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プロローグ ある少女の出会い

 ……ハアッ、ハアッ、ンッ! クハッ。

 荒い息使いで少女は、薄暗くも鬱蒼とした森の中を、たった一人でなりふり構わず必死で駆け抜けていた。

 年の頃は12~15歳前後だろうか、お世辞にも成人を迎えた歳には見えない。

 なぜ、この様な森の中を年端もいかない少女が全力で駆け抜けているのであろうか?


 しかも、この少女の身につけている衣装もまた奇妙であった。

 皮製の鎧とブーツ、右手には杖にナイフのような刃物が取り付けられた武器を所有しているのだ。

 時折後ろを振り返っては、まるで小動物のように怯えた表情で、何かから逃れようとしているかのごとく、絶えず自分の周囲を囲む森を警戒してる。

 震える手に持つ杖状の武器を強く握り締め、いつでも攻撃に転ずる事の出来るように持てるだけの勇気を振り絞り、止めど無く押し寄せる不安をどうにか鎮めようとするだが、かえって焦りが生まれる悪循環となってしまっている。


 少女は駆け出しの冒険者であった。

 冒険者とは、辺境の村や、大きな街等からの依頼や要請を受け付ける組合(通称ギルド)で依頼を受け、魔獣討伐や遺跡の調査、はては狩猟や鉱物資源の採取などを行う荒くれ者の総称である。

 彼らの活躍により多く村や街が救われ、かつ裕福にもなったが、同時に冒険者たちによる犯罪や治安の悪化も招く結果になった。とてもではないが、少女が足を踏み込んでもよい職業ではない。


 では、何故に彼女は冒険者になったのか?

 理由は単純なことである。 彼女の住む町か村が、冒険者を雇えるほどの資金を用意できないほど貧しいからか、もしくは、ギルドの集会所(かく村、もしくは街からの依頼を斡旋する場所。酒場になってる事が多く、冒険者の溜り場となり、治安悪化の要因となっている)が無いほどの比較的に新しい村ということも考えられる。

 どちらにしても、冒険者たちを雇うことが出来ないのであれば、村の住人たちで何とかしなければならない。その結果、若い者たちに御鉢が回ってくるのだ。

 この年頃の少女が冒険者になったとしても決して可笑しい事ではない。とくに、辺境であればなおさらである。


 だがそうなるともう一つ疑問が浮かんでくる。

 この少女は、いったい何に怯え逃げているのであろうか?


 

「………フウゥ…フウゥ、ンクッ……フハァ!………上手く、逃げられたかな?…」


 鬱蒼と繁った森の中を全力疾走してきた少女は、周囲を警戒しつつも何とか息を整えようと、何度も大きく深呼吸を繰り返す。

 徐々にではあるが呼吸も楽になりつつあるのだが、まだ警戒を緩めるわけにはいかない。

 怯えと不安をないまぜにしながらも、首をキョロキョロと動かしながら、自分以外の動く影を探しつづける。


「……危険な魔獣なんて見なかったて言っていたのに………オジサン達の嘘つきぃ!」


 今、自分がおかれている状況の原因の一つを作ったのは、自分の運の悪さと、前日この場に訪れ採取と狩猟していた村人パーティー面々からの情報を鵜呑みにしてしまった己の未熟差が招いたことだ。

 逆恨みであることはわかっているのだが、ボヤきたくもなる。

 何故、よりにもよって今日なのか?

 何故に、村人パーティーが来ていた昨日ではないのか?

