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第31話

 案内という名の連行をされている間、白沢リンネはしきりにぼくに話かけてきた。それは間を持たせるための義務的な行為ではなくて、純粋に興味を示しているように見えた。


 ぼくはあの晩に見た彼女とのギャップにいささか面食らっていた。まるで別人である。凛として刃の切っ先のような雰囲気は健在であるものの、ぼくに対して受け答えする様子はナズナたちとそう変わりはない。


 ……もしかしてよく似たそっくりさんなんじゃないか?


 ふとそうした疑念が湧き上がった。あの双子の少女たちのように、彼女にもうりふたつの姉妹がいるなんてことはないだろうか。


 彼女たちは自動車を使って移動していた。ぼくたちの馬車を前後で取り囲んで誘導している。


 リンネはひとり、ぼくの監視という名目で馬車に乗り込んでいた。彼女は初めて乗るという馬車に興味津々のようだった。その様子は歳相応で不審な点はない。それがかえってぼくに警戒を抱かせる。


 ナズナは突然乗り込んできた異邦人に対して鋭い視線を飛ばし、その当人はまるでどこ吹く風である。他の大人たちを従えているだけあって、リンネの心胆は相当頑丈にできているらしい。


 ぼくの隣に座る彼女は、背骨に鉄芯でも入っているのではないかと思うくらい完璧な姿勢だった。ぴんと背筋を伸ばして遠くを見ているようである。それでいて堅苦しさはないのだから、彼女は常日頃からこれを心がけているということなのだろう。


「つかぬ事をお訊きしますが」とぼくは言った。「いつかの晩に、君によく似た女性と出会った気がするんだけど、もしかしてそれは君だったのかな」


 ぼくの瞳をまっすぐ見返してリンネは答える。


「ええ、そうです。お父様とお顔を合わせるのは、今日が2度目になります。あの時ははしたない姿をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」


 人間の足の腱を切ったり、ぼくと殺し合ったりしたことを「はしたない」で済ませる彼女に、ぼくは引きつった笑みを浮かべる。見かけに騙されてはならないということである。まともに見えたとしても、それは表面上のことに過ぎない。その奥底はしっかりとトチ狂っているようだった。


「君たちはあの晩、何をしていたんだ? 集落を襲っていたんだろう?」


「いいえ、まさか。わたしたちはそんな野蛮な行為はしません。あれは<回帰>の儀式です」


「……<回帰>の儀式、ねえ」とぼくは繰り返した。これ以上なく怪しい儀式だった。彼女たちにかかれば、この世のどんな悪事だって神性な儀式に転嫁できるのではないだろうか。


 新興宗教団体の教祖という人間は、その権力をかさに好き勝手するイメージが張り付いている。特に過激派である<絆教>はその典型だろう。


 しれっと殺人を肯定して見せるリンネに我慢ならなかったのはナズナだった。自身が一度似たような境遇を経験しているせいか、そういった不条理な暴力を酷く嫌悪しているようだった。


「それってただの殺人じゃない。頭のおかしいこと言わないでよ」


「理解できなくとも致し方ありません。我々の目的は常人にははかり知れぬものですから」


 食って掛かるナズナを、まるで慈しむようにリンネは諭す。そこには隔絶した余裕があった。いくらぼくたちが反論したところで、彼女には絶対に言葉は届かないのだろう。


 だがナズナは、それを認められる程やさぐれてはいなかった。間違っていることを間違っていると理解できないことは罪なのだと懸命に訴えている。


 彼女の意見は極論なのだろうけれど、ぼくにはそれが眩しく見えた。知識人を気取ってネガティブなことばかりを吐き出す人間よりずっと素晴らしい生き方だとぼくは思う。


 戯言だと一蹴されても諦めないナズナは、ぼくやリンネといった割り切った人間よりも世界に光をもたらす。それは荒廃しきったこの世界には得難い人物だ。


 世界の終点が奈落の底だったとしても、誰が好き好んで暗闇を突き進みたいと思うだろう? 何も見えず、隣人の顔さえも見えないまま奈落に落っこちるのはあまりにも芸がない。大きく開いた穴の前で立ち止まる時間くらいは欲しいではないか。それは光がなければできないことだ。


