御両親と食事をしました ~もう二度と浴場には行きません そう心に決めました~
……何処で切っていいのかが分からない。
気が付けばとんでも無い事に・・…何でこうなる・…
リビングには何やら気まずい空気が流れていた。
天井でぶら下がっているヴェルさんだけが楽しそうにユラユラと揺れ、セラとマイアは突然帰郷したフィオの両親と図らずも対面する事と為ったのである。
しかし、帰郷した両親側から見れば、いつの間にか我が家に居候が三人も居て、その一人が天井からロープで蓑虫状態になっていれば硬直するのも当然であろう。
考えても見て欲しい、やっとの思いで自宅に帰還して玄関を開けてみた瞬間に、その天井から見知らぬ他人がぶら下がっている所を……
ハッキリ言ってかなり怖い……もし一人の時にそんな状況に合えば絶叫モノである。
「……この子……何で天井から吊り下げられているんだ……?」
「それはですねぇ~ヴェルさんにお料理をさせたら、今度こそ誰かが死んじゃうかも知れないからですよぉ~?」
「「……今度こそ?……前にも誰か死にそうになったの(か)?……」」
「はい! 私達が一番危険な状況でしたよ☆」
「「 死にそうになる様な何をしたんだっ!? そして何で嬉しそうに言うのっ!? 」」
「綺麗なお花畑の前でお婆ちゃんに会いました…後、角の生えた目の鋭い偉いお兄さんにも…」
「「 何でガッカリしてるのっ!? て云うか、ヤバイ世界に逝っちゃったっのっ!? 」」
「人はそれを臨死体験と言う…我は何時もセラに同じ目に合されておる。血の池地獄で輸血をし、針の山でツボを刺激してマッサージ、五右衛門風呂で酒を飲み、綺麗なおネェさんのいる場所でパフりまくりじゃ!!……アレ? 地獄が天国に思えて来た……」
この堕ちた聖魔竜様は臨死体験をしている時に、いったいどこで何をしていたのだろうか?
その内あの世を改革しかねない……
「ヴェルさん…僕が生き埋めにした後で随分とバカンスを楽しんでいたんだね…やはり海に沈めるべきか、どうせ死なないし……其れよりも地獄って何処かの温泉街だったの?」
「ヴェルさん、狡いですぅ。今度一緒に逝きましょう!!」
「「 逝くなぁ―――――――――――――――――っ!? 」」
両親絶叫……死後の世界に興味津々のフィオ。
死を見つめる事はある意味生きる事を考えると云う事であり、これは良い事だとは思うが、そこから一歩踏み出し死のうとすると話は変わって来る。
最愛の娘が自殺願望を持つように為ったらさすがにマズイだろう。
しかも、それをヴェルさんが呷り始めている。
両親二人は娘も既に変な方向に歩き始めている事を実感した。
「ハイハイ、死ぬのは何時でも出来るんだから置いといて、今は御飯が先決だよ? せっかくの唐揚げが冷えたら美味しくないし、何よりいずれ死ぬんだから今は生きる事の楽しさを満喫しよう」
「そうですね、せっかくのご飯なんですから温かい内に食べましょう。美味しそうな唐揚げが出来上がりましたからね」
「マイアちゃん、唐揚げを大皿で持って来て、フィオちゃんはスープの方をお願い。疲れて帰って来た御両親に美味しいご飯を振舞おうよ」
「姉さん、このソースは小皿に分けた方がいいのではないですか?」
「タルタルか、マヨネーズかそれが問題だよ…これは好みの問題だし、僕はあまり使わないけどね」
「……ケチャップは無いのか…我はケチャップも掛けたかったのじゃ…」
ケチャップが無い事を残念がるヴェルさん、だが実際セラには其処まで手を回す余裕などなかった。
そもそも調理できるのがセラだけなのだから、タルタルソースやマヨネーズが出来ただけでも上出来だろう。
更に其処にスープや焼きたてのパンが加わるのだから、ヴェルさんの言っている事は無茶振りも良い所である。
ついでに言えば調理の邪魔しかしないヴェルさんに、其処まで言う権利など無いのだった。
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食事とは何も空腹を補う栄養摂取の為の物だけでは無く、時としては会話を円滑に運ぶ手段でもあった。
ましてやセラの料理はこの世界の料理文化を上回るほどのモノであり、その未知なる美味に舌を包みつつ、今迄にあった事を二人に懇切丁寧に説明するにはもってこいの状況を齎したのだ。
会話は弾み、両親もここ三年間何処で何をしていたのかも聞く事が出来たのである。
とは言えクレイルの話は所詮は行商であり、何処の村はこんなだったとか、あの町の治安はこんなにも悪いとかそんな話である。
ルーチェにしてもこの狩り場は戦い辛いとか、あの魔獣は厄介と狩りの話で、その話にが分かるのはセラかサポート職をしていたマイアぐらいしか伝わらない。
フィオはまだまだ駆け出しで経験も浅く、突っ込んだ事を聞く程の経験は無いが、其れでも久しぶりの両親との食事は楽しそうであった。
そして当然ながらロカスの村での事も話す事に為る。
