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魔獣を倒そう ~僕とノームと羞恥心~

 

 セラとフィオが街道に向かう途中、まるで待ち構えるようにして『ヴェイグラプター』に遭遇する。

 元々殲滅するつもりであったので問題ないが、ピョンピョン飛び回りあまつさえ数が多いので、鬱陶しい事この上ない魔獣である。


 オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』の時は、最高レベルのプレイヤーが小威力の中規模範囲攻撃にて一掃できる経験値稼ぎにはもってこいの魔獣で有名であり、『ゲラ』の愛称までつけられている。

 この『ゲラ』は、群れでプレイヤーの『アバター』を包囲し、絶えず波状攻撃を仕掛けてくるのである。 さらにはこの中に『ボスキャラ』の『ヴェイグポス』が参入すると途端に難易度が上がり、上位レベルのソロプレイヤーを何度も返り討ちにしてきた、雑魚とは言え決して侮れない魔獣であった。

 とはいえ、それはあくまで集団戦の強さであり、個々の戦闘能力は決して高くはない。

 集団で動くということは、それだけ集まりやすく、範囲攻撃魔法や大剣の一振りで一掃できるのだ。


 どうやらこの世界でもその常識は当てはまるようで、セラの『聖魔砲剣』で薙ぎ払われ、フィオは貸し与えられた上位武器で一撃で倒し尽くしている。

 ゲームの時のようにリスポーンされ、『ヴェイグポス』を倒すまで次から次へと雑魚が群がる心配がないので、実に楽であった。

 上位プレイヤー敗北した最大の理由が、実はこれである。

 数に限りが在る、なんと素晴らしいことか・・・・・


「まだ、『ヴェイグポス』は出て来ないか・・・結構倒しているんだけどなぁ・・・」

 

 流石に雑魚ばかりを相手にし続けて飽きてきたのか、セラは天を仰ぎみて一言ポツリと溢す。

『フィールド・サーチ』で『ゲラ』の居場所はわかるのだが、如何せん数が多いうえに『フィールド・サーチ』では『ヴェイグポス』の居場所まではわからない。

 いちど接触して『トレース・マーキング』を使っていれば、探知することが可能なのだがこればかりはどうしよも無く、群れを成している場所を手当たり次第に虱潰しに襲撃していた。

 すでに包囲網は意味を為さなくなっており、接触も時間の問題であった。

 このままでも別にかまわないのだが、さすがにウンザリしてきたのだ。

 因みにフィオはと言うと・・・・・殲滅を終えるたびに借りた武器を眺めては、ウットリしていた。

 美少女が武器を眺め、頬を染めている姿はなんとも背筋が寒くなる。

 犯罪の匂いしかしない・・・・・・


「そういえば、『ヴェイグポス』って縄張りを定期的に周回するんだっけ・・・・」


 ゲームのサブテキストには、そんな設定が在ったことを思い出す。

『フィールド・サーチ』の効果はまだ続いているので、設定の情報と照らし合わせる。 すると、赤い点滅のうち一つが時折群れから離れて移動している。

 おそらくこれが『ヴェイグポス』なのであろう。

 因みに『ヴェイグポス』の愛称は『ゲラボス』である


「フィオちゃん、『ヴェイグポス』がもう少ししたらここに来るから、それまで休憩しよう」

「はいっ、それにしても凄いですねこの武器。私の『ガジェット・ロット』だと、五回以上斬りつけないと倒せないのに、この『蒼刃剣』だとたった一回斬り付けただけで魔獣が倒せました」

「『ソウル・ジェム』をふんだんに使ってあるから魔力保有量も多いし、斬り付ける度に貯めた魔力を使って、攻撃してるからね」

「・・・・・・それって・・・・・私の実力は関係ないってことですよね?」

「・・・・・・・・・」


 気まずい沈黙、そんなつもりで言った訳ではないのに、何故にこの子は自爆するのであろうか?


