歴史は繰り返す様です ~動物園で似た様な事されませんでしたか?~
皆さん、あけおめです。
年が明けて早々、何か汚い話になってしまいました。
年越し前に投稿しようとしていたのですが、師走は何かと忙しかったモノでして…
今年はどんな話を書いて行くのでしょうか…悩ましい一年が始まりました。
出来る限り、面白おかしく行きたいと思っています。
シリアスは苦手と最近気づきましたので…それじゃいかんだろっ!!
「僕…元の世界に戻ったら、普通の男の子に戻るんだ……」
「何故にそこで死亡フラグを立てるのじゃ? それと男の娘の間違いではないのか?」
「なんて事言うのさ、ヴェルさん!! 僕は普通だよ!?」
「お主の何処を叩けば普通等と云う言葉が出るのじゃ? 十分に変人の仲間じゃろうに……」
「酷い……変態に変人呼ばわりされた……僕はもう駄目だ………」
「誰が変態じゃぁ!!」
「ヴェルさん以外に誰がいるのさっ!!」
「断言されたっ!?」
岩陰に潜み、セラとヴェルさんはどうでもいい内容の口論を始めていた。
彼らのひそむ岩陰の周りには、口から泡を吐き壮絶な形相で倒れる冒険者達の姿が在った。
それなのにこの二人は倒れた者達を介抱しようとはせず、ただ岩陰に潜み事が過ぎるのを待つだけであった。
「アレの相手なら楽勝じゃろう? さっさと仕留めて来ぬか!!」
「駄目だよ、解体場の人達に死ねと言うの? これ以上獲物を運び込んだら本気で死人が出るよ?」
「人手不足は痛いのぉ~我等は物凄いピンチなのではないか?」
「アレの気が済むまで此処で潜んでいるしかないね……今回ばかりは倒す事が出来ないから…」
「難儀じゃのぉ~…じゃが…我もアレの相手だけはしたくないぞ?」
「誰も相手にしたくは無いんじゃないかなぁ~アレだし……」
セラ達のひそむ岩陰の先には、黒い体毛と鋼殻に覆われた人型の魔獣の群れが在った。
一見するとゴリラに似ているようで、これでもれっきとした魔獣であり、雑食性で村にまで来られたら問題になる害獣でもある。
数的にはそれ程でも無いのだが、今回ばかりは狩る訳にもいかず、ましてや相手にするなどは論外であった。
「アレは正直相手にするのは気が引けるのぉぅ~ 何で、こんなに出て来るか……」
「ヴェルさんが余計なちょっかいを掛けたからだよ……【ボンガ・コンガ】に……」
「仲間を呼ぶとは思わなかったのじゃ…すまぬ……」
セラ達のいる場所は泉である。
そこは掘り下げられた様な地形で、周りには八メートルくらいの崖が存在し、唯一其処から出るための坂道に【ボンガ・コンガ】は群れで陣取っている。
狭い場所にある泉なのでセラ達を含む冒険者達は逃げる事が出来ず、【ボンガ・コンガ】の攻撃で足止めをくらっていた。
「何でこんな事に為っちゃうのかなぁ~~……ハァ~…」
セラは油鬱そうに溜息を吐くしか出来なかった。
時間は少し戻り、事の起こりは数時間前。
村在住を含むセラ達冒険者は、全員解体場脇の詰所に集っていた。
全員が何事かと緊張した面持ちで集ってはいたが、セラとボイルは事情を知っている。
「あぁ~ 何だぁ~ お前等には、しばらくの間狩りをしないでほしい。理由は簡単、人手不足で解体が追い付かねぇ……このままじゃ作業員が全員過労で倒れる事に為る」
「なんだそりゃ、作業員が足りなけりゃ増やせばいいじゃねぇか」
「どうやって、何処から増やすんだ?」
「それは……村の暇な奴を廻して……」
「畑も手付かずなのに、んな真似が出来るか! 他の作業場からも無理なんだよ!」
「マジかよ……」
今まで不運続きだった彼等は、その鬱憤と遅れを取り戻すべく狩りに勤しんでいた。
その成果もあって、彼らの装備は次第に良い物へと変わっている。
しかし、そのやる気が盛大に獲物を持ち込む事に為り、人手不足の解体場が追い付かなくなってしまった。
