表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/77

 精神的に疲れてます ~ファイとエルカの口論~

 暗く続く長い階段を、セラ達一行は何処か疲れた表情で上がって行く。

 彼等は終始無言で疲れた表情を浮かべながら、一歩筒階段を上っていた。

 こうなった原因は第九階層の一歩手前最後のエリアで、犯罪紛いの変態攻撃を加えて来た魔物のせいである。

 その殆どはセラの攻撃で殲滅したのだが、生き残りの魔物をミシェルが全て撲殺すると云う凶事を目撃した為であった。

 普段は清楚な彼女の怒りに染まった凶行は、彼等の精神に多大な負担を掛けたのである。

 珍しく一定の安定した姿の魔物が、まさかの変態行為をするなど誰が予想できようか。

 既に彼等の精神は死にかけていた。


 少しづつ近づいて来る地上の光に、彼らの顔にようやく安堵の表情が浮かぶ。

 兎に角今はこの迷宮から少しでも離れたかった。

 精神面のダメージを引き摺りながらも、彼等は漸く地上へと戻る事が出来たのである。



「何とか地上に出る事が出来ましたね・・・僕は早くベットで寝たいですよホント」

「流石に今回は精神にきた・・・俺もさっさと眠りてぇ・・・・・」


 辛うじて出せた一言は、何もかもを忘れただ眠るだけという願望だけであった。

 レイルやセラはまだ真面な方で、残り四人の精神は既に限界を超えており、此の侭では二度と迷宮に踏み込む事は無いかも知れない。

 何せ、セクハラモンスターの被害者達なのであるから。

 更に此処からが彼女達にとって最大の試練でもある。

 想像出来るであろうか、下着を履かずにスカートで人前を歩く恥辱がどんなモノであるか。

 ミシェルを除く三人がその恥辱を味わう事に為る。

 彼女達は既に顔が茹蛸状態であった。


「ううっ、最悪だわ・・・こんな状態で宿に何て戻れないわよ・・・」

「・・・何であんな魔物がいるの・・・信じられない・・・・」

「・・・・・迷宮怖いですぅ・・・」


 三者ともこんな精神状態であった。

 如何やら迷宮に消す事の出来ないトラウマを刻まれたようである。


「・・・フィオちゃんの家に取り敢えず待機して、ミシェルさんに下着を持って来てもらえば? レイルさんは護衛についてもらって」

「その方が良いですね、それに今この村の治安は最悪ですから・・・レイル、護衛役お願いして良いでしょうか?」

「んっ? 良いぜそれくらい、女一人じゃ物騒だからな」

「疲れている所ゴメン、ミシェル・・・お願いするわ・・・此の侭だと恥ずかしくて・・・死にそう・・・」


 流石にミニスカノーパンで村を歩く勇気は無かったのだろう、有ったら問題だが・・・

 ファイはミシェルに下着を持って来てもらう事を頼んだ。

 レイル達は宿に戻り、セラ達はフィオの家にと戻って行く。

 彼等が村の居住区に向かう光景を、一人の女性が険しい目で彼等を見ていた。


 (あれは・・・ファイ? 彼女もこの村に来ていたのね・・・・・)


