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第19話

 各人が襲撃に対する準備に余念がない中、見知った顔が正面玄関前に集まっていた。


 ぼくは荷馬車から装備を取り出し、すでに身にまとっている。自転車での移動となるので軽装備である。名目上は救援に向かうわけなので、あまりに物騒だと相手に勘違いされる可能性がある。


 ナズナの格好は、昼によく見る作業用のワークパンツに長袖のシャツである。荒事を想定した場合、半袖だと危険だからだ。多少の暑苦しさは我慢して貰うしかない。


 ぼくは装備一式の入ったリュックを背負い、集落から借りた自転車にフラッシュライトを取り付けた。これならば、普通のダイナモライトよりも高性能だから遠くまで見通せ、スピードも出しやすい。また、すぐに取り外せるので光源としても使用できる。


 子供用シートが取り付けられた、いわゆるママチャリである。これから危険を伴う行動に出なければならないというのに、その相棒がママチャリだと、いまいち締まらない気がした。


 まあ、それを面と向かってママチャリさんに言うつもりもないけれど。彼女も自転車界ではそれなりに苦労してきたはずなのだ。頑丈であるせいか殆ど整備されずにほったらかしにされたり、車体が重いとなじられたり。挙げ句の果てには、誰とも知れない盗人に拉致されたり。


 少々煤けた車体を見ると、ぼくはとても切なくなった。無事に帰られたら、きっとぴかぴかにしてやるからな、と彼女と約束する。


「セイジさん、準備オッケーです」とナズナは言った。「出発しましょう」


 ぼくは彼女にひとつ頷き、見送りにきたスミレと茂野さんに注意点を言い含めておく。


「なるべく早く戻るつもりだけど、2日は見積もっておいて欲しい。最悪、今日の夜は動けない事態になるかもしれないから」


 人が集まって騒ぎ立てれば、そこには高確率でケモノが出没する。そうなれば逃げるより他はなく、夜が明けるまで鬼ごっこ、あるいは隠れんぼをする羽目になる。つまりは、帰還するのにも時間がかかるかもしれない、ということだ。


「大変だろうけど、しばらくの間は気を抜かない方が無難だよ。交代制で頑張るんだ」


「任せてくれよ。おれたちのホームなんだ。自分の居場所くらい、自分で守り切るさ」


 ぼくの心配は杞憂のようだった。茂野さんもスミレもきちんと事態を呑み込めている。警戒がおざなりになって最悪の事態を招く、なんてことにはならないだろう。


 隣では、久保田姉妹が力強く抱擁している。頑固なナズナに、スミレが折れた形だった。男たちに襲われた体験が、ナズナを縛り付けているのだと気づいたのだろう。妹を引き止めるのを諦め、彼女は彼女なりに自分の責務を果たそうとしているのだった。


「わがまま言ってごめんね、お姉ちゃん」


「……そうね。これ以上ない酷いわがままだわ。だから無事に返ってきなさい。それ以外は許さないから」


 ぼくに付いてくることは、ナズナのわがまま以外の何者でもない。けれども、そのわがままを貫くしか彼女には道は残されていないのだ。動かず、見捨てるという選択肢は初めから存在しない。彼女の光の届かない場所に付けられた傷跡が、助けに行けと責め立てるのだ。


 ナズナの役割は、離れた位置でキララの保護をすることである。危険は少ないはずだが、絶対安全という保証はない。常に警戒していて貰う必要があった。


 傍にはキララがついているから、敵の接近にはすぐ気づけるはずである。ナズナはキララの指示に従って逃げてくれればいいのだ。移動速度の遅いキララのフォローがナズナに求められるのである。


「じゃあ、行ってくるよ」


 ぼくに続いてナズナも「行ってきますっ」と張りのある声で告げる。


 我々は光のない夜道を自転車で走り出した。前方はライトで照らし出されるとはいえ、長年放置された道路のコンディションはお世辞にもよろしくない。調子に乗ってスピードを出し過ぎると危険だった。


 それでも自転車での移動は、徒歩とは比べ物にならないくらい早く進むことができた。キララの指示する地点まで、この調子なら20分もかからないだろう。


 時折通り過ぎる田んぼを流し見る。使われなくなった田んぼは、草が生い茂り混沌とした様相になっている。人に使用されなくなった建物が急速に古びれるように、手入れされなくなった田んぼは、その役割を終えて死につつあった。


