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 御両親も帰ってきました ~帰省者から見たロカスの村の光景~

 周囲には一面に広がる草しか見えない広大な平原に、二つの影がロカスの村を目指して進んでいた。

 いつ魔獣が現れるかも知れないこの街道を、まるで連れ添うかのように歩く人影。

 本来であるならば街道を行き来するには馬車を使うのが一般的ではあるが、この二人は何故か徒歩でロカスの村を目指していた。

 ロカスの村から他の町まではどう計算しても三日は掛かるのだが、徒歩で移動しているとなると余程の訳ありか、自分の狩り人としての腕に相当の自信が無ければ無理であろう。

 それ程までに街道は危険であり、万が一にも魔獣と出くわせば交戦は避けられないのだ。


 無論馬車が在るから安全と云う訳では無い。

 山賊紛いの冒険者も居れば、最悪災害指定級の魔獣に出くわす事も稀に在る。

 現にロカスの村は、その災害指定級の魔獣の襲撃を受けている。

 辺境であるが故に魔獣の種類も多様化し、中には駆け出しで狩れるはずの魔物も圧倒的な強さを持っている事が多いのだ。

 そんな辺境へ徒歩で向かうなど自殺行為に等しかった。


「あと一日歩けばロカスの村に着くわね、フィオは元気にしてるかしら?」

「……ボイルさんやイーネさんも居る…大丈夫だろう…」

「あ……三年近くも村に戻っていないし……フィオがあたしの顔を忘れていたらどうしよう!?」

「……根気よく話をするしか無いだろう…何にしても村に行かねばな……」


 一人は長身の男であり、フード付きのコートで全身を覆い隠しているが、背中に背負った巨大なリュックが彼を小さく見せている。

 何が入っているかは定かではないが、基本的に行商人の風体である。

 もう一人は女性であった。

 複数の魔獣から作られた防具を身に纏い、その風体から冒険者である事は疑いようは無い。

 背中に背負った大剣とも巨大な鉈ともつかない武器が、彼女の実力と異様さを如実に物語っている。

 おそらくは上位の冒険者である事は間違いは無いだろう。


 二人の会話から既に気付いているとは思うが、この二人はフィオの両親である。

 父親は行商を生業とし各地を転々と商売をしながら旅を続け、母親である彼女はその護衛と時に狩りの依頼を受けて生活費を稼いでいる冒険者であった。

 因みに名前は父親がクレイル、母親の名がルーチェと云う。

 三年振りの愛娘との再会に、二人は不安を隠せないでいた。


 それと云うのもクレイルは常に行商で家を空けがちであり、ルーチェもまたクレイルと共に護衛兼仕事で狩りを続けていた。

 その行動範囲は恐ろしく広く、エルグラード皇国の王都【テェルエル】まで足を運ぶほどである。

 その間にも他の村や町を廻り、二人はある意味では有名な冒険者であった。

 無論、男と女の二人連れだけに山賊や札付きの冒険者に襲われる事も頻繁である。

 現に今も……


「待ちな、その荷物と有り金全て置いて行って貰おうか!」

「片方は女ですぜ、こいつは楽しめそうだ…ヒヘへ…」

「ちがいねぇ、荷物も相当溜め込んでるみてぇだ。ついでだから女も貰っちまおうぜ」


 草叢から現れた数人の武装した男達。

 誰もが数日…いや、数か月は風呂に入っていないような異臭を放っている所を見ると、彼等はどこかの町で何らかの悪事を起こして指名手配された、冒険者崩れである事が分かる。

 でなければこんな辺境にまで来る事は無く、また食い詰めて他人を襲う様な真似はしないだろう。

 今の彼等はそこら辺の野獣と変わりなく、こうした奴等は殺傷しても罪に問われる事は無い。

 被害の大半が彼等の様な野盗に襲われる事であり、国の行政も彼等の様なならず者は人として見てはいないのだ。

 当然ながらその対処も決まっていたりする。


「……ハァ…またよ? いい加減にしてほしいわ…これで十七回目よ……?」

「彼等も生きるのに必死なのだろう……だが、そう簡単に荷をくれてやるつもりは無いが……」


 ルーチェは巨大な大剣を軽々と振りぬき、山賊紛いの冒険者達に突き付ける。


「あんた達、逃げるなら追わないけど、向かって来るなら容赦はしないわよ?」

「あんだとこのアマッ!!」

「良いから出すもん出しやがれ、ネェちゃんから可愛がって欲しいのか、あぁんっ?」

「良く見るといい女じゃねぇか、今夜が楽しみだぜ…へへ……」


 これがそれなりに腕の立つ者達であれば、この二人の異常さに気付いたかもしれない。

 しかし、盗賊に身を落とすような輩が真面に冒険者として働くはずも無く、人生を途中で投げ出した様な甘ちゃんに手練れの冒険者が放つ強者の気配に気づく事は無かった。

 そもそも、平原を二人で旅をしている時点ですでに只者な筈が無いのだ。

 彼等はそんな簡単な事にすら気付かずに武器を構える。


 ――――――ヒュゴッ!!


