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 偶然百合の人達と合流しました ~マイアちゃんは別の意味で覚醒を果たしたようです~

 馬車に揺られ街道を行く事、早一週間。

 セラ・フィオ・マイア・フレアローゼ・ヴェルさんを含む何時ものメンバーと、レイル達リア充パーティー

 ついでに何故かついて来たラック夫妻と案内人のロークスは、長い道程を北へと進んでいた。

 目指す場所はエルフの里、【ユグドラシル】。

 毎年恒例の魔獣ティルクパ繁殖期における魔獣討伐依頼を果たす為である。


 セラ達がロカスの村で狩りをした所で結局大物を狙う事は不可能であり、仮に何らかの理由で大物を仕留めても、解体する職人が皆無なのである。

 何方にしても暇を持て余すのであれば、効率的に仕事ができる場所を選ぶに越した事は無い。

 フィオやマイアの経験を積ませ、何より退屈な時間を減らせるのであれば場所など何処でも良かったのだ。

 そんな訳でエルフの里を目指してはいたのだが、流石に一週間近く馬車の旅を続けていると厭きて来るのが人の性だろう。


「……ヴェルさん……」

「なんじゃ?」

「本来の姿に戻って僕らを運んでくれない?」

「お主が胸をパフらせてくれるなら、考えても良いぞ?」

「その後に、死ぬまで殴られて埋められるのをお望みなら良いよ?」

「それでは交渉には為らぬではないか」

「人の尊厳を無視するような条件を出す以上、覚悟ぐらいはしても良いよね」


 こんな会話を幾度と繰り返し続けて居られるほど暇であった。

 一合一会の出会いがあるなら分かるが、出会う連中は大半が山賊であり返り討ち。

 正直ウンザリしているのである。

 現在も変わり映えしない光景を眺めながら、のんびりと馬車は進んでいた。


「長閑だな……欠伸が出るほどに」

「そうですね。何事も無く順調に着けば宜しいのですけど…」

「盗賊なら頻繁に出るんだけどね、ホラ……」


 冒険者にはロクデナシが多い。

 其れでもギリギリで犯罪者に落ちずにいるのは、魔獣討伐を熟せるからである。

 しかし、実状は生活費を稼ぐには頻繁に依頼を受けねばならず、また装備などの手入れや強化に多額の費用が嵩むのが現状だ。

 更に回復用の薬品や、狩りを有利に運ぶための補助アイテム、宿代や日々の生活費を込めると稼ぐ事事態が難しい。

 多少名が売れて指名依頼が受けられれば少しは違うのだが、其処まで行くには信頼を築き上げねばならず、矢張り依頼を受け実績を積む事が賢明なのだ。

 だが、そこまで名が知れるように為るまでには多くの脱落者が存在し、その大半が犯罪者に身を落とす。

 今レイル達の目の前にいる連中の様に……


「俺の名は……」

「あ、咬ませ犬三兄弟」

「「「カーマス三兄弟だっ!!」」」


 酷く懐かしい面々の人外な特徴を持つアホな兄弟であった。

 だが、残念ながらセラは彼らの名前など覚えていない。


「確か……顎長っ!?さんと、頭デカっ!?さんと、尻デカっ!?さんでしたっけ?」

「「「名前が違うっ!! 特徴しか覚えてねぇのか!!」」」

「どうでも良いよな? どうせ賊に身を落としたクズだろ」

「そうよね、弱い癖に粋がる身の程知らずだし」


 全員が覚えているのはセラの言う通りの特徴的な容姿のみであり、それ以外は記憶にすら残っていない。

 まぁ、瞬時に凹られただけの存在なのだから仕方が無いのだが。

 レイルとファイも今の今迄こんなシュールな連中の事など忘れていた。


「落ちる所まで堕ちたみたい……無様…」

「泥棒は悪い事なんですよぉ~?」

「所詮はクズじゃろう? 殲滅しても良いじゃろうな」

「アレは本当に人なんですの? どう見ても人外なのですけど?」


 所詮その程度の存在なのだが、この手のやからは一丁前に自尊心が強かったりする。

 その反面自分達の浅はかさを顧みない、その場の勢いだけで生きている。

 良く犯罪を引き起こす青少年に近い精神構造なのであろう。

 罪を犯しても他人の所為にするか、悪いと認識していないだけに、世間の常識からズレた感性で生きている。

 詰まりは傍迷惑な只の馬鹿なのだ。


「いいから、出すもん出しやがれっ!!」

「いてぇ目に遭いたかねぇだろ?」

「女はたっぷり可愛がってやっかんよぉ~…ヒヘへ」


 三下は、何処まで行っても三下だった。


「「「「「先生、お願いします!!」」」」」

「うむ……貴方方には恨みは有りませんが……邪魔だから消えて貰います♡」

「「「何で、そんなに嬉しそうにっ!?」」」


 仕方が無いとばかりに立ち上がるセラ、しかし口元は僅かに引きあがっている。

 まるでいい暇潰しが出来たと言わんばかりの態度で、嬉々として荷台から立ち上ったのだ。

 三人の愚か者に、嫌な予感が過る。


「さぁ、僕を楽しませてください♡」

「…兄貴……何かヤバくね?」

「なんか……あの子の顔に見覚えが有るんだがよ……」

「考えてみれば…数では向うが圧倒的に有利だな……逃げるか?」

「逃がす訳無いでしょ♡ 僕の生贄…いや、暇つぶ…もとい、今後の多くの商人の為に死んでください」

「「「今、さらりと本音が漏れたよなっ!?」」」


 本能的に感じた恐怖に震え上がる馬鹿三人。

 しかし、セラは無慈悲に断罪の言葉を告げた。


「問答無用♡」

「「「く、来るなぁああああああああああああああああああああっ‼‼‼‼‼」」」


 何も無い見晴らしの良い平原に、爆発音と馬鹿な男達の悲鳴が響いたという……

 街道は今日も穏やかな日が続く。

 

 因みに殺してはいない……徹底的に泣き謝るまでボコッたが……


 


 