獲物は増えるが作業員は倒れる悪循環が発生し、ロカス村に再び危機的状況が訪れてしまった。
「まぁ、人手を増やす手立てはあるが……時間が掛かる訳で…お前等にはしばらく狩りをしないでもらいてぇんだよ」
「増やすって……どうすんだよ…」
「奴隷を買う事に為った。手筈も整えてはいるが、いつ来るかは分からん」
「奴隷って……そこまでするかぁ~?」
「やらねぇと人手不足が解消しねぇんだよ! 買った奴隷達は、暫くは作業に慣れて貰うのに時間はかかるが…何とかなんだろ」
「酷くあくどい手段じゃねぇのか?」
「セラの提案を採用しただけだ」
「先生のかよっ!! 人としてどうなんだ、それぇ!?」
「ボイルさん、ヒドッ!? 何でバラすんですかぁ~~」
「俺が悪党呼ばわりされるのは嫌なんでな…元々お前の案なんだからセキニンモテ…」
「最後、何で片言っ!?」
渋々ではあるが冒険者達は一応の納得をしたようである。
彼等も村の住人であり、自分達の行動が別の場所での仕事御圧迫するとは思ってもみなかったようで、人員が増えるまでは狩りを自重する事を承知したのだった。
「でも、狩りは出来なくても錬金術なら稼げますよね? ここは一つ大量の回復薬でも売りましょうか?」
「成程な、其れなら文句はねぇ。幸いダンジョンでも回復薬の素材は手に入る…森で集めた薬草では品質に差が出るからな」
「其処を敢て森で素材を集めます」
「何でだよっ!?」
「品質にバラつきのある素材で均等な品質のモノを作る。腕を上げる好機ではないですか」
「「「「「「おぉ~~~~おっ!!」」」」」」
「均等にしたければ、皆さんが中出した成分を一度集めてから再加工すれば、平均的にはなりますよ?」
「それを売る事が出来れば……」
「一気に収入を確保できる」
「売値は半額になるが……大量生産をすれば、もうけも山分け……」
「「「「「「やろうっ!!」」」」」」
回復薬は冒険者だけが使う訳では無い。
主に医療分野での需要が高く、頻繁に使われる事から大量に必要とされている。
仮に万能薬でも作れば、その売値は可成りのモノと為る。
そして彼等は作れるのだ。その技術を生かさない手は無い。
「【万能薬】は作った事はありますか? レシピはあげた筈ですが……」
「みんな作れるぞ? ポーションも一通りは作れる」
「頼もしいですね。では、素材集めと行きますか!」
「「「「「「 オォオォ―――――――――――――――ォッ!! 」」」」」」
「魔獣との交戦は出来るだけ避けろよ? これ以上獲物を持ち込んだら作業員たちはマジで死ぬ」
「「「「「「 マジでっ!? キツイゼそりゃぁ!! 」」」」」」
「【悪臭玉】で近づけない様にするしかないですね」
「【閃光玉】も持って行くしかないのぅ」
こうして彼等は再び採取に向かうのであった。
セラを中心とする薬草採取隊は、魔獣との交戦を避けつつ森の奥深くへと向かったのである。
だが、世の中には彼らの行く末を暗示する言葉がある。
そう、〝歴史は繰り返す〟と言う言葉が……
「……この採取が終わったら…皆で祝杯をあげよう…」
「何で此処でフラグを立てるかな…縁起でもねぇからやめろよ、トーニー…」
「大丈夫なんじゃない? 今回は狩りをしないで逃げる事優先だから」
「お? 【ブレスマッシュ】だ…あぶねぇ、あぶねぇ……」
以前の採取では散々な目に会った彼等はその教訓を生かし、慎重に行動しつつも薬草や薬効成分のあるキノコや苔、花や粘菌などを採取して行く。
彼らの技術は僅か一月の間に飛躍的に向上し、最早本家でもあるエルグラード皇国学術院の研究者達を凌ぐ勢いである。
無論これは必要に迫られ真剣に取り組んできた彼らの努力の賜物であり、逆に言えばそれでだけ村の現状が悪かったという事が分かるだろう。