 突然吹いた疾風に、男は思わず顔を腕で覆い隠した。

 その瞬間い後方から『ゲビャッ!?』だの、『ウゴペリャ!?』だの奇妙な声が上がる。

 恐る恐る後ろを振り返る時に彼は気付いた。

 隣に居た筈の仲間の男の姿は無く、何故か後方で奇妙な格好で寝ていたのだ。

 何故かもう一人が折り重なるように白目を剥いて気絶しているのを見て、何が起きたのかが理解できないでいた。

 そんな疑問も直ぐに解明する。


「ヒッ、ヒィィッ!?」

「な、なんだ、このおんなゴビュレッ!?」

「ば、化けものギュロバッ!?」


 大の男達が次々と高々に宙を舞う。

 あるいは吹き飛ばされ、有る者は脳天から大剣で叩き潰される。

 更に言えばルーチェの動きも尋常な物では無かった。

 おそらくは身体強化系の魔法で身体能力を底上げし、更には実戦で磨かれた技が盗賊共を悉く蹴散らして行く。

 次々と面白いように宙に飛ぶ仲間達を、男は呆然と見ていた。


「く、クソッ、ならこっちの男の方を……」


 自棄になり武器を構え、クレイルに襲い掛かるが……


「なっ!?」


 まるで陽炎の如く振りかざした剣はクレイルの体を擦り抜け、腹部に重い一撃が加わる。

 蹲ってようやく男は自分が殴られた事に気付いた。

 更には顎を蹴りあげられ空中に浮かぶと、今度は凄まじい程の連撃を浴びせられる。

 呆然とする元冒険者の盗賊達。

 其処には物理法則を無視した信じられない光景が見える。

 空中に浮かんだままの男に連続して繰り出されるパンチの応酬、しかし男は重力に引かれ地面に落ちる事無く、空中で停滞したまま殴り続けられていた。


 理屈で言えば落ちそうになる所をアッパーで浮き上がらせ、其処に連撃を叩き込み、また落ちそうになればすかさずアッパーで空中に浮かばせるの繰り返しの様である。

 だが口で言うのは簡単だが、実際に目の当たりにすると其れは非常識な現象にしか見えない。

 と云うより不可能な事なのだが、実際に其の不可思議な現象が目の前で起きている。

 彼等が唖然とするのも無理は無いだろう。


 止めとばかりに回し蹴りで仲間の所に吹き飛ばされた時、彼の姿は全身が無残なまでに見事に腫れ上がり、今にも爆発しそうな状態になっていた。

 しかも恐ろしい事に、彼は武器も使わず素手でこれ程の破壊力のある拳を叩き込んだのだ。

 並みの武術家とは思えないほどの実力者である。

 賊共にとっては運が悪かった、もしくは相手が悪かったとしか言えないだろう。

 そもそも、相応の実力が無ければたった二人で魔獣の徘徊する街道を、歩いてロカス村に向かおうなんて思わない。

 明らかに上位の冒険者の実力を保持している事は彼等も身をもって知った事だろう。

 襲う前に彼等は疑問に思うべきだったのだ。

 何故二人だけで街道を歩いているのかと………



「やっと片付いたわね……本当に鬱陶しいたらありゃしないわ…フィオには見せられないわね、こんな所……」

「……日が暮れる前には村に着くだろう……フィオの元気な姿を早く見たいものだ……」

「……そうね…邪魔者は片付いた事だし、さっさと帰りましょう。いとしい娘のいる我が家に……」


 二人は地面で呻いている男達には目もくれず、我が家に帰るべく家路を急ぐ。

 彼等が見えなくなった頃合いを見て小型の肉食魔獣が血の臭いに誘われ、草叢を移動して来ていた。

 徹底的に叩きのめされ動く事すら敵わない彼等は、この魔獣達から逃れる事すら出来ず襲い掛かられる事と為った。


 因果応報、悪側滅、人生を捨て世間を嘗めきっていた男達は、哀れ魔獣達の腹を膨らせる事と為ったのである。

 そもそもに措いて魔獣が何処に潜んでいるか分からない様な平原で、野党紛いの事を仕出かし返り討ちに合えば、当然の事ながら弱い魔獣達は血の臭いに惹かれ集団でやって来る事は周知の事だ。