 彼女の瞳に危険な光が宿っていた。



 村の中央を伸びる村道に、多くの冒険者達や商人が溢れかえっていた。

 この村には宿屋は一軒だけしか無く、また泊まる事の出来る人数も限られている。

 商人たちは馬車の荷台で休むしか無く、護衛で雇われた冒険者達も野宿を余儀なくされていた。

 有る者はその場にテントを張る用意周到な上級者であったり、又有る者はその場で酒盛りを始める様なゴロツキだったりと、冒険者達の様相は千差万別である。

 当然ながら喧嘩をする者もいれば、女性冒険者に手を出す者もいて、明らかに治安が悪くなっている事が見て取れるのだ。

 是が彼等の日常であり、何処にでもあるこの世界の実状であった。


 セラの装備は目立つ、どうしようもなく目立つ。

 深紅と漆黒の美しさと禍々しさを併せ持つ【ヴェルグガゼル・レジェンド・シリーズ】は、今この村に来ている冒険者からは羨望と嫉妬、そして下卑た欲望を掻き立てさせる。

 ましてやそんな装備を一人の少女が纏っている事が、彼等の悪意を増大させた。

 その悪意を理性で止める事が出来ればよいが、血の気の多い冒険者達の中には身の程知らずが多い。

 その典型的な連中がこの村にいた。

 例の頭デカい、顎長い、尻デカいの【カーマス三兄弟】である。

 奴等は得意げにポーズを取りながら自分達をアピ-ルする。


「俺の名は【ズツキ】!!」「頭突き?」

「俺の名は【アゴチョプ】!!」「顎チョップ?」

「俺の名は【ヒプアタク】!!」「ヒップ・アタック?」

「「「我ら【カーマス三兄弟】!!」」」


 背後に爆発の特殊効果が出そうなポーズで、彼等は自分達を誇示して来た。

 はっきり言えば見苦しい。

 しかも凄くウザイ!!


「その【咬ませ犬三兄弟】が僕達に何の用です? 道端に陣取られると邪魔なんですけど」

「「「【カーマス三兄弟】だぁっ!!」」」

「咬ませ犬でもコマシ猿でもどうでもいいですよ、邪魔です、ウザイです! 死んでください!!」

「「「話も聞かずに殺す気か!!」」」


 行き成りの殺人予告に【カーマス三兄弟】も一瞬ビビる。

 単純にセラ達は迷宮での変態モンスターとり合い、かなり精神的に荒んでいた。

 そんな所にウザイ三人組が絡んできたらどうなるか。


 精神的疲労<疲れるから休みたい<こいつ等ウザイ!<邪魔<殲滅しちゃえ!


 こんな具合に危険な思考に自然に判断し、結論を出してしまっていた。

 彼等は運が悪かった。


「どうせ、【YO、お前のそのイカシタその装備っ! 一つ貸しちゃくれねぇか!! YOYO 御代もねぇけど返す気ねぇ! 今ならBedで朝までSERVICE、熱いkissもオマケニ付けるぜ!! HEY!! YAAAR!!】とか言う積りでしょ?」

「「「いわねえぇよっ!! 大体合ってるけど」」」

「合ってるなら、別に話し合う必要ありませんね! 死んでください!!」


 セラは既に戦闘準備が出来ており、る気満々であった。

 元々こう云った状況はゲームで慣れており、基本的に殺られる前に殺れの精神が出来ていた。

 このゴロツキ三兄弟は絡む相手を間違えた。


 セラは途轍もない速度でズツキに接近すると、その矢鱈デカい頭を掴み其の儘地面に叩き伏せ、其処から急加速で地面をこすり付けながら引き摺り、そのまま植えてある巨木に叩き付ける。


「「あっ、兄貴ぃっ!?」」


 まだセラの攻撃は終わった訳では無い。

 次なる獲物はアゴチョプ、突然視界からセラを見失った彼の頭上から踵落としを加え、長い顎が地面に突き刺さり身動きが取れなくなった所に、強烈な拳による連打が撃ち込まれる。

 腕で何とか防御しようにも、前かがみ状態なので巧く防御する事が出来ず、彼の顔面が次第に倍に腫れ上がって行った。

 更に回し蹴りで吹き飛ばし、アゴチョプは其の儘ダウン。


「くらいやがれぇっ!!」


 名は体を表すのか、ヒプアタクの攻撃はその名の通りヒップア・タックであったが、セラは其の儘の状態から思いっきり蹴り返した。

 彼は蹴り飛ばされ何度も地面を跳ね回りながら気を失う、元々アンバランスな体型なのでバランスが崩れると体勢を立て直せないのである。

 何で冒険者等しているのだろうかこの三人は・・・理解に苦しむ。

 

 其れはホンの僅かな時間に起きた出来事であった。


「・・・スゲェ! スゲェぞ嬢ちゃん!! 良くやってくれた!!」

「こいつ等には迷惑してたんだ、スッキリしたぜっ!!」

「小柄なのに大したもんだぜ!!」

「・・・こいつら生きてるぞ、如何する?」

「・・・・・構うこたねぇ、やっちまえ!!」


 見ていた者達は唖然としていたが、やがて拍手喝采へと変わりセラを褒め称えた。

 この三人には真っ当な冒険者達や商人達からは、かなり迷惑がられていたのである。

 被害に在った者達は立ち上がり、三兄弟をフルボッコにしはじめる。

 三兄弟の断末魔の声がロカスの村の空に響いていた。



「はぁ・・・やっと帰れましたねぇ・・・・」

「・・・迷宮ってあんな魔物が出るんですか? 姉さん」

「・・・・何だか良く分からない生物の相手は、さすがに疲れたわよ・・・早くミシェルたち来ないかなぁ」

「・・・・変なんですよねぇ、僕が最初に迷宮に潜った時、あんな姿が統一された魔物は居なかったんですよ? もしかしてですけど、迷宮に人が入る様になった時に、初めて魔物達の形が統一化されるのかも知れません」