彼等は多くの仲間と共に試行錯誤を繰り返し、技術を自分の血肉にするべく血の滲むような努力を続けた努力家達なのだ。
しかも狩りが出来るとなればフィールドワークも他人に依存する事無く採取が可能であり、今ではある意味で学術院の錬金術師を越えていた。
彼らのハングリー精神は止まる事を知らない。
「気を付けろよ? お前、以前に油断して吹き飛ばされただろ?」
「うるせぇな、ジャック!! 分かってるっ!! 以前の俺じゃねぇ、足元はしっかり確認してらぁ!!」
「それなら良いのよ。あんたの所為で、以前は散々だったんだから……」
彼は以前に【ブレスマッシュ】で吹き飛ばされ、周囲を【マジェクサダケ】の胞子による悪臭地獄に変えた前歴があった。
それ以降、事ある度にその時の事を言われ続け、この話に関しては過剰に反応するようになっていた。
「【ブレスマッシュ】があるって事は……【マジェクサダケ】も傍に群生している筈よね……」
「【オールガード・マスク】を装備しろ!! あの悪臭はヤバイっ!!」
彼等は以前よりも逞しく成長していた。
前回の失敗から学んだ彼等は用意周到になり、前回は持っていなかった【オールガード・マスク】を各自用意、更には仲間や周囲を気がける広い視野を学んでいたのである。
「案の定だな…大量に群生してやがった……」
「コレ…確か高級食材だったわよね……」
「グレート・ポーションの材料でもある……笑いが止まらねぇな」
「半分をポーションの材料にするか?」
「いや、3分の1くらいを食材として売った方が良いだろう。また売値が下落したら拙いし……」
「保存して置いて、小出しに売り捌いたら? その方が利口よ?」
「「「「「 それだっ‼‼‼‼‼ 」」」」」
意見が決まれば行動は早い。
彼等は嬉々として【マジェクサダケ】を採取して行く。
紫の悪臭胞子が立ち込める中、下卑た笑をあげながらも周囲の【マジェクサダケ】を取り尽くす勢いで瞬く間に採取して行くのだ。
用意した革の袋には、大量の茸が収められていった。
この時、彼等は調子に乗っていた。
山の神の怒りか、はたまた運命の悪戯か、再び悪夢が始まろうとしていた。
「ん?」
「ゴフッ?」
採取を夢中に続けていた彼は、目の前に肥爪の付いた獣の足が目に入った。
恐る恐る首を上げると、目の前には猪に巨大な牙を持った獣、【ドモス】と目が合ってしまう。
どうやら【ドモス】も食事中だった様で、縄張りに侵入した冒険者を敵と認識したようだ。
その証拠に後ろ足で地面を蹴りながら、今にも走り出しそうな様子である。
紫の胞子で前方が見えない状況になっていた為、冒険者達は【ドモス】の存在に気付かなかったのだ。 嫌な予感が彼の背中を伝う。
「マズっ!?」
「ブムォオォオォォォッ‼‼‼‼」
【ドモス】は0地点から一気にMAXスピードに乗る驚異の脚力を持っている。
身体強化魔法の変異型なのだが、この状況でその特性は危険極まりない物だ。
瞬時に最高速度に達した体当たりは、冒険者の青年を軽々と空中に弾き飛ばした。
その弾き飛ばされた先には【ブレスマッシュ】が生えており、この【ブレスマッシュ】は衝撃を受けると周囲を胞子と共の吹き飛ばす特性がある。
彼は再び宙を舞い、更にその落下地点には別の【ブレスマッシュ】が……悪夢の空中遊泳が再び始まった。
更に悲惨な事に、【ドモス】は他の冒険者にも体当たりを仕掛け、彼等は面白いように空中を飛び跳ね続けていた。
「楽しそうじゃなぁ~」
「そう思うんだったらヴェルさんも参加すれば? 僕は嫌だけど……」
「お主…最近我の扱いが酷くは無いか?」
「気のせいだよ」
「昨日、目を覚ました時、何故か土の中じゃったのだが、セラは何か知らぬか?」
「………知らない」
「今の間は何じゃ!? まさか、我を埋めたのはセラか!? お主が犯人だったのじゃな!?」
