我が儘エルフに現実を教えてあげよう ~所詮は人事なので僕には関係ありません~
フレアローゼは、暗い闇の中をひたすら走り続けていた。
自分が何処から来て、そして何処へ行くかも分からない無限に広がる闇の中をだ。
何で走り続けているのか?
何処へ向かえば良いのかすら分からない。
闇は無慈悲に彼女の行く先を遮り、必死になって走る彼女を嘲笑っているかのようである。
フレアローゼの心に絶望の闇が広がる。
そんな時、前方に淡い光が灯るのが見えた。
彼女はその光に向かい、なけなしの体力を絞り出して走り出す。
光の中には、やや眼つきの鋭い男性の姿が見える。
身なりの良い衣服を纏い、ただ闇の中を歩いていた。
彼女はその背中に見覚えが在った。
いや、忘れ様も無い身近な存在である。
「お父様!!」
彼女は父親の背中を追いながらも必死に近づこうこうとするが、決してその距離は縮まる事は無かった。
寧ろ近づこうとすればするほど、彼女の父親は遠ざかる一方であった。
「どうして……何故私を助けてくれないのですか!? お父様……」
それでもなお諦めずに追い駈け様とするも、突然背後から肩を掴まれる。
驚いて振り返ると、いつの間にか背後には銀色の髪の少女がかなり邪悪な笑みを浮かべ、フレアローゼの肩をつかんで離さない。
「どぉ~こへ行くのかなぁ~♡ 君が行くべき場所は、そっちじゃないよぉ~~!」
「ひぃっ!?」
「君の相手はあっちだよぉ~~? 何、逃げようとしてるのかなぁ~~?」
悪辣な表情を浮かべ指をさしたその方向には、極彩色の羽毛に包まれた怪鳥、【クラウパ】の姿が在った。
しかもやたら巨大で、フレアローゼの様な小柄な体型であれば一飲みにされてしまいそうである。
クラウパは奇声のような鳴き声を上げ、フレアローゼに襲い掛かって来た。
「いやぁ~~~~~~~っ!! こないでぇ~~~~~~~~~~~~~っ!!」
そして嘴で咥えられる。
クラウパの舌が、フレアローゼの全身を弄るように蠢く。
粘り気のある唾液と、生臭い生物特有の口臭が嫌悪感を激しく揺さぶって来た。
そして滔々クラウパに美味しく呑み込まれる。
食道を通る時に体中を圧迫され、ぬめる体液が彼女を汚し、やがて胃袋に到達すると其処は何か生々しい感触と吐き気を催すような酸性の刺激臭が鼻に突く。
次第に息苦しくなり、そこで彼女は意識を失った。
どれだけの時間を気を失っていたのだろうか?
フレアローゼが微睡の中少しづつ意識を取り戻して行くと、傍で誰かが上機嫌で話をしているような声が聞こえて来た。
同時に体を撫でまわされる感覚が、意識を強勢的に覚醒させる。
目の前の光景は湯煙の立つ浴場で、何故か自分が全裸で倒れていて、自分の体に抱き付く赤髪褐色の肌の幼女が抱き付いていた。
しかも厭らしく撫で回す様にフレアローゼの肌を弄っていたのである。
「ひっ!? あ、貴女、なにをしているんですかぁ!?」
「にょ? 意識が戻ったか……じゃが、これはこれで良し!」
「何が、〝良し!〟なのです!! 私をどうするつもりっ!?」
「決まっておろう? お主のツルペタを存分に堪能するのじゃ♡」
「ひ、ひぃいぃぃ!?」
「撫でて舐め回して吸うのじゃ♡ 大丈夫、じきに気持ち良くなるのじゃ♡}
「いぃ~~~~やぁ~~~~~~~~っ!!」
「嫌よ、嫌よも好きの内♡ お主も百合百合するのじゃ♡」
「だ、誰か助けてぇ~~~~~~~~~っ!!」
「助け等来ぬ、お主は百合百合の道を進むしかないのじゃ♡ 覚悟っ!!♡」
全力でヴェルさんから離れるフレアローゼ。
だがその行動はヴェルさんのエロエロ本能を呼び起こさせるのに十分であった。
「どうせ逃げられぬのじゃから、お主も楽しむのじゃ♡ 不〇子ちゃ~~~~~~~~ん!!♡」