 スラの町は西街道と東街道に繋がるちょうど中間にある町である。

 東に向かえば王都へ続き、西は辺境へとつながる交通の要となる為、比較的に裕福な町へと発展した。

 南には港町ヴェスリが有り、多くの商人が立ち寄る宿場町としての側面もある。

 同時に冒険者の数が最も多く、護衛依頼や魔獣討伐もこの街から多く依頼される事が多い。

 安全を優先するために、出来る限り危険な魔獣や盗賊の排除に真剣に取り組んでいるのである。

 其れでも絶対に安全とは行かないが、少なくともこの街の周囲は安全性を確保されていた。


「意外に広い街ですね?」

「今日はこの街に宿を取る……馴染の主人が居るから期待していい」

「流石に旅慣れてますね」

「当然、行商人は安全な宿には鼻が利くし、何度も利用していると馴染にもなれるから助かるのよ」

「情報も得られるわけですね? 色んな客が泊まるから」

「そゆ事♡」


 クレイルとルーチェは旅のプロである。

 商人と冒険者で共通しているのは情報が命と云うただ一点、この情報源が比較的集まり易い場所が宿であり、大概は一階が酒場となっている事が多い。

 旅人にとって、良い宿とは美味い飯と手入れの行き届いた部屋、何より酒が飲める事が前提条件である。

 旅をする商人にとっては酒を飲む一時が最も楽しみな時間なのだ。

 酒を酌み交わしながら互いの情報を交換し時には商談しながらも、出来るだけ安全に目的地に向かうのである。

 残念ながらロカスの村では些か問題があるが……特に【マッスル亭】が……


 ロック夫妻に案内され辿り着いたのは、三階構造の比較的大きな宿であった。

 一行は扉を潜り中に入ろうとしたが、ヴェルさんはそこに掲げられた看板を見て硬直した。


「……さ、【サン・ユー亭】……じゃと!?」

「マジで!? ………ホントだ…」


 まるでどこぞの落語家一門のような宿の名前であった。

 二人は某【暇神】の干渉かと邪推したが、それが本当に干渉によるモノであるか確かめ様は無かった。

 偶然ならまだ良いが、干渉によるもので在れば殴らなければならない。

 二人の背に変な汗が流れる……


 だが、変な汗を流すのはこの二人だけでは無かった。

 先程からマイアは、何故か言い様の無い不気味な視線と悪寒を感じていた。

 この感じを彼女は知っていたが、それを認めたくは無い感情に囚われ否定し続ける。

 しかし運命とは残酷な物であり、マイアの直感は正しかった。


「マイアぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ♡!!」


 突如大声でマイアの名を叫びながら激走してくる短髪の女性。

 途中で強く足を踏み込むと高々と飛び上がり、服を次々と脱ぎあられもない姿でマイアに飛び掛った。

 こんな真似をする女性などこの世に一人しか居ない。

 白百合旅団団長、エーデルワイスその人である。


「いやぁああああああああああああああああああああああああっ!!」


 悪夢再び。


 マイアに向けてル〇ンダイブを敢行するイカレタ変質者、エーデルワイス。

 嘗ての悍ましい記憶が蘇り、体が硬直して動かないマイアは悲鳴を上げるしか出来なかった。

 哀れ、マイアはケダモノの餌食に…と、なる寸前に、何か黒い塊が目の前を通り過ぎる。

 そして……


「ぎゃぼらぱぐりゃめりゅひむぐぎゃあぁあああああああああああああああっ!?」


 エーデルワイスは吹き飛び、地面に叩き付けられ転がりながら柱に激突、柱を圧し折り民家の壁を崩壊させて動きが止まった。

 恐る恐るマイアが視線を向けると、そこには巨大で禍々しいハンマーを構えたセラの姿が在った。

 セラの持つハンマー名は、その名も【ケダモノ撲滅殲滅破壊強制去勢執行1000tハンマー】であった。

 オンラインゲーム時に面白半分で友人に作って貰い、この世界用に複製された武器の一つである。

 

