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 人手不足は深刻です ~狩場の良く有る風景 他の冒険者も頑張ってます~

 風邪を引きました……

 一週間ほど寝込み、仕事に出れるようになったのですが、雨に打たれてぶり返しました。

 そしてさらに一週間以上も寝込む事に……


 皆さんも風邪には気をつけてください。


「……俺、村に戻ったら、サラに交際を申し込もうと思う…」

「おい!? ネリーはいったいどうしたんだ!?」


 青年はどこか哀愁の漂う自嘲気味な笑みを浮かべ、静かに首を振った。


「ネリーとは……式を挙げる前に別れたよ…」

「早いなっ!? 何が在ったんだよ、事と次第によっちゃ……」

「結婚式の三日前になって、ネリーの奴にこう言われたんだ〝明日からプロテインを摂取して、ガチムチになってね♡〟て……その数日前はそんな事を言わなかったのに………」

「…ぷ…プロテイン!?」


 彼には脳裏に一瞬、ガチムチの黒光りスキンへッドの男が腕を組み、高らかに笑う姿がよぎった。


「彼女は……隠れ細マッチョをこよなく愛する筋肉フェチだったんだ………」

「う、嘘だろぉ……?」

「認めたくない気持ちは分かる、俺もそうだった。……だが……彼女は俺を細マッチョにすべく、あらゆる肉体改造を施そうとしたんだ……辛かった……まさか、食事の中にプロテインが……」

「そ、そうか……大変だったんだな。すまない……まさか、ネリーがそんな趣味だなんて…ジョブさんと同類とは……」

「…いや、彼女は少し違う……ネリーが言うには〝見せびらかす筋肉なんて、筋肉じゃないわ!! 筋肉は隠して、服を自然に何気なく脱いだ時にこそ光輝くのよ!!〟と言っていた…それを聞いた時、俺は親戚中に結婚式の延期を伝え、そして逃げた……」

「あいつ……セクシー・チラリズム主義者だったのか……いつの間にそんな趣味に…」


 若い冒険者の語った真実は衝撃的だった。

 親友と妹と結婚までこぎつけたというのに、まさか当日三日前に破棄するとは夢にも思わなかった。

 彼も妹との婚姻は祝福していたのだが、別れた原因がまさかの妹の性癖、しかもかなり拘りのあるディープな世界にのめり込んでいたのだ。

 これでは怒るに怒れない。

 しかも、親友の話はまだ終わってはいなかった。


「ネリーは追いかけて来たよ…何処までも…何処までも………」 

「そうか・・・・・・・・」

「この村を出て……ミール…コルカ……ヴェスリ……それでも追いかけて来た……」

「そ、それで最近、お前の姿を見かけなかったのか…けど、其れだけ愛していたんじゃないのか?」


 一分の望みを賭けて、彼は妹の純粋な愛を信じたかった。

 しかし……


「包丁を持って追いかけて来たよ…〝…ま、待ってぇえぇ……ア…タシのぉおぉ…筋肉ゥウゥゥ……〟てさ。…怖かったよ……ボサボサの髪を振り乱し……血走った眼の青い顔で…不気味な笑みを浮かべていた」

「スマン!! もう、それ以上は言うな、俺が悪かった!!」

「そんなネリーは…ヴェスリで擦れ違ったガチムチ細マッチョの尻を追いかけて……街の中へと消えて行ったよ・……あの時ほど神の存在を確信した事は無い………」

「何してんだぁあぁっ!! ネリィイィ――――――――――っ!!」


 細マッチョ・チラリズムの暗黒面に囚われた妹は、まさか他の男の尻を追いかけるとは思いもしなかった。粘着質なヤンデレ風に彼を追い掛け回したのは、いったい何の為だったのか……