「誰ですかそれはっ!? いや、来ないでぇ~~~~~~~~~~っ!!」
「にょほほほほほほほほほほ♡」
やたら上機嫌に〇パンダイブを敢行したヴェルさんは、フレアローゼの裸体を思う存分に満喫しようとす襲い掛かる。
小さな手がフレアローゼの胸や尻を撫で回し、今まで感じた事の無い未知の感覚が、彼女を別の意味で恐怖に陥れていた。
此の侭では開いてはいけない扉を開いてしまう。
何故かは分からないが、彼女の潜在意識がそれを確実に危機として伝えて来た。
確かに色々な意味で危機であるのは確かであろう……
「い、いや……だめ……それ以上は駄目ですわぁ~~~~~~~!!」
「えぇ~~んやろぉ~~? ここがえぇ~んやろぉ~~? 其のまま我に身を任せるのじゃ♡」
「だ、だめ……これ以上は駄目ぇ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
凄まじく厭らしい笑みを浮かべ、フレアローゼを危険な道に進ませようとするヴェルさん。
その表情は喜悦に満ち、彼女を更なる未知の恐怖に陥れる。
そして……
「いやぁああああああああああああああああああああああっ!!」
フレアローゼはベットから跳ね起きた。
激しい動悸と息遣いをしながら、今のが夢であった事に安堵する。
だが、現実は夢と大して変りは無かった。
実際に彼女はセラの奴隷であり、ヴェルさんは時折彼女の隙を突いて襲って来るのだから。
変わり果てた自分の日常が、その体験をもとに夢として現れたのであろう。
そして今の現実が変わらない以上、彼女は悪夢に晒され続けなければならない。
その悲しいまでに残酷な現実が、フレアローゼの意気をを消沈させるのだった。
もっとも、今まで散々甘やかされて生活をしていた彼女には、ここで厳しい現実を見る事は良い勉強になる事だろう。
其処に変人の強襲が無ければの話だが……
「くしゅん!!」
急に肌寒さを憶え、可愛らしいくしゃみを上げた彼女は、その時自分が半裸である事に気が付いた。
寝る前はフィオから借りたウサギの着ぐるみの様なパジャマに着替えていた筈なのに、今は何故か下腹部を隠す申し訳程度の布一枚だけである。
そしてこの時彼女の警戒レベルが一気に上昇した。
こんな真似を仕出かすような輩は一人しか居ないからだ。
「にゅうぅ…いきなり我を振り落すとは…やる様になったのぅ……」
「ひぃいぃぃ!? やっぱりぃいぃぃぃっ!?」
「じゃが我は負けぬ、パフリストの名に懸けて!!」
「何故そこまで意気込んでいるのですかぁ!? 其れよりいつの間に……」
「乳に貴賎なしじゃ!! 故に、お主のナイチチも我は存分に味わい尽くすのじゃ♡」
「話を聞いていない!? め、迷惑ですわっ!!」
「嫌よ、嫌よも好きの内じゃ♡ 覚悟するのじゃ、ふぅ~~〇こちゃぁ~~~~~~~ん♡」
「何処かで見たパターン!? いぃ~~~~やぁ~~~~~~~~っ!!」
奇しくも夢は正夢であった。
ただ違う所と云えば行き成りドアが開けられ、途轍もない速さでスコップが飛来してきた事だろう。
禍々しい気配を漂わせた不気味な意匠のスコップがヴェルさんの後頭部に直撃し、スコップは回転しながら床に突き刺さる。
「ギャボッ!?」
「……今、何時だと思ってるのさ……いい加減にしないと本気で始末するよ……?」
セラであった。
しかも目がメッチャ据わっていた。
明らかに不機嫌である。
セラは床に刺さったスコップを手に取り、ヴェルさんへと近づいて行く。
「良いよね、ヴェルさんは……何もしないで食っちゃ寝で……時々、物凄く殺意が湧くよ………」
「殺意って……お主は何時も我を殺す気であろうが!?」
「時と場所を選びなよ……今日もギルドの受付で死ぬ気で働いて来たのに…疲れてるんだよ……」
「そ、ソレはすまぬ……」