 理不尽だと思わずにはいられない。


 彼女の今日の目的は薬草や調合の素材となる茸、あとは腕試し程度に小型魔獣を二~三頭狩ることが出来ればいいと思っていた。

 最初のうちは、目的のとうりに順調だったのだ。

 幼い頃からこの森で遊んでいたのだから、どこで何が採取出来るかは良く知っているし、村人パーティーが森に入った次の日からはしばらくの間は安全が確保される。

 普段なら、それが当たり前だと思っていた。

 念には念を入れ、パーティーに参加をしたメンバーからも森の様子を聞いて回った。

 だが、世界は常に動いている。万が一は起こるべき時にはおこり、昨日の情報は参考程度にしかならず、今日とは全く当てはまらい事もあるということを、自分の身をもって体感してしまったのだ。


 つい先程までは薬草や茸、そして偶然に岩場で拾った鉱物、わずかにマナ結晶も発見し、予想していたよりも大量に採取できたため、気分は上々ご機嫌であったのに………。


 ―――――そう、その時までは……。


 たまたま目の前を横切った二足歩行の小型魔獣、それが自分を観るなり甲高い声で鳴き始めたのだ。

 すると如何であろう、森の中から一頭、また一頭と姿を見せ始めた。

 始めは何とか倒すことが出来ていたのだが、しかし徐々に数が増えてくる。さらに執拗に飛び跳ねながら、動きを祖阻害するように足に噛みついてくる。

 何故か怖くなり、この場から離れることを決めたとき、それを見てしまった。

 小型魔獣に似た姿、だが大きさは七倍近くあり、背中に扇状の背鰭がひときわ目立つ。濃緑色の外皮に背鰭に彩られた赤い模様、両腕と足には鋭く禍々しい爪が生え揃っていた。


 あとはもう、なりふりなど構っていられなかった。

 今の自分では絶対に勝てないことなど見て理解出来る。

 村まで何としても逃げる、それしか方法が見つからない。

 そして、どうにか街道近くの場所まで逃れてきたのが今の現状であった。

 

 ようやく落ち着きを取り戻し、ウエストポーチからポーションを取り出すと、のども乾いてたためか、そのまま一気に中身を飲み乾した。


「ううぅ、苦いよぉ……」


 駆け出しの冒険者である彼女にとって、ポーションの苦味はまだ慣れていないのか、涙目である。


「ポーションも、もっと美味しいといいのにぃ………口の中がイガイガしますぅ…」


 よく見ると、ポーションの瓶に緑色の粉末らしき物がこびりついている。 

 おそらく、調合した錬金術師の腕がよほど悪いのであろう。

 しかしポーションのことを抜きにしても、今日という日はこの子にとって厄日なのであろうか? それとも気を抜くのが早すぎた為か、森の奥の木々がガサガサとうごめいていることに気随ていない。

 それは二手に分かれ、片方は街道方面に、そしてもう片方は少女の背後を遠回りに静かに移動する。

 

 ―――グフォ、グフォ、グフォフォフォフォフォフォフォフォフォ~

 

「ウソッ!? 街道側から、 なんで!?」


 街道側に回り込んでいた小型魔獣が退路を塞ぎ、後方からは五頭、さらにそこいらの木の陰からわらわらと現れた。完全に狙われていることに青ざめるも、巨体の魔獣がいないだけまだましと気を引き締め、この包囲網の脱出を試みる。