その話を聞いた時に両親二人は驚愕する事に為った。
「……フィオの命の恩人?……しかも…フィオがヴェイグポスを倒した……!?」
「……アムナグアがこの村を襲ったと云うのっ!? しかもセラちゃんが一人で倒したっ!?」
「レイルさん達三人もいましたけど、相手にならなかったようですねぇ~セラさん強過ぎです♡」
「フィオ……あなた結構辛辣な事を言うのね……悪気が無い分かなりタチが悪いわよ……?」
呆れながらツッコミを入れるマイア。
事実ではあるが何気に酷い。
「いやぁ~~ヴェルさんとの一対一のガチ勝負並みに燃えましたよ。テンション上がりまくりでしたね」
「……ふつうはソロで倒せるような魔獣じゃないんだけど……」
軍団規模の兵力が必要である。
「アムナグアとのガチ勝負は既に三回ほどやってますからね、別に驚くほどの……」
「「「「三回っ!? 何処でっ!?」」」」
「ノーザスト大平原でですけど? あ、まだあそこにまで開拓に進出していなかったっけ……」
無論ゲーム内での話である。
「セラちゃん……あなた、山岳を越えたの?……何処から……」
「ヴェルケレス山岳地帯から仲間と共に渓谷を通ってですけど? 調査隊もそこを行き来してるみたいですよ?」
「そんな話聞いた事無いわ、まさかそんなルートが在ったなんて……」
ここで少しこの世界の種族達が住む領域の事を説明しておこう。
エルグラード皇国を含む他種族が住むこの領域は、魔獣の楽園とも言われるこの世界で比較的に安全な場所とも云える。
東にエステリア山脈、西にローカラス山脈に囲まれ、その中央にヴェルケレス山岳地帯が広がり険しい天然の要塞となっている。
しかし、魔獣達はその険しい山脈を越えられる能力が備わっており、安全領域とも言えるこの平野部も決して楽に生きられる場所では無いのである。
現にアムナグアはヴェルケレス山岳地帯を越えてきており、飛行能力を持つ魔獣は既にこの領域に生息し始めていた。
その為人間達は防衛の為に種族間を問わない大国を築き上げようと動き出したのが、この開拓計画の始まりであった。
人間達の意見に賛同し、多種民族である獣人やドワーフ達が参加を表明し、最近になって半魔族もこの列に加わるようになった。
平野部とは云えこの世界から見れば人が住める領域はわずか日本列島程度の広さしかない。
当然人口増加が問題になり、新たな新天地を求めて動き出さなければならない事態が既に始まっていたのだ。
しかし、ここで問題になるのが他の種族と、棲息している魔獣達の存在である。
当時はまだ種族間での仲は巧く行っておらず、力尽くで支配しようとする傾向が強く互いに争い合う関係であったのだが、人間の公爵家の次男坊が獣人族の娘と駆け落ちした時から状況は一変した。
この話は獣人族と人間との間に広がり、種族を越えた愛と云う恋愛話に誰もが飛びついた。
殺伐とした情勢はこの出来事が切欠で徹底抗戦の意思を見事に打ち砕かれ、話せば分かり合えるという考えが芽吹き始め、それがやがて平和への道が開かれるのにそう時間は柄らなかった。
この出来事から獣人族との間で話し合いが水面下で始まるが、他種族との恋愛が一大ブームと化した平民達は、逸早くこぞって獣人達との交流に乗り出していたのである。
早い話、戦続きで誰もが辟易していたのだ。
それは獣人達も同じで、厳しい掟に縛られた彼等は自由な恋愛に憧れを持ち、部族の戦士達の目を盗んでは人間との交流を始め、気が付けばいつの間にか同盟を組んでいたのだ。
冗談みたいな話だが真実であり、殺伐とした時代よりも平穏な生活を誰もが望んでたが故に起きた現象であった。
無論狭い領域に住む種族達だからこそできた事である。
しかし、其れが切っ掛けで今度は人口が爆発的に増加し、多くの人々は他の土地を開拓せねばならなくなったのだ。
オマケに他の種族達から齎された情報を正確に分析した結果、そう遠くない未来にこの領域は多くの人々で溢れ返り、新たに新天地を求めなければ全ての種族が食料事情で困窮する事が判明してしまう。
人間と獣人達は互いに協力し合い生活圏を広げていった。
これに困ったのが他の種族である。
事情を知らない彼等から見れば一大勢力が生まれた事に為り、戦うにしても二つ種族からなる兵達と争わねばならない。
しかも兵力は事実上二倍に膨れ上がり、真正面から争う事が出来なくなってしまったのである。
ドワーフ達はそれを面倒に思ったのか、其れとも元来の大雑把な民族の特性なのか、あっさりと同盟を組み状況は凄まじい速さで変わって行く。
そして十年前に半魔族の集落で革命が起き、話し合いの末同盟を組む事が決まると、徹底抗戦を主張するのは最早エルフだけとなってしまう。
しかしながら、他種族との共同会議の結果エルフの事は取り敢えず保留とし、彼等はこの平野部以外の土地の調査を開始したのである。
