帰りは魔獣に追いかけられました ~そろそろ僕はヤバいかも知れない~
「ル~ル~ルルルル、ル~~♪・・・・・」
「セラよ、何故に部屋の隅で膝を抱えてるのじゃ? そして何故に大〇越前のオープニングを口ずさむ?」
「ほっといて・・・僕はヴェルさんに大切な物を奪われた・・・ふふ・・・もう男の子に戻れないかも知れない・・・うふふふ……」
何もかもを絶望したセラが不気味に笑う。
昨日この宿、【ゲイ・ボルグ亭】の風呂場で、セラはヴェルさんにパフられた。
しかもそこにフィオとマイアが参戦し、交互にパフられ捲った。
其れだけでも精神的にヤバイのに、セラはその時〝感じてしまった〟!!
それは開いてはいけない禁断の扉、その扉が僅かに開いたのをセラは見えてしまったのだ。
今のセラは焦燥感にかられナーバスになっている。
色々と大切な物を失ってゆく現実に、もう耐える事が出来ない危険領域に達していた。
そのショックから一睡もできず、目の下に隈が出来る程である。
「では本格的に男の娘に目覚めるのじゃな♡? 百合百合の世界に踏み込むのじゃな!」
「・・・・・何で嬉しそうなの?」
「百合は良い、百合は良いぞぉ~~死ぬならやはり乳の上じゃ!」
「・・・・一人で死んでください・・・ヴェルさんもボルグさんと同類なんだね・・・・・」
「!?」
ボルグと同類と言う言葉にヴェルさんの時は止まった。
「嫌がる僕に飛びついて~パフりまくりだ、さぁパフれ~~♪ 貴女は二人を煽動し~~百合になれよと強要す~~♪……」
セラはベルさんの仕出かした事を替え歌に乗せて陰鬱に歌う。
「待つのじゃ!! 我をあんなオカマと同レベル扱いは不本意なのじゃ―――――!!」
「薔薇と百合とは同レベル~~本人気付かない~~~♪ こんな~や~つ~に~襲われたら~~~首を~つる~し~か~ない~~~~♪……」
「待て!! 何処からロープを取り出したのじゃ!! そして何故に梁に括り付けるっ!!」
「父さん、母さん、そして真奈ちゃん・・・ごめんね、僕もう耐えられない・・・・・」
「早まるなっ!! 人生これからじゃぞ、馬鹿な真似は止めるのじゃぁ――――――――!!」
「あ~な~たはホモ、貴女は~レズ~同レベルで~~無理矢理人を襲う~~~~♪……」
「我が悪かったぁ―――――――!! まさか其処まで追いつめられるとは思わなかったのじゃぁ!!」
深刻を通り越して最悪なレベルまで追いつめられていたようだ。
その後フィオとマイアの加わり宥める事で持ち直すのに成功はしたが、暫くセラの精神状態は危うい均衡状態が続いていたと言う。
何にしても、セラが立ち直るまで二日ほど時間を潰す事と為った。
その後ヴェルさんはこう叫ぶ・・・・
「我はただパフパフしたかっただけじゃぁ――――――!! まさか其処まで追いつめられるとは思わなかったのじゃ―――――――!!」と・・・・・・
しかしセラが立ち直っても、ヴェルさんのパフリの野望は消える事は無かった。
二日間部屋に引きこもったセラをようやく外に連れ出したフィオとマイア。
その間ギルドの依頼はポーションの製作と納品で繋ぎ、僅か乍らでも収入を得る。
しかし、やはり高収入なのは討伐依頼であり、未だ未熟なフィオと後方支援特化型のマイアにとっては不安の大きい所である。【半神族】特有の覚醒を果たしているならともかく、今のマイアに前衛はきつかった。かと言ってセラに頼り切るのも危険であり、それが元で手痛いミスをする可能性も否めない。
さじ加減が分からず意外に頭を使うセラの姿が、ギルドの掲示板の前に合った。
とは言え今日ミール村からロカス村に戻るセラ達は依頼を受ける事はせず、ボイルが荷馬車で迎えに来るまでやる事が無い。
ヴェルさんの所為で貴重な二日間が消えた事は手痛い。
二人の視線が痛いヴェルさん。
「我だけの所為では無いのじゃ……フィオとマイアもパフったのじゃ…理不尽なのじゃぁ~・・・」
