し続ける事三十分、彼の案内でようやく中に入れて貰えた。中に入ると蹈鞴や溶鉱炉といった、およそ鍛冶場のイメージその物といった作業場であった。

 ただ一点を除いては。

 そこには無骨なドワーフの男が手にノミと金槌を持ち、作りかけの木製美少女フィギュアの前で、目を点にしながら無心で作業をしていた。

 明らかに何か得体の知れない物に取りつかれている。


「あの人・・・大丈夫なの?・・・何かに意識を乗っ取られてるみたいなんだけど・・・」

「トキドキ・・・ヤバイノデハ・・ナイカト・・・オモウ」

「人形彫っている所・・・初めて見ましたけど・・・何か怖いです」


 セラの目には、彼の背後に某神様漫画家の美しい鳥では無く、卵体型のスニーカーを履いたピンクの鶏の様な生物が見えた。これはヤバイ、何かに操られている。

 彼を救うにはもうコレしか無いと決意し、『聖魔砲剣』を構え、魔力を開放させる。


「許してください・・・無力な僕たちを・・・」

「何やっているんですかああぁぁぁぁっ!? 止めてくださあぁぁぁぁぁいぃっ!!」

「フィオ・・・トメルナ・・・・セラは・・・タダシイ・・」

「死んじゃいますよおぉぉぉ!!」

「時には・・・死んだ方が救われる事もある・・・」

「サラバダ・・・・ロック・・・オマエノコト・・・・ワスレナイ」


『ディストラクション・バースト』それは『砲剣』に仕込まれた最強の破壊攻撃である。

『聖魔砲剣』に蓄えられた魔力を一気に開放し、破壊力に転嫁する一撃必殺の特殊スキルである。

 その威力は、たった数発でレイド級魔獣の体力を瀕死直前まで追い込むほどであったという。

 だがまさかその最大の攻撃を、ドワーフ一人を葬るために使われようとは思いもしないだろう。

 セラは引き金に指をかけ、狙いを彼に定める。

 こんな至近距離で外す事などあり得ないのだが、念には念を入れ両腕で支えた。

 だが予想外の事が起きる。

 一心不乱に木製美少女フィギュアを彫り続けていた彼が、急にこちらを向いたのである。


「・・・・・お前・・何を持ってる」

「へっ?」

「何をもってやがんだっ!! おれにみせろおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ちっ、ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 行き成り彼は正気に戻り、セラに挑みかかってきた。

 だが忘れてはいけない。

 聖魔砲剣は魔力解放状態に移行している事を。


「何だこいつは、なんなんだ、こんなスゲェモン観た事ねぇ、もっと見せろおおぉぉぉぉぉ!!」

「あぶな、ちょっと、危ない!! 見せますから、みせますからあぁぁぁぁぁ!! あっ?」


 ―――――――シュドオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!


 天をも引き裂く光の大剣が、天井を突き破り大空へと吸い込まれていった。

 そして・・・・・


 ――――――――ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 世界をも焼き尽くせと言わんばかりの光と、全てをも消し飛ばさんとする轟音と衝撃波がロカスの村を襲う。 凄まじいばかりの衝撃が地上に吹き荒れた。