 セラはこの迷宮を発見して直ぐに嬉々として突入していた。

 その間相手にした魔物は全て統一性の無い愉快な生物であった。

 だが今日出くわした変態モンスターは姿が統一されており、初めに油断をさせるために踊りながら包囲して来たのである。

 其処から考えると、侵入者が訪れない迷宮の魔物は混沌とした不確定生物なのだが、侵入者が魔物達を打倒した時にその情報が魔物達に送られ、その情報によって最適化されて行くのではと思える。

 この世界の摂理がゲームと同じであるのなら、少なくともセラの記憶に在る魔物の姿が有っても可笑しくは無い。

 記憶に在る魔物の姿が無いのであれば、其処には何らかの要因が有るに思える。

 だが今回その記憶に近い姿の魔物が姿を見せた、しかも集団で連携して作戦まである。

 次の姿がどんな物に為るのか予想は出来ないが、少なくとも武器や鎧を纏う位はするかもしれないのだ。

 侵入者に敗れて魔物が進化する、これ程怖い物は無いのである。

 迷宮攻略の難易度が上がる事になるのだから。


『・・・この分だと、明日ぐらいには【ゴブリン】くらい出て来そうだねぇ』


 二日目で人型に対応した魔物が生まれたのだから、其れも有り得るとセラは踏んでいた。

 何せこの世界に自分を送り込んだのは、ふざけた性格の【神】なのだ多少世界に干渉するくらい遣りそうである。

 迷宮に何らかの法則が有るのであれば、その法則を改変する位わけは無い。

 少なくとも、世界を壊すような干渉でなければ、やれる事など幾らでも出来そうだ。

 その干渉がどれ程の規模かは分からないが、魔物を作り変える事など簡単であろう。

 確証はないが、捨て切れない憶測である。


 そんな事を考えてるセラを他所に、フィオとマイアは着替える為に自分の部屋に戻って行った。

 残るファイは、早く下着を持って来てほしいと切に願っている。

 まぁ、レイル達は走って宿に向かったのだから、もう直ぐ来るとは思うが気分としては落ち着かない。


「お待たせしましたファイ、すみません道が混んでいたもので」

「うぅ、思ったより早かったよミシェルぅ! ありがとね!」

「しかしどこも混雑してやがって、動き辛いったりゃありゃしねぇぜ!」

「それだけ【アムナグア】の素材や肉が欲しいって事でしょう! かなり儲けを出しているんじゃないでしょうか?」


 セラの意見は当たっていた。

 実際にその売り上げ金額は、過去の売り上げの十年分に為っているのだ。

 更に、コルカの街の二大商会に頼んで、明日からギルドホールを建造する手筈になっている。

 其れだけでは無く、この二大商会はこの村に宿や食堂などの建造しようと企んでいる。

 彼らにだけは迷宮が在る事を教えていたのだ。

 セラ達には知らされてはいないが、変身したボイルが独断で決めてしまっていた。

 ファイは風呂場で着替え、セラとレイルは明日の予定を話し合っている。


「んじゃ、セラの憶測ではあの魔物達は是から姿が変わると云うのか?」

「その可能性は大ですね、現に変態ゴブリンが出現していましたから・・・しかも深層に近付くほど迷宮は広く、魔物も強く為る事になります」

「俺達は其れも調査しながら探索するのか、そうなると今迄記録した魔物の情報が無駄になるな」

「無駄という事はありませんよ? レイル、学術的な面では貴重な情報です」

「【エルグラード皇国】学術研究調査団に情報が売れるかも知れんな、あいつ等こう行った情報は、喉から手が出るほど欲しいだろうからな」

「そうと決まれば、明日も探索ですね! 魔物がどう変わるか調べましょう!」


 セラの意見にレイルは頷いた。


『迷宮の魔物調査か、なかなか興味深いのう! あのような生き物など知らぬから実に面白い』

「取り敢えず明日の午前中は回復薬を作って、午後から潜る事になりそうですね」

「異論はねぇよ! こんな好機なんて一生に有るか無いかだからな、其れは其れで面白そうだ」

「では、明日の午前中は準備という事でよろしいのですね?」

「異議な~~し!」


 こうして彼等の明日の方針は決まった。

 目的は魔物の調査であり、また迷宮の構造のマッピングである。

 若干一名違う目的の者もいるが、大凡の目的は決まり明日の為に休む事にする。

 レイル達は宿へと戻り、セラは食事の準備を始め今日の探索は終了したのであった。


 

