髑髏の意匠
「なぜ、友人からプレゼントを貰って青ざめる。喜ぶべきだろう。それとも、俺たちは友達じゃないのか?」
「……父さんに殺される」
親友の不満げな顔を無視した私は、本当に恐怖を感じていた。たしか、騎士学校の剣術大会で初めて優勝した日の翌日だったはずだ。
「何を言ってる。その剣は騎士団長のものじゃない。お前が、爺さんから受け継いだのだろう。だったら、お前がどうしようが、怯えることはない。さあ、遠慮せずに、全身で喜びを表現しろ」
魂が抜けていくような息が私の口から漏れ、空っぽになった胸の裡に怒りが芽生えた。
「百歩譲っても、半分しか合っていない。たしかにこの剣は私が受け継いだ。しかし、勝手なことをしたのはお前だ」
「照れるな。純然たる好意というやつだ」
親友はあくまで平然としている。口喧嘩で勝てたためしは一度も無い。勝てると思ったことも無い。しかし、このときばかりは、さすがに怒りがおさまらなかった。
親友から剣を貸してくれと頼まれたのは、剣術大会の一週間ほど前だ。他ならぬ彼からの頼みであったため、若干の躊躇いを感じながらも、理由を聞かずに貸してしまった。その結果がこの有様だ。
「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがある。揚げ足を取られる前に言っておくが、お前がやったのは悪い方だ」
「酷い言い様だな。よく見てみろ。中々の出来じゃないか。剣術大会に優勝する記念として、金と労力を惜しまずに仕上げてやったんだ。自分の主張ばかりせずに、相手の身になって考えてみろ。俺が精神的に弱い人間なら、泣き崩れるか、自ら命を絶っているところだ」
「お前は、殺したって死なない。それに、出来の良し悪しじゃない。なぜ、鞘に髑髏なんか施したんだ。何の役にも立たない。立たないどころか、馬鹿みたいじゃないか。私は、伊達や酔狂で剣を振ってるんじゃない」
「言われなくても、知っている」
いつもの人を食ったような笑みが目の前にある。わかっている。彼は確信犯ではあっても、自分の言動や行動に罪悪感を覚える人間ではない。親友は言葉を続けた。
「お前は強くなった。剣術大会で優勝するほどにな。しかも、イチかバチかの出鱈目な剣術でもなければ、力任せの強引な剣術でもない。芸術的と言えば明らかに言いすぎだが、実に綺麗に剣を振る。剣術の経典があれば、載せてやりたいくらいだ。
しかし、剣術大会で優勝しようが、美しく剣を振ろうが、実際のところ、何の意味も無い。重要なことはただ一つ。実戦でつかえるかどうかだ」
「何が言いたい」
「剣術の体得と戦場における勝利は、必ずしも一致しない。簡単な例を挙げよう。剣術の型で点数を付ければ、お前は九十五点で、ガルディは八十五点だ。しかしまだ、ガルディの方が強い。なぜだか、分かるか?」
私は、無言で親友を睨みつけた。
「俺の顔を必死に見つめても穴は開かん。答えも書いてない。いいか、基本に忠実だということは、経験豊富な相手からすれば、意外性のない読みやすい剣だということだ。生きるための全ての行為が肯定される戦場では、綺麗なだけの剣に対抗する手段などいくらでもある」
「お前、まさか」
「おっ、ついに分かったか。出来の悪い生徒をもつと、ヒントを出すのが難しくて困る。そう、お前が戦場で生き残る可能性をほんの少しだけ上げてやったのさ」
親友は、私の手から剣をひったくると、黒塗りの鞘を握って頭上高く持ち上げた。鞘の中央に大きく描かれた髑髏が陽の光を反射して煌く。
「どうだ。よく見てみろ。剣に髑髏を描くなんて、お前が言ったとおり、馬鹿みたいだ。戦闘能力が上がるわけでもなく、相手を威圧することも無い。ただ強烈に胡散臭い。そして、それこそが目的だ。胡散臭い人間が素直で華麗な剣をつかうとは思わんからな」
