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流されて異世界? ~そして二人は出会った~

「……ここ……どこ……?」


 瀬良優樹が気がついた時、そこは鬱蒼と茂る森の中であった。

 木々の間から漏れる木洩れ日は、森の植物たちを美しい彩に飾たて、瑞々しく茂った枝の隙間から覗く澄みきった青空を、観た事も無い色鮮やかな小鳥たちが飛び交う。

 現代日本の街中では味わえない、とても澄みきった空気。鼻腔をくすぐる植物特有の蒼い香り。

 そのすべてが、彼の思考を当惑へと誘う。


 どう考えてもここは、自分の知っている世界ではない。

 しかし仮にそうだとしたら、なぜこんな事になったのか。

 自分の身にいったい何が起きたのか。

 不意に脳裏をよぎるのは、突然にテレビ画面から溢れ出したまばゆい光、そして謎のアイテム『異界パスポート』。

 すべてが繋がったような気がしたが、あまりに荒唐無稽すぎる。

 何よりも、彼の常識がそれを受け入れられない。


「…そ…そんな…馬鹿な………」


 当然であろう。

 どこかのラノベや漫画ではあるまいし、オンラインゲームで手に入れたアイテムが、現実世界に影響を及ぼすなど、万が一にもありえない。

 だが、その万が一が実際に起きてしまったとしたら。

 その異変に巻き込まれてしまったとしたら、誰でも彼のようになるだろう。

 むしろ、混乱状態に陥り、発狂しないだけ彼はマシだといえる。


「どうするんだよ、こんな状況……………て、あれっ?」

 

 どうしようもないこの状況に、頭を抱えていた彼だが、ある違和感に気が付いた。

 彼の右手に携えている、ひときわ大きな物体である。


「これって、『ガジェット・ロット』!?」


『ガジェット・ロット』、それはオンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』でアバターが持ち寄る武器の総称である。この武器は主に『レプリカ・ロット』、『オリジナル・ロット』、『プロト・ロット』、の三種類に分かれており、これに倒した魔物の『素材アイテム』を組み込むことで、能力や武器の形状を強化改良してゆくのである。

 また、『レプリカ』、『オリジナル』、『プロト』の三種の『ガジェット・ロット』は、それぞれ初期の攻撃威力が異なり、『レプリカ』が最も低く、『プロト』が最も高い。

 だが『オリジナル』は希少度が高く、採掘や遺跡の探査でまれに手に入れることが出来るが、『プロト』に至ってはまさに伝説級のレアアイテムなのである。

 ちなみに、優樹は生粋のアイテムマニアで、全ての武器やアイテムを集めた猛者である。

 そして、彼が持つ『ガジェット・ロット』は、極み中の極み『聖魔砲剣 ヴェルグガゼル・レジェンド』であった。

 また、『ガジェット・ロット』の役割は攻撃だけに止まらず、魔獣から獲れるアイテム『ソウル・ジェム』を組み込むことで、魔力貯蔵タンクの役割もある。


「…嘘だろ……本物だ……!」

 

 彼は、今置かれている状況をすっかり忘れ、得も言えぬ歓喜と感動に身を震わせる。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


「アレっ?……もしかして…いやっ、でも…まさか……」


 しばらくの間、感動に身をゆだねていた彼だが、あることに気が付いたのだ。

『聖魔砲剣』を手にしていると云うことはつまり……


 彼は、ゆっくりと首を足元に向けた。

 そして予感は的中する。


「うええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 彼の視界に見えたのは、純白の生地で作られた、膝よりやや上ぐらいのサイズで、フワリとした『スカート』であった。

 アイテム名、『ファルティナスの聖衣』、女性キャラ専用の装飾アイテムである。

 他にも『聖輝光のローブ』、防具『ヴェルグ・レジェンド・シリーズ』、腰にベルトで固定してある『無限バック』など、彼には見覚えのある物ばかりであった。

  

「うっ、うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 頭を抱えてしゃがみ込む。

 異世界にきてしまった事はまだしも、自分が女装している事が信じられない。

 〝ネカマ〟だの、〝女みたいだ〟だの、さらには〝男にモテモテ〟だの、つい先ほど散々言われまくっていたのに、何故に女装!?

