全ての人に『ありがとう』
「夢って……悪いもの、かな?」
私は今日、担任の先生に夢を見るなとこっ酷く叱られた。
何故なら、私の夢が『お嫁さんになりたい』だったからだ。
私の夢はずっと昔から変わっていない。
『お金持ちの人のお嫁さんになって、お金に困らない暮らしがしたい』
ずっと、これだった。
私の父はお酒が好きで、いつもお酒を飲んでばかりいた。
そのせいで、アルコール中毒になって死んだ。
私の母はオシャレが好きで、いつも服を買ってばかりいた。
そのせいで、お金が無くなって私を置いて逃げた。
私は好きなものが無くて、いつもぼーっとしてばかりいた。
そのせいで、いつの間にか一人になった。
家は一軒家だったから、家賃を払わなくてよかった。
お金は昔、祖母が残してくれたものがあった。
それでも、私一人切り詰めて生きていくことがやっとだった。
オシャレ好きだった母が残していった服があったから服には困らなかった。
今年の三月。私は高校を卒業する。
と言っても、お金が無いから大学に行くつもりはない。
先生もそれは重々承知の上だっただろうけど、就職すると思っていたらしい。
だから、私がお嫁に行って楽をするといったら怒ったんだと思う。
「家に帰るかな……」
どうせ帰っても誰もいないんだから、帰っても帰らなくてもどっちでも一緒だ。
「ねぇ、御譲ちゃん。一人? じゃあさ、お兄さんと遊ばない?」
「結構です」
「じゃあさ、メアド教えてよ」
「スミマセン。携帯持ってないので」
「マジで? ガチで?」
「はい」
「じゃあね~」
「いい加減に!」
すごい力……つかまれた手が動かない。
「ねぇ、お兄ちゃんと遊ぼう」
「い……や、放して!」
誰か……誰か助けて!
「そこのお兄さん。今時、力ずくじゃ嫌われるよ?」
声がしたほうを見ると、二十歳前後の男の人が立っていた。
「高校生の女の子をねぇ……ちょっと、俺と一緒に警察に来てもらおうか? ハンサムなお兄さん」
「はっ、はい!」
その人が手に持ったものを見て、今まで私にちょっかいを出していた男は大人しくなった。
「あの……ありがとうございます」
「いや、当然のことをしたまでさ。なんたって、警察ですから。こんな暗い時間に女の子一人で歩いてちゃいけないよ?じゃあ、俺はこのお兄さんとちょっとお話があるから、気をつけて帰るんだよ?」
「はい……」
ニッコリ微笑んだそのお兄さんは男を連れて去って行った。
カッコよかったな~
そんな事を考えていたせいか、どうやって家に帰ってきたのか全然覚えていない。
次の日、学校は土曜で休みだった。
さて、何をしよう?
いつもぼけっとしているせいか私には友達と言うものがまったくいない。いなくても困りはしないけど、休日は暇だ。
なんとなく昨日変な奴に話しかけられた所に来てみる。また会えたらいいな。あの人に……
「あれ? 君は昨日の……」
イッツ・ミラクル!
「昨日のおまわりさん」
「あれから大丈夫だった?」
「はい、おかげさまで。昨日はありがとうございました」
「はは、警察官の役割だよ。あいつはジョリーと言ってね。女子高校生を狙ってるんだ。しばらくは一人にならないほうがいいよ」
「……はい」
私は微笑む。
これは、私が身につけた自分を守るすべだ。微笑んでいれば誰も悪い気はしない。
「無理、してるね」
「え?」
「無理に笑ってるでしょ?」
「そんな事……」
「俺にはね、そういうの分かっちゃうんだよ」
「仮に私が無理に笑っていたとして、おまわりさんには関係ありませんから」
微笑を崩さずに答える。私の状況を聞くと、誰でも同じ様な事を言う。
『大変ね~』とか『何でも言ってね』とか、これを世間では
《同情》
と言う。
同情するなら金をくれ。
こんな人に限っていざと言う時に何かを頼むと、決まって嫌な顔をする。
だから、私は同情されるのが大嫌いだ。
「それじゃあ、私行く所があるので。失礼します」
ペコリと頭を下げると早足でその場を離れる。
「あの子? 昨日お前が気になったって言ってた子は」
「そうだよ」
「見事に振られたな~」
「そういうんじゃなくて!」
「冗談だって。分かってるよ、あの子の今の状況が気になってるんだろう?」
「うん」
「じゃあ、まずは張り込み調査かな?」
「何か気が進まないけどね」
こんな会話があっていたことなんて、私は知るよしも無かった。
学校が始まってからも、私はどことなく視線を感じていた。私を珍しがる人なんて沢山いたから、別に今更気にはしない。
「あの……いい加減止めてくれませんか?」
誰がやっているのか実はわかっていた。尾行がへたくそなのだ。
このおまわりさん。
「……ばれてた?」
「はい、大分前から。と言うか、私と会った翌日から」
「おいおい、それって最初からじゃないか……お前、やっぱり張り込み向いてないわ」
おまわりさんと同じくらいの男の人がおまわりさんに話しかける。
「初めまして白井理奈さん。オレは警視庁捜査一課の源良。よろしくな」
「どうして、私の個人情報を?」
「どうしてって……警察ですから」
「個人情報保護法に反するんじゃないですか?」
「警察ですから♪」
「職権乱用だ」
「難しい言葉良く知ってるね~」
良さんは私の頭をわしゃわしゃとなでる。
「子ども扱いしないでください!」
「だって、子どもだろ?」
「え?」
「十八歳って言ったら、まだ子どもじゃないか。子ども扱いして何が悪い?」
「でも、私は!」
「子どもだよ。だからさ、もっと大人に甘えてみてもいいんじゃないかな~そこのお兄さんとか」
「俺?」
「うわ~ん」
こんなに泣いたのはいつぶりだろう?