「相手の油断を誘うというのか。必要ない。いや、余計なお世話だ。私は、真っ向から立ち向かう」
「そうだろう。そうだろう。そう言うと思ったから、お前の了解を得ずにやったんだ。頭固いからな、お前。先に言っとくが、褒めてないぞ。戦場で重要なことは何だ? 勝利を得ることだ。もしくは、勝てない状況であれば、生き残ることだ。それ以上でも、それ以下でもない。
真っ向から切り倒そうが、背中から切り伏せようが、勝てばいい。名誉ある撤退であろうが、敵前逃亡であろうが、生き残ればそれでいい。だがな、醜態を恥じ、蛮勇を胸に抱いて死ぬと言うのであれば、戦士には向いていない。ベッドに潜り込んで、英雄になった夢でも見てろ」
「私がそうだというのか」
「知ってるだろう。分からないのなら、鏡に向かってきいてみろよ」
とんでもないことをしてくれた親友は、要らぬ世話をしたばかりか、全てを見通したかのような高説まで垂れ、不敵な表情を見せた。私は、彼への視線に力を籠めたが、親友は春風でも浴びるような涼しい顔をしている。
「どうしても何かに拘りたいのなら、結果に拘るべきだ」
舌鋒鋭く腕力にまったく怯むことのない親友は、剣術学校で五指に入る剣の腕前だった。上からではない、下から数えてだ。彼は、剣術というよりも身体を動かすこと自体に興味を持たなかった。ただし、訓練や試合を見ることは好きで、強者を見抜く眼力は持っていた。
「お前は強くなった。でも、お前くらいの騎士は戦場にたくさんいるよ」
「知っている。今の実力では、ガルディに勝てない。父には、全く歯が立たない」
「そう、だから剣術試合で優勝したぐらいで喜んでもらっては困るんだ」
私が言葉を出す寸前で、親友は言葉を続けた。
「でも、お前くらいの騎士は多いが、お前と同じくらい伸びしろを持った騎士は多くない」
「言われなくても、私は強くなる。ガルディを倒し、父さんにも勝つ」
親友が苦笑した。
「その気持ちを否定するつもりはないよ。どこまでも真っ直ぐなのがお前の特徴だからな。念のために言うが、褒めているつもりだ。しかし、強くなるのもいいが、もう少し賢くなってくれ」
意地の悪い笑みを浮かべた親友は言葉を続けた。
「たとえば、奇抜な身なりをして相手の油断を誘うとか、戦闘の途中でいきなり間の抜けた顔をして相手の隙をつくるとか」
「断る」
「じゃあ、考えるんだな。ガルディには比類無き肉体の強さがある。騎士団長には圧倒的な剣技と幾多の戦場で培った経験がある。お前には何がある?」
「それは……」
「宿題だな。身体ばかり使わずに、頭も使うんだぞ。そうでなければ、いくら剣技を研鑽しようと二人には勝てない」
親友は、私に剣を放って、踵を返した。私は彼の背中に向かって言葉を放った。
「お前の考えは賢いとは言わない。ずる賢いと言うんだ」
「たまには、うまいことを言うじゃないか。しかし、だから何だ。照れ隠しに分かりきったことを言わず、プレゼントありがとうとでも言ったらどうだ」
振り向きもせずに言葉を吐くと、親友は去っていった。
家に帰った私は、鞘の意匠を隠して、一目散に自室を目指した。しかし、部屋に入る寸前で父親に呼びとめられた。まるで、ドアを開けるタイミングを待っていたかのようだった。
「なぜ、隠す」
生きた心地がしない私を見つめた父親は、憤怒ではく苦笑を浮かべていた。
「良し悪しは別として、得難い友人を持ったな。大切にしろ。それにしても、大きな度量を持てとは言わんが、せめてこそこそするな」
親友は、私ではなく私の父親の許可を事前に取っていた。その事実を妹から聞かされたのは、二日後だった。