「・・・・・いいんです・・・駆け出しなのは自覚してるし・・・・『ガジェット・ロット』は魔力もちょっとしか貯められないし・・・・大きな魔獣を見て逃げる事しか出来ないし・・・」

「・・・・そんなに自分を追い詰めなくてもいいんじゃないかなぁ? フィオちゃん、結構良い筋してると思うよ、状況判断も確かだし咄嗟の行動も的確だし、後は経験もっと積んだ方が良いね」

「ほんとうですか!?」

「うっ、うん。あと魔法も覚えた方が良いね。探索用の魔法が在ると便利だよ、値段も攻撃系より安いし・・・・あっ、補助魔法も似たようなものか」

「うちの村に、魔法店が無いんです」

「錬金術師は? 『スクロール』作れた筈だけど」

「そうなんですか!?」

「知らなかったの? 錬金術師て、魔法使いの薬屋さんみたいなものなんだけど」

「知りませんでした・・・・今度頼んでみます」


『スクロール』は、魔法を覚えたいときに魔法屋で購入するアイテムである。

 主に攻撃魔法、補助魔法、回復魔法、探査魔法の四つの系統が在り、『ミッドガルド・フロンティア』では当初に設定した『アバター』の『種族』と『ステータス』によって使える魔法が決ってしまう。

 例えば『ドワーフ』は炎、大地の魔法が得意であるが、水系統の魔法を苦手としている。

『獣人』は種類にもよるが大地と風の魔法を得意とし、『人間』は全ての魔法を使うことが出来るが威力や効果が低く、『半魔族』は回復系や補助魔法が苦手といった具合だ。

『半神族』に至っては全てにおいて、『おいおい、こいつはチート過ぎんだろ! マジヤッベー』といった具合だ。

 話がそれたが、とにかく魔法を覚えるためには『魔法屋』か『錬金術師』から『スクロール』を購入し、それを開いて魔力を流しながら脳裏に『魔法術式』焼き付けなければならず、威力や効果の高いものほど高価格なのは、他のアイテムと同じである。

 余談であるが、セラ,もとい優樹はこの設定を見たときに、『これって、健康的にどうなんだろう』と疑問を感じたらしい。

 

 そんなわけで、フィオは新しい魔法の購入方法知り、更なる高みに目指すことを心に誓うのであった。


「あのぅ、セラさん、先程から気になっていたんですが・・・・・・・」

「なに? フィオちゃん」

「『ヴェイグラプター』とか『ヴェイグポス』ってなんですか?」

「・・・・・・えっ?」

「ですから、『ヴェイグラプター』とか・・・・・・・・」

「まって、言葉の意味は分かってるから・・・・えっ??」


 不思議そうに首を可愛らしく傾げながら、フィオが意外なことを聞いてきた。

『ヴェイグラプター』や『ヴェイグポス』は今迄散々蹴散らしていた魔獣の事だ、その魔獣の名前をフィオは知らない。

 まさかこの世界は、魔獣を識別する名称を付ける習慣がないのか?

 そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 ―――――――これは、確かめるしかない。


「『ヴェイグラプター』はそこらで転がっている魔獣の事、『ヴェイグポス』はこれの大きい奴で背中に扇状の背鰭が在る奴のことなんだけど・・・・・・」

「あの大きいの『ヴェイグポス』って言うんですか! 物知りなんですね!」


 瞳をきらきらさせて、尊敬のこもった眼差しで見つめてくる。

 正直言ってかなり気恥ずかしい。


「そう、通称『ゲラボス』って、あれに会ったの!? いつ、よく逃げられたね!」 

「セラさんと会うちょっと前ですけど? 追いかけて来たので一所懸命に逃げました」

「なるほど、こいつ等フィオちゃんを探していたのか」

「私をですか? なんでです?」

「・・・・・美味しくいただくためだよ」


 少し躊躇いを覚えたが、セラはこの魔獣の習性をフィオに話し始める。

 この『ゲラ』達は『ゲラボス』を頂点に統率の取れた行動で、計画的に効率よく狩りをする。

 獲物の逃げ道を塞ぎ、動き回らせて体力を奪い、動きが取れなくなった所で止めを刺すのだ。

 この話を聞いた途端、フィオは蒼褪めて震えていた。

  

