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田舎暮らし始めました ~二日目 午前中の鑑定士~

 森は闇に包まれていた。

 時折聞こえる草を踏みしめる音や、風に流れる血の匂いが、そこが命のやり取りをする戦いの世界だという事を、いやが応でも認識させられる。

 この地に君臨していた獣は既に無く、新たなる主を欲していた。

 小型の獣たちにとって、今だけの楽園。

 だがそれは、一時の仮初の時間でしかない。

 森は新たなる主を欲している。

 自然の摂理が、新たなる強者を呼び込み、連綿と続く命の円環を再生させるのだ。

 そこに知性などいらない、必要なものは本能。

 弱者を喰らい、強者を喰らい、更なる強者へと至る純然たる力の円環。

 強者は、知っている。

 ここに、強者を喰らい尽くした、最悪の強者がいた事を。

 その強者を喰らうため、新たな強者が引き寄せられた事を。

 新たなる強者は、動き出す。

 己が主となるために・・・・


 暗き闇に輝く赤い星が二つ、それは明確なる本能をもって、森を騒がす。

 星に映し出されるのは、鋼の様な鋼殻を持つ草食の獣。

 その星は、静かに、その時を待っていた。

 やがて獣は気付く、その身に迫る危機を、ここに何かが潜んでいる事を。

 低い唸り声を上げて他の仲間に警告する。

 種を守る本能に従い、獣の強者達は、潜んでいる何かの注意を引きつけるため、自らを囮として差し出す。何かは直ぐそこにいる。

 獣の強者は、長い尻尾を振り、その時を待つ。

 何かは動いた、鈍重な地響きを立てて、獣の強者に挑みかかる。

 獣の強者は得意の尻尾をカウンターで叩き付けた。

 今迄多くの捕食者を倒してきた、必殺の一撃であった。

 並み居る強者をこれで撃破してきた、筈だった。

 だが、立って居たのは何かであった。

 獣の強者は、何かの咢に首を喰らいつかれる。

 やがて鈍い音とともに、獣の強者は息絶えたのだ。

 そしてその時から、新たなる獣の主が誕生したのだった。

 



 窓から差し込む光が、眠る少女の顔を照らす。

 その光に抗い、身を返すも無駄な足掻きに過ぎない。

 日は少しずつ確実に確かに高くなり、微睡にいる少女に嫌でも朝の訪れを教える。

やがて耐え切れずに、目を覚ます。 

 寝ぼけ眼を手で擦り、朝の陽ざしを体に浴びる。

 光が銀の髪に反射し、少女の姿をより一層、神秘的な存在へと飾り立てた。

 ベットから身を起こし、いまだはっきりとしない眼で、部屋を見渡す。


「んっ、んあっ・・・」


 今だ意識の何割かが眠りの中にあり、僅かな時間再び微睡の中に落ちようとする。

 ふと、違和感を感じた。

 何かが腰の周りに巻き付いている。

 巻き付いているとは言い方に語弊があるかもしれないが、それは適度な重さと温もりを持っていた。

 僅かに感じる弾力が、それなりの大きさが在ることを認識させる。

 シーツを捲りそれを見たとき、思わず笑みを浮かべてしまう。

 一人の小柄な少女が、銀髪の少女に抱き付いていた。

 あどけない寝顔で幸せそうに眠る少女に、不思議と安らいだ気持ちになる。


「・・・・・・・・・・・」


 銀髪の少女は、シーツを再びかけ、自分もまた眠りに着こうとした所で強制的に意識を引きずりだす。


「んおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 少女は思い出したのだ全てを、強制的に活性化された意識は、心臓を暴走させ、早鐘の如く鳴り響く。 この状態はかなりヤバい事だ、倫理的にも生理的にも、常識的にも。

 なぜなら少女は、少女であって少女ではない。

 この世界の外側から来た異邦人、そして元いた世界では少女は、男だったのだ。

少女の体に男の心、ただせさえ精神に多大なダメージが掛かるのに、女の子にしがみつかれて一緒に寝ていたなんて、とてもではないが耐え切れない。

 自分は男でありたいのに、傍で眠っているこの少女はそんなことは知るはずも無く、このように無防備に身をさらしてくるのだ。

 そこには様々な葛藤と欲求がせめぎ合う事に為る。

 しかも歳も近い事もあり、更に可愛くて純粋、時折理性が飛びそうになる。

 そろそろ限界が近づいているのではないかと、自分でも理解できてしまうのだ。

 既に昨日のうちに色々と大切な物を無くしているため、一周回って開き直ってしまうかもしれない。

 そしてその毒牙にかかるのは、真っ先にこの少女なのである。

 ヤバイなんてものでは到底収まり切れない状況が、目の前で手招きしていた。


「手を出しちゃだめだ、手を出しちゃだめだ、手を出しちゃだめだ、手を出し・・・・・・・」


 どこぞの汎用人型兵器のパイロットの如く、自分に言い聞かせるように何度も呟く。

 これが何の役に立つのかは分からないが、遣らないよりはマシであった。

 少なくてもこの少女が傷つく事に為るのだけは避けたい、たとえ自分が大切な物を無くそうとも、そう固く誓うのであった。


「んっ、んにゅ、ふぁ・・・・おふぁようごしゃいます・・・・ふぇあしゃん」

「おっ、おはよう・・・・フィオちゃん、いつの間に潜り込んだの? 気づかなかったけど」

「んんっ、ん~~~~むぅ、にゅぅ・・・・・・」


 一度起きたものの再びコテンと倒れ、静かな寝息を立て始める。

 どうやらフィオは低血圧の様で、相当朝に弱いという事が分かった。

 セラはどうしようもない衝動に震え、耐え切れなくなりとうとう言ってしまう。


「もっ、萌えてまうやろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ロカス村の朝の目覚めは、鶏ではなく少女のアホな絶叫であった。