 この現実は、彼にとってとても受け入ることのないものであった。

 更なる混乱はまだ続く。今現在、彼はスカートを身につけている。そんな状態でかがみ込めば、嫌が応もなく知ることになる。

 あるべきものの有無に。


「!?」


 優樹は弾かれたように立ち上がると、この世の終わりのような青ざめた表情で、自分の下腹部より下に視線を向け、言葉にならない何かとせめぎ合っていた。


「まさか……そんな…誰か嘘だといって……」


 彼の悲痛な声に、誰も答える者はいない。

 決断するのは他ならなぬ、彼自身が決めねばならない。

 優樹は目を閉じて、居るかどうか分からない神に祈るようにして、自分の手を下腹部より下の微妙な位置に手を伸ばす。

 見様によっては、かなり邪な光景だ。


「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 現実に耐えきれなくなり、全力で走り出す。

 行く当ても無く目的もない、ただ闇雲に考えも無しにただひたすら、トコトン、脇目も振らず感情の赴くままに森の中を激走する。

 号泣しながら…………合掌。




 どれだけの距離を走り抜けたのか、優樹は森の中をトボトボと歩いていた。

 泣き疲れたのか、単純に体力を使い果たしたのか、それは彼にしか分からない。

 ただその表情は暗く、足取りも重い。

 それでも彼は、歩き続ける。


 ふと気付くと、開けた場所に出た。

 周囲を三メートルほどの段差に囲まれた泉であった。

 水面は信じられない位に透明度が高く、泳いでいる魚が透けて見えるほど清らかな水を湛えている。


 彼は無言のまま泉に近づき、水面を覗き込んで絶句する。

 水面に映る自分の姿が、彼のよく知る人物だからだ。

 いや、正確には人物ではなく、彼がオンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』で使っていた『アバター』のモノであったからだ。  


「…嘘……『セラ・トレント』?……なんで………」


 『セラ・トレント』それが彼女の名であった。

  水面に映る顔は優樹と似て非なるもの、銀色の流れるような髪、子供の様なあどけなさを残す顔立ち、そして泉のように澄んだ青い瞳がこちらを覗き込んでいる。


「まさか……僕は、ゲームの世界に入り込んじゃったの?!」


 彼がそう思うのも無理も無い、自分の使っていた『アバター』に、今自分がなっている。そう考えなければ性別が変わったことに説明が付かない。

 だとしたらなぜこんな事に為ったのか。

 彼の頭の中に浮かんだのは、ベットにねむる『アバター』の周りをクルクル回っていた本のような物、『異界パスポート』なるアイテムであった。


「『異界パスポート』!! あれを見れば何かわかるかも!」


 窮地に希望を見出した彼は、いや? 彼女か、は、『無限バッグ』に手を突っ込み目的のモノを探す。


「あったぁ!!」


 手にした物は、何かの獣皮で作られた、ハンディーサイズの深紅の手帳であった。

 おもむろにその手帳を開くと【初めてのお試し期間。異世界滞在日数。10日間 残り日数10日 】と書かれていた。

 しかも【残り日数10日】の10の数字が点滅していた。


「これって、十日間はこの世界にいろって事なのかな?」


 優樹は一番最初のページを開くと、そこにはこんなことが書かれていた。


【お客様には常日頃から、オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』をご愛好いただきまして誠にありがとうございます。

 並びに、このアイテムを手にする事の出来たお客さま、誠におめでとうございます。


 この『異界パスポート』は、単刀直入に申しまして、『ミッドガルド・フロンティア』と似た世界に転移できるフリーパス・チケットの様な物です。

 尽きましては、こちらで細やかながら、お試し期間などもご用意させていただきました。

 滞在日数は10日間となっております。

 滞在日数が最後の1日となりましたら、その日のうちに宿か、ホテルなどにお泊りください。

 元の世界に帰還することが出来ます。 

 なお、滞在日数を少しでも過ぎた場合、選択画面が現れ、こちらの世界で生涯を全うするか、二度とこの世界に来ることが出来なくなる事、どちらかを選ばなければなりません。

 お気を付けください。

 