「証拠も無いのに人を疑うのは良くないなぁ、ヴェルさん」
「証拠とか言う事態お主がやったと言っている様なものじゃ!! 酷いのじゃあぁっ~‼‼」
「化学兵器を撒き散らしたマッドに言われたくないよ? それと、僕は無実を主張する」
「何でそんなにしれっと嘘を言えるのじゃ!! 我の目を見て応えよっ!!」
「嫌だよ、笑っちゃいそうだし……ぷっ!…」
「我の顔はそんなにおかしいのかっ!? 其処まで酷くは無いのじゃぁ‼‼」
「貴方ぁ~を追って、出〇崎ぃ~ 悲しみの日本海ぃ~ 船〇〇郎ぉ~岩壁の上ぇ~熱いセリフで犯人問い詰めるぅ~~~♪」
「何でそんな歌…ハッ!?…やはりお主が犯人かぁ―――――――っ‼‼‼‼」
次第にドス黒く染まって行くセラ……
その原因が、問答無用に百合の道に引きずり込む周囲にある事をヴェルさんは気付かない。
しかも、自分自身もその原因に一役買っている事など猶更気付き様も無かった。
それ程までに残念な思考をしているヴェルさんなのである。
何よりも【パフパフ】が致命的だった………
「どうしようかなぁ~この有さm『聞くのじゃぁ~~!!』…ん?」
飛び掛るヴェルさんをリーチの差で押さえつけながら周囲を見ていると、【ドモス】がセラめがけて突進して来た。
セラはヴェルさんを放り投げて【ドモス】の注意を引きつけようとしてみたが、ヴェルさんは弾き飛ばされただけで、楽しい空中遊泳の仲間入りを果たしてしまう。
『酷いのじゃ―――――――――っ‼‼‼‼』
「チッ、役にも立たなかったか……」
悪辣なセリフを吐き捨て、セラは無造作に【聖魔砲剣ヴェルグガゼル・レジェンド】を天高く掲げると、突進して来た【ドモス】の眉間に思いっ切り振り下ろした。
その上で突進に巻き込まれない様に左に飛び、体当たりを難なく躱す。
【ドモス】は頭部に致命的な一撃を受け昏倒し、地面を削りながら転がって行った。
其処で終わりでは無く、セラは【無限バッグ】からロープを取り出すと【ドモス】の足に括り付け、木の枝にロープで吊り下げ、剥ぎ取り用のナイフで【ドモス】の首を斬り裂き血抜きを始める。
血を抜いた後は腹を裂き内臓を取り出し、次に皮を剥いでと流れるような手際のよさであった。
「……何やってんだ?………先生…」
「解体だけど? このまま持って行くわけにはいかないでしょ?」
「何で、そんな技術を持ってるのよ…」
「死んだお爺ちゃんに教えて貰ったから…狩りが趣味の人だったよ……」
「他の魔獣も解体できんじゃねぇか?」
「あんな大きな奴は無理だよ……小型の獣なら何とかできる感じかなぁ~」
「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」
「フィオちゃん達は来なくて正解だったね、見た目はグロイから……」
暢気にそんな事言うセラを、難を逃れた冒険者達は無言で見ているだけだった。
改めて彼等はセラの底知れなさを痛感したのである。
(因みにだが、フィオ・マイア・セリスの三人は、昨日の悪臭が原因で今も寝込んでいる。
人よりも多く悪臭の吸い込んでいた為、回復に時間が掛かるのであった。)
その後ろでは、未だに冒険者達が空中と地面を行ったり来たりしていた。
彼等を助けるには自然に任せるしかない。
下手に助けようとすれば、巻き添えを受けるのは必須なのだから……
・
・
・
「……酷い目に会ったのじゃ……」
「あ?…生きてた……」
「あの程度で死んでたまるかなのじゃ!! それより、何であんな酷い事をするのじゃ!!」
「……聞きたいの?………良いよ、教えてあげるけど…死ぬ覚悟は決めてね♡」
「…やめておくのじゃ…我はまだ命が惜しいのじゃ……」
セラの感情の消え去った微笑みを向けられ、流石のヴェルさんも震え上がる。
其処に底の知れない恐怖が存在した為に、ヴェルさんは引き下がるしかなかったのである。
