帰還しました ~いろいろぶっちゃけてキレる優樹~
「・・・・・これ・・・食べきれると思う?」
「・・・・無理よ・・・流石にお肉を生で食べ続けるのは無理っ!!」
「・・・そうですね。私達だけではとても食べきれないでしょう・・・」
セラ達の目の前に在るのは巨大な肉塊、【アムナグア】の心臓である。
魔獣の部位の中で最も美味いとされてはいるが、流石に食べきれない量である。
これは冒険者の特権であり必要な儀式ではあるのだが、モノには限度と云う物が有る。
つまりは胃袋の大きさなのだが・・・・・
だが結局食べない訳には行かず、取り敢えず大皿の上に食べやすく切り分ける事にした。
「四等分にしてもかなりの量ですよねぇ・・・セラさん食べきれるんですか?」
「無理だねぇ・・・確かに美味しいんだけど・・・・モグモグ・・・」
「もう食べてるんですか?! 姉さん、つまみ食いははしたないと思う・・・」
「でも食べないと減らないし・・・・モグ・・・うまっ!!」
「取り敢えず四等分にしなさいよ・・・アンタが一番取り分が多いんだから」
「そうですよね、セラさんが倒したのですし私達は三分の一くらいでよろしいのでは?」
包丁で切り分け、取り分を分けている訳なのだが、結局セラの取り分が多く為る訳であり、その量もとても一人で食べきれる訳では無い。
皿の上に食べやすく切り分けられた肉が、山のように重なっていた。
「モグモグ・・・お醤油と山葵が欲しいなぁ・・・あと白いご飯・・・・」
「今炊いている所ですよ? 何故待てないんですか?」
「だって美味しいんだもん・・・凍らして細かくフレーク状にしてみたらいいかも・・・確か牛肉でそんな感じのやつが在ったような気がする・・・・作ってみようかなぁ・・・モグモグ・・・」
「本当に美味しいわね・・・・これが生肉だなんて信じられないっ!! ムギュモグ・・・」
「ファイまで・・・・でもそんなに美味しいのですか?」
「「それはもうっ!! 最高の肉ですよ、これはっ!!」」
「・・・・で、では私も少しだけ・・・・・美味しい!!」
「「いいなぁ・・・・」」
「もぐもぐ・・・んぐ・・フィオちゃん達も食べてみる? 美味しいよ?」
「「いいんですか!?」」
「僕の取り分の方をお願い・・・後はレイルさん達の分だから・・・て、あれっ?」
此処でレイルがいない事の気が付いた。
考えてみればセラが煽動した異端審問官に追い掛け回されているのだから、此処に居ないのは当たり前なのだが、今の今までそんな事すら忘れていたセラであった。
だがセラはと云うと・・・・・・
「まぁ、いっか! お肉美味しいっ♡」
頭の隅からその事実を消し去っていた。
酷過ぎる。
「本当に美味しい・・・・最上級魔獣ってこんなに美味しいんですね・・・・」
「白いご飯に合いそうですぅ♡・・・アリがとうございます、セラさん!!」
『うむうむ、これならあ奴も本望じゃろうて、まこと美味じゃのう』
「それにしても・・・・・」
セラの手にした物は掌よりも大きな獣の爪、鋭利でありながらもかなりの強度を持つ漆黒の爪であった。セラも知識として、またゲーム内でしか観た事は無かったが、その爪は【アムナグア】に匹敵する強力な魔獣の物である。
聞く事を忘れていたが、何故かセラの素材の中に紛れていて気が付いたのは家に戻って来てからの事であった。
『ヴェルさん・・・【アムナグア】はまさか此奴に負けたのかなぁ・・・』
『可能性としては高いじゃろう、まだ災害指定クラスがあの森におるようじゃな・・・』
『僕、コイツ苦手なんだよね・・・図体デカい癖にすばしっこくて・・・・倒すのがめんどい・・』
『倒せないとは言わぬのじゃな、人の身では厄介な奴なのは間違いないじゃろう』
『狂ってるからねぇ、コイツ・・・ピンチに為るほど強く為るし・・・・』
『重量級武器を使う者には死神みたいなものじゃからのう』
『この辺に居ないよね? 正直アレとはあまり殺り合いたくないんだけど・・・』
『面倒な話じゃな・・・・それよりも肉じゃぁ!!』
『そだね・・・・』
いつの間にか炊き上がった白いご飯と、大皿に乗せられた大量の生肉。
彼女達はただ黙々と無言で食べ続けていた。
生肉でありながら途轍もなく美味、然し量が多すぎた。
最初の内は会話も弾んでいたのだが、流石に生肉ばかりでは飽きも来る。
いつの間にか会話は止み、一心不乱に生肉を胃袋へ収める作業に変わったのも当然の事だろう。
見様によっては不気味な光景であった。
―――――ガタン!