 セラは鏡台の前で入念に髪をとかし、『無限バック』から取り出した化粧品で軽く化粧を施すと、じっくり自分を見つめ失敗した所が無いかを入念にチェックする。

 おもむろに衣服を着て、鏡の前でくるりと回り、その出来栄えにやや不満を残しつつも妥協する。

 更には調理場で、野菜多めのスープを作り、昨日買っておいたパンを添えて朝食の準備を整えた。  

 少し大きめの器に野菜を盛りつけ、ドレッシングをかけた所で、ふと思考が止まる。


「・・・・・僕は何をしているんだ? そして何でこんな事ができるんだ!?」


 その疑問はもっともだった。

 現代日本で育ったセラは、朝食を作った事も無く、ましてや化粧品を使った事など一度足りとて無いのだ。それなのに、今の自分はそれを当たり前のように熟しているのだ。

 それだけじゃ無い、よくよく考えれば自分が魔獣と戦うこと自体おかしい。

 あの時のセラは、嬉々として魔獣を葬っていたのだから・・・・・

 自分であって自分で無い、そんな状況に寒気を覚えていた。

 更には昨日の道具屋で、アイテムを売らないと言われた時、さほど脅威にも思わなかったのだ。

 しかも自分で作れるとまで言った。

 現代日本で育ったセラがこの世界のアイテムを作る、よくよく考えてみてもそんな芸当出来る筈がないのだ。

 これの意味するところは何か、冷静に考える。

 所詮仮定であり実証が出来ないのだから、こういうものだという定説だけでも欲しかった。

 

 セラは考える。

 今の自分は『瀬良優樹』ではない、『セラ・トレント』である。

 それは今の姿を見ても明らかである、何せ夕べお風呂で身をもって確認したのだから・・・・・少し落ち込んできた。

 では何故、料理や化粧、果ては戦闘まで熟せるのか?

 もしかしたら、この世界に転移したとき『瀬良優樹』と『セラ・トレント』が置き換わったのでは無いのか? そう考えると納得できる。

『セラ』はアバターである、いうなればもう一人の自分、だとすればゲーム世界での経験が情報となり、今の体に刻まれている可能性もある。

『セラ』に無いのは意思、『瀬良優樹』という意思があって初めて存在できる。

 そして『優樹』の体が『セラ』に置き換わる事によって、今の自分が在るのではないか?

『セラ』の体にある経験と『優樹』の意思が加わり、この世界で完全になった。

 そんな結論に達した。

 あまりにも非常識な出来事であるが、そう思わなければおかしくなりそうであった。

 色々な意味でだが・・・・・・   


 