「悪い道に誘う悪質な煽動家は淘汰されるべきだよね、今直ぐにでも・・・・・」
「セラ? 目が怖いぞ? そして何故に庖丁を研ぐにじゃ?・・・・」
「ヴェルさんは海と山どっちがいい? 望みの場所に連れて行ってあげるよ」
「埋める気じゃ、沈める気じゃ、我ピンチ至急救援を望むっ!!」
「大丈夫だよ、天井のシミを数える間もなくすぐに終わるから」
「その爽やかな笑みが猶更怖いのじゃぁ!!」
「大丈夫。痛くない、痛くないからね? 多分・・・・・・」
「殺る気満々!? 我に逃げ場無し、助けて~~~~!!」
おかしな扉を僅かに開いて以降、セラの様子は一段と危険な方向に進んでいた。
「ヴェルさんには分からないよね? ヴァ―ジンロードをウエディングドレスを着て歩く僕の先に、新郎姿のフィオちゃとマイアちゃんとヴェルさんがいて、剰え無理矢理誓いの口付けをされた後に、突然現れた回転するベットの上で、捲りめく百合の花園を見た夢に魘される僕の気持ちなんて・・・・・」
「それは其れで見てみたいのじゃが・・・・・・」
「因みに神父さんはボルグさんだった……セリス君とボイルさんをベットの横で襲っていたよ・・・酷い夢だった・・・マジで・・・」
「前言撤回、百合とBLは許せてもガチムチハードゲイは見たくないのじゃ・・・・」
「やってる事は同じじゃん」
「全然違う、美しくないのじゃぁ!!」
「どうでもいいよ……そう、どうでもね・・・・ふふふ・・・・・」
「セラの目に狂気が見えるのじゃ!!」
「手には凶器も有るよ?」
「巧い事言ったつもりかっ!? どちらにしても我はピンチじゃぁ!!」
「おめぇら、いつも元気だな? 俺はもうここには来たくなかったんだが・・・・・解体場から素材と心臓を貰って来たぞ。ついでにソウル・ジェムもな」
いつの間にかいたボイルが、両手に抱えるのがやっとの素材を箱詰めで運んで来る。
「ボイルさん、何故解体場に? 今日は迎えに来るだけじゃ無かったんですか?」
「ミール村の依頼がロカス村に来るようにその逆も有るんだよ、そんでその素材を解体場の倉庫に運んで来ただけだ。ついでにお前らの素材も受け取って来て置いたぜ」
「なるほど、そいう事ですか」
ある特定の村で不足したものを別の村から取り寄せる事で必要な物資を補う、この場合ミール村で不足しているのはポーションなどの回復薬を作る為の素材である。
この村は駆け出しの冒険者が経験を積むために大勢来る。そうなれば必然的に回復役の需要が伸び、当然ながら素材が不足がちに為り易かったのだ。
セラの御蔭で回復薬の調合にも人手ができ、このミール村に卸す様になっていた。
ロカス村は昔からこうしてミール村と親密に取引をしているのだ。
「セリスには此処に来る前に渡しておいたぜ、コイツは残り三人の物だ。後セラには素材を売った資金、この袋だ、確認しといてくれ」
「アァ~~ン、もう、ボイルッたらイケズねぇ~~あたしのダーリンも連れて来てくれたら良かったのにぃ~~」
「連れて来たら、オメェは真っ先に襲うだろっ!!」
「そんなわけぇ~~有るじゃないのぉ~~~愛に生きられないなら、あたしはアタシじゃないわぁ~ん」
「襲うのは確定かよ・・・・・」
「なんだったらぁ~~ボイルでも良いわよ~~~ン♡」
「断る!! ついでにお前の相手をしているほど暇じゃねぇ」
「もう、でもそんなボイルがス・テ・キ、キャッ♡」
「「何でだろ、スゲェ、ムカつくっ!!」」
不愉快な物を見れば誰でもそう思うだろう。
ましてやボルグは、ウザイ、キモイ、メンドクサイ、の三拍子がそろっている。
物理攻撃が効かない以上、この化け物には近づかない事が最大の防衛手段なのである。
逆に言えば近くに居たら危険なわけであり、不愉快かつ関わり合いになってはいけないと云う条件が組み合わさり、距離を取ると云った選択肢が有効に為るのは自然な事だった。
セラも今日にはこの村から離れるため、我慢できる範囲であった。