命の危機に関して敏感でなければ、この世界では生きてはいけないのだ。
「血を洗い流さないとなぁ~結構な大物だから肉にしばらく困らないねぇ~」
「ひぃっ!? 怖いのじゃぁ!!」
血塗れでいい笑顔を浮かべるセラは確かに怖い。
「酷いなぁ…魔獣を生きたまま食べるヴェルさんに言われたくないよ?」
「今はしてないのじゃ!! お主のその姿はホラーそのものじゃ!!」
「何処かで洗わないといけないなぁ……この先の窪地に泉があったから其処で洗うか……」
空中と地面の狭間を飛び撥ねていた冒険者達も満身創痍であるため、急遽疲れを取るために安全な場所に移動する事を決めたセラ。
狩場の拡張のため土地の様子を調べ尽くしていた為に、この辺りの地形は全て把握している。
今だこの辺りには大型の魔獣が徘徊している故に、出来るだけ早く移動を開始しなければ為らない。
そうしなければならない明確な理由が確かにあるのだ。
「疲れてるだろうけど移動するよ? 魔獣が寄ってくる可能性が有るから」
「魔獣が? 何で?」
「【ドモス】を解体した時の血の臭いに釣られて、大物が来るかもしれ『ズズゥゥン…バキバキ…』……へ?」
突如響く、木々が倒される音。
生い茂る木々を薙ぎ倒し、その魔獣が現れるのは必然だったのだろう。
何しろ、この魔獣は【ドモス】を主食としているのだから。
セラは間抜けな声を上げ後ろを振り返ると、そこにはコモドドラゴンが亀の甲羅を背負ったような魔獣が木々を薙ぎ倒しなが這い歩いて来るのが目に留まる。
「…ぐ…【グラーケロン】……」
魔獣との戦闘は避けなばならない上に、疲れて動く事が儘為らない仲間を抱えている。
其れでも言わなければならなかった。
今の状況は最悪なまでにヤバい事態であるからだ。
「そ…総員、退避ぃ――――――――――っ‼‼‼‼」
「噂をすれば、何とやらかよっ!! 全員急いで逃げろっ!!」
「「「「「「 うわぁあぁ――――――――――――――――――‼‼‼‼‼‼‼‼‼ 」」」」」」
急いで荷物を担ぎ全員が一斉に駆け出した。
交戦できない以上、彼らに取れる選択肢は逃げる事以外に無い。
なりふり構わずに全力疾走する彼等を、【グラーケロン】は追いかけはじめる。
逃げる獲物を追いかける習性がある【グラーケロン】は、主食にしている【ドモス】の臭いを嗅ぎ分け追跡を開始したのだった。
詰る所、標的はセラである。
そんな事を知らない冒険者達は、セラの後を追う様に必死で逃げていたのだが、その中の一人が転倒し巻き添えで数名が共に倒れてしまった。
「何やってんだよっ!! 早くどけっ!!」
「お前が倒れたから俺が巻き添えになったんだろっ!!」
「俺も巻き添えだよっ!!」
「……頼む・・…俺の上からどいてくれ……奴が…来る…」
「「「「 そうだったっ!! 」」」」
醜い争いが続く中、後続のグラーケロンは凄い勢いで追い着いてきまる。
急いで起き上がると再び走り出すが、追跡しているグラーケロンは目と鼻の先に次第に近づいて来ていた。幸い木々が邪魔をしてくれているので追い付かれずに済んでいるのだが、其れも時間の問題に思われる。
―――――GYUOOOOOOOOU‼‼‼‼
グラーケロンが咆哮を上げる。
上位の冒険者が狩る様な大型の魔獣が相手ではでは、幾ら装備が良くなったとは云え彼等が相手にするにはまだ早すぎた。逃げるにしても、此の侭では追い付かれてしまう。
「拙いぞっ!! 追いつかれそうだっ‼‼」
「んな事言ってもだなぁ~何処に逃げりゃ良いんだ?」
『こっちですっ!! 早く、急いでっ!!』
声に気付き振り返ると、セラが手を振りながら冒険者達を先導していた。
考える暇も余裕も無い彼等は、言われるままに指示された方向に足早で駆けだす。
急な坂道を全力で降ると、其処は透き通る水を湛えた泉であった。
