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ディーンとウィザーベル

 山道を降っていた。シトカへ向かっている。比較的ゆっくりと歩いているからだろう。山の麓へ下りるまでに四十分ほどかかった。今は、森の中を歩いている。森といっても、木々はそれほど密集していない。道には緩やかな傾斜があり、場所によっては木々の間からシトカの街並みと海岸線が見えた。ここからさらに四十分ほど歩けば、シトカに到着するはずだ。体調はよかった。疲れはない。騎士として必要な身体能力は失ったが、一般人として生活するには充分な体力だろう。


 前回テオリアに連れてきてもらったときには意識していなかったが、麓に大きな分かれ道が二つあった。一つめは、海岸線とは逆方向伸びる道で、内陸部へと向かっていた。おそらく、主要都市であるベドガへ通じる道だろう。もう一つの分かれ道は、シトカを迂回するように海岸線へ伸びていた。小舟に乗った私が辿り着いた砂浜は、その道の先にあるのかもしれない。また、その推測が正しければ、金髪の男に敗北したあと、私が進んだ道かもしれない。ただし、記憶にはなかった。あのときの私は、光が届かない場所を彷徨っていた。今となっては、全く覚えていないことが、なんとなく可笑しかった。


 私の指標は、相変わらず騎士だった頃のままだ。気がつくと、筋肉や贅肉の付き具合を無意識に確かめている。次の瞬間に戦闘が始まってもいいように、身体の状態を常に把握したいのだろう。おかげで、軽いため息が出た。相対的に比較すれば、私はバルガルディアに居た頃よりも痩せている。正確には、筋肉が落ちていた。しかし、そうであるにもかかわらず、尻と太股の付け根に脂肪の震えを感じる。若干の贅肉がついていた。いや、気にする必要はない。一般人として考えれば、何の問題もないのだ。


 意味のない思考をやめて、現実的な思考へ切り替えた。私は、シトカでどのような仕事を探すべきだろう。意識的に選択肢から外していたが、考えてみれば、私に最も適した職業は傭兵か要人の警護だ。騎士だった時分の技術を直接的に生かすことができる。ただ、おそらく、治安がよく長閑なシトカでは、需要は少ないだろう。警備隊でさえボランティアの組織なのだ。私を雇ってはくれない。やはり、剣を握るような職業は難しい。それに、道を捨てたとはいえ、剣術にはこだわりがある。中途半端に剣を振れば、精神的な抑圧を感じてしまうかもしれない。


 森を抜けた。海岸線は、陽光を反射して青い黄金色に色付いていた。漠然とだが、漁師の仕事を手伝えないかと考えついた。シトカは漁業の街だ。働き口は多いに違いない。具体的にどのような仕事があるのかわからないが、単純で技術よりも体力を求められる仕事もあるだろう。そんな仕事こそ、私に打ってつけだ。漁師には、ガルトーシュという知り合いもいる。彼に会って相談してみよう。


 シトカの街並みが近づいてきた。それにしても、海を見て漁師の仕事を連想するなんて、私は、案外、根が単純な人間なのかもしれない。いや、違う。幸せな生活を送っているために忘れがちだが、私は海について詳しくなりたいのだ。片時も忘れえぬほど煮えたぎった想いではない。しかし、やはり心のどこかでは、バルガルディアへの帰還を望んでいる。困難であることは直感的に分かるが、それでも、不可能かどうかを調べてはいない。まだ、諦める必要はない。


 希望は実現の望みがある限り、薬になる。しかし絵空事だと分かれば、その瞬間に毒へと変わる。小舟の上で学んだ事実だ。この希望は、やがて毒へと変わるかもしれない。それでも、バルガルディアへの帰還という願望は捨てたくない。そして、おそらくは大丈夫だろう。今の私は、イシュハーブ大陸にも居場所がある。バルガルディアへ帰る術がないと判ったとしても、それを現実として受け入れることができるはずだ。絶望の深淵には、もう落ちない。