その調査で判明したのが広大な土地は三か所あり、一つが永久凍土の土地【オルクニケ・エテルネム】より先にある緑豊かな緑林地帯、もう一つが火山地帯である【アルティエム・ルクサイ】を越えた先にある広大な盆地。
最後が、ヴェルケネス山岳地帯を越えた先にある肥沃な大平原であった。
だが、どの土地に行くにしても棲息する魔獣を倒すのに可成りの技量を求められ、エルグラード皇国が在る平野に棲息する魔獣を更に超える強さを持つ未確認魔獣を相手にせねばならず、今の段階では開拓は不可能に近かった。
其処で取られた政策が辺境領域の開拓であり、これは実力のある戦士を育成するためのカリギュラムでもあり、それが冒険者の始まりである。
しかし実状は巧く行かず多くの村が潰れ、冒険者達の一部は盗賊化し治安は悪化、巧く繁栄の切っ掛けを掴めた村はごく僅かであった。
また、調査隊が命がけで調べたルートは現在皇国内では秘匿とされ、来るべき大開拓時代の向けての為の準備が少しづつだが進んでいた。
セラが言ったルートは最重要機密であり、ごく一部の人間を除いては知る人間は限られているのである。
不用意にノーザスト大平原に侵入するのは自殺行為に等しく、無駄に犠牲者を出さないための処置なのだが、冒険者は命知らずの愚か者が多く直ぐに新たな場所に行こうとする傾向が強い。
特に大した技量も無いチンピラ予備軍がその傾向が殊更強く、余計な事をして化け物クラスの魔獣を引き連れられては困るとの判断から、ノーザスト大平原の存在は名は知られているが場所までは知られていないのだ。
残る二つの新天地も同様である。
「やべ……これ教えちゃ駄目なんだったっけ! ルーチェさん、この事はくれぐれもご内密に……」
「そんなに危険な場所なの? あたしも結構な数の魔獣を倒しているけど……」
「ハッキリ言えば、現在の冒険者達のレベルでは死にに行くような物ですね。魔獣の強さがハンパ無いです……装備もレジェンド級かそれに近い頑丈さが無いと一撃で殺られますよ? 何せアムナグアが普通に見られますからね」
「アムナグアが普通に……でも、セラちゃんは行ったんでしょ? その時のメンバーを集めたら開拓が出来るんじゃない?」
「無理ですね、飲まず食わずで何日も警戒できるような人じゃないと……今の段階では僕でも厳しいですよ……僕の知り合いはみんな趣味人だから国の要請に何か従いませんし、みんな命令されるのを毛嫌いますからね、僕も含めて……」
「……自由だな……だが、それが冒険者なのだろう……」
フィオの父親は寡黙な漢と云うより、寧ろ口下手な男だった。
そんなクレイルを見てヴェルさんは何やら神妙な顔をしている。
「のぅ、クレイルとやら……お主、どこぞの龍の道を行く武闘家とか、世紀末に現れると云う救世主に似ておるとか言われぬか?」
「………何の話だ……?」
「失礼でしょ、ヴェルさんっ!! 確かに似ているし、体格も良いし武術家に見えるけど、そっち方面に持っていくなぁ―――――――――っ!!」
そう、クレイルは某偉大な映画俳優か 何処かの一子相伝の拳法使いを彷彿させるような見た目なのだった。
実は編み物が得意で喧嘩の様な暴力沙汰は苦手、料理もそこそこ得意でサボテンをこよなく愛すると云う、何とも見た目とは真逆の穏やか性格なのが、人生とは儘為らぬ物である。
そんな彼は正当防衛で盗賊を容赦なくボコれる実力者で、見た目からの印象から良く血の気の多い男達に絡まれたり、武闘家からも手合わせを何度も申し込まれていた。
何と言うか不憫な人だった……見た目と境遇の所為で損をしている。
「やはりセラも似た様な事を思っておったか……ほんに似ておるのぅ……一瞬で数百発の拳を叩き込めそうな貫禄が在る」
「……何で判ったの!? クレイルが一子相伝の武術を使える事を……さすが聖魔竜…侮れないわね……」
「「マジでっ!?」」
「戻って来る途中で盗賊が出たけど、ボコボコにして全身が破裂する位にパンパンに膨れ上がってたわよ? 凄いでしょ♡」
「リアルに七つの星を持つ伝承者がおるとはのぅ……この世界……侮りがたし……」
「一子相伝は僕も同じだけど……少なくとも全身が腫れ上がる様な真似は出来ないよ……」
「……ルーチェ……その話は……」
クレイルにはあまり話して欲しくない話題の様である。
セラはフィオの父親が以外にデンジャラスな事に驚愕した。
セラの…もとい優樹が使う武術は戦国時代に端を発し、いかに相手の力を利用して倒すかを突き詰められた合気道に近い。
打撃も肉体の内部から破壊する様なモノが多く、一撃で相手を殺す事が出来ない欠点がある故に、瞬時に数百発の拳を繰り出す様なこの世界の武術には流石に勝てそうも無かった。
と言うよりも、そもそも数百発の拳を瞬時に繰り出すなど人間には不可能である。
「良かった……僕は意外に真面だったよ……みんな非常識って言うもんだから、最近自分もそうなんじゃないかって思う様に為ってたよ……」
「セラさんは普通ですよ? 行動が変なだけです♡」
「グハァ!?」
