変態はこうして更生させます ~魔物調査に向かいました~
迷宮階層一階。
前日にこの場所を訪れていたセラ一行は、其処に配備されていた魔物の変化に驚く事と為った。
何度かこの階層の魔物を蹴散らしてはいたが、今目の前に居る魔物は殆んどが統一化されており、その様相は様変わりしていた。
ただ一人セラだけがその魔物に見覚えが在り、迷宮の本質に気付き始めていた。
「アレは【ゴブリン】でしょうか? 姿は似ていますが、何か貧弱ですね」
『確かにのう・・・武器も鉄のナイフの様じゃし、随分と昨日とは様変わりしておる』
「セラさんは、あの魔物を知っているんですか? 昨日は見ませんでしたけど?」
「何千匹とも狩り捲った魔物だよ・・・あんなに貧弱じゃ無かったけど」
【ゴブリン】、それはロールプレイングゲーム定番の魔物出る。
比較液簡単に倒せる初期の経験値稼ぎの定番の魔物であり、誰もが知るお馴染みの魔物でもある。
勿論、【ミッドガルズ・フロンティア】でも迷宮序盤の初心者にとって美味しい経験値であり、セラも数え切れないほどの【ゴブリン】を蹴散らしてきている。
だがそれは飽く迄ゲームの話であり、現実に相対した訳では無い。
その定番の魔物が今目の前でウロツキ、迷宮入り口付近を徘徊しているのである。
何度も言う様だが、昨日にはこの魔物は確かに存在はしていなかった。
だが、今日訪れてみれば昨日まで存在すら確認されていない魔物の姿がある、是は迷宮の異常さをその肌で感じるのと同異議であった。
「姉さん、昨日はあんな魔物を見てないんだけど・・・迷宮内で何が起きているの?」
「僕も良くは分からないけど、魔物の姿の統一化が始まったのかも知れない」
「魔物の姿の統一化ですか? そう言われてみればそんな気もしますが・・・そんな事が起こり得るのでしょうか?」
「でも確かに昨日は居なかったわよね、あの魔物? 近い姿の変態なら昨日見たけど・・・」
「バッ、馬鹿、ファイ!! 今ミシェルにそんな事を言ったら・・・・・」
「・・・・・ふ、うふふふふ・・・・あの変質者ですか? 確かに似ていますね、では彼等もあの様な破廉恥な行為をするかもしれないと?・・・ふふふふふふ・・・・・・」
「「「「『こわっ!!』」」」」
前回ミシェル達は、迷宮内で身に着けていた下着を抜き取られると云う辱めを受けていた。
しかもその下着を顔や頭に被ると云う悍ましき体験を受けたのである。
更に言えば、下着を被った魔物が何故かパワーアップを果たし、ガチムチのマッチョに変身したのだった。
余程精神的に追い詰められたのか、ミシェルはその魔物を撲殺すると云う暴挙に駆り立てられたのである。そのトラウマは彼女達の心に多大な影響を与えたのだった。
「だが弱いな、こいつら。この分だと一気に下まで降りれそうだ」
「僕の推測が正しければ、下層エリアに降りる手前の部屋にエリアボスが居そうな気がしますね」
「何ですか? そのエリアボスって!」
「階層ごとに一匹、または複数現れる階層の主だよ。下に降りるほど強く為るうえ、この階層でもそこそこ強かったりするけど、この面子なら楽勝だね」
セラは気楽に言ってのけるが、迷宮の魔物に変化が現れたという事は、初めて迷宮に降りた時に出会った得体の知れない不定形な魔物では無くなると云う事である。
当然ながら今までの様な力押しでは無く、戦略を立てて挑まなくてはならず難儀な状況に為った。
武器以外にも魔法や、特殊能力なども念頭に入れながらその特性を調べ上げなければならない。
今まで以上に慎重に進まなければならない事に、レイル達は辟易していた。
ある意味で、魔獣を相手にしていた方が気楽なのだ。
しかも下層が下になるほど、脱出が困難になる為余計に神経を磨り減らす事に為る。
セラならともかく、レイル達迷宮初心者には気が重い現実だった。
「アンタ随分気楽よね・・・これじゃ今まで調べた事が無意味じゃない・・・」
「そうですねぇ、それに魔物の特性も変わる筈ですから念入りに調査しないと・・・・・」
「どうでも良いけど、何で迷宮にウサギが居るのかしら? 本当、意味が分からないわ・・・・」
「そんな事、僕が知る訳無いよ? アイテム落とせばそれでいいんです!!」
