009-謎の女
山脈を越えてすぐの小さな野原に降り立った白竜は、ゆっくりと俺達を降ろした。ここはすぐ近くの都市からよく見える見晴らしのいい場所だ。
今日は一旦あの都市で宿を取り、一泊する予定だ。普段は俺一人なので少量の食料を調達し、夜はそこらへんで野宿なのだが、今回はリリアスもいる。さすがに少女を何もない森の中で眠らせるわけにはいかない。「私のことは気にしないでください」と言っていたが、そこは俺のプライドが許さないものだ。
「こんなに都市の近くに降り立って大丈夫か?誰かに見られたりしないか?」
絶滅していたはずの竜がいまだ存在するということが知れ渡れば、この国どころか、この大陸中が大騒ぎになるだろう。もちろんその竜に乗っていた俺達も色々と質問やら尋問やらを受けるのは軽く想像できる。とにかく非常にめんどくさくなることは確実だ。
「魔術で見えなくなっていますので、その心配はいりません」
後で教えてくれたことなのだが、魔術はもともと竜が持つ力だったらしい。古代の竜が気まぐれで人間に魔術を教え、そこから広まって行ったのが始まりだそうだ。
眼の前の白竜は小さく鳴き、大きな翼をはためかせて再び大空へと舞い上がった。おそらく呼べばまた来てくれるのだろう。空の彼方に消えていく白い影を最後まで見送る。
ぐうう・・・・
「悪い、腹減った」
突然俺の腹が鳴りだした。竜に出会えたことに感動して空腹感を忘れていた。もう昼は過ぎている。少し遅めの昼食を取ることにし、野原の真ん中にドカッと腰を下ろす。その隣にリリアスがそっと腰を下ろし、並んで座る。
今朝シャルから貰った弁当をポーチから取り出し、包みを開ける。入っていたのは、長細いパンをスライスして焼いた肉や野菜をはさみ込んだサンドイッチだった。マヨネーズと胡椒の香りが食欲をそそる。思わず大口を開けてかぶりつく。
なんとも言えない味わいが口の中に広がり、いつも乾パンや干し肉などの味のさびしい物ばかり食べている俺は泣きそうになる。
横を見ると、リリアスもサンドイッチに口を付けていた。彼女の一口がかなり小さなもので、まるでリスがかじったような跡になっている。
昼飯を食べ終えた俺達は持ってきていた竹の水筒に入れてある水を飲み、一息つく。
手に付いたタレを舐めているリリアスの行動は本当に小動物に見える。思わず苦笑し、その場に仰向けで寝転がる。太陽が程良く照りつけ、とても温かい。山脈の山頂とは大違いだ。
飯を食べた後に寝転がるのは行儀が悪いとシャルがいれば起こられるのだが、リリアスは何も言わない。何も言わない代わりに、その小さな体を俺の身体に寄り添って寝転がる。
自然と心臓の鼓動が速くなり、上目遣いで見てくる彼女に少々どきりとする。
「我が王、申し訳ありません。久々に魔力を使用したので眠たくなってしまいました。しばらく眠っていても構わないでしょうか?」
「あ、ああ。構わないけど・・・・ここで?」
ここは野原のど真ん中だ。昼寝をする場所としては最高だが、せめて宿屋に着いてから寝てほしいと思う。
俺が言葉を発するよりも前にリリアスは眼を閉じる。と同時に彼女の体が徐々に薄れていき、消えた。さっきまで感じていた温かみも完全に消えた。
「お、おいリリアス。どこ行ったんだ?」
( 私はしばらく王の中で眠らせていただきます。
御呼びになればすぐに目覚めますので。では・・・・ )
段々と声が小さくなっていき、聞こえなくなった。眠ったのだろう。
しかし俺の中で眠るって一体どういうことだ?やはりこれも魔術の特殊な力なのだろうか。説明を求めようかと思ったが、わざわざ起こすのも迷惑だ。
考えるのを止め、近くの街へと向かうことにした。もちろん食べた後の弁当のごみはちゃんと拾った。ゴミ捨ては禁止だ。
ローズベクトから出発し、山脈を越えてすぐの開けた土地にある、ローズベクトよりもはるかに大きな都市、《ザウエル》。その都市の近くには大きなザリーク河が流れる。川の周囲には広大な畑や草原が広がっていて、多くの牛や羊の姿も見える。
様々な農業に適した土地であるため、このジェイド王国の大半の食料がここで生産されている。極めて重要な街だ。