「時よりあの悪夢を思い出しそうにんるんだ…・…そんな時にさ…〝アノ薬〟のお世話になっているんだ。……良いよアレ……気分が良くなるんだ…ふふふ・………」

「常習者が出ちゃった!? 気にするな……サラでもセラでも良いからコクれ!! 俺が許す!!」

「……先生は…ちょっと……見た目は美少女だけど……人として残念だし……………」

「……だよな…」


 何気に呟いた二人は互いに顔を見合わせ、最後には『『ハハハハハハハハハハハハハハ!!』』と笑いだした。


「アンタ達……先生に知られたら殺されるわよ? あんなのでも女の子なんだからね?」

「「お前の方がヒデェ事言ってんぞ?」」

「あたしは女の子だから良いのよ! 男には言われたくない事も在るのよ!!」

「女の子って……お前…」

「今年でにじゅ…『いやぁあぁああぁぁぁぁぁぁ!!』じゃん、サバ読むなよ…」


 女性冒険者は年齢の事はタブーらしい。

 涙目で二人を睨んでいた。


「そ、そんな事よりも、ここから如何脱出するかが問題よ!!」

「んな事言われてもなぁ~~……」

「気長にどっか行くのを待つしかねぇんじゃね?」


 彼等は崖下を見ると・・……


 ――――GUGYOAARAAAAAA!!

 ――――KYSYAAAAAAAAAAA!!


 二体の大型魔獣が互いの縄張りを守るために交戦状態に陥っていた。

 世界が異なれば怪獣大決戦の様相である。


「……俺達…生きて帰れるかな………」

「…どちらが勝っても俺達の手には負えねぇぞ?」

「上に登れそうな蔦があって助かったわ……でなきゃ、今頃…」


 方や襟巻のある二足歩行型陸竜種、方や四足歩行型四本角の草食魔獣種。

 どちらも堅い甲殻で覆われているのは魔獣の特徴であるが、互いに咆哮や大地系統の魔術を無詠唱で撃ちまくり、接近戦では互いの武器を使い激しく戦闘をしていた。


「あの襟巻、【リザーグラ】だよな?」

「四本角は【ゲルーシャボル】だよ……確か顎から伸びてる角に毒があったような…」

「あれ角なの? 牙じゃないの?」

「顎の頬骨の後ろ辺りから伸びてるらしいよ? 顎の骨から直接伸びてたら、突撃した時に顎が外れるだろ?」

「「お~~~~~ぉっ!! 何処からそんな知識を?」」

「・・…ネリーから逃げている時に、酒場でコートを着た男から……」

「「・・・・・・・」」

 

 そして何も言えなくなった。 

 彼等は暫く崖上の岩棚にしがみついて、真下の壮絶な野生の戦いを見守っていた。

 

「どうするよ? 俺……小便してぇ・…」

「言うなよ……俺も我慢してんだ……」

「言わないからね!? それって、軽くセクハラよ!!」


 彼等はそろそろ限界の様だ……主に、下の方が・……


「どうする、どうする! やべぇ!?」

「あんた達は良いわよ、いざと為れば、そこら辺で出来るんだから……アタシなんて……」

「「後ろを向いて耳を塞いでいるよ?」」

「それでも、嫌ぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 異性同士で組まれたパーティーは、何と言うか……色々と深刻であった。

 狩場には当然ながらトイレと云う物が無く、また都合よく仮設トイレを設置しようとする奇特な人は居ない。

 命も下の世話も自己責任であったが故に、女性冒険者は異性同士とパーティーを組もうとはせず、また性犯罪に走る男性冒険者が後を絶たない。(ムラッ、と来てついやっちまうそうだ)

 中には返り討ちに合う男性冒険者もいるのだが、その後の末路は悲惨なモノである。

 しかし、中にはレイルの様なハーレムパーティーも存在しているので、一概に異性同士がパーティーを組む事が間違いと云う訳では無い。もっとも、その場合他の同性の方から敵視されるのも覚悟せねばならないが、至って平穏な人間関係を築ければ、周りの目を気にする必要も無いのだと思う。

 彼等はその良好的な人間関係を築けているチームと呼べる冒険者であるのだが、やはり異性同士の問題は概ねトイレ関係であり、最悪な事に現在進行形で本当の意味でも逃げ場が無かった。

 

「ア!・・…」

「どうした?」

「何か良い方法を思い付いたの?」

「あの岩、魔法で落とせないかな……下の魔獣に……」

「「岩!?」」


 男女二人の冒険者が上を見上げると、そこには一際突き出し微妙なバランスで、ギリギリ落下せずに堪えている巨岩が三人に影を落としていた。


「……イケるんじゃないか?」

「失敗したら御陀仏よ?」

「やらないと限界になるよ? 特に下の……」

「「「・・・・・(コクッ)・・・」」」


 今にもどこぞが煤けてると言わんばかりの真剣な表情で、三人は無言で頷いた。

 もう彼等は我慢の限界なのである。(トイレが近い)

