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イシュハーブ騎士物語  作者: 歌舞・Na・意伝
A Will of the Knight
16/22

日常色の季節

 窓ガラスの向こう側を見ていた。夕日を浴びてオレンジ色に染まる木々は痩せてしまった老人のようだ。一日に数回、窓辺に立って物思いに耽る。意識しているわけではないが、習慣になっていた。

イシュハーブ大陸で過ごす初めての冬だった。春はまだ遠い。この時期の風景には、違和感にも似た物足りなさを感じてしまう。理由は分かっていた。ザクトスでは見慣れた雪景色ではないからだ。郷愁とは、こんな想いにも当てはまるのだろうか。


 傭兵隊隊長になって四ヶ月が経過した。充実した日々は、穏やかに過ぎていった。シトカにおける生活は、私にとって日常と呼べるものになっている。毎日の生活や、窓の外に広がる景色は、昨日と今日を比べたところで大きな変化はない。しかし、四カ月分の変化を積み重ねれば、確かな違いになる。


 早朝訓練は続けていた。内容は、身体能力や技術が以前のそれへと近づくにつれて、激しいものへ変えた。結果として、不要な贅肉は削げ落ち、戦士として必要な筋力がついた。身体能力だけであれば、バルガルディアにいた頃と変わらないはずだ。剣技の進歩はないが、以前のレベルと比較してもそれほど劣ってはいないだろう。ベドガ騎士隊との合同訓練で、デュレクやアーフィルと立ち会っているおかげだ。


 筋肉量の増加により、食事の量も増えていた。テオリアは笑顔で料理を作ってくれるが、フィリスはときおり不満げな表情を見せる。一番の理由は、仕事を持ったために少女と遊ぶ時間が極端に減ったことに起因しているが、二番目の理由は私の身体が引き締まったからだ。フィリスは、今でも前から後ろからと私に抱きついてくる。私は優しく受け止めるように心がけているが、センスがいいのか悪いのか、少女はたまに絶妙のタイミングで飛び込んでくる。そんなとき、私は本能的に身構えてしまうため、フィリスは硬直した筋肉に衝突してしまう。少女は額をさすりながら撤退し、不意の頭突きを喰らった私は慌てながら追撃、ではなく全面降伏するためにあとを追う。少女に追いついた私は何度も謝るが、フィリスは許してくれない。「ファアッシュお兄ちゃん、体、硬すぎ。ご飯も食べ過ぎ」と言って頬を膨らませる。バルガルディア大陸では、何度も「石頭」と親友から呼ばれたが、ついに身体までそうなってしまったらしい。


 テオリア三兄弟との距離は、手を伸ばせば届く距離まで縮まった。私を含めて家族だ、と言える日も近いはずだ。連戦連敗だったフィリスの連続質問攻撃に対しても、三回に一度は受け止められるようになった。もっとも、私の反応がよくなったのではなく、質問を予想して答えを準備しておくようにしたのだ。それでも、三回に二回は、テオリアへ救援信号をのせた視線を送ってしまう。彼女が助けてくれるかどうかは予測できないが、表情を見ればなんとなく判るようになった。大きな進歩だ。


 家族の定期的なイベントもできた。二週間に一度、テオリアが唄を歌ってくれる。提案したのは私だ。当然と言えば言い過ぎかもしれないが、彼女は快諾してくれた。前回からは家族だけの楽しみではなく、観客にガルトーシュも加わった。街一番の漁師は、涙腺が緩いうえに情熱的だった。感動のあまり頬と鼻の下を濡らしたガルトーシュは、テオリアの唄を聴き終えると同時に立ち上がって拍手を送った。さらに、翌日になっても興奮が収まらなかったらしく、顔を合わせた全ての漁師仲間に「テオリアの定期コンサートをシトカで開くべきだ」と熱く主張し始めた。テオリアはやんわりと断っているが、ポピンの主人から聞いた話によれば、情熱的漁師はシトカの漁業組合と商業組合にかけあい、コンサートを開く場所を探しているらしい。