「僕と出会ったのは、幸運だったみたいだね」

「・・・・・そう、ですね・・・・危ない所でした」


フィオは自分がかなり危険な状況であった事を、改めて知った。

 うっかり彼らの縄張りに侵入してしまい、怒らせてしまったがため追いかけ回されたと思っていた。

 事前の情報では『ゲラ』はともかく『ゲラボス』の情報は無かったし、危険は無いとも聞いていた。

 ところが実際問題、危険どころの騒ぎではない。

 彼女自身が餌と認識され、襲い掛かってきたのだ、しかも執拗に狡猾に逃げ道も塞いで。

 セラに出会っていなければどうなっていたかは、推して知るべしである。


「君達は、アレの事を何て言っているの?」

「・・・・・・・んえっ?」

  

 急に話を振られたフィオは、つい間の抜けた声で返してしてしまった。 


「ほら、直ぐそこに転がっている奴。君たちは何て呼んでるの?」


 セラが指をさして聞いているのは、先程まで殺戮しまくっていた『ゲラ』の事である。


「えっ、えっと、魔獣です」

「へっ? それだけ?」

「それだけです。セラさんに教えて貰うまで、この魔獣に名前が在るなんて知りませんでした」

「それじゃ、あれも?」


 茂みから全力で飛び跳ねていく、ウサギのような魔獣『リッパトゥス』を指さすとやはり・・・


「魔獣です」

「もしかして、あれも?」


 木の上に擬態して隠れている蛙のような魔獣『ケッパロ』を指しても・・・・


「魔獣です」

「それじゃ、あれも?」


 濃緑色の分厚い外皮に、同色の鱗と背中に扇状の背鰭を持つ一際大きな魔獣、通称『ゲラボス』を指して・・・・・・・・・・って、おい!!


「魔獣です、って!? 来ましたあっぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うっわ、通常種よりデカい! ホントに良くあんなのから逃げられたね」


『ゲラボス』は二人を認識すると一旦止まり、遠吠え上げる。

 その力強い大きな巨体を支える太い足で大地を抉り、広い歩幅でドスドスと鈍重な音を立てながら、その巨体に見合わない速度で急速に接近してくる。

 フィオにとっては恐怖の対象だが、セラにとってはどこ吹く風であった。

 

「何でっ、そんなに落ち着いていられるんですかぁ!?」

「まぁまぁ、落ち着いて。十分引きつけてから、あっフィオちゃん目を瞑って・・・・」


 走りながらも『ゲラボス』は体制を低くし、いつでも飛び掛れる体制を整える。

 こちらの様子を冷静に観察しながら、まるで弧を描く起動で急速に接近する『ゲラボス』を間近にに引きつけて背を向けると、「『フラッシュ』」気軽に話すような口調で、目暗ましの閃光魔法を発動。


 ―――――ギャウッ!?


 獲物を間近に飛び掛ろうとした瞬間の事であった。

 さらに追い打ちとばかりに、「『カース・チェイン・バインド』」を(相手に定期的にダメージを与え続ける呪いの鎖による拘束魔法)を間髪入れずに発動させた。

 それなりの速度で走っていた所で目暗ましで視覚を奪われ、それでも慣性は殺す事が出来ず前のめりになった所に追い打ちの拘束魔法。と、きたら結果は悲惨なものになる。

 『ゲラボス』自身の重量と速度が加わり、さらにその勢いのまま鎖による足かけ状態。


 ――――――ズズウゥゥゥゥゥン!! 