「セラさん平常運転です。アイテム以外に興味は無いんですか?」
「断言するけど、無い。全く、微塵も、欠片も無い!!」
「言い切りやがった・・・何て清々しい奴だ・・・・・」
『それがセラじゃ・・・こやつの頭の中は物欲で満たされておる。邪魔する者は蹴散らされるぞ?』
ヴェルさんも最早呆れていた。
其処にアイテムが在る限り、コレクターの物欲は治まる事は無いのだ。
極限の物欲を見せてやるとばかりに、セラのヤル気は充ち満ちていた。
その代わり他のメンバーはドン引きしているのだが、セラにはどうでも良い事である。
何しろ、放って置いたら最下層まで突撃しかねない勢いなのだ、決して誰も止める事など出来るはずも無いのだから・・・・・。
「ふひっ・・・ふひぃ・・・」
村外れの林の中を、脂ぎった太めの男が腹の肉を揺らし走り続けていた。
彼の名はブッチ、ロカス村唯一の錬金術師であった男だ。
と云うのもセラが村に現れて以降、彼の生活は困窮する羽目に為っていた。
今までは利用価値が在るため多少の嫌がらせも我慢していた村人が、セラの登場で一転反逆の狼煙を上げたのである。
元々錬金術師としては大した実力も無く、その性格の卑しさと変態的な行動から嫌悪され実家から追い出された彼は、この村で仕事をする事で食いつないでいた。
最初の頃は真面目に働いていたのだが、そのうち厭きて来たのか嫌がらせを始めるようになっていった。
性格的なモノも在るようで、女性にはセクハラ、男達には脅迫紛いの事をして愉悦に浸っていたのだが、セラのその破壊的な有能振りの所為で状況は変わり、彼は村人達から強制労働の刑を受ける羽目に為ったのである。
早い話が自業自得なのだが、この村の連中はどこか常識的に在り得ない行動力で復讐を開始したのであた。
そう、今も嬉々として彼を追い詰めているのは、嫌がらせの被害者全員である。
彼等は実に良い笑顔で、立ち塞がる茂った雑草を得物で切り開きながらブッチを追い詰めていた。
冒険者にとって回復系のアイテムは必需品であり、命を繋ぐ重要なモノである。
ブッチはそれを笠に遣りたい放題であったのだが、敵に回した相手が冒険者である事が不幸を招く結果と為る。
セラから【ポーション】の【レシピ・スクロール】を購入し、回復薬を自作出来る様になった彼等に、最早枷が無くなったのだ。
積りに積もった恨みを晴らすべく毎日ブッチを追い掛け回し、強制労働をさせてはアイテムを半額以下で持っていかれる地獄の日々。
現在何とか隙を見て逃げ出したものの、その太りきった体格では逃げ切る事は出来ず発見され、冒険者達に弄ばれ・・・もとい追われているのであった。
彼等の手には各々が得意とする武器を手に、狂気的な笑顔で追い詰める正に悪魔と化しているのだ。
ブッチは何とか茂みから様子を見つつ、隙を見て逃げ切ろうとしているのだが、残念な事に彼等は冒険者である。
逃げ切る事など不可能だと云う事に、そろそろ気づいてもよさそうなモノだ。
しかし彼には其れを享受する意思は無く、未だ甘い考えを持ち続けていたのだった。
彼は息を殺し震えながらやり過ごそうとしていたが、冒険者の中には【フィールド・サーチ】の魔法を使える者が多い。当然発見されているのだが、彼等はワザと気付かないふりをしてじわじわと精神的に追いつめて行く、倍返しにしても悪辣であった。
「ど~~~~こかなぁ、糞ブタちゃん。今楽にしてあげますよ~~~~~」
「懲りねぇデブだぜぇ、まったく!! 余程死にてぇらしい」
「今なら馬で引き摺るだけにしてあげるわよ~~~っ! 死ぬのはアンタの自由だけど」
「おいおい、お前ら残酷だなぁ・・・ここは両腕両足を同時に引っ張る方が良いんじゃね? 牛でだが」
「水車に縛り付けて水攻めはどうだ?」
「矢張りここは、アイアンメイデンで串刺しの方が・・・・・」
全員殺す気満々で、思い付く限り残酷な拷問の方法を意見し合う。
彼等はブッチがどうなろうが知った事では無いのだ。
ただ恨みを晴らすべく、狂気に走る冒険者達。
ここ最近の彼らの行動は、只ブッチを追い詰めるだけに費やされていた。
「この辺が怪しいわね? 【ファイアー】!!」
―――――ズドォオオォン!!