「あれ? ヴェルさんじゃない?」

「失礼なのじゃ!! 我はこんな往来で襲い掛かるほどの変態では無いぞ!!」

「変態である事は認めるんだ!?」

「しもうたっ!? うっかり認めてしもうたかっ!?」

「何かぁ~行動が似てたからぁ~、つい反撃を……生きてるかな?」

「死んだのではないか? まぁ、往来で服を脱ぎながら少女に襲い掛かる変態じゃて、死んでも誰も困らぬ」

「それもそうだね」


 何気に酷い事を言っているセラとヴェルさん。


「お姉様ぁあああぁぁぁぁぁっ!? 酷い、何て事を……」

「あれ?」

「アレ……エルカさんですね……では、白百合旅団の方々でしょうか?」


 吹き飛ばされたエーデルワイスに集まる女性冒険者の中に、セラとロークスは何処かで見た面子が確認できた。

 ロークスはポーズを決めながら彼女達の元へ向かって行く。


「エルカさん、彼女達があなたの言う白百合旅団の方々ですか? ふんむっ!!(ムキィ!!)」

「……ロークス……正直、今の貴方には会いたくなかったわ……」

「嘘やろ……これの何処がエルフなんや…?」

「見事なまでに筋肉だな……エルフとは思えん……」

「お久しぶりです。セラさん♡」

「み、ミラルカさんでしたっけ? お久しぶり……」

「名前を憶えていてくれたのですわね? 光栄ですわ♡」


 互いに会いたくも無い複雑に絡み合った連中が、偶然に顔を合わせる事に為ってしまった。

 だが、誰としてエーデルワイスの心配をする者は居ない。

 若干一名が涙目でエーデルワイスの元に駆け寄り、回復薬を飲ませているが殆どが無関心である。


「……もしかして……あれが話に聞く団長さんですか?」

「えぇ、我が旅団の最大の汚点ですわ」

「死んだでしょうか?」

「多分、生きてます。この程度で死ぬ様なお姉様ではありませんから……」

「……止めは?」

「出来れば遠慮してください。あんな女性ひとでも姉ですし、其れなりに役に立ちますから」

「百害あって一利しか無いんじゃない? 今の内に息の根を止めて措いた方が世の為なんじゃないかな?」

「出来ればそうしたいのですが、葬儀代に回す予算が勿体無くて……」

「適当に埋めれば良いんじゃない? 魔獣が始末してくれますよ?」

「毒を持っていそうなので、魔獣が可哀想ですわ」

「うちのヴェルさんと同じか……変態はしぶといから……」

「矢張り、我を始末する気じゃったのか!?」


 ミラルカが百合の人で無ければ気が合うかもしれない。

 何故なら二人の会話は何かと物騒なモノであるから。


「おぉ……おのれぇ~……よくも私とマイアの愛の逢瀬を……」

「……やっぱり、止め刺して良いですか? 何か、逆恨みしそうでめんどくさいので」

「正当防衛でしたら幾らでも……私も庇い切れませんから」

「実の姉に、其れは酷くないっ!?」

「では、遠慮なく♡」

「こっちはる気満々っ!? しかも嬉しそうっ!?」 