 ただの感情論で反発しているのではないと気づいたリンネは、やや見直した様子でナズナに向き直った。


 荷馬車から険しい顔を覗かすナズナに、「あなたの名前を教えてくれませんか?」と訊ねる。


 ナズナはぶっきら棒に「……久保田ナズナ」と答えた。


 お互いの名を名乗り合う。これでようやく対話が始まるのだと言えた。ただの有象無象に過ぎなかった相手を認識した瞬間なのだ。名を呼び合うという行為は、それだけ重要であると言える。


「久保田ナズナさん。あなたはわたしたちが殺戮のために殺人を犯したと言いたいようですが、それは根本から間違っています。先程も言いましたけれど、殺人は目的ではなく、やむを得ぬ結果なのです」


 一字一句を聞き逃さんと耳を傾けていたナズナは、その詭弁とも言える主張に反論したいのをぐっと堪えている。ここで感情に任せて口論になれば、永遠に互いの尻尾を追いかけあうことになる。


 ナズナもぼくも、別に堂々巡りをしたいわけでもなければ、正義論を振りかざしたいわけでもない。ただ相手が間違っていることを指摘したいだけなのだ。


 だがそれには、同じ道徳観という前提が必要になる。それが異なってしまえば、必然的に説得も難しくなる。リンネに対する問題はこれに限っていると言えた。


「それに信じられないでしょうが、あれは単なる死ではないのです」とリンネはどう説明しようか迷っている素振りを見せた。


「<大いなるもの>の下に召されること―――――すなわち<回帰>。わたしたちはそう呼んでいます」


 あれは殺しではなく儀式なのだと言いたいのだろうが、生憎我々のようなごく一般的な人間にとっては世迷言にしか聞こえなかった。いくら彼女が懸命に訴えたところで我々には言葉は届かない。それはお互い様なのだった。


 ただ普通の宗教狂いと異なっていたのは、リンネが自分と相手との差異を正確に理解していることだった。だから無理に信じ込ませようとはしないし、馬鹿にしたりもしない。ただ困ったような表情を浮かべるだけだ。


「わからないな。もしも君たちの言うことが事実だったとしたら、なぜ君たちは自分がまっさきに<回帰>とやらをしないんだい? 嫌がる相手を無理やりにさせるなんて道理に反しているだろう」


「お父様の仰ることはわかります。ですが我々は巫女様から与えられた使命があるのです。ですから、使命を投げ出して<回帰>することは許されないのです」


 ぼくは前方を向いたまま語るリンネに向かって問うた。


「その使命というのは?」


「人類の残数の調整と巫女様の保護です」


 人類の残数というのは、もしかして生き残っている人間の数を指しているのだろうか。だとしたら、彼女たち<絆教>は動物の個体数を管理するみたいに人間を支配しようとしていることになる。何だか途方もない話だ。


 いくら彼女たちが一大勢力であったとしても、生き残っている人間を全て支配できるわけがない。科学が軒並み衰退、あるいは消滅した今、昔ながらの統治法でしか人間を管理することはできない。


 つまりは、手の届く範囲にしか影響を及ぼせないのである。


 全くもって眉唾な話だった。それを語るリンネはまるでふざけた様子はない。本心から語っているのは明白だった。どうすれば、そんな途方もない話を信じられるようになるのだろう、とぼくは不思議に思った。


「君たちに、人の命をどうこうする権利はないと思うんだけど」とぼくは言った。


「その通りです」とリンネは言った。「ですが巫女様にはその権利がある。なぜなら、わたしたちは全て<大いなるもの>に内包されているからです」


「内包?」


「そうです。わたしたちの身体、心はわたしたちのものではないのです。人は押しなべて自己の所有権は己にあると主張してきましたけれど、それは誤りだったのです。それを示すように、我々は自分のことを殆どわかっていません。我々はなぜ生まれてきたのか、どこへ向かおうとしているのか」