俺はいつもここで長旅の食料調達をしている。新鮮で栄養がある野菜が所狭しと店先に並んでいる。
「ええと・・・・宿屋は・・・」
とりあえず今夜泊まる宿を探さなければならない。吊り下げられている看板を見比べながら比較的安い宿を探す。
思ったよりさほど苦労せずに見つかった。古い木造建築に、剥がれかけた屋根板。看板の文字もかすれて読みにくい。
「・・・・・・」
まあ、眠ることができれば別にどんなところでもいい。
意を決して宿のスイングドアを開ける。中は暗く、数本のろうそくが恐ろしげに明るくしている。カウンターにいたのは、八十歳は越えていると思われるおばあさんが座っていた。
「いらっしゃいませ・・・・・」
今にも息絶えてしまいそうなほどのしわがれた声。一瞬ここが山姥の住処かと思ったほどだ。
「・・・・えっと・・・宿泊だ。二人部屋でなるべく安いとこ。飯は付けなくていい」
宿の部屋は一室ごとに値段が違う。理由は様々だが、主な例としては景色がわるいだとか、部屋が汚いとかだ。さすがに床が抜けているとかいう理由は無いだろう。床が抜けている宿など宿ではない
「・・・・こちらです」
今にもこけそうなおぼつかない足どりでよたよたと歩きだす。
案内された部屋はいたって普通の部屋だった。窓からの景色が悪いわけでもなく、汚い訳でもなかった。特に異常は見られない。
「いくらだ?」
「・・・350ギルです」
かなり安い。
《 ギル 》というのは、この大陸で使われている共通通貨の単位のことだ。ちなみに50ギルで林檎が二つ買える。
まあ、この宿の外観からすればこのくらいのものだろう。一人で納得し、代金を払って部屋の鍵を貰う。正直このドアに鍵は要らないと思う。ドアノブを強く引っ張っただけでドアノブが抜けそうだ。
とりあえず宿の確保に成功した俺は食料調達のため外に出る。空は夕焼けで赤く染まりかけている。
買うものはそれほど多くない。小麦粉や干し肉、塩などなど非常用の食料と怪我をした時のための治療道具、いくつかの蝋燭ぐらい。リリアスの魔術を使用すればこれからの旅はいつもより早く進むはずだ。あまり彼女にばかり頼る訳にはいかないが、戦争という大きなことを考えればそうも言ってられない。
「ええと、何か安いもんは・・・」
店先に並んでいる野菜や肉類を順に回ってみていく。さすが農業の街。他の街では考えられないほどの安さだ。
一度立ち止まり、どれを買えばお得かを考えているといきなり後ろから声を掛けられた。
「ちょっとそこの殿方さん?道の真ん中で立ち止まっていては通行の邪魔でしてよ」
「ん?ああ、すいません」
声を掛けてきた相手は、地面に着きそうなくらい長い黒髪の女性だった。髪はわずかにロールがかかっていてどこか高貴な印象を受ける。左手に黒い扇子を持ち、右手は腰に当てている。身に付けている服は、紺色の着物でかなり高価な物に見える。
よくよく見てみると、歳は俺よりも上か同じくらいに見える。
「・・・あら、あなた」
「?・・・・・!!!」
女性がいきなり顔を近づけ、俺の瞳を覗き込んだ。いきなりのことでかなりビックリした。整った綺麗な顔が真近に迫り、心臓が大きくはねる。わずかにいい匂いもする。
女性は視線を徐々に移動させていき、俺を監察する。
「・・・・ええと、何か?」
「あら、これは失礼。あまりに魅力的でしたのでつい見とれてしまいましたわ」
明らかに理由は違うと思うのだが、他人の心を詮索する趣味は無い。
しかしこの女性、なんとなく雰囲気がリリアスに似ている。まあ話す感じからしてどこかのお嬢様なのだろうが、ただの金持ちとは思わせないまた違った感じがする。
道の真ん中でしばらく見つめ合う。そろそろ周りの視線が気になる頃だ。しかし、彼女から眼が離せない。人の眼を釘づけにするほどの魅力的な力がある。
「・・・・じ、じゃあ俺は行きますので」
ハッと我に返り、体の向きを変える。さっさと買い物を済ませて宿の粗末なベッドで眠りに着きたい。
歩き出した俺の左隣を何故か彼女は歩き出す。彼女もこの先に用があるのだろうか。
「もしよろしければ、ご一緒してもよろしくて?一人ですと何かと不安ですので」
黒の扇子をパチンと鳴らしてにっこりとほほ笑む。一瞬背筋に冷たいものが走った。なんだろう、とても落ち着かない。