 ぼくは中学、高校と毎日のように通った通学路を思い出していた。その道も田んぼに面した場所があり、剣道の部活で夜遅くなった帰り道にはカエルや鈴虫がうるさいくらいに鳴き喚いていた。


 空には満点の星空が輝いていた。ひとりきりで帰ることもあれば、部活の仲間と買い食いをして寄り道をすることもあった。セピア色の記憶が一瞬のうちに脳裏を過ぎる。再び漆黒の田園が視界に広がった時、ぼくはどうしようもない哀愁に胸を締め付けられた。


 どうしてこのタイミングで過去を思い出すのかわからなかった。自慢気に語れる程充実した学生時代ではなかったのに。むしろ自分の異常な体質に翻弄されて、仲間たちとも打ち解けることはできなかったのだ。


 だがこうして成人し、人生の折り返し地点を過ぎ去ると、過去というものは自然と優しく都合のいい代物に創り変えられるらしい。人間の頭というのは、結構適当な構造であるらしかった。


 スムーズに半分の行程を消化し、そのまま逃げてくる人間と出会えるかと思っていた矢先、彼女たちは突然現れた。


 眼の前に突如出現した人影に、咄嗟に反応できたのは奇跡だった。もしも風景に気を取られたままだったら轢いていたかもしれない。急ブレーキしたぼくに突っ込まなかったナズナもさすがというべきだろう。


 だがどういうわけだ? キララならば近くにいる人間に気づけたはずなのに。


 全く声がかからなかったことからして、彼女はこの子たちに気づけなかったようだ。


 この子たち―――――つまりは、ふたりの少女。闇の中に浮かび上がった人影は幼いふたりの少女だった。それも瓜ふたつの顔をしている。双子だった。まるで生き写しのように姿格好が一致している。鏡の前に立っていると言われても信じられそうだ。


 ぼくは自転車を止め、キララを下ろす。すると、キララはぼくの眼前に進み出て、今までに見たことのない程険しい表情を浮かべた。ぼくを守るように進み出る。無言の圧力が彼女の小さな身体から発せられていた。


 背後のナズナは声を震わせて呟く。


「この子たち……何だか、怖いです……」


「奇遇だね。ぼくも同じことを思ったよ」


 集落にいるふたりの子供たちも異常ではあったが、目の前にいる双子の少女たちは、その比ではない。生気の欠けた他の子供たちと違って瞳に強い光があるし、ちゃんと表情らしきものもある。……それが不気味な笑みでなければ、もっと可愛らしかったのだろうが。


 それでも、全く雰囲気も表情も異なるというのに、ぼくは双子がどこかキララと似通っていると思ってしまった。


 言葉では言い表せない根源的な部分。その目には見えない部分の色が同じだと直感してしまったのだ。


「こんにちは、お父さん」と右の少女が言った。


「違うわよ。今はこんばんは、でしょ」と左の少女が言った。


「そうだったわ。失礼、こんばんは、お父さん。お久しぶりね」と右が言い、「初めまして」と左が言った。


 ナズナは青い顔をして口元を押さえていた。無理もない。ぼくも喉元まで気持ち悪い液が逆流しそうだった。双子の言葉を聞いているだけで身体の隅々に毒を送り込まれている錯覚がした。


 ぼんやりとする頭に活を入れ、ナズナを抱き寄せる。ぼくの胸元で彼女はじっと息を殺していた。


「君たちは何者なんだ……?」とぼくは震える声で訊ねた。


「何者ですって? ねえ、お姉ちゃん。わたしたちは何者なのかしら」


「さあ、わたしも知らないわ、お姉ちゃん。だって今まで考えたこともなかったんですもの」


 そう言って、双子はからからと哂った。口元は闇の中でも際立って赤い色をしていた。ぼくはその鮮烈な赤に目を奪われた。見ていて気分が悪くなるのに、目を離すことができない。そんな矛盾した感情に支配されている。


 ……マズい。


 何がマズいのかわからないけれど、このままだとマズい気がする。長年培ってきたぼくの勘は、アラートを鳴らしっぱなしだ。キララと同年齢くらい、10歳前後の双子。ぼくとナズナは彼女たち対して恐怖を覚え、慄いて動けなくなっていた。