 お試し期間を終え、無事ご帰還なされた方は、次からお客様自身が滞在日数をお決めになることが出来ます。   

 きちんと御計画を立てて、愉しい異世界生活をお送りください。

 最後に、お客様の転移した時間軸は、この『異界パスポート』に記録されています。

 逆に、ご帰還の際には、こちらの時間軸が記録されます。

 元の世界にお戻りになった時の時間は、一、二分の時間のズレが生じますが、御了承ください。】



「10日間もこの世界にいるのか、帰る事が出来るだけまだましか」


 今までの落ち込みが嘘のように、冷静さを取り戻した優樹、だがそうなると次なる問題が出てくる。

 現在自分がどこにいるのか、この近くに村や街が在るのか、最悪な話、10日間森の中を遭難する羽目に陥るかもしれない。出来れば、それだけは避けたい。

 それに、『異界パスポート』には気になることが書いてあった。

 オンラインゲーム『ミッドガルド・フロンティア』に似た世界、確かにそう書いてある。

 ならば、魔獣もこの世界に生息しているのだろうか?

 仮にそうであるのならば、戦う力がなければ辛い。

 お金に関しては問題ない、『無限バック』が有るのであれば、当然所有している筈であるから。


「取り敢えず、僕自身に戦う力が在るかどうかだよなぁ~」


 先ずは考える。

『ミッドガルド・フロンティア』の戦いには、単純に二種類しかない。

『格闘戦』と『魔法戦』である。

『プレイヤー』は、選んだ種族や装備などで、その戦闘スタイルが変化していくのである。

 たとえば『人間族』を選んだ場合、戦闘も魔法もそつ無く熟すが、『エルフ族』や『ドワーフ族』といった種族に比べて、魔法の威力は『エルフ族』に劣るし、格闘能力では『ドワーフ族』に劣る。

『エルフ』に勝てる物と言えば、『耐力』と『力』であり、『ドワーフ』では『速さ』だけである。

 他にも種族があり『妖精族』『半獣人族』『獣人族』『半魔族』、レア種族の『半神族』なんてのもある。

 今の優樹の姿が『セラ・トレント』であるのならば、『半神族』となるため、『半魔族』に匹敵するチートな存在となる。

 だが、それはゲーム内での話である。

 ゲーム『ミッドガルド・フロンティア』では、知る人ぞ知る有名プレイヤーなのだが、現実となると話は変わってくる。

 仮に、この世界に魔獣のような生物がいたとして、正面から挑むのは勇気がいる。

 本気で、命がけの戦いになるからだ。

 この世界で死んだらどうなるのか、怖い話である。


「そうだよ、死んだらどうなるんだ? セーブポイントで復活なんて無いだろうし……」


 そう言いながら『異界パスポート』のページを捲る。

 そこに書かれていて事は・・・・・


【ふっ、兄ちゃん、いや嬢ちゃんか? 野暮なこと聞くんじゃねぇよ。世の中には、知らなくてもいい事も在るんだぜ! 人生なんてなぁ、一発勝負、決して取り返しのつく様なもんじゃ無えぇんだよ。

 だったら、思うがままに生きるのも、有りなんじゃぁねぇのかい?】


 ――――ハードボイルドだった。


 ただ、死んだらヤバイという事だけが十分に理解できた。


「と、取り敢えず、魔法でも使ってみよう」


 泉に向かい、左手を掲げ、記憶にある魔術を行使しようと念ずる。


「『ファイアー』!!」

 