 レイル達は【マッスル亭】に戻ると其々鍵を受け取り、自分の宛がわれた部屋に移動する。

 彼等の部屋は二階恥の二部屋である。

 食事は取り敢えず非常食で済ませた為に、彼等はもう休む事にしたのだった。

 明日の朝食はセラ達と済ませる事になっているので、後は明日に備えて休むだけであり、何より直ぐにでも眠りたかった。

 因みに風呂は既に迷宮で済ませていたりする。



 「・・・久しぶりね、ファイ」


 ファイとミシェルが部屋に入ろうとした時、突然声を掛けられる。

 ファイにはこの声の主に心当たりが有り、正直に言えば会いたくも無い存在であった。

 恐る恐る振り返ると、予想通りの人物がそこに立っていた。

 緑色の長い髪に、切れ長の目、紫を基調とした魔獣の素材を使った装備を身に纏う同族。

【白百合旅団】のエルカであった。

 見た所、彼女も中堅クラスの冒険者に身を窶し、まさかこの村に来ているとは思わなかった。


「ゲッ、エルカ! 何であんたが此処に居るのよ!? て言うかあたしに何の用よ!」

「ご挨拶ね、ファイ・・・見た所随分下賤な方々と馴染んでいる様ね、正直驚いたわ」

「別にそれ程仲が良い訳でも無いあたしに、一体何の用よ! 明日も色々あるんで休みたいんだけど・・・」


 ファイの祖父とエルカの祖父はお互いに犬猿の仲であり、彼女達も同様にお互いの存在を毛嫌いしている。

 昔からファイは彼女の常に人を見下す態度を毛嫌いし、エルカもファイの奔放な性格が下品に見えて仕方が無い。

 何方も決して近づこうとはせず、また言葉すらあまり交わした事も無い。

 今回の下界調査班に選ばれ、一緒に里を出た二人だが何方にも深い溝が出来ていた。


「この場では話せないわね、部外者もいる事ですし、外で話しましょう。里のこれからの事をね」

「・・・・・あたしには未だ休む事が出来ないのね・・・取り敢えず宿の庭先でいいんじゃない?」

「人が来なければ何処でも良いわ、是は私達【エルフ族】の問題ですから」


 エルカの言葉でファイの目が真剣なモノに代わる。

 そして、彼女が何を考えているのかも大凡察しがついていた。


「御免ミシェル、先に休んでて・・・あたしはエルカに付き合ってくるから・・・」

「分かりました・・・ですが気をつけてくださいね? この村は今・・・」

「大丈夫よ、宿の庭先だし、どうせ大した事じゃないから」


 そう言いながら振りかえらずに手を振り、部屋を後にする。

 エルカはさっさと歩きだし、ミシェルの事など眼中に無いかのようだった。


 一度一階の酒場まで下り、階段裏の扉を抜ければ直ぐに庭へと出れる。

 さして広い場所ではないが、話をするには十分の広さがあった。

 所々に転がっているダンベルや鉄アレイなどが気に為る所ではあるが・・・・


「で、話って何よ! 下らない話だったら直ぐにでも部屋に戻るわよ」

「随分と仲が良いようね、あの下等な【半神族】と・・・正直驚いたわ、あなたはエルフの誇りを忘れたの?」

「【半神族】って言うけど二人いるわよ? どっちの事を言っているのよ」

「決まっているじゃない、両方よ、あんな下等な連中と付き合っているなんて、私には信じられないわ」


 もうファイには、彼女が何を言おうとしているのかが既に分かっていた。

 エルカは、数日前の自分と同じ事をしようとしているという事を。

 正直に言えば、ファイにはもうどうでも良くなっていた。

 里の事を思えば全てを開放するべきだと、ファイには結論が出ているのだ。

 今更エルカに何を言われても、決して頷く事など無いのである。

 それでも敢て彼女と話し合うのは、自分の気持ちの再確認の為だった。


「最初に言っておくけど、セラの暗殺には手を貸さないわよ! 【アムナグア】と戦っている所を見ていたけど、アレは無理よ」