『ふひいいいいいいいっ~~~~~!!』
ブッチの直ぐ傍で、炎系の最下級攻撃魔法が炸裂する。
「如何やら、いないみたいねぇ~~~~?」
「いや、もしかして声を押し殺して居るかも知れん。ここは【ストーン・ブリット】!!」
―――――ビシュッ!!
『ふひっいぃっ!?』
ブッチの頬を高速で飛来する石の弾丸が翳めて行く。
翳めた傷口から血が流れ、ブッチは恐怖に震えあがった。
「あれ? おかしいなぁ、いると思ったんだけど」
「まったく、しょうがないわねぇ! そもそもこの草が邪魔なんじゃない!【エアー・カッター】」
―――――ズバァアアアッ!!
ブッチのいる場所の草むらが、左右綺麗に根元から刈り取られた。
これで逃げようとすれば直ぐに見つかり、袋叩きにされてしまうだろう。
『ふひぃいいいいっ!! 居場所がばれているんだなっ!! こいつ等、ぼくを弄んでいるんだなっ!! ふひぃっ!!』
「いないわねぇ・・・・・次誰やる?」
「ふっ、では俺がやろう・・・受けよ裁きの槍を【ロック・ランス】!!」
―――――ズドドドドドドドドッ!!
術者から一直線に、地面から鋭い岩の槍が襲い掛かる。
「ふひぃいいっ!! ふひぃいっ!?」
「・・・・・これを避けるか・・・だが寿命が延びただけだ・・・次は外さぬ」
「・・・・・ロイス、どうでも良いけどその口調、止めた方が良いぞ? フィオの奴もドン引きしてたし、何と云うか・・・イタイ人だぞ?」
「!?」
知人の冒険者の一言がロイスを縛り付けた。
「・・・まさかアンタ・・・それがカッコいいなんて思ってないわよね? 正直可哀想な人にしか見えないわよ?」
「・・・ば、馬鹿な・・・」
「・・・若いうちはええ、じゃが歳をとると恥ずかしい思い出じゃて、そろそろ目を覚ませ」
「ボイルとイーネも嘆いていたぞ? 此の侭じゃ結婚すら危ういかもしれんと・・・」
「ロイス・・・フィオちゃんの事好きなのは分かるけど、そろそろ目を覚まさないと取り返しのつかない事に為るわ。あの子が上辺だけのカッコ良さに引かれる訳無いじゃない、最近じゃ先生にべったりなんだから・・・」
ロイスの顔が青ざめ、自分がとんでもない過ちを犯して居るのではないかと云う錯覚がよぎる。
「フィオの奴、【ヴェイグポス】倒してるんだよなぁ? あの歳で・・・・・」
「先生のフォロ-が在ったと言っていたけど、それでも大したもんだ。俺達でも少しビビるぞ? アレの相手は」
「あの子強くなるわね。うかうかしてられないわ、追い付かれちゃう」
「そしてロイスは置いて行かれる・・・不憫な奴だ・・・」
ここぞとばかりに仲間達が思っていた事を言いだし始める。
全員が胸の内に隠していたろいるの今の状況。
ハッキリイタイ奴と言わねばならなかった。
そして告げられた言葉の槍は、ロイルに深々と致命傷を与えて行く。
「うわああああああああっ!? 俺駄目だしされてる!? マジで痛い人!?」
「見た目に拘るから無様に為るにじゃ・・・内面を鍛えろ、其れが強さの秘訣じゃ」
「そろそろ止めとかないと両親本気で泣くぞ? この間の酒盛りでボイルが愚痴ってた」
「フィオも自立していってるみたいだし、アンタいつまでガキでいるつもり?」
