アーフィル
「強い。それにしても強い。何度剣を交えても、全く歯が立ちません。剣聖ベルバルディもびっくりの強さです。とは言っても、ベルバルディに会ったことはありません」
笑みを見せたアーフィルは言葉を切って立ち上がり、周囲を見回してグラスを掲げた。
「ファラッシュ隊長の強さに乾杯」
別のテーブルにいるベドガ騎士隊の面々も、彼に続いてグラスを掲げる。もう、三度めの乾杯だ。若いベドガ騎士隊副隊長は、アルコールを一気に飲み干すと次の一杯を注文した。
今日はベドガ騎士隊によるシトカ見回りの日であり、それはベドガ騎士隊とシトカ警備隊の合同訓練の日でもあった。傭兵隊隊長としてシトカ警備隊隊長を兼任する私は、アーフィルおよび十五人の騎士とシトカ警備隊の八人を正午過ぎから夕暮れまで指導した。訓練後、アーフィルの呼びかけにより、ポピンで打ち上げを行っている。名目は、「ベドガ騎士隊とシトカ警備隊による相互理解および連携の促進」だ。
アーフィルは、前回の見回りでシトカへ訪れた際に宿とポピンの予約を済ませていたらしい。人当たりが柔らかく機転も利く副隊長は、年上の部下が多いにもかかわらず、騎士隊における実質的な地位を確立している。
「騎士隊に入る全ての若者はデュレク隊長に憧れ、騎士隊に入った全ての若者はアーフィル副隊長を目指す」とは、噂話好きのガルトーシュの言葉だが、真実を多分に含んでいるのかもしれない。ベドガ騎士隊には三人の副隊長がいるが、たしかにデュレクとアーフィルの二人がベドガ騎士隊の軸となっているようだ。
「それに、ただ強いだけでなく、ロマンがあります。記憶喪失で過去を無くしても、磨いた剣術は忘れないなんて。私が吟遊詩人ならすぐに唄を作りますよ。記憶を失う前は、どこかの王族だったことにしましょう」
私が知る限りにおいて、目の前の青年は、記憶喪失の陰にロマンを見る二人めの人間だ。もっとも、彼に情報を与えた張本人こそが一人めの人間であり、私のことを「記憶喪失」と伝えたのではなく、「記憶喪失にはロマンがある」と直接的に伝えたのだ。
アーフィルが参加した前回の合同訓練の際、テオリアとフィリスもシトカへ来ていた。訓練の休憩時間にテオリアと話をしていた私は、いつのまにかフィリスの姿が消え、代わりにできた人だかりに気づいた。その中心にいたのがフィリスとアーフィルだ。アーフィルからお菓子を貰ったフィリスは、お菓子のお礼として私の自慢話を披露していた。本人である私からすれば記憶喪失が自慢というのは奇妙な話だが、二人は笑顔を浮かべて虚構のロマンを共有してしまった。フィリスは、お菓子をもう一個貰い、さらにご満悦だった。
テーブルの横を通った店員を呼び止め、アーフィルが料理とアルコールを追加注文した。社交的な性格で、気配りもできる。正確には、常に周囲の状況を把握して、それがどうあるべきかを考えている。また、訓練を見れば、アーフィルの言動や行動が冷静で、副隊長としての自覚を持っていることもわかる。隊員との関係は近からず遠からず、相手に意識をさせずに一定の距離感を保っている。スマートな副隊長だ。
興味深いのは、アーフィルとデュレクの相違だ。デュレクは、「実」のみを重視し、「形式」を気にしない。ベドガ騎士隊に所属した当初、私は、騎士隊の一員として、デュレクをデュレク隊長と呼んだ。彼は露骨に嫌な顔をして「かまわないから、呼び捨てにしてくれ」と言ったが、それでも私は、騎士隊内部の序列を乱す可能性があると判断して受け入れなかった。すると翌日、アーフィルが一人でシトカへやってきた。彼は、含みのある笑顔を携えていた。
「デュレク隊長から言伝を預かってきました。シトカ支部傭兵隊隊長の序列を上げ、ベドガ騎士隊隊長と同格とする。ただし、権限はこれまでと同じとする。それから、デュレク隊長からの個人的な伝言もあります。背中がむず痒いからデュレクと呼んでくれ。呼ばなければ、隊の名前を傭兵隊から石頭隊に変える、とのことです」