 掲げた掌の先に魔法陣が浮かび、バスケットボールより大きな白光色の火焔が飛び出した。

 泉に着弾した火焔は、信じられない衝撃波を伴いながら、凄まじい水飛沫と水蒸気を巻き上げる。

 何とか堪える事が出来たが、自分の仕出かした事に愕然となる。


「………水蒸気爆発?」


 超高温度の熱量を水面に投げ込めばどうなるか、結果はこの通りである。

 戦える力が在ることは判った。だが、自分が戦略級の危険な兵器になってしまったかのような、得も云えぬ恐怖が身を苛む。

 攻撃魔法は、不用意に使ってはならない。

 そんな教訓を身をもって、知ったのであった。


「次は武器か……」


 先程の攻撃魔法で、トラウマが出来てしまった優樹は、右手の『聖魔砲剣 ヴェルグガゼル・レジェンド』に視線を移す。

 鋭角的な竜の頭部を思わせる砲身に、刀の様な刀身を取り付けられた武器で、深紅と漆黒のコンストラストが、美しさと禍々しさを強調させる最強クラスの武器である。

 『砲剣』は、斬りつけるだけで無く、砲撃も可能であり、必殺の『ディストラクション・バースト』は、『レイド級魔獣』の体力を大幅に削ることが出来る。

 もっとも、一発こっきりの奥の手なので、一度使うと大幅に魔力を失い、魔力タンクの役目が果たせなくなるので、何とも微妙に使い勝手の悪い武器なのである。


「『ディストラクション・バースト』はさすがにマズイと思うから、やっぱり切れ味かなぁ?」


 先程の失敗で学んだのか、手近な大木で試し斬りに挑むことにした。

 大木の太さは優樹が二人いて、やっと手が届く様な幹で、そう簡単に倒れそうもない。

『聖魔砲剣』を水平に構え、一気に振りぬく。

 振り抜かれた『聖魔砲剣』は、太い幹をすり抜けたかのように見えた。


「えぇ!?」


 斬りつけた角度が悪かったのか、試し斬りに使われた大木の恨みか、大木が音を立てて優樹目掛けて倒れてくる。

 声にもならない悲鳴を上げて、優樹は全力で逃れた。


「……自然破壊はイケないよね…」


 誰にともなくつぶやき、その場にへたり込んでしまった。

 静かな時が流れる。

 どこかで遠吠えの様なものが聞こえたが、優樹は心此処に在らずとばかりに虚ろに倒れた大木を見ている。

 いつまで放心している積りなのか分からない位の静寂が続く。


 だが突然、優樹が立ち上がる。

 そしてあたりをキョロキョロとみまわし、俯いたと思えば、今度はウロウロとうろつきだす。

 さらには顔を真っ赤に染め、頭を抱える。

 明らかに挙動不審な行動をしばらくの間続けていたが、意を決したかのように三メートルほどるほどの段差、直ぐ傍にある茂みの中に消えてゆく。


 少し時間がたち、火が噴き出そうなほど真っ赤に顔を染めた優樹が、涙目で茂みから出てきた。

 察しの良い人なら事情は理解できよう、黙して語らずもまた優しさなのだ。


 だがしかし、一つの試練を乗り越えた彼(?)に、更なる災難が降りかかる。

 突如として、一人の少女が段差の上から飛び出したのだ。

 その真下には当然、優樹がいる。


「ひゅぶ!!」

「ふぎゅびゃ!?」


 少女は、そのまま背中に落下し、優樹を下敷きにした。

 まるで潰れたカエルの如く、ピクリとも動かない。


「いたたたた??」


 少女は頭をさすりながら、キョロキョロと周りを見回し、背後を振り返った事で大よその状況を把握したようだった。

 だが自分が人を下敷きにしている事に、まだ気づいてもいない。

 ここで優樹が気が付いたのか、ぴくりと手が動いた。


「ふぎゅうぅぅぅぅ……」

「・・・・・・・・・・・・」


 優樹の呻き声で、ようやく何を下敷きにしているか理解したようだが、人身事故を起こしたショックで、彼女の思考が止まる。

 