「フィオ……あなた時々キツイ事言うわね…姉さんが精神的にダメージを受けた様よ?」
「でも事実ですよ? 幾らコレクションを足蹴にされたからと言っても、レジェンド級の装備で追い掛け回すのは酷いと思いますし、どんな事をしたのかは分かりませんけど精神的に相当追い込まれてたようですよ? エルカさん……」
「フングヲッ!!」
「それに、最近のボイルさんが何だか凄く怖いです……アレって、もしかして………」
「シクシクシクシクシクシク(ノД`)・゜・。」
「フィオっ!? それ以上は駄目、姉さんも良かれと思ってあの薬を渡したんだからっ!!」
思い当たる事だらけであった……
考えてみれば周りの状況に流されたり、その場の勢いで変な薬を渡したり、レイルに嫉妬して同じ嫉妬に狂う男達を嗾けたりと碌な事をしていない。
しかもそれが村の住人の箍を外し、今や暴走する一方に発展していた。
伊達や酔狂で先生等と呼ばれている訳では無いのだ……悪い意味でだが……
「ブッチさんも魔法で吹き飛ばしていましたよね? アレは少し…やり過ぎだと思います……」
「ゲフッ!!」
「吐血したっ!? 姉さんっ、しっかりしてっ!! 姉さんっ!!」
人に言われて初めて分かる自分の行いの非常識さ……
「……なるほど……この子が全ての原因なのね……村の人達がおかしくなった理由は……」
「ひでぶっ!!」
止めを刺されたセラは床に倒れ込んだ。
吐血した自分の血で【親子】等とダイイングメッセージを書いている当りまだ余裕はありそうだが、かなりのダメージを受けた様である。
日頃の行いは時として不意打ちとして牙を剥くのだ。
セラを弁護する訳では無いが、この村の住人ががおかしくなる要素は、セラがこの村に来る以前から在った。
村長はトイレの神を信奉する邪教祖で、ボイルはスピード狂、ブッチに関してはセクハラを堂々と行う変態で、ジョブは他人を筋肉ムキムキにする肉体改造主義者だ。
更に色々な要素が重なり抑圧された住人達。
だが、今は彼等の自由意思はセラが切っ掛けとなり解き放たれ、抑圧されていたぶん過剰に燃焼し暴走、そして現在に到る。
つまりは、元からこの村の住人はおかしくなる要素を十分に孕み、熟成させていたのである。
確かに切っ掛けはセラに間違いはないが、今では彼ら自らの意思で率先して非常識な行動をしているのだ。
逆に言えばこの村の住人を縛る物は無くなったという事だが、だからと言って彼等の行動はあまり褒められた物では無い事も確かであろう。
コレが良い事なのか、それとも悪い事なのかは誰にも分からない。
自由となった今の彼等が幸せなのか、それとも以前のように縛り付けられた儘の方が良かったのか、いずれにしても其れは彼ら自身が決める主観の問題である。
「にょほほほほ…やはり唐揚げにはタルタルが合うのぅ、やめられない止まらないじゃ♡」
「……ヴェルさん…食べ過ぎだよ。ちゃんとパンも食べなよ? サラダもね」
「なんじゃ、もう立ち直ったのか? 一人分が浮いた様だから我が処理しようと思ったのじゃが…」
「終わった事をクヨクヨしても仕方が無いでしょ? ヴェルさんの飽食を止めないと全員分が無くなりかねないし」
「我は其処まで悪食じゃない!! もぎゅもぎゅ……」
否定しながらも唐揚げをフォークで口に運ぶことは止めないヴェルさん。
説得力が全くなかった。
それにしても、セラの立ち直りは早い……
「……しかし、本当に美味だ……こんな物は今まで食べた事が無い……」
「本当にねぇ~このお肉、癖になりそうね。毎日食べて居たいわ……♡ あまりの美味しさに涙が……」
「中はジューシー……外はカリカリ…これが唐揚げですか、美味しいです姉さん」
「塩も良いですねぇ~♡ 檸檬を掛けてさっぱりした味わいが格別ですぅ~~♡」
唐揚げは大好評だった。
この世界の住人達にとっては未知なる美味であり、その美味しさは天にも昇る様な最高の味わいであった。
セラから見れば大袈裟に思える光景だが、これがこの世界の標準基準なのである。
「泣く程の物かなぁ~少しタレに漬けて措く時間が短くて僕は不満なんだけど……」
「「「「 これでも不満なのっ!? 何処の料理人なのですかっ!? 」」」」
「ウマウマウマウマ……これが唐揚げか…我も生肉は食した事は何度も有るが、やはり料理が一番の発明に思えるのぅ♡ これ程に美味い物とは、他の龍王達には教えてやらぬ。我だけが独占するのじゃ♡」
「ヴェルさん……意地汚い…所で、試しにエビチリ風に作ったやつも有るけど食べる?」
「「「「「 いただきますっ‼‼‼‼‼ 」」」」」
「おぉうぅ!?」
セラを除く全員が一斉に答える。
僅かな量だが皿に盛られたエビチリならぬトリチリをフォークに刺し、それをゆっくりと口に運ぶ。
チリソース特有の辛さ、甘さ、酸味、唐揚げ独特の風味と下味が混然一体となって口の中に広がる。
全員の体が感動で震えていた。
どうでも良いが、トマトケチャップ作れたんじゃ無いだろうか?