 そんな情けない我々を守護するように、キララは一歩進み出る。


「あら、すごい。とても怖い顔をしているわよ」と右の少女が言う。「鏡を見てご覧なさいよ。酷い顔をしてるわよ」


「ねえ、お父さん。あなたもご覧なさいな。とても見物だわ」と左の少女がからかうように続けた。


 そのふたりの戯言にも付き合わず、キララは無言で双子を威圧した。空気の温度が急激に下がった気がした。彼女たちの周囲だけ、空気が別物になったみたいだった。


 どれほど睨み合いが続いただろうか。先に根負けしたのは、双子の方だった。


「そんなに怒らないでよ」と右は頬を膨らませて言った。それから胸元まである髪の毛を指で弄びつつ、「ずっとお父さんに会ってみたいって思ってたのよ? 少しくらいはしゃいでもいいじゃない」


「そうよ」と左はキララに指を差して、「あなたはいつも一緒だからいいわよね。お父さんはわたしたちのお父さんなのに」


「―――――ちがう」


 この邂逅において、初めてキララは口を開いた。底冷えするような声色だった。いつも傍にいる彼女が、こんな声を出せるとは思ってもみなかった。彼女は怒りを通り越した色合いを覗かせ、少しでも触れれば大爆発しそうな雰囲気だった。洒落にならない剣幕に、双子もいよいよたじろいだ。


「セージはおとーさんじゃない。セージは、セージなの」


「わ、わかったわよ。だから落ち着きなさい。別に喧嘩しにきたわけじゃないんだから」と右があたふたして口早に言った。


「そうよ。わたしたちは忠告するためにきたの」と右の後ろに隠れた左の少女……って、何だかこんがらがってきたな。その少女は言う。


 双子はキララのすぐ眼の前までやって来て、その後ろにいるぼくの顔を仰ぎ見た。


 彼女たちは気持ち悪いくらい整った顔をしていた。部屋に人形として飾られていそうだった。同じ色の瞳でじっと見つめられたぼくは、脳みそのシワ一本一本まで盗み見られた気分になった。


「改めまして、こんばんは、お父さん」


「……こん、ばんは」と何とか口にする。彼女たちがこうして接近してきた以上、何か伝えたいことがあるに違いない。早いところそれを訊き出して、向かってくる4人の下へ行かなければならない。


「ねえ、お父さん。わたしたちのこと覚えているかしら? きっと覚えてないわよね。だって今初めて出会ったんだから。でもわたしはお父さんをずっと昔から知っていたし、わたしはずっと会ってみたいなって思ってたわ。だってとても大好きだったから。でもわたしは出会わないで欲しいと思ってたし、でもわたしはそれでも少しくらいなら構わないと思ったわ。用事があれば尚更だしね。だからわたしは内緒だったの。わたしは隠れるのが得意なのよ? ねえ、妹さん?」


「そうだよね、妹さん」


 双子はにこにこと笑顔である。とても機嫌が良さそうだった。次第に険しさを深めるキララとは正反対だった。


 ぼくはオーバーヒート気味の脳を気力で冷却し、何とか言葉を紡ぐ。


「それは光栄だね。ぼくも君たちに会えて嬉しいよ」と自動的に口上を述べておいて、「それで、今回はどういった用事なんだい?」


「忠告しに来たの」と手前の少女が間髪入れず答える。キララの通せんぼをくぐり抜けた彼女は、すぐ近くまで顔を密接させる。ぼくは蛇に睨まれた蛙みたいに硬直して動けなかった。自身の半分にも満たない年端の少女に対して、ぼくは怖気付いてしまっていた。


「何かとお節介を焼きたがるお父さんは危なっかしくて仕方がないわ。今まで無事だったのは運がよかったのと、わたしたちのおかげなの。でもこれからはそうもいかない。状況が変わったのよ。世界は刻々と変化しているの。それはわたしたちも同じこと。ねえ、わたしの言ってること、わかるでしょ?」


「わかるよ」とぼくは答えた。「ぼくは運良く生き残れているけど、これからは運悪く死ぬこともあり得るってことだろう?」


「その通りよ、お父さん」と後ろの少女が顔を出して言った。


 キララは双子をぼくから引き離そうと躍起になっているが、2対1という不利な状況では軽くあしらわれてしまっていた。キララがころんと転げる様子を、双子は意地の悪い表情で楽しんでいる。


 ぼくは双子から離れるのを諦めていた。きっとこの少女たちから逃げることなどできやしないのだ。地球のマントルを通り抜けてブラジルに逃げたとしても、彼女たちは何食わぬ顔でぼくの到着を迎えるに違いない。