 頭から地面に叩き付けられた。

 さらに、漆黒の鎖が絡みつき、ダメージを与え続ける。

 やはり、セラはドSの適性が高そうだ。


「はい、フィオちゃん出番だよ。一気にたたみかけて、魔力解放状態で」

「ふあっ、はい、頑張ります!!」


 成り行きに呆然としていたフィオは、『蒼刃剣』の持ち手についた引き金を引き、蒼く輝く光を纏った剣を無我夢中で振るい、『ゲラボス』は苦痛の悲鳴を上げ続けた。

 セラはフィオのサポートに徹し、遠吠えで呼ばれた『ゲラ』を迎撃する。


「ファイアー、ファイア~、またまたファイア~、しつこくファイア~、それでもファイアー」


 のんきに歌いながらも確実に『ゲラ』を葬り続ける。

 見た目は天使で悪魔の所業。しかも低級魔法でだ、余りにもチート過ぎる。

 むしろ『ゲラ』達が哀れに見え言えくる。

 弱肉強食の掟に従うのであれば、『ゲラ』達がここで殲滅されるのも自然の摂理なのだが、余りにも熾烈で過酷で凄惨な最期である。

 一方フィオはと言うと・・・・・


「・・・・・・・・・・」


 無言であった。

 これほどの大物と相対したのは初めてであり、ましてや戦うなんて気は更々無かった。

 しかし何の因果か上位武器を借り受け、こうして動きを封じられた魔獣を倒すのにしきりに剣をふるい続けている。

 いつ拘束から解かれ、その鋭い爪や牙を此方に向けるか分からないのだ。その恐怖から精神の全てを『ゲラボス』と拘束している鎖に意識を集中し、出来る限りダメージを与えるべく何度も斬撃を叩き込んでいた。

 だが彼女は気付いていない。

 それどころか知らないのだ、自分が借りた武器や装飾アイテムの特性を。

 

 『蒼刃剣グラムナグル・インフィニティ』の魔力解放により、攻撃力が大幅に上がるだけでなく、斬り付けるたび攻撃の威力が上がり続けるのだ。

 魔力を開放するということは、貯蔵している魔力を消費するという事。

 しかしこの消費を大幅に減少させるアイテムが在る、それが『聖霊王の首飾り』である。

 このアイテムは身体的なステータスを上げるだけで無く、『ガジェット・ロット』の魔力消費を大幅に抑え、さらには魔力を集め『ガジェット・ロット』に補充するのだ。

 その結果、魔力解放をしている筈なのに、消費は微々たるものになる。

 さらにはその分手数は増え、益々攻撃の威力が上がり続ける。

 ついでに『カース・チェイン・バインド』がダメージを与え続ける。

 悪魔のようなデットエンド・チートコンボの完成である。


 そんな状態になっているとは露とも知らず、フィオは懸命に攻撃を続けていた。


 ――――――――ザシュ、グジュッ、ビジュアッ!!

 肉を切り裂き、抉り、鮮血をまき散らすような生々しい嫌な音が森に流れる。

 たった一度の攻勢にすら出られない『ゲラボス』は、なす術も無く膾切りに曝される羽目となった。

 彼にできることは、悲鳴を上げてもがき足掻く事しかない。

 狩る側と、狩られる側の逆転である。

 恐らく、もうすぐ決着が付くであろう。


「フィオちゃん、もうすぐ拘束が切れる! 一度離れて防御態勢!!」


『カース・チェイン・バインド』の効果が弱まっているのか、漆黒の鎖が徐々に透けてくるのを見計らい、セラは次なる指示を飛ばす。


 それはフィオも気付いていた。

 だが彼女は攻撃の手を緩めずにギリギリまで粘ることを決断、攻撃力が自分でも信じられない位に上昇している今のうちに、出来るだけ弱らせて置きたいのだ。

 やがて鎖が一本、また一本と砕けて行く。


「!!」


 鎖の崩壊を確認したフィオは咄嗟に距離をとり、『蒼刃剣』の魔力解放を解除し大きめの盾を構えた。


 呪縛より解かれた『ゲラボス』は最早、虫の息である。

 だが獣とは手負いの時ほど恐ろしい。

 彼にはもう解っていたのだ、自分がここで死ぬことを。

 それでも最後まで立ち上がり、足掻き続けるのは獣の本能か、はたまた自分を為す術も無く切り刻んだ敵への最後の抵抗か・・・・・


 ――――――――グギョオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!