 凄まじい速度でハンマーを振り回しながら、セラは実にいい笑顔をエーデルワイスに向けていた。

 それが返って恐ろしい。しかも、ハンマー・スイングが目に留まらない程に速いのである。

 エーデルワイスは本能的に知った。

 目の前の敵は最悪な存在であり、ミラルカ同様自分の天敵である事を……

 最近のセラは性別関わり無く容赦がない。


「み、ミラルカっ!! 助けてくれ、彼女は殺る気だ!!」

「そうですよ? だから言ったではありませんか、敵に回すと怖いと…」

「怖いとか、そう言うレベルじゃないっ!? 明らかに私を殲滅対象として見ている!!」

「何を今更……以前から言っていたではありませんか、アムナグアと一人で戦ったと…信じていらっしゃらなかったんですか?」

「御祈りは済ませましたか? 僕は変人には少し厳しいですよ?覚悟してくださいね☆」

「そんなレベルじゃないから!! 既にそんなレベルを越えまくってるからね!!」

「さぁ、ショータイムだ……」

「公開処刑がショータイム!? これは明らかに危険人物だった!!」


 最悪のストーカすら震え上がらせるセラ。

 最早、向かう所敵無しのデストロイヤーである。

 そして危険人物なのは今更であった。


「馬車に揺られて二週間、魔獣は来ないし盗賊は雑魚ばかり……暇でしょうがなかったんですよ」

「まさか、そのストレスを私で発散しようと・・・・・・?」

「ヴェルさんでも良いんですけどね……正直、厭きました……」

「我は、お主のストレス発散の為に殴られておったのか!?」

「ここいらで新鮮な体験をして置くのも良いかなと……ヴェルさん以外の変態を懲罰するのは久しぶり♡」

「予想以上に最悪の相手!? ミラルカとは別の意味で天敵だった!!」


 ミラルカは精神的に追い詰めるタイプだが、セラは物理的に追い詰めるタイプである。

 なまじ物理的に被害がを受ける分、セラの方がミラルカよりも遥かに手強い。

 しかも何の躊躇も無く攻撃を仕掛けて来るのだから最悪であった。


「不味い……予想以上の難敵だとは………これではマイアに近付く事すら不可能……」

「無理強いは良くないよ? 明らかに嫌われてるのに力尽くじゃ、その辺のゴロツキと変わりがないからね?」

「例え今はそうでも、時間を掛けて愛を説けばきっと私に応えてくれる!!」

「……そん事を言いながら、何人毒牙に掛けたんです? 結局、貴女は誰でも良いんですよ、自分が満足すればね」

「確かに、私が恋多き事は認めよう。しかし!! この溢れんばかりの愛の本能には逆らえない!!

 君は私の激しい恋を邪魔すると云うのか!! 何の権利が合ってそんな事が出来る!!」

「現時点でのマイアちゃんの保護者は僕ですよ? 充分に権利はあると思いますが?」

「実の姉妹と云う訳では無いだろう? 所詮は血の繋がらない他人であり、私とマイアの愛に口をはさむ権利は無い!!」

「それ以前に僕は彼女の師でもあるんですよ? 弟子の行く末に障害が有れば殲滅する事も視野に入れてますよ? 