父さんが死んでから、母さんがいなくなってから、すっかり泣くと言う行動を忘れていた。
だって、泣いたって何も解決しないから。
これからの事を考えようと思って。
だから、泣けなかった。
私はおまわりさんにしがみ付いてわんわん泣いた。
「どうも、お見苦しい所を見せてしまいまして……」
「気にしないで。それも、警察官の仕事ですから」
仕事……か。
おまわりさん達は私を家まで送ってくれた。
「えっと、親御さんは? 一応挨拶しておきたいんだけど」
「え?」
「おいおい……禁句だろ」
「知らなかったんですか?」
「何を?」
「私の両親は……いないんです。父は死んで……いや亡くなってて、母は行方不明です」
「そうだったんだ……ゴメン」
本当に知らなかったみたいだ。
「今まで知らなかったのか? いつもながら……」
「抜けてるって言いたい?」
「あたり」
何やら二人はいいあいを始めた。
「あの~」
私の声に正気に戻ったのかおまわりさんが答える。
「何かな?」
「お名前、教えていただいてもいいですか?」
「名前?」
「まだ、教えていただいてなかったので」
「俺は桂時雨だよ」
「桂……さん」
その名前を私は心に刻んだ。
「そうだ! 俺の所に来ない?理奈ちゃん」
「え?」
「またお前は突拍子も無いことを……」
「親戚とかいないんだよね? だったら、養子縁組をすれば家の子に……」
何を言い出すんだろう? この人は。
「おい、お前はまだ結婚してないだろう? それで父親になるつもりか?」
「いいじゃないか。いつ父親になろうとも、俺の勝手だろう?」
「それが警察官の台詞かね……それに、お前今年でまだ、二十四だろ? 親子には見えないな」
「そうかな?」
「そうだろ。あっ、そうだ! いっそのこと結婚すればいいじゃないか!」
「えっ!」
もちろん驚いたのは私だ。自分がいない所で勝手に結婚の話が決まってしまうなんてたまったもんじゃない。
「それは駄目だ」
私が反論する前に口を開いたのは桂さんだった。
「何で?」
「結婚って言うのは、その人のことを良く知って、相思相愛になってからするものだ。こうやって都合がいいからってするものじゃない」
「硬い事言うなって」
「私もそう思います。良くも知らない相手と結婚なんてごめんです」
「そう?いい案だと思ったんだけどな……じゃあ、まずはお付き合いから?」
「何でそっち方面に考えるんだ?」
「だって、お互い気になってるみたいだし」
急に何を言い出すんだこの人は!
「だったら、恋に発展してもおかしくないんじゃないかなと思って」
「勝手に決めないでください!」
「こいつの事、嫌い?」
「それは……」
言葉に詰まる。そんな事急に聞かれても……
「こら、良。理奈ちゃん困ってるじゃないか! ゴメンね、理奈ちゃん。こいつの言うことは気にしなくていいから」
「……はい」
良さんはまだ何か言いたそうだったけど桂さんに引っ張られて帰って行った。
それにしても……結婚か。
夢だったけど、具体的には考えたことがない。
とにかくお金持ち。桂さんは公務員だから、お金持ちかな?
そこで気付く。私どうして桂さんで考えてるの?
そんな事をリビングで自問自答していた。
すると玄関のほうからガタガタと言う音が聞こえる。
また帰ってきたのかな?