「ようやく布団で眠り始めた矢先に……ヴェルさんは……死ぬ?今日、本気で死んでみる?」
「……は、話せば分かる……」
「話だけで問題が解決する位なら戦争は起きないんだよ? 今夜は戦争だね♡」
「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」
ヴェルさんだけでなく、被害者のフレアローゼも恐怖に襲われた。
今のセラは危険だった。
天使のような笑みを浮かべながら、圧倒的な殺意を放っているのが猶更怖い。
如何に危機察知能力に鈍いフレアローゼでも、今のセラが凄まじくヤバい状態なのは、この数日の経験で理解できるようになっていたのである。
その後、目の前で繰り広げられる惨劇を、フレアローゼは震えながら見ているしか出来なかった。
徹底的にボコられたヴェルさんは、セラに袋詰めにされ引き摺られてドアの向こうへと消えて行く。
これから埋められる事に為るのだろう。
概ねいつも通りの日課である……
奴隷生活数日目にしてフレアローゼは楽しみにしている時間が在る。
其れが食事であった……
食事の準備をしている人物に問題はあるが、その味には流石に唸る事しか出来なかったのである。
見方を変えれば餌付けされたとも言えるのだが、其れだけセラの料理は美味だったのだ。
「……納得いきませんわ……何故エルフの里よりもおいしい食事が作れるのです……」
「セラさんですから♡」
「姉さんだから♡」
「それで納得してしまうの!? あなた達も大概におかしいですわよ!?」
慣れとは恐ろしいモノである。
どう考えても規格外の非常識な存在であるセラが周囲に受け入れられて要るどころか、その規格外の力や知識に関して誰も疑問に思わないのである。
優秀か否かで言えば、間違いなく優秀どころか天才と言われても間違いないのだが、この村の住人達はその異様なほどの能力の高さに関して誰も何も言わないのである。
寧ろ自分達に危害が無ければ良いやとばかりに無関心なのだ。
もっとも、そこにはセラから与えられた錬金術や魔術の数々、更にはアムナグアを倒すと云う多大な恩恵が裏付けされており、恩人を不審に思う様な不義を働く恩知らずはこの村には居ないのだ。
約一名、歪んだ恨みを持っている者もいるが、これは村の住人達から徹底的に毎日のように懲らしめられている。
これは自業自得なのだから文句は言えないのだが……
「常識なんてものは打ち壊すために存在してるんだよ?」
「貴女の場合、全て力尽くでしょう!?」
「それの何が悪いの?」
「え?」
「そもそも半神族の迫害も力尽くだよね? なら逆に力尽くで打ち壊しても文句は無いでしょ?」
「力を持つ者が、それ以上の力を持つ者に倒されても文句は言えない。でしたわね……」
「そゆ事♡ 何だかんだ言った所で、最後に物を言うのは圧倒的な力尽くなんだよ?」
「理不尽ですわ……」
「世界は理不尽で溢れているんだよ? 其れが分かっただけでも勉強になったでしょ?」
「・・・・・・・・」
フレアローゼは知らないが、セラ程理不尽を痛感して居る者は居ない。
何せ神が仕出かした不始末でこの世界に強制連行させられ、その尻拭いをさせられているのだから。
酷い事に、この世界が崩壊すると連鎖的に自分の本来あるべき世界までもが巻き添えになってしまうのだ。
セラには選択肢が無いも同然なのである。
ある意味究極の理不尽とも云えよう。
「常識って何なのですの……こうも簡単に壊されてしまうほど脆弱だなんて……」
「価値観なんて外に出れば人其々だからね、エルフの里の常識なんて一歩里を出れば全く通用しないんだよ。
そもそも常識なんてモノは多くの人達の共通認識にしか過ぎないし、同じ国内に居ても王都と辺境では大分価値観が違う事なんてザラだよ?
