066-旅は道連れ
戦いの後には大きな仕事が残っていた。
戦死者の遺体の回収と鬼の屍の焼却処分だった。遺体の処理を早くしておかないと伝染病蔓延の原因となってしまう。尋常ではない悪臭が漂っているため、作業に取り掛かっている者は皆鼻と口元を布で覆っている。
時折、変わり果てた仲間の姿を見つけた森精種の者達のすすり泣く声が聞こえてくる。集落を奪還することには成功したが、共に失ったものもある。皆表情が暗い。
ユリアンは作業の手を止めて周囲を見渡した。地表を覆い尽くす鬼の屍。夕日が空を茜色に染めているが、作業はまだ終わりそうにもない。
「竜王様、後は我々がやりますので、どうか御休み下さい。貴方様に何かあれば私が長に叱られてしまいます」
額の汗をぬぐいながらロウリィアがやってくる。彼女は戦った後も休むことなく指示を出しているため、疲れているはずだ。遺体の身元を一つ一つ確認して手元の紙に記録している。
リリアスとアリアークは戦いの後、魔力不足で昏睡状態に入ったために、エルフの者に頼んで先に連れて帰ってもらった。今頃は体力と魔力の回復を図っていることだろう。
25匹のアートヴォルク達は共に作業に参加している。鬼の屍をくわえて、轟々と燃え盛る炎の中に放り込んでいる。初めはエルフの者達もアートヴォルクを恐れ、警戒していたが、襲って来ないことが分かると、共に作業を始めた。
「いや、俺はまだいい。後始末は自分でしないとな」
「し、しかし・・・・」
ロウリィアの気遣いを断り、ユリアンは作業を再開した。
大切な者達を失ったのは森精種や妖精種側だけではなかった。元山賊であるが、今まで付いてきてくれた6人の男達の内、4人を失ってしまった。いくらLMVを貸してもらったと言っても、彼らの戦闘技術では圧倒的に不利だった。それでも鬼に立ち向かった彼らの勇気に称賛してやるべきなのかもしれない。
生き残った2人は、涙を流して4人の遺体を回収していた。彼らの遺体は、集落を取り戻すために戦った英雄として森精種の墓地に埋葬してくれるそうだ。
「竜王殿、少し手を貸してもらえませんか?」
「・・・・ああ」
すぐ隣で鬼の屍を運んでいたソレイドが苦悶の声を上げる。どうやら鬼の重量が予想よりも重かったらしく、ソレイドは鬼の腕の部分を掴んで引きずる様にして運んでいた。ユリアンは何の表情も宿していない瞳を鬼の屍に向け、ソレイドを手伝った。
作業は日が沈んでも続けられた。
鬼の屍を焼却するための炎と妖精たちの鮮やかな光が照明となり、視界に困ることは無かった。水分補給などの休憩を行っている者はいるが、誰ひとりとして作業を止める者はいなかった。
遺体回収と鬼の焼却処分等の作業が終わったのは深夜を過ぎたあたりだった。死者を乗せた荷車を押し、重い脚を引きずるようにして帰路を歩いた。精神的にも肉体的にも疲れ果て、話ができる程の余力は残っていなかった。荷車に車輪がガタゴトと回る音だけがいやに大きく響く。今日はもうすぐにでも寝てしまいたかった。
しかし、戻ったユリアン達を迎えたのは鮮やかな光と笑顔だった。地表に大きなテーブルがいくつも並べられ、色々な料理がのっていた。そして、ビールジョッキを傾けながら顔を真っ赤にした森精種が楽しそうに笑っている。完全にお祭り騒ぎだ。深夜過ぎだというのにかなり騒がしい。
作業で疲れ果てて表情を無くしていた者達もその雰囲気にのまれて次第に笑顔が戻ってくる。ユリアン達は盛大な拍手喝采を浴びて迎えられた。
杖をついて危なげに歩み寄ってくる長、シャーシルに気がついた。
「竜王様、よくぞ戻られました。貴方様には感謝してもしきれぬ」
シャーシルが頭を下げると、他の者たちも揃って頭を下げた。
「今宵は、竜王様の復活と集落奪還の成功を祝う宴じゃ。ごゆっくりとお楽しみ下され」
シャーシルが頭を上げると再び騒ぎが始まる。ビールの掛け合い等も行われている。