「・・・随分と物騒な事を言のね、まるで殺そうとした様な口振りだけど?」

「まるでじゃないわ、殺そうとしたのよ! けど感づかれていた、しかも敢て泳がされていたのよ」

「其れは、貴女が未熟なだけでは無いかしら」


 エルカはファイを見乍ら鼻白む。

 彼女はあの戦闘の跡を見ながらも、セラの殺害を企んでいたのだ。

 そんな時に、セラ達と共にファイが居る事を知り得たのは僥倖と考える。

 ファイを利用すれば殺害は可能、さらに彼女が万が一殺されても痛くもなんともない。

 むしろ目障りな相手が一人減るぐらいに考えていた。

 しかしファイに最初から殺害する気はないと言われ、予定が大幅に狂いだしていた。

 そんな焦りも顔には出さず、如何にか引き込もうと話を続ける。


「あんな化け物が居ては、里にどんな災いが振り掛かるか分かった物では無いわ、今すぐ排除するべきなのよ! 幸いにも私には作戦が有る」

「正直に言うけど、あのセラに毒や麻痺と云った、状態異常の魔法や薬が通用するとは思えないわよ? 装備が半端じゃ無い! 【レジェンド級】は伊達じゃ無いみたいだし」

「それでも油断や隙ぐらいあるでしょう? 其処を逃さなければ・・・」

「それ位で殺せるならば、とっくにあたしが殺しているわよ? 化け物と云ったのはアンタじゃない、まさにその通りなのよ! どんなにふざけていても隙を見せない、絶対の強者! 其れがあの子よ、勝てる訳が無い」

「絶対強者などと大きく出たわね、其れならば猶更放っては置けないのではないかしら?」


 ファイは理解した。

 エルカは嘗ての自分と同じで先が見えていない。

 セラから放たれている圧倒的な強者の気配を感じながらも、自分達が勝てると思っている。

 更に言えば、自分達が敗北した後の可能性も見えてなどいないのだ。

 暗殺にしくじり、怒りに任せて里に乗り込まれでもしたらどうなる事か。

 其れこそ最悪の展開である。


「あの子は単独で【最強の龍王】を倒しているのよ? そんな規格外にアンタは勝てると云うの? 笑わせるわね」

「【龍王】ですって!? そんな馬鹿な話が有る訳無いわ! 貴女がそこまで腰抜けだったなんて見込み違いだったわね」

「アンタはあたしを利用する積もりなだけでしょ? 其れにあの子の中には其の【龍王】が生きているのよ、しかも戦い続ける事でその【龍王】が表に出て来る。そうなったら手には負えない! 其れで【アムナグア】を倒したのだから! 格が違い過ぎるのよ」

「貴女は命が惜しいだけでしょう、誇り忘れるなんて恥ずかしくは無いのかしら」

「【龍王】存在が信じられないなら直接本人に聞けば? それにどう言い繕っても、あたしはアンタに肩入れする気も無いから」


 エルカは内心焦りを覚える。

【龍王】の存在は確認されてはいるが、其れを単独で倒すなど桁外れも良い所なのだ。

 そしてファイは、なまじ近くにいるからこそ情報を入手しやすい場所にいる。

 その情報に恐らく嘘は無い事が分かる。

 そもそも、ファイは嘘を吐けるほど器用な真似は出来ない。

 感情が直ぐに表に出るからこそ扱いやすい存在であった。

 だが、今回はそれが裏目に出ている。

 以前の彼女であれば、其処に一族の事が絡めばどんな事でもすると思っていたのだ。

 その目論見が大きく崩されてしまっていた。

 逆に言えば、セラと云う【半神族】がそれ程常識外れの存在と云えるのである。

 そしてファイはその常識外れと相対し、敗れた事がうかがえる。

 最早自分が何を言っても無駄だと判った。


「一つ聞くけど、セラみたいな規格外の【半神族】が他に居ないとアンタは思っているの? セラを殺す事が出来たとして、また違う【半神族】が乗り込んできたらアンタはどうするのよ」

