不完全燃焼です ~身の危険が迫っている気がするのですが……~
三話目……疲れました……
巨体が躍動し、魔獣の鋭い咢がヴェルさんに襲い掛かる。
そこを小柄なのを良い事に擦り抜けるように避けると、首元に戦斧で鋭い一撃を叩き込む。
斧は首筋に食い込むと、凶悪とも言える切れ味で傷口を更に抉り取った。
グリードレクスがヴェルさんに気を取られている隙にセラは懐に飛び込むと、双剣を持って足の腱を集中的に狙い斬り付けた。
連続して繰り出される斬撃が、グリードレクスの足に無数の傷口を付けるが、腱は太くそう簡単に切れる事は無い。
グリードレクスは鬱陶しく思ったのか、高々と足を上げるとセラに向かって踏み潰そうとした。
いち早くその事に気づきセラは直ぐに離脱すると、地響きを立てて下ろされた足に向かい素早く斬り込んで行く。
本来であれば魔術を用いて身体強化や武器の切れ味を高めたりするのだが、この魔獣は魔術を無効化する特性を持っていた。
自分の魔力を体毛から波の様に振動させ、魔術構成を破壊するのである。
だが生物である以上は保有する魔力にも限りが在り、魔力を使い果たすまではこうして地道に追い込んで行くのがこの魔獣への正しい対応の仕方なのだ。
しかしながら十メートルを超す巨体を誇る以上その体力も並では無く、いつ終わるとも知れない根気の要る攻防が続いていた。
「面倒なやつじゃのぅ……こやつ……」
「図体がデカい分タフだから…ねっ!!」
軽愚痴を叩きながらもセラは長い尻尾を狙い斬り付ける。
尻尾の切断は魔獣討伐に措いては定石の手段だ。
二足歩行型の魔獣は首と長い尻尾でバランスを取る種が比較的に多い。
何方かが短く為れば当然バランスが崩れ転倒しやすくなり、攻撃のチャンスが増えるのである。
無論其処まで持ち込むには可成りの長期戦が予想され、其処は道具や罠で足止めをしつつ何度も繰り返して狙わなければならない。
大抵の冒険者は途中でそれを放棄して命を落とす事が多いが、セラとヴェルさんはそんな短気を起こさず確実に仕留めに行く手順を踏んでいた。
「ブレス吐かないねぇ~コイツ頭いいよっと!」
鋭い牙が頭上から迫るのを紙一重で避けると、そのまま首に向かって斬り付け離脱する。
「大物中の大物じゃな、実に美味そうじゃ!」
予想以上の手応えにセラとヴェルさんのテンションは高かった。
グリードレクスの動きを見切り、隙を突いて連続して斬撃を叩き込む。
薙ぎ払おうと太い尻尾を体を回転させながら振り回すが、その動作を見極めて懐に入り込み、即座に斬り付けては離脱を繰り返している。
身体の大きさは決して有利に働く訳では無い、時として長所は短所となりうるものなのである。
「ぬっ!?」
「げっ!? ここでブレス!?」
丁度離脱した所でグリードレクスは首を上にあげ、口内に魔力を溜め込み始める。
グリードレクスの最大の攻撃、【ダークネスフレイム】だ。
瞬間熱量が数千度に達し、到底武器や盾では防ぐ事は出来ない。
この場合、瞬時に効果範囲まで逃れるか懐に飛び込むしか回避する手立ては無いのだ。
当然セラ達の取った行動は後者である。
グリードレクスは薙ぎ払うかのように首を動かし、漆黒の炎が扇状に放たれた。
セラ達は間一髪懐に入り込むと、両サイドから首を狙い斬り付けた。
このブレスは威力は高いが大幅に魔力を消費する為、何度も撃たせて魔力の枯渇を狙わねば此方の魔術が使えないのだ。
魔力を枯渇させれば魔術無効化能力は消える事に為り、その分此方が有利になるのだが、それでもまだ先は長いのだった。
「ヴェルさん、一度大技を撃ち込むから時間稼ぎを宜しく!」
「任せよっ!!」
ヴェルさんが嬉々として乗り込んで行く中、セラは距離を取り一振りの砲剣を取り出す。
蒼く美しい装飾のある砲剣【蒼龍砲剣 グラムリュグス・レジェンド】。
氷結系の力を秘めた龍王の武器であった。
「魔力解放!!」
凍て付く様な冷気が放出され、周囲を一瞬にして白く染め上げて行く。
魔力を解放しただけで温暖な気候のこの土地を、極寒の寒冷地に変えているのだ。