 フィオはなかなか起きて来ない。

 きっと今頃は楽しい夢の中なのだろう、昨日は散々な目に会ったのだからこれ位は許されるはずだ。

 そんな事を思いつつ、セラは右手の三角フラスコを振っていた。

 試験管に入った液体を、ビーカーに移し乳鉢で磨り潰した鉱石を少量まぜ、色が変わった所で三角フラスコの液体と混ぜ合わせる。

 あとは磨り潰した茸の粉末を混ぜるだけで完成であった。


「ひょわぁぁぁぁ!? 寝過ごしましたぁ、ごめんなさいセラさん、今朝食の準備を・・・あれ?」


 フィオが不思議がるのも無理はない。

 何故か朝食の準備が整っており、床に座り込む形でセラが何かの作業に没頭していたからだ。


「セラさん? 座り込んで何をしているんですか?」

「ん~~っ、薬の調合」

「この朝食はもしかして・・・・・・・」

「僕が作っておいたよ。先に食べたから、フィオちゃん片づけお願いねぇ~」

「ひやぁぁっ!? セラさんごめんなさい!」


 ぺこぺこと頭を下げるフィオを微笑ましく見ながら、セラは作業を続ける。

 茸の粉末を三角フラスコに少しづつ入れると、熱を持ち始め次第に水分が抜けてゆく。

 固定台で反応している液体をそのままに、別の作業も続けていた。


「セラさん、スープ美味しいです、サラダのドレッシングもサッパリしてて最高です」

「それは何よりだね。頑張って作ったカイがあるよ」


 複数の薬草を鉱物と混ぜ、乳鉢で磨り潰してアルコール分の強い酒を少量たらし、ポーションの封を開けて混ぜ合わせる。

 それを火にかけ、練り合わせて泥状の液体を水に溶け込ませる。


「さっきから何を作っているんですか?」

「『エテルナの霊薬』と『ハイマナ・ブロシア液』回復薬だね」

「どんな、お薬なんですか?」

「体力と魔力と状態異常の同時回復と、魔力の最大回復薬だね、できたらあげるよ、いい値で売れるから」

「いくら位のお値段なんですか?」

「全部で385000ゴルダ、位かな? 『エテルナの霊薬』は全能力を最大向上させるから」

「ぷぅ~~~~~~っ!?」


 フィオは口に含んでいたスープを盛大に噴出した。

 とんでもない金額のアイテムを、何気も無く人にあげようとするセラの非常識に驚愕する。

 そしてセラが多額の資金を保有している理由を知る。

 こうしたアイテムを作って、売り捌いていたのだ。

 何から何まで規格外のセラに、フィオの常識はついていけない。


「いただけません!! そんな高いものぉ!!」

「元はタダなんだよ? そんなに遠慮することないのに・・・・・」

「物凄ぉく、気が引けるんですよぉ!?」

「じゃぁ、『ハイマナ・ブロシア液』だけでもどう?」

「それも、幾ら位なんですか?」

「40000ゴルタ、色々と調合に使えるから」

「うぅぅぅっ、セラさんの金銭感覚おかしぃです。頭が変になっちゃいます・・・・」


 セラにとっては単に標準の基準が分からないだけなのだが、フィオにとってはセレブがお金の無駄遣いをしているようにしか見えないのだ、この両者の認識の差がこの変なやり取りを生み出している。

 このやり取りはしばらく続きそうに思われる。

 ただ解る事と言えば、セラがとんでもないセレブであるという事だ。

 フィオはただため息をつき、セラは不思議そうにフィオを見つめていた。



 朝食を済ませ、フィオが食器を洗い、セラは洗った調合器具類を『無限バック』にしまっていた。

 セラがこの世界から帰れるまで約九日、それまで何をしようかと思考を巡らせる。

 どうせならフィオと行動した方が面白いと結論付き、何気に今日の予定を聞いてみる。


「今日ですか? 素材を受け取って、防具屋さんを巡ってそれから森に行こうかと思います」

「新しい防具を作るの?」

「幾らかかるか聞きたいんです。創るにしてもお金がかかりますから」

「武器も併せてだと、5800ゴルダだよ」

「早っ、セラさんがいると、凄く便利ですねぇ、そんなにかかるんですか?」

「安い方だよ? 僕の装備はその数十倍はかかっているから」

「すっ、すうじゅう・・・・・だから副職を持っているんですね?」

「そゆこと」


 しきりに感心するフィオ。

 その素直な反応に、その愛くるしい容姿も相まって、セラの精神を激しく揺さぶる。

 夕べ一緒に風呂に入ったのがマズかった、その無邪気な愛くるしい行動がどれだけセラを苦しめた事か。

 裸で無邪気に抱き付き、小動物みたいに愛らしい仕種を惜しみなくさらしてくる。

 この無邪気な無自覚小悪魔ちゃんに、セラの心臓は高鳴りっぱなしであった。

 すっ、と立ち上がり、近くにある桶を手に取るとセラは再び・・・・・


「萌えてまうやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 桶に向かい再び絶叫。


「せっ、セラさん!?」

「萌えてまうやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! メッチャ抱きしめたい!! 犯罪に手を染めてまうパターンや!! お持ち帰りしたい!!」

「どっ、どうしたんですかセラさん!?」


 可愛らしい大きな目を見開いて、フィオは唖然としている。

 だがセラは止まらない。


「メッチャ抱きしめたい!! て言うか抱きしめる!! フィオちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「ひょあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 セラが狂った、最早手遅れかもしれない。

 ・・・・・・・気おつけなはれやぁっ!