 そんな事すら知らない様な者は、どの道冒険者としてやって行ける筈も無い。

 何せ基本的な事であり、周囲を常に警戒出来なければ過酷な自然界であるこの世界では生きてはいけないのだから。

 彼等は自分の無知と浅はかさに気づく事無く、魔獣達に為す術も無く食い殺される運命を辿ったのだ。


 平原に愚か者達の断末魔の叫びが虚しく響き渡った……彼等を助ける者など何処にも居ない。

 世界とは決して其処に住む者達には優しくは無いのである。

 故に公平であり平等でもあった。 

 


 

 二人がロカスの村に着くと、其処はまるで別の村の様であった。

 新しく建てられた家屋や店、別の町から行商に来た商人や建築を受け持つ職人達の姿が疎らにだが確認できる。

 三年の月日が、村の様子が一変した事を二人は実感した。

 其処にはかつての簡素な村の姿は無く、街程では無いがそれなりの賑わいを見せている。


「……たった三年でこんなに変わるモノなのかしら……何か人も多いし……」

「……いや、おそらくは数か月の内にここまで変わったのだろう。……しかし…信じられん……」

「うそっ!? 一体この村に何が起きたのよ……変わり過ぎよ」


 嘗ての村は畑の周りを杭と板で作られた柵に覆われ、居住エリアの周りを木造製の壁で塞いでいたみすぼらしい村だった。

 しかし今は畑も居住エリアも土を何らかの方法で盛り上げ、煉瓦の様に硬くした外壁が囲っており、古い家屋も新しい木材で修繕され嘗てのあばら家の面影は微塵も無い。

 ましてやその周りに新しく建てられた家屋が並び、畑の方も以前より遙かに広がっていた。

 あと十年も有れば村から町へと変わるような勢いである。


「……凄い事に為っているわね……何が在ったのかしら?」

「……判らん…誰かに聞けばわかるだろうが………ん? あそこにいるのはボイルさんじゃないのか?」

「あ、ホントだ……話を聞くにはもってこいの人が居たわ。行ってみましょう」


 二人はボイルのいる場所に足を向けた。

 だが、近くに行くと如何やら商人らしき男と何やら揉めている様子である。


『何でうちの奴隷がこんなに安いんだっ!! 納得が出来ん!!』

『それはアンタ等の奴隷の扱いが悪いからだろ? 見ろ、こんなに痩せ細りやがって、こいつ等が使いモンになるまでどれだけの出費が嵩むと思ってんだ?』

『俺達はこんな辺境まで奴隷を運んで来たんだぞっ、この値段では採算が合わん』

『それはアンタ等の都合だろ? 使いモンにならねぇ奴はこの村には必要ねぇんだよ』

『ふざけるなっ!!』

『別にふざけちゃいねぇさ、気に入らねぇんだったらお引き取り願っても構わねぇんだぜ?』

『ウグッ!? し、しかしこの値段はあまりに……』


 二人は絶句した。

 奴隷の買取りでの値段交渉で揉めている様だが、二人の知る限りボイルと云う男は率先して奴隷の買取りをするような男では無かった。

 それが今では限りなくダークな不陰気を醸し出し、剰え人を値踏みするかのような冷徹な視線で眺めながら淡々と交渉をしていた。

 明らかに堅気では無い、やんごとなき裏社会の御方に変貌していたのだ。

 二人は知らない。

 コレがロカス村の新たなドン、グレートアニキボイルである事を……


『なぁ、俺達も鬼じゃねぇ。態々遠い所から商品を運んで来てくれたんだ、買わねぇとは言ってねぇ』

『しかし……この値段では………』

『これでも譲歩したつもりだぜ? 其れでもその値段なのは、アンタ等の奴隷の扱いが悪いからだろ?』

『ウググ……』

『奴隷にも人権は有る。これが役人に知れたらアンタはただじゃ済まんだろ? それを踏まえての譲歩なんだが……不満なら仕方ねぇ…』

『…だが、この値段では帰る旅費ぐらいにしかならん……』

『オイオイ、病人間近の辛うじて生きてるのが不思議な奴隷を連れ込んで何言ってんだ? まさか不良商品の処分の為にここに来たんじゃねぇよな?』

『!?』

『図星かよ……アンタ、商売を舐めてんのか? 客の要望に応えて商売が成り立つんだろ、俺等を馬鹿にしてんのかよ?』

『そ、そんな事は……』