沈黙の食卓に響いた物音に皆が一斉に振り向くと、そこには疲れ果てたレイルが弱り切った体を鞭打つように、ふら付きながらも壁に寄りかかって此方をすごい形相で睨んでいた。
「・・・・せ、セラ・・・お前らなんか俺に恨みでもあんのか・・・・集団で追い掛け回しやがって、事と次第によっちゃ殺すぞ、マジで・・・・・・」
「う~ん・・・聞きたいですか? けどそれを言っちゃうとファイさん達の個人情報を晒す事にもなるんですけど・・・・いいですか?」
「・・・・是非とも聞きてぇな、でなきゃ納得できねぇんだよっ!!」
「そう言っていますけども?」
「「えええええええっ!?」」
「いいから言えっ!!」
レイルは本気でキレていた。
其れもそうだろう、只の嫉妬でここまで徹底的に追い込まれたのだから、それ相応の理由が無くては納得など出来はしまい。
しかし、そうなる原因もレイル自身に有る等とは気付いていない。
朴念仁がどう反応するのかがそれにも興味があるセラだった。
「単なる嫉妬です」
「・・・・はぁあつ!?」
「ですが・・・・これはこの村にとっては大問題の重要案件でもあります」
「・・・・へっ?」
「ご存知の通りこの村は辺境の小さな村ですが、それ故に深刻な嫁不足に陥っています」
「???・・・・・????」
「村の若い男衆は結婚したいし恋人も欲しい、然し乍ら相手が居ません」
「だから?」
「そんな所に美少女二人を侍らせたレイルさんが現れたらどうなるでしょう? 彼等の嫉妬は深刻な事態を招きかねません。只でさえ人手不足なのに街に移住されでもしたら、それこそこの村潰れますよ?」
「・・・・・・・」
「ですから適度な所でガス抜きをする必要が出て来るんです」
「それで?」
「具体的には、嫉妬に狂った彼等をレイルさんに嗾ける事ですね。不倶戴天のハーレム野郎を断罪するという名目を与えて彼らを強制的に動かして疲れさせ、ついでに村から出て行かない様に処置をします」
「おいっ!!」
「レイルさんの尊い犠牲は無駄にはしません。そのおかげで彼等をこの村に繋ぎ止める事が出来るのですから・・・だから迷わず成仏してください」
「迷うわっ!! 何だその理不尽な理由は、納得なんかできるかっ!!」
レイルの意見も尤もである。
だが世界は理不尽で溢れているのもまた事実、セラはファイとミシェルを見ると彼女達は視線を逸らし明後日の方向を見て韜晦した。
だがそれを許すセラでは無かった。
「ぶっちゃけ言いますけど、レイルさん・・・・・」
「・・・・・何だよ」
「ファイさんとミシェルさんは貴方に惚れてます。しかも互いに遠慮し合って告白できないでいます」
「「なぁ!?」」
「はあっ!?」
本当にぶっちゃけた。
「正直二人とも相当身持ちが固いタイプですよ? その二人を同時攻略何て、アンタ二人に何したんですか? 傍から見ても分かりやすいんですよ、村の衆も全員気付いていますよマジで・・・・・」
「何もしてねぇよ!! そんな記憶まったく無いし・・・・て言うか、マジで?」
「マジです・・・レイルさんの記憶が無くてもお二人にはあるんじゃないでしょうか?」
セラが二人を見ると・・・・「「・・・・・・・・・・ぽっ・・」」
間を開け乍らも二人は頬を染め、両手で顔を覆いながらもチラチラとレイルを覗き込んでいる。
「・・・・・プライバシーの侵害に為りますのでこれ以上は聞きませんけど、こんな初々し仕種を時折見せつけられるんですよ? 男衆も嫉妬に狂うってモンでしょ・・・・只でさえ女性不足の上、目ぼしい方々は皆結婚しているんですから・・・しかもエルカさんにも手を出して・・・・」
「マジで・・・ちょっと待て、エルカはそんなんじゃねぇぞ!?」