 ロカス村の住人たちの朝は早い。

 日の出る前に起き出し、畑仕事の受持した後、街に売る特産を作るべくそれぞれが副職につき、その仕事に精を出す。

 彼らの生活は常に平穏で、逆に言えば何の変化も無い。

 今日という日を懸命に生き、明日のために糧を作る。

 そんな、当たり前な日常を幸せと言う者もあるだろう。

 だがこの村はそんな平穏がすぐに壊れる事を知っている。

 背後に魔獣の生息する森が広がり、周りは草食魔獣の餌場となる平原、餌となる草食魔獣を目当てに凶悪な肉食魔獣を引き寄せるのだ。

 コレでも幸せと言う寝惚けた奴はこの村にはいない。

 常に、命の危険に曝されている所で彼らは生活を営んでいる。

 力強く、逞しく、全身全霊をもって。



 セラとフィオは村外れの解体小屋まで来ていた。

 昨日、ここで肉を分けてもらったのだが、今日は別の要件である。

 防具を作るのに使う、素材を受け取りに来たのだ。

 セラにとっては今更の事だが、フィオにとっては初めての製作用素材であり、この素材で武器や防具を作るのが一つの目標だった。


 適当な材質でたてた木造家屋の前に二人が到着すると、そこには解体作業に従事する者達とボイル夫妻が集まっていた。

 何やら深刻そうな表情で、それぞれ意見を交わしながら議論は白熱の程を見せている。

 中には村人からなる冒険者たちの姿も見える。


「イーネさん、ボイルさん、おはようございます。どうしたんですか? 何か問題でも出たんですか?」

「おう、フィオ、それとセラだったか? まぁ、ちょっとな」

「フィオちゃんが心配する事じゃないから、安心して」

「僕の目から見て、かなり深刻そうな様に見えたんですけど、何かあったんですか?」

「こいつは、村の問題だからよぉ、その、なんだぁ、セラの出番はないと思うぜ」

「成程、理解しました、確かに部外者が口出しする事じゃないですね」

「ごめんねぇ、セラちゃん、他の事なら良かったんだけど・・・・・」

「気にしないでください、っとそれより素材の剥ぎ取りどうなりましたか? フィオちゃんが待ち望んでるんだけど」

「あぁ、ごめん、忘れてたわっ! ちょっと待っててもらえる? 取ってくるから」


 イーネが足早に解体小屋に走っていく。

 残された者達も再び議論を交わし始めた。

 聞こえてくる話でも『最近、支払悪いよな』とか『あれだけ在ってこの金額かよ!』とか『あの商会に騙されてんじゃね?』とか、金に関する話であった。

 確かに部外者が関わる話ではない。

 下手に口出しして、取り返しのつかない事になっても、責任の取りようがない。

 さわらぬ神に祟りなし、セラはそう結論を下した。

 そんな考え事をしていると、イーネは製作用素材を持って来てくれた。


「わるかったねぇ、立て込んでたから、すっかり忘れてたよ」

「いえ、何か邪魔をしたみたいですみません」

「あっ、僕の分は、フィオちゃんにあげてください、その素材は持っていますから」

「いいのかい? これを売ればそれなりの小遣いになると思うんだけど」

「いま必要としているフィオちゃんが使ってくれた方が、素材も喜びます」

「面白いこと言うのねぇ、ん~じゃフィオちゃん、これが素材、確かに渡したからね」

「んえぇ、でもこんなにいっぱい、使わなかったらどうすればいいんですか?」

「売れば良いんじゃない? 『ゲラ』の鱗は40ゴルタ、革は80ゴルタ、牙爪は120ゴルタ『ゲラボス』の素材は『ゲラ』の二倍で、傷物は程度にもよるけど半額で売れるよ?」


 その瞬間時が止まった。

 村の住人達全員がセラに注目している。

 セラは状況が分からない、何かマズイ事でも言ったのかとも思ったが、心当たりが無かった。

 そして時が動き出す。


「せっ、セラちゃん、あんた、素材の値段が判るのかい?」

「えっ? まぁ、売値だけなら分かりますけど・・・・・それが何か?」


 その瞬間、彼らはあわただしく動き出した。

「おい、この間の素材もってこい!」とか、「こいつも持って行った方が良い!」とか、それぞれが怒鳴り散らしながら、あれよあれよと言う間に解体小屋から、複数の素材アイテムを持ち出してきた。

 そしてセラの前には山積みになった素材アイテムが、所狭しと並べられる。


「スマネェ、セラ、わりぃけど、こいつの売値を全部教えてくれ!!」

「これ全部ですか!? 骨も在るみたいですけど・・・・?」

「こんな事頼む義理じゃねぇんだが、こればかりは俺たちじゃどうしようもねぇ、たのむ!!」

「別に良いですけど・・・・これ、種類がごちゃまぜじゃぁないですか! 分けるのはやってくださいよ?」

「無理いってんのはこっちだ、好きなように使ってくれ!」


「何か変な事になったなぁ」とのんきに呟いて隣を見ると、フィオが膨れていた。

 そう言えば一緒に防具屋を回るはずだったっけ、と今更思い出してももう遅い。

 フィオは可愛らしくを膨らませ涙目でセラをにらんでいる。


「あっはははははははははっ、フィオちゃんてば、すっかりセラちゃんにぞっこんだねぇ」

「にえぇぇぇ!? ちっ、違うの、そうじゃ・・・・」

「照れない照れない、いいじゃないか、そういう関係もあるって話だよ」

「どっ、どいう関係なんですか!?」

「知りたい? じゃあ、耳をかして、あのねぇ・・・・・・・」


 イーネがフィオの耳元で何かを吹き込んでいる。

 だがセラには彼女が何を教えているのか見当がついていた。

 というか、こんなやり取りを、つい最近どこかで見たような気がしていた。

 既視感であろうか?


