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 ギルド開業前夜 ~料理人が見たロカス村の光景~

 ギルド内の厨房では香ばしい香りが充満し、その場にいた厨房担当のスタッフたちは生唾を飲み込んだ。

 その香りは嫌が追うにも食欲をそそり、彼等の胃袋を問答無用に戦闘状態にさせるのだ。

 料理長はおもむろにソレを摘み、熱く揚げあがったそれを一口噛り付いた。

 カリカリの外側の皮に、中からはジューシーな肉汁が溢れ出す。

 厳選したハーブとニンニク、そして新たに創られた調味料【醤油】が、この素朴ながらも癖になる風味を醸し出していた。


「うむ……上手く行った……しかし錬金術とはすばらしい。新たな調味料をこれ程早く完成させてしまうのだからな……」


 彼…料理長トモイはその味に十分な満足と、手応えを感じた。


「りょ、料理長……一口、一口いいですか!?」

「皆も食べてみてくれ…それぞれの感想が聞きたい」

「いいんですか?」

「勿論だ、ギルドが開くまで時間が無い。其れまでに出来る事はしておきたい」

「で、では……」


 厨房担当スタッフは、恐る恐るそれに噛り付く。


「!?」


 其れは未知の味であった。

 素朴で、しかし新しい未知なる美味。

 彼はその味に感動し、なぜか涙が溢れて来る。


「う……美味い…こんな美味いもの初めてだ……」

「出来れば下味の漬けダレに一日漬けておきたい所だが、今日は試しの試作だからな……何か変更すべき事は無いか?」

「無いですよ。これでも試作品なのですか? 一体何処からこんな料理を……」

「実はな・・・・・」


 彼はその日体験した話を彼等に聞かせた。



 その日、彼は大いに悩んでいた。

 彼はロカス村に買われた奴隷であり、嘗ては有る村の宿で厨房を任されていた。

 だがその村は自分達の生活を豊かにさせる事が出来ず借金だけが溜まり、いつしか村の住人全てが奴隷へと身を落としていった。

 そんな中、彼の一家が買われたのが何故か自分達と同じ開拓中の村であり、そこで再び料理の腕を振るってほしいと言われたのである。

 この村では残念な事に食事を摂れるような場所は無く、精々宿ぐらいでしかまともな食事には有り付けないのだ。

 しかも奴隷として買われた以上は拒否権は無いのだが、、彼にとっては破格の好条件であった。


 彼に与えられた職場は、この村に新たに建築された冒険者ギルドの食堂の厨房であり、そこの総責任者として抜擢されたのだ。

 寧ろこれは彼にとって喜ばしい所であるが、いざ職場に行ってみれば準備は未だに出来ていなかった。

 その為彼が最初にした仕事は、調理に使う道具や食器などの注文である。

 幸いにもこの村には二つの商会が進出してきており、必要なものを揃えるにはさして不都合はない。

 問題は名物となる料理だ。


 例えば、コルカの街では【モロモロ鳥のロースト】為る料理が存在する。

 これは複数のハーブと唐辛子を用いた料理で、辛さの中にも独特の甘みとハーブの風味が混然一体と化した料理である。

 他にも【グラントラスの野菜スープ】や、【ヴェイグラプターのパイ包み焼き】など街特有の名物料理が存在するのだ。

 客商売をする以上は、こう云った名物料理の存在は重要になって来るのである。


「困った……ただ食事をするだけでは客は満足はしない。何か良い料理は無いモノか……」


 彼は思案するも一向にアイデアが浮かんでは来ない。

 彼は以前、其れなりに有名な店で見習いとして研鑽を積み、一人前と認められた故に店を出す事を決意した前歴がある。

 然しそれは失敗に終わり、今では奴隷に身を落とす事に為ってしまたのだ。

 それ故に二度の失敗は許されない。

 再び訪れたチャンスを逃すつもりは無いのだが、其れでも先に進むには困難な問題が山積みだった。

 正直頭を抱えたくなる。


 トモイは深い溜息を吐いたその時、何処からともなく香しい香りが漂って彼の嗅覚を刺戟した。


「な? 何だ…この食欲をそそる様な良い香りは……」


 まるで香りに誘われるかのように足が導かれ、彼が辿り着いたのは一軒の民家であった。

 丁度今は夕食時、どこの家でも食事の準備に追われている時間帯である。

 当然目の前の家も夕食の準備の真っ最中であろう。

 だが、彼の嗅覚はそれ以上の何かを確かに感じていた。


「こ…この香り……何かを油で揚げているのか? だが、そんな料理など私は知らない……」


 この世界の料理と云えば煮るか焼くかの二種類しか無い。

 油で揚げると云うよりは、寧ろ熱した油を掛けて調理すると云った技法なのだが、少なからず存在してる。

 その技法を揚げると表現しているが、その技法を用いるのは魚が多いのだ。

 だが彼の嗅覚は肉であると感じていた。

 長い料理人の修業で培ってきた知識ががそう告げているのだ。


「一体どんな料理を作っているのだ……?」


 彼は何かに憑りつかれたかのように、震える手で呼び鈴の紐を引いた。


「は~~い、どちら様ですか?」

 