「あうぅぅぅぅ、どいてぇぇ・・・・・」

「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁい!?」


 呻き声を上げる優樹に急かされ、少女は急いで彼(?)の背中からはなれた。

 いくら少女が軽い体重でも、三メートルほどの高さから飛び込まれたら、それなりの衝撃と威力になる。いまだ取れない痛みを堪え、彼(?)は何とか立ち上る。


「うぅぅ、いきなり酷い目にあったよ」


 少し涙目になりなりながらも、ついた埃を手で叩き落としながら、落下してきた少女に視線を向けた。


 ――――――――――かっ、可愛いぃっ!!―――――――――

 

 それが彼(?)の第一印象であった。

 緩やかなウェーブのかかった淡い紫色の髪、幼い顔立ちにくりっとした大きな瞳、彼(?)より少し年下だろうか、美少女である。

『レザーベスト』『レザーアーム』『レザーブーツ』、『レプリカ・ガジェット・ロット』の『ダガータイプ』、明らかに新人冒険者の装備であった。

 少女は、こちらを見つめたまま頬を赤らめ、ポカンと放心している。


 ―――『もしかして頭でも強く打った?』

 

 少し心配になった優樹は、少女に声をかける。


「ねぇ君? 大丈夫?」

「・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・反応がない。

 まさか本当に頭を強く強打したのかと、本気で心配になってくる。

 だが、ぷぷっは気づいていない。

 実はこの少女は、優樹の今の姿に見とれているだけだという事実に。

 そんな事とはつゆ知らず、少し考えた彼(大笑)は、いまだ放心している少女に近付き、自分の額を少女の額につけようとる。よくある熱を測る方法だ。


「ひょああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? なにっ、なにっ!?」

「うわぁ!? ビックリしたぁ!」

「おっ、驚いたのはこっちですっ!! なぁ、なんで、その、いきなり、きっ、キスをッ!?」

「キスうぅぅ!? 違うよおぉっ、僕はただ熱を測ろうかとしただけで……というより、何で見ず知らずの女の子にキスしなければ為らないのさぁ!?」

「ふえっ? ね、ねつぅ・・・・・!?」

「僕は会ったばかりの、名前も知らない女の子にキスするような変態さんじゃないよ!」

「ひゅえぇ? あうぅ~~~~~……」


 少女にとってはいきなりの事とはいえ、優樹の一言に頬を真っ赤に染め、自分がとんでもない勘違いをしていた事に気恥ずかしくなり、途端に俯いてしまう。

 穴があったら入りたいとは、まさにこう言う事なのだろう。


 ――――『何、この子……マジで可愛いい………』


 優樹は、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、理性でどうにか抑え込む。 

 実際にそんな事をしてしまえば、間違いなく犯罪だ。

 彼(??)は、自分の鋼の精神を褒めたくなった。


「どうやら、怪我は無いようだね。安心したよ」


 心の衝動を無理やり振りほどくがごとく、優樹は話題を変えることにする。


「えっ?、あっはい、本当に申し訳ありませんでした」


 少女は、優樹を下敷きにしたことを本気で申し訳ないと思ってるようで、何度も頭を下げ続けている。

 見ていて少し面白い。


「そんなに頭を下げなくてもいいよ、お互い怪我がなくて何よりだよ。てっ……」


 ―――――『アレっ? こんな所に女の子がいるということは、近くに町か村が在るんじゃ……』


 脳裏に浮かぶ天啓的ひらめき。

 そう、彼が元の世界に帰るためには、この世界で10日間過ごさなければならない。

 ならばどうしても風雨を防ぐ場所や、食事の事もある。

 トイレに関しては色々思うこともあるが、10日間の心棒と思えば苦痛ではあるが我慢で出来ない程でもない。

 どのみち最後の日には宿にいなければ帰れないのだから、この少女に村か街に案内してもらっても良いのではないか? 