「いえぇぇ!? そ、そんな・・・・女の子同士でぇ!? ありえないですぅ!?」

「いいじゃん、いいじゃん、女の子同士! 何も悪い事じゃないよ! フィオちゃんも素直になって、セラちゃんの胸で甘えちゃいなさいよ」

「ちっ、ちが・・・そんなんじゃないですぅ!? せえ、セラさんは、お姉さんみたいで・・・」

「憧れのお姉様ってやつね。なんだい、すっかりその気じゃないか、妬けちゃうねぇ」

「ひょいぃ!? 違いますぅ! て、セラさんも見てないで、たすけてくだしゃぁい!?」


 言えば言う分泥沼になる現状に、フィオはついに助けを求めてきた。

 慌てふためく彼女の行動があまりにも可愛らしく、セラの中で何かの種がはじける。


「・・・ふっ、僕も罪作りなやつだ、こんな可愛い子のハートを射止めてしまうなんて・・・・」

「ひにょぉ!? にゃにを、セラしゃん!?」

「・・・分かっているよ・・・今夜は・・・君のためにベットの横を開けておこうじゃないか」

「ひゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃ!?」


 どこかクールで陰のある口調で、歯の浮くようなセリフを語るセラに、メッチャ動揺するフィオ。

 さらに追い打ちとばかりに、フィオの頬に手を当て真摯に静かに熱いセリフを投げかける。


「・・・そんなに・・・怯えなくてもいい・・・出来る限り優しくするから・・・」

「ひゃぁっ、にゃにを、・・・」


 やたら真面目腐った本気の真顔を、フィオの顔に近づけてゆく。

 そしてとどめの一撃。


「・・・・・今夜は・・・・眠らせない!」

「ひゅぼにゃりゃ!!」


 フィオは茹蛸のように顔を真っ赤にして、魂が抜けたかのようにそこにへたり込む。

 口を開け放心した状態は、どこか恍惚とした危険な表情であった。

 純真な少女の心を弄ぶ悪党は、いい仕事をしたみたいな満足そうな笑みを浮かべ、汗を脱ぐう仕種をしている。

 こいつは間違いなくSである。


「セラちゃん・・・あんた、容赦ないわね」

「えぇ!? ネタ振ったのは、イーネさんじゃないですか」

「あたしのせい!? あたしもまさか、ここまでやるとは・・・・」

「普通はドン引きなんですけどね、あんな奴いないでしょ、絶対」

「お前らぁ! 遊んでんじゃぁ、ねえぇよ!!」


 苛立ちを抑えながら、ボイルはドカドカと足音を立てながらやってきた。


「あっ、ボイルさん。分別作業、はかどってますか?」

「それがよぉ、だいたいのは分別できるんだが、似たような素材があってな、ちっと難航している」

「じゃあ、分からないのは僕のところに持って来て下さい。分別は僕がしますので」

「そうか、分かった。んで、フィオの奴どうしちまったんだ? 何か心ここに在らずなんだが・・」


 意識が飛んでるフィオを指さし、ボイルは訝しげに聞いてきた。


「セラちゃんに弄ばれたのよ」

「はあぁっ? なんだそりゃ」

「ひどい、ネタ振りはイーネさんじゃないですか! 共犯ですよ、共犯」

「セラちゃんの方が酷いわよ」

「何でもいいが、早くしてくれ! 午前中には終わらせてえぇんだ」

「了解、フィオちゃ~~ん、正気に戻って手伝ってぇ、人手が足りないから」

「ひょわいぃぃぃっ!? はれ? はれぇえ!?」


 急に話を振られ正気に戻るフィオ。

 だがセラの姿が目に留まると、再び顔を真っ赤に染め、俯きながらもこちらをチラチラと伺っている。 小動物みたいなその仕種に、セラもイーネ心臓を射抜かれる。

 ――――――――『『フィオちゃん、マジ、萌えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』』

 この二人意外に似た者同士なのかもしれない。



 目の前には山積みにされた素材が、所狭しと並んでいる。

 判別できたものは良いが、中にはどの魔獣なのか何処の部位なのか判らない物も交じっている。

 判別できたものはそれぞれ袋に詰められ、大きな木箱へと収められてゆく。

 大人数での作業なので、それなりの効率で作業ははかどるが、中には正体不明の素材も出てくる。

 その全てがセラの前に重ねられ、それをとんでもない速さで処理してゆく姿に、村人たちは尊敬と畏怖のこもった眼で。見ていた。


「『トルトス』『ガムゼル』『イグナック』こっちは『ノルクノット』『デルアギア』またまた『トルトス』・・・・・よくもまぁ、こんなにも整理せずに詰め込んだね」

「昔からのやり方でやっていたんだが、拙いのか?」

「拙いでしょ、高い素材も安いのも一纏めにしているんですよ? これじゃ、ボッタクられますよ」