 幸いにも空で炸裂したから被害は出なかったが、突風は吹き荒れ砂塵を巻き上げ一時的にせよ嵐を巻き起こす。

 こんな途轍もない威力の攻撃が地上で炸裂したらと思うと背筋が寒くなる。


「・・・セラさん・・・コレ、あのまま放たれていたら・・・この村どうなっていたんですか?」

「・・・・・消し飛んでいたかもしれないね・・・・」

「・・・・こんなものを使おうととしていたんですか? セラさん!?」

「・・・・まさかここまでの威力とは・・・・初めて使ったから・・・・」

「使った事無いんですか!? そんなものをロックさんに向けていたんですか!?」

「この分だと他の『砲剣』も・・・似たようなものなのかもしれないなぁ」

「まだ在るんですか!? というより村で使わないでください!!」

「・・・・・・てへっ!」


 セラは片目でウインクし、舌を出して自分の頭をコヅく。

 見た目は可愛らしのだが、状況をわきまえてほしい。

 その態度にフィオはイラッときた、当然であろう下手すれば大惨事になっていたのだから。


「てへっ! じゃっ無いですよ!? なに可愛く誤魔化そうとしているんですか!! 反省してください!! は・ん・せ・い!!」

「・・・・・認めたくないものだな・・・自分自身の・・若さゆえの過ちか・・・」  

「認めてください!! 下手したら凄く酷い事になっていたんですよ!!」


 そして・・・・・小一時間ほどセラは絞られた。 

 フィオを怒らせると怖いと知った、昼下がりのひと時の事である。



「いやぁ、スゲェモン見せて貰ったぜ。こいつが『レジェンド級』の威力って奴か!」


 豪快に笑いながら、上機嫌で『聖魔砲剣ヴェルグガゼル・レジェンド』を眺めながら、先程の惨事を笑い飛ばすドワーフ族の男、この鍛冶場の主でこの村唯一の職人ロックである。

 彼は正気に戻るや否や、セラの所有する武器の数々を一つ一つ丁寧に吟味していた。

 彼にとって最高の武器を見るという事は、その作り手の技を盗む事と同義である。

 ましてやそれが至高の一品となれば、目の色も変わるというものだ。

 それも山ほどあるのだから、浮かれて踊り出したとしても不思議ではない。

 彼は今、忘れて久しい職人の顔をしていた。


「こうなってくると武具の方も気になるな、これだけのモノを持ってんだ、さぞかしスゲェモン作っているんだろ? 見せてくれや!」

「ロックさんに今見せたら時間が足りないですよ、これからフィオちゃんと森に行くんですから」

「そうか、ちと残念だがしばらくこの村にいんだろ? 暇な時でいいから見せてくれ」

「はぁ、解りました、時間の都合が付けばお相手します。あまり突っ込んだこと聞かないでくださいよ、僕は職人じゃないんですから」

「悪いな、しかしこいつ等を作った職人て何もんだ? 半端じゃねぇ腕前だ、弟子入りしてぇくらいだ」

「ロックさんと同じドワーフの人ですよ? 錆びれた鍛冶場で仕事をしている」


 セラは何気に言ってしまう。

 だが、この武器の数々はゲーム『ミッドガルド・フロンティア』の中で作った武器であり、正式な職人が作ったものではない。

 正確に言えば作り手が存在していない正体不明の武器であった。


「ドワーフぅ? これほどの職人に心当たりはねぇな、何もんだ?」

「何者だと言われても、ドワーフと言うしか無いんですけど」

「そいつがおかしい、俺は俺たちの住む集落にロカスの村からの依頼でここにいんだ、だとしたら顔を知らねぇわけねぇんだ」


 この時ようやく気が付く、ゲームと現実の齟齬に。

 この装備の出所を知られるという事は、セラ自身の存在を脅かしかねない。

 どうにか話をずらさねばと思案を巡らせる。


「堅物で、同族すら毛嫌いする人でしたからね、きっと訳ありなんでしょ。それにすぐに所在を変えるんで探すのも一苦労ですし、常連客に目印を教えてくれるんですけど、それもころころ変わるし、人に紹介すると次から取り合ってくれないんですよ? しかもそれっきり会ってもくれない」