 キララを抱き寄せてやると、彼女は悔しそうな様子を隠そうともしなかった。唇を噛み締めて涙目である。


 やれやれ。双子が何者かは知らないけれど、キララを泣かすような輩は好きになれないな、とぼくは思った。


「あら羨ましい。ねえ、お父さん。わたしと妹さんも一緒に抱きしめてくれないかしら?」


「残念ながら、ぼくの懐はそこまで広くはないんだ。女の子ふたりを守るだけで精一杯さ」


 キララとナズナはぎゅっとぼくにしがみ付く。ぼくはそれに応えながら、油断ならない相手に警戒を怠らない。もっとも、警戒したところでどうにかなる相手ではないことは重々承知だった。ぼくがいくら毛を逆立てたところで、狼は一息でその喉元を噛み切ることができるのだ。


「つれないのね、お父さん。お姉ちゃんもわたしも、美少女の部類に入ると思うんだけど」と背後の少女が進み出て、前方の少女と並ぶ。


「悪いね。ぼくは自分のことを『美少女』とか言う女の子は信用しないことにしてるんだ」


「酷いわ、お父さん。そんな真正面から言われたら傷つくじゃない。でもいいわ。今夜はおめかしもしてないし、お父さんに抱きしめて貰うのはまたの機会にしましょう。ねえ、妹さん」


「そうね、お姉ちゃん」


 軽やかなステップで距離を取った双子は、どちらともなく手を握り合った。それから肩を寄せ、2対の瞳でぼくを射抜く。


「そろそろ今夜はお暇させて貰うわね、お父さん。さっきの忠告、忘れないでね」と右の少女は小首を傾げ、「それでも、きっとお父さんは無茶するんでしょうね。だからわたしたちは、敬虔に無事を祈るとしましょう」


 モヤがかかった思考の中で、その声は湾曲して鳴り響いた。頭蓋内のあちらこちらに反響した少女の声は、跳ね返るたびに傷跡を付けていくようだった。


「急いだ方がいいわよ。もうすぐ、お食事会の始まりだから―――――」


 始まりと同じように、終わりもまた唐突だった。視界の端で手を振った双子は、瞬きの瞬間に姿を消していた。まるで夜の闇に融けるように消え去っていた。得体の知れない重圧も消え去った。


 我々は腰砕けになってその場に座り込んだ。キララもナズナも半泣きだった。ぼくは無意識に渇いた笑い声をあげていた。


 何だっていうんだ、あの双子は。


 最近の支離滅裂な現実に戸惑いを隠し切れない。事実は小説よりも奇なり、なんて格言で済まされない事態になってきた。あの双子は異常性の象徴のようにぼくには思われた。


 彼女たちに限らず、子供が絡むと現実離れした錯覚に囚われる。そのうち、その錯覚は現実を侵食してくるのではないかという不安が、ぼくの中で明確な形を持ち始めていた。


 しばらくふたりが落ち着くのを待った。すぐさま移動に移るのはどう考えても無理だったからだ。


 5分程の休憩の後、ふたりの様子はまだ本調子とは言えなかったけれど、それ以上の時間のロスは避けたかったため、多少の無理をして移動を再開する。


 あの双子が言っていた通り、急いだ方が良さそうだった。彼女たちの言う「お食事会」が何を意味するのかわからない程ぼくは抜けてない。


「あんな化物のディナーにされてたまるかっ」


 ぼくはそう悪態をついて、ペダルを漕ぐ足に力を込めた。




   ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■  ■




 キララの「もうすぐ」という言葉があってからすぐに目的の人物と合流することができた。あちらは突然現れた我々に驚き錯乱しかけていたものの、辛抱強く落ち着かせた。


「ゆのかわ」の人間だとナズナが言うと、知っている集落の人間に出会えたのだと理解した面々は心底安堵したようだった。


 4人は皆ぼろぼろの状態だった。体中怪我だらけだし、血糊を被ったとしか思えない者もいる。


 話を聞くと、日が落ちてしばらくして急に何者かの集団に襲われたのだそうだ。敵に対する備えなどしていなかった彼らは、大した抵抗もできずに蹂躙されてしまった。彼らは運良く逃げ出せた住人だった。他はどうなったかわからないらしい。逃げ出すのに精一杯だったのだ、それも仕方あるまい。


 ケモノの出没する夜間という時間帯に逃げ延びた彼らはまさに幸運だったと言っていい。灯りも持たずに迷わずここまできたのがいい方向に働いたのかもしれない。これで集団になって灯りを灯しつつの行動だったなら、途中でケモノに遭遇していたに違いないからだ。