 彼女の主張には、時折現実的な要素が混じり込む。これによってオカルト一辺倒でない空気を生み出しているのだろう。


 こんな荒れ果てた世界になって、人々は少なからず考えたはずだ。「なぜこんなことに?」と。


 その答えを提示しようとしているのが彼女たち<絆教>なのだろう。


 家族を失い、友人を失い、恋人を失った人間は寄る辺を求める。この悲劇の理由を求める。そこに手を差し伸ばしたのが<絆教>であったのなら、多くの人間が身を任せてしまっても仕方がないのかもしれない。


 元々宗教というのは、自分ではどうにもならない状況を克服するために集団になることを指すのだから。


「わたしに答えられるのはここまでです。残りの部分など、詳しくは『同志』が話されます」


 ぼくはひとつ頷いて、「それで、ぼくたちはその『同志』のところに連行されているわけだ」


 リンネは悪びれもなく「その通りです、お父様」と答えた。


 無理やり<回帰>とやらをさせられるのはまっぴらごめんだったけれど、「同志」という人物に会って話を付けない限りは解放されることはないのだろう。このまま抵抗せずに従うしか選択肢は残されてなさそうだった。


 白沢リンネが傍にいる以上、どうやっても反乱は鎮圧されてしまう。あの晩に散々味あわされた敗北の味は、まだ鮮烈に記憶に残っている。彼女に敵わないことは火を見るよりも明らかだった。


「参考までに訊いておきたいんだけど、君は仲間内でどんな立場なのかな? 見たところリーダーを任されているようだけど」


 ぼくの質問に、リンネは得意げな表情を浮かべた。発表会の劇で主役を掴んだみたいに、


「畏れ多いことに、わたしは『同志』の側近として働かせていただいております。わたしは<選定者>ですから」


「<選定者>?」とぼくは訊き返す。咄嗟にイメージできない単語だった。漠然とし過ぎている気がする。何を「選定」したのか具体的でないし、また、「した」のか「された」のかも曖昧である。


 彼女は「ううむ」と唸るぼくを流し見て苦笑した。それから「確かにわかりづらいかもしれませんね」と自分でも曖昧さを認めた。


 丁度いいから証拠をお見せします、と彼女は右目を手で覆った。その瞬間、ぼくの両腕は一度大きく痙攣した。己の身体の異常に混乱する暇もなく、ぼくはリンネの変化に釘付けになる。


 隣の彼女からは異様な空気が迸っている。ぼくとナズナは言葉を失って呆然と右手が離されていく様を眺めていた。


 覆われていた右手の下にあったものがあらわになる。


 白沢リンネの右目の表面を黒い影が幾度も横切る―――――いや、蠢いていると表現した方が適当かもしれない。時には右目を全て覆い尽くすくらいの黒い影で、まるで彼女の目が全て黒目だけになってしまったかのようだった。


 ズキズキと脈動する両腕を庇いつつ、ぼくはその異様な光景に戦慄していた。


 リンネは愛おしげに右目をなでつけ言った。


「これが<選定者>の証。あの野蛮な<黒いケモノ>と同じ力です」




   ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■




<黒いケモノ>に触れることはできない。それは一度でも遭遇したことがあれば嫌という程味わわされる。人間の身体は元より、鋼鉄さえも抵抗なく飲み込まれてしまう。


 ましてや人の身体に埋め込むなんて考えられないことだった。だが実際に、リンネの右目で蠢いている代物は紛うことなき<黒いケモノ>の一部だった。


 具体的な証拠があるわけでもない。それでも、一度目にしたら忘れられない感覚とも呼べるものがある。無意識に怖気付いてしまうような感覚だ。


 リンネの右目にあるものは、まさに「そのもの」と言えた。


 ぼくはあの襲撃の晩に彼女が流していた泥を思い出した。あれは見間違いではなかったのだ。こうして間近から観察するとよくわかる。人知を超えた、人間には扱えない類の力だった。