 残る力を振り絞り、その巨体は高く飛び上がる。

 足に生え揃ったその鋭き爪を、フィオにい向けて己ごと叩き込もうとする。


「魔力解放!!」


 少女の力強い声が、盾の能力発動と同時に響く。

 高さからの勢いと重量の籠った鋭き獣爪による渾身の一撃を、フィオは黒い光を纏った盾で迎え撃つ。 そしてそれは起こった。

 あきらかに重量の乗った攻撃を、少女の持つ盾が弾き返したのだ。

『ゲラボス』は刻まれた刀傷と口から大量の血液をまき散らし、絶命していた。


 いったい何が起きたのか。

 その答えが彼女の持つ盾にある。

『魔轟盾ハウルガレオン・フォートレス』要塞の称号が付いたこの盾は、まさに要塞並みの防御力を秘めている。

 只でさえ鉄壁の防御力なのに、『魔力解放』による相手の攻撃を倍にして返す、単純だが厄介な能力が在るのだ。

『ゲラボス』はこの能力によって、自分の攻撃の威力を倍返しにされたのだ。

 因みにこの盾は上位装備でなく、伝説級のレアアイテムである。   

 入手方法も気が遠くなるほど面倒で、これを手に入れる時間を掛けるくらいなら、『プロト・ガッジェト』を探した方がましとまで云われるほどである。


「ほら、楽勝だった。にしても・・・・・・」


 セラによるサポートによって、一度しか攻撃を受けなかったフィオではあったが、流石に大物との戦闘は相当なプレッシャーだった様で、絶命した『ゲラボス』の横で放心状態であった。

 全身に返り血を浴び、血に彩られた剣と盾を持ち放心する美少女・・・・・・

 正直に言ってかなり怖い。

 ファンタジーホラー映画のワンシーンの様だ。


 ―――――――声、掛けづれぇぇぇぇっ!!


 そんなセラの心中を無視し、無表情の血塗れ美少女がゆっくりとこちらを振り向く。


 ――――――――殺られるっ!?


 そんな訳無いのだが、場の不陰気に飲まれ体が硬直して動けない。

 それ程までに凄惨で怖ろしい惨状であった。


「・・・・・・・・・・私・・・・・・倒したんですか?・・・・・」

「うっ、うん・・・・・倒したね」

「・・・・・そう・・・・・・ですか・・・・・」


 次第に思考と現実が追いついてきたようだ。

 彼女は、その場で膝をつくと大きく息を吐いた。


「よかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 余程怖かったのか、緊張と危機感から解放されたフィオは、年相応の反応を見せる。

 全身血塗れだが・・・・・・・ 


「おめでとう、これで晴れて冒険者の仲間入りだね」

「はい、ありがとうございます。セラさん!」


 ニッコリと可愛らしい笑みを向ける、鮮血に塗れた少女・・・・・・・


「・・・・・・フィオちゃん・・・・怖っ!!」

「何がですかぁぁぁぁぁ!?」  

「今の君の姿・・・・・ちょっとしたホラーだよ?」

「えっ? ・・・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 血塗れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 絶叫する血塗れ少女・・・・・・マジ怖っ!!

 


 

 用意していたタオルで、泣きながら血糊を拭うフィオ。

 その横で警戒しながらも、セラは疑問を感じていた。

 この世界はゲーム『ミッドガルド・フロンティア』に似て非なる世界だ。

 ゲーム上では倒した魔獣を町や村が回収して、素材アイテムや報酬の金銭を受け取ったりして装備やアイテム充実させてゆく。

 しかしこれが現実になると話は変わる。

 報酬においては変わらないかも知れないが、倒した魔獣の回収は誰がやるのだろうか?