大切な仲間を大勢失ったというのに、皆楽しそうだ。作業から戻った一部の者はすぐに寝床についたようだが、他のほとんどは宴会に参加して騒ぎ始めた。
その後、ユリアンはシャーシルの家に招かれていた。外ではまだどんちゃん騒ぎが続いている。机の上に並べられた少量の料理とビールを2人で囲んでいた。
シャーシルはビールをあおって一息ついた。
「申し訳ないの。貴方様が竜王であることは姿を見た時点で分かっておった。試すような真似をしてすまなんだ。深く詫びよう。」
「・・・・・」
「集落の奪還は我々だけでは無理じゃった。竜王様には感謝しておる」
ユリアンは窓の外へ視線を向けた。鮮やかな光が室内に差し込み、楽しげな笑い声が聞こえている。
「沢山死んだのに、楽しそうだな・・・」
「若い命が失われたことは悔やむべきことじゃ。じゃが、いつまでも引きずるわけにもいかんじゃろうて」
小さなコップに注がれていたビールを一口飲む。
ユリアンは己の無力感に浸っていた。竜王の力がいかに強力と言えど、大勢の者を死なせてしまった。頭を使って別の戦い方をすれば被害はもっと抑えられたかもしれない。後悔の念ばかりがあとからあとから湧き出てくる。知らぬ間に、コップを握りしめる手に力が入っていたようだ。
「貴方様が気になさる必要はない。我らがそうしたくてしたことじゃ。死は元より覚悟の内じゃった」
「・・・・・・」
「・・・こう言っては申し訳ないが、竜王様。若いの」
シャーシルは笑いながらビールを飲んだ。
「命はいつか消えるものじゃ。それが人によって早いか遅いかの違いでしかない。死は全てのモノに与えられた定めじゃ。何人もそれを回避することは出来ん。たとえそれが竜王様であってもじゃ」
その時、シャーシルの手からコップがこぼれ落ち残っていたビールが床にこぼれた。体を折り曲げ、荒い咳を始めた。椅子から転げ落ち、床に倒れ込んだ。顔色が明らかに悪い。額には脂汗が浮かんでいる。
「お、おい!大丈夫か!?」
ユリアンの声を聞きつけ、家の外で待機していたらしいロウリィアが慌てて駆け寄ってくる。シャーシルの身体を起こし、コップに汲んで来た水を飲ませる。いくらか表情は和らいだようが、息が苦しそうだ。
シャーシルはロウリィアに抱えられて奥の部屋のベッドに寝かされる。しばらく様子を見ていたが、呼吸が整ってきたのを見てユリアンは椅子に戻った。シャーシルに布団を掛け直したロウリィアも先ほどまでシャーシルが座っていた椅子に座る。
「長、シャーシル様はもうあまり長くはありません」
「そうか・・・」
「長は大変喜んでいました。生きている内に、また竜王様と出会えたと」
以前カブラが話していた通り、森精種にとって竜王は特別な存在なようだ。
「私からも御礼をさせて下さい。竜王様、ありがとうございます。この御恩は必ずいつか果たします」
深々と頭を下げたロウリィアをユリアンは無表情で見つめていた。
ビール一杯を空にした所でユリアンは新たに用意された部屋に案内された。物置小屋のようなものではなく、木の上に作られた広い家だ。部屋に入ると、リリアスとアリアークがベッドで小さな寝息を立てていた。ソレイドと後二人はまだ外で騒いでいるようだ。
ユリアンは腰の刀を外すと、そのまま自分に中てられたベッドに倒れ込み、そのまま泥のように眠り込んだ。
翌日は、回収した遺体の葬儀が行われた。
遺体のひとつひとつを木製の棺に納め、摘み取ってきた花でいっぱいにする。ひとりひとり棺の横に膝を着き、涙を流して遺体に別れを告げる。そして、棺を掘った穴に納め、埋葬していく。皆、拳を固く握りしめ、黙禱をささげている。
葬儀はすぐに終わった。埋葬するための穴は、ユリアン達が遺体回収をしているときに同時進行で行われていたらしい。
ユリアンは、4つの墓標の前に立っていた。カブラやケルビン、ソレイドや、後の2人も一緒だ。リリアスとアリアークはまだ目覚めていない。