 シトカに到着した。前回も感じたが、都市ではないにもかかわらず、シトカは整然とした街だ。おそらく、テオリアが言っていたように、歴史ある主要都市ベドガの街並みを参考にしてつくられたからだろう。シトカには中心部を南北に貫く二本の大通りがあり、どちらの道も港へ続いている。繁華街は、街のちょうど中心部に位置し、二本の大通りの周辺には様々な店が並び、活気に溢れている。また、中心部から離れるにしたがって、港を除く場所では、店の代わりに住居が増えていく。


 大通りの一つを歩いた。平日にもかかわらず賑わっていた。日焼けした男たちは陽気に語り合い、装飾よりも動きやすさを重視した服装の女性たちは朗らかな笑みを浮かべて談笑している。海へ近づくほどに、風に含まれる潮の香りが強くなり、仕事に精を出す人々の肌の色もさらに濃くなっていく。空には、海鳥の姿も見えた。旅人の姿は見受けられないが、例えば、騎士や傭兵として糧を得る者が数日間の息抜きをする場所としては、最適かもしれない。


 街の様子を確かめながら、大通りを二本とも歩き終えた。都市に見られるような華やかさはないが、やはり、人々の生活が染みついたような活気があった。五、六人とは挨拶を交わした。屈託のない笑みを向けてくれた彼らは、テオリアと一緒にいた私を覚えていたようだ。また、働き手の募集を掲げた店も幾つか見かけた。テオリアからは、性急にならないように助言を受けたが、案外、苦労せずに仕事が決まるかもしれない。


 南北の道だけではなく、東西に伸びる道も歩いてみた。大通りほど整然としておらず、南北の道よりも強い生活臭を感じた。雑多な品物を扱う小規模な店が多いためかもしれない。歩いていると、また、数人から声をかけられて挨拶を交わした。皆、笑顔だった。


 数本の道を歩き終えると、時刻は正午を大きく過ぎていた。太陽は空の真上まで上がっている。昼食を摂るために、シトカの中心部へ戻った。


 私が生まれ育ったザクトスの国都はとても華やかだった。当然ながら、シトカとは規模も違う。しかし、そこにいた私は小さな世界の住人でしかなかった。騎士としての生活しか知らなかったのだ。生粋の騎士だったと言えば聞こえがいいが、ようするに、限られた世界を深く追求するあまり、世間というものを知らなかった。私だけではない。親友やガルディ、私の父親も同じだ。長閑な街に溢れる日常を、彼らは体験したことがない。


 懐かしい日々を思い出した。


 ザクトスの騎士団に所属する人間は想像すらできないはずだが、ザクトス最強の男として尊敬と畏怖を集めた父親も、家庭内の序列は一番ではなかった。


 「まるで翼を失った小鳥みたい。剣を持ってないと何もできないんだから」が、一年に一、二度ほど母親が口にする恒例の口癖だった。誰からも慕われる優しい母親は、この口癖を言うときだけは強烈で、独り言としてではなく、父親の目の前で言い放った。


 「そうだな。騎士の本分を忘れず、常に剣を傍らに置いておこう」か、「お前の言うとおりだ。若い者には、訓練以外にも見聞を深めるように厳しく言っておこう」が父のせめてもの抵抗だったが、結局は母親からの厳しい視線を受けて、部屋を出るか、もしくは極端に無口になるしかなかった。


 親友も同じだ。戦略や戦術のみならず、興味さえ持てば人並み以上の知識を手に入れてそれを実践してみせたが、彼は他人への迎合を極度に嫌い、慣例やしきたりを軽視する傾向があった。結果、日常生活では常識とかなり距離を置いた行動をすることが少なくなかった。その度に、私の妹にたしなめられていた。もっとも、彼は妹の好みと機嫌をとる方法も知り尽くしていたため、真正面から不満をぶつけられることはなかった。


 過去の私は、外へと通じる窓を全て閉めていた。今は、もっと広い世界が見える。ザクトスというバルガルディア大陸の大国を支えた英雄と、これから英雄になるべき男が生涯踏み入ることのない世界に私はいるのだ。