「そう言えばセリスも村を出るとか言ってたな、どこに行くのかは知らねぇけど・・・・」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
よよよと崩れ落ちるボルグ。
「そんな・・・あたしのドリルをあそこまでギンギンにしておいて放置だなんて……何て……何てドSなのっ!! あたしの初めてを上げてもイィ――――――――――ッ!!」
「「んなモン誰も欲しがらねぇよっ!! 迷惑だっ!!」」
「こうしちゃいられないわっ、ダーリンがいる間に初めてを貰って貰わねばっ!!」
「セリス君、故郷の村に恋人がいるって言ってましたよ?」
「!?」
フィオの衝撃的発言に、ボルグは蒼褪めた顔で震え乍ら後退する。
「う、嘘よ・・・・」
「幼馴染と言ってたわ……ただの片思いだったわけね……思い込みだけで暴走して人の話を聞かないから下手に傷つくのよ? 無様ね」
「嘘よっ!!」
「結婚を誓い合ったと言ってましたよ? 素敵ですねぇ~~」
「うそぉよぉ―――――――――――――――――っ!!」
ボルグ、敢え無く撃沈。
両手を床につけさめざめと泣いている。
だが、誰も慰めようとしなかった。
何故なら、キモイから。
「それよりもクラウパの心臓どうします? ここで食べるんですか? 姉さん」
「是からボイルさんの荷馬車に乗るんだよ?」
「愚問でしたね……直ぐに吐いてしまいます……」
「え? 食べないんですか? もぎゅもぎゅ・・・・」
「「もう食べてる!?」」
「美味しいですよ?」
「「・・・・・・・・・」」
魔獣の肉は確かに美味い、それも生で食べられるほどに。
とりわけ心臓が美味と言われているが、それは正解である。
しかし、これからロカス村の暴走特急、ボイルの荷馬車に乗る以上腹の中に何かが詰まっている事は非常に宜しくない。食べた物が全て逆流してしまうのは確実であり、それは懸命に生きた魔獣に対する冒涜である。セラもマイアもそんな勿体無い真似をする気は更々無かった。
リバースすると判ってる以上、リスクは最小限にする事は決して間違いでは無い筈だ。
其れでも食べるフィオは、やはり剛の者だった。
ぽやんとしてい乍ら、かなり強い。
「それじゃぁ、帰る準備をしますか」
「はい」「ハァーイ」
二人は【亜空間バック】に素材を入れ、身の回りを片付け始めた。
そんな二人より早く【ゲイ・ボルグ亭】の外に出ると、照りつける日差しが眩しいのか、左手を目の上に掲げて日差しを遮り遠い目をして呟く。
「生きて戻れるかなぁ・・・・・」
これから地獄のドライブが待っている、そう思ったのだが今日だけは違っていた。
二両編成の荷馬車に荷物は満載、よく見るとシートの中に見えるのは角材だった。
恐らく建築資材の運搬を任されたのだと思われる。
そして不自然なのがこの荷馬車を引くのに、なぜか馬が二頭しかいないのがおかしい。
角材の重さは相当ある筈で、とてもでは無いが馬二頭では力不足に思われる。
だと言うのに他の馬の姿が見当たらないのだ。
「これ、荷馬車引いていけるの? どう見ても馬の数が合わないよね?」
「ボイルさんの馬なら大丈夫ですよ、見た目よりも力持ちですから」
「マジで?」
「姉さん、この荷物の量ではあたし達振り落とされるのでは……」
「ハッ!?」
ボイルの馬車テクはラリーカーの如く荒野を爆走する。
今まで乗った限りでは二人は確実に気絶していたのだ、そんの状態でカーブを曲がったりしたら振り落とされるのは確実である。
二人は今日死ぬ運命なのかと涙ぐんだ。
「短い人生だったね・・・・」
「あたし……姉さんに出会えて幸せでした・・・・・・」
「地獄で会おうね・・・・マイアちゃん・・・・」
「そこは天国ですよ・・・姉さん・・・・」
「其処まで悲壮な覚悟を決めんでも・・・もしかしたら安全運転かも知れぬぞ?」
「「それは絶対に無いと思う!!」」