「左前方に5、右前方に3、後方からたくさん……。考えるまでもないか」


 とっさに判断を下した少女は、即座に右手の杖状の武器を構え行動にうつす。


 「『ファイアー!!』」


 そう叫ぶと、杖の先端から紅蓮の火の玉が顕現し、右前方から接近する魔獣に直撃する。

 炎属性の魔法である。

 魔獣は、『ギャボッ!?』叫び3メートルほど後方飛ばされ、後方の仲間の魔獣を巻き込んで倒れた。

 間髪入れずに少女は走り出し、杖に取り付けられたナイフで、向かってくる魔獣の首元にその鋭い切っ先で斬りつけ、さらに追い打ちとばかりに炎の魔法を叩き込む。

 包囲網に穴が空き、その隙間を全力で走り出す。


 駆け出しの冒険者とは思えないほどの状況判断能力と決断力、さらにその手際の良さには驚嘆に値するだろう。しかし、彼女は気づいていない。

 彼女が逃れたその方向は、当初に逃れようとしていた街道ではなく、その真逆の森林奥深くにつづく

魔獣達のテリトリーに飛び込む事に為ることを。


 包囲網を何とか逃れた少女は、息絶え絶えで森を歩いていた。

 長時間走り続けたために体力の限界も近い。

 どこかで休まないとまた魔獣達に出くわしたとき、逃げることなど敵わないことは嫌でも理解できてしまう。

 疲れのたまった体を気力で動かし、どこかに休める場所はないかと思案する。

 しかし浮かんでくるのは、無事に帰れるのだろうかとか、もしかしたらこのまま力尽き、魔獣達の腹の中に納まってしまうのではないか、などのネガティブな想像ばかりである。


 次第に足取りは重くなってゆく。

 慣れ親しんでいたこの森が、まるで巨大な魔獣の腹の中に思えてくる。

 もう溜息すら出ない。

 そのまま無言でしばらく歩き続ける。


「……あっ!?」


 その時、彼女の両目に何かきらめく光が見えた。

 それは水面に反射して輝く泉であった。

 そういえば、この森には地下から湧き出る水でできた、泉があった事を今更ながらに思い出す。

 この泉はとても澄んでいて、飲むことも可能であった。


「……あそこなら休めるかも…」


 げんきんなもので、休めるかも知れないと分かった途端、猛然と走り出す。

 今までの無気力ぶりがウソのようだ。

 次第に泉が近づいてくるごとに、だんだんとテンションが上がってくる。

 魔獣から逃れようとしていたとき以上の猛ダッシュである。

 少女の頭の中は、もはや泉のこと以外、綺麗さっぱりと消え去っていた。

 だが、泉のことを思い出したのであれば、もう一つ思い出すべきであった。

 泉の周りは、高さ三メートルほどの段差があることを………。


「………ほへ?」


 今まで踏みしめていた地面の感触が、突然消えたのである。何が起きたのかなど理解出来なかったであろう。

 そして……


「ひょああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ……当然、落ちる。


「ひゅぶ!!」

「ふぐびゃ!?」


 間の抜けた声が二つ上がる。


「いたたたた…………??」


 何かにぶつかった痛みで、ようやく自分が落下したことを自覚する。

 この時になって、ようやく泉の周囲の段差のことが記憶の底からおもいだした。

 魔獣相手には、あれほど冷静に対処していたというのに、何たる間抜けか………。

 それよりも状況を把握することを優先。いったい何と自分が何とぶつかったのか、それを確認しようと思ったとき、お尻の下に何やら柔らかくもあたたかい感触があることに気付いた。

 そっと視線を下げるとそこには・・・・・・・


「うぎゅうぅぅぅ・・・」


 蛙のようにつぶれ、うめいている人が目に留まる。

 自分がいま下敷きにしているのは、間違いなく人間。さらに、その背中に思いっきり座り込んでいる状態である。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 少女の思考が停止した。

 まさか人がいるは、思ってもみなかった。


「あうぅぅぅぅ、どいてぇぇ・・・・」

「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!? ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁい!?」


 下敷きにされた人の声に我に返り、勢いよく離れた。


「うぅぅ、いきなり酷い目にあったよ・・・」


 そう呟きながら声の主は、ゆっくりと立ち上がる。

 その人物を見た瞬間、少女は声も出ないくらいに魅せられた。

 年の頃は自分よりやや年上か、動き安さを考慮された純白のローブを身に纏い、観た事もないような漆黒と真紅の魔獣の素材をふんだんに使用した、余りにも美しくも禍々しい武具を装備。

 右手に携えている武器は武具と同じ魔獣の素材を用いたのであろう、巨大な砲身に大剣を組み合わせた『砲剣』は、その人物の実力をまざまざと見せつけると同時に、強い憧憬と途轍もない畏怖を感じさせる。

 何よりも衝撃的なのは、その人物が銀色の美しい髪をした美少女であったことだ。


「ねえ君、どうしたの? 大丈夫?」


 心配そうに声をかけてくるこの彼女の問いに、少女はただ呆然と見つめる事しか出来なかった。

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