 ポピンという名前の食堂に入った。シトカ中心部にある大きなレストランで、人気の高い店の一つらしい。前回シトカに来たときも、ここで食事をした。すぐに見つからなければ別の店にしようかと思ったが、中心部へ向かう途中で看板が目に入った。赤色の屋根に大きな看板が載っているため、目抜き通りを歩けば、遠くからでもよく見える。線の太い字で「POPIN」と殴り書きした文字も特徴的だ。ポピンには、三人のコックがいる。その中で最も気難しい顔をした白髪の男性が店の主人だ。主人にはフィリスと同年齢の娘がいて、フィリスの友達だ。しかし残念ながら、と言っていいかどうか分からないが、娘は愛らしい顔で栗色の髪をしているために、親子に見えない。


 客は、前回ほど多くなかった。昼食には遅い時間のためだろう。外のテーブルで食事をしていた主人に声をかけられ、挨拶を交わした。気難しい顔をしているが、口を開けば愛想はいい。店の中には、帯剣して制服を着た男たちが三人いた。表情に緊張の色は無い。ベドガから見回りに来ている騎士たちかもしれない。店の中でテーブルを選んでいると、不意に後ろから声をかけられた。


 「よう、寝坊助」


 緊張感のないふわりとした声。今度も、気配を感じなかった。殺気もない。それでも、瞬間的に思い出したのは、巨人のような存在感だ。振り向きざま、足を肩幅に開きながら後ろに下がった。短剣の間合いに入ってはいけない。この男の動きはきわめて俊敏だ。


 「おいおい、出会い頭に寝ぼけるな。それとも、昼間から飲んでいるのか?」


 二人の男が立っていた。一人は予想通りだ。淡い無精ひげを生やした金髪の男。この前と同じく右手には薄手の白い手袋をはめている。両の腰に短剣はなかった。涼しげな笑みを浮かべて、腕を組んでいる。戦闘の意志は無いようだ。体勢を見て、そう判断した。片足に体重を乗せ、もう片方の足はつま先しか地面につけていない。


 もう一人は、極めて長身の男だった。肩幅も広い。ガルトーシュよりも身長があり、なおかつ、肉体の質が違う。ゆったりとした服を着ているために体の線は見えづらいが、袖から伸びる手首は太く、掌も厚い。腰の辺りに無駄な贅肉が付いていないため一目では分かりづらいが、非常に筋肉質な体つきだ。右手には、冗談ではないかと疑うほど巨大な剣を持っていた。長さは通常の剣の一倍半ほどもあり、相応の厚みもある。重さは数倍だろう。ガルディならば扱えるかもしれないが、常人には過ぎた得物だ。男は無言で私を見ていた。殺気はないが目つきは鋭く、引き締まった顔には明らかに剣の道を歩む男特有の薫りがある。


 「なっ。面白い男だろう。どこかの騎士崩れかもしらんが、そこいらの騎士よりもよっぽど洗練された動きをみせる」


 「そうだな」


 金髪の男は、腕を組んだまま顔だけを長身の男に向けた。長身の男が頷くと、顔を私に戻した。


 「おい。いい加減、不躾な視線をやめろ。酒場でやる勝負は、飲み比べだけだ。それ以外の物騒なことはやらんよ。それに、そんなに見つめんでも分かっただろう。俺もベルも、お前が観たとおりの腕前さ」


 金髪の男は大げさに両手を広げながら話し、近くのテーブルについた。長身の男も隣に腰を下ろす。黒い髪に黒い瞳。私と同じだ。シトカではあまり見かけない。この大陸にも、バルガルディア同様に複数の人種が存在するのだろう。


 「一緒にどうだ? お前、友達いないだろう。ぱっと見た感じ、陰気だからな。でも、飯は一人でも多い方がうまい。変わり者でも一人は一人だ」


 断る理由はなかった。素直な気持ちを言えば、男たちに興味もある。私を完膚なきまでに叩きのめした男と、常人離れした肉体と武器を持つ男だ。頷いて、男たちと同じテーブルについた。


 「お前、ここの名物料理を知ってるか?」


 首を横に振った。


 「じゃあ、俺が選ぼう。シトカは面白みに欠ける街だが、港町だけあって魚はうまい。この店は、シトカで一番のレストランだ。すべてベドガで聞いた受け売りだが、ここの名物も調べてきた。それから、メニューを持って近づいてくるあの娘。あの娘が、この街で二番目の美人らしい。残念ながら、一番は山の中に住んでいるらしく、滅多に会えない。俺が何を言いたいか分かるか?」