降りてきた周囲を見渡せば、八メートルぐらいの崖が周囲を覆う様なそんな地形である。
だが、彼等は其処である事に気がつく。
「「「「「 逃げ場がないっ‼‼‼‼‼‼ 」」」」」
そう、周囲を崖で覆われているように見えるのは、この泉がある場所だけが窪地な訳であり、当然ながら逃げるような場所は他に見当たらないのである。
これでは絶体絶命であった。
「どうすんだよっ!! これ以上逃げられねぇじゃねぇかっ!!」
「大丈夫ですよ、グラーケロンはここに降りて来る事は出来ませんから」
焦る彼等の疑問をアッサリと横に流すセラ。
彼等はセラが何を考えているかが分からない。
「何でそんな事が言えんだよ!!」
「グラーケロンは致命的な欠点があるんですよ、見て分かりませんか?」
「「「「「 欠点??…… 」」」」」
「足が短いんです」
「「「「「 はぁあっ!? 」」」」」
グラーケロンは其の体の構造上、自分よりも背の高い場所を上る事が出来ない。
周囲が崖で囲まれている子の窪地はグラーケロンにとっては墓場に等しく、ここに落ちたら這い出る事すら敵わない正に死地であった。
そのためセラは、この場所に逃げ込む事でグラーケロンをやり過ごす事にしたのである。
どの道、手に着いたドモスの血を洗い流す気であったので、これ幸いと逃げ込んだのだ。
グラーケロンは崖の上で暫くの間うろつき、悔しそうに一啼きした後、諦めて去って行った。
「……行ったようですね…」
「腹が減ったのじゃ、食事を所望するのじゃぁ~~……」
「そうですね、ではここで昼食にしましょう」
命からがら逃げ延びた彼等は、ここでようやく人心地着いたのであった。
セラは血を洗い流しに行き、他の冒険者達もそれぞれが持ち寄った道具を駆使して食事を作って行く。
周囲に良い香りが立ち込め始めた頃、手を洗ってきたセラがチチスキー幼女がいない事に気付き、逸早く昼食を摂っていた冒険者の一人に聞いてみた。
「あれ? ヴェルさんは何処行ったんですか?」
「あの幼女? さっきまでその辺に居たけど?」
「見当たらないんですよ、食い意地が張っているから、こんな時は真っ先に来るはずなんですけど」
「そんな遠くまではいかないと思うが?」
「分かりませんよ? だってヴェルさんだし……」
「先生のあの子に対しての認識がどうなっているのか、知りたい所だな……」
ドモスに投げつけたり、生き埋めにしたりとセラがヴェルさんに対しての扱いは酷過ぎる。
二人の関係がどんな物なのかが知りたくも在り、されど怖くて聞けない禁忌の様にも思えて仕方が無い彼等だった。
『離さぬかっ!! 其れは我のモノじゃ!!』
『ギャピィイッ!!』
真上から聞こえるヴェルさんの声に、セラは傍に生えている気の上を見上げると、ヴェルさんが何かと争っていた。
「離さぬかっ!!このエテ公がっ!!」
「ギョガッ!!」
木々を激しく揺らしながら黒い何かが落ちて来たので避けてみると、其れは人型の猿に似た魔獣であり、其れもまだ子供の様である。
その魔獣の子供は物凄い勢いで逃げだし、セラ達は呆然とそれを見送った。
「まったく、猿風情が我の物を横取りするなど百年早いのじゃ」
「ヴェルさん?……アレ…【ボンガ・コンガ】の子供じゃ……」
ヴェルさんの手を見ると、何やら突起物が生えた赤い木の実を持っていた。
どうやらこの木の実を巡って【ボンガ・コンガ】の子供と争っていたようである。
「ヴェルさん…大人気ない……」
「何を言うのじゃ? 自然界では弱肉強食、例え子供でも弱ければ食べ物に有り付けないのじゃ!」
「言ってる事は正しいけど…ヴェルさん、その木の実て【モロゴの実】だよね? 薬や素材には使えるけど基本的に食用じゃないよ?」
「な、なんじゃとぉ――――――!? しかしあ奴は……」