「こ、これって……」
「……な、何たる事だ……こ、こんな物が存在するのか……」
「な、何てこと……」
「……美味しい♡」
「な、なんちゅう……我に何ちゅうもんを食わせてくれるんや、セラはん……これは……」
「「「「「 う――――ま――――――――い―――――――ぞぉ―――――――――――――――――ッ‼‼‼‼‼ 」」」」」
「……んな、大袈裟な……」
セラは呆れているが、二度も言う様だが是が標準なのである。
セラにとってはありふれた家庭料理でも、この世界にとっては今迄食べた事の無い未知なる美味であり、地球の標準とこの世界の常識とではあまりにかけ離れているのだ。
どこぞの料理アニメのオンパレードな感想を次々と語り出す。
(美食家のような長い説明のセリフは割愛させていただきます。)
「セラちゃん……後で調理方法を教えてくれないかしら……ついでに錬金術も…」
「良いですけど、錬金術はフィオちゃんとやった方が良いですね。三年ぶりの親子の再会なんだし、それを埋め合わせるためにも素材集めからやって行けば良いんじゃないでしょうか?」
「……成程…親子水入らずって訳ね! フィオ、お願いできるかしら?」
「良いですよ、お金は大事ですし、節約は出来る所からやった方が良いんです」
「……すっかり逞しく育って……俺も教えて貰おうか…」
「マイアさんやセリス君も居るから楽しくやりましょう。錬金術は貧しい人の味方です!」
「「・・・・フィオ・・・それは何気に家が貧乏だと言ってるの?」」
堂々と貧乏宣言するフィオに絶句する両親……天使さんは天然で無自覚なまでに純粋すぎる。
その無垢さは時として鋭利なナイフと為って突き刺さるのである。
ともあれ、フィオの両親を含む錬金術教室が次の日から始まる事に為った。
「少し遅くなっちゃいましたねぇ~お風呂はどうしましょうか?」
食事の片づけの最中に、フィオが言った何気ない言葉でそれは始まった。
長旅で漸く故郷に戻って来た両親に疲れを癒して貰いたいと思って出た言葉なのだが、ここには例のチチスキーさんがいる事を失念していた。
「そうだねぇ~洗って、水を汲みに行くのも今からじゃ遅いかな?」
「ならば浴場に行けばよいではないか、最近公衆浴場が出来たのじゃろう? 両親にも疲れを癒してゆっくり寛いで欲しいじゃろうて」
「成程……確かにその方が良いかな、今から沸かしたんじゃ夜中になりそうだし」
「それじゃお父さん達に言って来ますね? 浴場は初めてで楽しみです♡」
こうしてフィオ一家と居候ズは公衆浴場へと向かう事と為った。
しかしセラは忘れていた。
この場に乳をこよなく愛するパフリストがいる事を……
戦いのゴングは人知れず静かに鳴らされていたのである。
公衆浴場は居住エリアの直ぐ脇に建てられている。
ギルドの建築資材の余りを利用したとは思えないほど意外に立派な作りをしていて、入り口には何故か温泉マークの書かれた暖簾が垂れ下がっている。
見た目は何かの小屋にしか見えないが、木屋の裏に在る窯から突き出た煙突が銭湯の目印になっていた。
入り口を潜れば男湯と女湯に別れ、番頭の集金台から直ぐ横は高い壁で塞がれ奥を除く事は出来ない様になっている。
この浴場は村人達で運営され、当番制で掃除や湯を沸かす作業が廻って来るローテーションが組まれているのだ。
いずれはセラ達にもその番が廻って来る事に為るだろう。
セラ達四人は脱衣場で服を脱ぎ、タオルを巻いて浴場へと向かう。
其の時セラは自分がとんでもない行動をしている事に気が付いた。
「……堂々と女湯で服を脱いでた……しかも何の違和感も無く…ヤバイ、これはヤバイよ僕…」
「どうしたんですか、姉さん?」
今のセラにマイアの言葉は届いていない。
セラの心は今、混沌の坩堝の中で必死に足掻いているのだ。
此の侭ではメンタルは最悪の一線を越えてしまいそうである、なにがなんでもこの場から逃げなくてはならないのだが、神はセラを見捨てたもうた……
「セラさん、なにボーっとしてるんですか? 早く行きましょう♡」
「えっ!? ちょっ、待って、僕は今………」
寄りにもよって天使さん自らの手により禁断の園へと連行されたのだった……
偶に忘れがちになるが、セラの精神は男である。
逃げ場の断たれたセラは、最早煩悩を振り払う修行僧のような状態に陥ったのだった。
男なら 一度は見たい女湯は 覗けばただの犯罪者。
セラの視界には肌色の光景が広がっていた。
たとえ体が女の子でも、セラの精神は健全な少年の物である。
当然抑えきれない煩悩が渦巻くが、それを振り払うかの様にお経を呟き、理性を保とうと必死であった。
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのうんぎょうまつ………」
間違えた……何故か落語であった……
「セラちゃんどうしたの? 何か呟いているみたいでだけど……?」
「何時もの事ですよ? だってセラさんですから」
「姉さんはこう見えて恥ずかしがり屋なんですよ……自分の体を気にしているみたいで……」
「そうなの? 非常識に見えて普通の所もあるのねぇ~ちょっと安心した」