 奴隷商人は劣勢に立たされた。

 おそらくは売り物にすらならない奴隷を処分するためにこの村まで来たのだろうが、既に見抜かれ其処を徹底的に突かれ追い込まれて行く。

 既に勝負はついていたのだが、人間を商品と言い放つボイルに、二人は呆然として見ている事しか出来ないでいた。

 と言うか、とても声を掛けるような雰囲気では無い。


『別に取引をしねぇとは言ってねぇ、今後のやり方次第では大目に見てやると言ってんだ。アンタも使いパシリでつれぇよな、そのアンタをねぎらっても奴隷の質が悪すぎる』

『それは私の所為では……』

『あぁ、わかってる。あんた等の商会の上役が金を渋ってんだろ? 何なら良い商人を紹介してやるから其処に鞍替えしねぇか?』

『なっ!? なにを……』

『アンタの交渉の手腕は悪くねぇ。だが、こんなくだらねぇ商会にいつまで居る気だ? もっと上を目指せんだろ?』

『しかし・・・前会長に今の会長をくれぐれも頼むと・・・』

『恩義があるのか? だがな、どれだけ言っても分からねぇ馬鹿は幾らでも居る。何かを得るには、時として何かを捨てなきゃならねぇ事も有るもんさ』

『・・・・・・・』

『俺はな、今アンタのいる商会では無く、アンタ自身と商売がしてぇ』

『!?』

『アンタはこんな所で終わる漢じゃねぇ、この商売はこれで最後にしろや。勿体ねぇじゃねぇか……』

『……分かった…この値段でいい…・…どの道うちの商会に先が無いのは分かっていたんだ…』

『商談成立だな、紹介状は後で宿に届けてやるから巧くやれよ? 商売は信頼が大事だからな』

『……あぁ…宜しく頼む………』


 商談は成立した。

 男はどこか哀愁の漂う様な不陰気でその場を離れて行く。

 後にこの男は国内で一・二を争う様な豪商となるのだが、これはその始まりの時でもあった。

 そんな彼が姿を消したのを見計らった様に、村の男達は歓声を上げた。


『『『『『アニキィ―――――――――――――――――――――ッ‼‼‼‼‼‼‼‼』』』』』

『スゲェ、スゲェよアニキィ!! 惚れ惚れする位に凄すぎる!!!』

『……よせよ、褒めても何も出ねぇぜ?』

『うふふ……今日も素敵よボイル、アンタはアタシをどれだけ熱くさせれば気が済むの? 罪な漢……』

『幾らでも熱くさせてやるさ、お前に何度も惚れられるのは男冥利に尽きるってもんさ』

『クールだ、限りなくクールだぜ兄貴っ!!』

『パネェゼ、アニキィ!!』


 背中で漢の生き様を語るボイル。

 そして衆人観衆の見ている前でイーネと濃厚なな口付けを交わす。

 そんな彼等を遠くでただ茫然と見ていた夫妻は割り込む事が出来ず、スゴスゴと退散するしか無かった。

 分かった事は、もう既に二人の知っている村では無いと云う事だった。

 現に今も……


『また逃げんのか? 懲りねぇ豚だぜぇ!!』

『今度のお薬はもっと凄いわよ? 楽しみねぇ、その前にたっぷりとお仕置きをして・あ・げ・る♡』

『フッ、フヒィ~~~~~~!? だ、誰か、た、助けてなんだなぁ!! フヒヒィ~~~~~~!!』

『今更悔い改めてもおせぇんだよ!! 何でも幼女の入浴を覗いてたそうじゃねぇかっ!!』

『何それっ!? サイテェ―――――――っ!! 楽には殺さないわよっ!!』

『殺したら拙いだろ、死なない程度に徹底的に壊さないと意味が無い』

『死んだら魔獣が後始末してくれるさ』

『魔獣が食あたりを起こしたらどうすんだ? 最悪死ぬかも……』

『魔獣の方が可愛そうね……』

『其れでも殺ら無ければ為らんのです☆(キラリ)!!』

『そんな訳で覚悟はいいかな? 楽しいお仕置きの時間だぜぇ』

『ど、どんな訳なんだなっ!! ぼ、ぼくはこんな所で死ぬ訳には行かないんだなっ!! フヒィ!!』

『『『『『『 知るか糞がっ!! 往生せいやぁ、子供の敵っ!! 』』』』』』


 変態ブッチを殺気だって得物を持ち、追いかけまわす冒険者達。

 太り過ぎで素早く動く事が出来ない彼は直ぐに捕まり、その場でフルボッコにされて行く。

 最早日常と化した変態への制裁は、二人の帰省者を唖然とさせた。

