ウィザーベル
視界が暗い。テオリアの声だけが聞こえた。
「街の人を呼んできます」
彼女の足音が遠のいていく。なぜテオリアは、私を残してどこかへ行くのだろう。そうか。女性一人では、私を運べない。彼女は私を家へ運ぶために、誰かを呼びにシトカへ向かったのだ。安心すると、また意識が遠くなった。
気配に気づいて目が覚めた。無意識に身体が反応する。腕を横に伸ばして剣を探しながら、起き上がろうとした。ディーンとは異なる気配だが、彼に並び立つほどの強大な存在感だ。強烈な痛みが背中に走り、起き上がるどころか上半身を上げることもできなかった。うめき声を上げただけだ。
大剣を持った男が見下ろしていた。剣は鞘に収められている。骨格が太く長身の男だ。規格外の剣にも身体にも見覚えがあった。たしか、ポピンでディーンと一緒だった男だ。名前は、そう、ウィザーベルと言った。
「無理をする必要は無い。戦いは終わった」
落ち着いた低い声だった。声にも表情にも敵意はない。感情を読み取ることはできないが、殺意はないようだ。握っていた剣の柄を離した。戦闘で負傷した肩へ目を向けると、包帯が巻かれていた。肩だけではない。背中の傷に対しても応急処置が施されているようだ。テオリアは手当てをする道具を持っていなかった。彼がやってくれたのだろうか。
「お前がつかった力は、この大陸では失われたはずの力だ」
ウィザーベルの瞳。やはり、感情を読めない。
「きわめて強力だが、つかい方を誤れば世界を崩壊させる。その能力を忌み嫌う者や、危険視する者も多い。静かに暮らしたいならば、二度とつかわないことだ。逆に、覇道を望むのであれば、覚悟してつかうことだ」
ウィザーベルは踵を返した。
彼は、私の忌まわしき力を知っている。
「待ってくれ」
届いているはずの声に、彼は反応しなかった。振り返ることなく去っていく。言葉だけが残された。
「お前が世界の害になればウィザーブが放っておかない。もしも、ウィザーブの手に負えないほどになったら、そのときは私が斬る」