木で作られた簡素な墓標には、ボビン、ルーパー、シャトル、プリーとそれぞれ彫られている。あの4人の名だ。鬼相手に勇敢にたたかい、無念にも命を落とした英雄達。
ユリアンは4つの墓標に向かってゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう。お前達には感謝している。ゆっくり休んでくれ」
墓標の根元に積んできた花を添える。できれば彼らの遺体は故郷に帰してやりたかったが、故郷がどこかは知る由もなかった。元々行き場を失って放浪していた者たちが集まってできた小さな山賊集団だったために、誰も過去には触れなかったらしい。
「オルガ、リモルディ」
ユリアンは2人の男の名を呼んだ。思えば、名を呼んだのはこれが初めてだ。名を呼ばれた二人は、まさか呼ばれるとは思っていなかったらしく肩を小さく震わせた。
「お前達は故郷に帰れ。もしくはここに残れ」
突然のことに2人は眼を見開く。
「今さらだとは思うが、これ以上お前達を巻き込むことは出来ない。なにより、俺にはお前達を守ってやれる自信がない」
「・・・・・」
今回のことでわかった。いくら竜王と言ってもまだまだ未熟だ。この力を完全に自分のものに出来無ければ、守るものも守れない。力に振り回されてただ走り回る滑稽な王様だ。
故郷に戻れるのなら飛竜を貸してやって故郷に帰してやれるし、シャーシルに頼めばこの村においてくれるだろう。もう残ったこの2人を失う訳にはいかなかった。
ユリアンは2人に頭を下げた。ユリアンの行動にソレイドは眼を見開いたが、何かを言うつもりはないようだ。
「お前達に死んでほしくない。だから、・・・すまない」
お前のせいで4人が死んだんだ、と言って罵ってくれた方がまだ気分が楽になるかもしれない。この2人から罵詈雑言の何を言われても受け止めるつもりだった。
だが、2人はそうしなかった。
「頭を上げてくだせぇ、竜王の旦那」
「4人が死んだのは旦那のせいじゃないです。俺達が考えて決めたことです。旦那の力になろうって」
2人は、墓標の前で膝を着いた。そして、どこからか持ってきていたらしい酒を4つの墓標に順に掛けていく。
「最初は金払いのいい旦那ってことで付いて来たんすけど、だんだん旅が楽しくなってきてたんすよ。竜なんてものにも出会えたし、2人の姫さんは綺麗だし、王様の城にまで入れたんす。確かに怖い思いもいくつかしやしたが、こんな幸運に恵まれた人生を授かってとてもうれしかったんす。竜王の旦那は俺達に新しい世界を見せてくれたんすよ」
「竜王の旦那が戦争を回避するために旅してるって聞いて、まだこんなに若いのに凄いなって思ったんです。力を持っているとは言え、旦那はまだ19歳でしょう?それなのに勇敢に敵に立ち向かっていく姿を見て、正直俺達は情けないなと思ってたんですよね」
酒を掛け終えた2人は立ち上がると、ユリアンに向き直った。
「竜王の旦那、俺達は一緒に行きますぜ。例え道中で死ぬことになっても、それが本望でさぁ」
「非力ですが、死んだ4人の分もしっかりお役に立ちますから。置いて行くなんて悲しいこと言わないで下さい」
「お前ら・・・」
思わず眼頭が熱くなってくる。
おそらく、今後危険はいくらでも降りかかってくるだろう。普通なら死の恐怖で、己可愛さに逃げ出すところだが、2人はそれでも付いてくると言った。覚悟は本物だと言っていいだろう。
「それに、森精種のおやっさんからこいつも貰いましたし」
2人は、腰の剣を見せびらかし始めた。
槍型の次に多く発見されている剣型のLMV。いくら多く発見されているとはいえ、貴重な遺産を貰い受けるとは。気前のいい森精種もいたものだ。
「これからはしっかり訓練に励んで、それで鬼とまともに戦えるように頑張るっすよ。旅は道連れて言いますし」
「これからも宜しくお願いします。竜王の旦那」
「ああ」
読んでいただき、ありがとうございます。