 彼らには情け容赦の言葉は無く、嬉々とした実に爽やかな笑みを浮かべて徹底的にボコっているのだ。

 以前の村であればブッチに丸め込まれ泣き寝入るのが日常であったのだが、今の彼等にはそんな憂鬱は既に無く、寧ろ笑いながらもリンチに勤しんでいる。

 まるでいい運動でもしているかの様に……狂っている。


「「・・・・・・・・・・」」


 二人は言葉が出なかった。

 その凄惨なる現場を目の当たりにし、変わり果てた故郷に困惑するしかない。

 そんな二人を気にも留めず、村の冒険者達はブッチの足に縄を括りつけ引き摺って行った。

 捨て台詞に『まだ生きてやがる……たく、しぶてぇ豚だぜ…』などと吐き付けるほどだ。

 久しぶりに帰って来た二人に彼等の変わり果てた姿は信じられないでいた。

 まぁ、無理も無いが………


 そしてルーチェは有る事に気付いた。


「ね、ねぇ、フィオがあんな風になってたらどうしよう……」

「・・・・・・・」

「あんな素敵に最悪なくらいにアグレッシブになっていたら……あたし…あたし…」

「……あの子を信じよう……決して悪魔に魂を売っていない事に…」


 親としては不安にもなるだろう。

 三年ほど村に帰って来なかったとはいえ、まさかここまでおかしな方向に突き進んでるとは普通は思わない。

 しかし現実は残酷なまでに苛烈に激しく変化を齎していた。

 仮に自分の娘が非常識なまでにアグレッシブになっていたら……泣くどころか首を吊りかねないだろう。

 そんな不安が過るほどにこの村は魔窟と化していたのである。


 不安に苛まれながらも二人は家路に着く間様々な物を見た。

 改築された家々は兎も角、冒険者達の装備も以前より強化され、仲間内で回復薬を調合している者が居るのを見た時は流石に驚きを隠せないでいた。

 錬金術を学ぶには王都の学術院で学ばなければならず、其処に入学するにしても莫大な資金が必要とされる。

 変態ブッチの様に親が錬金術師であるなら納得も行くが、この村は辺境の名前すら知られていない村だったのだ。

 そんな村で錬金術がどうやって広まったのかは謎だが、まさかその謎の裏で自分達の娘が関わっている等とは夢にも思わないだろう。

 更には、その錬金術で爆魔石を製作中に失敗し吹き飛び、それをゲラゲラと笑いながらも回復薬を手渡しているのには常識を疑わずにはいられない。


「……爆魔石は一つ1500ゴルダの筈だが……なぜみんな持っているのだ?」

「……爆発させて威力を比べていたわね……まさか作ったと云うの?」


 彼等は貪欲なまでに勤勉で、それ以上にアグレッシブなのだ。

 これは使えると判断すれば、迷う事無く取り入れるのに全力を尽くす。

 それ故に物覚えも早く、短期間で技術を自分達の物にしたのである。


「……あの子も危険な真似をしてるのかしら……」

「……有り得るな……それ程までにこの村は困窮していたからな……」


 嘗ての村の様子を知っているだけに発展するのは喜ばしい事だが、人として大事なモノを置き忘れた様な村の仲間達の姿は、今の二人には到底受け入れがたい物であった。

 そんな二人の前に懐かしい我が家の玄関が見えて来る。

 しかし、二人は家に入るのを何故か躊躇っていた。

 流石に今の村の現状を見れば躊躇したくもなるだろうが、それ以上に三年も帰らなかった二人には、目の前の扉が怖ろしく重い物に見えていたのである。




 セラ達は家の中で【マジェクサダケ】を干す準備をしていた。

 この茸は群生している時は悪臭の胞子を吐き出す危険な存在だが、採取して暫く天日に干すと最高の食材として使えるのである。

 また、錬金術の素材として使うにもどの道乾燥させなければならず、それを粉末状にしてマナ結晶の粉末と混ぜ煮詰めると、【グレート・ポーション】の素材の一つ【マナ抽出液】が作れるのである。

 これはマナ結晶の純度でその効果も変わり、純粋に【魔石】を使えば簡単に出来るのだが、魔石は色々な面での応用が可能であり、不用意に使えば最悪必要な道具が作れなくなることが在る。