「それを食べられる種族がいるのと、自分が食べられるのは別問題だよ? 人間が食べたらあまりの渋さに気を失うほどの不味さなんだけど…」
「なら、我なら食べられるかも知れんな、人では無いし」
「お薦めはしないよ? 自己責任で宜しく」
結果から言えば、ヴェルさんはあまりの渋さに悶絶し、気を失った。
食い意地の張った哀れな聖魔竜を他所にセラは食事の準備を済ませ、一人美味しく昼食を摂ったのである。
因みにヴェルさんは暫くの間、何を食べても味が分からなくなるほど舌が麻痺したと云う。
不用意に物を口に入れては為らないと云う、良い手本と為ったのだった……
・
・
・
「ひろいろらぁ~~らんれはれがほんはへひぃ~~」
「食い意地が張っているからでしょ、何でも口に入れたらだめだよ? あの実は信じられないくらい渋いそうだから」
「ひっへひるはら、はひゃへりひっへほひはっはろらぁ~」
「忠告はしたけど? それを聞かなかったヴェルさんが悪い」
「何で会話が分かるんだよ…」
暫くの間、舌が麻痺して真面に喋る事が出来ないヴェルさん。
自業自得とはいえ、肝心な説明をしておかないセラもセラである。
他の冒険者達も呆れ顔である。
そんなやり取りを横目に見ていた他の冒険者の一人が、唯一の通り道である坂の中央付近に、先程の【ボンガ・コンガ】が現れた。
だが、其れだけでは無く、親と思しきボンガ・コンガとその他多数の群れが次々と森の奥姿を現した。
ボンガ・コンガはドラミングをしながら此方を威嚇してきており、明らかに敵意をむき出しにしていた。
「……おい…なんか…ヤバくね?」
「…あぁ…非常に嫌な予感がするのだが……」
彼らの予感は、残念な事に当たってしまう。
ビシャッ!!
突如何かが飛来してきて、冒険者の一人に当たる。
其れは物凄く臭い異臭を放つ物であり、誰もが理解していながらも言葉にしたくも無い物であった。
「ゲッ!?」
「にげろぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「いやぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「奴等、糞を投げて来やがったっ!!」
そう、ボンガ・コンガは有害な悪臭を放つ糞を投げる、極めて厄介な魔獣であった。
その臭いは死にたくなるほど臭く、一か月近く洗濯や風呂に入っても決して落ちる事は無い。
また、倒しても肉は物凄く筋張っていて固くとても食べられたモノでは無い。
煮込んでもアクが止めどなくあふれ出て、その上臭い。
魔獣には珍しい、文字通り煮ても焼いても喰えない奴だった。
そんなボンガ・コンガが逃げ場を塞ぎ、汚物で攻撃をして来たのである。
冒険者達は逃げまどい、しかし身を顰める場所が限られているだけに、犠牲者は次々と汚物の悪臭に倒れて行く。
あまりの臭さに食べた者を吐き出す者や、泉に飛び込む者、其処はある意味地獄と化したのだ。
そんな中難を逃れた者達は、運よく岩陰に隠れる事が出来た者達だけであった。
そして冒頭へと戻る。
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「何で糞を投げるのじゃ? オマケに奴等は凄く不味いし…」
「自然界で生きる事は物凄く厳しいんだよ? だからこそ身を守るために色々な能力を獲得するわけ…」
「それが…なんじゃと云うのじゃ?」
「毒を持つ者は凄く一般的かな? 後は擬態したり、他の獣と共生したりと色々在る」
「じゃから?」
「ボンガ・コンガは身を守るために臭腺が発達して、悪臭で外敵を退けているんだよ。
其れでも食べられ無いと云う保証は無いから臭腺で毒を作り、心臓以外のお肉は全て不味くなるような能力を獲得したんだよ。