 玄関から現れたのは女性である。

 歳もまだ若く、それでいて何処か幼さを残すような、そんな女性であった。


「夕食の準備中に申し訳ない。私はこの度、ギルド内の食堂を任されたトモイと申します」

「これはどうも……それで、うちに何のご用でしょうか?」

「実はお恥ずかしい話、食堂のメニューで悩んでおりまして……そんな時に御宅の厨房から良い香りが漂って来まして……」

「あぁ、それでどんな料理を作っているのか気になった訳ですね?」

「えぇ、差し支えなければどんな料理なのか見せて貰えないでしょうか? 何かのヒントに繋がるかもしれないので」

「なるほどぉ~…ですが、私も教えて貰っている最中なんですよねぇ」

「はぁ!?」

「ちょっと、聞いてきますね?」


 そう言って女性は言えの奥に行ってしまう。

 どうやら彼女が調理している訳では無いと判ったトモイは、そうなると誰が調理しているのかと気になった。

 とは言え、玄関先でいくら考えてみたところで答えが出る筈も無く、総公司散る間に女性は戻って来た。


「別に教えても構わないそうなので、どうですか? 調理法を教えて貰いますか?」

「どんな料理なのかは分かりませんが、臭いからして未知なる物だと判ります。ぜひ拝見させてください」


 トモイが案内されるがまま民家のキッチンに行くと、そこに立っていたのは半神族の少女であった。

 銀の髪の小柄な美少女で、年甲斐も無く心臓が撥ねるのを感じた。


「こんばんわ、今火の傍から離れられないので済みませんが、何でも名物になる料理を考えているとか」

「あ、あぁ、調理中に火の傍を離れる訳には行かないからね。構わないよ……

 其れよりも何を作っているんだい? 実に良い香りがするのだが・・・・・」

「これは唐揚げです。以前作った時に好評だったので、もう一度作り方を教えながらやってます」

「唐揚げ? 聞いた事の無い料理だ。それは一体どんな料理なのかね」

「大雑把に言えば、下味をつけたお肉を小麦粉を着けて油で揚げたものですよ。低温でじっくり揚げるのがコツです」

「ほぉ……高温では駄目なのかね?」

「周りが焦げるのが早いですし、中が生のままになりますからね。じっくり火を通すには低温が一番です」

「成程……」


 トモイは自分の知らなかった料理に興味が湧いて来る。

 油で揚げると云う調理法は以前から研究されてきたが、どうしても味が逃げてしまう事が多かった。

 また、この世界のキッチンは竃の様な物なので火の調整がしにくい事から、油で揚げるような調理法は危険視され誰も手を付け様とはしない。

 家屋は木材と土壁で出来ており、火事にでもなれば直ぐに全焼しかねない事も理由の一つである。

 その為に自然と調理法が忌避されていったのである。

 精々熱した油を素材の上から掛けるだけで、おもに魚料理に使われているだけであった。


「……これは危険ではないのかね?」

「危険ですよ? なに仕出かすか分からないエセ幼女がそこに居ますから……」

「いや、そうじゃ無くて……調理法の事だ」

「そうですねぇ~最初から火の調節をして行けば適温にまで持っていけ…何してんのヴェルさん?」


 行き成り話を変えられ戸惑いながら下を見ると、褐色の肌の黒髪幼女が手に赤い石の様な物をもって、竃の直ぐ傍に匍匐前進で接近しようとしていた。


「…いや、何か火が弱そうじゃから、火力を上げようかと……」

「手に持っているのはなに?」  

「うむ、火力を上げるなら爆ませゲリョグバァッ!?」


 行き成りスコップで幼女は殴り倒された。

 突然吹き荒れた猟奇的なバイオレンスの嵐にトモイは呆然とし、事態が把握できると今度は蒼褪める。


「ヴェルさん……爆魔石なんか竃にくべたら吹き飛ぶよ? 何でテロ活動をしたがるのさ、そんなにこの社会が憎いの?」

「おぉぉ? 我はただ親切で火力を上げてやろうとしただけじゃ!! 其れの何処がテロ活動と云うのじゃ!!」

「爆魔石なんか使ったら唐揚げがみんな吹き飛ぶんだけど? そんなに唐揚げが憎いの? 爆破してまで消し去りたいの?