「大人に為れよロイス、他の餓鬼共も最近避けてるだろ? ありゃぁ、お前といると恥ずかしいからだ」
「あの子らも言っていたぞ? ロイスがおかしくなった、きっと変なモノを食ったからだと」
「フィオも相談しに来たな・・・如何すればロイスが元に戻りますかって・・・・・」
「こればかりはなぁ・・・・・」
「無理と言う他なかったわい」
「・・・・・なっ、もういい加減目を覚ませ・・・フィオも心配しているぞ?・・・」
ロイスはフィオの幼馴染であり、ボイル夫妻の一人息子である。
最近手に入れた小説の敵役に憧れ、その行動を真似ていたのだが、他の友人たちは次第に距離を置くようになっていた。
だが、そんな事とは知らずどんどん酷くなる彼の行動は、ボイル夫妻の頭を悩ませる事に為っていた。
気障な言動に、やけに大げさな態度、見ていて恥ずかしいその行動はあまりにイタ過ぎた。
寧ろ見ていて可哀想に思えて来る。
俗に言う中二病と云うものである。
そんな彼もお年頃。
最近益々可愛らしく為るフィオに内心ドギマギするロイスだが、中二病でその行動がおかしくなりつつある彼をフィオは本気で心配していた。
セラと出会う前に村人に相談を持ち掛け、如何すれば元に戻るのか聞いて回っていたのだ。
純真なフィオの行動は、彼女が気になるお年頃のロイスにとって致命的な一撃と為って突き刺さる。
その事実を知った時、ロイスはいたたまれない感情に飲み込まれた。
「うわあああああああああああああああああああああっ!!」
ロイスは地面を転げ回り、何度も木に頭を打ち付け、変なポーズを取りながら苦悶し悶えた。
見ている分には面白いが、当の本人には死にたいほど恥ずかしい事だろう。
穴が在ったら埋めてくれと言わんばかりの苦悩ぶりである。
彼は漸く目が覚めたのであるが、もう手遅れの状態だった。
何より、フィオにイタイ人扱いされていた事実が彼を地獄に突き落とす。
「・・・そりゃ恥ずかしいよな・・・しかも好きな子の前でのあんな行動は・・・・」
「立ち直るのに時間が掛かりそうね・・・・・ご愁傷様・・・」
「本当の意味で男に為れロイス・・・己を磨くのじゃ・・・」
『ふ、ふひぃ! い、今のうちに逃げるんだな! 自由への逃亡なんだなっ、ふひぃ!!』
すぐに逃げればいいモノを、ブッチはその重たい体を持て余し、中々機敏に動く事は出来ない。
ようやく立ち上がると腹の肉を盛大に揺らし、全力で走り始める。
だが考えてみよう、彼は肥満である。
重量が在れば、当然それに見合う筋肉が無いと早く動く事は出来ない。
彼の全力疾走は、一般人が歩く速度と大して変わらず、ましてや追いかける相手は毎日森を駆け抜ける冒険者である。
更には魔獣の追跡や、薬草など見付け辛いモノを探し当てるプロである。
動きの遅い肥満男が逃げ切れるなど不可能なのだ。
隙を突いたつもりでも自分の体力で逃げられ筈も無いのだ。
「ど~~~~こへ行くのかなぁ、糞野郎。そんなに汗を流して暑そうだなぁ」
「それじゃ、冷やしてやろうかの。【アイス・ブリット】」
「ふひいいいいいいいっ!?」
ブッチの背後から飛来する氷の礫が、彼の躰を翳め木に当るとそこだけ凍結する。