 そろそろ本気で決めなければ、いろんな意味で最悪の結果を招きかねないのだ。(漏らしてしまいそう)

 一撃で決めなければ全てが終わる。(トイレも脱出も)


「狙うは一点のみ」

「大岩を支えている、あの小さな岩ね!!」

「全火力を持って打ち砕けっ!!」

「「「ファイア――――――――――ッ!!!!!!」」」


 彼等は支えの要にある小岩を魔法で集中砲火し、何とか岩を砕く事に成功した。


「……崩れねぇぞ?」

「……火力が足りなかった?」

「……い、いや………もう少し…ゲッ!?」


 岩を砕くのは成功した。

 だが、落とすべき巨岩はよりにもよって、彼らのいる岩棚に向かって傾き、彼等の頭上に落下して来そうだった。三人の顔が瞬時に青ざめる。


「…おい…オイオイ!…オイッ!?…」

「…冗談……でしょ………?」

「……生きて帰れたら……とびっきりの酒で乾杯しよう・…」

「「ここでそのセリフはシャレにならねぇ!!(ないわよっ!!)」」


 巨岩は彼等のいる岩棚に向かって落下した。

 三人は同時に岩棚から飛び降り、女性冒険者は近くに生えている蔦を掴み、崖から落下せずに助かった。間一髪の際どいタイミングである。


「ジャックゥ――――――!! ト―――ー二―――――――ッ!!」


 彼女は何とか助かったが、残り二人は岩棚から投げ出された。

 彼女は二人の安否を確かめるべく、周囲を確認する。


「カーラ、無事かぁ――――――!?」

「何処に居るのよ、トーニー!!」

「ここだ、木に引っ掛かて・・……」

「運が良かったわね、降りれる?」

「何とか………其れよりもジャックは? 【リザーグラ】の真上に落ちたみたいだったけど……」

「まじっ!?」


 カーラは急いでもう一人の仲間、ジャックの姿を探す。

 魔獣は巨石の直撃を受けたのか、二体ともに倒れていた。

 程無くして、彼は茂みの中から出てきた所を発見する。

 清々しいまでに爽やかな顔をしているジャック、何をして来たのか一目瞭然だろう。


「いやぁ~~~♪ スッキリしたぜぇ♡」

「……ジャック…良く無事だったわね?」

「リザーグラに良く襲われなかったね? どうやって切り抜けたんだ?」

「どうやっても何も……こいつ倒したの俺だぞ?」

「「ハアッ!?」」


 落下途中、ジャックの真下には確かにリザーグラが居た。

 空中に投げ出されている彼には、どうしても逃げ場は存在せず、やむを得ず背に背負った大剣型のガジェットロットを引き抜き、リザーグラの頭部にめがけ振り落した。

 投げ出された彼が其のままの状態でいたら、地面に叩き付けられ命を失っていただろう。しかし其処は運が良かったのか、振り落ろした大剣がリザーグラの頭部に突き刺さり、其の儘頭骨を貫通。剣は脳まで達し、リザーグラは立ったまま即死。ゆっくりと倒れ崩れるタイミングを見計らい、地上に叩き付けられる前に自ら飛んで受け身を取りながら地面を転がったのだ。

 僅かな瞬間の判断が彼の命運を分け、九死に一生を得たのである。


「いやぁ~~~死ぬかと思ったぜ!」

「運が良かったな、おかげで大物二体を倒したぞ? 装備が一気に良くなるな!」

「その前に資金はどうするのよ? この二体って、中級から上級レベルの魔獣でしょ? あたし達の貯金で装備が作れると思う?」

「「うっ!?」」


 彼等の装備は、未だに駆け出しから少し上等に上がった程度の貧弱装備である。色々依頼を受けて資金を貯めてはいるのだが、それでも中級者向けの装備すら作れ無いほど彼等資金は少ない。

 村に運び込んで解体し、素材との肉の金額を算出、そこから解体費用と運搬費を差し引いたとして、彼等の手元に転がり込んで来る資金は、装備を整えるにしても些か心元が無かった。