「面目ねぇ、しかし助かったわ、俺たちじゃ素材の価値までわからねぇからな、それに魔獣にも名前が在るなんて思わなかったぜ」

「そりゃぁ、有るでしょ。無かったらどうやって討伐依頼を出すんですか? 魔獣が出る、ただそれだけで依頼を受けていたら、死人が続出になりますよ」

「言われてみりゃそうだな。なんで誰も気づかなかったんだ?」

「あえて商人が教えなかった、そう考えると辻褄が合うんですけどね」

「どういうことだ?」

「種類を問わず一纏め、ということは高い素材、安い素材も一つになっている、そう言う事ですよね?」

「ああ・・・・」

「ならば高い素材を値切る手間も省けるし、難癖つけて安く素材をせしめる事もできる」

「・・・・・・・・・」

「商人にとってこれほど美味しい方法は無いですよ? あとは自分たちで分別して売り捌けば、相当のもうけになるでしょうね、この村は幾らの損失を出しているんでしょう」

「ヤロウ・・・・嘗めたマネしやがって」


 ボイルは怒りに身を震わせ、今にも怒鳴り込むような勢いであった。

 彼らが素材の売り上げを気にしていたには、それなりの訳が在る。

 この村が出来たころから、この村はある商家と取引をしていた。

 その商家は彼らに親身になり、色々と便宜を図ってくれていたのである。


 だが、数年前にその商家の主が代替わりをしたのだ。

 そこからロカス村の受難が始まる。

 代替わりした現家主は、素材を運び込むたび難癖をつけて値切り、更には支払も滞るようになったのだ。そのことを追求すれば、取引をやめると言い出し、挙句には賠償金を払えと言う始末。

 ここまで来れば流石に純朴な村人でも、おかしいと気付くであろう。

 解体作業者や村住冒険者が集まり、話し合いを始めるというものだ。

 そんなところに素材の価値を知るセラが現れればどうなるか?

 いわずものかな、現状が物語っている。


 分別作業の合間に、セラは素材の金額も教えていた。

 綺麗に形が残っているモノら、傷だらけのモノまで幅広く。

 あとは数を数え、売値の金額にかけるだけで大凡の取引金額が出るのだ。

 その結果。


「何だよこれ!! この間の収益の五倍は有るじゃんぇか!!」

「ボルタク商会の奴ら、騙しやがったな!!」

「あの若造、八つ裂きにしてやる!!」

「ゆるせねぇ、店に火をつけたれやっ!!」


 など物騒な話になっていく。

 彼らの怒りも当然だろう、信頼していた商家が手ひどい裏切りをしていたのだから。

『この怨み晴らさずにおくべきか!!』 状態になり止める者もいない。

 此の侭だと暴動になりかねない。


「よっしゃあぁ!! 俺の馬車に乗り込め!! 殴り込みをかけるぞ!!」


 怒りに任せてボイルがそう言ったとたん、急に静まり返る。

 止める者がいたようだ。


「ボイルさんの馬車に乗ったら、商会に乗り込む前にみんな死にますね」

 

 セラのその意見に、全員がうなずいた。

 このボイルは、村の中で一番の危険人物で最悪のスピード狂であった。

 そんな馬車に、訳アリとはいえ誰が好き好ん乗るであろうか。

 誰も命が惜しかった。


「怒鳴り込むのは止めたほうがいいでしょうね。下手に刺激して居直られては困りますし、開き直って、選別しないお前らが悪い! なぁ~~んて言いだすでしょうし」

「そいつは言いそうだな。けどどうすんだ? このまま泣き寝入りすんのか?」

「方法は有りますよ。まずあなた達はもう素材の金額を知っています、そこで今日分別した素材を納品するんです。素材平均売値リストを持ってね。

 向こうはこちらが素材の平均売値を知らないと思っていますから、難癖つけて、分別した素材は値切るでしょう。その時リストを見せてやればいいんです。

 さらに言えば向こうは騙していた負い目もありますし、開き直って取引しないと言い出したら、別の商家に売ると言えばいいんですよ。

 恩が在るとはいえ、先に裏切ったのはアンタだと言って」


 セラの作戦を聞いて、村人衆に不敵な笑みが毀れる。


「・・・・・セラお前スゲェ奴だな、良くそこまで思いつくもんだ」

「弱点を突くのが戦いの鉄則ですよ、けど問題もあります。ボルタク商会にライバル商会がいるのか? ですけど、その辺どうなんでしょう?」

「いるぜ! イモンジャ商会てデカい商家がな、街で聞く限りじゃあかなり良心的らしいぜ?」

「それなら、先にイモンジャ商会で取引契約をして、その後にボルタク商会に行きましょう」

「おいおい、ボルタク商会を裏切んのか?」

「先ほど言ったように、先に裏切ったのはボルタク商会ですよ? 遠慮する義理が在るんですか?」

「確かにな、おい村長のところに誰か走れ! 手紙を書いてもらう、イモンジャ商会にな!!