「何を言っているのですファイ、あのような存在が他にいる訳が無いじゃないですか」

「本当にそう思うの? あの子は十六歳よ、その歳で【覚醒】を果たすのだから、他にも【覚醒した半神族】が居ても可笑しくないと思わない?」

「・・・・そ、其れは思い付かなかったですね」

「【覚醒した半神族】があの子に【覚醒】に至る術を教えた、だからあの子はその歳で規格外の存在にまで為った。そう思わないと辻褄が合わないのよ」

「た、確かに・・・」

「人の事は言えないけれど・・・目先の事に囚われて足元が見えなくなっているんじゃない? 外の世界では其れが命取りになるわよ?」

「・・・・・・」

「ついでに言えば、その【覚醒】したセラが別の【半神族】を鍛えている。もう手遅れなのよ、此の侭ではあたしたちエルフは孤立するわよ、確実にね」


 ファイの言った事はエルカにとって衝撃であった。

 今まではどんなに気が合わなくとも、根幹にはエルフとしての誇りと云う思いで繋がる所があったのだ。

 しかし、今のファイは明らかに外の種族からの孤立を恐れている。

 エルカにとって他の種族は下等で野蛮で愚かな存在でしかなかった。

 今もそう思っているが、エルフ以外の他の種族が手を組んだら孤立し迫害を受ける事は間違いない。

 そうなれば、【エルフ族】は今迫害している【半神族】と同じ立場に置かれかねない。

 そこに【覚醒した半神族】が加わればどうなる事になるか、想像するだけ悍ましい話である。


「セラが言っていたわよ、【半神族】を滅ぼすには自分達を含む他の種族も滅ぼさないといけないって、そんな事不可能でしょ? だって、【半神族】が生まれて来るのは、あたし達の中にも【旧神族】の血が混ざっている事なんだから、そろそろ終わりにするべきなのよ、こんな馬鹿な事にね」

「貴女は【半神族】を受け入れると言うのですか? 誇りを捨てろと? 良くそんな事が言えますね! 其れは裏切りよ!!」

「じゃあ聞くけど、アンタは自分が産んだ子が【半神族】だった場合、アンタは殺せるの? 其れこそよく言えるわね!よ、あたしは外道にまで落ちたくないのよ」

「・・・・・そんな事起こる筈は・・」

「無いって言いきれるの? 【旧神族】の血筋は何処にどう混ざっているのか分からないのよ? それこそあたしにもアンタの中にもね」


 考えたくもない事実を突き付けられ、エルカは狼狽した。

【半神族】の子供を産んだ親は、同時に迫害を受けるのである。

 そしてファイの言う通り【旧神族】の血が、何処の血族に交じっているのか分からないのだ。

 最悪自分にも、その忌まわしき血脈が混じっている可能性も捨てきれない。

 そうなった時、自分は如何すれば良いのか見当も付かないでいた。


「エルカ、アンタは是から里が如何すれば良いと思っているの? まさかとは思うけど、他種族はエルフに支配されるべきとか考えているんじゃないわよね?」

「当然でしょう、彼等は余りに愚かで利己的で野蛮だわ。彼等を導くには私たちエルフが支配して、管理してこそ彼等の幸福はあるのよ! 外の世界を見てそれが良く分かったわ」

「其れは傲慢よ、そんな真似をすればエルフは孤立し最悪攻め滅ばされるわ! そもそも【半神族】の迫害だって、只の責任の押し付けじゃない。【半魔族】を見れば良く分かるんじゃないの? もうエルフだけなのよ【半神族】の迫害を続けているのは」

「他の種族に私達【エルフ族】の事を、とやかく言われる筋合いはないわ! 私達は独立した国で良いのよ、そのための手段なら幾らでもある」

「【エテルナの霊薬】や【ハイマナ・ブロシア液】は切り札にはならないわよ? 作り方を知っている錬金術師は幾らでもいるみたいだから」

「!?」


 エルフにとっての最大の交易品が【エテルナの霊薬】や【ハイマナ・ブロシア液】と云った秘薬の数々である。それを作り出せる錬金術師がいたとすれば、エルフの優位性は格段に落ちる可能性が高いのだ。