 寧ろ、あなたの方が他人ですよね? マイアちゃんに夜這いを執拗に掛けて嫌われた団長さん」

「うぐっ!?」


 頭を回転させ精神論から攻めようとするも、セラには通じない。

 エーデルワイスは認識を間違えていた。例え物理的に追い詰めるタイプでも、理論武装は可能である事を。

 セラは只の体力馬鹿では無い。言わば、物理攻撃を強制執行できるミラルカと云うべきであろう。

 天敵どころか、完全に捕食者側である。


「さて、最早話すべき事はありませんね? では覚悟を決めてください。出来る限り優しく楽にして差し上げますから。

 あ、下手に抵抗すれば苦しむのが長引くだけですよ? 僕は其れでも良いんですけどね♡」

「なんで嬉しそうにぃっ!? てか、明らかに苦しめる気だよねぇ!?」

「現時点では貴女は敵なんですよ? 敵に情けをかけて背後からなんて事には為りたくありませんし、貴女は執念深そうですからねぇ~……

 殺られる前に殺れ、石橋を叩いて渡る、疑わしきは罰せよ、問答無用です」

「それって死刑宣告だよ!? 生かす気更々無いでしょっ!!」

「無論です。寧ろ、なんで生かして措かなくちゃならないんです? 実害が有る害虫如きに」

「認めたっ!? しかも害虫扱い!?」

「サーチ・アンド・デストロイ……僕の目に入った事が運の尽きと諦めてください」


 ―――――ヒュゴッ!!


 重量のある物体が高速で移動する様な風切り音が響き……


 ―――――ドゴォ――――――――――――――――――――――――――――ン!!


 巨大なハンマーが地面に叩き付けられ、クレーターが生じる。

 濛々と立ち込める土煙の中、セラが巨大なハンマーを片手にゆっくりと立ち上がった。

 陰で目元が隠れて見えないが、気のせいか金色の光だけがエーデルワイスに見えた気がした。


「良しっ! 避けたか……」

「避けるでしょ!! 其れより何で嬉しそうなんだ!!」

「聞きたいですか? 別に構いませんけど……単に一撃で終わらせては面白くないからです」

「ドSだぁ―――――――――――――――――――――っ!!」

「何を今更……これで楽には死ねなくなりましたね♡」


 獲物をいたぶり殺す肉食獣が目の前にいた。

 エーデルワイスは今まで感じた事の無い恐怖にかられる。

 そう、今の彼女は今や獰猛な捕食者に狙われた小型の肉食獣、格が違い過ぎたのである。

 