 それは文字通り、「超常」であった。


 目にするのが二度目であるぼくは耐性があったものの、初見であるナズナは仰天してひっくり返ってしまった。強かに腰をぶって呻いている。普通は彼女のように驚くだろう。誰が人の身に<黒いケモノ>を宿していると考えられようか。


 最初のショックが通り過ぎて落ち着きを取り戻したぼくは、恐る恐るリンネの右目を覗き込んだ。


 まるで意志のあるかのように眼球内を縦横無尽に<泥>は動き回っている。それを見ていると、ぼくまで目の中が痒くなってきそうだった。


 何ともないのかとぼくが訊くと、リンネは特に何も感じないと答えた。どうやら物理的なものではないらしい。もしもこれ程の異物が眼球内、あるいは表面上を蠢いていたら、違和感を覚えても不思議ではないのだから。


 ナズナは腰が引けたようで、リンネを遠巻きに眺めていた。これは確かに、ぼくのように何度もケモノに襲われたりして耐性がなければ、まともに正視することもかなわないだろう。


 それだけ<黒いケモノ>の及ぼす影響は苛烈を極めていると言えた。


 馬車を停めた我々を訝しげに見ていた他の者も、リンネが<泥>を解放しているとわかると恭しく頭を垂れた。彼女はこのために<絆教>内では高い地位にいるのだろう。


 人にはどうすることもできない存在を内包し、使いこなせているのだから、特別視されない方がおかしい。目に見える形でリンネは常人とは異なっているのだ。


 なるほど、だから<選定者>というわけか、とぼくは思った。


 無神論者であるぼくでさえ、白沢リンネは神に選ばれた者なのではないかと思えてくる。あの触れたものを片っ端から消滅させる<泥>を体内で飼っているのだ。人間を超越していると考えても差し障りないはずだ。


 ぼくは半ば見とれたようにリンネの右目から目を離せなくなっていた。


 恐ろしい。確かに恐怖を感じている。だがそれだけではなかった。まるで大地の裂け目を見ているかのように、のみ込まれれば死しかないのだとしても、感動せずにはいられない大自然の風景を見ているかのように、ぼくは身体を震わせながら歓喜と恐怖の渦に巻き込まれていた。


 ぼくは少し触れてもいいかと彼女に訊ねた。別に直接触れるわけじゃないけど、と。


 少し驚いた表情を彼女は浮かべた。周りの人間も同様だった。その反応も理解できなくもなかった。触れられないものに触れようとしているのだ。それが例え直接的ではなかったとしても、近づくだけで畏れ多いのだろう。


 考えてみて欲しい。誰が太陽を触れてみたいと思うだろうか。触れれば、いや、近づいただけで身を焼き尽くすのをわかっている太陽に身を寄せるなんて自殺行為も甚だしい。遠くから眺め、崇めるだけで十分ではないか。


 科学技術が発達した世界においてさえ、太陽は畏れられる存在だった。


 ぼくは黒い太陽とも言える彼女の右目の付近まで手を伸ばす。そして彼女の頬にそっと手で触れた。


 どくん、と自分の腕が一段と大きく脈動したのを感じた。皮膚の下の血管が全てすさまじい圧力を孕んでいるかのように、ひっきりなしに心臓の鼓動を伝える。それはぼくの鼓動なのか、リンネの鼓動なのか、渾然とした意識では判別つかなかった。


 ぼくの左手に彼女の手が添えられた。皆の見守る中で粛々と行われる儀式のようだった。


 恐れずに触れてくるぼくを、彼女は微笑を浮かべて受け入れていた。「お父様」という彼女の声色は熱を帯びている。


 彼女はぼくの手を取って、それから両手に抱き込んだ。ぼくの胸元まで顔を寄せた彼女は、「とてもいい匂い」と一言もらした。


 一瞬遅れて言葉を認識したぼくは赤面した。


 体臭を少女に嗅がれるなんて、どんな羞恥プレイだっ。


 もう中年に突入したと自覚している男にとって、自分があまり好まれない体臭を放っていることはコンプレックスである。それをあろうことか、眼前でくんくんとされたあげく、「いい匂い」なんて感想まで添えられてしまった。


「臭い」とはっきり告げられるのは多大なショックなのだろうけれど、「いい匂い」と皮肉られるのも、それはそれでショックである。


 ……というか、なぜ急にこんなことを?