 ファーンとの距離も縮まった。私の姿を見つければ即座に突撃作戦を強行するフィリスほどではないが、最近は日常的に会話を交わしている。きっかけは、テオリアがつくってくれた。もっとも、私とファーンの関係を心配したからではない。テオリアは、あまりにも剣術に没頭する弟を心配したのだ。彼女は、ファーンに対して剣の道へ進んで欲しいと望んでいない。騎士になるためにベドガやロシナムの国都を目指すのではなく、学校を卒業したあとはシトカで職を得てほしいと考えている。彼女の願いは、晩夏に夜の砂浜で聞いたとおり、家族が一緒に生活することだ。


 私自身は、少年の思いも、弟に対する姉の思いも理解できる。どちらの思いも否定したくないため、明確な意見を述べることなく、テオリアのリクエストに応えていた。具体的には、ファーンが危険な行動や度を越した訓練を行わないように見守っていた。例えば、今日のように剣術教室が開かれた日はファーンと一緒に家へ帰り、帰路の途中、剣術に対する少年の想いを聞く。まだ表面的な会話にとどまっているが、いずれは精神的なことも含めて、深く話してみたい。


 ファーンは、彼の思い通り、そして姉の思いとは裏腹に、着実に強くなっていた。やはり、思いが強ければ強いほど上達は早い。一昨日、早朝訓練を覗いてみたが、少年は訓練方法を変えていた。力の限りに剣を振り下ろすのではなく、木剣を使用しない筋肉強化から、足さばきの練習まで行っていた。メニューを考えたのは、ファーンではなく剣の先生だ。その人物は、残念ながら私ではなく、ディーンという名前だった。


 「強くなるために何が必要か分かるかい?」


 今日の帰り道、並んで歩くファーンに聞いてみた。もちろん、私は回答を用意していた。強くなりたいと真摯に思うこと。そして、その想いを途切れさせること無く持続させること。いわゆる、剣に対する姿勢であり、日々の訓練が最も大切だと伝えたかった。しかしファーンは、私の回答を遥かに飛び越えた現実解を答えた。


 「知っているよ。ディーン先生に教えてもらったから。自分よりも強い敵に会ったら、一目散に逃げること」


 「理由は?」


 「理由もへったくれもあるか。死んでしまったら、それ以上強くなれないだろう、って言ってたよ」


 間違いない。ファーンの先生は、私を寝坊助と呼ぶあのディーンだ。帰り道に聞いた話では、少年は、鬼神のアジトへ一緒に向かおうとした友人とともに、週に数回、ディーンから剣の指導を受けているらしい。


 傭兵隊隊長として兼任しているシトカ警備隊の活動も順調だった。もっとも、私以外の人間が隊長であっても同じだったはずだ。鬼神が殲滅された日以降、シトカ周辺では大きな事件が起こっていない。一度だけ、シトカの周辺、正確にはシトカとベドガをつなぐ大道で商人が襲われた。時間帯は夜半過ぎで、襲った人間は複数人だったらしい。持っていた金は全て奪われたが、幸いにも商人の命に別状はなかった。彼の証言によれば、襲った人間は盗賊の風貌をしていたという。おそらく闇の鐘だろう。


 事件後、シトカの住民には夕方以降にできるだけ街の外へ出ないように注意を喚起した。また、私かシトカ警備隊のメンバー三人以上で、週に二度、シトカ周辺の見回りを始めている。何度か盗賊とおぼしき輩を見かけたが、こちらの姿に気づくと彼らの方から姿をくらませる。当然の反応だろう。警備隊は略奪すべき金品を持っていない上に、命を奪いかねない武器を持っているのだ。