 再び、首を横に振った。


 「さっきのような視線はやめてくれ。女の子が怖がるから。それから、分かっていると思うが、俺が先だからな」


 金髪の男は私の顔面を直視し、無精髭を撫でながら目を細めた。


 「お前、髭を剃ったら、結構な男前じゃないか。あとは、その暗い性格だけだな」


 何と答えるべきか考えているうちに、金髪の男はシトカで二番目の美人からメニューを受け取り、にこやかな笑顔を返して、三人分の料理と酒を注文した。


 「なるほどな。化粧がうまくて香水の匂いがする女もいいが、日焼けして飾り過ぎない女もいい。そうだ、忘れていた。自己紹介をしておこう。俺はディーン、こいつはウィザーベルだ。お前はファラッシュだな」


 私に話しかけながら美人の後姿を視線で追っていたディーンは、彼女の姿が厨房へ消えるまで見送って、視線をこちらへ戻した。私の名前を知っているということは、ポピンの主人との会話を聞いていたのだろう。眺めるように私の顔を見たディーンは、やがて、愉快そうに笑い出した。


 「な? やっぱり、面白い男だろう」


 「どうかな。しゃべりすぎのお前に驚いているんじゃないのか」


 「いいや、違う。こいつは、百有余の光の中でも特に有名な、流星の弓使いを知らないのさ。嘆かわしいことに、時間という奴も流星のように通り過ぎて記憶から消えていく」


 目の前で交わされる会話の内容が分からなかった。


 「こんにちは。ファラッシュお兄ちゃん、また来たの? フィリスも一緒?」


 ポピンの主人の娘が近寄ってきた。


 「ごめんね。今日は、一緒じゃない」


 「そう」


 残念そうな表情を浮かべた少女は、こちらへ近寄ってきた速度の半分程度の足取りでテーブルから離れていった。


 ディーンへ向き直ると、彼の視線が明らかに変わっていた。鋭い視線だ。ウィザーベルの視線は変わらない。


 「お前、どこから来た?」


 語気は強くないが、緊張を含んでいる。私が発する言葉のイントネーションの違いに気づいたのだろうか。たしかに、私が話すバルガルディアの公用語は、この土地の言葉と完全に同じではない。しかし、過剰な反応だ。


 「ベル、こいつの顔を知っているか?」


 ウィザーベルが、首を横に振った。頷いたディーンが言葉を続ける。


 「俺も知らん。亡国モルドで育ったか。いや、モルドの言葉とも違うな。お前、何者だ。どこから来た?」


 戸惑いを覚えていた。なぜ、イントネーションの違いで、ここまで極端な反応を示す。判断すべき材料はないが、素性を隠す必要もないだろう。真実を話すことに決めた。


 「信じてもらえるか分からない」


 「いいから話せ。信じる、信じないを決めるのは、俺だ」


 「私は、この大陸の人間ではない。海を隔てた大陸から辿り着いた」


 「海の向こうだと。まさか……」


 言葉を途中で止めたディーンが、ウィザーベルと視線を絡ませた。


 酒と料理が運ばれてきた。途端に、ディーンが笑顔を浮かべて立ち上がった。街で二番目の美人からトレイに載った料理を受け取って、テーブルに並べる。器用にも、顔は料理を向いていない。美人を見つめながら自己紹介をしている。ウィザーベルを見ると、苦笑を浮かべて、首を小さく横に振っていた。彼女がテーブルを離れるまで、話は一時中断となった。


 「海の向こうから来た、か。信じられんな。ただ、信憑性があるかどうかは別として面白い話ではある。証明できるか? いや、まあ無理だろうな」


 先ほどと同じように、美人の後ろ姿を視線で見送ったディーンは、右腕で頬杖をつき、左手の指でテーブルを軽やかに叩いている。


 「酒と料理を前にして、お預けをくらっているのは馬鹿みたいだな。さて、お前を嘘つきと決めてしまうか、それとも、祖国への帰還を祝して乾杯するか、どちらにしよう。ベル、お前はどう思う?」

