表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

髑髏の意匠

 「なぜ、友人からプレゼントを貰って青ざめる。喜ぶべきだろう。それとも、俺たちは友達じゃないのか?」


 「……父さんに殺される」


 親友の不満げな顔を無視した私は、本当に恐怖を感じていた。たしか、騎士学校の剣術大会で初めて優勝した日の翌日だったはずだ。


 「何を言ってる。その剣は騎士団長のものじゃない。お前が、爺さんから受け継いだのだろう。だったら、お前がどうしようが、怯えることはない。さあ、遠慮せずに、全身で喜びを表現しろ」


 魂が抜けていくような息が私の口から漏れ、空っぽになった胸の裡に怒りが芽生えた。


 「百歩譲っても、半分しか合っていない。たしかにこの剣は私が受け継いだ。しかし、勝手なことをしたのはお前だ」


 「照れるな。純然たる好意というやつだ」


 親友はあくまで平然としている。口喧嘩で勝てたためしは一度も無い。勝てると思ったことも無い。しかし、このときばかりは、さすがに怒りがおさまらなかった。


 親友から剣を貸してくれと頼まれたのは、剣術大会の一週間ほど前だ。他ならぬ彼からの頼みであったため、若干の躊躇いを感じながらも、理由を聞かずに貸してしまった。その結果がこの有様だ。


 「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがある。揚げ足を取られる前に言っておくが、お前がやったのは悪い方だ」


 「酷い言い様だな。よく見てみろ。中々の出来じゃないか。剣術大会に優勝する記念として、金と労力を惜しまずに仕上げてやったんだ。自分の主張ばかりせずに、相手の身になって考えてみろ。俺が精神的に弱い人間なら、泣き崩れるか、自ら命を絶っているところだ」


 「お前は、殺したって死なない。それに、出来の良し悪しじゃない。なぜ、鞘に髑髏なんか施したんだ。何の役にも立たない。立たないどころか、馬鹿みたいじゃないか。私は、伊達や酔狂で剣を振ってるんじゃない」


 「言われなくても、知っている」


 いつもの人を食ったような笑みが目の前にある。わかっている。彼は確信犯ではあっても、自分の言動や行動に罪悪感を覚える人間ではない。親友は言葉を続けた。


 「お前は強くなった。剣術大会で優勝するほどにな。しかも、イチかバチかの出鱈目な剣術でもなければ、力任せの強引な剣術でもない。芸術的と言えば明らかに言いすぎだが、実に綺麗に剣を振る。剣術の経典があれば、載せてやりたいくらいだ。

 しかし、剣術大会で優勝しようが、美しく剣を振ろうが、実際のところ、何の意味も無い。重要なことはただ一つ。実戦でつかえるかどうかだ」


 「何が言いたい」


 「剣術の体得と戦場における勝利は、必ずしも一致しない。簡単な例を挙げよう。剣術の型で点数を付ければ、お前は九十五点で、ガルディは八十五点だ。しかしまだ、ガルディの方が強い。なぜだか、分かるか?」


 私は、無言で親友を睨みつけた。


 「俺の顔を必死に見つめても穴は開かん。答えも書いてない。いいか、基本に忠実だということは、経験豊富な相手からすれば、意外性のない読みやすい剣だということだ。生きるための全ての行為が肯定される戦場では、綺麗なだけの剣に対抗する手段などいくらでもある」


 「お前、まさか」


 「おっ、ついに分かったか。出来の悪い生徒をもつと、ヒントを出すのが難しくて困る。そう、お前が戦場で生き残る可能性をほんの少しだけ上げてやったのさ」


 親友は、私の手から剣をひったくると、黒塗りの鞘を握って頭上高く持ち上げた。鞘の中央に大きく描かれた髑髏が陽の光を反射して煌く。


 「どうだ。よく見てみろ。剣に髑髏を描くなんて、お前が言ったとおり、馬鹿みたいだ。戦闘能力が上がるわけでもなく、相手を威圧することも無い。ただ強烈に胡散臭い。そして、それこそが目的だ。胡散臭い人間が素直で華麗な剣をつかうとは思わんからな」