「この場合レイルさんの気持ちは如何でもいいんです。問題はそれを見ている人の主観の問題ですから」
「・・・・・・全然気づかなかった・・・・」
「大いに悩んでください・・・・そんな訳で村の男衆は殺したいほどレイルさんに嫉妬しているんです、知らない振りしてお二人に万が一が有ったらどうするんですか? そうしないためにもガス抜きが必要なんですよ、だから言ったんですよ『リア充』て・・・・・」
「・・・・・マジかよ・・・・」
「マジです」
状況をようやく理解したレイル。
二人の告白で無くセラの爆弾発言で知る事に為ったのは如何モノかとも思うが、彼もこれで少しは二人の事を考えるようになるだろうとセラは思っている。
だが無自覚にフラグを立て捲るこの男に一抹の不安を隠せないでいた。
しかし気に為るのがファイとミシェルの態度である。
レイルが本当に手を出していないのか、セラにはどうしても信じられないでいた。
「・・・・レイルさん・・本当に二人に手を出していないんですか?」
「・・・・俺の記憶には無いから多分・・・・」
「そう仰って居ますけど、本当は如何なんですか? お二人さん・・・・」
「そ、そんな事言えるわけないじゃないっ!!」
「そうですっ!! これは私達の問題です」
「・・・・・・・手を出していたようですよ? レイルさん・・・・・」
「・・・・マジかよ・・・・しかし俺には・・・・???」
「「誘導尋問された!?」」
レイルには本当にそう云った行為に及んだ記憶が内容である。
しきりに頭を捻り、記憶の底からひねり出そうとしているのだが、如何にも本気で覚えていないようである。
(考えられることは記憶に残らない状態、酔っていたか・・・どこかに頭でもぶつけたか・・・)
セラはそう推測した。
「レイルさん・・・記憶に残らない程泥酔した事は?」
「俺はあまり酒を飲まないからな・・・そんな事は一度も・・・・・あ?・・・」
「何か気に為る事でも?」
「以前、例の薬【サイケヒップバッド】を使った事が有るんだが・・・・・」
「・・・・・その時ですね、まず間違いなく・・・・」
「・・・そん時に一線を越えちまってたのか、オレ・・・・・・」
「どうなんですかお二人さん?」
セラの問いにファイとミシェルが視線を逸らし、何やらもモジモジと身動ぎをしている。
決まりであった。
「寄りにも寄ってラリっている時にですか・・・・最低ですよレイルさん・・・・」
「・・・・・・・言葉に出来ん・・・」
「幸いにも一夫多妻の世の中ですからね、二人とも貰えばいいんじゃないですか?」
「・・・・・責任はとらねぇとな・・・・しかし・・・・」
「覚悟を決めるべきですよ、村の衆が嫉妬に狂いますけどね・・・・」
「・・・・・俺何したんだよ・・・マジで・・・・」
「・・・・・ナニしたんでしょうきっと・・・・リア充っ!! 爆ぜやがれっ!!」
「・・・・・・否定する事すら出来ん・・・」
「責任取って二人とも俺の嫁ですか? マジで刺されますよ?」
「・・・・・・・・」
「お二人を嫌っている訳では無いのでしょう? 寧ろどちらも選べないんですから両方娶るしかないじゃないですか、それともどちらかを泣かせるんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「今日は此処までにしといて置きましょう。後はお三方の問題ですからね・・・・」
「・・・・・少し考えさせてくれ・・・・・」
こうしてレイルのニブチン劇は一先ず幕を下ろした。
その後は無言で食事をする羽目に為ったのだが、結局生肉を全て平らげる事は無かった。
意気消沈しているレイルを、ファイたちは複雑な表情で宥め乍らフィオの家を後にし、フィオとマイアは後片付けをしている。
だが気付いているだろうか?