 シトカ警備隊の訓練およびベドガ騎士隊との合同訓練も順調だった。シトカ警備隊は訓練というよりも運動不足の解消と言ったほうが正確だが、ベドガ騎士隊は少しずつ腕を上げている。また、時間に余裕があれば、シトカの周辺を歩いて地理を頭に入れた。予期せぬ事態は、その言葉通り発生する時間や場所を選んでくれない。非常時に有用な知識となるはずだ。


 さらに、警備隊としての守備範囲を広げた活動も始めた。決まり切った仕事はないが、貢献できそうなことがあれば、すすんで街の人に力を貸している。老朽化した共有設備の改修を手伝ったり、街人同士のいざこざを仲裁したりと、活動内容は多岐に渡る。そのおかげか、今では、シトカですれ違う多くの人たちと挨拶を交わす間柄になった。


 闇の鐘についても、可能な範囲で調べていた。現時点において、シトカにとっての最大の脅威はこの盗賊団だ。ベドガ周辺で最も大きな盗賊団であり、アジトはベドガとシトカをつなぐ大道の中央付近にある。正確には大道から少し逸れた山の中にあり、頻繁ではないが、ベドガや周辺の街で小規模の略奪を行っている。ただし、この数年間、闇の鐘が殺人を行った形跡はない。徹底されていることから推測すれば、闇の鐘には、殺人を禁止した決まり事があるのだろう。ガルトーシュから聞いた話によれば、闇の鐘は数年前まで闇の蜘蛛と名乗っていたらしい。名前が変わったのは首領が替わってからであり、闇の鐘となってこの盗賊団による悪事は減った。また、確たる情報ではないが、新しく首領となった男の剣技は相当なものらしい。


 シトカ警備隊としての仕事は順調だが、闇の鐘に関連して、冬の初めから奇妙な出来事が起こっていた。皮肉としか言いようがないが、盗賊団である闇の鐘自身がアジト周辺で何者かに襲われていた。単なる風の噂ではなくベドガ騎士隊が把握している情報だ。ただし、興味はあったが、シトカには直接的に関係していないため調査はしていない。そのうち、ベドガ騎士隊に確認してみるつもりだ。進展があれば、盗賊を襲う者やその理由について教えてくれるだろう。


 デュレクやアーフィルと私の関係も変わった。ベドガ騎士隊内部の序列は変わらないが、その関係を越えてより親しくなった。私の認識では、デュレクと私は、友人と親友との中間くらいに位置しているだろう。アーフィルは、親友というよりも弟にちかい。もちろん、デュレクとアーフィルの二人は、無二の親友だ。アーフィルは、デュレクと二人きりのときのみ、幼少の頃と同じように、隊長を省略して「デュレク」と呼ぶ。今は、私が居ても、そのように呼ぶ。私は、その光景を羨ましげに見ている。いつかの親友と私の関係を重ねてしまうのだろう。


 二人の性格についても詳しくなった。普段のデュレクは、アーフィルの倍以上に軽口を言う。しかし、傭兵隊隊長としての任務に関して、彼は指示を一切出さない。報告のみを求める。もちろん、無関心というわけではない。ベドガ騎士隊としての方針決定は行うが、任務自体は部下に一任しているのだ。一方アーフィルは、ベドガ騎士隊の活動について、部下の仕事ぶりから闇の鐘の動向、さらにはベドガ騎士隊に関する住民の評価まで、多岐に渡った状況を把握している。しかし彼も、部下に対して自分の意志や考えを強く押し付けることはしない。騎士隊内部で問題を見つければ、自分の主張を丁寧に説明するか、さり気なく後ろから手を回して自ら問題を解決しているようだ。




 さらに、五日が過ぎた。


 窓辺に立って、闇に浮かぶ満月を見ていた。部屋には、微かにゴンゴ茶の香りが残っている。テオリアは、先ほど自分の部屋へ戻っていった。


 時間は静かに過ぎていく。四季が巡り、また新たな四季が始まる。気がつけば、去年と同じ季節の中にいる。今後、そんな生活を送るのかもしれない。漠然と感じていた予感は、昨日、消滅した。緩やかに流れていたはず現実は、人間の思惑によって水量を増して激流に姿を変えた。