デュレクに入れ知恵をしたのは、アーフィルだった。デュレクとアーフィルの関係は、一般的な隊長と副隊長を超えた関係であり、実際、二人は幼馴染の親友だ。アーフィルから聞いた話では、デュレクは騎士隊や街の人からベドガの護り人と呼ばれ、信頼と尊敬の眼差しを受けている。私が彼をどう呼ぼうが、それだけでデュレクを軽視する人間などいないとのことだった。結局、彼が説明をしてくれたおかげで、私の所属は石頭隊へ変わらずにすんだ。
「自分よりも強い人に言うべきではないかもしれませんが、私は、あなたが誇らしいですよ」
陽気な副隊長は、言葉を続ける。話好きの性格は家にいるロマンティストと同じだが、少女と違って好奇心よりも思慮の方が勝るため、私を困らせるような質問はしない。
「ベドガ騎士隊の中で最も強い男は、間違いなくデュレク隊長です。若い隊員は皆、隊長の背中を見て訓練に励みます。でもね、デュレク隊長の剣術はあまりにも独特で、隊員の手本にはならない。それどころか、無暗に模倣すれば、技術習得の邪魔になる。言い方は悪いですが、あの剣術は有害です。一方、あなたの剣術は、騎士学校で習う剣術の延長線上にある。そして、なにより強い。ベドガの剣術学校を主席で卒業した私としては鼻が高いですよ」
アーフィルは言葉を切り、横を通った店員に声をかけて空になった皿を渡した。シトカで二番目の美人は笑顔で皿を受け取った。
アーフィルは必要以上に私の剣術を持ちあげるが、私との差はそれほど大きいものではない。彼は、ベドガ騎士隊でも屈指の腕前だ。基本に忠実でバランスがよいため、攻撃と防御の切り替えが早く、相手に隙をみせない。また、痩身にみえる身体も鍛え上げられている。訓練では試合形式の稽古も行うが、デュレクとアーフィルの相手をするときに限り、私も本気で立ち会う。総合的にみれば、デュレクの方が彼よりも一枚上手だ。しかし、文字通り紙一重の差であり、並の騎士では二人の相手にはならない。
デュレクは「試合ならば、アーフィルの剣は隊長クラスだ」と笑うが、あながち冗談とも言い切れない。生き残るために全ての手段が肯定される戦場では、デュレクに一日の長がある。しかし、純粋な剣術のみを競えばデュレクが勝つとは限らない、と私はみている。
気がつくと、アーフィルが私を真っ直ぐに見ていた。
「正式にベドガ騎士隊へ入隊して、私と一緒にベドガの護り人を支えてくれませんか? あなたがいれば、ベドガ騎士隊はより強固な組織になる」
初めてではなかった。アーフィルはときおり、ベドガ騎士隊への入隊を勧めてくる。強くは否定していない。しかしこの青年は、私の表情からその意志が無いことを読みとっているはずだ。無理強いすることは無かった。
「アーフィル副隊長、引き抜きは無しですよ。ベドガにはベドガの護り人がいる。この兄ちゃんはシトカの護り人になる。なあ、ファラッシュ」
横のテーブルにいたガルトーシュがやってきた。いつものように、楽しい酒を飲んでいる。
「シトカの護り人ではなく、ベドガ地方の護り人で手を打ちませんか? もしくは、ロシナムの護り人かイシュハーブの護り人でどうでしょう? これなら、どこに行っても、二つ名を変える必要はありません」
アーフィルも笑顔で答えた。
思いがけなく職を得てから、二か月が経っていた。季節は初冬に変わっている。私の主な任務は、シトカの見回りと週に二度行うシトカ警備隊の訓練だ。その内の一回は、ベドガ騎士隊との合同訓練になる。
合同訓練では、合わせて二十名から三十名に剣術を教えていた。組織戦における隊の率い方を教えることもできるが、今のところ実施していない。この地方は治安がよく、他国との国境線に接していないからだ。盗賊が相手では、本格的な討伐でも行わない限り組織的な戦闘は必要としない。もっとも、最近騎士から聞いた話によれば、ベドガでは組織的な訓練も行っているらしい。デュレクやアーフィルから要請を受けることがあれば訓練の内容を検討するつもりだ。