何度も撃ち込まれる氷の礫から必死で逃げようとするが、その重い体が枷となって思う様に進めない。
彼等は今装備も魔法もかつてより充実し、以前よりも強く為っていた。
その背後に見え隠れする【銀色悪魔】の影に、ブッチの恐怖は最頂点に達していた。
しかも僅か数日で、冒険者達は錬金術を学び、その腕前もブッチより優れているのである。
物々交換で【スペル】や【レシピ】の【スクロール】を手に入れ、貪欲なまでに真剣に腕を上げた彼等は、最早ブッチを必要としていない。
超一流の冒険者の影響がここまで大きなものだとは、ブッチにとっては想定外も良い所だった。
何よりセラを敵に回した事が致命的であった。
その苛烈反撃はブチから何もかもを奪い去ったのだ。
『ふひぃっ!! な、何でこんな目に会うんだなっ!! こ、是もみんな【銀色悪魔】の所為なんだな!! ふひぃ!! 復讐してやるんだな!! 必ず泣かせてやるんだなっ!! ふひぃいっ!!』
自分の所業でこんな目に会っているのに、其れでも人の所為にしている事に中々面の皮が厚いようだ。
だが、それを許す復讐者達では無い。
何度も言う様だが彼等は冒険者である。
獲物を追い詰める手段は幾らでもあり、ブッチの行動は想定内の範疇なのだ。
つまり・・・・
「ふひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「やった~~~~っ!! 引っかかった!!」
「あちゃ~~~~っ、負けた、これで【ポーション】三個持って行かれたぜ・・・・」
「何でこっちに逃げるかな、このブタ・・・おかげで賭けに負けたじゃねぇか」
「俺の仕掛けた所に来れば串刺しだったのに・・・・・無念」
先回りをして罠を仕掛ける事など造作も無いのだった。
下卑たブタは今、宙吊り状態で木の上で揺れていた。
何より息の根を止める事に躊躇が無い事が怖ろしい。
其れも其の筈、このブッチの為に何度も死にそうな目に会って来たのだ。
必要な時に回復できず、ましてや依頼すら達成できない状況はこの村において死活問題であった。
その恐怖と憤りを今晴らしているのである。
ブッチが味わっている責め苦の殆どが、彼等が命の殺り取りをする現場で受けて来たモノなのである。
自分達がブッチの所為でどれだけ追いつめられていたのかを、身をもって味あわせているのだ。
「よう、どうだデブ! こいつがお前の所為で俺達が受けた苦しみだ、まだ理解できねぇか?」
「ふひぃっ!! そんなの知らないんだなっ!! 依頼に失敗していたのは、お、お前らがへぼだったからなんだなっ!! ふひぃっ!!」
「あぁん!! 良くほざいたなこの糞ブタぁ!! てめぇが仕事しねぇで嘗めた事しやがったせいで、どれだけ俺らが苦労したと思ってんだ!!」
「何度お前みたいに俺達が追い詰められたか分かってんのか? 死にたいか? 殺して欲しいのか?」
「あたし達にとって回復薬がどれだけ重要なのか知ってんでしょ!! 死人が出なかったのが不思議なくらいよっ!! それを笠に着てあんたはぁあああああああああっ!!」
―――――ゴスッ!! ボグッ!! ベキッ!! グシャッ!! グボッ!!