 考えはまとまった、あとは実行に移すのみ。


「ところで君……えっと、そう言えば名前聞いていなかったね」

「えっ、あっ、フィオです。フィオ・ラック」

「フィオかぁ、かわいい名前だね」

「はうぅ、あ、ありがとうございます……それで、お姉さんの名前は…」

「おっ、お姉さん・・・・・・」


 お姉さんと呼ばれることにいささか抵抗を覚えた、しかも逆に名前を聞かれるとは想定外、さてどうしたものかと一瞬迷いを覚えたが、幸いにも都合のいい名を彼(?)は知っていた。


「・・・・・セラ、僕の名前は、セラ・トレント」

「セラさんですか、それで、あの……何か、お聞きになりたい事でも有るんですか?」

「あっ、そうだった! この近くに村か街が無いかな? ちょっと道に迷っちゃって・・・」

「道にですか? 街道を通らなかったんですか?」


 ―――――――うん、通っていない。さてどうしよう。

 セラは無い知恵を振り絞り、どう答えるか思考回路をフル回転させる。

 そうして出た回答が・・・・・・・


「真っ直ぐ進むだけが道じゃない、時には横道に進むことも勉強だと言われたんで、実際に横道どころか道草食ったら、物の見事に迷った」

「それって、道は道でも違う意味の道ですよね!? それを実際に実行したんですか!? セラさん豪快すぎますよ!!」

「人生は、道に迷っているばかりなんだなぁ」

「人生じゃなく、実際に道に迷っているじゃないですか!!」

「それが青春と言うものだと、僕は思う」

「セラさんの青春は、実際の道に迷う事なんですか!?」

「青春時代の真ん中は、道に迷っているばかりなんだよ? フィオちゃんは、面白いことを言うねぇ」

「あぁぁっ、もう、何が何だか・・・・・」


 ――――ボケ倒して、ノリと勢いで押し切るというものだった。

 いたいけな少女の思考回路を混乱の坩堝に叩き落とし、取り敢えずこの場を押し切ったセラは、いまだ混乱するフィオに助け舟を出す。

 

「まぁ、フィオちゃん。道に迷ったことも、あとから夢でほのぼの思うかもしれないよ?」

「思考の迷宮に迷わせているのは、セラさんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「本当に上手いこと言うね。これが本当の迷宮入り」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」


 助け舟どころか、止めを刺してしまったようだ。

 セラは意外にドSなのかもしれない。

 なぜなら彼女(?)は、妙に満足げに頬を赤く染めながらほくほくしていた。

 そしてフィオはと言うと・・・・・


 ―――――『恨んでるんだ…きっと私のこと恨んでるんだぁ~イジメて愉しんでいるんだ……』


 哀れなことに、かなりの深刻なトラウマを植え付けられたようで、体育館座りで膝を抱えて何やらブツブツと呟いている。

 

「ときにフィオちゃん、街道ってどっちに行けば出られるのかなぁ」

「……あっちです……私の事はほっといてください…」

「…村か街まで案内してくれると嬉しいんだけど……」

「………街道に出て右が村、逆が街です……迷うのがお好きな様なので…思う存分、心行くまま満足するまで迷ってください」

 

 膝を抱えたまま、街道の方角を指さし、きっぱりと拒絶される。

 セラにとっては苛めたつもりは無いのだが、こればかりは人の主観の問題であり、フィオ自身が苛められたと思えばそれが真実となる。

 相互理解とは何と難しいことか、まぁ、出会ってすぐの人間同士に理解し合えというのも、無茶な話ではあるが。

 セラは、困ったなとばかりに、苦笑いを浮かべている。


「どうやら嫌われちゃったかな? さて……」


 先程の調子とは打って変わって、真剣な表情になる。

 ここが異世界であり、フィオが冒険者である事からして、この世界には魔獣の様な凶暴な獣が棲息していると思われる。

 なればこの場所も決して安全とは言い切れない。幸いにして魔法が存在して、どう言う訳か自分自身も魔法が使えるのだ、これを使わない手はない。魔法には攻撃系意外にも、戦闘を有利にする補助系やフィールドやダンジョンを探る探査系の魔法もあるのだ。

 セラは、探査系索敵魔法を使ってみようと思い至った。


「『フィールド・サーチ』」


 するとこの辺りの地形や魔獣の所在、さらに自分の現在位置まで理解できてしまった。


『この青い点が僕たちかな? じゃあ、この黄色いのは何だろう?