合同訓練の日は、隊長のデュレクか三人の副隊長の誰かが騎士たちに同行してやってくる。訓練後の行動は、同行者によって変わる。アーフィルが同行するときは、騎士全員で自主反省会を開催するようだ。ただし、反省をするのは店に到着するまでの五分間で、店に着いてからの数時間は純粋な宴に変わる。デュレクの場合は、訓練が終わり次第、その場で解散となる。騎士たちはベドガへ帰っていくが、デュレクと私は、日が暮れるまで実戦形式の試合を続ける。他の副隊長はおそらく一般的な対応であり、騎士たちを引き連れてベドガへ帰っていく。
「ここの暮らしには慣れましたか? ロシナムは平和な国ですし、とくに、この地方は治安がよく経済も安定しています。のんびりと静かな生活を楽しみたいのなら打ってつけですよ」
「たしかに、私もそう思う」
私が頷くと、アーフィルも嬉しそうに頷いた。
「父も弟も喜びます。さあ、今晩はとことん飲みましょう」
彼は端正な容姿に見合わず、いかにも飲みそうなデュレクよりも酒に強い。私が一杯飲む間に、二杯以上を飲み干している。
「ベドガは古い街です。この国がロシナムと呼ばれる前から存在しています。また、代々、ベドガを繁栄させてきたのは二つの家系です。一つの家系は常に政治の中枢を担い、もう一つの家系は商業の中枢でした。世襲ではありませんが、基本的には今現在も引き継がれています。政治の中枢はデュレク隊長の家系、商業の中枢は私の家系です」
アーフィルが、ナイフとフォークを皿に並べて置いた。
「ベドガ騎士隊の正式名称はロシナム国騎士団第九騎士隊ですが、元々は国家の騎士隊ではなく、盗賊たちからベドガを護る警備隊としてデュレク隊長の家系が創設しました。だからこそ、今でも多くの人々は、正式名ではなくベドガ騎士隊と呼びます」
話しながら、アーフィルは私のカップへ視線を注いだ。私は首を横に振り、もう充分に飲んだことを伝えた。
「歴代のベドガ騎士隊隊長は、デュレク隊長の家系から輩出されています。こちらは世襲にちかいですが、実力が伴っていなかったことはありません。また、隊長になるまでの道筋も決まっていました。
男の子は全員が幼少より剣を学び、その中で最も剣の才能を認められた子供が騎士学校に入学します。その子は騎士学校で英才教育を受けて主席で卒業し、ベドガ騎士隊の副隊長の任を一年間命じられます。その後、一旦、騎士隊を除隊し、騎士学校の校長補佐を務めたあとで、隊長になります。
唯一の例外が、デュレク隊長です。自慢にはなりませんが、主席ではなく真ん中よりも少し上の成績で騎士学校を卒業しました。卒業後は騎士隊へ所属することなく、数年間、傭兵として大陸を流れ歩き、入隊後は剣の腕のみで隊長の座を掴みました」
若き副隊長は笑みを浮かべた。
「実は、私も例外です。これまでに、私の家系で騎士隊に入った者はいません。私の家系は、常に何らかのかたちでベドガの商業発展に寄与してきました。私は長男です。父と母は、私にも自分たちと同様の未来を期待しました。それでも私は、別の道を選んだ。
どうしてだか、分かりますか? デュレク隊長と交わした二度の約束を守るためです。今日は、昔話をさせてください。宴の目的である相互理解も、きっと促進されるはずです。まあ、いやと言われても、大きな声で独り言をいい続けますけどね」
気持ちよく酔ったアーフィルは、デュレクとの思い出話をする。「アーフィル副隊長の約束話」は、ベドガ騎士隊の中で有名だ。もちろん、ガルトーシュも知っていた。
「最初の約束は、幼い頃でした。子供たちの輪の中で、街の名士の子がどんな立場になるか想像できますか? ほとんどの場合は親の権力をかさに着たガキ大将です。ただ、ごく稀に正反対の立場になる子供もいます。私がその一人でした。勉強はできましたが、泣き虫だった私は友達が少なく、いつもガキ大将とその仲間に苛められていました。あまり覚えていませんが、子供ながらに恥ずかしかったのか、親には隠していました」
他のテーブルでは騎士隊と警備隊が賑やかに楽しんでいる。元のテーブルに戻ったガルトーシュの愉快な大声もよく響く。私とアーフィルの周りにだけ、穏やかな雰囲気が生まれつつあった。