どうも良い方向で勘違いをしてくれている様である。
ルーチェは本気でセラはイカレタ冒険者と思っていたようだが、幸か不幸か今の姿を見て少し警戒が緩んだようだ。
彼女は食事中の談話からセラの異常性に気付き警戒を募らせていた。
単騎でアムナグアを倒すだけでなく、錬金術の知識を持ち、数多くの装備を保有すること事態有り得ないのである。
普通の冒険者であるなら自分の装備はただ一つであり、それを何度も改良して行くのが一般的である。
冒険者を引退する頃には可成りの強度の装備になるが、それを扱えるのは使っていた本人だけであり、他人が使うには一度分解して新たに作り直さなければならないのだ。
ましてやガジェット・ロッドは強化の過程で意思のような物を持ち始め、他人には決して使えない特性を持っている。
そんな装備を大量に所持している等明らかに異常であろう。
これはルーチェが上位の冒険者で、暫く村から遠ざかっていたからこそ分かった事であり、それ故に警戒の念が強かったのだ。
だが、そんな事は今はどうでも良かった。
セラにとっての不幸はここが女湯であり、フィオ達の話を聞いていた者達は大勢いる。
悪ノリが大好きなこの村の女性冒険者達である。
「先生…ここは女だけしか居ないのよ? タオルで隠すのはルール違反じゃないかしら?」
「ピピルマピピルマプリリンパテクマクマヤコンテクマクマヤコンパンプルピンプル……え?」
「そうそう、お風呂は全裸で入る物でしょ?」
「……その裸体……しっかり堪能して、あ・げ・る♡」
「へ? えっ? えぇぇぇぇぇっ!?」
「さて、先生? お風呂のルールは守らないとね♡」
いつの間にか全裸の女性達に囲まれているセラ。
目のやり場に困るが、それ以上に身の危険を感じた。
しかし気付くのは遅く、既に逃れる退路は断たれている。
「みんな、先生を剥くわよっ!!」
「「「「「「おぉ――――――――――――――っ‼‼‼‼‼‼」」」」」」
「みゃみれぇ――――――――――――――――――――っ‼‼」
一斉にセラに群がる全裸の女性達は、無理やり体に巻いていたタオルを剥ごうとする。
気づいた時には時すでに遅し、哀れセラは裸にされたのだった。
多少は抵抗したようだが無意味だった模様…
銭湯内にセラの悲痛な叫びが響いた………そして……
「うっ……うぅぅぅ……酷い……酷過ぎるよ、こんな恥辱生まれて初めてだ……グス…」
「……なんだろ、この罪悪感……」
「…凄く邪な感じがするのは何故? お風呂には入るためにタオルを取っただけよね?」
「………凄く後ろめたい事をした気がするわ……これが若さか……」
「…………いぃ……♡」
「「「「「えっ!?」」」」」
何かに目覚めた人もいる様だが、何ともやりきれない空気が漂っている。
それもそうだろう、セラの見た目は小柄で銀髪の華奢な美少女である。
性格は兎も角、黙っていれば其れはどこか神秘的で、守ってあげたいと思うような印象を強く持たれる容姿なのだ。
そんな美少女が全裸で涙を浮かべ、悲壮に暮れている所は何とも言えない罪悪感を呼び起こされるのである。
この光景を男が見たら、幼気な美少女を女性陣が集団で何やらいけない事をしたかのような印象を受けるだろう。
ブッチが見たら狂喜乱舞して喜ぶような、そんな百合的な何かをだ。
「あ……あの…先生?」
「……あんまりだよ…こんな仕打ち……皆さん……死ぬ……覚悟は出来てますか……?」
「「「「「・・・・・・・・・・・へっ!?」」」」」
セラの手にはどこから取り出したのか、禍々しいスコップが握られていた。
不穏な空気が流れて行く……
「人を殺すにはね、逆に殺される覚悟が無ければいけないんですよ……皆さんは、その覚悟が在るからこんな事したんですよね……?」
「な、なんか……ヤバい気配がするんだけど……」
「……魔獣と対峙してるような……ソレもとびっきり危険な……」
「……調子に乗り過ぎた?……敵に回してはいけない相手を敵にした様な……」
「……さぁ…始めよう……死の宴を・……」
「「「「「すみませんでしたぁっ‼‼‼‼ ちょっとチョーシこいてしまいましたぁ‼‼‼‼‼」」」」」」
全員土下座で謝った。
敵に回してはいけない者が直ぐ傍にいる事を失念していた彼女達は、その怒りを鎮めようと何度も宥め透かし、どうにか最悪の展開を免れるのだった。
ふざける時は相手を選ぶのも重要である事を身をもって知ったのである。
それ以降、彼女達はセラに手を出すような馬鹿な真似はしなくなったという。
一難去り、湯船に浸かるセラとマイア。
そして何故か傍にある禍々しいスコップ……
「……何でそんな物を持ち込んでいるんです?」
「……何か無意識に持ってきちゃって……何でだろ?」
「私に聞かれても分かりませんよ? 入浴には必要ない物ですよね、どう考えても……」
「何でだろ? ………何か忘れている様な……」
「そう言えばヴェルさんの姿も見当たりませんが…何処行ったんですか?」
「さぁ? 別に良いよ、あぁ~~~~~~いい湯だねぇ~~~~~~♡」