今は常識でも百年後には全く違う常識が生まれて来ることだってあるし、全てが統一された世界なんて物は何処にも存在なんてしていない。
極端な話、同じ常識を認識していても、人によっては受け入れている感性が違うんだから衝突する事も在るし、それが種族間ともなると全く別の考え方をしている事もある。
早い話、常識なんてものは酷く曖昧な決まりごとに過ぎないんだ」
「そんな事……教えてくれる人なんていませんでしたわ……」
「教えた所で自覚しなければ意味は無いけどね……さて、それよりも朝食を早く済ませますか」
一人の少女の価値観を根底からぶち壊しれ措いて、セラは暢気にそんな事をのたまう。
本当にエルフの里の事なんてどうでも良い様である。
「そう云えば…フィオの両親を最近見掛けぬな? 何をしておるのじゃ?」
「お母さんたちは錬金術を覚えるのに必死になってますよ? 何でも【エテルナの霊薬】に挑戦するとか」
「な!? 其れはエルフの一族に伝わる秘薬ですわよ!! なぜ人族が作れるんですのっ!?」
「僕が作り方を教えた。手に入らない素材は、他の素材を流用する事で作れるからね」
「何て事をしてくれたんです!! アレは里に必要な収入源ですのよ!!」
「作り方なんて迷宮に入れば幾らでも手に入るし、遅いか早いかの違いでしょ? たいした問題じゃないよ?
それに香辛料が有るじゃない。まぁ、大した収入にはならないだろうけど」
「なっ!?」
「幸いこの村にも迷宮が在るし、53階層で手に入るからあまり意味は無いね」
「何てこと……これでは里が……」
「あはははははは、マジでピンチだね。これで里も変わらざる負えないよね☆」
エルフの優位性は秘薬が作れる事に会った。
だが、その優位性が失われたとなればどうなるか?
魔獣に襲われる危険性に関しては、ロカスの村よりもエルフの里の方が遥かに高い。
其れでも人族が交易をするために危険を冒すのは、其の秘薬がエルフにしか作れなかった為と製法の秘匿が優位性を高めていたのだ 。
其れが失われれば危険を冒してまで交易しようとは思わず、比較的楽に手に入るこの村を選ぶのは間違いない。
嘗て彼女の父親は『無能な人族は秘薬を生成するなど不可能だ。奴等は生成方法を知らぬし、同時に技術も無い無能な集団であるからな』等と言っていた。
だが、実際はどうだ……
秘薬を生成方法を知り、既に自力で生成する技術を獲得するまでに至っている。
怖ろしいまでに成長していると知り、フレアローゼの常識が再び崩れたのだった。
余談だが、エルフの里の香辛料は最高品質である。
だが、危険を冒してまで手に入れ達と思う輩は少ない。
多少味が落ちようとも、この辺りでも作る事が可能であるからだ。
大航海時代とは違うのです。
「奢りとは愚かな事だね。その油断が命取りになる事は良く有る事だし、自分達の基準が崩れた時彼等はどんな行動を起こすのかなぁ~?」
「……すでに優位性は存在しないと云う事ですの?」
「そんな物、初めから存在してないよ? 技術は常に研鑽が積まれ、様々な技術が日進月歩で生まれて来るんだよ?
長い寿命を持つが故に、短命種族の成長を甘く見ていたツケが来たんだよ……
言ったでしょ? 遅いか早いかの違いだって」
「どうなってしまうの……これでは里の存続が……」
「寿命が長いと云う事は、時間の感覚が短命種族とは異なると云う事だよ?