視線には未だ鋭さが残っているが、ディーンの口調は先ほどよりも和らいでいる。美人と会話をしたからだろうか。


 ウィザーベルが口を開いた。


 「お前が生まれた国における初代の王の名は?」


 「ザクトスの開国王は……」


 「ザクトス。それが国の名前か。傑作だな。ウェフリート王子は、恩人の名前を国名にしたのか」


 ディーンが私の言葉を遮った。


 「なぜ、開国王の名を知っている?」


 問いには答えずに、ディーンは笑みを浮かべて、酒の入ったグラスを掲げた。


 「よし。その驚いた顔を信じよう。お前は、寝惚けて海の向こうからやってきた迷い人だ。乾杯」


 ディーンは、テーブルに置かれた私のグラスに自分のグラスをぶつけて、酒を呷った。ウィザーベルはディーンに付き合わず、やれやれと言わんばかりに首を横に振っている。理由は分からないが、ディーンの視線から緊張感も消えた。


 海の幸を胃袋に収めながら、質問攻めと言えるほどの問いをディーンから受けた。同様の攻撃は小さな姉から何度も受けているが、その内容は全く異なった。半分以上は「ザクトスの女性は、美人か? じゃあ、どんな感じの美人だ? 性格は? 体型は? 髪の色は? 瞳の色は?」などという答えに窮するものだ。私から彼らへ質問をする余裕は全くなかった。


 「本当に面白い。イシュハーブの歴史は、海の向こうでも紡がれていたわけだ」


 三杯目の酒を飲み干し、ディーンが四杯目を注文した。顔色にも口調にも変化は無く、酔っているようには見えない。もっとも、注文を繰り返しているのは、酒を飲みたいためではなく、店の娘と話をしたいからのようだ。ウィザーベルは、一杯目を飲み干していない。途中から、水を飲んでいた。


 「その昔、この大陸全土が危機に瀕したことがあった。結論から言えば、イシュハーブ大陸は、その危機を乗り越えた。しかし、その代償も大きかった。多くの人々が死んだよ。最もひどかった時期は、全人類が死滅してしまうという悲観的な考えが広がって、自ら命を絶つ者も出たほどだ。そんな中、いくつかの国家で中枢を占めた重鎮たちとその一族が新たな生存の場を求めてイシュハーブ大陸から船で旅立った。彼らを率いていたのが、当時のウェイトナーデにおける第二王位継承者だったウェフリートだ。どうだ、お前の国の歴史と、この国の歴史がつながっただろう」


 ディーンの話は、バルガルディアの古い言い伝えに似ていた。テオリアから聞いた神話にも似ている。


 「ちなみに、その危機を救った勇者たちは百有余の光と呼ばれている。百有余の光の中で、特に女性に人気があった最高の勇者が流星の弓使いディーンだ。この大陸で最も重要な常識だから覚えておけよ。ちなみに、比類無き剛剣の使い手であったにも関わらず無口で愛想がないために知名度がほとんどない勇者がウィザーベルだ。こっちは、どうせ忘れるだろうが、今すぐに忘れてもいい」


 「それは……」


 「そう、俺たちと同じ名前だ。まるで見てきたかのように過去を語る理由がわかったか?」


 ディーンが、楽しそう微笑んだ。他人まで楽しくさせるような笑顔だ。私にはできない。


 制服を着た男が二人、店の中に入ってきた。店内で食事をしている三人と同じ制服だ。若い方の男がこちらへやってきた。


 「また、会いましたね。ディーン」


 「ああ。だが、男からそう言われても心は弾まないな。アーフィル」


 「同感です。今日は、お友達も一緒ですか?」


 朗らかな声だ。金髪碧眼で、どちらの色もディーンのそれよりも濃い。どちらかと言えば痩せていて、物腰は柔らかい。ただし、動きに無駄はない。顔はディーンを向いているが、視線は私へ向けていた。観察されているようだ。


 「見ての通りだ。友人というより腐れ縁だがな。こっちはウィザーベル。見た目にあった名前だろう」


 「ぴったりです。あなた同様にね。ディーンとウィザーベル。出来過ぎの感がします」


 「勘ぐらずに、ウィザーブのトゥインクルストーンを信じろよ。こっちは、ファラッシュ。先ほど知り合ったばかりだ。自由気ままな傭兵で、新しい雇い主を探している。とは言っても、ここへは海の幸を堪能して骨休めをする目的でやってきた。まとまった金を持っているため、当分は食うに困らないそうだ」