 交易が途絶えれば当然収入も無くなり、食料や日常品にも大きく支障をきたしかねない。

 ファイが口にした以上、それ程高位の錬金術師に出会った事になる。

 その錬金術師を確保出来ればよいが、一人を確保できたからと云って其れだけでは終わらない。

 其処からどれだけ情報が流出したのかが分からないのだから、最悪の状況に為るのである。

 秘薬の優位性が失われれば、彼等に誇れる物と言えば絹製品や酒、干し肉などの保存食位の物である。

 仮に戦争を起こした時、とてもでは無いがエルフに勝ち目など無いのだ。

 エルカは自分達の置かれている状況が、どれ程危うい物かを理解する。


「理解できた? あたしは、是からは開かれた世界に出るべきと思っているわ。孤立すれば後は滅びを待つだけ、其れを外の世界で知ってしまったから」

「貴女は誇りを捨てると言うの! 野蛮な連中に媚び諂えと! 冗談じゃ無いわ、そんな道を選ぶ位なら戦って死んだ方がましよ!!」

「そんで責任も取らずに自己満足して死んで、生き残った同族に責任を押し付けるのね! 大した誇りね、あたしは理解したいとは思わないけど」

「ならば戦えばいいじゃない!! どうせ烏合の衆よ、負ける道理はないわ!!」

「負けるわよ、其れが分からず自分の考えに酔っているのだから、どちらが愚かなのか分からないわ」

「ファイ、貴女裏切る積りなの!!」

「あたしは、無駄な血を流させたくないだけよ」


 エルカの目はファイに憎悪を向けていた。

 ファイにとって一族を思う気持ちは理解できる。

 しかし、外の世界の時間が途轍もなく早く動いている事を知ってしまった為に、彼女達の意見は完全に分かれてしまっていた。

 閉鎖主義に開放主義、この問題はやがてエルフの里に大きな波紋を齎す事になる。


「裏切りは許さないわ!! この場で始末をつけてあげる」

「アンタは、最初からあたしを利用する積もりだっただけでしょ? 扱いやすい暗殺者としてね、その目論見が崩れたからと云って、最後は力尽く? どっちが野蛮よ!! そんな奴に裏切りだ何だと言われたくないわ!! 足元を見ない馬鹿には何言っても無駄だね、そう簡単には殺られないわよ!!」