短命種族は、短い寿命の中で必死に成長して後世に伝えようとする。それを受け取った後の世代が更に研鑽をつみ、技術を拠り高度な物へと引き上げていくんだ。
のんびりと短命種族を嘲笑っている直ぐ傍で、短命種族の世界は目まぐるしい速度で成長を遂げる事に為る。
それを知ろうともしなかった君達は、直ぐに追い抜かれて行く事に為るんだろうねぇ~」
他人事であるが故に現実を暢気に話すセラ。
だが、エルフの彼女にとっては由々しき問題であった。
愚かだと思われていた種族が、実は最も危険で質の悪い成長速度を持った種族だと判明してしまったからである。
ここ数日の経験から常識を破壊され続けた彼女にとって、今告げられた現実は致命的な物であった。
「セラさん、エルフの里はどうするべきだと思っていますか?」
「そうね……今の話だとエルフ族が変化の時を迎えているのは分かるし、混乱は避けられないとあたしは思うのだけれど」
「穏健派が力を付けるだろうね。そして強硬派はどうする事も出来なくなる。その内、内乱でも起こるんじゃないかな?」
「なっ!?」
「強硬派の連中て、現実を見る事が出来ないお馬鹿さんばかりだからねぇ~〝自分達がこの世界の正当な主人だぁ!!〟とか言いだして、自滅すると思うよ?」
フィオとマイアはただ質問してみただけなのだが、セラの答えはいかにも現実に起こり得る要素が含まれていた。
事実、最近の穏健派は力をつけてきており、強硬派一派からも手を引く家系の者達が増えていた。
強硬派にとっては穏健派が目障りであり、今直ぐにでも滅ぼしたい所であるのは間違いないのである。
それは同時に、自分達の里にのみ目を囚われており、外の世界の動きすら眼中に無い事を意味している。
内乱などを起こせば、まず間違いなくエルグラード皇国が動く事に為るだろう。
そうなればエルフはどう足掻いた所で、この国に取り込まれる事に為るのは決定したような物なのだ。
「内乱が起きようと起こすまいと結果は同じ、どちらを選ぶのかはエルフ族次第だね」
「人族の国は…私達が自滅すっるのを待っているんですの……?」
「監視はしていると思うよ? で、チャンスが在れば横からかっさらう」
「卑劣ですわね……」
「戦争なんてそんなものだよ? 勝てば黒でも白くなるんだ。
それに、最初に喧嘩を仕掛けたのはエルフ族だからね、そこんところを間違えない様に」
「嘘よっ!!」
「事実だよ? 其れも今の強硬派の祖父の人物がね」
二百年ほど前に獣人族との和睦が成立し、それを好機に各種族の和睦を考え始めていた当時の王族は、各種族の長達の元へ友好の使者を送る事にした。
ドワーフを含む地妖族は快く承諾したのだが、半魔族は独裁政権の真っ最中で使者を処刑して交戦の意を示し、エルフ族に至っては和睦の使者に屈辱とも言うべき辱めを執拗に加え里から追い出したという。
その報告を受けた当時の王族は激怒し、一時期は大軍を送り攻め滅ぼそうとしたのだが、ドワーフ達の目が有る以上大規模な行動は避けねばならず、その進攻は中断を余儀なくされた。
しかし王家には当時の事が克明に記された記録が残されており、それ以降は監視の目を常に光らせ続けたのである。
そして五十年前、半魔族が独裁政権を敷いていた王族を処刑して和睦した事から状況は一変する事に為る。
エルグラード皇国は更なる肥沃な土地を求めるべく行動を開始し、他の種族の協力の元、自分達の住む領域を徹底的に調べ上げたのである。
その結果エルフを含めた妖精族の生活範囲は彼等が思っていたよりも狭い事が判明し、また狭い領域での生活は孰れ破たんすると判断を下したのだ。
それからは他の種族達と協力し合い、更なる発展をするべく意見を交えながらも技術を磨き、その間にも妖精族の監視を続ける事で、孰れ来るであろう破滅の時期を虎視眈々と狙っていたのである。
エルグラード皇国が目指しているのは更なる生活圏の拡大であり、和睦できるならそれに越した事は無いが戦になる事も念頭に置いている。
それ程までに強硬派の連中が仕出かした行為が許せなかったのか、百数十年前のことな筈なのに彼等は執拗なまでに監視を続け、今やエルフ族は知らない間に風前の灯火のような状況に追い込まれていたのだ。
無論閉鎖的な社会体制における一種の自爆の様な物だが、そんな好機を皇国が見逃す筈が無い。
強硬派と穏健派が争う事に為り、内乱が起きれば直ぐにでも穏健派の元に援軍を送るであろう。
そして和睦の条件を出すのと同時に優位に立つべく、いつでも行動に移せる状態を維持し続けていた。
どちらにしろ強硬派には先が無い事は明白であった。
「まぁ、フレちゃんの生まれる前の話なんだけどね、今も現在進行形で冷戦状態が続いているんだよ」
「強硬派には未来が無いのぉ~……どちらにしろ始末される運命じゃ」
「まぁね、相当傲慢になっているから、種を残すためには穏健派は皇国と手を組むだろうし、どの道強硬派は処分は免れないよ?