 脳裏に展開する周辺地図と、自分の状況を照らし合わせ何通りかの戦闘パターンも構築する。

 赤い点が統率されているような、規則正しい法則性を持って動いているのが気にかかる。


『赤が魔獣か、……もしかして、群れで行動するタイプか?』


 残念ながら『フィールド・サーチ』は、魔獣の大きさまではわからない。

 10数匹の群れを率いているのが、ボスのいるグループと分かる。その周辺を3匹ほどの小隊を作り、それぞれが 斥候と連絡の役割を持っている。

 その内の一つの小隊、がこちらに急速に接近してきた。


 ―――『ヤバイ、ヤバイよ!!』


 視覚でも確認した。

 三頭いる内の一頭が、フィオを確認したのだ。

 一頭が先制、二頭目が追撃、三頭目が連絡、脳裏の情報と視認した情報が重なる。


「『フィジカル・ブーステッド』」


 身体強化魔法を走りながら使い、一気に加速する。

 フィオはまだ気づいていないのか、膝を抱えたまま座り、ブチブチと草を抜いていたりする。

 加速した勢いをそのままで、身体のバネをできるだけ全力にして、一気にフィオに抱き付いた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 突然の出来事のに驚き声を上げたフィオを抱きしめながら、とっさに反転した。さき程彼女がいた場所には、二足歩行型の魔獣が飛び降りていた。

すかさず『聖魔砲剣』を向け、そのまま魔法を打ち込んむ。


「『ファイアー』!!」


 撃ち放った魔法は魔獣に直撃し、そのまま息の根を止めた。さらに追撃の二匹目にも魔法を打ち込み倒す。連絡役が上げた遠吠えにも似た鳴声に、近くの仲間が集まりだしてきた。

 

「『ヴェイグラプター』か、これまた鬱陶しいのが来たなぁ。『コルド・ローア』!!」


 続々と集まる『ヴェイグラプター』通称『ゲラ』の群れに、問答無用で氷の棘を無数に降らし続けた。

『コルド・ローア』は小威力中規模範囲攻撃で、使用魔力も少ないため雑魚を蹴散らすのに重宝する。

 ましてやセラは『半神族』のため、成長しきれば最弱の魔法でも一掃できるのだ。

 現れる『ゲラ』達は、かたっぱしから殲滅されてゆく。


「ふぅ、取り敢えず小休止かな」


 粗方倒し終えたセラは、いい汗掻いたとばかりに額を拭い、効力の切れた『フィールド・サーチ』を再び使う。今ので大半の雑魚を一掃したので、次は大物に狙いを定めていた。


 セラ、いや優樹と言い直した方がよいか、彼(?)は気付いていなかった。自分が魔獣を苦も無く倒したという異常事態に。焦る事も無く冷静に、まるでそれが当たり前なのだというほど、自然に流れるように鮮やかに一掃してのけたのである。

 彼は現代日本で生まれ育った人間である、当然の事ながら魔獣なんてものとは戦う事も無いし、命がけの死線を潜り抜けた経験もない。

 ではなぜこんなことが出来たのか、その疑問を自覚するのはもう少し後の話となる。

   

「フィオちゃん、怪我は無かった?」

 

 振り向くと彼女は、憧憬と羨望と尊敬の混じった熱い視線をセラに向けていた。


「ふぃっ、フィオちゃん??」

「凄い、凄い、凄過ごすぎですぅ!! あんなにもいた魔獣をたった一人で。こんなにも強い人、今まで見たことないですぅ!!」

 