 『ミッドガルド・フロンティア』では狩猟や討伐の依頼はギルドで行い、報酬はギルドの換金所で受け取る事に為る。だが、レベル上げとなるとシステムが変わり、魔獣を倒すたびにドロップアイテムが手に入るのだ。

 魔獣が消え、アイテムだけが残される。

 現実にそんなことは、有りえない事象である。

 するとこの場に転がる『ゲラ』の躯はどうするのであろうか、まさかそのまま放置なんて事になれば、

この辺りが腐敗臭漂う腐海の森になってしまう。

 病原体の温床にもなりかねないし、まさか巨神兵で焼き払う訳にもいかない。

 素材アイテムの事もある、剥ぎ取りもするのだろうか?


「うぅ、髪がパリパしますぅ。あっと、セラさんこれ、お返しします」

「はい、確かに。どだった? 中々の使い心地だったでしょ」

「凄すぎです! 世の中には、こんな凄い武器が在るなんて知りませんでした」

「フィオちゃんは、これからだよ。少しづつ、確実に力をつけて行けばいいんだ」

「頑張って、セラさんみたいな冒険者になりたいです」

「えっ?」


 一瞬何を言われたのか分からず反応が止まる。


「接近戦も魔法戦も巧みに熟して、その上物知りで、私のような未熟な冒険者にも優しくて、憧れちゃいます。どうしたら、セラさんみたいになれますか?」

「さっ、さぁ~どうなんだろうねぇ。ぼくは、好き放題やってきただけだから・・・」


 無垢なる少女の穢れなき質問に、セラはどう答えて良いか分からない。

 流石に、『僕は異世界人でこの姿は偽物、しかも男でゲームしてたらここに来ちゃったんだよ~ん』、何て口が裂けても言えない。

 狂人扱いされるか、『うっわ~っ、イテェ、お前の頭に虫でも湧いてるのか?』と言われるのが落ちだ。

 ここは話を変えるのに限る。


「それにしても、凄いね返り血、服に染み込んだの落ちるのかなぁ」

「うぅ、難しですね、段々固まってきましたし、お気に入りのタオルも真っ赤です・・・・」


 そう言いながら見せたタオルは、元は薄いピンクの色合いであったのだろう、それが拭った返り血で鉄錆臭い赤い色に染め上げられていた。

 セラはフィオの手を包むようにそっと握り・・・・・・・・


「フィオちゃん・・・・・・・自首しよう」

「はへっ??」


 自首を勧めた。


「自首しようフィオちゃん、今なら罪は軽くなる」

「なんでですかぁぁぁ!?」

「よほど・・・・・彼を怨んでいたんだね・・・・あんなに何度も切り刻むなんて・・・・」

「魔獣を倒しただけですよ!?」

「大丈夫、僕も付き添うから・・・・出来心だったんだよね?」

「何でそんな、生暖かい目で私を見るんですかぁ!?」


 フィオの両肩に手を置き・・・・・いつの間にか持っていた石鹸を手渡す。


「僕は待っているから、ちゃんと綺麗になって帰ってくるんだよ・・・・・・」

「綺麗って、血ですか!? 服についた血を洗って来いと 言ってるんですか!?」


 さらに小瓶の様なものも取り出し、フィオの手首にそっと振りかける・・・・・香水でのようだ。


「ちゃんと罪を洗い流したら・・・・・・・・そのときは、結婚しよう・・・・・・」

「罪って、臭いの事? 臭いから近づくなって、遠回しで言っているんですか!?」


『無限バック』に、いそいそと返してもらった装備を仕舞い込み・・・・・

 

「大丈夫・・・・・・子供たちは・・・任せてくれ」

「子供って、装備品の事!? と言うより、セラさん共犯者ですよねぇ!?」

 

 セラは何故か満足そうに、右手を握り親指を立ててサムズアップ。・・・・・実にいい笑顔である。

 弄られて、フィオは疲れ果てていた。

 

「それはそれとして、この倒した『ゲラ』どうしよっか」

「・・・・・・・『ノーム』さん達がいるから大丈夫です・・・・・・」

 

 涙目で恨めしそうに睨みながら、不貞腐れたように・・・・いや、不貞腐れてる。

 座り込んで草を、ブチブチと引っこ抜きながら・・・癖なのだろうか?