 互いに武器を構え対峙する。

 ファイには、孰れこうなるのではないかと云う予感があった。

 昔から如何しても気が合わなかったのだ、あまり話をした事は無いが意識的に避けていた事が多い。

 何と無く気に入らない、そんな漠然とした感情を抱えていたのだが、今日漸くその訳に気付いてしまう。

 お互いが嫌いなのだ、出来る事なら顔すら合わせたくない程に気にいらないのである。

 目的のためなら同族すら利用する。

 そんな傲慢で他人の事を気にも留めない浅ましさが、ファイに殺意を抱かせる。


 エルカにとってもファイは気に入らない存在であった。

 昔から一人でいる事の多かった彼はが、友人たちに囲まれているファイを苦々しく思っていた。

 短絡的でエルフとは思えない奔放さを持つ彼女を、正直愚かだと侮蔑していたのだ。

 だが、こう云うタイプは尤もらしい事を言えば直ぐに載ってくれるので、ていの良い道具と割り切ってもいた。

 しかしその道具が反抗して来たのだ。

 しかも理を語ってである。

 是は彼女にとって赦されざる事であったのだ。

 道具は黙って従えばよい、そう云った考えを真っ向から全否定され、彼女の現実を打ち砕く。

 自分は道具じゃないと、はっきり否定したのである。

 この時エルカは、完全にファイを敵と認識したのだった。


「やめておけ、この宿の主人に迷惑が掛かる。どうしても決闘がしたければ、他の場所でると良い」

「だれっ!?」

「この声、フレイさんですかっ!?」


 いつの間にかそこに【半魔族】の女性が立っていた。

 深紅の髪に赤い瞳、頭部に二本の角と青い肌の女性である。


「ふむ、何とも物騒な事に為っているようだからな、ここの主人に迷惑を掛ける訳にもいかず、つい出てきたしまった」

「フレイさん、貴女は何時から此処に居たのです?」

「最初から此処に居たが、エルカ殿達が気が付かなかっただけだ。まぁ、エルフの二人の会話にも興味があった事は事実。無粋だだとは思ったが聞かせて貰った」

「最初からって・・・気配が全然感じなかったんですけど・・・」

「それが我ら一族の固有特性であるからな、それは兎も角、このような場所で流血沙汰は拙いと思うのだが? 如何してもると言うのであれば止めぬぞ?」


 行き成りの乱入者と云うより、彼女のいる場所で気にせず口論を始めてしまった事に、ファイの顔が羞恥に染まる。

 エルカは武器をさっさとしまい、侮蔑する様にはファイを睨みつける。


「一族同士の未来を語るのは構わないが、其処で殺し合いに発展するのは見過ごせなくてな、その決断をするのは其方たちの里長であろう? 此処で其方たちが殺し合って何に為るのだ?」

「すみません、疲れている上に気が立っていたもので、冷静でいられませんでした」

「今日の所は此処までにしておきましょう。ですがファイ、裏切りは許さないわよ」

「アンタに裏切りだとか言われたくないわよ、そんなに同族殺しに為りたいのアンタは!!」

「!!」


 ファイの一言が一瞬冷静さを失いかけたが、エルカは如何にか堪え宿の中に消えて行く。


「アレがエルカ殿の本心か、まるで嘗ての我等の様だな・・・」

「確か、【半魔族】も【半神族】の迫害を辞めたんでのよね・・・何でも暴君の所為で酷い目に会ったとか・・・」

「詳しいな、そうだ、我等もエルフ達の事は言えない。同じ罪を背負っているのだ・・・しかし我ら一族の事を如何して知っているのだ?」

「数日前にセラ・・・【半神族】の子に聞いたのよ、50年ほど前に迫害を止めたと、同じ目線に為って過ちに気付いたと言っていたわ」

「その娘、何者だ? 怖ろし程の情報収集能力だぞ?」

「最強の冒険者ね、正直に言えば敵に回したくない存在よ? 所で・・・フレイさんだったっけ? エルカとどういう関係なの?」

「我等は【白百合旅団】に、籍を置いている者だ」

「・・・えっ!?」


【白百合旅団】はある意味最強の旅団として有名だが、別の意味でも有名であった。

 白百合だけに女性限定の冒険者集団なのだが、百合の部分だけ事実な側面もある。

 特に団長が手当たり次第で、そっちこっちで少女から四十路の女性まで手を出すらしい。

 そんな噂を聞いているだけに、背筋に冷たい汗が流れる。

 少しずつ、フレイからフェードアウトして行くファイ。


「一つ言っておくが、可笑しいのは団長と一部の者達だけで、私は其方の趣味は無い!!」

「マジですか!? 良かったぁ、何かそっちの噂が多く聞こえて来るもんだから、あたしてっきり・・・」

「・・・それは殆んどが団長殿の所為であり、残りの何割か一部の物の所業だ・・・私も辛いのだ・・・あの団長は手段を選ばぬから・・・」

「・・・・・苦労してんのね・・・て言うよりその団長とは会いたくないわ・・・」

「・・・神出鬼没だからな、気をつける事だ・・・下手に気に入られたら、その日の内に寝台に直行に為るぞ・・・何人毒牙に掛かった事か」

「怖ろしい集団ね・・・」


 その後フレイとファイは一時間ほど語明かす。

 彼女は余程溜め込んでいたのであろう、団長の不満を愚痴りだしファイは彼女があまりに不憫に見えた。

 どうも【白百合旅団】の中では、常識人が苦労する様である。

 何故こんな旅団に籍を置いてしまったのかと彼女は嘆いていた。

 この日からファイとフレイは交友関係を持つ事と為る。


 ファイが部屋に戻る頃、ミシェルが休まずに彼女の帰るのを待っていてくれた。

 心配してくれる友人がいる事が、どれだけ幸せなのかをかみ締めたのであった。

 





 

 ヤッベ~ネタが無い!

 すとっくがあぁぁぁっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