「あれは、忘れもしない暑い夏の日でした。いつものように四、五人の苛めっ子に囲まれて私が泣いていると、一度も話したことのない年上の男の子が助けてくれました。その少年は私と同じく街の名士の子でありながら、誰とも群れず、ベドガで一番の暴れん坊として有名でした。デュレク少年です。私はデュレク少年を知っていましたが、恐くて近寄ったことはありませんでした。思いがけなく助けてくれた暴れん坊に対して、私がどんな風に声をかけたのかわかりますか?」
アーフィルの目が好奇の光を放っている。私は首を横に振った。
「正解です。一言も出せませんでした。怯えたアーフィル少年は、地面を見ることしかできなかった。デュレク少年も、何も言わずに去っていきました。感動的な出会いなんて、現実にはあまりないんでしょうね。
翌日、アーフィル少年は、同じ場所で前の日よりもひどく苛められていました。苛めっ子の数は十人を超えていたはずです。ずるい人間というというのは、今も昔も大人も子供も悪知恵が働くんですね。苛めっ子たちの目的は、泣き虫を餌にしたデュレク少年への復讐です。彼がアーフィル少年を助けに来れば、昨日の仕返しをする。来なければ、弱虫と吹聴して笑いものにする。アーフィル少年は、デュレク少年は現れないと思っていました。理由は簡単です。負けると判っていて、立ち向かう人間なんていないからです。それに、一匹狼のデュレク少年は、他人から笑いものにされても気にする必要はない。だから、アーフィル少年を助ける必要はなかったはずです。でも、アーフィル少年の予想は外れました」
アーフィルは、少しだけ言葉に力を込めた。
「強き者は弱き者を守る資格がある。先々代のベドガ騎士隊隊長で、デュレク隊長が憧れていた叔父さんの言葉です。デュレク少年が現れた理由は、たぶん、泣き虫の少年を救うためではなく、叔父さんの教えを守るためだったと思います。彼は、強い身体と心を頼りに孤軍奮闘しました。でも、半分くらいの苛めっ子をやっつけたあたりから形勢は不利になり、最後には、何もできずに泣いていた私と一緒に囲まれてしまいました」
アーフィルは話を中断して、カップに三分の一ほど残った酒を飲み干し、少しだけ勢いをつけてカップをテーブルに置いた。
「泣きたければ、いつでも泣けばいい。でも今だけは、俺と一緒に戦え」
デュレクの声真似だ。テオリアと違って、よく似ていた。
「デュレク少年からアーフィル少年への初めての言葉です。絶体絶命でしたが、汗にまみれたデュレク少年の表情と声には張りがあって、とても心強かった。少なくとも、私はそう感じました。結局、その日は私が初めて殴り合いをした記念日になり、初陣は勝利に終わりました。とは言っても、私は無我夢中で手足を動かしただけです。恐かったので、目も閉じていました。デュレク隊長は、少年の頃から弱き者を守っています。反対に、アーフィル少年は弱かった。そんな彼がデュレク少年に初めて話しかけた言葉は質問でした。どうやったら君みたいになれるの、と初勝利をあげた直後に私は聞いたはずです。今考えれば、助けてもらった礼を先に言うべきですが、そんなことは完全に忘れていました。デュレク少年が何と答えたかわかりますか?」
私は首を横に振った。
「今度は外れです。首をかしげたデュレク少年は、たった一言、知らん、と発しました。素直というか、率直というか、飾ることの無いデュレク隊長の性格は、昔から変わっていません。予期しない答えに慌てたアーフィル少年は、デュレク少年に嫌われないように質問を替えました。どうしてそんなに強いの、と。デュレク少年の回答は早かった」
アーフィルが言葉を切った。おぼろげな記憶を手繰っているのではなく、鮮烈な記憶を味わっているのだろう。
「ベドガを守るためだ。私は、その言葉に約束したんです。私も、デュレク少年と一緒にベドガを守る。もちろん、気後れして、口には出せませんでしたけどね」
約束。親友の顔が頭に浮かんだ。アーフィルは憧れたデュレクのために約束をした。私にも、遠い場所に親友と呼べる人間がいる。