 知らなかったよ、ヴェルさんがそんなに唐揚げが嫌いだなんて。これから唐揚げは抜きにしとこう」

「にょおっ!? 後生じゃからそれだけは……我から楽しみを奪う気か!?」

「飯時前にテロ行動をするような人に食わせる物は有りません! どうせ何も出来ないんだから、部屋の隅で蹲って不気味に笑っていてください」

「我はどこぞの妖怪かっ!?」

「似た様なもんでしょ? 妖怪テロチチスキー」

「不名誉な称号が進化したっ!?」


 幼女は無事どころか怪我一つ負っていない。

 明らかに凶悪な禍々しいスコップで殴られた筈なのにだ。


「フィオちゃん、マイアちゃん、ヴェルさんを鎖で縛って何処かに吊るして置いて。邪魔だから」

「は~い、ヴェルさん、セラさんの邪魔をしてはいけませんよ?」

「なんで毎回懲りないのかしら…こうなる事は分かっている筈なのに……」

「ぬぉっ!? お主ら、何で鎖などを……まて、その錠前は何じゃ!? やめムゥ――――――――ッ!!」


 幼女が鎖でがんじがらめにされ、ついでに猿轡をされ、更には天井の梁に繰り付けられていった。

 そんな少女達を母親であろう女性は、何故か涙をハンカチでぬぐいながら見ていた。

『フィオ……もう…駄目なのね……』等と呟きながら……


「ところでトモイさん。唐揚げ試食してみますか?」

「あ!? あぁ……出来れば頼みたい…実に興味深い料理だ」

「それでは…揚げたてが良いかな? こっちは少し焦げてるけど…このへんがいいか…どうぞ、試食してみてください」

「すまない…人様の家庭にお邪魔して、不躾なお願いをしてるのは承知してるのだが…」

「構いませんよ、これからの村に必要な事ですからね。出来る限り協力はしますよ?」


 小皿に乗せられた揚げたての唐揚げ。

 トモイはそれを恐る恐る口に運び、唐揚げを静かに噛み締める。


「!?」


 ハーブと調味料で素朴な味わいに下味をつけられ、その味が油で揚げられる事により肉汁と混ざり合い、独特の風味と肉特有の甘みのある肉汁が未知なる旨味を生み出していた。

 これに比べれば今の料理が、ハーブ臭がキツイ三流の料理に思えて来る。


「何故こんな美味に……そ、そうか!! これは素材独特の風味かっ!!」

「大袈裟な……」

「今までの料理は兎に角ハーブや香味野菜が多く使われていた。これは肉の臭みを消す為の物だが、どうしても香りで味が壊されかねない。

 しかし、この調理法は素材の味を生かし、更にはハーブなどで下味された後付けの旨味と混然一体と化している。

 素材の味を生かす調理法……これは目から鱗だ……これだと他の料理も見直しが必要かっ!!」


 幸か不幸か、彼は料理人としては優秀だった。

 僅かな美味を味わった瞬間に、その調理方法を知るだけでなく、今まで作ってきた料理の全てに修正を掛けるほど思考が加速していた。

 彼は今、驚くべき速さで自分の料理の見直しをシミュレートしている。


「…いける……いけるぞっ!! 後は試作してみるだけだが……」


 彼にはもう一点だけ気になる事が在った。

 其れは下味に使われている黒い液体の事だ。

 似た様な物は見た事はあるが、其れはどこか魚特有の生臭さがした物である。

 無論魚醤の事だが、この世界の魚醤は使われている小魚が殆ど無差別に投入され、異様な生臭さが消えないでいた。

 味は良くなるのだが、この臭みを取るために更にハーブが使われ、素材その物の味を消してしまうのである。

 だが、唐揚げの下味に使われているモノにはそれが無い。

 彼にとっては理想的な調味料であった。


「……これはガルムか? 其れにしては生臭さが無い……」

「醤油ですよ? 今この村で作られている調味料です。まだ試作段階なんですけど、普通に使われるようになりましたねぇ~」

「何っ!? この村の特産なのかっ!?」

「僕が来る前から作られていましたが今一巧く行かなくて、そこで錬金術の熟成用魔法陣を利用してみたら大当たり!