特に断る理由もないので、俺と彼女は並んで買い物を始める。
「あ、そういや名前聞いてなかったな。俺の名はユリアン=フライヒラート。あんたの名は?」
「シルフィアールですわ。愛称はシルフィでよろしくてよ」
やはりこの口調は気になる。もしかしたら物凄いところのお嬢様なのかもしれない。お忍びでこんな所に遊びに来ているとか。実は周りにいる人達は全員護衛の人だったり。
少し警戒して辺りをきょろきょろと見回すが、特におかしな点はない。まあ人の家柄や個人情報を探るつもりもないので、頭の中にあるいくつかの疑問を払いのける。
「どうなさいましたの?」
「いやあ、何でもない。それよりも早く買い物を済ましてしまおう」
買い物自体はさほど時間はかからなかった。持参していたバッグに買った物をつめこむとすぐにいっぱいになった。バッグの紐を締めながら俺は横目でちらりとシルフィの方を見る。
彼女は別に買い物をする様子もなくただ、俺の隣を歩いていた。品物を買うために立ち止まっていた時などはじっとこちらを見ていた。まるで俺という人柄を監察されているようだ。
「よし、買い物終了。後は役所だな」
「役所に用がありますの?」
各地の都市には必ず、その都市を管理する役所が存在する。役所の掲示板には、事件や事故、最近の天気や様々な店の広告などが貼られている。都市総出で行うお祭りなどがある時は掲示板にでかでかとビラが貼られている。
赤煉瓦で舗装された通りをしばらく歩くと、他の木造建物とは比べ物にならないほど豪勢な建物が見えてきた。役所は塀でぐるりと周りを囲まれており、何の用事もない人は立ち入れないようになっている。
掲示板はちょうど役所の正門のすぐ隣にあった。赤や黄色など様々な色の広告が貼られている。
「何をお探しですの?」
「ん?新しく発見された遺跡の情報が無いかなと」
俺の職業は遺跡探索だと説明すると、シルフィは一瞬眉を動かした。
魔石を集めるためには多くの遺跡や各地を回らなければならないだろう。こうして役所でちまちまと情報収集することは大切な事だ。
「・・・・そう言えばこの都市の近くに一つありましたわね」
シルフィが記憶を探るように右手をこめかみに当てて呟く。
「地図はありませんの?」
「ある。ちょっと待って」
腰のポーチから小さく折りたたまれたジェイド王国の地図を取り出す。この地図は王都にしか売られていないかなりの精度を持つ高級品だ。当然値段はバカに高い。
彼女はこのあたりの地理に詳しいのだろうか。地図をしばらく眺め、ある一点を示す。
「確かここでしたわ。入口が森の中にありますので少々分かりにくいですが」
「ホントか!」
シルフィが示した地点は、ここからそう遠くない森の一角だった。街道から離れ、人があまり通らない地域だ。確かに人通りの少ない場所にまだ見つけられていない遺跡がある確率は高い。
しかし何故彼女はここに遺跡があることを知っているのだろうか。これが全くの嘘ということも考えられるが、そういった風には見えない。
「・・・・そろそろですわね」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、なんでもありませんわ」
小さな声で何かを呟いたような気がしたが、何でもなかったらしい。
示されたポイントをしっかりと覚え、教えてくれた彼女にお礼を言う。
「いやあ、助かったよ。色々とお礼しなきゃ・・・・・・どこ行った?」
顔を上げると、シルフィの姿はどこにもなかった。体を360度回転させてみるが、彼女を確認することはできない。
さよならも言わずに突然消えてしまった。お礼を言いたかったのだが、風のように去って行ってはどうしようもない。なんとなくまた会える気がする。
「・・・・帰るか」
地面に置いたバッグを背負い直し、宿に戻ることにする。
こんにちはクレナイです。
今回の話は最後があまり納得できない出来となってしまいました。
今は頭から湯気が出るほど考えて書いています。
これからだんだん面白くなってきますので、読者の皆さん、感想や評価をお願いします。
どんなものでもかまいませんのでどうかよろしくお願いします。