「狩場もこれで広がるかもしれないけど、厄介な魔獣が出て来ない事を祈るわ」

「まぁ、良いじゃないか。これでようやく村に戻れる目途が着いたんだし」

「だな、さっさと帰って風呂に入りてぇ~~」

「大きな音がしましたけど、何が会ったんですか?」

「「「うおっ!? せ、先生っ?!!!」」」


 突然そこに姿を現したのはロカス村のデストロイヤー、数々の騒ぎを先導し革命を起こした時代の寵児、クレイジーコレクターのセラであった。

 最近では狩場を広げるべく森林や渓谷まで足を運び、魔物生息範囲を調べている事で村の人達に知られていた。彼等がこの辺りに侵入した理由も、新たに発見された採掘ポイントを訪れ、武器や防具を強化する鉱石などの採掘する為だったのだが、魔獣の縄張り争いに巻き込まれ撤退できず孤立していたのだ。

 僅かな鉱石でも売れば其れなりの資金に為り、彼らも命懸けで森林の奥深くに分け入ったのである。

 ロカス村の狩場の規模は狭く、多くの冒険者を受け入れるにはまだ調査せねばならない個所が多々あり、されど村在住の冒険者を調査に出すには様々な理由から無理であった。


「おぉっ!? 大物ですね、今倒したんですか?」

「何とか工夫してなぁ……危うく死ぬとこだったけど……」

「無茶しますね、あの岩を上から落としたんですか?」

「本気で死ぬかと思ったわ……もう撤収したい………」

「成程……この辺は中級から上級者向けと…………採取もしたんですか?」

「一応、薬草類なんかも採取してる。先生は調査か?」


 トーニーはセラがメモに何やら書き込んでいるのを見て、今も仕事中である事を察した。


「えぇ、夜の狩場も調べたい所なんですが……ヴェルさんが行方不明になりまして……」

「大丈夫なのかよ……あんなちっこい子が一人で……」

「大丈夫ですよ。アレは殺しても死にません……たくさんの乳を揉みし抱くまでは……」

『『『…ち、乳って、何? あの子、そっちの趣味の方?……』』』


 幼女がチチスキーである事実を知り、三人が驚愕した。

 セラは空を見上げ、哀愁の篭った表情で真実を語り出す。


「アレは…見た目は幼女ですが、年齢不詳のババァです。あの妖怪は自分の無い物を求めるあまり、貧乳、巨乳、美乳、爆乳問わず襲う。何処にに出しても恥ずかしい変態ですから……」

「……また、凄い濃い奴が住人になったな………」

「カーラさんも気をつけてください。アレは……見境なしに乳に飛びつきます………」

「あ、アタシも狙われてるぅ!?」

「しかも、奴は点数を付けます。因みに僕は……A+95点だそうです。……基準が分かりません」

「…揉まれたのか……」

「…先生……何て不憫な………」

「…奴は……パフります……思う存分に心行くまで、徹底的に…標的が悶絶するまで……」

「「あぁ~! じゃぁ、カーラは大丈夫だ! 直ぐに飽きられると思う。行き遅れだし!!」」


 ―――べきっ!!ボグッ!!グシャ!!ビシャっ!!グチャ!!ピチャピチャ・……


 ―――――自主規制が発動されました――――言葉に出来ないような凄惨な光景が広がっています……


「や~~~ん♡ アタシこわぁ~~~~い♡」

「……彼等・………生きてるの……………?」

「死にはしないわよ!! ……多分………」

「………畏るべし……行かず後家の怨念……安らかに眠れ……南無~~…」

「「死んでねぇから!! 其れより助けろよっ!!」」

「……断る!!……だって…死にたくないし?♡」

「「うわぁ~~……スゲェ、いい笑顔・………」」


 面倒事はスルーする。

 百万ドルの笑顔を浮かべ、セラはまた一つ大人の階段を上ったのであった……(主に無責任な方へ)