其れでも弱い種族だから群れで行動するようになったんだけど…ヴェルさんがちょっかい掛けたから報復に来たんだと思うよ? それで……どう責任を取るつもり?」
「し、知らなかったのじゃ……」
幼女に姿を変えているとはいえ、元は最強の魔獣であるベルさん。
弱い相手には容赦なく襲い掛かり捕食する生活を送っていたが故に、ボンガ・コンガに対しても強気の行動であしらったのだ。
これはもう習性と言って良いだろう。
本能で生きているからこそ弱い相手には強気の態度がとれるのだが、自分の今の姿が人間サイズである事を忘れがちになるのである。
その結果、興味本位で行動し、周りに多大な迷惑を掛ける事に為ると云う事態を招いてしまうのだ。
「……動物園のゴリラに同じ事をされた経験があるよ? 懐かしくも嫌な思い出だなぁ~」
「如何すれば良いのじゃ…これでは逃げられん……」
「厭きるまで此処で待つしかないんじゃない? もっとも…帰るに帰れないけどね…」
「何故じゃ?」
「悪臭を纏わせながら村に帰れる? みんな気絶するよ?」
「あっ・・…」
無事に帰れたとしても、悪臭塗れでは村に入る事は出来ない。
事態は思っていた以上に深刻である。
「あいつ等が去って行ったら、香水でも作るかなぁ~他の魔獣が寄って来る可能性もあるけど…」
「この臭いを何とかできるのか?」
「ばったもんの香水【チャネルの香水 1300番】なんてのが作れるけど……これも臭いがきついんだよ。悪臭では無いけど……」
「臭く無ければ良いのじゃ……そう言えば、その香水は持っておらぬのか?」
「有るけど、全員分は無いかなぁ~小さい瓶だし、量もそれ程ないから…」
「やむを得ぬか…その香水を作るしかあるまい……」
「その前に、【ボンガ・コンガ】が居なくなってくれないとねぇ~……」
結局、ボンガ・コンガは二時間以上も居座り続け、その間休まる事無く糞攻撃に曝され続けたのである。
彼等が去った後は、異臭と汚物にに塗れた不憫な冒険者が取り残された。
難を逃れた者達はセラと共に香水を作り、哀れな犠牲者達は泉で体を洗う事に為る。
念入りに体を洗ったにも拘らず、その悪臭は暫く消える事は無かった……
その日、彼等はフローラルな香りを漂わせながら帰還したのだが、村の人達がいくら聞いても答える者は誰一人居なかったと云う。
今日の出来事は冒険者全員のトラウマとして深く刻み込まれ、中には狩場でボンガ・コンガを見ただけで恐慌状態に陥る者も出たらしい。
こうしてロカス村の黒歴史に新たな1ページが綴られたのである……合掌。
余談
「のう、セラよ……」
「…少し気になるのじゃが…〇雲崎には岸壁が在るのじゃろうか? 行った事が無いから分からぬ…」
「僕も知らない…行った事無いし…」
「もう一つ、〇越〇郎は何の役だったのじゃ? 元消防士の調査官? 刑事? 医者? 探偵? 凄く気になるのじゃ……犯人は男か女か? どんなトリックを使ったのじゃ? 動機は? 被害者は何者?」
「何でサスペンスまで詳しいのぉ!? アニメや特撮やゲームだけじゃないのっ!?」
「無論、あの【暇神】と一緒に見たのじゃ! そんな事より早く教えるのじゃ!! 気になって夜も眠れぬではないかっ!」
「そんなに気になるんだっ!? 其れよりも…あの【駄神】は釘つきバットで殴らないと駄目だね、碌な事しないし……」
「そんな事はどうでもいいのじゃ!! 早く教えるのじゃぁ!!」
「ひっつくなっ!! ちょっ!? 何処に手を…」
「教えぬと、公衆の面前でパフるのじゃ!!」
「やめんかぁ―――――――――――――――――――ッ‼‼‼‼」
その日……ヴェルさんは再び埋められる事に為る。
また、ヴェルさんにエンタメを刷り込んだ【神】も、血の海に沈む事に為ろうとは、当の神ですら知り様は無かったのである。
時空間による歪みとは別に、文化の面でも歪みが生まれつつあるのかも知れない。