自業自得なんだけどね」
「あたし達には関係の無い話ですけどね…」
「良く分かりませんけど、酷い事に為る前に気が付かなかったんでしょうか?」
「長命種族だからねぇ~考え方が僕らと大分ズレて居るんだよ。
馬鹿な事をしているなぁ~程度には思っていても、その事が自分達の首を絞める事とは気付かないんだ」
「良く言えば大らかな民族性、悪く言えば先を見る目が無かったという事ですか?」
「マイアちゃん、正解! 彼等は今の生活がいつまでも続くと大半が思っているんだ。
けど現実には時代は目まぐるしい速さで変化していて、今になってソレに気づいたから焦っているというのが現状かな?
一つ間違いを正せば、大らかな民族性ならそもそも半神族の迫害はしないと思う。
時代が悪かったんだよ、きっと……」
エルフ族は殆どが里の外に出る事は無く、比較的閉鎖的な文化を築いていた。
その為情報も限られ、一部商人達からの情報で物事を考察するしか無く、その情報源が全ての判断基準となる。
しかし、情報とは必ずも正い形で伝わるとは限らず、場合によっては意図的に都合の良い情報を与える事も可能なのだ。
エルフの里に向かう事が許された商人は大半が国の勅命を受けており、そうした情報戦を行う役割も持っているのである。そのためエルフの里が手に入れられる情報などたかが知れており、その情報が正しい物であるか等調べもしないのだから後手に回らざるを得ない。
結局は自分達の傲慢さが招いた失策なのだ。
「まぁ、エルフ族がそんな民族性を持ってしまった理由は分かるよ? けど、もう今迄の様には行かない。
このまま孤立し続ければ滅びるのは間違いないし、既に強硬派が如何こうできる事態は逸したも同然。
後はどう選択をして生き残る道を選ぶかだと思うね」
「短命種とは云え侮っていた事が間違いでしたのね……すでに私達の取る道は二つに絞られている事に為りますわ
まさか世代を超えて策を巡らせるなんて、考えもつきませんでしたわ……」
「更に言えば情報戦略でも負けていたんだよ、意図的に都合の良い情報を流す事により君達に此方の情報を与えず、判断基準を誤らせて都合の良いように動かしていたんだ。
君達はそれを調べようともしないから、実に楽な相手だったと言えるね。
半魔族の方が余程手強い相手だったと思うよ?」
半魔族もエルフ族と同じ様な閉鎖的な国であった。
しかし彼等の場合は周りが敵と認識していたので、情報収集には余念が無かったのである。
その独裁軍事国家が、まさか無力と思われた半神族の手引きで崩壊するとは夢にも思わなかっただろう。
結局は自分達の力を過信し、油断していた隙を突かれたのだからエルフ族と大して変りは無い。
奢りと傲慢さ故に自ら滅びを招く結果と為ったのである。
「月並みなセリフじゃが、時代は常に変化し続けているという事じゃな」
「勉強になりますねぇ~」
「あたし達も覚醒と云う手段を手に入れましたから、これからもっと半神族が冒険者になる事が出来る」
「そう言えば……マイアちゃんはもう、覚醒段階に入っているよ?」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
セラの何気ない呟きに、一同は一瞬何を言われたのかが分からなかった。
「今お主、サラリと重要な事を言わなかっ!?」
「マイアさん、覚醒しているんですか?」
「えっ? えぇえぇ~~~~~っ!?」
「ちょ、貴女の様な非常識な存在が増えるんですのっ!?」
「……今日のパンは、ちょっと固かったかなぁ~」
「「「「 今日のパンの固さ等どうでも良いんです(わっ)(じゃ)!!」」」」
「えぇ~~~?」
何処までもマイペースなセラ。