威力は聖魔砲剣程では無いが、其れでもその威力は絶大なモノなのだ。
だが、グリードレクスは砲剣が放つ魔力に気付き、再びブレスを放つ態勢をとる。
その間ヴェルさんに一方的に攻められる事に為るが、此方を脅威と判断したのか魔力が次第に収束し始めていた。
「ガチンコ勝負……いいねぇ~♪ 受けて起つよ!」
臨界点を超えた蒼龍砲剣は刀身に組み込まれた複数のリングが回転し、上下に取り付けられた刀身がスライドして発射体制へと移行した。
「にょりゃああああああああああっ!!」
ヴェルさんが果敢に攻めるが、分厚い鋼殻に覆われ決定的な一撃を与えられない。
頭蓋を叩き割れれば一撃で死ぬだろうが、鋼殻も鱗も骨に至るまで途轍もなく堅いのである。
大型の魔獣はそう簡単には倒せない事は分かりきっていた事だ。
だが、おかげで準備は既に整った。
「冷たいの行くよぉ~~~~っ!!」
「ま、待て、我はまだ……うにょ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
グリードレクスのブレス数千度の熱量と、蒼龍砲剣の絶対零度の冷気の奔流が正面からぶつかり合う。
其の時起きた水蒸気爆発の威力は途轍もない物であった。
爆風は荒れ狂い周囲の木々を薙ぎ倒し、地面を抉り破壊の奔流は周辺に多大な被害をもたらしたのだ。
魔術障壁を何重にも何重にも重ね掛けし身を守ったセラでも吹き飛ばされ、グリードレクスの姿を見失うほどに転げ回った。
爆発は瞬時に集束しつつも周囲の酸素を一瞬で奪い、二次爆発により更なる破壊の力を増幅したのだった。
水爆実験を引き起こしてしまった本人は、僅かな間だけ気を失う。
気をつけよう、強力武器の使い道。
哀れ、グリードレクスはこの爆発の衝撃をまともに受けてしまい即死したのであった。
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セラが気がついた時は、爆心地から周囲の森は悲惨な状況であった。
覚醒者であっても水爆の威力を至近距離で浴びればただでは済まない。
其れでも五体満足なのは咄嗟に張り巡らされた多重障壁、【シャイニング・フォートレス】の御蔭であろう。
重厚な障壁は爆風は防げたが、爆風で吹き飛ばされた時の衝撃は逃す事は無かった。
痛みに耐えながらも回復薬を飲みほし、セラは周囲を警戒する。
「……大規模な森林破壊をしてしまった……これが人の業か……」
「おにょれ~~…この機に乗じて我を始末しようとしおったな……」
「あれ? ヴェルさん生きてたんだ……まぁ、簡単に死ぬ様な生き物じゃ無い事は分かっていたけど」
「直撃したら、いくら我でもヤバかったのじゃ!! お主はもう少し考えて攻撃せぬか!!」
「ヴェルさんに道理を諭された……僕はもう駄目だ……」
「失礼なのじゃ!!」
愕然となるセラに抗議を申し立てるヴェルさん。
しかし、途轍もない爆発の中で生きているのだから既に生物の枠を超えている。
何方も非常識な生物な事には変わりは無いのだが……二人は無自覚だった。
「グリードレクスは如何したんだろ?」
「向うで転がっておるぞ? あ奴の御蔭で命拾いをした」
ヴェルさんが無事だったのにはグリードレクスの大きさが幸いにも貢献していた。
巨体が爆風を受け止め、結果的にヴェルさんは命拾いしたとも言える。
直撃しても死ぬとは思えないが……
「チッ……」
「舌打ちしたな? 今、舌打ちしたじゃろ!? やはり我を……」
「無事だったんだから良いじゃん。それよりも以外に呆気なく倒せたなぁ~」
「これはゲームでは無いのじゃ、当たり処次第ではあっさりとカタがつく」
「そうなんだけどね……物足りない……」
「大物を倒したのだから良いではないか、其れよりも我は眠いのじゃ。ついでに腹も減っておる」
「んじゃ、朝食を取った後に近くの村で休もうか? 僕も眠いからね」
その後一旦アジトへと戻り、朝食を済ませた後に近くの集落へと向かう二人だった。
二人が消えた森には凄惨な戦いの傷跡だけが残されていた。