 ぼくたちという味方と出会えて多少は落ち着いているものの、真っ暗闇を彷徨ってきた彼らの精神は情緒不安定のようだ。あまり長くは動けなさそうだった。


 今夜中に集落に戻る選択肢を捨てて、一夜を明かした方が無難だろう。また、捕まったかもしれない住人たちの安否も気になる。その襲撃者の正体を見極める意味でも、ぼくが続けて偵察するべきだった。


 保護した4人をナズナに任せ、少し離れた位置でキララに敵を探って貰うことにした。彼女は敵の付近まで連れてはいけないから、この場でおおよその位置関係を掴んでおく必要があった。


 双子との遭遇によって浮き足立っていたキララも、今では平静を取り戻している。力の行使には影響しないだろう。


 彼女は闇の向こうをじっと見据え、ぼくには感じられない敵の気配を掴もうとしていた。もはや彼女の異能の存在に、何の疑いも持たなくなっている。まるでそれは、生まれた時から彼女と共にあったように思えた。ちょうど、ぼくが欲しくもないのに持って生まれた、あの直感能力のように。


 いつもならすんなりと掴む敵の位置情報を、キララはいつまで経っても掴めずにいた。顔を顰めて不快感を顕にする。


「……なにかいるけど、よくわからない」と彼女はゆっくりと閉じていた瞼を開いて、「じゃまされてる」


 聞き間違えかと思った。「邪魔」と一口に言っても、彼女のしていることは物理的な次元の話ではないのだ。ごまかしの効くようなものでもない。


 それなのに「邪魔されてる」……?


 キララの探索を敵側にいる誰かがジャミングしているということだろうか。


 彼女に訊ねてみても、よくわからないようだった。誰よりも彼女自身が戸惑っている。途方に暮れて不安げな様子だった。


 ぼくは彼女を安心させるために抱き上げた。彼女ばかりに頼っていてはいけないのだ。あまりに超常的過ぎて忘れがちだが、この力を扱うのは10歳の少女なのである。うまく力の行使ができなかったからと言って、どうして責められようか。


「セージ、いっちゃだめ……なんだか、へんだもの」


「そうだね。あの双子の忠告といい、今夜は異常なんだろう。でも行かなきゃ。助けられるかもしれない人たちがいて、ぼくはその人たちを助けられる可能性があるんだ。なら、多少の無理は目をつむるべきなんだ」とぼくは優しく言い聞かせる。「普段、多くの人間を見殺しにして生きているんだ。偶には、人助けをしなくちゃ」


 口元をぐっと一文字にしたキララは、それ以上ぼくを諭すのを諦めた。表情は不満をありありと浮かび上がらせているものの、ぼくの頑固さをよく知る彼女は、何を言っても無駄だと理解しているのだ。


 逃げ延びた面々のところに戻って、詳しく話を聞く。彼らは落ち着きなく視線を周囲にやっていた。どこかからか襲い掛かられはしないかと気が気でないのだろう。


「じゃあ、まだ生きてる可能性もあるんですね?」とぼくは言った。


「あ、ああ。何だか、アイツらはこちらを生け捕りにするつもりらしかったから。でもこっちだって黙って捕まるわけにもいかない。そうして抵抗したら、仲間が殺られたんだ……」


 その時のことを思い出して、はらはらと男は涙を流した。残りの3人も沈痛な面持ちだった。逃げ延びた安堵感と仲間を残してきた罪悪感とが、ない混ぜになった顔だった。


「セイジさん、どうするんですか?」とナズナは彼らを横目で見ながら言う。「襲ってきたのが大勢なら、勝ち目はないですよ」


「別に勝つ必要はないさ。必要なのは相手の情報と、捕まった人たちを逃がすことだ」


 幸い、天然のカモフラージュ効果が抜群の夜間帯である。着ている服も暗色系を選んできたから、かなり至近距離まで接近しても気付かれないだろう。


 敵が大勢いたとしても、常に一塊でいるわけでもない。集団から離れる人間が必ず出てくるのである。そういった人間からこなしていけば、気付かれるまでに結構な人数を減らすことができる。