ことボイルの性癖に関してだけは信用が置けない。
積荷が貴重品だろうが同乗者がいようが、決して速度を落とさず爆走する。
それどころか速度を上げ、アクロバティックな走行を延々と続けるのだ。現にミール村に来るときもセラとマイアは危うく天に召される所だった。
そして、更なる犠牲者の存在を 知る事と為る。
「おう、来たようだな」
「お世話になります。ボイルさん」
「セリス君?」
まさかの同行者が彼であった。
彼は知らない、ボイルのイカレタ性癖を。
セラの背に戦慄が走る。
「・・・・な、何故セリス君がこの馬車に・・・・この村で活動するんじゃないの?」
「そうしたかったんですけど・・・この村には、あの人が居ますから……」
思い出したくも無い出来事を思い出したのか、セリスの表情に哀愁が漂う。
セラも思わず溢れる涙を腕で拭った。
あのオネェが居る限り、セリスの気が休まる事は無いだろう。
常に周囲に気を配り続け、見掛けたらすぐに姿を隠さねばならない。
発見されたら最後、捲りめく薔薇の世界にご招待なのである。
そんな村に居たいとは誰も思わないだろう。
そして、同じ被害者あるボイルに相談し、拠点をロカス村に移す決意をしたのだ。
変態の多いロカスの村だが、少なくともこの村に居るよりはマシな筈である。
事情を知る故に、セラには『早まるなっ!!』とは言えなかった。
「んじゃ、出発するとするかっ!! お前ら、さっさと乗り込めっ!!」
気合の入ったボイルの口調に押され、躊躇い乍らも馬車に乗り込む。
驚いた事に、二頭の馬は二両連結の荷馬車を平然と引き始めた。
「……何で、この重量で荷馬車を引けるんだろう………」
「ジョブの奴から貰った薬をえさに混ぜたら驚くほどパワフルに育った。スゲェだろ?」
「・・・・・成程、何故か納得できました・・・・・」
プロテインを混入された餌で育ち、驚異の身体能力を得た馬。
見た目が普通に見えるのは、無駄なく運動して極限まで絞られた肉体なのだと悟る。
ロカス村は畜産業まで常軌を逸していた事を、今日初めて知るのだった。
二頭の馬は何事も無い様に、加重積載のに連結馬車をひいてミール村を後にした。
立ち上る砂塵を引き連れ乍ら・・・・・
ミール村を出て7時間余り、休憩を入れながらも荷馬車は日の落ちた暗い街道を走り続けていた。
この速度なら、後少しでロカス村に到着するだろうとボイルは口にする。
荷馬車の積載量の為か、速度は何時もの半分くらいの速度で走り、セラ達が気絶するような凶悪さは為りを潜めていた。
それでも常軌を逸した速度である事は変わりないのだが、今のところ犠牲者は出ていない。
尤も、それ以外の脅威はあるのだが・・・・
「あ~~~のって来ねぇなぁ~もっとスピードが欲しいぜぇ~、ハァ……」
ⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮO!!
「……こんな時によくそんな事言えますね、ボイルさん………」
「だぁ~てよぉ~全然エクスタシーを感じねぇ~んだぜぇ~? やる気が出ねぇ~」
ZUⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮOⅮO!!
バスッ!! バスッ!!
「命の危険に曝されているのに、何を暢気な事を……」
「仕方が無いですよ~これがボイルさんですから」
「この馬車に乗ったのが運の尽きね・・・・・・」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
バスッ!! バスッ!! バスッ!! バスッ!! ガシャッ!!
「あ~死にてぇ~こんな速度の馬車に乗るくらいなら死んじまいてぇ~~」
「本当に死んじゃいますよっ!!」
「そろそろ追いつかれるのぅ……」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォッ!!