近くの集落に向かう途中でグリードレクスを見かけたが、倒す気には為れずそのまま放置して帰還する。
さすがに二頭目に挑むほど体力は残っていなかったのである。
レイル達は日が昇る前に集落に着き、一時の休息を取っていた。
本来であれば眠りに着いている時間に叩き起こされ、夜通し森を歩き続けグリードレクスから逃れて来たのだから疲れもするだろう。
そんな彼等は現在一つの部屋で眠りに着いていた。だが、そんな安眠も長くは続かない。
突然起こった村人達の喧騒に叩き起こされ、レイル達は寝ぼけ眼を擦りながらも外に出る。
騒ぎの原因は分かりきっていた。
ノーム達が運んできた大物、グリードレクスの屍が集落に運び込まれたのだ。
エルフにしてみればグリードレクスは悪魔の様な存在であり、この魔獣によって時折多大な被害を被るのである。
そんな災厄とも言える魔獣が倒され、集落に運び込まれたのだから当然騒ぎになるだろう。
「……これ…倒したのはセラちゃんとヴェルさんよね…何してるの? あの二人……」
「セラさんの事だから、きっとティルクパには興味無いんだと思いますよ? 大物狙いです」
「姉さんならあり得るかも……グラーケロンにも嬉々として挑んでいたから……」
ルーチェを含む弟子達もこの集落を拠点としていた。
この集落はファイの祖父であるヴォールキンが管理する集落の一つであり、半神族への迫害が最も低いので拠点にするには最適であった。
無論フィオやマイアもティルクパの討伐には貢献しているので、周囲の見る目も次第に変わり始めるのに然程時間は掛からなかった。
今ではすっかり打ち解け、他愛のない世間話くらいはするようになったのだ。
何よりも冒険者は情報が命であり、どの様な魔獣が棲息しているかを知るには現地の情報が必要不可欠なのである。
その為に彼等の信頼を得るべくルーチェは彼らと話し合い、夫のクレイルは商売で彼等に溶け込んでいった。
その甲斐もアリ現在は良好な関係が出来上がっているのである。
「セラの奴……マジで狩りやがったのか……」
「これ、里じゃ厄介な魔獣なんだけど…随分あっさり倒したわね」
「集落に戻る時に爆発が有りましたが、多分……ディストラクション・バーストではないかと…」
「奴は森を破壊する気か? あんなもんぶっ放せばどうなるか……」
派手な爆発音は早朝の森に響き渡ったようである。
傍迷惑にも程があるが、時には強力な一撃を加えないと大型魔獣は倒す事は出来ない。
その点で言えばディストラクション・バーストは効果覿面なのだが、如何せん被害が大き過ぎるのだ。
寒冷地帯で放てば雪崩を引き起こすに十分な威力であり、使い勝手も悪すぎる。
しかも超重量級の武器なのだから使い手が少ないのも頷けるだろう。
せめてもの救いは威力を押さえ、数発の魔弾として放つ事が出来る事だが、逆に言えばそれだけなのだった。
好んで使う者が少ない難儀な武器、それが砲剣である。
「凄い……本当に倒したんだ……」
「私達もいずれ、こんな魔獣を倒せるまで強く為れるのか……素晴らしい……」
「僕は強く為りたい。この里に居るだけじゃ駄目だ!」
新弟子三人は既に決意は決まっていた。
アベル達三人は自分達の可能性がどれ程の物かを知ってしまったのだ。最早、里の掟など何の意味も価値も無くなっていた。
彼等は冒険者になる事を目指す、自分達の可能性を広げる為に。
「最初は苦しかったが、結果が出ている以上私達は強く為るだろう。その為には覚えねばならないことが沢山ある」
「そうですね。回復薬を自分で作るなんて思いもしなかった……意外に簡単に作れたし…」
「魔獣の解体……アレはキツかったわ……」
思い出す数週間の記憶は、口にするのも怖ろしい地獄の様であった。
其の時の事を思い出す度に体は震え、顔が青ざめて行く。
サバイバル生活でどんな事をされたのかは敢て語るまい……ただ、彼等のトラウマに残るような日々であった事だけは確かだと言っておこう。
それ以上に倫理的に憚れる問題が有るから、語るには些か問題が有る凄惨な内容なのだ。