 醤油に味噌が作れましたよ?」

「何と…この調味料がぜひとも欲しい!! 何処で手に入るのだっ!!」

「ギルドの食堂で使うんですか? 量が足りるかなぁ~まぁ、作ればいいけど……塩が貴重だからなぁ~」

「其処を何とか!! この調味料を食堂に届けてくれっ、これは良い物だっ!!」

「マ〇べっ!?」


 ロカスの村は港町から離れている故に塩は貴重であった。

 港町までには往復しても三週間はかかり、その町まで行くにしても宿らしき場所は無く、長期に亘って魔獣の襲撃に警戒しなければならない。

 この村で塩を手に入れるには商人に注文せねばならず、塩が手に入るまでの間に様々な手数料が取られるのだ。

 幸い迷宮の三階付近でも塩が手に入る魔物が出没するが、其れでも量は微々たるものである。

 醤油や味噌を作るにはそれ相応の量が必要なのであった。


「塩に関してはボイルさんと相談してください…ダークな時なら尚いいです」

「……あの人…性格が変わり過ぎじゃないのか?」

「気にしたら負けです。常識にとらわれては何も出来ませんよ?」


 トモイは薄々感づいていた。

 この村の住人がどこか非常識な事に……


「わかった…ショーユとやらはあのボイルさんと話をするとして…少しでも良いからこの調味料が欲しいのだが……」

「村外れの醸造小屋に行けば、分けてくれるとは思いますが……」


 ―――――バダンッ!!