お湯に浸かり幸せそうなセラ、もう何もかもがどうでも良くなったようである。
〇シウスさんが言っていた湯の力は偉大だった……あれ程殺気立っていたセラが今や大人しくなっているのだから。
心地よい湯に浸りながらもセラは鼻歌を歌いだす。
其処から歌詞が入るまでにはそう時間はかからない程リラックスしていた。
「乳を求めて~貴女に憑いて行くぅ~~~~♪今日も狙う、飛びつき、抱き付いて乳をパフ~りますぅ~~~ぅ♪」
「……ヴェルさんの事ですか……?」
「いろんな乳を~求めてぇ~~返り討ちぃ~~~♪ 今日も殴られ、詰められ、穴を掘られて、うめぇ~られる~~~~~ぅ♪……はっ!?」
漸く気が付いた。
筋金入りのパフリストであるヴェルさんが、この状況で大人しくしている筈が無いのだ。
何処かで獲物を狙い続けているのは間違いが無い。
そして、その時奴は動いた。
「ひゃんっ!?」
「きゃあぁぁっ!?」
「な、なにっ!? 今、何かがあたしの胸を…!?」
高速で動く黒い影。
それは胸を背後からわし掴みにし、一撃離脱を繰り返しながら女性陣を襲っていた。
そんな真似をするのはこの村に一人しか居ない。
「…やはり乳を狙っていたか……チチスキー・パフリマス……」
「えっ!? ヴェルさんじゃないの!?」
「今日からチチスキーさんと呼ぶことにした。ヴェルグガゼルなんて大層な名前はアレには似合わないし……」
「誰がチチスキーさんじゃっ!!」
「チチスキーさん以外に誰がいるのさっ!!」
「もう定着したっ!? おのれセラ…この恨みはその乳で償わせて貰うのじゃ……」
自業自得なのに何故か逆恨みされる。
一番始末に悪いキレ方であり、こんな奴は何処にでも良くいる。
逆恨みしたヴェルさんは湯船に飛び込み姿を消した。
「どこだ……奴は何処から来る・・……」
「そう言えば、何でこのお湯は緑色なんでしょうか?」
そう、本来は無色透明な筈のお湯は何故か薄い緑色をしており、湯船の底が見えない程であった。
その理由は複数の薬草を煮込んだ入浴剤の所為であり、実はそれを教えたのもセラであった。
まさかそれが裏目に出る日が来る等とは思ってもみなかっただろう。
その頃はヴェルさんがパフリストだとは知らなかったのだ。
「まさか此処で墓穴を掘る事に為ろうとは……」
「その時はヴェルさんが変態だなんて知らなかったんですから仕方ないですよ」
ヴェルさんは水中を泳ぎ、浴槽に居た女性達の胸を狙って巧みに揉みまくっていた。
まるでどこぞの人食い鮫のようである。
やっている事はアホだが……
「来るっ!! マイアちゃんは浴槽から出て、取り敢えず迎撃してみる」
「えっ? はい………何でこんな事に真剣になってるんだろ……?」
風呂のお湯に波紋をたてながらセラに向かって来る水中のヴェルさん。
しかし急遽その波は消えた。
どうやら深く潜ったようである。
そもそもここの浴槽は1・5メートルの深さが在り、浴槽内には座れる様に配慮され階段状になっている。
泳ごうと思えば泳げる深さなのだ。
ましてやヴェルさんの体型は幼女であり、この水中戦はセラにとって不利であった。
背後を守る為にセラは端に寄る。
だが……
「獲ったどぉ――――――――――――――――っ!!」
「なにぃ!?」
ヴェルさんの目的は【名状し難きスコップの様な大剣】であった。
「にゅふふふ…これで怖い物は無くなった。覚悟は良いなセラよ?」
「其処までして胸を揉みたいの……? いい加減にしてほしいんだけど……穴を掘るのも疲れるんだよ?」
「無論じゃっ!! 我は如何なる乳も揉みしだく覚悟が在るっ!!」
「……老婆の胸も揉みたいのかな……? どうでも良いけど、骨格がおかしくなりそうなポーズは止めなよ、色々と拙いから……」
背後に『ゴゴゴゴゴ……』と文字が出そうなくらい関節を痛めそうなポ-ズを決め、何処か得意そうな顔をしているのが憎たらしい。
何としても痛い目に合せてやると決めた。
「行くぞっ!! パフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ‼‼‼‼」
セラの胸を狙って繰り出す手を、悉く逸らされるヴェルさん。
「にょっ!? ば、馬鹿な……」
「あのねぇ……そもそも手数だけで僕に勝てる訳無いでしょ? ヴェルさんは対人戦闘術なんて知らないんだから……」
「馬鹿な、我は某グラップラーや複数のボクシング、更にはプロレスや流浪人の剣術など様々な武術や流派を学んだのだぞっ!!」
「それって、単にアニメを観賞しただけだよねっ!?」
「それだけで無く秘伝書も読んだのだぞっ!! 我は無敵の筈……」
「何で愕然としてるのっ!? それも単行本を読んだだけでしょ、強く為れるわけないじゃん!!」
手遅れなくらいアホだった……
ヴェルさんの頭は次第に宜しくない方向に汚染されている様である。
「くっ、しかし武器が此方に有る以上、我が有利の筈。ならば地の利を活かさせて貰う!!」
浴槽へ飛び込むヴェルさん。
しかし、この戦法には致命的な弱点が在った。
水中からセラを攻めようとしていたヴェルさんは一向に姿を発見できないでいた。