怒りに燃える女性冒険者の拳の連打は、情け容赦なしに問答無用で宙吊りブタに叩き込まれる。
何度も死にそうな目に会えば恨みも積りに積もる。
「こいつ、【ポーション】売って欲しかったら、目の前で下着を脱げって言ったのよっ!! とんでもない変態だわっ!!」
「私には、売って欲しかったら今晩奉仕しろと言ったわっ!! 女の敵よこいつはっ!!」
「脱ぎたての下着と交換だなんて言った事も有りますぅ!! 許せないですぅっ!!」
更に恨みのある女性陣が加わり、苛烈なリンチを執行してゆく。
下に怖ろしきは女の怒り。
男は取り敢えず死なない様にするのが暗黙の了解なのだが、女性陣にその理屈は通じない。
彼女達はこの変態に何度も泣かされてきたのである。
その恨みの深さの底が見えない。
「まだ殺すなよ? こいつには真人間に為って貰わないといけないから」
「分かってるわっ!! だから殺しそうになったらアンタ達が止めてっ!! あたし自分が抑えられないのよっ!! 何度こんな日が来るのを待ち望んでいた事かっ!!」
「気持ちは分かるが程々にのう、殺したら元もこうも無い」
『『『『『今だけは恨みを晴らさせてっ!! こいつを殺し損ねるまでっ!!』』』』』
「殺し損ねるって・・・・・確実に殺す勢いなんだが・・・・」
「いざと為ったら俺達が止めるぞ・・・・・殺す前に抑えてコイツを飲ませないとな・・・」
彼の手にしているのは劇薬【サイケヒップバッド】、常識人をイカレさせ非常識な変人を真面にする不思議な薬、彼等の目的はコレなのだった。
残念な事に何故かジョブには効果が無い。
彼等は村に居る変人と思わしき人物に試したのだが、どうも効果が及ばない人もいるようで、取り敢えず効果が大きいボイルとブッチに狙いを定めたのである。
ボイルの兄貴振りは村の繁栄には無くてはならない存在に為り、ブッチの場合は厚生の名を借りた復讐である。
だが、気付いているだろうか?
自分達がイカレタ変人集団に為りつつあることを・・・・・
彼等は正義を執行している積りでも、傍から見れば十分イカレている事実に・・・・・
宗教においても信心深い人は時として狂気に走るものである。
今の彼等の様に・・・・・。
「おい、そこまでだっ!! これ以上はマズイ!!」
「もう止めるんだっ!! 君たちがこんな奴の為に罪を背負う必要は無い!!」
「落ちつけっ!! 殺したいのは分かるがこれ以上はダメだ!!」
女性人たちを取り押さえ何とか引き離すと、そこには倍に膨れ上がった肉の塊が転がっていた。
手足が判別できることから、何とか人間だと判別できるのだが、その姿は口を抑える程に酷いモノであった。
この事から、ブッチの仕出かした罪が余程酷いモノだと云う事が窺える。
「生きてるか?」
「辛うじてだがな・・・・・」
「自業自得とはいえ、ムゴイ・・・・・」
「女、こえぇえええええっ!!」
「さてと・・・・・」
一人の冒険者が取り出した薬を見て、ブッチの顔が青ざめる。
今まで何度も飲まされ、強制労働をさせられ居たのだから当然その効力を知っている。
この薬を飲まされると自分が自分で無くなるのである。
その怖ろしさは身をもって体験済みなのだ。
―――――パキン、パキン、パキン
薬品の口を切る音がその恐怖を呼び起こす。
「さぁ、美味しいお薬の時間だぜぇ。こいつで真人間に為ろうなぁ糞野郎」
『ぶひぃっ!! 止めるんだなっ!! 其れだけは止めてほしいんだなぁっ!! ふひぃっ!!』
何とか懇願しようにも口が盛大に腫れ上がり、声を出す事すら出来ない。
「ぶひぃ!! ぶふぉぐっ!! ぎゅふぐふぉっ!! ぶひぃ!!」
「おいおい、何言ってんだか分かんねぇよ」
「まるで本当のブタよね、ブタが可愛そうに思えるけど」
「ふふふ・・・・さぁ、その欲に塗れて汚い心を綺麗にしようぜぇ! 大丈夫怖くない、たぶん」
「さぁ飲みやがれっ!! こいつで真人間に戻るんだっ!!」
「ぎゅおもぉおおおおおおおおおおおっ!!」
【サイケヒップバッド】の効力は絶大だった。
倍に膨れ上がった肥満体が見る間に元に戻って行く。
まるで風船が萎むが如く、急速に回復させて行くのだった。
其処に現れたのは、心なしかイケメンに為った真人間ブッチの姿である。