「待ちなさい!! お姉様は殺させませんわ!!」

「レミー!? 私を助けてくれるのか?」

「……こんな害虫、助ける価値が有るの? 君も、多分だけど美味しく食べられた一人だよね?」

「確かに…お姉様は気が多くて浮気性よ、でも私にとっては愛しいお姉様です!!」

「君、ミラルカさんにも気があったよね? どっちが本命なのさ……」

「どちらのお姉様も愛しています!!」

「うん、真正の其方の人なんだね……あまり関わり合いたくないタイプだ」


 往来で堂々と百合だと公言するレミー。

 傍から見れば、かなり危ない人である。


「そんなに大事なら、管理と躾はきちんとしてよ……被害者が続出する真正の変態なんだから」

「お姉様を鎖で繋ぐなんて真似は出来ません!! 寧ろ、マイアさんを近付けないでください!!」

「無理でしょ、裏で色々と手を尽くして探し出す様な執念深い変態ストーカーだよ? 寧ろ、其方の管理がなってないと判断されると思うけど?」

「だからと言って、お姉様を鎖で繋ぐ等と……」

「本当に…そう思ってる?」

「!?」


 僅かな動揺をセラは見逃さない。

 此処から一気にたたみ掛けるのだ。


「考えてもみなよ、この人が外をうろつくから被害者が出る訳なんだし、そうならない様に狩りをする時だけ外に出す様にして、後は部屋か檻にでも軟禁して置けばいい」

「そ……そんな事、出来る訳無いでしょ!!」

「で、部屋か檻の鍵を君かミラルカさんが管理すればいいんだよ。ケダモノは、檻にでも入れておかないとね」

「……で、ですが……それは……」

「想像してごらん? この団長の首に首輪が掛けられ、その鎖を君が握る。浮気は出来ない……永遠に君の物……」

「……えいえん……私の物………お姉様が……いい♡……」

「懐柔されてる!? 悪魔の囁きだぁ!!」


 あっさりとレミーを懐柔し、エーデルワイスは孤立無援になった。

 此の侭では本当に軟禁状態にされ兼ねない。

 天使の様な外見に悪魔の様な狡猾さを持ち合わせるエーデルワイスの天敵、彼女の背に戦慄が走る。

 ミラルカ以上に厄介な存在だと再認識させられたのであった。


「セラちゃん、遊んでないで宿に入るわよ? もう部屋は取ってあるから」

「は~い…いい暇潰しも出来たんで宿に入りますか、いつまでも往来で遊んでいるワケにもいかないからね」


 さっさと踵を返し宿へと入って行くセラ。

 残されたエーデルワイスは、ただ茫然としてその背中を見送る。


「あ……遊び…今迄のが?」


 これが遊びであるなら、本気になったらどんな目に遭わされるのか想像もつかない。

 生まれて初めて感じる絶望感であった。

 エーデルワイスにとって、セラの存在は魔王に匹敵する存在へと変わった。

 為す術の無い彼女は、初めて完全敗北を味わったのである。




  

 夜の帳が辺りを包み込み、昼間の喧騒が嘘の様に静まり返る頃。

 其れは静かにセラ達の泊まる宿に忍び寄っていた。


 扉のカギ穴に針金を差し込み、少しの時間でその鍵は開くと、彼女は足音を忍ばせ【サン・ユー亭】に入り込んだ。

 そう、ご存知白百合旅団の団長。

 何処に出しても恥ずかしい重度の少女愛好趣味の変態、何故か犯罪者にならないヤンデレストーカー。

 エーデルワイスその人である。


 彼女はカウンターの台帳を調べ見ると、マイアの泊まる部屋を確認し滑るように彼女の部屋へと突き進む。

 手慣れていた……まるで何度も同じ事を繰り返しているかのような手際の良さである。

 彼女の目的は当然〝夜這い〟標的はマイア唯一人である。

 何が彼女其処までさせるのかは知らないが、彼女は胸に滾る欲情を押さえマイアの部屋の前へと立った。

 彼女の顔に不気味な笑みが浮かぶ……


 再び鍵穴に針金を差し込み、僅かな時間で開錠する姿は最早泥棒以外の何者でもないだろう。

 だが、彼女は決して泥棒では無く、ただの変質者なのである。

 静かにドアを開き、エーデルワイスは静かに、かつ素早く内部へと入り込む。

 其処は簡素な部屋であるが、数日泊まる分には申し分のない設備が揃っていた。

 だが、彼女には部屋の内装などどうでも良い。

 彼女の目的はそこに在るベットの上で静かに寝息をたてているのだから……


 逸る気持ちが抑えられない。

 耐え様の無い興奮が彼女を熱く急かす。


「ハア…ハア……マイア……やっと君を愛せるよ……幸い邪魔者は居ない…ここからは二人だけの時間だ…」


 誰も聞いていない筈なのに彼女は饒舌だった。


「…ひっ…ひひぃ…昼間は邪魔が入ったけれど…今は大丈夫だからね?……ハアハアハアハア…」


 次第に息が荒くなって行くエーデルワイス……

 もう理性が限界であった。

 

「さぁ、愛し合おう……心行くまで……夜は長いんだぁあからぁ―――――――――っ!!」


 抑えられなくなった彼女は、本日二度目のルパ●ダイブを敢行した。

 しかし……


 ―――――ボゴンッ!!