 突如玄関口のドアが力強く開かれ、村の若い冒険者達が続々と入って来た。

 彼等は皆殺気立ち、今にも戦争でもするかのような勢いだった。


「先生、大変だっ!! 豚が醸造小屋から逃げ出しやがったっ!!」

「なんですとっ!? 足に鉄枷を填めてなかったんですか?」

「針金で鍵を開けたらしい。ついでに先生から買ったレシピを持ち逃げしやがったっ!!」


「この村から逃げ出して、レシピを売り捌くつもりですね……やはり始末しておくべきでしたか……」

「全員対魔獣防衛戦装備で集合っ!! 奴を見つけ次第殲滅しますっ!!」

「了解っ!!」


 慌ただしく動き出す冒険者達。

 セラも即座に部屋に戻り装備を整えて現れた。

 急な事で呆気に取られたトモイは、ただ茫然として見ているだけであった。


「トモイさん、取り敢えず醸造小屋に行きますけど来ますか? 醤油も少し手に入るかも知れませんよ?」

「はっ!? そ、そうかい? なら行こう。出来るだけ早く調味料が欲しい所なのだ!」

「了解、ルーチェさん。フィオちゃん達と共に唐揚げを揚げていてください、少し席を外します。

 それと……くれぐれもエロリストには手伝わせないでください。死人が出ますから……」

「エロリストに格上げされたっ!? 我は其処まで酷くは無いぞっ!?」

「………フッ…」

「何じゃ、その笑い方はっ!! 待つのじゃ、ぬぅうぅ……鎖が…鎖が外れぬぅ……」


 騒ぐヴェルさんを無視して、セラとトモイを含む冒険者数名は醸造小屋へと向かった。




 村外れにある醸造小屋。

 比較的に新しく作られた建物だが、内部に入るには其れなりに滅菌作業をしてからでないと入れない様になっている。

 食品を扱っている以上は細心の注意が必要であり、その為に殺菌用の消毒液を噴霧してからでないと内部には入れて貰えないのは常識だろう。

 この小屋は比較的錬金術の上達が早い者達が常時担当していた。

 すなわち、熟成させる領域まで錬金術を上達させた者達である。


「これが醤油になります。……どうですか?」

「素晴らしい……理想的な調味料だ……」

「正直もっと大量に量産させたいのですけどね……今は使う分で精一杯ですよ」

「いや、十分だ……僅かな量でも味がだいぶ変わる」

「それは何より……さて……」


 セラは床に転がっている鉄球付きの足枷を調べていた。


「ふむ……あの体型でそんなに早く移動できるとは思えない…でも誰にも見つからなかった…」

「一時間前までは此処に居たんですけど、少し目を離した隙にいつの間にか……」

「成程……どれくらいの時間ですか?」

「十五分くらいだと思います……一息入れていたのですが、戻った時にはもぬけの殻に…」


 セラは少し思案する。

 ブッチは変態だが其れなりに使える錬金術師であった。

 当然ながら魔術を使う事も出来るだろう。

 其れでも姿が発見されない……それの意味するところは……


「【インビジブル】の魔術か…皆さん、【マジック・サーチ】は使えますか?」

「まさか、あの豚野郎……」

「姿を隠して逃走したのでしょう。恐らく職員がここに戻って来た時には、まだいた筈です」

「嘗めたマネしやがって…」

「しかし、どこに行きやがった?」

「なんとなく分かるんですけどね……姿が見えないんですよ? あの変態のする事と云えば……」

「「「「「 覗かっ!! 」」」」」


 そう、ブッチは何処に出しても恥ずかしい性犯罪者である。

 姿が見えない事を良い事に、覗きに興じる可能性は比較的に高い。

 彼等はすぐさま公衆浴場へと赴いた。

 そして入口の前で【マジック・サーチ】を使うと案の定、魔術の反応が女湯の方から返って来た。


「……馬鹿ですね……逃げておけば死なずに済んだモノを……」

「まぁ、変態だからな……性欲に忠実なんだろ……」

「では奴を追い出してきますね。女性冒険者は弓の用意を、他の人に当たらない様に注意してください」

「「「「「了解っ!!」」」」」

 

 武装した集団が浴場へと入り、入り口と裏口を男衆が完全にふさぐ。

 最早逃げ場など何処にもない。

 男湯に逃げ込まれない様に数人で道を塞ぐようにして、包囲網は完成していた。


 その頃ブッチは逃げる事を忘れて、この世の天国を味わっていた。

 老人を抜けば比較的に若い女性や年端の行かない子供の裸体に下卑た笑みを浮かべ、その歪んだ性欲を満たしていた。

 

『フヒッ♡ み、皆ボクが外へ逃げたと思っているんだな。そして森とかを血眼になって探しているんだな!