セラがレイルを弄り倒していたその事実を隠蔽した事に・・・・・・
尤もらしい事を並べ立て、自分の罪を全て無かったことにしてしまった事に・・・
『・・・・・セラよ・・お主も悪よのう・・・・・』
『いえいえ、お代官様には敵いませんよ』
『誰が悪代官じゃ、我は寧ろ三味線の糸で仕留める方が良いのじゃ!!』
『必殺っ!? 時代劇も見ていたんだっ!!』
『韓流物はごちゃごちゃしていてイラつくのじゃ、爽快感が欲し処なのじゃ』
『【必殺シリーズ】も爽快感なんて無いような気がするよ? 寧ろ後味が悪い気がするけど?』
『じゃがカッコいいのじゃ、我は笛に仕込んだ針でプスッと殺りたいのじゃ!!』
『・・・・・まぁ、分からなくもないけど・・・・』
是も邪神様の影響かと嘆息するセラであった。
ベッドに横になったセラは徐に【無限バッグ】から【異界パスポート】を取り出し眺めていた。
ほんの数日間此処で暮らし、色々在ったと年寄り臭い事を考えていた。
流石にここでの暮らしにも慣れたが、自分が女になった事には今も抵抗が有る。
あと二日、此処で暮らせば元の世界に戻れる事が出来るのだ。
その後はどうしようかと思案を巡らせる。
「少なくともフィオちゃんやマイアちゃんを一人前にしなけいけないよねぇ、約束だし」
『じゃのう、受けた約束を守るのは人として当たり前の事じゃ』
「一度戻るとこの世界の時間が記録されると聞いていたけど、マジで?」
『あの【暇神】はそう云った細かい事には拘るからのう、恐らく大丈夫じゃろう』
「あっちとこっちを時間セーブしながら行ったり来たりか・・・何の得が有るんだろう」
『次にアップデートする時の魔獣のデザインとかかのう? 我にも判らん』
「だよねぇ、時間に干渉出来るんだから時空にも干渉できるはず・・・て、あれ?」
『如何したのじゃ?』
セラはある事に気が付いた。
そもそも、ゲーム内の魔獣や魔物をデザインするだけなら、態々セラを送り込まなくても良い筈なのだ。
この世界の事すら観測しているのだから、そもそもセラを送り込む必要が無い。
時間や空間すら超越しているのだから、当然未来の事も知っていなければおかしいのだ。現にこの世界は一番初めに発売された【ミッドガルド・フロンティア】の世界観なのだから、時間をも超越している事は明白であり、そうで無いのであれば続編であるゲームが売り出される事事態矛盾している。
その上でセラを送り込んでいるのであれば、何らかの意図があって然るべきなのだ。
次第に【神】の存在が胡散臭くなって来る。
「・・・・僕に何させようっていうんだ?」
『ふむ、確かにそうじゃな・・・お主は初期の【ミッドガルド・フロンティア】をプレイしたのかのう?』
「うん、ネットに繋げてレア装備もゲットしてるよ?」
『我の装備は確か四作目であったか?』
「しかもネット回線でのレイド級装備・・・市販ソフトでは手に入らないんだよ、ヴェルさん強過ぎだからねぇ~ムリゲーとまで言われているよ」
『成程のう、数多くいるプレイヤーでお主だけが選ばれた・・・奇妙じゃのう』
「そうだねぇ・・・・」
セラが何と無く【異界パスポート】を開くと、空中に文字が浮き上がる。
「!?」
『この世界から転移しますか?』
『い、いくよ・・・ハァハァ・・うっ!/まだまだまだまだまだまだぁつ!!』
「・・・・・・・・・」
【異界パスポート】を閉じて目を擦り、もう一度開いてみる。
『この世界から転移しますか?』
『いい、いくのぉ・・・いっちゃうぅ~~~/の、ノウ・・・OH――――N0――――!!』
「選択肢の文字が変わってるっ!? しかもなんか怪しいっ!!」
『あ奴・・・どこまでも人をコケにしておるのう』
「・・・・何でこんな怪しげな文章に・・・・馬鹿なの?」
『馬鹿じゃ無ければこんな事はせぬであろう・・・・』
「けど、どう云う事? 十日経たないと帰れないんじゃなかったの?」
『我は知らぬよ』
「・・・・・・・」
少し気持ちを落ち着けてセラは思考を巡らす。
確か最初に見た文面はお試し期間として10日間と書いてあった。
そして帰還内容は最終日に宿に泊まる事であった筈だと記憶していた。
残念な事に【異界パスポート】の中には、既に説明文は削除されていたのだった。
「あれ?・・・まさか・・・・」