 そんな彼等の横で、ノーム達はせっせと魔獣の回収に勤しんでいた。

 ・

 ・

 ・

 ・

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 ・

 ・


「こりゃまた……仕事が増えてうれしい限りだねぇ……ハァ……」


 村に戻って来て、解体場でイーネが口にした第一声がソレだった。

 狩場の拡張、及びに調査をセラに依頼して以降、解体場には多くの魔獣が運び込まれ、解体作業が追い付かない状況へと発展していた。


 今回は村の冒険者が二頭運び込み、その前にはセラの弟子二人とおまけの一人を含むパーティーが三頭持ち込み、その前にはセラとヴェルさん二人で大物三頭を運び込んでいたのである。

 人手不足で解体作業がなかなか進まず、このままで行けば少なからず捨てなければならない魔獣も出てきてしまう。 これを嬉しい悲鳴と取るか、地獄の解体連続作業と取るかは職人達の微妙なところであり、村人からしてみれば美味い肉が食えて万々歳なのだが、作業を熟す側からしてみれば休む暇が無いほど忙しい。

 既に三名ほどが倒れ、今にも倒れそうな人達が青い顔をして解体作業に従事しているのが現状である。


「小型の魔獣でも捌き切れなくなって来ているのに……大物が二頭……」

「俺、三日ほど寝てねぇ………」

「倒れた奴等も、一日休んだら強制連行だもんなぁ……」

「畑仕事も追いつかなくなって来てんぞ? どうするつもりだ? ボイル・・・」

「どうしたもんだかな……」


 解体職人達が一斉にボイルを見るが、当の本人は美味い手が思いつかず、渋い表情のまま魔獣を見詰めていた。村の職人の数には限りが在り、若い連中の殆どが冒険者と農業を兼任しているのだが、仮設ギルドが本格的に動き出した現在に措いて人手不足は深刻な問題の一つでもある。

 しかし無い袖を振る事は出来ないこの状況は、村長やボイルの様な運営に関わる人たちは大いに頭を悩ませていた。資金は溜まるが人では足りない、雇うにしても近くの街から来るような人達はあまりいない上に、募集しても前科者が大挙として来られたらいい迷惑である。

 治安を維持するにしてもやはり人手不足であるため、前にも後ろにも進めない現状が続いているのである。其れだけに村の住人にも負担が掛かり、過労で倒れる者が続出しているのだ。

 最早、村の人間だけで状況を維持するのは限界に近づいて来ていた。


「……奴隷でも買いましょうか? 村の住人として……」

「…ハァ!? 奴隷を使おうっていうのか? しかしなぁ……」


 セラの提案にボイルは難色を示していた。


「借金奴隷を購入して、返済できた者達を村の住人にするんですよ。農業や他の作業に従事させて技術を学んでもらい、返済出来た人は其の儘雇用してみたらいいんじゃないですか? どの道人手不足なんですし、年齢や性別を考える必要は無いですよ?」

「成程なぁ……けどよぉ、人を売り買いするってぇのが、俺にはどうも……」


 ボイルは人一倍義理人情に厚い為、奴隷制度を快く思ってはいなかった。

 無論それはこの村の住人達も同様であり、奴隷にさせるくらいなら住人同士で苦楽を共にすると云った道を選ぶ。基本的に善人が多い為、奴隷を購入する事に抵抗が有るのだ。


「ここは奴隷から救斉すると割り切った方が良いですよ? 借金を返済できれば土地や家を与えて、住人になって貰えばいいんです。幸い資金は潤沢なんですから、ここは思い切って使ってみるのが良いでしょう。

 村を維持できずに奴隷落ちする人が結構いると聞きますよ? そうした人達を安く購入するんですよ。多少病気持でも今の僕達なら健康に戻せますし、損は無い筈です」

「家族そろって奴隷落ちしてたらどうすんだ?」

「家族ごと引き取りましょう。子供でも草むしりくらいは出来るでしょう? 奴隷で売られているよりは幸せになれますよ?」

「一家揃って奴隷落ちした奴等を購入するのか……成程、其れなら罪悪感は感じねぇな」

「返済額を少し安くすれば頑張ると思いますよ? なんせ、家族の命を救ってもらうんですから」

「……セラよ…」

「何ですか?」

「お前、かなりの悪党だな……」

「ひどっ!?」


 家族の命を救うと言えば聞こえはいいが、結局は人質を取るのと同義であり、見方を変えればかなり悪辣な手段とも言える。人道処置には到底思えず、結局借金を背負わすのだから良識のある人のする事では無い。恩を売って人手を確保しようとする打算が有る以上、これは決して善行では無いのだ。