 ベッドの下から、剣を取り出した。相棒とでも呼ぶべき業物の保管場所としては不適切で、かつ、取り出すために毎回床に這いつくばるというのも滑稽だが、フィリスを恐がらせないように、いつもベッドの下に置いている。明日からは、早朝訓練でも木剣ではなく真剣を振るつもりだ。柄を握り、髑髏の鞘を少し引いた。艶を帯びた刃が、窓から差し込む月光を冷たく反射する。確かめるまでもなく、戦闘の準備はできていた。


 昨日の夕方、アーフィルが一人で会いに来た。出合ったのは、シトカから家へ帰る途中だ。ベドガ騎士隊副隊長は、シトカから家へ戻る私を山道で待っていた。真剣な表情で切り出した言葉が私の穏やかな幻想を吹き飛ばし、水面下で進んでいた現実を浮き彫りにした。


 「力を貸してください。春先に、闇の鐘を殲滅します」


 アーフィルは、私の返事を待たずに、闇の鐘殲滅に関する経緯と理由をあらたまった口調で話し始めた。


 「あなたが今、何を考えられているのか分かります。なぜ、闇の鐘を殲滅する必要があるのか? 闇の鐘は、この地方で最も大きな盗賊団です。単純に人数だけを比較すれば、ベドガ騎士隊の規模を超える。だからこそ、無理に殲滅させようとすれば、ベドガ騎士隊にも相応の死傷者が出ます。また、闇の鐘は盗賊団とは言え、内部に厳格な規律を持っています。例えば、殺人を禁止している。つまり、騎士団として闇の鐘の存在を認めたところで、ベドガや周辺の街へ及ぼす被害はそれほど大きくない。逆に、闇の鐘を中途半端に潰してしまえば、欲望の足枷を無くした盗賊たちを野に放つことになる」


 緊張した固い声だが、内容はまとまっていた。思い付きを話しているわけではない。鋭い視線には、決意に似た感情が滲んでいる。


 「そこまでみえていて、なぜ、闇の鐘を殲滅する」


 「今こそが、絶好の機会だからです」


 軽く息を吐いたアーフィルは、口を閉じ、一度頷いてから、再び口を開いた。


 「あなたには全てを話します。鬼神が滅ぶ以前、ベドガ騎士隊、闇の鐘、鬼神の三者には、暗黙の了解がありました。それは、お互いがお互いの存在を認めて境界線を引き、敵対することなく境界線の中で活動するというものです。ベドガ騎士隊にとっては苦肉の策ですが、我々は盗賊や怪しい輩を圧倒するだけの戦力を持ちえていなかった」


 言葉を一旦切ったアーフィルは、私を真っ直ぐに見据えて言葉を続けた。


 「暗黙の了解は、その時期から始まったわけではありません。闇の鐘の前身である闇の蜘蛛とベドガ騎士隊の間にも、古くから暗黙の了解がありました。ただ、闇の蜘蛛が闇の鐘となり、また鬼神という少数精鋭の武装集団が現れた状況で、新たな暗黙の了解をつくったのは私です。暗黙の了解によって、ベドガ騎士隊、闇の鐘、鬼神は、定期的に連絡を取り合い、お互いの行動を逸脱しないように牽制しながら、ある一定の協力関係を続けました。以前よりも密接に連絡を取り合ったという意味では、暗黙では無かったのかもしれません」