 しかも意外に高価なのだ。


 その一つが爆魔石であり、セラ達はマナ結晶を代用し、濃度の低さをマナ結晶の量で補っていた。

 元々魔石もマナ結晶も同じ物であり、応用は幾らでも利く上にマナ結晶の方が手に入り易い。

 早い話、魔力濃度が低いのがマナ結晶で、濃度が濃いのが魔石なのである。

 更に硬度とか大きさにもよるが、別々に濃度が違う【マナ抽出液】を作り一つに混ぜれば濃度は均等化にする事が出来る。

 だが、この手法は学術院では教えておらず、ある意味ロカス村は先進技術を手に入れたと言ってもいいだろう。

 何はともあれ、この村の冒険者達は資金不足をこの様な手法で補っていた。


「さて、干せない茸はどうしようか……」

「大分余りましたねぇ……今夜の夕食にでもしましょうか、セラさん」

「美味いらしいからのぉ……どんな味なのか食してみたいのじゃ♡」

「少し勿体無い気がしますが、最高食材なんですよね?」


 どうやら今夜はマジェクサダケのスープがメインになりそうだと、セラは献立を思案しながら何をオカズに添えるか悩んでいた。

 

「唐揚げも良いかな、クラウパの肉がまだ在った筈だし……」

「タルタルは? タルタルソースはどうなのじゃ? 唐揚げには必需品と効いたぞ?」

「アレは好みの問題かなぁ…僕はじっくり味付けをした素の唐揚げの方が好きなんだけど、あと塩かな?」

「ぬぅ!? 悩ましいのぅ……全部やってみるのはどうじゃ?」

「トシはマヨネーズをたっぷりかけるのが好みだったかな…唐揚げが見えないくらい……」

「凄まじいばかりのマヨラーじゃな……ケチャプも捨てがたいが……」


 ヴェルさんと二人でから揚げの議論をする中、フィオとマイアは困惑した顔をしていた。


「どうしたの、フィオちゃん、マイアちゃん?」

「あ、あのぅ……唐揚げとは…どんな物なんですか姉さん?」

「へっ?」

「私も知りたいです。どんな物なんですか? 教えてください!!」


 セラは自分の感覚で今迄村で生活してきたが、そもそもここは異世界でありセラの常識は当てにならない無法地帯なのだ。

 ましてや食文化に措いては古代ローマの様なハーブをふんだんに使った物が多く、衣をつけて肉を揚げると云う様な調理方法は確立されていなかった。

 美味いか不味いかで言えば美味いと答えるだろうが、現代日本で生きたセラにとっては少し味気が無い物であろう。

 更に言えば使われているハーブによっては好みが別れ、最悪食べられない料理が多いかも知れない。

 そもそも、素材の味を生かすと云った概念が少し足りないのがこの世界の料理なのだった。

 今までセラの料理がフィオ達に好評だったのは、現代日本の家庭料理がセラの基盤であり、その技法で調理された物はこの世界に措いては斬新で美味なる物だったからだ。

 今まで気付かなかった事の方が不思議で仕方が無いくらいである。


「んじゃ、作ってみますか! お醤油はまだ在ったよね?」

「錬金術とは便利じゃのぉ…調味料まで作れるとはな……」

「使う素材を熟成させる必要があるアイテムも存在するからね、その過程で応用が効く事を誰も知らなかったのが不思議だよ。何で調味料が少ないのか気には為っていたんだけど……」


 そう、セラがこの世界に来た時はニンニクなどの香味野菜かハーブしか無かったのだ。

 その為急遽醤油や味噌、酒なんかも錬金術を使って作り出したのだが、何故その時に食文化が遅れている事の気付かなかったのか、実に不可思議な話である。

 て言うか、直ぐに気付けと言いたい所だ。

 何より、今まで唐揚げを作っていない事も大きな謎である。


「まぁ、いいか。それじゃ調理の準備をするから手伝ってね」

「「「お―――――――っ!!!」」」


 かくしてセラによる唐揚げ祭りの準備が始まった。

 後にこの村は食の最先端の町としても有名になるのだが、それは今はどうでも良い事だった。

 全てはこの小さな一軒家からのちの時代にまで伝わって行くとは露知らず、少女達は唐揚げを作るべく動き出したのである。

 ・

 ・

 ・

 リビング内では香ばしい香りが漂っていた。

 油から上げる唐揚げは実に美味しそうであり、ヴェルさんが何度もつまみ食いをしようとしてはセラに撃退され、今は天井の梁からロープを撒かれて蓑虫のようにぶら下がっている。