「とんでもねぇ偏屈もんだな、しかし腕はスゲェ! 惚れ惚れしちまう、こんな職人がぁいたとはな、ドワーフの誇りだぜ」

「金や名声なんて歯牙にもかけない人でしたよ、造る事に生涯の全てを賭けてるような」

「シビレル話だな」


 どうやら誤魔化すことができた。

 しかし油断はできない、何が原因でボロが出るか分からないのだから。


「そいつの所在は知っているのか?」

「知っていても教えることができないんですよ、あの人に嫌われたくないので」

「だろうな、これほどの腕の職人を贔屓にできるんだからな、お前相当の手練れだな」

「僕は趣味で、向こうも趣味ですからね、気が合うんですよ」

「かあぁっ! 羨ましい話だな、所でそいつの名前も教えるのはダメなのか?」

「ジルて名前の老齢のドワーフですよ? この世に最高の作品を残すのが夢らしいですから」

「爺か、納得だな! しかも夢をかなえやがった、益々尊敬するぜ」


 職人としての熱い目を存在しない職人に向けながら、ロックは宙を見上げ思いをはせる。

 これほどの腕にはどうしたらたどり着けるのか、自分に造れるのか、造る事にそこまでの情熱と生涯を費やせるのか、様々な思いが彼の胸を焦がす。

 結論は直ぐに出た、必ず最高の武具をこの手で作り出すと。

 熱くたぎるこぶしを握り締め、彼は固い誓いを立てる。


 余談であるが、この時より数十年先に彼は夢をかなえる事になる。

 そして、存在し無い職人『ジル』の名は、ドワーフにとって最高の栄誉のある称号となってゆく。


「そういや、お前ら何でここにいんだ? て言うより何で職場に入り込んでんだ?」

「フィオちゃんの武具を作ろうかと思いまして、でも僕たちがこの職場に入ったとき、ロックさんの真横通りましたよ?」

「フィオの武具ぅ? 成程了解した、しかし真横を過ぎただと・・・記憶にねぇな?」

「一心不乱にアレを彫っていましたよ?」

「アレ?」


 セラが指を指したその先に、未完成の木造製美少女フィギュアがあった。


「またやっちまったか、最近多いんだよな、いつの間にかあんなもん作って・・・病気か?」

「僕たちに言われても困るんですけど・・・無意識なんですか?」

「良く分からん、気が付いたらいつの間にかあれが在るんだ・・・・」

「きっと疲れているんですよ、精神的に・・・」

「疲れるほど仕事がある訳じゃ無いんだがな・・・まあぁいい、フィオの防具だったな、素材は何だ?」


 フィオはロックに『ヴェイグラプター』と『ヴェイグポス』の素材を手渡す。

 素材一つ一つを吟味しながら、彼の脳裏には防具の製作工程が流れてゆく。

 そして辿り着く完成品のイメージ。


「あんなスゲェもの見た後だと、造る気が起きねぇな・・・」


 まさかの仕事放棄であった。


「ロックさん、それは私には武具を作ってやる資格なし、という事ですか!?」

「そうは言わねぇが、何ツウぅか一工夫してぇんだよな、金属のパーツを観た事ねぇ鉱石で造るとか」

「そんな事言っても、私が持っているのは『鉄鉱石』と『ロノ鉱石』ですよ? どうしろと」

「う~~ん、何か乗って来ねぇ、こう脳天にガツンと来るような、そんな鉱石無いか?」


 どうやらセラの所有する武器は、彼に鍛冶師としての道を示したが、やる気は別物らしい。

 逸る気持ちが前に出過ぎて、やる気が削がれてゆく。本末転倒であった。

 ――――――ゴトッ、コトン

 そんな折に横から何か重いものと軽い物を置く音がする。

 二人が見たものは・・・・


「『グラムライト鉱石』と『ヘベス獣液』です、これならいいですか?」

「おいっ、こいつは・・・・」

「セラさん!? どうして・・・・・」

「腐るほどありますよ? 別に、この位良いでしょ?」

「良いもなにも、こんなモン出されたら血が騒いでしょうがねぇ! 滾ってきゃがるぜ!」


 不敵な笑みを浮かべ、ギラついた眼をセラに向けてくる。

 どうやらやる気を出してくれたようだ。


 セラが出した『グラムライト鉱石』は、中級から上級の冒険者に愛用される武具に使われる鉱石の一つで、その硬度と適度な重さ、入手のし易さから幅広く使用されている。

『ヘベス獣液』は魔獣の素材を浸すだけで、強度を何倍にも引き上げてくれる。

 これも入手が容易であり、駆け出し上がりの冒険者から最上級者に至るまで重宝されているのだ。

 最上級の装備にはならないが、少なくとも中級者レベルにはなるであろう。


 今迄、ロックの前にこの素材を出してきた冒険者はいない。

 作業工程は分かるが、一人でやるのはこれが初めてであった。

 彼の職人魂に火が付いた。