 戸惑うぼくの眼前では、リンネが恍惚とした表情を浮かべていた。ぼくは昔飼っていた猫のことを思い出した。その猫も、マタタビを前にして同じようにとろけていた気がする。


 ぼくは自分自身の臭いを嗅いでみた。だが己の体臭はわからないものである。なぜリンネが「いい匂い」だと称したのか理解できなかった。


 恥を偲んでナズナに嗅いで貰ったものの、特におかしな臭いはしないと返された。隣で酩酊している少女は一体何に反応したのだろう、とぼくは首を捻らざるを得なかった。


 リンネが少々「ハイ」な状態になってしまったので、我々は前方を行く自動車に誘導されて道を進んだ。


 現在通過しているのは海沿いの国道だった。このまま行くと、予定していた<街>の方向から東にずれることになる。それは歓迎すべきことだった。


 現時点では確定ではないが、もしかしたら、彼ら<絆教>は<街>の存在を掴んでいないのかもしれない。


 そうであればいいのに、とぼくは思った。リンネの話では殺人が目的ではないということだった。けれども、彼女には悪いがその言葉を全面的に信用することはできなかった。


 ただでさえ人は集団になることで愚かになる。そこに宗教が絡めば、虐殺も起こり得るのだ。これは歴史が証明している事実だった。


 白沢リンネにそのつもりがなかったとしても、彼女が集団の意志を代表しているわけではない以上、信者たちが暴走しないとも限らない。そしてそもそも、「同志」なる人物が命を下せば、「殺人」も「回帰」になってしまうのではないか。


 なるべく<街>のことは悟られないようにしなければならない。それはぼくのみならずナズナにも言えることだった。彼女から情報を引き出される可能性があった。


 リンネがくるくる状態になっている今は、その忠告のチャンスだった。


 しかしながら、この状態にあるリンネが完全に無意識になっている保証はどこにもなく、あからさまに<街>の話題を出せば、そのせいでばれてしまうかもしれなかった。


 ぼくは悩んだ末、遠回しに言ってみることにした。


「ナズナ、これから連れていかれる先では抵抗しないようにするんだ。下手に行動を取れば危険視されることもあるから」


「……はい、先生」


 ナズナが若干緊張した面持ちで答えた。殺人をも厭わない集団に拉致されているも同然なのだ。不安にならないわけがない。さらに怯えさせるような真似をしてしまって申し訳なく思った。


「彼らの前ではなるべく従順でいるように。『訊かれたこと以外、何も喋らないように』するんだ。いいね?」


 彼女の目をしっかりと見据えて言い放つ。ぼくの意図に気づいたのかは知れないけれど、彼女は頼り甲斐のある頷きを返してくれた。


 やがて前方に連なる集団が見えてきた。トラックやらリアカーやらが混在している。それもかなりの規模だ。皆一様に移動式の装備だった。もしかしなくても、彼らは放浪しながら生活しているのだろう。


 最後尾にいた見張り役がこちらに気づくと、数名が近くまでやってきた。彼らも別段怪しい格好をしていることもなく、ごく一般的な服装である。


 ぼくの隣でふらふらしているリンネに気づくと慌てた様子だった。当の彼女が「心配しないで」と何ともしまらない返事をすることによって事なきを得たものの、下手したらぼくが不埒な行為をはたらいたと誤解されてもおかしくない状況だった。


 彼女を地面に降ろすのを手伝うと感謝までされてしまった。ぼくは困惑した。彼らの中で、ぼくたちは一体どんな人間として理解されているのだろう。警戒はされているようだが、敵視はされていない気がする。


 そこのところを含めて探るべきだな、とぼくは思った。「同志」なる人物がまともな人間であればいいな、とも。まあ、それは儚い願望でしかなかったけれど。

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