「セラちゃんて、結構黒いのねぇ~アタシびっくりだわ……」

「理屈をつけて目的を達しようとする辺り、腹黒どころの騒ぎじゃねぇ…敵に回したくねぇな……」

「人材雇用しても使えなかったら意味ないじゃないですか! 研修期間だと思えば多少苦労して仕事を憶えて貰わないと、会社は成り立ちませんよ!! 人材育成も雇用するのもタダじゃないんです!!」

「「黒いわぁ~~真っ黒・・・・・・」」

「奴隷は嫌だとか言って何もしないよりはマシです!! 他に良い手段が有るんですか?」

「それを言われると、弱いわねぇ~~……」

「仕方ねぇ……村長と商会の連中と話し合ってみるか…安く人材を集められるかも知れねぇし…」

「結局やるんじゃないですか……文句を言われた僕の立場って……」


 セラが不貞腐れるのも尤もである。

 有効な手が打てないから取り敢えず提案してみただけなのに、なぜか悪党呼ばわりされるのは納得がいかなかった。しかも結局セラの提案を採用するのだから、不貞腐れたくもなるだろう。

 おまけに腹黒とまで言われているのだ。


「…僕……本気で泣いても良いんじゃないでしょうか?…て言うか…泣きます……」

「そんなに拗ねないで、ねっ? セラちゃんの御蔭で人材不足が解消できそうなんだし?」

「何故に疑問形なんですか? 出来ますよ、潰れる村は結構多いんですから…」

「そんな情報、何処から仕入れて来るの?」

「秘密です」


 無論、【神】からである。

 悪質な人的ミスの尻拭いをさせられている以上、最低限の情報の提供はやむを得ないだろうと、セラは【神】と交渉していたのである。

 元の歴史がどう辿るのかが分からない以上、少なくとも同じ状況を作り出さなければ意味が無い。

 時間が早いか遅いかの程度の差はあるが、結果的に同じような歴史を辿れば問題は無いのだ。そのため、セラは攻略本を片手にゲームを進めるように歴史を動かしていた。

 歴史的に大きな事件を教えて貰う訳には行かないが、村を町にする過程で必要な事は既に知っていた。

 故に、後は時間軸に於ける程度の差の問題だけであり、結果さえある程度同じであれば時空間の【歪】は解消に向かうのである。多少の誤差はあれ、概ね順調であった。

【神】としても自ら引き起こした災厄の為、セラに負担が掛からい程度にある程度の情報は開示しているが、これは打つべき手段が限られているための苦肉の策でもある。

 


「それにしても……あのちっさい子、帰って来ないわね…」

「心配するだけ無駄ですよ。ヴェルさんを生身で倒せる魔獣はいません! せめて武装ぐらいはしないと…如何な魔獣でも太刀打ちできませんよ…」

「…あんな幼い子がセラちゃんと同等なんて信じられないんだけど、あの子本当に強いの?」

「……本気になったら勝てる者なんていませんよ? 敵対しない方が良いですね。胸を揉ませろと言ってきたら、問答無用で容赦無くシバキ倒してくださいね♡」

「……今、敵対しない方が良いて言わなかったかしら? 其れでもシバクの?」

「乳を揉みに来た時だけ殲滅してください。アレは病気ですから……」

「せ、殲滅って……セラちゃん?」

「アレは……もう立派な変態です…犯られる前に殺らなければ為らんのです……」

「……目が死んでるわよ…セラちゃん…」


 セラはヴェルさんを殲滅対象に認定した様であった。

 既に心の準備は出来ているのであろう、セラの表情は今から戦場に赴く様な、決意の篭った眼を星が輝く空に向けていた。最早戦争は避けられないようである。


「ところで…そのヴェルちゃんが帰って来な…あ・・・・・」


 イーネが心配の言葉を言い終わる前に、突如地面から湧き出るかのようにして、ノーム達とやたら大きな魔獣の屍が現れた。

 魔獣の大きさからして中級冒険者が数人がかりで倒す程のモノで、同時にランクアップの目安としても有名な魔獣、【ガイア・グリフォン】であった。


「…ガイア・グリフォンですよね……また、大物の様ですよ?」

「アハハハ……また徹夜で解体作業かしら…そろそろ休まないと死にそうなのよね~……」


【ガイア・グリフォン】は陸上で棲息できるように翼が腕の様に進化した有翼魔獣である。

 主に木の上から獲物を狙うため、腕状の翼で木々を上り、真上から獲物にめがけて襲い掛かる習性を持っている。ただし持久力がそれ程でも無い故に平野部には余姿を見せない。

 緑色の体毛が迷彩効果を生み、森の中では発見するのは困難である。

 個体差も有るが、今目の前にノームが運んで来た【ガイア・グリフォン】は【ワイヴァ―ン】と同等の大型の物であった。

 