 そんな馬鹿な事をする訳が無いんだな。ぼ、ボクは天才だから、そんな危険な事はしないんだな』


 この変態は気付いていない。

 最早逃げ場を完全に塞がれている事を……


『こうなったのも、アノ銀髪悪魔の所為なんだなっ!! 罰として裸を拝んでやるんだな、フヒィ♡』


 そんな下卑た事を考えていた時にそれは起きた。

 完全武装した女性冒険者達が浴場になだれ込んだのである。


「「「「「マジック・サーチ‼‼‼‼‼」」」」」

『フッ、フヒィ――――――――!?』

「いたわ、あそこに糞デブがいる!!」

「総員、弓を構え―――――――――――っ!!」

『フヒィ――――――――――――ッ!? 銀髪悪魔っ!?』

「撃てっ――――――――――っ!!」


 一斉に放たれる矢は、ブッチにめがけて襲い掛かる。

 中には毒や麻痺の効果が含まれた矢も交じっており、しかも鏃は刺されば抜けない様な返しが着いたものばかりである。

 彼女達は完全に息の根を止める気でいた。

 慌ててブッチは浴槽と逃げ込む。


「【スペル・ブレイク】」


 セラの放った魔術消去魔法がブッチの【インビジブル】打ち消した。

 姿を晒したブッチ、だがそれは新たな地獄の始まりでもあった。


「いやぁ――――――――――――――っ!? 変態よ―――――――――っ!!」


 その一声が引き金となり、ブッチめがけて風呂桶が無数に飛んで来る。

 中には冒険者もおり、只の風呂桶も十分な凶器と化した。

 更に追い討ちとばかりに飛んでくる矢の数。

 ブッチは死に物狂いで逃げた。


「フッ、フヒィ――――――――ッ!! な、何でバレタんだなっ!! 完璧な計画だった筈なんだなっ!!」


 これが完璧な計画なら、子供の考えた悪戯は史上最悪の犯罪計画になるだろう。

 だが残念な事にブッチは自分が天才だと思い込んでおり、その事事態が誤りだと気付いていないのだ。

 何とか浴場から逃げ出す事に成功すると、今度は突然穴に落ちた。

【ピット・フォール】の魔術である。


「おやおや、これはまた食えねぇ豚が罠に掛かったぜぇ~~~?」

「懲りねぇ糞野郎だぜ。そんなに遊んで欲しいのかい?」

「取り敢えず水責めにしようぜ! 身の程って奴を教えてやんねぇとなぁ~~♡」

「「「「「アクア・ブラスト!!」」」」」


 落とし穴に容赦なく撃ち込まれる水弾の攻撃。

 彼等は既に、ブッチが死のうが重傷になろうが知った事では無いのだ。

 ただムカつくから攻撃する、其れだけなのである。

 最早虐めと変わりがないのだが、彼等をここまで追い込んだ責任はブッチ自身にも在る。

 その結果が今の状況なのだ。


「ちょっと、とどめ刺してないわよね?」

「あぁ~? ……何とか生きてるな…回復させて第二ラウンドと行くか?」

「お願い、次は私達が殺るわ……それにしてもしぶといわね、コイツ…」 

「普通なら死んでるぜ? まぁ、ストレス解消には良いけどな」

「どうせ衛兵に引き渡せば奴隷落ち確実なんだし、あたし達が手を下しても構わないわよね」

「だな、永久奴隷にならずに済むんだから、俺達って優しいよなぁ~~♡」

「全くだ、感謝してくれてもいいくらいだと思うが?」

「こいつはもう窃盗犯の余罪も追加されたんだ。奴隷として扱使われても文句は言えねぇよ」


 ブッチは村の改革に必要なレシピを盗んでいた。

 前科持ちである故に余罪が加算されれば、衛兵に引き渡されても文句は言えないのである。

 何より、村の住人を敵に回したのはブッチ自身であり、既に修正は効かない。

 仮に逃げ出せたとしても指名手配されれば常に追われ続ける事に為るのだから、この村に居ようがいまいが結果は変わりはないのである。


「さぁ~~て…お楽しみはこれからだぜぇ~~~♡」

「身の程って奴を物理的に教えてあげないとね♡」

「ふ、フヒィ――――――――――――――――ッ!!」


 夕暮れの空に変態の叫びが響く。

 因果応報とはいえ、あまりに惨い凄惨な罰をブッチは受ける事に為った。

 そろそろ学習しても良い頃なのだが、愚か者は学ばない。

 彼が構成するまでこの苛烈な制裁は続くのだった……



「な……何て恐ろしい……人に出来る事じゃない……」


 トモイはその凄惨な体罰を見て、自分がとんでもない魔境に来てしまった事を知った。

 だがそれも次期に慣れて行くのだろう……

 彼ら奴隷はこの村で過ごして行くしかないのだから……





「何て事が有ってな……」

「あぁ~~……でもまぁ、あんな制裁をするのは変態だけだし、気にしなくても良いですよ?」

「彼はいったい何をしたのかね?」

「……まぁ、色々と……アレだけの制裁を受ける様な事をしたとだけ覚えていればいいですよ……」

「衛兵に引き渡さないのか?」

「それじゃ俺達の気が収まらないんですよ……最後には息の根を止める心算ですが……」

「・・・・・・・・」


 ブッチが相当な恨みを買った事だけは理解できた。

 トモイは気を取り直し、試作した料理を一つづつ味見をして行く。

 彼は予想通りの味が出来て満足そうに頷いた。


「まだ幼い味だが、客に出す分には満足いくものだろう。皆、明日からは忙しくなるぞっ!!」

「望む所ですっ!! この日が来る事を待ち望んでいたんですから」

「そうですよ、これで村も発展させて行く事が出来ますよっ!!」


 皆がやる気に満ち溢れていた。

 出来る事なら以前の村でこのような時を迎えたかったが、今更の話である。

 何はともあれ明日からいよいよ本番となる。


「これから毎日が本番だ。皆気をしっかり持って仕事に当たるようにっ!!」

「「「「「ハイッ!!」」」」」

「この試作品を食べた後は、明日に向けての仕込みだっ!! その後は明日に備えてゆっくりと休むとしよう」  

 

 厨房に歓声が沸く。

 明日は彼等が待ち望んだ、ギルドが本格的に始動する最初の日である。

 足りない時間を皆が協力し合い、ようやく動ける所まで扱ぎ付けたのだ。


 トモイもまた期待と不安を綯交ぜにしながらも、明日と云う日を楽しみにしているのだ。

 彼は共に働く厨房スタッフを頼もしく見ていた。




 そして次の日、ロカス村ギルドは漸くその日を迎える事に為ったのである。

 ……なぁ~んか、サブタイトルと内容が合っていないような……

 さて、第二章はあと一話で終了となります。

 こんな事を言ってますが、本当に出来るのか不安です。

 大丈夫か? ホントに? どうなんだ?

 書いている時は、概ねこんな調子です。

 不安だ……


 ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。

 この次も頑張りたいと思っています。


 あぁ~~マオニンが進まねぇ……予想外に難物だった…

 

 

 

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