後に多くの者達が、彼等にどのような修行をしたのか聞いて来るのだが、この三人は固くを口を閉ざし一言呟く。
『この世の地獄を見た……』と……それ程までに悪夢の様な生活であった事は言うまでもない。
例外として『食事の時だけは天国だった……』とも言ってたのは余談である。
「アレ…? 何か涙が……」
「泣きたい気持ちわ判る……だが、あの地獄が在ったからこそ私達は強く為れた……」
「……う…うぇ……良く生きて……何度も死にそうに…ふえぇ~~~~~~~ん!!」
『『『『『『 一体…どんな修行をさせられたんだ……? 』』』』』』
涙ぐむ半神族三人を、周囲のやじ馬たちは首をひねりながら見ている。
彼らも里や集落を悩ます魔獣を倒しているのだから、既に役立たずでは無い事は証明された。
そこまで強くなった背景をこの三人の様子を見れば一目瞭然である。
何をさせられたかは知らないが、酷い仕打ちを受けた事は確かだと察するには十分すぎる説得力があった。
その中でレイル達だけが同情の視線を送っていた事は言うまでもない。
一方其の頃、白百合旅団は効率良くティルクパの間引きを行っていた。
部隊を三つに分け、其々が小隊規模で綿密な連携を用いて狩りを続けている。
数の多い魔獣ではあるが決して強くは無いので少数パーティーでも十分なのだが、彼女達は逃げるティルクパを追う事はせず、各エリアに待機した団員達で撃破して行くのだ。
その為移動を繰り返す事も無く、常に連絡用の魔道具で交信をして情報を密にし状況に対処している。
喩え百合の趣味の方々が多く在籍していようと、彼女たちは優秀な狩り人であった。
そんな彼女達は岩場に出来た天然の高台にテーブルを設置し、由加にお茶を飲みながら狩場の状況を俯瞰している。
「第六エリアでティルクパを撃破しました。第十五エリアでは現在交戦中、第三エリアにて逃げてきたティルクパが現れたと連絡が来ています」
「順調すぎて退屈だね、この辺で大物辺りが出て来ないかな?」
「お姉様……無責任な事は仰らないで下さいますか? 団員でも対処できない魔獣が現れたらどうするのです?」
「ミラルカ…そうは言うが退屈なんだよ……この程度の魔獣では私達の腕を見せられないではないか」
「エーデル、私たちの目的はあくまでティルクパの討伐だ。大物は契約に入っていない」
不謹慎な事を言う団長に、半魔族の女性フレイは釘を刺す。
この団長は時として苛相騒ぎを引き起こす常習者でもあるのだ。ソレが日常だろうが狩場であろうが彼女が動くと碌な事が起きない。
余計な事はせずに静かにしていて欲しいと言うのが彼女達の共通の意見であった。
「お姉様、紅茶をお持ちしましょうか?」
「いいよ……これ以上飲んだらお腹が水分で膨れてしまう。それより、そろそろ今日のノルマは達成かな?」
「せやな、順調に狩りは進んでるし、あと少しで撤収準備を始めてもええんやないか?」
「各員に連絡、今相手にしている魔獣を狩りつくしたら撤収する」
「了解しました」
白百合旅団は女性ばかりで構成された冒険者の集りである。
基本的に自由な規律の中、冒険者としてのレベルをトップレベルに維持し続けるのは比較的困難であった。
だがそれを戦略で補い、常に安全と効率をもって結果を出して来たのだ。
今回もいつもの通りに仕事は進む、誰もがそれを信じて疑わなかった。
―――――ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼‼
突如、森に響く咆哮。
木々を根元から薙ぎ倒し、地面から土砂を吹き飛ばしながら現れた其の巨体。
岩場にある拠点にすら首が届きそうな二足歩行型の魔獣。
「なっ!?」
「グリードレクスっ!?」
「不味い!! 今、奴と戦うには危険すぎる!!」
「各員に緊急連絡、直ちに戦闘をやめ撤収っ!! 最悪の魔獣が現れたと伝えるんだっ!!」
「は、ハイっ!!」
「何でこんな所におるんや……うちらで勝てるんかいな……」
彼女達は今までグリードレクスと交戦した経験は無い。
むしろ交戦を避けてきたと言って良いだろう。