「でもこれだと、フィオちゃんに支払いは不可能ですね、金額も十倍増しになりますし」

「えぇ!? そんな金額払えませんよ!? どうしたらいいんですか? 借金生活ですか!?」

「金額は初期装備の元値でいい、我が儘言ってんのはこっちだからな!」


 どうやら自覚が在ったらしい。

 だが十倍増しの金額をサラッと捨てる辺り、彼の度量が知れる。

 職人としての彼は、かなりのおとこ前であった。


「ロックさん! 本当にいいんですか? 損をするんですよ!?」

「かまわねぇよ、むしろお前が俺の造った装備を着て歩いてくれりゃぁ、村の連中もこぞって仕事を持ってくんだろ。云わば宣伝だな」

「なるほど、フィオちゃんをダシに村人冒険者に発破をかけるんですね!」

「おうよ、ここの奴らは節約ばかりでな、命の事なんざ二の次だからな! 今まではそれで良かったかも知れねぇが、いつまでも此の侭という事ともあるめぇ」

「魔獣がこちらの思い通りに動いてくれるわけでは、無いですからね」

「そうゆうこった! 下手すると、とんでもねぇ化け物が出るかも知れねぇ。森は常に動いているからな」


 職人としての度量以外にも、彼には先見の才覚が有る様だ。

 それ以前に、彼はこの村の現状を快く思ってはいないのであろう。

 武器や武具を作る側として、使う側の身を重んじるのは決して間違いではない。

 だがこの村の住人は、村の事を思うあまり自分自身を軽んじる傾向が有る様だ。

 時としてその考えが要らぬ惨事を引き起こす事もある。

 何事も命あってのものだねという事を、彼は伝えたいのかもしれない。


「よっしゃあぁ!! 燃えて来たぜぇ! 今から始めっからとっとと出てきな、集中してぇんだ」

「うん、うん、これは期待できそうだよ、フィオちゃん」

「は、はい、ロックさん、お願いします」

「まかしときなぁ、最っ高ぉっに、ご機嫌なやつを仕上げてやっかんよ!!」

「はい、楽しみにしています!」


 滾りまくるロックを背に、二人は鍛冶場を後にする。

 鍛冶場に来た時は昼頃だったのに、気づけば日が傾いていた。

 ロックがセラの武器を鑑定していた為に、大分時間が立っていたのだろう。

 その事実が二人にため息をつかせる。


「日が落ちて来たね、これじゃ採取は無理かな? 夜は魔獣の領域だし」

「そうですねぇ、でも楽しかったですよ?」

「まぁ、退屈はしなかったけどね」

「どんな武具が出来るか楽しみです!」


 本当に楽しみにしているのだろう、心なしか浮ついているように思える。

 そんなフィオが可愛くて仕方が無い。

 ―――――――可愛いは正義! あの言葉は正しかった。


 セラはどんどん駄目な方向に歩み始めていた。

 ・・・最早、何も言うまい。


「マテ・・・セラ・・」


 不意に呼び止められた声に振り向くと、ノームが立っていた。


「キノウ・・ハ・セワニナッタ・・・・コレ・・・ソノレイダ・・」

「昨日? あぁ、君たちは律儀だね、別にいいのに」


 昨日、セラは倒した魔獣を何頭かノームにあげたのを思い出す。


「ソウハ・・イカナイ・・オンハカエス・・・ノームノ・・オキテ」

「掟じゃしょうがないね、君たちの御礼、受け取るよ」

「エンリョ・ハ・・イラナイ・・・コレハ・・オマエガ・・・ナシトゲタモノダ」


 そう言いながら、ノームが手渡してくれた物は予想以上のモノだった。

 黒い粘土質の物質だが、不思議な光沢があり、掌に乗る位なのに重い。

 フィオは不思議そうに見つめていたが、セラはその物質に思い当たる物が在った。


「これ、【オリハルコン】だよね、伝説級の素材アイテムの・・・どうしたのこれ?」

「・・タマタマ・・・ヒロッタ・・・ユウコウ・・ニ・ツカッテクレ」

「有り難くいただくよ、ありがとう」

「レイヲ・・イウノハ・・・コッチダ・・ショクリョウガ・・フソク・シテイテ・・コマッテイタ」

「そうだったんだ、お役に立てて何よりだよ、冒険者冥利に尽きるね」

「ウム・・デハマタナ・・サキヲ・・イソグンデナ」


 ノームはそう言い残すと、地中へと消えていった。


「セラさん、【オリハルコン】て何ですか? 聞いた事が無いんですけど」

「ああ、【オリハルコン】て云うのはね・・・・・」


 伝説級素材アイテム【オリハルコン】。

 それは鉄と混ぜ合わせれば、その強度を十倍近く跳ね上げる事の出来る、究極の触媒アイテムの事である。鉄と言うのは物の例えで、他の鉱物と混ぜ合わせる事により、強度や伸縮性、魔力伝導率、魔力保有能力といった、様々な用途に使える万能触媒物質の事であった。