『何か分かったのかのう?』
「お試し期間は10日間とは書いてあったけど、それ以外の日に帰れないとは書いていない?!」
『成程・・・必要な事を敢て教えず、この世界で10日間生活させることが目的か・・・』
「何で気付かなかったんだっ!! 僕のバカぁあああああああっ!!」
『これは明らかに奴の悪知恵じゃろう・・・不憫じゃな・・・・・』
「と、取り敢えず帰還できるか試してみよう。胡散臭いけど・・・・・」
『それが良かろう・・・弄ばれている可能性もあるがの・・・』
「嫌な事言わないでよ!? それじゃさっそく・・・・」
セラは三度【異界パスポート】を開き選択肢を出現させた。
『何だ坊主、もう帰るのか?』
『良い夢見させてもらったよ、アバヨっ!!/嫌だい、嫌だい、帰らない、僕ちんお家に帰らない!!』
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・』
言葉にならなかった。
取りあえず肯定の選択肢の方をふれてみる。
『現在の時間軸を記録します、お気をつけてお帰り下さい・・・ケッ!!』
「・・・・・・何かムカつく・・・」
『気持ちは分かるが耐えるのじゃ・・・・』
セラは光に包まれ、足元から重力の存在が消えた事を感じた。
まるで何かに引き寄せられるかのように凄まじい力が働き、この世界から存在が消え失せる。
後には無人の部屋だけが残されたのだった。
気が付けば【優樹】は数多の星々の中に浮かんでいた。
星々の一つ一つが数え切れない銀河の集合体である事が見て取れる。
此処は何処なのだろうかと首を傾げるが、答えは見つからなかった。
「おや、もう帰って来たのかい? あと2日ほど残っていた筈なんだけど?」
「だれ!?」
「アレが奴じゃよ、最強最悪最低の【暇神】じゃ・・・」
「ヴェルさん!?」
声のした方向に振り向くと、そこには巨大な獣の姿が在った。
深紅と漆黒の鋼殻に覆われ、東方の竜にも似た姿の魔獣、聖魔竜ヴェルグガゼルである。
そのヴェルさんが見ている方向に、一人の美しい女性が椅子に座って微笑んでいた。
だが残念な事に、目元に凄い隈が無ければ神秘的な存在なのだろうが、チアノーゼの様なはっきりと見て取れる状態なので全てが台無しである。
光の加減で色鮮やかに色彩を変える不可思議な髪。聖母のようなそれでいて悪女の様な表情の美しくも禍々しいとも取れる顔。神聖さと邪悪な気配を纏わせる相反する気配。
おおよそ言葉に出来る賛辞と、畏怖すべき言葉も同時に存在する言葉にすら出来ない何かが、優樹の精神を蝕みそうになった。
内なる何かが警報を鳴らしている気がする、見ているだけで気分が悪くなるのだ。
目の前に居る存在が理解できない。
ありとあらゆる対極が混在し、存在すら稀薄でありながら強大なのである。存在を言葉にする事が出来ない、寧ろ言葉では表す事が出来ないのではなく、その言葉すら存在しないのではと優樹は思った。
「はい正解!! あたしの存在を定義する言葉は存在しないし、それを表現する事すら出来ない。全てに意味が有るし同時に無意味、これ以上アタシを見乍ら詮索はしない方が良いわよ? でないと貴方死んじゃうから」
「マジで!?」
「うん、マジで。理解できない理不尽な存在だからね、考える事は止めた方が良いわよ? 特にこの場所ではね」
「ここ何処なんです?」
「分かりやすく言えば、ありとあらゆる世界の外側かな? まぁ、気にしなくてもいいよ、どうせ元の世界に戻れば忘れちゃうから」
「じゃあ、あの世界の事も忘れるの?」
「それは覚えてるよ、でないと不都合だからね」
「・・・・・不都合?・・」
不都合と云う単語が出て来ると云う事は、詰る所何らかの目的が有る事を指し示す。
この【神】は矢張り、何かしらの目的を持って自分を送り込んだと確信する。
其れが何かは知らないが、碌でも無い事である事は確かだった。
「そう、君もオカシイと思ったんじゃないかな? ゲーム内の能力が現実に仕える事とか、異常なまでの身体能力とか、百合が攻めて来るとか?」
「思ったけど・・・・まさか【白百合旅団】もあなたが!?」
「うんにゃ、アレは偶然。けど粗方予定調和の通りかな?」
「何で余計な事を挟むかな・・・・予定調和って?・・・・・」