 言葉を続けるアーフィルの視線は揺るがない。


 「ベドガ騎士隊の本分は、ベドガや周辺の街で暮らす人々を護ることです。護ることができなければ、理念はどうあれ我々は存在の意義を失う。盗賊と手を取り合うことに憤りは感じましたが、現実として闇の鐘と鬼神が共同して街を襲えば、ベドガはともかく、周辺の街を護ることはできない。最悪の事態を回避するためには、三者による協調が必要でした。結果として、三者の間にはバランスが生まれ、バランスはこの地方を以前よりも安定させました。手段は正しくなかったのかもしれません。しかし、目的と結果は間違っていなかったと思っています。闇の鐘や鬼神との交渉は全て私が行いました」


 アーフィルの瞳が、まるで戦いを挑むかのように光を帯びた。綺麗ごとだけでは生きていけない。昏い輝きが、そう主張する。組織の上部に向かえば向かうほど、時として一般的には見えない方が幸せな部分が見えてくる。若い副隊長は、実をともなわない理想を捨て、率先して清濁を併せ呑んだ。アーフィルが唯一勘違いしているとすれば、私は彼を否定する気も、軽蔑する気もない。苦悩し、それでも職務を放棄しなかった責任感を眩しいとさえ感じている。


 「便利な言葉だと思いますが、我々は、必要悪として鬼神と闇の鐘を認めました。しかし、昨年の晩夏、唐突に三者によるバランスは崩れました。そう、あなたと何者かが鬼神を殲滅させた。あのとき、我々は決断に迫られました。以前と同じように、闇の鐘とベドガ騎士隊による一定の協力関係を築くか、それとも、闇の鐘の討伐に打って出るか。あなたなら、わかるでしょう。我々とは誰を指すのか。また、どちらがどちらの考えなのか」


 「闇の鐘討伐はデュレクの考えか」


 「はい。もともとデュレクは、必要悪さえ認めたくないと考えていました。また、私が自ら願い出たとはいえ、ベドガ騎士隊の闇に相当する役目を私に任せてしまったことを後悔しています。騎士の手は盗賊と握手するためではなく、剣を握って盗賊を討伐するためにある。それこそが騎士隊本来の姿だ。デュレクは、最終的にそう決断しました。彼は、どんなときでも最も正しい道を進もうとする。実現性や利害得失を前提に考えようとしない。おそらく、それこそがベドガ騎士隊の誇りであり、私が今も変わらずにあの人を尊敬する理由です。しかし、討伐を行う大前提としてベドガ騎士隊への被害を最小限に抑える必要があります。検討を重ねた結果、即座に急襲するのではなく、冬を越す間にベドガ騎士隊を強化して、春先に闇の鐘を殲滅することに決めました」


 「尊敬する人間の決断を最優先させたのか」


 辛らつな言葉だったのかもしれない。しかし、準備期間が充分でないことは、アーフィルも分かっているはずだ。なぜ、ベドガ騎士隊に犠牲が出ることを承知で、早急に結果を求めるのか。直接的な質問ではなく、回答の予測を口にした。


 「もしかすると、本質的にはその通りかもしれません。しかし、個人的な感情から判断したわけではありません。闇の鐘討伐を急いだ理由は、今後、闇の鐘がより危険な存在となる可能性があるからです。闇の鐘には、危険な男がいます」


 「剣の腕が立つという首領か?」


 アーフィルは首を横に振った。


 「たしかに、今の首領は、たった一人で闇の蜘蛛時代の首領格を全て殺しました。それだけの腕を持っています。しかし、別の見方をすれば、単なる腕自慢でしかない。剣技だけでは、盗賊たちを束ねることはできない。まっとうな社会生活を営めなかった半端者を従属させるためには、剣技よりも明晰な頭脳が必要です。闇の鐘において規律を作り、まがりなりにも組織として機能させたのは、首領ではなく、副首領のアルトスです」


 アルトス。その名を口にしたアーフィルの顔に感情が現れた。複雑な表情だ。


 「私は、以前からアルトスを知っています。彼は、私と同じく騎士団Networkウィザーブに所属していました。剣技に秀で、怜悧な頭脳をもった男です。特に、戦局の読みや状況判断は同期の中でも飛び抜けていました。しかし、ギラギラとした視線をぶつけては能力の劣る人間を見下す傾向があり、また自分と異なる考え方の人間を認めようとしなかったため、私は好きになれませんでした」