 「相手の油断を誘うというのか。必要ない。いや、余計なお世話だ。私は、真っ向から立ち向かう」


 「そうだろう。そうだろう。そう言うと思ったから、お前の了解を得ずにやったんだ。頭固いからな、お前。先に言っとくが、褒めてないぞ。戦場で重要なことは何だ? 勝利を得ることだ。もしくは、勝てない状況であれば、生き残ることだ。それ以上でも、それ以下でもない。


 真っ向から切り倒そうが、背中から切り伏せようが、勝てばいい。名誉ある撤退であろうが、敵前逃亡であろうが、生き残ればそれでいい。だがな、醜態を恥じ、蛮勇を胸に抱いて死ぬと言うのであれば、戦士には向いていない。ベッドに潜り込んで、英雄になった夢でも見てろ」


 「私がそうだというのか」


 「知ってるだろう。分からないのなら、鏡に向かってきいてみろよ」


 とんでもないことをしてくれた親友は、要らぬ世話をしたばかりか、全てを見通したかのような高説まで垂れ、不敵な表情を見せた。私は、彼への視線に力を籠めたが、親友は春風でも浴びるような涼しい顔をしている。


 「どうしても何かに拘りたいのなら、結果に拘るべきだ」


 舌鋒鋭く腕力にまったく怯むことのない親友は、剣術学校で五指に入る剣の腕前だった。上からではない、下から数えてだ。彼は、剣術というよりも身体を動かすこと自体に興味を持たなかった。ただし、訓練や試合を見ることは好きで、強者を見抜く眼力は持っていた。


 「お前は強くなった。でも、お前くらいの騎士は戦場にたくさんいるよ」


 「知っている。今の実力では、ガルディに勝てない。父には、全く歯が立たない」


 「そう、だから剣術試合で優勝したぐらいで喜んでもらっては困るんだ」


 私が言葉を出す寸前で、親友は言葉を続けた。


 「でも、お前くらいの騎士は多いが、お前と同じくらい伸びしろを持った騎士は多くない」


 「言われなくても、私は強くなる。ガルディを倒し、父さんにも勝つ」


 親友が苦笑した。


 「その気持ちを否定するつもりはないよ。どこまでも真っ直ぐなのがお前の特徴だからな。念のために言うが、褒めているつもりだ。しかし、強くなるのもいいが、もう少し賢くなってくれ」


 意地の悪い笑みを浮かべた親友は言葉を続けた。


 「たとえば、奇抜な身なりをして相手の油断を誘うとか、戦闘の途中でいきなり間の抜けた顔をして相手の隙をつくるとか」


 「断る」


 「じゃあ、考えるんだな。ガルディには比類無き肉体の強さがある。騎士団長には圧倒的な剣技と幾多の戦場で培った経験がある。お前には何がある?」


 「それは……」


 「宿題だな。身体ばかり使わずに、頭も使うんだぞ。そうでなければ、いくら剣技を研鑽しようと二人には勝てない」


 親友は、私に剣を放って、踵を返した。私は彼の背中に向かって言葉を放った。


 「お前の考えは賢いとは言わない。ずる賢いと言うんだ」


 「たまには、うまいことを言うじゃないか。しかし、だから何だ。照れ隠しに分かりきったことを言わず、プレゼントありがとうとでも言ったらどうだ」


 振り向きもせずに言葉を吐くと、親友は去っていった。


 家に帰った私は、鞘の意匠を隠して、一目散に自室を目指した。しかし、部屋に入る寸前で父親に呼びとめられた。まるで、ドアを開けるタイミングを待っていたかのようだった。


 「なぜ、隠す」


 生きた心地がしない私を見つめた父親は、憤怒ではく苦笑を浮かべていた。


 「良し悪しは別として、得難い友人を持ったな。大切にしろ。それにしても、大きな度量を持てとは言わんが、せめてこそこそするな」


 親友は、私ではなく私の父親の許可を事前に取っていた。その事実を妹から聞かされたのは、二日後だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