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イシュハーブ騎士物語  作者: 歌舞・Na・意伝
A Will of the Knight
20/22

生き難い世界

 傍らには親友がいた。


 つまり、私はいつかの世界にいた。ここは夢の中であり、変わることのない過去の世界だ。


 城壁の上に、親友と並んで立っていた。眼下には王都が広がっている。私は右腕に包帯を巻いていた。眼前の風景が、記憶にある風景と重なった。騎士隊隊長となって三度目の戦いの後だ。この日の前夜、祝勝の宴が催され、私は隊長として参加した。副隊長の親友は体調不良を理由に姿をくらませた。うまい手を考えたものだ。社交的な場を煩わしいと感じた彼は、その場に姿を現さなかったばかりか、看病という名目で私の妹を家に呼んでいたのだ。


 腕を組んだ親友は、明瞭な表情を浮かべずに王都を見下ろしていた。


 「遠い目をしているな。何を見ている」


 「決まっているだろう。遠い目をしないと見えないものだ」


 いつも通りの食えない言葉を吐いて、彼は目を細めた。


 「俺たちが進むべき道の果てさ。とは言ったものの、霞んでいてよく見えない。だから、想像力を働かせながら推測している」


 こちらを向いた親友の口元に笑みが浮かんだ。


 「たぶん、お前の方が得意だな。お前には道の先に何が見える? いや、何が見えるべきだと思う?」


 「平和」


 「即答か。いいな、単純な奴は。でも、間違ってはいない。じゃあ、平和な世界と希望に溢れる世界は同じ世界だと思うか?」


 意図が判らなかった。


 「無理して考えようとするな。どうせ、理解できんだろう。長所を活かして、感覚で答えろよ」


 親友の笑みが、いつものように意地の悪いものへと変わった。私の視線を涼しい顔で受け止める。


 「世の中が平和になれば、人々の生活は安定する。安定すれば、命を落とす者も少なくなる。しかし、そこは生きやすい世界だろうか」


 彼の顔から笑みが消えた。


 「確かに、今は、生き難い世界かもしれない。戦争によって、もしくは盗賊たちの蛮行によって、多くの命が奪われている。しかし、近くに死が存在するからこそ生きることを強く実感できる人々もいる。少なくとも、お前や俺はその中の一人だ。

 別に、罪悪感を持つべきだと言っているわけでも、逆に、成し遂げたことを必要以上に肯定したいわけでもない。単に事実を言っているのさ。俺たちは、これまでも、そしてこれからも戦場へ向かうだろう。安易な表現だが、俺たちは生と死との境界線で呼吸を重ねて、成すべきことを成そうとする。不満足な世界だからこそ、明日の希望を夢見て、今よりもましな世界を目指す」


 「それでいいじゃないか」


 「そう。そんな、馬鹿みたいなことを言って欲しかったんだ」


 頷いた親友が私の肩を二度叩き、三度目の手を私が振り払った。


 「しかし、生きやすくなった世界ではどうだろうか。目の前には望むべきものがあり、必死にならずとも生きていける。そんな場所で人々は夢を見るのだろうか。生きる意味を見いだせるのだろうか。間違っているのかもしれんが、生きること自体に戸惑い、迷い、苦しむ人々が増えるかもしれない。もしくは、生きる意味すら考えない人々が増えるのかもしれない。贅沢な困難のような気もするが、いずれにしろ、人間は面倒で複雑な生き物だからな」


 実感はできないが、親友が言いたいことは分かった。おそらく、結局のところは、「俺にとっては、物足りない世界だ」とでも言いたいのだろう。返すべき言葉もみつかった。


 「それでも、前へ進もう。お前が言う通りなら、そこはまだ果てではない。やるべきこともきっと見つかる。さらに、前へ進めばいい」


 「出来の悪い生徒も、たまには役に立つな。いいだろう。たしかに、今から悲観的になっても仕方がない。まずは、平和な世界を目指して共に進もう。しかし、そのあとは状況次第だ。もう俺たちの出番は無いかもしれん。戦闘や戦略の技術なんて、平和な世界では混乱を引き起こすだけの異能だ。俺はのんびりとやりたいことをやるよ。どうしてもというのであれば、お前もそこに混ぜてやる」


 「計画があるのか?」


 「もちろん。先のことを考えて策を練るのが俺の役目だ。この大陸が平和になる頃には、お前の妹君はさらに美しくなり、無敵の騎士団長殿も今ほど健在でないだろう」


 「父と闘って妹を手に入れるのか?」


 「まさか。正面突破では、万に一つの勝ち目も無い。攫うにきまっているだろう。そのあとは、妹君と一緒に、地の果てまで逃げる。お前も来るか?」


 「遠慮する」


 「残念だな。単純で屈強な召使いは重宝するんだが」


 相変わらずの軽口だ。どこまでが本心か分からない。


 「しかし、お前がお前らしい目標を持ち、どうしても俺の力が必要と言うのであれば話は聞いてやる。面白そうならついて行こう、たとえどんなに困難であっても」


 「今と同じということか。大歓迎だ」


 ザクトス第七騎士隊隊長と副隊長の会話は、やがて、取り留めのないものへと変わった。肩書きを完全に脱ぎ去った親友同士のそれだ。


 ふと思った。親友は、私がいなくなった世界でも彼らしく生きているだろうか。



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