 やるぞ!! ボルタクの小僧に目にもの見せてやれ!!」


『『『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』』』』』』』


 村に響く鬨の声。

 まるで戦場に行く兵士のように、村人の目にギラギラした何かが宿っていた。

 まぁ、ボルタク商会の所為で村の生活が困窮していたのだから、当然こうなるのは時間の問題であった。この後すぐに、特攻隊のようにボイルを含む数名が出陣していく。

 手を振る村人の声援を背に受けて。


 それから数時間後には彼らは勝利の凱旋をする事となる。


「セラさん本当に凄いんですね、みんなの問題を鮮やかに解決して。かっこいいです!!」

「結果はまだ出てないよ? それに巧くいく保証もない。下手をすると村に最大の危機が迫る事になる。」

「大丈夫です! セラさんが考えて、無の皆さんが実行するんですよ、失敗なんてしません!!」


 フィオは力強く断言する。

 だがセラはそれほど楽観視していない。

 自分が言ってしっまった事で、この村の命運が左右されるのだから当然だろう。

 この時からセラはロカス村の重要な存在になってゆく。

 それは、この世界での滞在日数が終えても、再びこの世界に関わる切っ掛けとなっていた。

 けどそれは、もう少し先の話である。


「それよりフィオちゃん、約束どうりこれから防具屋にいこう。僕も興味あるし」

「はい! それじゃあ、案内します。こっちですよ!」


 可愛らしい笑みを向け、セラの手を嬉しそうに引く。

 少女の手の温もりを感じながら、村の鍛冶場はと足を進める。

 彼女たちの姿が見えなくなった時、 村の居住エリアあたりから謎の叫びが聞こえた。


『萌えてまうやろぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


 ・・・・・・・いったい何があったのであろうか?





 舗装されていない街道を、凄まじい速度で走る四頭引きの荷馬車が砂塵粉塵を巻き上げて、猛烈な勢いで通り過ぎていった。

 砂塵が風に流され、辺りが晴れるその場所に三人の男女が蹲っている。

 そのうち二人は女性で、一人は『人間』もう一人は体つきの細い長い耳が特徴の『エルフ族』

 最後の一人が男性、『人間』で恐らく十代の若者であった。

 彼らは全員、魔獣の素材で作られた武具を身に纏い、手にはそれぞれ異なる『ガジェト・ロット』を所有している。

 彼らは冒険者であった。


「けほっ、げほっ、何だったんだ今のは?」

「分かりません、馬車のようにも見えましたけど・・・・」

「こほっ、どうでもいいわ! それよりレイ、本当にこの先に村が在るんでしょうね?」

「聞いた話では眉唾もんだと思っていたけど、どうやら当りみたいだぜ」

「確信が在った訳では無いのですか? まったく貴方は・・・・」

「馬車が通ったろ? だったら在るんだろ?」

「無かったらどうするのよ!! 嫌よ私、野宿なんて」

「大丈夫だって、わめく前に歩こうぜ、日が暮れちまう」

「まったくこの人は・・・・」


 正午前の昼下がり、三人の冒険者は歩き始める。

 ロカスの村を目指して。



 追記

 

「旦那様、ロカス村より積み荷が届いたようです」

「そうか、ご苦労」

 質の良い樹木で作られた机の前に、革張りの柔らかそうな椅子に座る男が詰まらなそうに応える。

 男の名は『ゲイス・ボルタク』

 コルカの街の二大商会、ボルタク商会の会長である。

 顔立ちは細く、神経質そうな表情で、自分以外は信じず、常に人を見下す。

 その癖小心者で、功名心と名誉欲が強く、街の住民すべてが自分を嫉んでいる、そんな被害妄想に取りつかれていた。

 彼はそういう男だった。 


「あいつ等め、矢張り商品を隠し持っていたか、卑しい奴等め」

 そう吐き捨てると、執事に指示を出しロカスの客をとりなす準備をさせる。

 彼の持論では、『有能な人間は後から出向く』らしい。

 自分の力を誇示するためには努力を惜しまないのだ。

 そろそろ時間とばかりに席を立ち、応接間へと向かう。


 ボルタク商会の応接間は派手な絵画や花瓶、所々に豪奢な金の細工が施されている。

 お世辞にも趣味の良い部屋ではないが、彼は気に入っていた。

 先代の会長は、良心的な経営などと言う下らない経営方針で店を運営していたが、自分は違う。

 使える物は骨の髄まで使い切り、要らなくなれば即捨てる。

 自分は歴史にない残す偉大な人間だ。

 そういった考えを彼は、持っている。


 今日もいつも通りに、ロカスの連中を丸め込め彼らの骨の髄までしゃぶり尽くす。

 そう思っていた。


 応接間に入ってすぐ、彼は絶句する。

 革張りの長椅子に、ボイルというロカスの男がテーブルの上で足を組み踏ん反り返っていたのだ。

 しかもそれなりの値が付くであろうスーツに皮製の靴、室内だというのに眼深に帽子を被っていた。

 昔のマフィア映画みたいな格好と言えばわかるであろう。

 ご丁寧に背後には強面の屈強な男たちが控えている。

 彼の姿を確認すると、ロカスの男は見下すように鼻で笑う。

 この態度に彼のプライドは引き裂かれ、怒りが沸き起こる。


「どういう積りかね、私にそのような態度をとって、無事で済むと思っているのか?」


 出来る限り落ち着いた声で話しかけるが、声に彼の怒りに震えた感情が含まれている。


「かてぇこと言うなや、こちはビジネスで来てんだ、この程度の事で腹を立ててちゃこの先やって行けねぇぜ?」

「ふ、ふんっ、で、商品はまた魔獣の素材、袋づめかね。前にも言ったが、あのような雑な扱いでは商品の価値が下がる。さっさと金を受け取って帰りたまえ、私は忙しいんだ。」

「そう急ぐなや、今日の商品は『ヴェイグラプター』と『ヴェイポス』だ、ちょうど凄腕の冒険者が来ていてな、運良く手に入った品だ。商品の値段はこちらに書いてある、確認しな」


 そういいながらボイルは書類を手渡す。


「ほう、見せて貰おう」


 受け取った書類には適正な物価価格が記載されており、傷物や肉に至るまで事細やかに計算されている。今時珍しいほどの丁寧さでだ。

 彼は感心しつつもある事実に気が付く。


「!?」


 今迄、ロカスの住人がこの様な真似をした事など一度足りとて無い。

 だとすればこれはどう言う事であろうか?