 火を扱っている傍でチョロチョロされるのは危険であり、何よりこの食い意地の張った乳龍を自由にさせて措くと、全ての唐揚げを食い尽くされかねない。

 教育の為にも我慢を憶えさせる必要があったのだ。

 無論、【名状し難きスコップの様な大剣】で殴り倒したのだが……


 そもそもこのヴェルさんは高温の油を被っても火傷を負う事は無い。

 腐っても聖魔竜と言われた龍王なのだ、見た目は幼女だがその頑丈さは半端では無い。

 それはスコップで殴られ埋められても平気な所を見れば良く分かるだろう。

 そんなのが万が一にでも高温の油をぶちまけでもしたら、被害を被るのはセラ達だけなのである。


「のぅ……早く下ろしてくれぬか? 我は空腹なのじゃ……」

「さっきから何度も言ってるけど、全部が揚がり終えるまでは駄目だよ? ご飯は皆で食べるのが美味しいんだから」

「そうですよぉ~ヴェルさん。一人だけ何もしないで食べるのは狡いです」

「うっ!?」

「あたしも我慢してるんだからヴェルさんも我慢してください。もう直ぐ終わります」

「うぅぅ・・・…みんなイケズなのじゃ…我とて料理ぐらい……」

「毒ガスを生成したテロリストに何が出来るのさっ!! 唐揚げが究極の破壊兵器になったらどうするの?」

「テロリストっ!? 酷いのじゃ……」


 以前ポーションを作ろうとして有毒ガスを撒き散らした前科があるヴェルさん。

 料理を手伝わせたらどんな兵器が生み出されるのかが分かった物では無い。

 これは妥当な処置と言えるのではないだろうか?


「ヴェルさん…テロリストは所詮難癖つけて、他人に迷惑を掛けるだけで何も生み出さないんだよ? そんなヴェルさんに何が出来るのさ? 自分の行いが正しいと信じ込み、結局は理想の社会を作る事が出来ない爪弾き者の集団なんだよ? そんな破壊しか能の無い無能で、馬鹿で、救い様の無い自己中は隔離されるか処刑されるかのどちらかしかないんだ。勿論ヴェルさんが善意で調理の手伝いをしようとしているのは理解している。しかし、その過程で化学兵器が生み出され、多くの人命が危機的状況に陥ったのを忘れたの? 正しいと云う行いは時として押し付けになり、そこから反発が生まれ後に大きな災いになるんだ。独りよがりの愚かな選択は、時に多くの者に傍迷惑な災難として振り掛かるのを知っておいた方が良いと思うんだ。他人の足を引っ張る戦う事しか出来ない、其れ処か他に何も出来ないくせに欲望に忠実で、其処に宗教を混ぜ込んで自分達を正当化している究極の厨二病患者はおとなしく見ていてほしいと僕は思う」

「我を貶しているのか、テロリストを非難しているのかが分からぬっ!?」


 肉体的な面は兎も角、セラ…もとい優樹は矢張りあの父親の子であった。

 変な所はしっかりと受け継いでいる。

 しかしヴェルさんは気付いているだろうか?