何気なく玄関に足を向ける。
「桂さん?良さん?」
呼んでみたが返事はない。代わりに首もとに冷たい何かが当たる。
「きゃっ!」
「静かにしろ! 少しでも声を出したら首を切るぞ!」
私はただコクコクとうなずいた。
「金目の物を出せ」
そんな事言われたって家に金目の物なんてない。
「さっさとしろ!」
「……ありません」
か細い声で私は言った。
「ないだと!」
「はい、家に金目のものなんてありません」
「そんな馬鹿なことがありえるか!」
そう言って男は私を壁に向けて投げつけた。
ガンッと音がして私は壁に体をぶつけた。
痛い……声も出ないほどの激痛に襲われる。
「だ……れか、たす……けて」
誰かって誰だろう? 父さんも母さんも私にはいない。とっさに思い浮かんだのは……
「助けて……桂さん」
《バンッ》
「遅くなってゴメンね」
薄れていく意識の中で私が聞いたのは、何か大きな音とそう言う桂さんの声と
私を投げ飛ばした男が発する負け犬の遠吠えだけだった。
私が目を覚ましたのは病室だった。ふかふかのベッドで寝たのはいつぶりだろう?
「ああ、気が付いたかい?」
「桂……さん?」
「ゴメンね。助けるのが遅くなって」
「どうして……」
「君と別れた後、電話が入ったんだ。その近くで何件も空き巣があってるから、パトロールして来てくれって。それで、なんとなく気になって戻ってみたら……中から君の悲鳴が聞こえたわけ」
おかしいな……私悲鳴なんか上げたっけ?
「具体的に言うと、小さな声。桂さん助けてって。その声聞いたらこいつ、ドアをぶち破って中に入ったんだぜ! その時の空き巣の顔がまた面白くて!」
「うるさいぞ! 良。理奈ちゃんはまだ目が覚めたばっかりなんだから、休ませてあげないと」
「はいはい、邪魔者は退散しますよ」
良さんはイタズラっぽい笑みを浮かべると病室を出て行った。邪魔者って何のことだろう?
「あのさ、理奈ちゃん。どうしてあそこで俺の名前を呼んだの?」
「え? ああ、とっさに出てきたのが桂さんだったので」
「とっさに?」
「私、父さんも母さんもいなくて、誰を助けに呼べばいいんだろうって考えて、一番最初に出てきたのが桂さんだったんです」
「そう……なんだ」
「それがどうかしました?」
「倒れてる理奈ちゃんを見た時……心臓が止まるかと思ったんだ」
それって……
「頭が真っ白になって、気が付いたら空き巣に殴りかかってた。良に止められるまで殴ってたらしくて……」
「大丈夫なんですか? おまわりさんが犯人殴っても」
「うん……始末書書かされた。空き巣……病院送りにしちゃったから」
「うぅ……何かごめんなさい」
「いいんだよ、こっちこそゴメンね。空き巣、相当力が強かったみたいで、骨が折れてるんだって。だから、しばらく安静に」
そんな空き巣を病院送りにした桂さんっていったい……それは聞かないでおこう。
「それからさ……昨日の話なんだけど……」
「昨日?」
「ほら、養子とかの」
「ああ、その話」
そういえば昨日そんな話をした。随分前のことの様だ。
「理奈ちゃん。今好きな人とかいる?」
「なんですか、急に……」
「いいから」
「いませんよ。好きな人なんて……」
「彼氏作る気はある?」
「まぁ、一応。まだ、青春真っ只中なので」
「じゃあさ、俺がその彼氏候補に立候補してもいい?」
「いいです、って……え?」
「俺、理奈ちゃんの事が好きだ」
急なことに私は固まってしまう。
「最初見た時に何だか守ってあげたいって思ったんだ。ずっと側で、俺が守ってあげたいって」
「あの……」
「白井理奈さん。俺と付き合ってください!」
「……はい。喜んで」
やっと、私にも頼れる人が出来たんだ……今までずっと、一人で生きてきた。
これで、やっと
「おめでとう!」
どこから入ってきたのか、良さんが盛大なクラッカーを鳴らした。
私と時雨さんは顔を見合わせて、笑いあった。
それから五年後、私と時雨さんは、沢山の人に祝福されながら結婚しました。
あれから、私にも友達が増え、楽しい毎日を過ごすことが出来ました。
私の父はお酒が好きで、いつもお酒を飲んでばかりいた。
そのおかげで、同じお酒好きの母と出会い、私は生まれました。
私の母はオシャレが好きで、いつも服を買ってばかりいた。
そのおかげで、私は服に困ることがなく、お金がなくてもオシャレを楽しむことが出来ました。
私は好きな事がなくて、いつもぼーっとしてばかりいた。
そのおかげで時雨さんと出会うことが出来ました。
何も無駄なことなんてないんだね。全てに意味があったんだね。
私は父の事も母の事も大嫌いだったけれど、今思えばちゃんと感謝できる。
ジョリーがいなければ、私は時雨さんに出会うことが出来なかった。
空き巣がいなければ、私と時雨さんはきっと付き合うことなんてなかった。
父さんと母さんがいなければ、私が産まれてくることはなかった
私が今まで出会った全ての人に、
『ありがとう』
~END~
これにも若干実話が……こんな話現実にはありえないと思います。でも、相手は公務員!こんな出会いしてみたいですね。温かい目で見守ってくださったみなさま、ありがとうございます!