「『ノーム』か、でも倒した数がすごいよ?」

「・・・・・・・・もしかして回収するの、てこずっているかもしれません」

「う~ん。何せ、この数だしなぁ~」



 『ミッドガルド・フロンティア』において、『ノーム』と呼ばれる種族は確かに存在する。

 しかしプレイヤーとしてでは無く、ノンプレイ・キャラとしてである。

 設定資料集では、討伐した魔獣の回収で生計をたてているらしいのだが、回収任務を行っている所など観た事が無い。むしろ換金所の前で、物乞いの様な事をしている。

 物乞いノームに食料アイテムや、薬草などの回復アイテムを渡すと、稀にではあるがレアアイテムなどをくれる時も有り、意外と侮れないのだ。

 その『地妖族』が仕事をしている。


 ――――――――――観たい、スッゲェ観たい。


 セラは興味津々である。

 さらに気になるのが、『フィールド・サーチ』の時に見える黄色い点だ。

 魔獣は赤、人間やその他の種族は蒼で表示される。では黄色は何なのだろうか、少なくとも小動物ではないのは確かであった。


 興味津々で、周囲を監視していると、今滞在しているエリアに異変が訪れる。

 地面から小人が湧き出てきたのだ。

 身の丈は大人の膝ほどの高さ、尖った鼻と長い耳が特徴、どこぞの御話に出てくるような可愛げは一切無く、どちらかと言えばRPGの序盤で美味しく経験値になりそうな連中だった。

 黄色い点は、こいつ等だった。


「イソガシ、イソガシ」

「デカイノ、アル・・・・・・タイヘン」


 どうやら回収作業を始めるようだ。

 ノームたちは、倒れている『ゲラ』にタグをつけ、そこに誰が倒したのかを記入する。

 それぞれが好きかって言いながらも、しっかり仕事をしている。

  