「それを教える前に、君に一言謝らなければならないのよねぇ」
椅子にふんぞり返り、めんどくさそうなその態度はとても人に謝る態度には思えない。
謝るの一言に優樹の中で忘れていた怒りがふつふつと湧き上がる。
「謝る・・・・それで許されると?」
「早くも殴る気満々!? ヤベェス! あたしゃピンチだぁ~~よぅ!!」
「いいから要件を言おうね♡ 聞き終わったら速攻でフルボッコだから」
「フルボッコ確定!? コホン! え~と、実はね・・・・君の同一存在をあたしの不注意で瀕死にしちゃったから、彼女の代わりにあの村を繁栄させて!! 御免!! 本当にゴメン!! 行き成り異世界に飛ばしちゃって本当にゴメン!!」
「はぁ?」
異世界である以上、この世界にももう一人の自分が存在している可能性は否定できない。
だが、【神】の不注意で同一存在を瀕死にしたからといって、何故自分が召喚されるのかが理解できない。そもそも異なる世界の自分には関係ない話だと優樹は思う。
「異なる世界の僕が瀕死に為ったからといって、何で僕を召喚するのさ。おかしくね?」
「普通ならそうなんだけどねぇ~・・・あたしの力の影響で次元に歪が出来ちゃったのよねぇ」
「・・・・お主何をしたのじゃ? それは我の世界が危険と云う事では無いのか!?」
「ヴェルさん、正解っ!! いやぁ~~アニメや特撮がここまで見識を広げるなんてねぇ~~。何が知識を広げるか分からないモノねぇ~~凄い、凄い」
「いいから何をしたのか白状するのじゃ!! 【神】とはいえ事と次第によれば殴るのじゃ!!」
「いやぁ~~~ん、怖いぃ~~~~つ♡」
「「コイツ、ウゼェ!!」」
「怒らないで、ね、ね。実はさぁ~~~・・・・・(色々脱線しているので省略させていただきます)」
分かりやすく説明すればこうだ。
暇を持て余していた【神】は優樹の世界で就職しゲームの製作チームの責任者と為った。
企画そのものを他の世界の情報を流用し、行き成りの大当りを叩き出したのだが、会社の上司が無茶な企画を立て全てを押し付けて来たらしい。
制作期限も迫り焦りを覚えた【神】は、その企画に必要な情報を得るために異なる世界に干渉する事を始めてしまった。その世界がヴェルさんやフィオ達の住む世界である。
新規イベントの為に大型の魔獣と強襲状況のデータを欲していた【神】は、そのイベントと同じ状況を作り出し観測しようと考えたが、そこで邪魔になったのが優樹の同一存在である【セラ・トレント】であった。
彼女は覚醒前の半神族であったが実力も最高の冒険者であり、後の時代でも多大な影響力を持つ歴史の重要ファクターであった。
【神】としても殺害するつもりは無く、ただ少しの間だけ歴史的に記録されるようなイベントは冒して欲しくなかった。
そこで彼女がロカスの村に訪れる前に、彼女の知らない強力な魔獣を嗾けた。
彼女の伝説は其処から始まる為に、そのイベント発生をズラす事で連鎖的に歴史の改変を起こす事に成功し、必要な情報を得る事が出来たのだが、そこから歪みが生まれ世界そのものが崩壊する危険性が出てきてしまう。
通常の歴史改変なら頻繁に起きてはいるし、無限の不確定時間軸は常に存在する。
しかし今回ばかりは外的要因である【神】の影響で時空間の均衡が崩壊しかけ、時空間連鎖崩壊が起こる引き金になってしまったのだ。
これには流石に【神】も慌てた。
無限ともいえる世界に存在する自分の端末を総動員して外側から観測し、なぜこうなったのか原因を探ると、たった一人の少女の死が関係していた事に驚愕する。
【神】としては【セラ・トレント】を殺すつもりは無かった。
時間をずらすために一時的に戦線離脱させるはずが、嗾けた魔獣による怪我から細菌に侵され病死してしまったのだ。しかも高次元からの干渉によってだ。
其処から生まれた小さな歪が、ドミノを倒すが如く強大に広がり、挙句に隣接する多次元にまで影響を及ぼすなどとは夢にも思は無かった。
其処で重傷を負った【セラ・トレント】の体を治療し、歴史と次元の修正を図るが結果は最悪。
肝心の【セラ・トレント】が目覚めない。
原因は歪から流入した高次元からのエネルギーによる魂の損壊であった。
そこで白羽の矢が立ったのが同一存在である【瀬良優樹】の魂である。