 興奮冷め遣らぬ勢いで矢継ぎ早にまくしたてる少女に、いささか引き気味になりながらも、なんとか気を取り直して話を続ける。


「フィオちゃん、まだ終わりじゃないよ。大物が残ってるから」

「でもセラさんなら、一人で何とか出来るんじゃないですか?」

「僕なら確かに倒せるけど、それじゃ詰まらいよね」

「魔獣を倒すのに、楽しいも詰まらないも無いと思いますけど・・・・・?」


 少女の疑問はもっともだ。

 本来、魔獣は倒すべき害獣であると同時に、村や町にとって貴重な収入源なのである。

 皮や骨、牙と爪などは主に冒険者の武器や防具に利用され、骨は薬に肉はその高い栄養価から食料として珍重されているのだ。だからこそ、フィオの住む村の住人達の多くは、男は魔獣狩りを女は機織りや加工食品などを作って街で売り、生計を立てているのだ。

 そして多くの冒険者たちが、似たり寄ったり仕事を受けている。

 狂楽のために魔獣を狩る様な奴は、人としての何かが壊れている確か思えないのである。

 その為、魔獣を倒すのに詰まらないと言うセラは、どこか狂っているのではと少女を不安にさせるのだ。

  

「フィオちゃん、大物倒してみない?」

「・・・・・・え?」

「雑魚は僕が一掃するし、フィオちゃんに自身も魔法で強化するから、結構楽に倒せると思うんだよねぇ。危なくなったら、ちゃ~んとフォローもするから挑戦してみない?」

「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 無理、無理、無理、無理ですううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 セラのとんでもない提案に、フィオは混乱する。  

 当然と言えば当然、とても駆け出しの冒険者には荷が重い。

 だがセラは、この後とんでもない現実を突きつける。


「どの道、『ヴェイグラプター』に包囲されているから、戦いは避けられないよ? それに、今日たまたま僕と出くわしたから良いけど、一人でいる時に囲まれたらどうするの?

 その場にいない誰かに助けを求める? 無理でしょ?

 ならここで、少しでも経験を積んでおいた方が良いと僕は思うんだけど、どうかな?」

「そ、それは、そうなんですけどぉ……あうぅぅぅっ」

「じゃぁ、特別に僕の武器を貸してあげるよ。えぇ~と……」


 そう言いながら、当の本人の承諾も得ず勝手に話を進めながら、セラは『無限バック』をあさり始める。 開いたバッグの口から、まるで何処かの青いロボットのポケットの如く、剣と盾をむにゅ~んと引っ張り出した。


「チャラチャチャンッ、『蒼刃剣グラムナグル・インフィニティ』『魔轟盾ハウルガレオン・フォートレス』『聖霊王の首飾り』」


 軽いノリで引っ張り出した最上位の武器に、フィオが絶句する。

 どれも、見た事も聞いた事も無い様な武器や装飾アイテムばかりだけでなく、それを貸し出すと言うのだから正気の沙汰ではない。

 これを売っただけでもかなりの価値になるであろう事は、駆け出しの彼女にも判る事だ。

 その装備の数々を自分が使うとなると、眩暈がしてくる。


「ごめんね、他の武器は僕以外の人じゃ使えないから。上位の武器は融通が聞かなくてね」

「は、話に聞いた事があります。『ガッジェト・ロット』は強化して行く過程で、意思の様なものが宿るらしいって、でもこれって……」  

「君に貸し出す武器は最上位だけど、人に受け渡しが出来る数少ない奴だから」

「ほっ、本当にお借りして良いんですか!?」 

「無茶を言っているのは僕だし、何より新人さんには親切にしないとね」

「あっ、ありがとうございます!」


 駆け出しの新人にとって、最上位の武器を手にすることなど滅多に無い。

 ましてやそれを使うことが出来るなど、夢のまた夢。

 そんな奇跡的なことが、まさか自分の身に起きるなど思っても見なかった。

 フィオは借りた装備を装着する間、顔が緩みっぱなしであった。

 そんな少女を微笑ましく見つめながら、セラは街道を目指しあるきだす。


「さて、準備は整ったし、狩りを始めるとしますか」


 嬉々として物騒なことを呟きながら。


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