「コレ、フィオガタオシタ・・・・ナマエカケ」

「マジカ!!・・・・ジョウダンダロ・・・・・フザケルノ、カオダケニシロ」

「フザケテナイ・・アト・・・・ミンナオナジカオ・・・・」

「「「タシカニ・・・ゲハハハハハハハハハハハハハハハハ」」」


 意外に愉快な連中のようだった。

 その内ノームの一人がセラに近づいてきた。


「オマエダレダ、ナマエイエ・・・・シゴトススマナイ・・・タイヘン」

「僕? セラ・トレントだけど・・・・・」

「セラ・・・・・ワカッタ・・・シゴトカタズク・・・ヨカッタ」


 そう言いながら、タグにセラの名前を書いてゆく。

 彼等は普段地中にいて、魔獣を誰が、何処で、何体倒したのか記録して、回収作業の折にタグをつけて運んでいく。

 魔獣の行き先は解体場、そこでタグを見て何割が冒険者の報酬になるのかが決まる。

 凄く重要で、決して楽な仕事ではない。


「もしかして、僕が仕事を大変にしてる?」

「ボウケンシャ・・・・・タタカウ・・シゴト・・・・ケド・・・カズオオイ」

「何だったら、五、六頭あげるよ? 迷惑かけたし」

「マジカ・・・オマエ・・・イイヤツ。ヤロウドモ、マジュウモラッタ・コンヤワノムゾ!!」

「ソッコウデ、キリアゲルゾ・・・グダグダスンジャネエゾ!!」 

「ヒサシブリノニクダ・・・・・オンニキル」


 何か迷惑かけたようだから、お詫びのつもりで『ゲラ』をあげたのだが、カンフル剤の効果を発揮したようだ。

 ノーム達が馬車馬の如く動き出す。

 瞬く間に、『ゲラ』の躯が地中に沈んでいき、獣の墓場のようだった森が綺麗に片付いてゆく。

 後には流れた血だまりだけが残される。

 森に残ったのは、セラとフィオ、ノームが一人。


「オマエ・ムラニ・・イクノカ?」

「うん、10日ほど厄介になろうと思っているけど?」

「ソウカ・ナラバ・・アトデイイモノ・ヤル」

「もしかして、御礼? そんなの良いのに」

「ウケタオンハ・・・カナラズカエス・・ソレガノームノ・・ギダ」

「義って、君は何処の武将様!?」

「ワレワレ・・・ノームハ・・・サムライデ・・・・ゴザル・サラバダ」


 出て来た時と逆に、ノームは地中へと消えていった。

 義理堅いノームに、奇妙な愛着が芽生える。

 決して可愛げが有る訳ではないが、彼らには彼らの独自の文化が在るのだろう。

 そしてこの世界は多くの種族が存在している、とても10日では知ることが出来ない文化が在る。

 元の世界に帰る前に、彼らと交流するのも面白いのではないか?

 セラの脳裏にそんな考えが浮かんだ。


「面白いね、ノームって」

「そうですか? 私は、ちょっと怖いですけど・・・」

「それは、偏見だよ。彼らは自分たちのルールに従って生きているだけで、悪意が有る訳じゃないんだし、こちらから歩み寄ることも考えないと、不幸なことになると思うよ?」

「でも、知り合いのおじさんが、『ノームは馬鹿だから、適当に丸め込んでこき使えばいい』て、言ってましたけど?」

「それこそ偏見だよ、今日見た彼らがそれ程馬鹿に見えるの?」

「見えないです・・・・」

「でしょ? 彼らは人に合わせて態度を変えているんだよ」

「気をつけてみます・・・・・」

「それが良いよ、彼らの様な縁の下の力持ちを敵に回したらいけない」


 日はまだ高いが傾きを見せている。

 後、二時間位でこの森も赤く染まるのだろう。

 これから村に行き宿を探して、やる事はたくさんある。


「それじゃ、フィオちゃん。村までの案内よろしくね」

「はい、頑張ります!!」


 只の案内に何を頑張るのか分からないけど、元気よく答えるフィオが可愛らしいも微笑ましく、自然と暖かな笑みが毀れてくる。

 どこか上機嫌で鼻歌を歌い、先頭を歩く彼女のあとに続く。


「あれっ? ちょっと待てよ・・・・・・・」


 ノームは地中に潜り、冒険者の動向をつぶさに記録している。

 今日倒した『ゲラ』の数はかなり多いが、彼らは誰が倒したかを把握していた。

 つまりは、この森中に彼らはいて、フィオや自分を観ていた事に為る。

 当然、泉のあるエリアにも彼らはいた筈であり・・・・・・・・・


「あっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「どうしたんですか、セラさん!? 突然大声で叫んで!?」


 思い出してしまった。

 自分があの泉が在る場所で、何をしたのかを。 

 人として、生き物として、決してあがらう事の出来ない生理現象。

 そして自分は、あの藪の中で・・・・・・・・


 一度火が付いたら止まらない。

 溢れた感情は、羞恥心を大きく揺さぶり、セラの頬を真っ赤に染め上げる。

 

 ――――――――――視られていたかもしれない!!


 ついにその解答にたどり着き、感情が爆発した。


「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「いったい何が、どうしたんですか!? セラさんは、何で泣いているんですかっ!?」


 当惑するフィオに、セラは顔を両手で押さえ、しゃがみ込み、何も応えずただ泣き続ける。

 ただ悲しくて、ただ恥ずかしくて、ただ情けなくて。


 青く澄んだ大空を、セラの悲痛な嘆きがどこまでも響いていた。

 

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