男の冒険者であるなら無謀に挑む者もいるだろうが、団員の安全を重視する彼女達は危険を冒す狩りを出来るだけ避けて来たのだ。
無論、止むも得ず大物と交戦することもあったが、グリードレクスほどの大物は未だ嘗て経験した事が無いのである。
ソレだけに情報も狩りの仕方も分からず、交戦するにはリスクが高過ぎるのだ。
ましてや団員の安全の事もある。
今回はティルクパの討伐依頼と聞いていたので、経験を積ませる為に低レベルの団員を多く連れて来た事が裏目に出てしまった。
今この魔獣と出くわせば、間違い無く犠牲者が出る事になる。
「出来るだけ時間を稼ぐしか無いな……私もあれと戦うのは初めての経験だ」
「フレイでもか……大物が出て来て欲しいは言ったけど、大物過ぎるでしょ……」
「恨むでぇ~団長……」
「お姉様……ご自分の言葉の責任は取ってくださいましね……」
「うそぉ~~~ん………」
この日、彼女達は命からがら団員を守るために奮闘し、疲れ果てた姿で集落に戻って来たのであった。
結果的に言えば敗北であるが、犠牲者が出なかった事だけは幸いであろう。
彼女達は、グリードレクス相手をするには経験不足である事を身を持って知る羽目になったのである。
集団戦では無敗であっても、圧倒的な力の前では無力であった。
長老衆は何時もの日課で複数ある集落からの報告を纏めていた。
毎日このような書類整理は正直うんざりするが、日々変わる周辺の状況に目を光らせねば魔獣の徘徊する森で生き残る事は出来ない。
わずかな不審な報告も、見逃せば命取りになりかねないからだ。
そんな彼らはグリードレクスの報告を聞き驚愕に包まれていた。
「……方や数で勝りながらも倒すことも出来ずに敗北、方や二人でグリードレクスを倒している」
「覚醒した半神族はこうも桁外れの強さなのか……」
「其れよりもグリードレクスはどうするのです? エルカ殿が連れて来た冒険者では荷が重過ぎる」
「半神族の小娘に倒させれば良いであろう。金さえ払えば喜んで倒すだろよ」
「それが……報告では『グリードレクスは倒したから次の獲物を狙う』と申していたとか、二頭目はどうでもいいみたいです」
「なるほどのぉ~趣味で狩りをしておるから、他人に指図される積りは無いのじゃろうな」
繁殖期の魔獣はティルクパ以外にも多くいるが、そのテイルクパの数を減らす存在がグリードレクスなのだ。
食物連鎖の頂点に君臨する魔獣が存在するからこそ、生態系の均衡が取れる。
捕食する者とされる者、この両者は力の差はあれど外側から見れば其処に違いなど無い。
絶対の強者とて死ねば弱者の糧となるのは何処の世界でも同じである。
だが、均衡が崩れれば増える魔獣により森が破壊されてしまう。冒険者とは云え狩るべき魔獣の数は決められているのだ。
エルフには長年被害に遭って来てるが故に、グリードレクスは倒さねば為らない魔獣なのだが、そのせいで繁殖力が強い魔獣が増えては本末転倒になってしまう。
自然を維持しつつ快適な生活圏を作るのは難しいのだ。
「この里の半神族は如何しておる?」
「東の一の集落におりますが、また期限まで森で暮らすようです……」
「グラトー……お主のした事は裏目に出ておるどころか、あ奴らを独立させる結果になっておるようじゃぞ?」
「……おのれ……小娘…」
「時に、グラトーよ……」
「何でしょう……」
「その小娘が怒り狂って攻めてきたら、全てお主の責任じゃぞ?
儂は助けぬからのぉ、死ぬ事は無いじゃろうが……それ以外は諦める覚悟はして措け」
「なっ!?」
ヴォールキンは既にグラトーから距離を置くことを決めていた。
他の長老たちも頻りに頷いている。
流石に、グリードレクスやアムナグアに挑むような命知らずに敵対する気には為れなかった。
ましては単独で其れだけの成果を上げるセラの存在が恐ろしく思える。
それ以上に愉快痛快でもあったりした。
「当然じゃろ? 我らに何の断りも無く勝手に行動したのじゃからな」
「そ、それは……」
「グリードレクスをたった二人で仕留めるような手練れに喧嘩を売ったのじゃから、最悪の事は想定しておるのじゃろ?