「アンタ等いい加減に知ろっ!! 何で僕ばかりに迎撃させるのさっ!!」
「「「「だって、セラ(セラさん・姉さん)しか攻撃手段が無いからっ!!」
「理不尽だぁ―――――――――!!」
日も落ちて暗くなった平原に、大音響を立て乍ら爆走する一頭の大型の獣。
平原に生息する草食獣の中で最大の巨体を誇る魔獣【グラカクトス】が、ボイルの荷馬車の後を猛スピードで追いかけて来ていた。
この魔獣は平原では最も危険視されており、毎年多くの商人達の荷馬車が襲われている。
性格は獰猛で好戦的、しかし生臭なところも有り餌である草を食べる以外土の中で寝ている習性を持つ。基本的には夜行性らしく、日中は出くわす事などほとんどないが、今回は寄りにも寄って街道の真下に穴を掘り隠れて爆睡していたのだ。
そんな事を知らずに真上を馬車が通り過ぎればどうなるか? 結果はもう解っていると思う。
運悪くボイルの馬車は、グラカクトスの真上を通過してしまう。
見た目はサイとトリケラトプスを足したような外見で、突進力も有り走り出したら敵を潰すまで止まらない。主に中級~上級の冒険者が狩る事を許される魔獣である。
頑丈な外殻はまるで戦車の如く高硬度で、速度も見た目より早くしかも持久力も高い。
一度狙われたらどちらかが倒れるまで戦うしか無く、別名【草原の重戦車】の異名も伊達では無い。
そんな魔獣と現在カーチェイスの真っ最中、積載量の分逃げ切るのは難しい状況でる。
更に悪い事に、このまま進めばロカス村までトレインして行く事に為り、再び村に危険が迫っている事に為る。村に伝えようにも出来ない状況は非常に拙かった。
セラは続けざまに矢を放つ。
既に関節部に何本もの矢が刺さっているのだが、一向に速度が落ちず、それどころか馬車に追いつく程の速度で迫って来ていた。
「勿体無いけど【氷結の矢LV4】を使うしかないか・・・・・」
「そんな物が有るなら何で最初から使わないんですかっ!?」
「……だって……矢、一本の値段が高いんだもん・・・・・・」
「・・・・・いくらなんです?」
「LV4だから一本あたり1500ゴルダ・・・・・・」
「・・・・マジですか?・・・・」
セリスの疑問に力なく答えるセラ。
ボウガンの矢はLVに応じて値段が急激に高くなる。
たった一本の矢で【ハイ・ポーション】が三本買える程の値段である。
弓やボウガンは言わばお金をばら撒く散財武器である事を知り、セリスの表情は強張ってしまう。
駆け出しの彼では使う事すら難しい装備であった。
「ここからは大盤振舞だっ、全額ぶっこむから受け取りなっ!!」
流れるような動作で弾倉を交換すると連続で矢を放ち、更に矢をセットしては撃ち続ける。
グラカクトスの体が氷結して行き、徐々に氷で覆われ速度が落ちて行くのが見て分かる。
元々常温動物の為寒さに弱く、氷属性は苦手な部類に入るのだ。
「フィオちゃんとマイアちゃんは氷系統の魔法で応戦、僕に続いてっ!! 【アイス・ランサー】連続射撃っ、いっけぇ――――――――!!」
「あ、【アイス・ブリット】」
「【コルド・ローア】!!」
氷系魔法を立て続けに受け、グラカクトスは白い氷結で覆われはじめる。
突き刺さった氷の槍の傷口からは出血せず、内部から凍り付かせて体力を奪ってゆく。
だが、それに気がついた時セラはこの魔獣の特性を思い出した。
凍り付いた外殻から湯気が立ち上り、落ちていた筈の速度が増して行く。
怒り状態で発動する【パワー・ブスート】だ。
「拙いっ!! 此の侭じゃ追いつかれるっ!!」
グラカクトスの速度は馬車を上回り、次第に距離を縮めて来る。
ただでさえ全長8メートルを超す巨体が地響きを立て乍ら接近してくる様は、一時的に恐怖を受けるのに十分すぎた。セラ達はボウガンと魔法による攻撃を立て続けに叩き込む。
効果は出ている筈なのに、その勢いは留まる事を知らないかのように馬車の直ぐ其処まで接近していた。
「効いてないっ!? 何て魔獣なんだっ!!」
「これは至近距離でそれなりの魔法を撃ち込むしかないかなぁ……手傷を負わせれば御の字」
「ボイルさん、此の侭じゃぶつかりますぅ~~」
「あ―やる気が出ねぇ―― 荷物捨てっかなぁ~~~」
「仕事よりスピードを選ぶのか、こやつ……」
「このままあの魔獣を引き連れて行ったとしたら……村が滅ぶわね・・・・・・」
速度を上げ続けるグラカクトスは突如方向をかえ、馬車に並走するかのように追従した。
「「「「なっ!?」」」」
そしてそのまま体当たり。
衝撃が馬車を激しく揺らす。
「拙いですよっ!! これじゃ馬車が横転しますっ!!」
セリスがそう叫ぶ。
更にはその有り余る巨体を押し付け、馬車を押し倒そうとする。
既に猶予は無い、咄嗟にセラが指示を下す。
「ヴェルさんはデカ物を使って攻撃、奴が離れたら二人は魔法で応戦っ!!」
「任せるのじゃ!! うにゃあぁあああああああああああっ!!」
グモォオォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!?