 セラは結局、『使えない馬鹿は邪魔をするな、うろちょろされて迷惑してんだよっ!!』と言っている事を……

 それ程の暴言では無いとは思うが、似た様な事を遠回しで言っている事には間違いは無い。

 何より、調理と調合は似ているのだ。

 ヴェルさんに任せたら最悪人死にが出てもおかしくは無いのだから。


「うぅぅ……所詮我はドラゴンさ~何にも出来ないドラゴンさ~~♪ セラさん我を斬り殺し~~心臓を美味そうに食べたのさぁ~~~~♪」

「人聞きの悪い事言わないでくれるっ!? 僕はそんな猟奇的な趣味は無いよっ!!」

「倒したではないかっ!! その素材で装備を作ったではないかっ!!」

「否定はしない。思わず何と無く殺ってみた、後悔はしていない☆(キラリ)」

「鬼じゃ……」

「褒め言葉だね♡ 照れるじゃないか……」

「何処までアイテムに拘るのじゃ……お腹すいたのぉ~~~」


 ―――――クキュルルル……

 ―――――リーン、コーン……


 ヴェルさんの腹の虫と玄関に備え付けられたベルが鳴ったのは保々同時だった。

 何とも情けないデュオである。


「フィオちゃん、お客さんみたいだから出てくれる? 僕は油を使っているし、マイアちゃんも配膳で手が離せないみたいだから」

「ハーイ……誰でしょう、レイルさんかな?」


 パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関へと向かうフィオ。

 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開く。


「どちら様ですかぁ~…ヒャァ!?」

「フィオっ!! ただいまぁ~いま帰ったわよぉ!! 寂しい思いをさせてごめんねぇ~~~~!!」


 玄関を開けて行き成り抱き付かれたフィオ。

 だがその声には聞き覚えが在り、それが誰の声なのかも直ぐに分かった。


「お、お母さん!? それにお父さんもっ!? お、お帰りなさいっ!!」

「……ただいま帰った……驚かせたようだな……」

「ゴメンねフィオ、フィオの姿を見たら思わず抑えがきかなくて……///////」

「うん、ちょっと防具がぶつかっていたかったけど……大丈夫、万が一の為にポーションが在るから」

「「用意周到っ!?」」


 暫く会わなかった娘は逞しく成長していた。

 自分達の予想を遥かに超え、中々にしたたかであった。


「それよりもお父さんもお母さんも疲れてるでしょ? 今御飯が出来るから早く入ってっ!!」

「……フィオが作っているのか? ……楽しみだ……」

「うぅん、セラさんが作ってるんだよ?」

「……セラさん……?」

「ちょ、フィオ!? 今あなた、誰かと共同生活をしているの?」

「うん、私のお師匠様と同じお弟子さん、其れと聖魔竜のヴェルさんと」

「「……聖魔竜?………龍王っ!?」」


 暫く帰らなかった我が家は中々にカオス化していた。

 聖魔竜は五大龍王の中では最強の存在であり、災害指定魔獣を遥かに超える化け物であった。

 人が付けた名称はヴェルグガゼル。

 その天災規模の破壊の力は如何なる者も太刀打ちできず、その存在も半ば伝説と化した最強の魔獣であった。


「龍王は兎も角として……フィオ、あなた今何をして暮らしているの!?」

「冒険者だよ? この間クラウパとアーブガフを狩りました。凄いでしょ?」

「ぼ、冒険者……あたしが教えようと思っていたのに…・…いつの間に……」

「セラさんは凄いんですよ、アムナグアを一人で倒したんだから!!」

「「アムナグアっ!? しかも一人でっ!?」」


 災害指定魔獣アムナグア。

 強固な外殻と圧倒的な破壊力を秘めた龍王を除けば最強クラスの魔獣である。

 それを一人で倒すなどとは正気の沙汰とは思えない。

 ルーチェにも不可能な事なのだ。


「それよりも早く家に入って、直ぐにお風呂も沸かすから♡」

「えっ!? えぇ……」

「…そうだな……ここで立ち話しても仕方が無い……」


 二人は困惑しながらも懐かしの我が家へと足を踏み入れる。

 玄関からリビングに戻る最中、食欲をそそる様な香ばしい香りが漂って来た。

 色々と思うところはあるが、やっと帰って来た我が家と最愛の愛娘を前に、二人は漸く故郷に戻って来た事を実感したのだった。

 そしてリビングに行くと……


「にょほっ♡ にょほほほほ…これはこれで楽しいのぉ~♡」


 ロープで蓑虫状態にされ梁から吊り下げられたヴェルさんが、ゆらゆらと自分を揺らして遊んでいた。


「「……何であの娘……吊り下げられているの(だ)?」」

「にょほっ?」


 久しぶりに帰って来た我が家は、常識外の幼女魔獣が吊り下げられて遊ぶようなデンジャーワールドになっていた。


 二人は悟った、何時までも昔の儘ではいられない事を……

 この村の非常識な状況は、我が家にまで影響を及ぼしていた事を……

 しかし二人は知らない……

 この村の非常識の発信源が、この家が中心なのだと云う事を……

 

 世界は常に、良くも悪くも何処かを中心に変わって行くのである。 

 


 予定とはあくまで予定であり、自分の考えとは常に合わない事が多い。

 職人の世界がそうです。

 それは兎も角、更新が早まりました。

 今回は少し文字数がパネェス……なんでこうなった?

 もう少し少ない文字数だった筈なのに…しかし予定はあくまで予定。

 儘為らないものです。


 さて、今回は漸くフィオの両親を出しましたが……やはりどこか非常識にする予定です。

 色々捻りましたが、この二人まだ二十代です……早婚です…

 ファンタジーでは良く有る設定ですね。

 因みにフィオは十三歳……アレ? 何か若過ぎね?

 マイアは十四歳……一応設定はですが変わるかもしれません。

 てことは……両親の年齢は二十九歳!?

 年齢設定…時間設定と同じくらいに悩ましい…アレは二度とやらん…

 書いていて苦しいのですよ…マジで…

 ご都合主義……良い言葉だと思います。


 ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

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