【セラ・トレント】の魂が再生し終えるまでの繋ぎとして選ばれた。
嬉しい事に優樹は引きこもりのゲーマーであり、異世界に送り込めば喜ぶと判断した。
ここ数日の観測結果により歪みが一時的に縮小した事が分かり、このまま継続して歪みの修正に励んで欲しいと云うのが【神】の希望であった。
余談だが、ただ優樹を送り込むにも素人冒険者では話にならないとのことで、色々と便宜を測ったようである。
例えば、ゲーム内のアバターの能力を【セラ・トレント】の体に付与した事とか、ゲーム内のアイテムや知識など様々な物を必要と判断し優樹に与えたのである。
半神族が覚醒したとて【セラ・トレント】のような化け物には為り得ないのだが、それでも次元修正には必要不可欠と判断し、断腸の思いで(恐らくノリノリで)チートをやらかした。
その結果がどうなるかは【神】すら判らないらしい。
「お前が原因じゃねぇかっ!!」
「ギャボッ!!」
優樹は瞬時に間合いに入り込み、掌底で【神】の顎を打ち上げる。
其処からどこぞの白目の忍者の如く連続で攻撃を叩き込む、【タイガーマッスル】を瀕死に追い込んだ奥義すら何度も加え、確実に息の根を止める積もりで攻撃を苛烈に叩き込んで行く。
「何でアンタの尻拭いをしなきゃ為らないのさっ!! いくら僕でも本気で殺すよっ!! いや、殺す、完膚なきまでに徹底的に破壊する。さあ、お前の罪を数えろぉおおおおおおおおっ!!」
「ゲフッ、グボッ、ギュベッ、ギョバッ、グミョッ!!」
「見事なまでに急所を責めておるのう・・・まぁ、これで死ぬとは思えぬが・・・」
ヴェルグガゼルは、何処か悟りを開いている様な目でこの惨劇を眺めてはいるが、これで如何こうできるような相手では無い事は理解していた。
元々姿形が存在しない生き物なのだから、ダメージを加えた所で次の瞬間にはケロッと復活しているに違いない。
今は優樹の気が済むまで放って置く事が最良だと判断していた。
「・・・殴ったね・・・親父にだって打たれた事が無いのにっ!!」
「殴って何が悪いっ!! そもそもあんたが悪いんじゃないかっ!! つーか親父いるの!?」
「それどころか蹴られたし、関節も極められたし、奥義もくらっておるが?」
「悪いと思っているから敢て責められているんじゃない・・・これ以上されたら変な趣味に再び目覚めちゃうじゃない・・・・」
「既に目覚めて更生してたんだ・・・・・」
「今は何かを作る達成感が癖になってるのぉ~~」
「〇ョーンズさんですかアンタは・・・・」
「神のクセして世俗に塗れおって・・・チェンジしてくれぬかのう・・・・」
「ブッブー、残念でした。この世界はアタシの管理下だよ~~ん」
「「ウザッ!!」」
「あたしを殺すなんて出来ないのさ、ヘッヘーンだ」
「じゃあ、細切れどころかミンチにしてトイレに流すのも在りだよね?」
「へ?」
「だから、どうせ死なないんだからミンチ状にしてトイレに流してもいいんだよね? どうせ直ぐに再生するんでしょ? 真っ二つにしたらどうなるんだろ、二人に増えるのかな? 内臓を引き摺り出していきながら獣の餌にするとか、中世の拷問道具でいたぶるのも在りだよね?」
「・・・・・えーと・・・・」
「いいじゃん、どうせ復活するんでしょ? 殺らせてよ、僕の気が済むまで・・・大丈夫、痛くしないよ? 多分ね・・・・」
「・・・・すいません・・・チョ-シこいてました・・・勘弁してください・・・」
以外に腰の低い【神】であった。
「流石のあたしも、トイレに流されたら威厳が無く為るどころか崩壊しちゃうわよ。それだけは止めて、お願いします。マジで・・・最後には泣くわよ本気で・・・・・」
「「・・・・威厳なんて最初からねーだろアンタ・・・・」」
「酷いっ!! この溢れんばかりの威厳と神々しさが分からないのっ?!」
「「全然、まったく、微塵も感じねぇよ・・・・・・」」
「・・・・神は死んだわ・・・・」
「「お前が神だろ」」
「ブッブー!! あたしは人間達が定義するような都合の良い存在じゃないもんねぇ~~~残念でした」
「ヴェルさん・・・殺っちゃって・・・・・」
「うむ!!」
―――――シュドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンつ!!