パンを咀嚼しながらも、仕方なく説明を始める。
「マイアちゃん、ギルドの仕事で毎日働き続けているけど、最近あまり疲れる事は無いでしょ?」
「えっ? 疲れていますけど……」
「精神的でなく、肉体的な面での事だよ?」
「そう……言われてみれば…そんな気も…」
「狩りでもあまり回復薬のお世話になってないみたいだし、覚醒が始まった証拠だね」
「自覚が無いんですけど…そうなんですか?」
「その内、貸した装備の効果が必要なくなるかもしれないから、今の内に慣れておいた方が良いかも知れないね」
以前マイアにはセラの貸したコレクションの効果により、足りない体力を補わせていた。
だが、覚醒段階に入った以上はこの効果は害でしか無い。
自分の体の事を把握出来なくなっては意味が無いからである。
補われた効果に依存していては、いざと云う時に自分の体を過信し、致命的なミスを犯しやすくなる可能性が有るからであろう。
出来る事を常に把握して冷静に行動する事が、冒険者に求められる資質なのだ。
その能力を鍛えるためにも、セラは貸した装備を返却して貰おうと考えていた。
決して人に自分のコレクションを預け続けるのが嫌な訳では無い。
多分……
「正直、あまり実感がわかないのですけど」
「そんな物だよ、最初はね。
まさかとは思うけど、突然溢れんばかりの力が湧きだして『な、なんだ? 力が……溢れて来る……』とか言いたかったのかなぁ~?」
「……もしかしたらとは思っていました…////////」
「そんな訳無いじゃん。徐々に体力や魔力が上がって来るだけだから、そんな感覚なんて無いよ?」
「そ、そうなんですか?」
「でも、普通の成長に比べたら異常な速さなのは間違いないね。少し戸惑うとは思うけど、慣れていくしかないよ」
「頑張ります」
行き成り覚醒し始めていると言われても、マイア自身にはその自覚が無い。
それどころか、本当に覚醒し始めているのかさえも実感として湧かないのである。
得てして成長とはそう云った物であり、気が付いたら成長していたと云うのが普通なのだ。
覚醒も成長過程で有る以上は自然の摂理の範疇内に収まるのである。
そもそも、突然強力な力が溢れ出したら肉体が耐え切れない可能性が高く、そんな生物は直ぐに絶滅してしまうだろう。
また、急速に肉体が変化し始めたら、生物学上精神其の物が激痛で耐え切れない。
そんな生物など現時点では存在などしていないのだ。
「慣らしも兼ねて、今日は狩りでもしますかねぇ~日々精進とも言う事だし」
「ひぃ!?」
「大丈夫だよ、この間みたいに行き成りクラウパと戦わせようなんて思わないから。フレちゃん弱いし」
「だとよろしいのですけど……」
「でも狩場は何が起きるか分からないからね、相応の覚悟はして置いてね♡」
「やっぱり地獄が待っているんですのぉ~~~~~っ!?」
「当然♡ 無力なままだとこれから先が大変だよ? 選択肢は多いに越した事は無いし~♪」
天使の様な笑みが凄まじく怖ろしい悪魔に見えた。
哀れ、フレアローゼは再び狩場に連行される事と相成りし候。
狩場に再びエルフのお嬢の絶叫が木魂したと云う。
諸行無常……南無……
今回は笑いが少なめの真面目な話です……
真面目? 真面目な話だよね? 多分……
そろそろエルフの里の内部の話を書かなければ為りません。
少しお笑い路線から離れるかも……最後にはカオスになる気がしますが。
他の話も書かないと……あれ? 何処まで書いたっけ?
ヤバイ……覚えてない…
おいちゃん、ぴ~~んち!!
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
楽しんでくれたら幸いです。