止むを得ず浴槽の水面から顔を出してみると、セラは既に浴槽から上がっている。
「にょおぉっ!?」
「……水中から来るなら、そこに居なければいいんだよ? 何で気づかないかな……」
「ず、狡いのじゃ!! 正々堂々と勝負するのじゃ!!」
「こちらが有利と判っていて、何でヴェルさんに合わせなければ為らないのさ? 僕を襲おうとしてるのに……」
「お、おにょれぇ~~~~~っ!!」
当然の理窟だとは思うが、パフパフの暗黒面にとらわれたヴェルさんは通じない。
こうなった以上は浴槽にいつまで居ても仕方が無い。
悔しがりながらもお湯から上がって来る。
「あ………浴槽に蹴落とせば良かった……」
「お主は鬼かっ!! もう許せん、我のこの手が真っ赤に燃える…乳を掴めと輝き叫ぶ……」
「光差す世界に汝ら変態住まう場所無し!! 揉まず、パフらず無に還れっ!!」
「ゴールデン・フィンガー!!」(胸を掴みに行っただけ)
「カウンターインパクト!!」(只のアイアンクロー……)
ヴェルさんには致命的にセラに勝てない要素が在る。
「うごっ!?」
「リーチの差を忘れてるよ? チチスキーさん……」
「し、しまったぁ!!」
背丈や腕の長さ、どれを取っても見た目が幼女のヴェルさんには分が悪いのだ。
ヴェルさんはアッサリと捕まる。
セラは溜息を吐きながらも顔面を掴んでいる手に力を込める。
「いだだだだだだだだだだだだだだだだだだっ!?」
「どうしたら反省してくれるのかなぁ~~埋めても意味ないし…やはり沈めるしかないか……」
「し、沈めるならセラの胸の中に沈めイダダダダダダダダダダダダ……!!」
「反省の色が無い様だね……」
「うにょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!?」
ヴェルさんの顔面を掴んだまま容赦なく振り回す。
―――――コキン!!……
五分ぐらい振り回して直ぐに、何やら鳴っては為らないような音がしたので振り回すのを止めると、ヴェルさんは何故か青い顔をしてぐったりしていた。
嫌な汗が流れる。
「………ヤベ……殺っちゃった…………?」
「「「「「えぇえええええええええええええええええええええええええっ!?」」」」」
一部始終を遠巻きに見ていた村の女性達は蒼褪め、一斉に驚愕した。
セラは動かないヴェルさんを数秒眺めていたのだが……
「・・・・・・・・・えい・・・」
「「「「「浴槽に捨てたぁ――――――――――――――っ!?」」」」」」
……唐突に投げ捨てる。
『タパーン』と水しぶきを上げ、浴槽深く沈んで行くヴェルさん。
それを皆、静まり返って見ていた……
「……アレが最後のチチスキーさんとは思えない……乳好きがこの世にいる限り、第二・第三のチチスキーさんが現れるかも知れない……」
「「「「「「誤魔化されねぇ―――よっ!? 殺しちゃ駄目でしょうっ!!」」」」」」
「大丈夫ですよ、チチスキーさんだし……最悪死んでたら森に捨てましょう☆(キラリ)」
「「「「「「(なんていい笑顔……其れだけに怖ろしい……)」」」」」」
眩しいくらいの良い笑顔でサムズアップ。
そんなセラの背後で浴槽が泡立ち、幽鬼の如くヴェルさんが姿を現す。
青ざめた顔は変わりないが、ふらつきながらもセラの元へと近づいて来る。
「……のぅ、セラよ……ギャグで大人気だったり、アニメ化して一斉風靡した漫画家が……暫くして姿を消し……数年後にHな漫画を書いているのは……何故なのじゃろうな………」
「……それ……今言う事なの? でも少年誌連載中の漫画を読んでみると、その傾向が在るのは分かるんじゃない? 無駄にキャラの露出が多いとか、意味も無くキャラを裸にするとか……女性キャラを重点的にだけど」
「……確かに……納得した……思い起こす事は何も…無い……」
「思い残すの間違いでは……?」
そう最後に言うと、ヴェルさんは床に倒れ目を廻していた。
その後ヴェルさんが埋められた事は言うまでもない。
この日の教訓からセラは公衆浴場には近づかない様になった。
名目はヴェルさんの監視ではあるが、実は女性達に剥かれた時が怖かったらしく、ちょっとしたトラウマが出来てしまったのである。
何より女湯に無意識に入って行ったのがショックだったのだ。
いつの間にか大事なモノを捨てている事の気付いてしまったセラであった。
「……ねぇ、フィオ……いつもこんな調子なの…?」
「そうですよお母さん、毎日が楽しいです♡」
「……そう…………」
ルーチェは悩む、この村から引っ越すべきか否かを……
この村の状況は子供の教育には決してよろしく無い。
しかし、引っ越すにしても街に土地を買う金も無く、仮に土地が有っても家を建てなければならず、そんな資金など到底集められないだろう。
この村で生活するには大いに悩ましい問題だった。
この非常識な集団と暫くの間共同生活をせねば為らないかと思うと頭痛すら覚えるのだ。
その夜、両親二人はこの問題を話し合い続け一晩徹夜する事に為った。
一児の親達の悩みは尽きないどころか、寧ろ今日より始まったのである……
……自分達の常識の崩壊と共に…………