 ただ、その希少性から数も少なく、たまに鉱物採取や遺跡の探索などで見つかる事しか無く、極めて入手が困難であった。

 また大きさにもよるが、その取引金額も莫迦にはならず、たとえ売りに出ても、一般人には手の届かない貴重品でもある。

 それをノームがくれると言うのだから、怖ろしい話である。


「こんなモノ、持っていたら襲われちゃうかな?」

「そっ、そんなに凄い物なんですか? 【オリハルコン】て・・・・」

「凄いんだよ、僕の装備全てにこいつが使われているけど・・・・」

「そっちの方が凄いと思います!!」


 オリハルコンを御礼としてくれるノームが凄いのか、オリハルコンを使った装備を保有するセラが凄いのか、フィオには判断が付かない。

 ただ一つ言えるのが、目の前でとんでもない事件が起こった。

 その事実だけだった。


「何か、凄い物を目撃しちゃいました・・・」

「これが在るから、ノームって侮れないんだよねぇ。これで七回目だし」

「七回もオリハルコンを貰ったんですか!?」

「フィオちゃん、情けは人の為ならず、だよ?」

「・・・・・人に親切にするに越したことはない、そう言う事ですか?」

「そう言う事だよ」


 セラの事を知るたびに、その大きさに驚かされる。

 規格外に見えるのは、その陰に裏打ちされた経験が存在しているからだ。

 その凄さを知るたびに、フィオは増々セラに憧れてゆく。

 いつかこんな冒険者になりたい。

 少女の思いは募るばかりであった。




「やってきたぜ、ド田舎に! 俺はここで一旗揚げてやる!!」

「ちょっと、レイ! 恥ずかしいじゃない、そんな大声で目立ったらどうするのよ!!」

「このメンバーで、目立つなと云うのは難しいのではないでしょうか?」

「そうだぞファイ! ミシェルの言う通りだ、どうせ目立つなら今でもいいだろ?」

「そんな意味じゃないわよ! まったく、馬鹿なんだから・・・」


 ロカスの村に騒々しい客が来訪する。

 一見すると冒険者なのだが、彼等の持つ装備は村人冒険者とはまるで違う。

 この三人の装備は明らかに魔獣の森の奥に生息する、強力な魔獣の素材で拵えた上質なものであった。

 その装備を身に纏うと云うならば、それはロカスの冒険者よりも手練れの証である。

 何より彼等の実力を如実に表しているのが、彼等の腰に下げている【次元バック】であろう。


 このアイテムを作るには【オリジナル・ガジェット】を素材として使用せねばならず、【オリジナル・ガジェット】は遺跡か何故か鉱山で発掘されることが多い。

 こうした素材を手に入れる事の出来る冒険者は、中堅クラスと呼ばれ依頼斡旋所ギルドからも信頼を得ている事が多いのである。中級者レベル冒険者と中堅クラス冒険者との違いは、ギルドから受けられる依頼の質に大きな隔たりがあると言えよう。

 そして何より中堅クラスに成るには有力な商人や貴族、下手すると王族の紹介が無ければ成る事が許される無いのである。こうした格差が冒険者の犯罪を増長させている原因の一つなのだが、考えても見てほしい、街のチンピラと仕事のできるフリーの技術者どちらが仕事が舞い込むかを。 

 冒険者の仕事も信頼が大事という事だろう。


 では彼等は何のためにロカスの村まで来たのであろうか?