「私が両親の反対を押し切って剣術の訓練を始めたのは、その次の日からです。長男として担うべき役割は全て弟に譲り、デュレク少年と同じく剣術学校に入って心身を鍛えました。私はもともと強くない人間です。でも、だからこそ、分かったことがあります。自分が劣っているという自覚があり、それでも前に進む人間は、努力と工夫を惜しまない。だから、歩みは遅くとも、一歩一歩、着実に強くなれる」
アーフィルが、また酒を注文した。いくら酒に強いとはいえ、また、口調に酔いが感じられないとはいえ、明らかにいつもよりも飲んでいる。しかし、悪い酒ではない。酔い潰れるようであれば、宿泊先まで運ぶと決めた。
「二度目の約束をしたのは、私が騎士学校を卒業する日でした。デュレク隊長は、その時期、傭兵として各国を流浪していました。偶然なのか、それとも、卒業の日を知っていたのかは分かりません。とにかく彼は、その日にベドガへ帰ってきました。
俺と一緒にベドガを守る意志はあるか。卒業式へ向かう私にデュレク隊長が言った言葉です。本当に、本当に、長い間待っていた言葉でした。その言葉を貰うために、私は剣術を磨いていましたから。返す言葉を用意していたはずの私は、残念ながら、このときも無言でした。ただ、前回と違って、力強く首を縦に振ることはできました」
アーフィルが店員から酒を受け取り、口をつけずにテーブルに置いた。
「傭兵として経験を積んだデュレク隊長は、精神的な部分を含めて大きくなっていました。以前は群れることを嫌って一匹狼を好みましたが、騎士隊に入った頃の彼にはその傾向はなくなっていました。どんなに優秀でも、一人で組織の全役割を担うことはできない。頂点に立つ人間は、自分だけではなく部下の能力を知り、彼らに適した役割を与える必要があります。異国で命を削った経験が、騎士隊隊長として足りない能力を認識させたのでしょう。まあ、今でも言葉が足りないところがあって、一人で背負い込むことも多いですが、それは責任感の強さと表裏一体です」
私の倍以上も酒を飲み干したアーフィルの口調はしっかりとしている。
「私は騎士としての良質な経験を積むために、ベドガ騎士隊ではなく、騎士団Network ウィザーブに入隊しました。デュレク隊長の指示です」
ふいに、アーフィルの瞳がまっすぐに私を見た。やはり、この青年は酔っていない。明らかな意図を持って話をしている。
「デュレク隊長はベドガ騎士隊の背骨です。剣士としての突出した能力、私利私欲の無い行動、誰に対しても公平な判断、そしてベドガを守るという強い決意。今のベドガで、デュレク隊長以外に隊長たりえる人物はいません。しかし、完璧な人間などいない。むしろ、デュレク隊長は程遠い。特に、騎士隊の運営に関してはからっきしです。この地方は平和です。大きな戦乱に巻き込まれたことは百年以上も無く、国境付近の主要都市と比較すれば騎士隊の規模も小さい。それでも、運営を軽視することはできない。隊長が不得手ならば、誰かが支える必要がある。その役割は、私が担っています。ウィザーブに所属していたときの経験が、役に立っています」
デュレクとアーフィルは深い絆で結ばれている。羨ましいという気持ちが、素直に湧いた。二人は進むべき道を共有しているのだろう。
「私は、これからもデュレク隊長を支えます。そして、そのために必要であれば、それがどんなに困難でもやり遂げる。例えば、ベドガ騎士隊にはデュレク隊長と肩を並べるほどの騎士がいない。そんな人物が現れて隊長を支えてくれるならば、ベドガ騎士隊はさらに強固な組織となる」
アーフィルは言葉を続ける。彼の真意が分かり、思わず頷いてしまいそうになった。ベドガ騎士隊副隊長の意図に同意したからではない。アーフィルの気持ちを理解したからだ。しかし、やはり私には分不相応だ。どれほど説得されたとしても、受けるべきではない。
無言で首を横に振った。青年は少しだけ寂しそうに微笑み、話題を換えて陽気に話を続けた。