 エーデルワイスが聞いたのは何か固い物がぶつかった様な衝撃音と、自分の骨が軋む音であった。

 彼女は吹き飛び壁へと叩き付けられる。


「ぎゅろもるぱえっ!?」


 何が起きたのかが判らない。

 ただ自分が何者かに殴り付けられた事だけは理解した。

 いや、その何者かは目の前にいる。


 セラが使っていたハンマーより小振りではあるが、禍々しい意匠は同様である。

 一瞬セラかとも思ったが、カウンターを仕掛けたのは外ならないマイアであった。


「重量武器……ハンマーですか………いい……♡」


 まるで殴り付けた時の感触に酔うかの様に、マイアの目はどこかうっとりとハンマーに注がれており、エーデルワイスの事など眼中に無い様である。


「ま…マイア……そのハンマーは一体……」

「姉さんが貸してくれたんですが……この重量感……殴り付けた時の感触…手応え……実に良い♡」

「な……マイア? 何故その武器を私に向けるんだい……?」

「この感触をもう少し感じてみたくて……幸い、目の前に獲物がいる事ですし……」

「獲物って……私の事かっ!?」


 マイアは何かに目覚めた様である。

 ハンマーを見つめる目は常軌を逸していた。

 やけに扇情的で、その幼さが相まってアヤシイ不陰気を醸し出している。

 

「………さぁ……もっと味あわせてください……この武器の快感を♡」

「い、いや、快感なら別にハンマーを使わなくても……」

「問答無用……サーチ・アンド・デストロイよ……フフフ……」


 ハンマーを構え、危険な笑みを浮かべエーデルワイスに近づいて行くマイア。

 その姿は何処かセラを彷彿させる。

 弟子は師匠に似ると言うが、寧ろ姉妹と言われてもおかしくは無いだろう。


「姉さんが重量級武器を使うのも良く分かります……この感触は実に…爽快……」

「い、いや……話し合おうマイア…私も少し早急し過ぎたようだ…」


 ―――――ブンッ!!


「ぎゅろぴぃぷぼばらえっ!?」


 再び殴り付けられるエーデルワイス。

 これで死なない辺り中々に頑丈の様である。

 だが、其れは結果的にマイアを喜ばせる結果と為った。


「以外に頑丈ね……これならもう少し楽しめそうかしら?」


 物騒な事を呟くマイア。

 今の彼女は何かに憑りつかれていた。


「……さ、流石に私でも……これ以上殴り続けられたら死んでしまう……」

「大丈夫よ? いざと為ればコレが有るから……」

「そ、それは……まさか……」


 其れはロカス村で良く一部の人間に使われる薬品。

 どんな瀕死状態でも直す代わりに、精神的におかしくなる劇薬。

 変人が使えば真面になる訳の分からない効果を発揮するあの薬……


「……さ…【サイケヒップバッド】……」

「ロカスの村では変態には容赦しないのよ……勿論、情けも掛けない……」


 マイアの顔から表情が消える。

 そして最後に、こう告げた。


「貴女を……真面な人間にしてあげる……」

「や……止めろ………私が悪かった!!……其れだけは……」


 言葉を語る必要性は最早無い。

 在るのはただ獲物を狩る、その一つだけ……





 NOー…Oh―――――NO――――――――――――――――――!!…………




 


 因果応報、変態の撲滅はロカスの村以外でも起きる様である。


 その日の夜、スラの町にエーデルワイスの叫びが響く……

 どうやら悪は滅びる運命さだめにある様であった。


 翌日、白百合旅団の面々は、変わり果てた団長を目撃する事に為るのは言うまでもない。

 

 朱に交われば何とやら……とうとうマイアも変人の仲間入りです。

 まぁ、セラやジョブみたいな連中よりはマシな部類ですが……

 次は矢張りさとの内部事情を書くべきでしょうか?

 いろいろ悩みながら書いています。


 重量武器を振り回す少女って、何か萌えますよね?

 そんな事を最近思う様になってきました……病んでいるのだろうか?


 此処まで読んでくれた方、楽しんでくれたら幸いです。


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