その1
「あぁ、暇だ…」
珍しく殲滅任務がないのをいいことに、部屋でごろごろしているぐうたらな真菜穂。緋雨は…というと同じく床でごろごろしている。お互いすることなどなく、任務がなければただ無駄に一日を過ごすのみなのだ。
そんな時、不意に扉が開く。開いたのは、祖父だった。手にはなにやら巻物を所持しており、その表情からして、めんどくさそうな案件を真菜穂らに任せんとしているように思える。真菜穂は小さくため息をつき、嫌々しい表情を作った後に切り出した。
「じい様。まさかとは思いますけれども。あなた宛ての依頼の中にとてつもなくめんどくさい案件が紛れ込んでいて、そしてその案件は孫の私でも事足りると判断して、ここに持って来たわけではないですよね?」
「おお、さすがは出来た孫じゃな。そのとおりじゃ」
――――――このくそじじい、いつか絶対殺してやる。
そんな真菜穂の心の声が聞こえたような気がした緋雨は、そろりと部屋を抜け出そうと試みたが真菜穂に勘付かれ、その豊かな白い尾を踏まれ声なき悲鳴を上げつつ悶絶するしかなかった。
祖父は咳払いをし、話し始めた。
「この巻物はの、妖怪封じの巻物じゃ」
真菜穂はその言葉を聞き、唖然とした。目を丸く見開き、数回瞬きしたかと思えば首を傾げ、緋雨を踏んづけているのを忘れ、立ち上がった。踏まれている方はかなりの激痛を与えられ、足掻こうにも足掻けず、悲鳴を上げようにも上げられないほどで、ひたすら足が退いてくれるのを待つしかなかった。
真菜穂は祖父の方に歩み寄ると、巻物に手を触れた。そしておもむろに目をつぶる。
「やはり、お前さんの方がこの依頼は完璧に遂行できるやもしれぬの」
「どういうことだよ…っ」
緋雨が潰れかけた尻尾を気にかけながら祖父に問いかける。
「妖怪封じの巻物というのは、元来、殲滅能力を持たぬものが殲滅に同行する時にお守り代わりとして持っていく品じゃ。巻物ひとつにつき一体までじゃが、無いよりはましじゃろう。そして、この巻物は開かぬ。すなわち、何者かが封じられているということ。害があるならこのまま封じておいてもよいのじゃが、封じられてから結構な年月が経っておるようでの。このままでは自然に封が切れて、暴れ出してしまうやもしれん。この中身を探り当て、必要とあらば殲滅せよ、というのが依頼主からのお達しだったのじゃ」
緋雨はぐるるっと喉を鳴らし、真菜穂を見た。巻物に触れて以来、微動だにしない彼女は一体何を感じているのだろう。もしこのまま意識が戻ってこなかったら…。緋雨はそれだけが気がかりだった。
しばらくすると真菜穂がふうっと大きくため息をつき、巻物から手を離した。表情は暗く、首を横に振った。
「殲滅の必要はないです。妖怪といっても妖力はそこまでないし、危害を加えられるほど頭があるわけでもない。開放して、灸を据えるくらいがちょうどいいかと」
「ふむ…。では、お前がやんなさい」
「はぁい…」
その夜、近くの森で真菜穂は巻物を開放し、現れた妖怪にきつく灸を据えていた。
頭もよくないのに下手に人間に近づくからこうなるのだ、とか、妖力もないくせにあちこちうろちょろするな仕事が増える、とか。
極めつけは「お前のせいでせっかくの休みが台無しになっただろーが!!」と。
それはそれは久しぶりに表の世界に戻って来られた妖怪にとって、恐ろしい怒号この上ないものだった。緋雨も、立場が違っていたらこんな風に叱られていたかと思うと背が竦む思いだった。
それから狼は思った。
真菜穂を怒らせるような真似をするのは、金輪際止めよう。と…。