 「初めまして。アーフィルといいます」


 青年と硬い握手をした。


 「若いが、ベドガ騎士隊の副隊長だ。今から昼食か? 遅いな」


 「はい。先ほどまで、シトカ警備隊の方々を訓練していました」


 「警備隊ねえ。剣をつかえそうな者など、街中のどこにも見当たらないが」


 「それが、この街の自慢の一つです。それくらい治安のいいところですよ」


 「ちがいない」


 アーフィルは、礼儀正しく頭を下げて離れていった。


 「あいつもお前と同じさ。初対面で、不躾な視線をぶつけてきた。ただ、お前と違うのは、あいつは今でも俺のことを信用していない。つまり、副隊長としては優秀なんだろう」


 間違ってはいないが、私はディーンを信用したことになったらしい。


 「ウィザーブを知っているか?」


 首を縦に振った。ガルトーシュから聞いた国境を越えた騎士団だろう。ディーンはウィザーブに所属する騎士だろうか。


 「百有余の光は知らないくせに、騎士団Networkの名前は知っているか。ウィザーブも有名になったもんだ。ウィザーブは連合王国のどの国家にも属していない独立騎士団だ。各国に支部を持っている。今のところベドガに支部は無いが、そのうち、できるかもな。俺は、まあウィザーブの特別団員みたいなものだ」


 「特別団員が支部のない場所にいる理由は?」


 思わず、疑問を口に出してしまった。ディーンが口笛を吹いた。


 「ほう、興味あるのか? 悪い質問じゃないな。もちろん、悪くない回答も用意している。都会の女の子に飽きたんで、田舎まで足を延ばしてみたのさ」


 「……」


 ウィザーベルを見たが、何の反応もなかった。


 ディーンが、ため息をついた。


 「本当に、暗い奴だな。鬼神という名前を知っているか? ウィザーブと同じように各国にアジトを持つ集団だが、俺たちの十倍ほど胡散臭い。ここへ来たのは、奴らにちょっと用があるからだ。時間があれば、盗賊とも遊んでやるつもりだが、まあ、どちらにしても、お前には関係の無い話だろうな」


 食事を終え、二人と別れた。


 「海を渡ってきたことは、口外しない方がいい。素性を怪しむ輩がいるかもしれん」


 別れ際にウィザーベルから貰った助言だ。ありがたく受け入れることにした。もともと、長々とした自己紹介は性に合わない。


 夕方になるまで、シトカを歩き回った。主だった通りはほとんど歩いたはずだ。港にも行ってみたが、時間が遅かったためか漁師の姿はほとんど無かった。網の補修をしていた老人に聞いたところ、ガルトーシュは今日の漁を休んだらしい。おそらく、警備隊としてベドガ騎士隊の訓練に参加したのだろう。


 仕事を決めることはできなかったが、漁師の手伝い以外にも、力仕事の求人が少なくないことがわかった。シトカで収穫された魚や山の恵みは、ベドガへ運搬される。その過程で力仕事が必要なのだ。数日中に何かしらの仕事が見つかるだろう。


 街の中央部へ戻った。どこへ向かうにも、ここを基点すれば迷うことは無い。大通りを歩いていると、道の向こう側から駆けて来る三人の男たちが見えた。先頭はガルトーシュだ。私が手を上げると、彼は走りながら大声で叫んだ。


 「兄ちゃん。テオリアはどこだ」


 息は乱れ、顔は緊張している。右手には小ぶりの斧を持っていた。木を伐るための斧ではない。戦闘用の斧だ。後ろの男たちは剣を持っていた。


 「兄ちゃん、テオリアは?」


 私の前で止まったガルトーシュは、肩で息をしながら同じことを聞いた。


 「家にいるはずです」


 「一緒じゃないのか?」


 「はい。何があったんです?」


 「山に入った人が殺された。どうも、鬼神がやったらしい。ほとんどの人は、山から下りたが、女性がさらわれたという情報がある。もしかすると、テオリアかもしれん」


 緊張が背筋を走った。 


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