「……僕は、ここ数日は狩りをしてませんよ? これでも気を使ってるんです」

「フィオちゃん達も回復薬用の調合素材を採取に行ってるらしいし……誰が……」

「フィオちゃん達の実力では無理ですよ……飛竜並みに大物じゃないですか……」

「セラちゃんの弟子だし、それ位は出来そうな気がするのよねぇ~」

「酷い過大評価ですよ、ソレ…… それよりもいったい誰が……他の皆さんも気を使って狩りをするメンバーを決めているらしいですし……こんな空気の読めない真似をするような人は……一人いた……」


 セラの脳裏に浮かぶ、にやけた笑みを浮かべて胸に飛び掛るエセ幼女。


『ニョホホホホホォ~~♪ 今日も大猟じゃ♡』


 そして聞こえる、エセ幼女の上機嫌な笑い声。


「ヴェルさん!?」

「おぉ? セラではないか、森で突然いなくなったから探したぞ?」

「突然消えたのはヴェルさんの方だからね!? やっぱりヴェルさんだったか……」

「なんじゃ? 我が何かしたかのう?」

「大物を狩り過ぎて、解体作業が間に合わないんだよ。ガイア・グリフォンで止めを刺されたみたいだよ?」


 セラが解体作業をしている職人を指を指すと、そこには悲壮に暮れる彼らの姿が在った。


『マジかよ・・・・・誰か、何とかしてくれ・・・』

『今月に入って、家に帰れたのが三日しかねぇ・・・夫婦の危機だぞ、マジで・・・』

『誰か・・・誰か作業を変わってくれ……四日ほど寝てねぇ・・・・』

『ヒヒャヒャヒャヒャヒャ・・・肉だぁ~臓物だぁ~~ヒヘへへへ・・・』

『…俺、【サイケヒップバッド】の世話になってんだ……一応アレ、強壮剤だし……』

『……アンタもなの? アタシもよ……使った後の記憶が無いけど………』

『・・・ハイテンションで解体してたぞ? アレはマジでヤバい・・・』

『俺らの方がヤバイだろ・・・このままじゃ死ぬぞ・・・』


 彼等の人員不足は、悲惨な過剰労働で何とか繋いでいた。

 だが既に限界に達し、最早作業を続ける気力すら無い。


「……我の所為なのかのう………?」

「一番の原因が人手不足なんだよね~ 作業場が安定するまで狩りはしない方が良いね」

「ぬぅ~~つまらぬのじゃ……冒険者は狩りをして何ぼのモンじゃろうて……」

「その獲物を狩っても、作業をする人員が居ないのよ……暫くは大人しくしていてね?」

「……分かったのじゃ…その開いた時間をセラの胸で癒すとするかのぉう……」


 ヴェルさんは、一度のパフリだけでは満足をしていなかった。

 再び迫る、身の危険。


「やめてよねっ!? 僕をそっちの道に引きずり込むのっ!!」 

「その道に踏み込むのは、お主の心構え次第じゃと思うが?」

「その原因を意図的に作るのを止めてと言ってるんだよ!?」

「確かにのぉう……じゃが、断るっ!!」

「何でっ!?」

「パフパフは最高の娯楽じゃ!! 我が青春のアルカディアじゃ!! 誰が止めるものかっ!!」

「どんな理想郷!?」

「二人共……元気でいいわねぇ~・・……ハァ………」


 二人の喧騒を他所に、これからまた地獄のような解体作業を続けるかと思うと、イーネの心は果てし無く重い。他の作業員共々、その表情には絶望しか見えない。

 仲良く騒いでいる二人を見詰めながら、そっと溜息を吐くのだった。


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