「皆済まない!! ぼくが間違っていたっ!! 殴られても仕方が無い事をぼくはして来たんだっ!!」
「・・・・・相変わらずスゲェ効力だな・・・・」
「もう、別人よね? これ・・・・」
「罪を犯しておきながら逃げるなんて、何て卑しい人間なんだぼくはっ!! 殺されたって文句は言えないっ!! さぁ、ぼくに罰を与えてほしいっ!! 心行くまで存分にしてくれっ!!」
別人とも云うべき真人間ブッチは、敢て懺悔の道を選ぶ。
元々歪んだ嗜好の持ち主だったため、その反動は凄まじい。
ドン引きするぐらいの勢いである。
「十分にウサは晴らさせてて貰った、後は分かってるな・・・・・」
「勿論さっ!! 今まで酷い事をして来た分、全力で回復薬を作らせて貰うよっ!! 君たちの命を蔑ろにして来た分の罪は償うつもりさっ!! さぁ行こうっ!! ぼくに贖罪の機会を与えてくれっ!!」
「分かってりゃあぁ良い。回復薬の補充を頼む、材料は揃えてあるからな」
彼等の何時もの遣り取りは終わった。
常識を覆す罪人への裁きは、その判決の執行も異常なモノだった。
そんな彼等を見ていた一団が在る。
この村に外部から来た冒険者、【白百合旅団】である。
彼女達は、エルカを除き全員がこの村の冒険者達を調べていた。
無論自分達の陣営に加えるためのリサーチである。
しかし彼女達が見たモノは、あまりにも悪質な集団リンチの現場であった。
話を聞く限りでは、この村の錬金術師であるブッチに非が在る事は明白なのだが、まさか集団でフルボッコにするとは思わなかった。
しかも薬漬けである、開いた口が塞がらない。
「・・・・・怖ろしい連中です、お姉様・・・まさか冒険者の技術を一個人に制裁を加える事に使うなんて・・・・悪魔の様です・・・」
「そこまでせねば晴れぬ恨みも在ると云う事だろう。しかし凄まじい・・・・・」
「うち嫌やで、この村の連中何か怖いわぁ・・・下手したら何されるか分からへんもん」
「その中心に居るのが彼女達なのですわ。セラさんは何を教えているのかしら・・・・・」
「あの連中を煽っているのが、あの【半神族】の女だとすると仲間に引き入れるのは反対です!! セティじゃありませんけど反逆されたら恐ろしいです」
「過剰な上に悪辣、しかも強制的に問答無用に制裁を加えていたな・・・躊躇すらしないで・・・」
「村の連中でさえこれなんやから、そのセラゆう御人が加わったらどな事に為るんや?」
「考えたくないな、災害指定級の魔獣と戦い勝つような強者だぞ? とても太刀打ち出来んだろう」
「それでも味方なら心強いですわ、それにあの薬・・・彼女に使ったらどうなるのかしら?」
「「「・・・・・まさか・・・!?」」」
ミラルカの不穏な言動に、一同が騒然となる。
「ひえぇっくしゅん!!」
「何だセラ、風邪か?」
「何か背筋に寒いモノが・・・・・嫌な予感がする」
「姉さん大丈夫ですか? 何なら今日の調査は終わりにしても・・・」
「アンタが風邪を引くとは思えないんだけど、体が資本よ? 今日は止めとく?」
「セラさん、無理をしてはいけません。万が一と云う事も有りますから」
「そうですセラさん、きっと疲れが溜まっているんです! 今日は休みましょう」
『体に異常はないみたいじゃぞ? なんじゃろなぁ? 変な寒気が突然走ったのじゃが』
「誰かが僕の噂をしているとか? まさかね・・・・・」
「・・・それって、あのミラルカと云う人ですか? 其れなら私も分かる気がします」
マイアの意見にフィオを除く全員が手を打つ。
「「「「『あぁ、納得!!』」」」」
「何でぇ!?」
「あの女、やけにお前にご執心だったしな」
「気が付けばベットの中に潜り込んでたりして・・・・・」
「セラさん気をつけてくださいね・・・彼女の噂はかなり非常識ですから・・・」
「姉さんは、私が守ります!!」
「ベット? 一緒にお休みするのがいけない事なんですか?」
『フィオ・・・本当に天使じゃのう・・・』
若干一名理解出来ない子がいるが、概ね当たっているのが怖い。
セラの貞操の危機は未だ去ってはいなかった。
レイル達の意見に頭を抱えセラが絶叫する。
「いやだああああああああああああああああああああああああっ!!」
迷宮内部に、セラの悲痛な叫びが響いた。