横腹にヴェルさんの痛烈な一撃を受け、グラカクトスは苦悶の咆哮を上げる。
其処にすかさずフィオとマイアが凍り魔法を撃ち込んむ。
「オマケっ!! 【アイス・ブリザード】!!」
至近距離からセラの高威力の攻撃魔法をまともに受け、グラカクトスは体制を崩した。
ヴェルさんの着けた傷跡を狙い、セラは間髪入れずにボウガンを連射する。
避ける事も儘為らない巨体であるが故に、その手傷は予想以上に重傷であった。
其れでも敵を逃がさないとばかりに追い駆けて来るところを見ると、相当執念深いように思える。
セラが前方を見ると、そこには既にロカスの村が視界に入った。
「ここでケリを着けないと拙いか・・・・・・」
セラは【無限バック】から一つの武器を取り出した。
深紅と漆黒の色合いを持つ美しくも禍々しい弓、【聖魔崩弓ヴェルガゼル・レジェンド】である。
この弓は【聖魔砲剣】に比べると威力が無いが、代わりに他の追随を許さぬ貫通力が有る。
大剣を思わせるような矢をセットし、弦を引き絞る。
体当たりを受けて車輪にガタが来たのか、馬車は左右に激しく振られ狙いが絞り辛い。
それでも不安定な足場で狙いを定め、この壮絶な追いかけっこに幕を下ろすべく前精神を集中させていた。
「魔力……解放・・・・・」
【聖魔崩弓】の魔力解放は射程距離と貫通力の増加である。
更に込められた魔力を集束させることで威力を上げる事が可能であり、如何なる硬度の物であれ貫通させることが容易に為る。
狙うはグラカクトスの頭部一点のみ。
セラの頬を汗がつたう……
荷馬車が村の門を潜り抜ける。
激しく揺さぶられる中セラの視界に映るのは、門を破壊しながらも突き進んで来るグラカクトスの姿だった。
射線が一瞬グラカクトスと合わさる。
その瞬間、〝ドンッ!!〟とおよそ弓が放つ音とも思えないような重低音が響き、膨大な魔力を帯びた矢がグラカクトスの眉間に吸い込まれた。
何が起きたか知る術も無くグラカクトスは息絶え、加速された巨体は地響きを立て乍ら地面を削り激しく転がる。
だがその瞬間をセラ達が見る事は無かった。
何故ならその瞬間に荷馬車の車輪が脱輪し、全員馬車から投げ出され麦わらの山に突っ込む事と為ったからだ。幸いにも全員にケガはなかったが、お約束の通りに頭から麦藁の山に突っ込んで気絶しているメンバーが発見される事となる。
しかし、どう云う訳かボイルだけは無傷でぴんぴんしていた。
彼は村の衆に事情を話し、セラ達はジョブの宿に担ぎ込まれ翌日目を覚ます事と為る。
再び担ぎ込まれた大物に、村は再び一喜一憂するのだった。