 アーフィルの顔に浮かんでいるのは不快感、もしくは嫌悪感だろうか。それとも、恐れだろうか。


 「アルトスという有能な男によって闇の鐘がさらに力を増す、と言うことか」


 「はい。なぜ、アルトスが盗賊に成り下がったのかは知りません。しかしあの男が、私が知るアルトスのままであれば、闇の鐘がきわめて危険な組織へと変わる可能性は高い。それに、鬼神が潰れて均衡が崩れたタイミングを、あの男が見逃すとは思えません」


 人を見るアーフィルの目は確かだ。しかし、アーフィルが語ったとおりの男だとすれば……。一抹の不安を覚えた。


 「最近、闇の鐘が何者かに襲われている。ベドガ騎士隊との関連は?」


 「ありません。闇の鐘を殲滅するのは春先です。それまでに相手を警戒させるような行動は一切取らないと決めています」


 「闇の鐘に不穏な動きは?」


 「あります。実は最近、闇の鐘がこの地方に存在する別の盗賊団と続け様に抗争を始め、一つまた一つと潰しています」


 「理由は?」


 「はっきりとはつかんでいません。何者かに襲われていながら、別の盗賊団を襲う。不可解にしかみえない。しかし、私なりの考えは持っています。アルトスならば、一方的に襲われるような事態を繰り返すことは無く、数に利があれば同じような組織を潰すのは容易い」


 二度頷いたアーフィルは、言葉を続けた。


 「私には、闇の鐘の中に二つの勢力が見えます。前者は首領の勢力であり、後者がアルトスの勢力です。つまり、個人的な剣技のみに長けた首領の勢力は、何者かに襲われ続けて無能さを露呈している。一方アルトスは、他の盗賊団を潰すことによって自らの実力を証明している。もしかすると、闇の鐘を襲っているのは、アルトス自身かもしれない。あの男ならばやりかねない。いずれにしても、アルトスが闇の鐘の首領になる日は近いはずです」


 息を吸い込んだアーフィルは、力強く最後の言葉を吐いた。


 「しかし春先には、ベドガ騎士隊が闇の鐘を潰します」


 判断できる情報は持っていないが、誤った読みではないように思えた。しかし同時に、不安も覚えた。アーフィルの思考は客観的なものでは無く、多分に主観が入っている。彼はアルトスという人物を知っている。だからこそ可能な洞察だが、逆に、アーフィルという男のイメージに囚われて過ぎてはいないだろうか。また、アルトスが本当に優秀な男であれば、闇の鐘が立たされている状況についてもっと深く考えているはずであり、アーフィルの思考も予測できるのではないか。


 私の推測を伝えるべきかどうか迷った。


 「アーフィル、自分の考えに自信はあるか?」


 「はい」


 束の間の迷いは消えた。いずれにしろ、ベドガ騎士隊はすでに春先へ向けた準備を進めている。無用となった推測を胸にとどめ、闇の鐘の殲滅に参加する旨をアーフィルに伝えた。


 別れ際、アーフィルとの会話の最中に思いついた疑問を確認した。本筋と逸れるため、話の途中では聞かなかったのだ。


 「なぜデュレクは、騎士学校卒業後に、傭兵として世界を巡ったのだろう」


 「さあ。変わり者の一匹狼だったからですかね」


 私は、別の理由を考えていた。おそらくその時期に、闇の蜘蛛とベドガ騎士隊の関係を知ったのだ。純粋で誇り高い青年は、真実を知って愕然としたのかもしれない。もしくは、騎士隊長を目指す人間として、自分が進む道を探す旅に出たのかもしれない。


 私の勝手な推測だ。アーフィルにはアーフィルの回答がある。口にすることはできなかった。


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