 それに逃げ足だけは速いのが湯田セイジである。見つかったら即離脱することを心掛ければ、余程のことがない限り捕まるようなヘマはしない。


「ナズナには当初の予定通りキララの面倒を見て貰うとして、保護した4人も加わることになるけど、平気かい?」


「任せてください。無理言って付いてきたんだもの。それくらいの仕事はこなしてみせます」


 力強いナズナの様子に、ぼくも安心して頷く。これなら彼女に任せても大丈夫だ。キララの面倒をきちんと見てくれるに違いない。


 偵察に行くと言ったぼくを、救助された4人が驚愕の目で見る。それに苦笑で返してこれからの行動予定を確認しておく。


「君たちは付近の建物内に朝まで隠れていること。敵の接近はキララが教えてくれると思う。それから、ぼくが昼までに戻らなかったら、先に集落に戻っていること。ぼくを探すなんていう馬鹿な真似は絶対厳禁だ」


「……了解です」


「建物のドアはしっかり閉めて、灯りを点けないこと。いいね?」


「はいっ」


 いい返事だ、とナズナの頭を一撫でする。はきはきとして頼もしい様子の彼女に、4人も好感を持ったようだった。ちゃんと彼女の指示に従う素振りを見せている。


「さてと」とぼくはリュックを背負い直して自転車にまたがる。ここから先は無点灯で進まなければならない。阿呆みたいにライト点灯で進めば、自らの存在を誇示することになる。


「セージ……」と心なしか泣き出しそうなキララを安心させるために、ぼくはとびっきりの笑顔をプレゼントした。それに彼女は、ぎこちない笑みを返してくれる。


「じゃあ、この先は手はず通りに」


 そう言って暗い夜道にただひとりで進み出した。月明かりしかない夜道では、大したスピードを出せない。ぼくはなるべく静かに、滑らかに自転車を操作し、こちらが先に相手を発見できるように気を配る。


 ナズナたちには自信満々にのたまったものの、それはこちらが有利に事を運べた場合だ。相手に先に発見されれば一巻の終わりである。その場合は、潔く尻尾を巻いて逃げるしかない。


 向こうから見つからないよう、ぼくは物陰を意識して自転車を進めた。


 だがしばらくすると、ぼくの気苦労もあまり意味をなさなかったのを思い知らされる。少し行った先がぼんやりと明るくなっているのだ。明らかに人工的な光だった。恐らく自動車のヘッドライトだ。


 非常にわかりやすくてありがたい。


 まあ、普通に<三戒>を信じるならば、夜中の行動の際にはこれでもかというくらいに灯りを点けるんだろうけれど。ぼくから見れば、自殺行為にしか思えなかった。


『急いだ方がいいわよ。もうすぐ、お食事会の始まりだから―――――』


 双子の警告を思い出す。これでは主賓の登場まで幾ばくもないように思われる。なるべく素早く行動する必要がありそうだった。


 ぼくは自転車から降り、障害物に沿って接近していく。


 辺りは民家が連なり、隠れ場所には困らない。ブロック塀や庭の木をうまく利用して光源の方へと向かう。敵と鉢合わせした場合に備えて、目眩まし用のフラッシュライトと武器のマチェットを用意しておく。


 やがてその場所に辿り着いた。


 複数の自動車のヘッドライトが煌々と焚かれ、人影をくっきりと浮き彫りにしている。四方から幅の狭い道路が合流する交差点で、ちょうど十字路の真ん中に大勢が集まっていた。


 ぼくはそこから5メートル程離れた民家の庭に潜んだ。高低差のある土地で、植えられている樹木に紛れながら相手の観察が可能だった。舞台は堂々とライトアップされているから、こちらから丸見えだ。


 しばらく観察を続けていると、一箇所に集められた住人たちを見つけた。一様に怯えきっている様子で、抵抗する意志はないようだ。


 その住人たちを取り囲むのは、意外な程小奇麗な服装の面々である。住人たちとそう変わらない身なりをしている。


 変だな、とぼくは思った。こういった荒事をするのは、大抵食うに困った輩である。そのような連中は得てして薄汚い格好をしているのが普通だ。だがこの襲撃者を見る限り、どこかの集落に定住している者にしか思えない。


 ……まあいい。あれこれ考えている暇はないんだ。


 ぼくは庭からゆっくりと這い出して、住人たちを取り囲む襲撃者たちへと忍び寄っていく。さながら毒蛇のように。


 さて、これから楽しくない時間の始まりだ。


 これから先は殺し、殺されの関係である。相手を殺すことに躊躇してはいけないし、殺されることに理不尽を感じてもいけない。


 ぼくは相手を殺すのだから、ぼくも相手に殺されたとしても文句は言えないのだ。


 とてもシンプルな法則に支配された世界へと、ぼくは足を踏み入れた。


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