ヴェルグガゼルのブレス、【ドラゴニック・オーバー・ディストラクション】が炸裂した。
高次元世界に暴虐な破壊の力が吹き荒れる。
空間が歪み、幾つもの星々が消し飛ばされる。
「ああっ?! 何てことすんのよっ!! 数千億の世界が消滅しちゃったじゃない!!」
「「お前が直せ」」
「・・・・・ですよねぇ~~~・・・・・ぐすん・・・」
最悪のドラゴンの攻撃を受けても無傷なのも凄いが、数千億の世界を消し飛ばしても平然としている優樹達もさらに恐ろしい。
【神】を目の前にし冷徹な目で睨みつけこき使う、悪魔の様な一人と一頭。
そんな二人に睨まれ、涙目で世界を修復するお馬鹿な【神】であった。
「余計な事を言うんじゃなかった」そう言い乍ら涙目で世界の修復をする神を他所に、優樹たちは無限に存在する世界を眺めていた。
「ヴェルさん、これ綺麗だねぇ」
「そうじゃのう・・・・握り潰したらどうなるのかのう?」
「やめてぇえええええええええええええええええええええぇ!!」
無限に存在する世界でも、一つでも人為的に消滅させられては適わないと泣き乍ら止めに入る神。
今、優樹達は無限にある世界を人質に取っていたのだ。
「すみませんでした!! もう馬鹿な事はしません!! これ以上仕事を増やさないでください!!」
「「最初からそう言えばいいんだ、この駄神が・・・・」」
【神】は、ドン引きするぐらいの土下座で懇願している。
その神を侮蔑の篭った表情で睥睨し、不遜な態度で威圧する。
最早立場が逆転していた。
「んで、その次元崩壊とやらは僕の世界にも影響が有るわけ?」
「グス・・・当然だよぉう・・・・だって・・・ウエェ・・・連立世界から干渉を絡め手で修復しないといけないんだもん・・・・でなきゃこんな真似しないよぉう・・・ウエェエ・・」
「それを先に言えっ!!」
「ギャボッス!!」
優樹は思いっ切り神を蹴り飛ばした。
当然の権利であろう。神の下らない行為の影響で、自分達の世界が崩壊の危機に陥っているのだから。
「仕方が無い・・・しばらくはあの世界で僕なりに何とかしてみるけど・・・アンタ・・・」
「・・・・なに?・・・・」
「余計な真似はしないでよ? 全部アンタの責任なんだから・・・・」
「しない!! もう二度とおもしろがって迷宮のシステムに干渉して変なモンスターなんか作らないから・・・・あ・・・」
「・・・・・そう言えばそんな事も在ったね・・・・」
「墓穴を掘ったあぁ!!」
「歯を食いしばれっ!!」
「ぎゃああああああああああああああっ!!」
「・・・・・・アホじゃのう・・・」
神への制裁は優樹の気が済むまで続いたという。
何はともあれ、優樹は無事に元の世界へと帰還する事が出来た。
世界の崩壊を食い止めると云うおまけがついているのだが、こうして二つの世界を股に掛けた二重生活が始まったのである。
フィオ達の約束と世界の崩壊を食い止める二つの目的を果たす為、優樹は苦難の道を歩みだしたのである。
全ては駄神の導くままに・・・・・合掌。