 こんな真似をされたら、今迄のように口で丸め込む事など不可能になる。

 こいつ等は物の価値も判らない烏合の衆ではなかったのか?


「俺たちを、物の価値も判らない馬鹿だとでも思っていたのかい?」


 行き成り心を読まれ冷汗が止まらない。


「い、いや、そんな訳では無い。しかし・・・・」

「で、金額は? その値段でいいのか?」

 

 ――――――このままではこいつ等から旨みを取りこぼす、何とかしなければ。

 焦る思考を表に出さず、極めて冷静であろうとする辺り彼は優秀なのかもしれない。


「実物を見てみない事には何とも言えんな」


 ――――――――これでいい、後は難癖をつけておしきるだけだ。 


「その心配はない、すでに実物を見て貰っている」


 ―――――――今この男は何といった!?

 ボイルの一言で背筋が凍りついた。


「実物を見せただと!? いつ、誰にだ!?」

「あんたの商売敵だよ、良い値段つけてくれたぜ? これからも宜しくだとさ」


 ――――――――こいつ等、うちとイモンジャ商会を天秤にかける気か!?


 ロカス村の連中がここまで狡猾だとは思わなかった。

 このままでは、こいつ等はイモンジャ商会に行ってしまう。

 彼は焦る。

 仕方が無く切り札を出す事にする。


「契約違反だ、うち以外の商会と取引するのは! ロカスと、わが商会との契約を忘れたのか!!」

「知らねぇな、そんなもん」

「ここに契約書が在る。ここには、ロカス村三代前の村長と、わが商会四代前の会長との契約書がある。

 契約を反故にするならば、然るべき場所にこの契約書を届ける」


 この契約書が在る限りこいつ等はどこにも行けない。

 ―――――――勝った。


 彼は勝利を確信した。

 その勝利に酔い、この生意気な連中をどう料理するか。

 彼の頭には其れしか無かった。


「なあぁ、聞くがよ。その契約書、それ本物なのか?」

「な、なに!?」

「契約書なんてもんは二通同時に創るもんだろ? だがうちの村にそんなもんは無い」

「それが如何したと言うんだ!?」

「二通用意するということは、それが本物であるという証明だ。だが、一通しか無いと為ると、それが本物である証にならない。偽造されたと考える事もできるしな。

 ついでに書いた本人は墓の下だ、本物と決め付ける訳にはいかねぇよ」


 こいつ等こんなに出来る連中だったのか!?

 切り札が逆に悪手に代わる。

 確かにこの契約書は偽造したものだ。

 今まではこれで全てを押し通してきた。

 まさかそれを逆手に取ってくるとは思っても見なかった。


「そうゆうこったから、契約書は当てには出来ないぜ?」

「契約書はちゃんと二通ある!!」

「じゃぁ、今すぐ見せろよ」

「ここにはない」

「偽造だな、この場をやり過ごして、もう一通創る気だろ?」

「う、嘘じゃない!!」

「じゃぁ、その契約書が在る所に行こうぜ? 今からだが」

「私には、仕事がある」

「んじゃ、あんたは人に頼んで契約書を取にいかせろ、俺達は二手に分かれて、そいつとあんたを見張らせて貰う」


 八方塞がりであった。


「で、どうなんだ? 俺達と取引するのか? 俺達としてはさっさと縁を切りたいんだがな」

「・・・・・分かった・・・・取引をしよう・・・・・」

「話は纏まったな、んじゃこいつは要らねぇな」


 ボイルは契約書を取ると、其の儘懐にしまい込む。


「そんじゃ、金をさっさと用意してくれ、こんなトコには長居はしたくないんでな」

「この、恩知らず共が!!」


 もう用は無いとばかりに応接間を後にしようとしたとき、彼はそう吐き捨てる。 


「恩が在るのは先代までだ、あんたには、ねぇよ。ついでに言えば、先に裏切ったのはアンタだ、そのアンタに何で義理立てしなきゃ為んねぇんだよ?」


 そのセリフで彼は崩れ落ちた。

 商売は信頼が命、先代は常にそう言っていた。

 だが自分はそれを下らないと切り捨てたのだ。

 その結果がこれだ。

 今更ながらに、彼は先代の偉大さを思い知ったのだ。


 夕暮れの街道を爆走する荷馬車が在る。

 この馬車からは、馬鹿みたいに陽気な笑い声が聞こえてくる。

 彼等は帰るのだ。

 自分たちが勝利した喜びを伝える為に。


『ヒャァ~~ハッアッ―――今けぇんぜぇ――――ヒハハハハハハハァッ―――――ヒャヒャヒャヒャヒャ!!』

 

 ・・・・・・・そっちかよ!!


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