「ここが俺たちの新天地になるんだ、魔獣どもを倒して、倒して、倒しまくる!!」

「レイル、あなたがヤル気を出しているのは良いのですけど、変な騒ぎは為さらないでくださいね?」


 レイルと呼ばれたのは十代の少年。

 分厚い魔獣の鋼殻を削り出した重厚な武具に身を包み、背には大剣型の『ガジェット・ロット』を背負う。完全に攻撃重視の様だ。

 赤毛のザンバラな髪に、意志の強そうな眼、その癖子供っぽさが消えない。

 そんな少年である。


 彼を窘めるのは、蒼く長い髪を背中辺りで三つ編みにしている少女、名をミシェル。

 白いゆったりとした全身を覆う武具で、肩や胸元、腰回りに金属製の装甲が仕込まれた武具を身に着けている。手にするのは杖状の『ガジェット・ロット』

 見た目を表現すると、神官風装備と言える。


 最後の一人がエルフ族の少女(?)、名をファイ。

 美しいブロンドの髪を無造作に束ね、気の強そうなややつり目気味の瞳、エルフ特有の線の細さがどこか儚さを醸し出す。

 緑色の魔獣の素材で作られた、腕や太腿辺りが露出させてある機動力を重視した武具で、背には矢筒を背負い、手には可変弓と呼ばれる弓と剣に姿を変える『ガジェット・ロット』を持つ。


 何とも個性的なメンバーであった。

 

「どうでも良いけど、いつまで此処にいるつもり? 早く宿を取りましょうよ、埃っぽくてしょうがないのよ」

「そうですね、ですがこの村に宿泊できる所が在るのでしょうか?」

「嫌なこと言わないでよ、ここまで来て泊まる所が無かったらどこで寝泊まりするのよ!」

「野宿でいいんじゃね? 楽しそうだし」

「「絶対にいや!!(です!!)」」


 レイルの乙女心を無視した発言は、二人の意見の前に却下される。

 無責任で能天気な発言は二人の乙女達から白い目で見られるが、当のレイルはどこ吹く風。

 さっさと村の中へと歩いていく。


「そういや、少し前に見た光の柱、アレ何だったんだろうな?」

「知らないわよ! 今凄く虫の居所が悪いんだから話しかけないで!!」


 よほど気が立っているのだろうか、取り付く島もない。

 十数時間もかけて歩いてきたので余程疲れているのだろう、気持ちも分からなくもない。

 だがレイルにそんな気持ちは通じない。


「この村辺りからなんだよな、あの光が上がったのは、不思議な事もあるもんだ」

「そうですね、でも考えられない事ではないと思います」

「どういうことだ、ミシェル?」

「確信も確証もないのですが・・・・もしかしたら・・・いえ、でも、まさか・・・」

「考え込んでないで結論だけ言ってくれ、悪い癖だぜ? で、結局何なんだ?」

「考えられるのは『ディストラクション・バースト』ではないかと思います・・・」

「「えええぇぇぇぇっ!?」」


 ミシェルの推測は当たっていた。

 つい数時間前に、西の空に地上から上る一条の光の柱、それが『砲剣』による最大級の攻撃だとすれば、多少の説得力はある。

 しかし現実にそんな馬鹿げた威力の『砲剣』が存在するのであろうか、彼等の常識がその答えを認めない。馬鹿馬鹿しいにも程が在る。

 これならば何らかの自然現象だと推察した方が遥かにましであった。

 まぁ、本当に『ディストラクション・バースト』だったのだが、そんな事を知らない二人はミシェルの正気を疑った。


「馬鹿な事を言うなよミシェル、お前疲れてるからそんな事を云うんだ!!」

「そ、そうよ、いくら『砲剣』でも、そんな莫迦げた威力の存在なんて聞いた事も無いわよ!!」

「酷いです・・・結論を言えと・・・言ってきたのは、レイルではありませんか・・・」

「すまん、俺が悪かった、疲れているのに本当にすまない! 早く宿を取って休んだ方が良い」

「そうね、ミシェルが壊れないうちに宿を取りましょう!!」


 ここで一つ問題が起こる。

 彼等は今日初めてロカスの村を訪れたのだ。

 無論宿の場所など知る由もない。

 

「まいったな、考えてみれば俺たち宿の場所を知らないんだよな・・・・」

「誰かに尋ねた方が良いと思います」

「そうね、と言っても人が居ないのよね、この村・・・」


 そんな時に村道を歩いてくる人影を見つけた。

 一人は小柄の幼い少女で、どうやら駆け出しの冒険者のようである。

 もう一人の少女が彼等にとって、とても印象が強く残った。

 なぜならその少女は銀髪、蒼い瞳の『半神族』であったからだ。

 何はともあれレイルとミシェルは安堵する。


 だが、唯一エルフ族のファイだけが『半神族』の少女を険しい眼つきで見ていた。



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