我らは助けんぞ? 命は惜しいが、敵にするよりは味方にした方が心強いからのぅ」
「ぬ、うぐぅうぅ……」
「既に結果を出された以上、我らの因習も改めるべきじゃと思うが?」
「あんな役立たずを共を認めろというのかっ!?」
「最早役立たずではあるまい。既に結果を出しておるのじゃぞ? 時代は変わる、恐ろしく早くな」
過酷な森の中で生きて来ただけに、最後の一言はグラトーにも理解できた。
確かに感情的に囚われたが、既に結果が出ているのは曲げようが無い事実である。
グラトーにとっては忌々しい事だが、この里の半神族は確実に力を付けて来ている様であった。
それは、同時に外の発展が途方もなく早く進み、時代も移り変わっていると嫌でも分かる。
幾ら浅墓で陰険で、ついでに姑息で執念深くても、彼は長老衆になるほどには認められたエルフである。
セラを含む半神族の有用性は嫌でも理解は出来るのだ。だが変にプライドが高い故に、彼は往生際が悪い程に頑なに拒み認めないでいた。
宗教国家で育った狂信者みたいなものである。親から教えられた絶対の価値観を間違いと認められない狭量の狭い人種。
もしくは、只の我儘な子供か……何方にしても見苦しかった。
白百合旅団は疲れ果てた表情で集落に帰って来た時、グリードレクスの解体が始まっているのを見て驚愕する事になった。
自分達が手出しを出来ない程の強さを見せつけた魔獣が倒されたのだから驚きもするだろう。
特に団長のエーデルワイスのショックが大きかった。
「私達でも注意を引付けるのがやっとだったんだぞ……なのに、たった二人で……」
「規格外という言葉すら虚しく響くな……格が違い過ぎる」
「うち等でさえ逃げ帰るのがやっとやったのに……ロカスのトップ冒険者は化け物かいな……」
「あらためて彼女の非常識さがわかりましたね。本当にスカウトを続けるんですか? ミラルカお姉様…」
「当然ですわ。彼女の実力があれば我が旅団も、もっと大きなお仕事を引き受けられるようになります。
お姉様よりも頼りになりそうですし、何よりも美しい……ハァ……/////」
ミラルカがセラを語るとき、何故かそこには別の熱い思いが見え隠れしていた。
その思いに気づき喜び応援する者と、苦々しく思う者が居る事を彼女は気づいていない。
前者はエーデルワイス、後者はレミーであった。
エーデルワイスとしては妹がセラとくっつけばマイ兄遠慮なくアプローチができ、レミーにいたっては二人のお姉様を独占したい。
どちらも歪んだ思いが渦巻いているのである。
無論、ミラルカもだが……セラの知らない所で愛憎渦巻く人間関係が構築されつつあった。
「さて、みなさんも疲れていることですし、集落にある浴場で疲れを落として明日に備えましょう」
「そうだな……今は倒せなくとも孰れ強くなる可能性はある。悲観しても仕方があるまい」
「せやな……フレイはんの言う通りや! うち等はまだまだ強くなれるて、くよくよしてもしゃ~ない」
「お背中を流させてもらいます♡ お姉様♪」
「もしかしたらマイアもいるかも……そうしたら……ふふふ……」
「そうですわね……ひょっとしたら、セラさんもいる可能性が……そうなれば…うふふふふ……」
喩え性格に違いはあっても矢張り二人は姉妹である。
狙った獲物は逃がさない似た者姉妹であった……一方、この二人に狙われた二人はと云うと……
「「ひうぅ~~~~~~~~~~っ!?」」
「どうしたんですか? セラさん、マイアさん?」
「なんか……」
「このまま浴場に行ったら、身の危険な気が……」
突如襲われた悪寒に二人は嫌な予感がした。
「二人とも……女の子なんだから体は綺麗にしておかないとお嫁に行けないわよ?」
「い、いや、僕は今日は……」
「わ、私も遠慮したいような……行けば身の危険が降りかかりそうな気がします……」
「ダメですよ? 特にセラさんは、ずぅ~~と森の中でキャンプしていたんですから」
「マイアちゃんも今日は結構ティルクパを相手に走り回ったんだから、汗は流さないとね?」
「「 今日一日ぐらいなら大丈夫かと…… 」」
「「 ダメです! 」」
渋る二人を無理やり手を取り、浴場へと強制連行するフィオとルーチェ。
「いやだぁ~~~っ!! なんか嫌な予感がするぅ~~~~~っ!!」
「今日だけは…今日だけは勘弁して、フィオ!!」
セラとマイアの声は二人には響かなかった。
哀れ、二人は百合の待つ浴場へと連行されていった。
天井の梁に吊るされたヴェルさんを残して……
ちなみにルーチェの旦那であるクレイルが何をしていたかと言えば……
「……悪くない……少し香辛料が強いが美味い…」
エルフの里の料理を満喫していた。
彼だけは幸せそうである。




